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4弾目

黄色い石壁の建物が並ぶ小道を、やや速足で進むマヒトの表情は険しかった。
革靴の底が乱暴な音を立てていくのを、通行人は興味なさげに通り過ぎていく。


黒服の集団に銃撃戦を吹っ掛けられたのが3日前。
ジュメッリという組織について情報を買ったのが2日前。


彼らが滅ぼされかけた経緯はあらかた理解したが、滅ぼした張本人が兄という事実にはどうしても辿り着けなかった。
胸騒ぎが収まらない。
兄アキトは凄腕であり、ガラッシアから頼まれた仕事はどんなことでもする。
そう、どんなこと―…殺しだろうと平気でこなす。
弟である自分にその汚れ仕事はさせないようにしてるし、裏の顔をみせないようにしているのも知っていて

あえて見ないようにしてきた。
件のジュメッリも兄が上に命令されて壊滅させた可能性はゼロではない。
現状、兄がやったという痕跡がないのがまた真実味を際立たせているのだ。兄は仕事の痕跡は完璧に消す。几帳面な程に。
違和感が残るのはそこだ。
兄がジュメッリを滅ぼしかけた張本人だとして、その事実をなぜジュメッリ達が知っている?
可能性があるとすれば一つ。味方である誰かが情報を彼らにリークしたのだ。
身内の裏切りは何よりも恐れるべきだと、知り合いのマフィアが言っていた。
自分の手の打ちも、弱みも知られているし、裏切るということは何かしらの不満ーもしくは妬みーを持っているということ。
妬み辛み恨みは感染する。
ガラッシアの結束はボスによって保っているので絆は固いが、横の繋がりはとても脆弱。
ボスのお気に入り売ったと知れれば事だが、兄より上手に回れる相手なら、痕跡は残さないかもしれない―・・・。


「ああ、クソッ…。」


悪態をついて下唇を噛んだ。
マヒトは目的がはっきりしていないと、もやもやしてすっきりしないタイプなのだ。
かゆいところを放置したまま歩けないし、汚れた個所を拭かずに立ち去れない。
兄ほど賢くないし、頼れる情報筋もそれほど多く持っていない。術も少なく、力もない。
歯がゆさが、ただただ苛立たしかった。
兄に直接聞ければ問題は即時解決なのだが、兄は今ボスから言われた重大な仕事があるとやらで3日顔を合わせてない。
自分たちに行方や仕事内容を言わない時は、決して口も手も出してはいけないと知っているので
仕事の邪魔になるようなことはしたくない。
なによりも――、
視界に赤いものが飛び込んできて、咄嗟に身を後ろに引いた。
赤い薔薇が、ちょうど小道との角から差し出されたんだと気づくのに4秒もかかった。
これが赤い小型爆弾とかだったら、自分はもう死んでいる。油断しすぎた。
細い細い小道の方へ首だけを向けた。
モデルのようにスタイルがよく、彫刻や絵画の中から出てきたかのような美しい顔した男が、

可笑しそうに笑いながら薔薇を差し出している。
白いシャツにズボンというシンプルな服装なのに、高級ブティックの一級品といわれても信じてしまいそうな品格を持っていた。
歳はマヒトより上。義兄タカヒトよりは下だろうか?
瞳の色からして外国人なので、年齢がいまいち読めない。美青年は、固まる真人に尚も薔薇を差し出し続ける。


「あの…、薔薇は女の人に贈るものだと思います。特に赤は。」
「先ほど綺麗な髪をした女性に贈るため購入したんだけど、渡す前に振られてしまったんだ。彼女、もういい人がいたみたいで。」
「あなたみたいにかっこいい人でも、振られることがあるんですね。」
「賞賛は有難いけど、顔なんて3日もあれば見慣れるから。君みたいな、優しそうな少年の方が世の女性はいいんだろうね。」
「なんにせよ、それはいらないです。女じゃないんで。」
「まあまあ、受け取ってくれたまえよ。マヒト君。」
「っ、」


男はシャツの胸ポケットに赤い薔薇を差すと、薄暗い小道から出てマヒトの前に立った。
警戒するマヒトに、胸に手を当て優雅にお辞儀をしてみせた。


「改めまして、僕はトキヤ・ツェッペリーニ。リセルより二つ隣の街で探偵をしています。
君がジュメッリについて調べていると、知り合いの情報屋から聞きまして、ここまで訪ねてまいりました。」
「知り合い、とは。」
「茶色木馬のからくり亭で、シガウラさんから情報買ったでしょ?2日前。
僕もシガウラさんとは馴染みでね。情報提供したり買ったり、探偵の仕事も手伝ってもらったこともある。
そのシガウラさんがジュメッリについて調べまわってる知り合いがいるから、助けてやってくれと言われたんだ。」
「どうして、あなたが?」
「僕はしがない探偵だけど、ジュメッリの事件を長年追っているんだよ。」


私立探偵の瞳にやや緊張が走ったので、マヒトは場所替えを提案した。
此処は一般人が多すぎる。
通りを抜け、工場地帯が近くにある空き地に移動。
真面目な労働者が多いお陰で、さぼり魔に話を聞かれる心配もない。
この街の特徴でもある黄色い土壁に背を預け腕組みする姿も、とても様になっている。
探偵よりモデルをやった方が確実に成功すると思うのだが。
マヒトは彼の向かいにある木箱に腰かけた。


「ジュメッリが拠点にしていたのはここより西にあるクローボって街だ。

当時、その街はあるマフィアの管轄内でジュメッリもマフィア傘下になるとか、カモッラに昇格するとかいう話があった。
でも3年前、順調に勢力拡大していた奴らと街のマフィアが襲われた。
スリって名称の拠点を持たない組織だ。マフィアでも不良少年の集まりでもない。
珍しく統率のとれた頭脳派暴力集団。奴らは土地の礼儀を全て無視して、無差別的に 組織を潰しにかかってきた。
それこそ、進む道にいたから潰したって感じでね。」


饒舌に語る探偵の言葉を、マヒトは黙って聞いていた。
相槌も何も挟まずに。


「ジュメッリもスリに突然襲われ、多くの仲間と、仲間の家族まで殺された。
百数十人はいた構成員も数十にまで減らされて、マフィアもさすがに怒ってね。

違法銃器持ち出して交戦したから、さすがにスリもしっぽ巻いて逃げたらしい。
そのマフィアが必要に追うから、スリは裏の世界から完全に姿を消した。

国外に逃げたのか、解体して一般人に溶け込んだのかは定かじゃないけどね。」
「じゃあジュメッリを潰したのはスリってグループであって―…」
「そう。君のお兄さんとは関係ない。」


シガウラさん、こんなに口が軽かっただろうか。
殺意を込めた瞳で探偵を睨みつける。


「そう怖い顔しないでくれよ。探偵の職業病だよ。シガウラさんが心配するぐらいだからよっぽどのことに巻き込まれてるのかなって。

勝手ながら、調べさせてもらったんだ。
これでも裏の世界に片足突っ込んでるから、情報仕入れるのは得意でさ。」
「それよりお兄さん、肝心なことまだ話してないよ?そっちを先に聞かせて。」
「ああ、僕がなぜジュメッリを追っているかって?」


探偵は肩をすくめて細く微笑んでみせた。


「よくある話さ。僕もグローボに住んでたんだけど、スリとの抗争で姉が巻き込まれてね。

彼らは頭はよくないけど、仲間と街の人間をとても大切にしていた。街には好かれていた。

だけどスリのせいで街を追われてから変わってしまった。

「ジュメッリに復讐したいってこと?」

「僕が追ってるのは、ジュメッリを変えてしまったスリの方さ。グローポを混乱させて以来、行方が掴めなかった。

だが、新しいスポンサーが付いてから、ある証言を得た。」

「スポンサー?」

「此処で話が交わるわけだよ、マヒトくん。」


彼はどこか、人を馬鹿にしたように笑い、からかうように、試すように話すとマヒトは気づいた。
人を全く信じていない、そんな瞳で。


「ジュメッリに、お前たちを滅ばしたのはアキトというリセルのガラッシアに所属する青年だとスポンサーが言ったらしい。

アキトがスリを率いていたリーダーだったとも告げ、アキトに恨みを晴らすため共闘しようと呼びかけた。」
「待って。兄さんは生まれも育ちもリセルだ。仕事で2,3日違う街に行ったりもするけど、余所にグループは作らない。」
「君の兄さんなら、短時間で組織を作り上げ、襲撃された際には構成員を影の中に隠すことだってたやすいんじゃないか?」
「確かに兄さんは凄腕だ。何せマフィアのボスに気に入られて、戦術やら交渉術を教わっ、て…。」


そこまで言って、探偵が言わんとしてることに気づいてしまった。
その“マフィア”が兄に命じて、自分に代わって領地拡大の手伝いをさせていたとしたら?
確かにここ近年、ブラッティーマリーはリセルにとどまらず東西南北、あらゆる組織を買って奪って陣地を広げている。
ボスは兄の腕をかっている。その力試しに小さな町のカモッラ候補を狩れと言われたとしても、不思議ではない。
いくら街に好かれた善良なマフィアでも、気に入らなければ潰されてしまう。



「ありえる、あの人なら…。え、じゃあ兄さんはその3年前にスリって組織を作って、命令されてジュメッリを潰したってこと?」
「今ジュメッリを操ってるスポンサーはそう考えてる。」
「探偵さん、スポンサーの名前も知ってるんだ。」
「まあね。一応探偵だし。」
「お金は払う。教えて。」


探偵がまた笑った。
口角をいやらしく引き上げて。
今の彼は探偵なんて似つかわしくない、裏世界の情報屋の顔をしていた。


「お金はいらない。教えてあげる―――ーカルドだ。」
「は?隣町の?カルドはガラッシアと友好関係にある。ボス同士も昔からの顔なじみだ。
義理を第一に考えるカルドがガラッシアの期待の若者を潰す算段を考えるわけがない。」
「昔のカルドならね。カルドの中に若手を中心とした革新派が生まれたの知ってる?」


マヒトは首を横に振る。


「義理だの人情だの古臭い、と鼻で笑う野心だけはいっちょ前の連中さ。
最近そいつらはカルドの教えを無視して革命を起こそうと裏で動いててね。
けど、絶対敵な力を持つボスを裏切る度胸は無いから、コソコソしてるみたいなんだけど、
手始めにジュメッリをけしかけて、ガラッシアの若手を潰そうと考えたようだ。ねぇ。兄さんが今追ってる仕事内容知ってる?」
「確か…、ピングイーノが所有してた宝物が運搬中に消えたから探せ、と。」
「その宝物をピングイーノに頼まれて運んでたの、実はカルドなんだよ。」
「・・・ああ、繋がった気がする。」
「フフフ。」


何が楽しいのか、軽やかに笑う探偵の声は無視して、マヒトは頭を抱えた。


「えっとー、つまりー…。僕頭脳派じゃないから整理が追い付かない…。」
「手伝おうか?」
「・・・お願いします。」
「ピングイーノのブツの運搬を頼まれ たカルドだが、革新派の若いのがアキトさんを陥れるためにブツを盗む。
カルド上層部に捜索依頼をガラッシアに頼んではどうかと進めたのも、革新派のやつらなんじゃないかな?
そうすれば、ブツを盗んだ罪をアキトさんになすりつけることが可能だ。」
「その革新派、意外と頭は回るみたいですね。」
「そ。ガラッシアのアキトがブツを持っていたという既成事実を作れば、当然カルドが怒り事態は悪化。
ピングイーノ本体は小さな町の組織なんて興味ないだろうが、大切なブツ関連だ。黙っちゃいないだろう。
街を管轄するブラッティーマリーも動き出すだろうし、あっという間にリセルは大混乱。
そこの乗じてジュメッリを使いリセルを乗っ取る算段なので はないか、ってのが僕の推理。」
「つまり…、兄さんの件を皮切りにリセルとの緊張状態に持ち込もうとしている、と。」


頭を抱えた指の隙間から、マヒトは眉目秀麗な男を見つめた。


「それで?」
「ん?」
「あなたはなぜそんな話を僕に?推理を聞かせにきただけとは思えない。」
「シガウラさんに頼まれて情報を教えにきただけさ。ジュメッリが兄さんを襲う理由を知りたかったんだろ?」
「兄さんがスリという組織を率いてた証拠はないし、本当にジュメッリを潰した確信もない。」
「でも君はその可能性を捨てきれなかった。だから大人しく怪しさ満点の探偵についてきた。」


瞳を伏せる。
全く持って、その通りだった。
何より自分が、兄を疑っていた 。
兄の裏の顔を、信じてしまっていた。
優しくて暖かい表の顔よりも、冷たくて残忍な部分を、自分は真っ先に優先して考えてしまっていた。


「僕と兄さんは、血の繋がった家族だ。こんな世界に身を置きながら、兄は僕を守ろうとしている…。

僕だって、もう兄さんを守れる歳になったのに…。」
「それは今からだってできる。」


そこで初めて壁から背を剥がした探偵が、マヒトに1枚の紙きれを差し出した。


「ジュメッリが滞在してる潜伏場所と、カルド革新派が拠点にしている船の場所だ。」
「船?」
「これも推測に過ぎないんだけど、奴ら、アキトさんを宝石泥棒にしたてたのち
自分たちで宝石を奪還して、自らピングイーノに届けて手柄を取ろうとしてるんじゃないかって。」
「やっぱり賢いのかバカなのかわからない作戦だな。」
「動くなら、早い方がいいよ。そろそろピングイーノに宝石がないことがバレる。今までバレてなかった方が奇跡だけど。」
「…ねえ探偵さん。わかったよ。僕らに、復讐させたいんだね。」
「リセルに来て判明した。スリをけしかけてジュメッリを潰したのは
カルドの革新派連中だ。奴らのせいで姉は殺された。

あいつらの目録を潰せるなら、僕は何だってすると決めたんだよ。


探偵は自分の名刺をマヒトに渡し、いつでも連絡よこすように言づけてから去っていった。
労働者達が工場から出てくる声がする。
どれぐらいそこでぼんやりしていたのだろうか。日がだいぶ西に傾い ていた。
気だるそうに木箱から腰を上げたマヒトは来た道へ戻り、黄色い土壁に挟まれた小道を選んで歩いた。


「薔薇なんて差してるから、珍しく女と逢瀬かと思えば、そうでもなさそうだな。」


声が上から降ってきた。
塀の上で、ヤマトがご自慢の木刀を肩に抱えながらニヤリとした含みある笑みをマヒトに投げつけていた。
リョクエンも隣に居て、背負った黒い袋の中には彼の愛用するアサルトライフルが入っているのだろう。
スーツの胸ポケットに赤いバラが刺さっていると、言われるまで気づかなかった。



「御供しますよー、マヒトさん。」
「お前がここ数日アキトの事調べ回ってんの、知らないわけねーだろ。
んなシケタ面されてちゃこっちが滅入る。さっさと片づけんぞ。」
「ヤマトくんは、マヒトさんが元気なくて心配だったんですよー。」
「心配なんかしてねーよ。むしろ静かで暮らしやすかったわ。」


塀の上から身軽に―それこそ猫みたいに飛び降りたヤマトはやや表情を引き締めた。


「あの黒服たちが言ってた、仇はアキトだってな。兄貴守るなら手伝ってやる。」
「ヤマト…。」
「さっさと指示しろウスノロ。お前の敵はどこだ。」
「僕の、敵はー」

 

 

 

梟の短い鳴き声が響く、真夜中。

月は早々に地平線の向こうに沈んでしまったため、遠くにある外灯と星明りだけがずいぶん明るく見える夜。
カウス郊外に建つある家に、忍び寄る影が一つ。
なにやら手荷物を下げた影ー男のようだーは足音も立てずに裏庭に回ると、壁の近くに生えている木へ軽業師のように登った。

猿のように枝をするすると器用に伝っていき、二階の窓枠に手をかけると、少しの抵抗もなく窓は素直に開いた。
この窓の鍵がいつも閉まっていないことを男は知っていた。
木枠が変な音を立てぬように慎重に足をかけ、家の中に身を滑らせる。絨毯が敷き詰められた廊下の踊り場に着地。
住人は寝静まっているようで、家の中は静寂に包まれている。

中は真っ暗であったが、侵入者は迷うことなく左手にある扉を選んでドアノブを回した。
吐息も足音も夜の静寂に埋もれさせ、鍛えられた夜目で部屋の奥にあるベッドへ近づく。
今までずっと手にしていた荷物ーシルバーのスーツケースをその足元に置いた。
盗むわけでも殺すわけでもない。ただこの品を此処に置くだけ。
この部屋の主の部屋に、というのが重要なポイントであり、言い渡された大事な―――

―――予告なしの明転。
世界が一瞬でホワイトアウト。

その一瞬があれば、侵入者を追い詰めるには十分で、喉元にはナイフ、後頭部には拳銃がつきつけられていた。
もちろん頭の後ろに目などないが、長年の経験と差すような殺意ですぐに分かった。
先ほどベッドに寝ていたはずの、罠にはめるはずだったターゲットがベッドに腰かけ優雅に足を組んだ。


「夜中にお仕事ご苦労様です、スリの残党さん。見事な手際だったよ。俺たちのボスに紹介して勧誘したいぐらいだ。」


冷汗が背中を走った。
口では賛美の言葉を並べながらも、心では別のことを考えている。
勧誘なんて、絶対にない。
この屋敷の主ーアキトはタカヒトが差し出すスーツケースのカギを開けて蓋を開けて見せた。
柔らかく微笑んでいるだけなのに、指先が恐怖で反応した。内臓が縮み上がってくるのがわかる。
喉元にナイフを突き刺していた黒髪の少年が、刃をさらに寄せてきたため男は息を呑んだ。
中には、シルクの布で包まれた青い大きな宝石。
雫型にカットされたそれの表面は複雑に輝き、大きさは少年の顔ぐらいある。
自然の鉱石から研磨されたとは考えずらいが、接着や細工の痕跡は見られない。


「これはカルドの連中が血眼になって探している、ピングイーノからの預かりもの。ブルーフェアリーだよね。
裏社会で人気の品を、なぜ俺の枕元にしこませたか・・・なんて、聞かなくてもわかるけどね。
この後ジュメッリの下っ端がこのアジトに乗り込んでくる。目的は俺の暗殺。
見事俺の喉元を引き裂いたジュメッリは枕元にあるスーツケースを偶然見つける。

今、ちょうどガラッシアのボスとカルドのボスが秘密の密談中だ。
その場所にかけつけ、現在の雇い主であるカルドにスーツケースを渡し、

手柄を褒めて欲しい犬のごとく、ガラッシアのアキトが持っていたと素直に告げる。
するとどうだろう。ピングイーノの宝をネコババしたのはガラッシアの若造で、

その若造を飼っていたガラッシアのボス・シベリウス、さらに街を牛耳っているマフィア・ブラッティーマリーにまで
カルドの怒りの矛先が向くという寸法。運が良ければピングイーノも参戦してくれるだろう。
なんというかまあ、お粗末だね。」


アキトは呆れたように両手を上げ大げさに首を振って見せた。


「考えが甘すぎる。この街をなめすぎだ。それにー…マヒト。」


青年が自分によく似た弟を呼んだ。
侵入者に睨みを利かす輪には入らず部屋の隅にいた弟は、兄に呼ばれベッドに近づくとスーツケースの中を覗き込んだ。


「これ、偽物だね。よく似てるけど、ただの硝子だ。」
「そんな馬鹿な!!!」


侵入者の男が思わず叫ぶと、背後の銃口で後頭部を殴られた。
アキトが構わず続けた。


「本物は船から盗み出された後、お前のボスによってカルドの下っ端に託された。
お前のボスが用意したシナリオ通りに彼は品を運んだが、偶然か必然か、俺の弟の手に渡った。」
「じゃあ初めから本物はお前が持っているのか!?」
「残念だけど、」


穏やかながら冷たい顔をした兄と違い、冷たさすらない感情の乗らぬ顔で弟は男に告げる。
あまりにもぞんざいな扱いを聞いた男の顔は、青くなったあと、怒りで赤く染まった。


「お前っ!あれがどれだけ高価で貴重な品かわかってるのか!!?」
「わかってないのはそちらだと思うけど。だってアレはー」
「もういいよ、マヒト。次にくるお客さんを出迎えてから動くとしよう。タカヒト。」


青髪の大男は頷くと、怒りで震え恐怖に青白くなった侵入者の脇を掴み、そのまま屋敷の どこかへ連れて行ってしまった。
侵入者の行く先はだいたいわかっていた少年たちは、特に興味もなかったので
ヤマトはナイフを、リョクエンは銃をしまってリトルボスに向き直った。

 

 

「今夜は夜更かしをしてもらおうか。」

 


 

 

 


時間は本日の午後に遡る。


マヒトが労働区で探偵を名乗る美青年と出会い、ジュメッリと兄の因縁を聞いた後にヤマト・リョクエンと合流した時の事である。


「僕の敵はー」


言いかけたところで、見慣れた黒塗りの車が彼らの脇に横づけしてきた。
後部座敷の窓ガラスが下ろされ、

それはもう爽やかでにこやかで穏やかなーマヒトが悲鳴を上げるぐらいには清々しい笑顔のアキトが現れた。


「やあ君たち。楽しそうだね。」


長年の勘か、血の繋がりか。
兄がとても怒って いて、自分はとんでもない事態を引き起こそうとしていたと瞬時に気づいたマヒトは、

泣きそうな顔でわたわたと身振り手振りしだした。


「あ、あのねアキ兄・・・これは、その…。」


マヒトの慌てぶりと、哀れになるぐらい青くなった顔で全てを察した友二人は静かに二歩後ろに下がった。
弟がしどろもどろでうろたえる間に兄は後部座席から路地に出て、

エンジンを切った長兄タカヒトもサイドブレーキを引いてから、車外に出てドアを閉めた。


「どど、どこまで知ってる?」
「全部。」
「ヒイイイイイ」


マヒトという少年は飄々としていて物怖じしない。兄たちに対していつも甘えん坊で愛嬌がある。
が、現在慌てふためいた彼は青白くどころか紫になりつつある顔でこの世の終わりに絶望していた。

傍から見てると哀れだが、相手が悪い。
そんな弟の様子を面白がっていた兄は、プレッシャーを解いて弟の頭を撫でた。


「俺の身を案じてくれてたんだね。ありがとうマヒト。」
「アキ兄…。」
「俺のためにジュメッリとかいうチンピラを潰してくれようとしたのは嬉しんだけど、」


頭を撫でていた手が下に下がり、両手で頬を包む。
と、思いっきり横に引っ張り出した。


「俺に黙って事を起こそうなんて、つれないじゃないかマヒト。」
「いひゃい!いひゃいっへ!!」
「いつから隠し事するようになったんだい?俺たちは血の繋がった兄弟じゃないか。」
「いや、アキトさんいつも隠し事ばかりー」
「黙れリョクエン。命がおしくないのか。」


アキトは弟の頬を伸ばすだけじゃなく、ぐりぐりと回し始める。


「事態は 結構複雑なんだ弟よ。お前が勝手に動いたらやつらの思う壺じゃないか。」
「ごめんなひゃい!!」
「勝手に宝石も売っちゃうし。お前なら事態をすぐ見抜いたろうが。」


突然、頬を引っ張るのをやめたアキトは、軽く両手で頬を叩いてから、
その大きな手で弟の顔を包むと、額同士をくっつけた。


「お前なら、真実を見抜けるだろう。どうしたんだ、あんなチンピラに踊らされるなんて。」
「ごめんなさいい・・・。アキ兄が命を狙われてるかもしれないと思ったら、冷静な判断ができなくなって…。」
「お兄ちゃんとしては嬉しいけどね。お前は今、ガラッシアの一員なんだ。

街を守ると決めた以上、常に落ち着いて事にあたらなければならないよ。それに、俺にはなんでも報告しなさい。」
「はい、アキト兄さん。」


満足したのか、額を離したアキトはいつものアキトに戻っていた。
ガラッシアの若き参謀とは思えぬ、血なまぐさい場所より、本に囲まれた図書館が似合いそうな爽やかな青年の顔。
赤くなった頬を撫でながら、まだ少し遠慮がちに兄に尋ねる。


「兄さんは、あの宝石を追っていたんだね?」
「さすがマヒト。そう。シベリウスに頼まれてね。曰くつきでピングイーノの品だから、内緒で調べてたんだけど
どうやら初めから話しておくべきだったようだ。

ヤマトらしきスーツの少年が奪い取ったと目撃情報があった時は、さすがにため息をついたよ。」
「奪い取ってはないっすよ。あの宝石運んでたおっさんが気に入らなかったから気絶させただけで、

勝手にケースを開けたのも売っちまったのもマヒトっすよ。」
「マヒトが売った宝石商にはもう話をつけて、時期届く予定だ。」
「ごめんなさい、勝手に…。」
「いいよ。宝石の行方より、全てを仕込んだ奴を成敗する大仕事が待ってる。」
「マヒトがどこぞの探偵から聞いた話によれば、カルドの革新派とやらがジュメッリを焚き付けたんでしょ?

カルドに喧嘩売って大丈夫っすか?」


もう緊張を解いたヤマトが口をはさむと、アキトは静かに首を横に振った。

 


「いやいや、彼らもまた操り人形に過ぎない。舞台裏で演出家気取りの黒幕は――――」


 

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