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5弾目

深夜1時。

カウス港の外れに、1隻のコンテナ船が停泊していた。
まるで闇夜に紛れるように黒塗りにされており、明かりは最低限しか確認できない。
乗降口や船首側には銃を構えた見張りが何人も立ち、闇へ目を光らせ警備にあたっていた。

甲板部分はコンテナ船の作りだが、中は一般的な客船の構造になっており、倉庫のみならず部屋がいくつもあった。
船中は静けさに満ちていたが、人の気配だけは絶えず感じる。
一人の見張り番が、細い廊下を巡り下方にある倉庫の一つに入った。
倉庫内には黒い衣装に身を包んだ男たちが、各々武器を胸に整列していた。
最奥にいた指揮官らしき狐顔の痩身男が、今入ってきた部下に目を向ける。


「貴様、何をしている。勝手な入室を許可した覚えはない。」
「ボスから、緊急の伝言をお持ちいたしました。」


整列した男たちの間をすり抜ける小柄の男。声も随分若い。
―こんな若造がボスから伝言を運んできただと?
指揮官は怪しんでいたが、警戒するのが遅かった。
自分の脇にまで進んできた小柄の伝令係は、目深に被った帽子の鍔を持ち上げ、笑った。


「ボスからの伝言は―・・・、今から叩き潰させて頂きます、新派カルド及びスリの皆々様!」
「まさかっ、ガラッシアの――!」


動揺が倉庫内に走るより早く、整列していた黒ずくめの中で、影が同時に3つ動いた。
一人は隣の人員の首を木刀で叩き伏せ、
一人は懐に忍ばせたハンドガンを弾倉尽きるまで発射し、
一人は拳のみで辺りの男達を殴り飛ばしてみせた。
カモフラージュの変装を解いて、ガラッシアのクインタ達―タカヒト・ヤマト・リョクエンが暴れ出す。
指揮官の喉元にナイフを突きつけ両手を後ろで拘束したマヒトが口角を上げて再び笑い、向かってきた敵の腹を思いっきり蹴り上げた。


「大人は大人しく寝てやがれ!ねんねの時間だぜぇ!」
「寝るのは子供の役目じゃないの?」
「テメェ、それ身長で判断しやがったらタダじゃおかねぇぞ。」


木刀を振り回し敵の群れをなぎ倒すヤマトは野次を入れてきたマヒトを睨んでから、リョクエンに顔を向けた。


「リョクエン!此処は俺がやる。お前は上いってお客さん減らしてこい。」
「はーい。ちゃんとヤマト君の分残しておくからねー。」


本来後方支援、遠方からの銃撃専門のリョクエンを外に逃がし、次にタカヒトを伺う。
ヤマト達の師匠であり、死神とまで呼ばれマフィアに恐れられていただけあって、タカヒトの殺気に周りが押され始めていた。
命知らずなのか、実力の差がわかっていない敵の意識は丁寧に飛ばしていく。
その気になればあの拳だけで命を奪えるだろうが、ボスの意向に反するので親切にも眠らせていくだけである。


「隊長も言っていいぜ。船のどっかにいる黒幕捕まえて来いって言われてんだろ?

面倒くさそうだし、チェックメイトしちまったら面白くないから任せる。」
「わかった。好きなだけ暴れてろ。」
「マヒト、上でそいつ引き渡すなら付いてこい。」
「さすが切り込み隊長、頼もしー。でもいいや、兄さんの狙いはカルドじゃない。」
「テメェの面倒はテメェでみろよ。」
「はいよー」


ヤマトは話しながら、突っ込んできたガタイのいい坊主男の鼻を木刀でへし折った。
腰を低くして駆け出したヤマトに続くため、ナイフで動きを封じていた指揮官の意識を飛ばした。
あっさり人質を手放した少年に男たちが狙いを定めるが、

すました顔で引き抜いた回転式拳銃ーマテバで自分より二回りは大きな連中を射抜く。
マヒトは狙撃手ではないためリョクエンには劣るものの、狙撃の腕はその辺のマフィアより良い。
大人達は、小柄な少年二人にいいようにあしらわれ、船内から外へ向かう彼らを追う一方になってしまった。
狭い通路を無傷で走り終えた二人は、無事甲板に出た。熱い体に夜の大気は心地良かった。

頭上では、コンテナを運ぶクレーンの上に腰かけているリョクエンが
アサルトライフルで、船上の敵に必ず弾を打ち込み強制的に平伏させていた。
ボードゲームでもしているかのような気軽さで。
甲板にやってきた木刀を振り回す少年と、動きが読めない少年。

更に上からの狙撃も気をつけるのは非常に困難で、冷静さを欠いたまま男達は次々数を減らしていく。


「この人たち、本当にカモッラ?一般人並に弱いよ。統率も取れてない。」
「口先だけで革命だなんだとほざいてるだけのボンボンばかりだったんだろうよ。」
「新派カルドはチョロかったね。問題はー・・・。」


マヒトが船の向こう、港口を見やる。
コンテナ倉庫の合間から、全身黒ずくめで夜では無用の産物であろうサングラスをかけた男達がぞろぞろと、

途切れること無く現れ船に乗り込んでくる。ジュメッリの構成員達だった。

全員手に何かしらの武器を持って乗船し、甲板はあっという間に人で溢れ、マヒトとヤマトは囲まれてしまった。


「数が多すぎやしねぇ?雑魚とはいえ、も集まりゃ厄介だな。」

「騙されてるとは知らず、可哀想ー。」


ヤマトが気だるげに木刀で肩を叩いた。
今目の前の数をざっと数えただけでも80人はいる。
未だ港から湧いて出ている点を踏まえても、長期戦になることは間違いない。
だがしかし。


「面倒だねー。」
「面倒だな。」


二人ともやられる気はさらさら無かった。
体力が尽きて劣勢になるような心配もしていない。
ただただ、面倒なだけ。
特にジュメッリは純粋に敵と認識して向かってきているから、その辺りも面倒だった。
悪党なら遠慮無くぶちのめせるのにー・・・。
ジュメッリの一人が棒状の武器を振り上げながら突進してきた。
マヒトが上着の中から回転式拳銃ーマテバを素早く引き出し発砲。
銃弾は指の皮膚を掠めただけだったが、男の手から武器が落ち血が垂れた。
瞬発的にヤマトが踏み切って、身を低くした姿勢のまま前列にいた男達の腹部を叩きつけ、

体が折れた処を今度は上から首の後ろを狙い地面に叩き付ける。
その左隣にいた背の高い男は膝を叩き崩れたところを顎に一撃。そのまた左にいた小太りの男には額に一撃食らわせて倒した。
主軸は木刀を振り回す赤目の少年で、援護が茶髪の少年だと気づいた男達が茶髪の彼を押さえようとするも
空に近い場所にいる狙撃手がカバーする。
武器を持っていた男が、横から狙撃され手から落とした。それはリョクエンの狙撃ではなかった。
角度的に、別の狙撃手だ。
船の淵に、木刀少年と同じくらい小柄な少年がいた。
黒いスーツを纏い、灰色の髪と似た色のネクタイをなびかせ、両手に小型の拳銃を握っていた。


「ハイジー!待ってましたー!」


マヒトが歓喜の声を上げながら、素早くマテバの弾を補充する。
小型拳銃―デリンジャーの装弾を撃ち切った彼はあっさりそれらを床に捨て、胸のホルダーに装備していたコルトを構える。
ジュメッリの連中をランダムに撃ち抜いていき、弾が切れると今度は腰のホルダーからベレッタのトムキャットを引き抜いた。


「どうしたよヒッキー!お家で寝てたんじゃねーのぉ?」


木刀を振り回し楽しげに立ち回っていたヤマトが叫ぶように問いかけると、ハイジはあからさまに不快感を顔で表現して見せた。


「うるさい・・・俺だって上司命令じゃなきゃ寝てるっての。クインタ共が死のうが溺れようがどうでもいい。」


装弾数7のトムキャットを放り投げ、脇腹辺りにあったブロックを握り、再び八つ当たりのように敵を撃ちまくる。
両手の拳銃で交互に発砲。
半円を描くような腕の動きでハイジの近くにいた男達が次々倒れていく。
コンパクトな小銃だが装弾数が少ないのがデメリットである。
腰のポシェットには一応予備の弾を入れているが、ハイジは極度の面倒くさがりであり、

装填が嫌いだからこそ多くの銃を体のあちこちにぶら下げている。

彼はバックには手を伸ばさず両腕を高く上げた。
空から落ちてきたのはディフェンダー2丁。


「これで持ってきた分は終わりだからね、ハイジ。」
「次はお前の番な。ゆっくり装填し直す。」
「飽きて帰らないでね。ボスに怒られちゃう。」
「わかってるよ。」


空から現れた金髪の美青年は、相棒に銃の差し入れを済ますと、コンテナの上に立って群衆を見下ろした。


「まだ時間かかりそうだね、マヒトくん。」
「ハイジと僕の予備弾が終わる前に片づくといいんだけど。リオン、なんか、楽しそうだね。」


船の端に置かれたコンテナの上に立っていた人物に問いかけると、彼はにこやかに微笑みながら軽く首を傾げてみせた。
どこか誇らしげな微笑みだったが、それも束の間。
ハイジを抑えようと突進する影を見つけると、まるで瞬間移動したかのような素早さでコンテナを蹴って弾丸のように飛び出し、

手にしていた棒状の鈍器でハイジに向かう男達の後頭部を殴りつけた。
たった一撃で彼らは気絶し倒れた。
リオンは美しい出で立ちと打って変わって、攻撃はどこか荒々しい。
相棒を狙う敵は誰彼問わず牙をむく獣のようだと、マヒトは感じていた。
必ず狙った場所を射抜くハイジと、彼を守るように戦うリオン。
身寄りがいない者同士、彼らノーナの絆も家族に近いのだろう。
大人達をバカにするように、少年達の猛攻は止まらない。

ハイジが無差別に発砲し、ヤマトが暴れ回る。その2人を残り3人が完璧にサポートすることで、ジュメッリの数も減ってきた。
港からの増援も途絶え、船上に倒れ気絶、もしくは傷口を抑えながら退場する面々も増えてきた。
それでもまだ、30から40は残っている。
銃を使う輩も増えてきた。


「隊長が仕事を完了するまでに掃除終わらせるぞお前ら!」
「一人で燃えつきて散るのは勝手だけど、仕切らないでくれる?クインタ。」
「いいじゃないハイジ。早く終わらせて帰ろう。」
「マヒト。集中力切らしてんじゃねぇーよ。もう飽きたとかいうなよ?」


ヤマトに睨まれたのはわかっていたが、マヒトは水平線の向こうに視線を飛ばした。
月明りも灯台の灯りもない暗闇の奥を見通すように、
マホガニーの瞳は瞬きもせず、
夜空と海の合間に息をひそめるものを感じていた。

 

 

 

 


船尾・エンジン室のすぐ隣。



複雑な機械が並ぶ窮屈なその部屋は、赤い非常灯の灯りが目に悪い、薄暗い場所だった。
管やパイプがそこら中から伸び天井を這っている。機関室というものだろうか。
様々な形の機械の横を通り過ぎながら、船の構造には興味ないタカヒトは機械には見向きもせず辺りを警戒する。
数歩進んだ所で、ビール樽に管を差したような機械の影から飛んできた一撃を腕で塞いだ。男の足による蹴りだった。
踏み込めば反撃が出来たが、咄嗟の判断で後ろへ飛んだ。
暗がりから姿を現したのは、タカヒトより背が高く、タカヒトよりガタイのいい中年の男だった。
額から左目に走る傷は、薄暗い部屋でも見て取れた。

 


「こうやって会うのは久しぶりですね、クサナギさん。」
「お前を寄越したということは、すでに主の正体がバレたということか。アキトは相変わらず賢いな。」
「あのガキが裏で全部操っていたとは…。あんたは相変わらず子供を甘やかしてるようだ。ちゃんと教育したらどうだ。」
「長男っぷりが随分板についているではないか。青髪の死神とすら呼ばれたお前が。」


分厚いサングラスの上にある眉が反応したのを、クサナギと呼ばれた男は見逃さなかった。
過去が重荷であり続ける辛さはお互いよくわかっているので、それ以上は聞かなかった。


「俺が命令されたのは、ジュメッリをけしかけ、尚且つ“カルドの新派を騙し操っている黒幕”の確保―」
「それはもう叶わない。」
「――を、邪魔するであろう右腕の足止め。」
「あくまで俺の足止めか。だが無意味だ、主はもう、」
「小型ボートで逃げたアイツを、今アキトが追っている。」


クサナギという名の大男の表情筋が強張り、眼光が僅かに鋭くなった。


「この船に黒幕がいないことはアキトはとっくに読んでいた。

ヤマト達を暴れさせているのは、俺たちの手でジュメッリを捕らえて保護してやることだ。スリの残党に消される前にな。

あんたの主は、事が済んだらジュメッリを始末するだろうからってな。

わざわざ大事な主の側を離れたのも、それが目的だったんだろう、クサナギさん。」
「タカヒト。お互い、喋りが得意ではないではだろう。」
「そうだな。」


タカヒトは足を開き身をやや低くして構えた。
戦闘開始のポーズをとったのは、タカヒトだけだった。


「すまんな。お前の相手はもう出来ない。」


古い知り合いとの再会に、つい注意をおろそかにしてしまった。
向かい合うクサナギの右側、ちょうど機械の間の濃い影に隠れてしまっている部分が動いた。
いくら部屋の照明が暗くとも、気配で勘づくべきだった。

 


「教育を疎かにしたしっぺ返しだ。お前はせっかくできた家族を大切にしてやれ。」


狙ったかのようなタイミングで、タカヒトの右側に並んだ小型の機械達が蒸気を上げた。
視界を遮る煙の中に踵を返したクサナギが消えていき、後を追おうと踏み込んだが、天井から落ちてきた黒い影に邪魔をされた。
タカヒトの前に降り立ったのは3人の大男。
皆戦闘服に身を包みタカヒトのよりも分厚く本格的なゴーグルで顔半分を覆っている。
クサナギが雇った軍人かと思ったが、空気が違う。
船に潜伏する際に紛れていたスリの残党か、雇った殺し屋だろう。
素人ではないとすぐに見抜いた。嗅覚で。
街の不良が持つ野蛮さもないし、マフィアの孤独感を演出する胡散臭さもない。
命じられたことをただただ遂行する心なき武力は、元軍人だろうか。
ーなどと思案している間に、タカヒトは軍人三人の攻撃を8手も避けていた。
クサナギの気配は完全に消えてしまった。
ならば俺も主に命じられた事を遂行するのみ。
己もまた、心なき軍人みたいなものだ。


「いや、心を与えて貰った殺人鬼か。」


彼にしてはとても珍しい自虐を漏らす。
敵三人組は。統率の取れた動きでタカヒトに迫る。アイコンタクトも指などによるサインもなく、阿吽の呼吸で入れ替わり立ち替わり。
だが、攻撃をすべて避け続けたタカヒトは、わずか数手攻撃パターンを見抜いてしまった。
左の男が伸ばしてきた左腕を掴み力の流れを利用して手前に引き、がら空きだった腹部に重い一撃を埋め込む。
その男の背から隠れて繰り出された右からの蹴りを防ぐと、体を軽くひねり右にいた男の首を横から薙ぎ払うようにして叩く。

重そうな体が弧を描いて部屋の隅まで飛んだ。
残った男はー…。
動きかけた体を引いた。
敵の雰囲気が変わった。機械じみた攻撃しかしてこなかった巨体に敵意が充満していくような。
三人目の男は、タカヒトの太ももより太い腕を振り下ろす。
驚くべきことに、強烈な一撃が床を深く抉って下層の部屋との間に穴をあけてしまった。
厚さは2m程あるにも関わらず、だ。
先ほどは三人の力量は変わらなかった。今目の前にいる個体だけ能力を隠していたのか。
残り一体になったことでリミッター解除したのか。
拳を振り下ろしたまま、首だけで横に避けたタカヒトを捕らえた。
床に刺さった腕を抜くと同時にその反動を利用して反対の腕を投げてきた。
タカヒトは先ほどより早く重くなった拳を避けたが、

ビール樽のようなタンクが凹み、中から熱量が高い水蒸気があふれ軍人の顔を焼いた。
バーナーのような音と肉が焼ける匂いがしてきた。
水蒸気から手前に避けた敵の顔はただれ皮が剥がれ、分厚いゴーグルは落ち、むき出しになった双眸は白く濁っていた。


「薬でも飲まされてるのか、こいつ。」
「正解。某国が研究していた生きた兵器ってとこかしらね。」


夏の風のように爽やかな声が降ってきて、タカヒトは敵への警戒も忘れ首を後ろに捻った。
複雑に伸びる太いパイプの上、天井にやや近い場所で、フウコが優雅に腰かけてこちらを見下ろしていた。
文字通りに高みの見物をして、腕に顎を乗せたままわざとらしく微笑んだ。


「脳手術で痛覚と感情を司る神経を殺され、肉体は薬で強化されている。

スリの坊やは対ブラッティーマリー用に三体程買ったみたいね。」
「フウコ、お前がなぜここにいる。」
「あんたが兵器相手にいたぶられるのを見に来た、って言いたいところなんだけど。あいにく仕事なの。」


その場所から、フウコは巨体に向かって何かを投げた。
それは緑の液体が入った注射器で、見事敵の首元、襟のわずかな隙間に刺さった。


「そいつを発明した博士に雇われちゃって。未完成な出来損ないは始末しろってね。一時的に手伝ってあげるわ。」
「上から物を言うな…。」
「あら。あんたがそんなウィットに飛んだジャークを言うなんて。」
「うるさい。黙ってそこにいろ。」


煩わしい子虫を払うように首元の注射器を握り潰した男は、助走ゼロで床を蹴りタカヒトの眼前に迫った。
向けられた拳をガードした腕で受け止めようとするも、打撃の大きさを考え体を折って避ける。
此処で骨折でもしたら弟達が煩いからだ。
身を低くして空いた腹部に自身の拳を叩き込む。固い筋肉の壁に当たっただけで手ごたえはゼロだった。
再び距離をとる。


「おい、今打った薬はなんだ」
「筋肉を強制的に伸縮させるやつなんだけど、血管まで強化されてるみたいで効くのに時間かかるみたいね。」


ひらり、と。
フウコが地面に着地を決めた。
懐から暗器を出す姿にタカヒトは不快感をあらわにする。


「お前は下がってろ。」
「私に命令していいのは雇い主だけ。それとも、あなたが私を雇う?ま、無理でしょうけど。」


嘲笑うような笑顔のまま、向かってくる男に暗器を3本投げる。
2本はじかれ、1本は腕に刺さるものの、固い筋肉に邪魔されすぐさま地面に落ちた。
二人はそれぞれに攻撃を避けながら弱みを探そうと攻撃を繰り返す。
全身は筋肉で強化されているようなので、強化しようもない顔のパーツを狙ってみるも、

反射神経で攻撃を防ぐか交わされるかしてしまう。
男が乱暴に暴れるせいで周りの機械達は確実にダメージを受け、火花や電気が走り、部屋についていた赤い明かりも消えた。
わずかに灯る機械達の青白い光以外は暗闇に包まれてしまう。
気づかぬ内に上がっていた息を整える。
タカヒトは視力に頼るのをやめ、敵の気配を読みながら攻防を繰り返す。
突然、女の短い悲鳴が響いた。


「フウコ!?」
「な、なんでもない。」


女の気配を探す。壁に叩きつけられたのか、側面に背をつけ座りこみ、腹部を抑えていた。
僅かな明かりしかないものの、彼女の腕から出血してるのが確認できた。
歩み寄るより早く、闇に紛れていた男がタックルを繰り出し、タカヒトは体を曲げた姿勢のまま壁に叩きつけられてしまった。
強制的に揺さぶられた視界の中で、フウコが投げた暗器がタンクの一つを割り、噴き出した蒸気が男の背中を焼くのを見た。
一瞬の隙をついて、タカヒトがフウコの落とした暗器を拾い上げ、男の目を潰した。

大きく身もだえる男は、今頃になって薬が効いてきたのか、腕が震え痙攣しだしたのを確認。
蒸気タンクをもう二つフウコが壊し、蒸気が吹き出した中心部へ、タカヒトは男の腹部を蹴って誘導してやる。
筋肉が思うように動かない男は避けることもできず、そのまま皮膚が焼かれ内臓に達したのか膝から崩れ動かなくなった。
強化されたと言っても筋肉以外の中身は人間のままだったようだ。
一息ついて、フウコの姿を探す。
このまま蒸気が満ちればエンジンの気温が急上昇しいづれ爆発する。
早く上に逃げなければ。
しかし、倒れていた場所に彼女はいなかった。


「共闘はこれで御終い。」


蒸気で機械達も異常を起こしており、不規則に起きる発光が蒸気の白い煙の向こうにいる女を照らした。
負傷した左腕を右腕で抑えているのが見えた。
彼女はタカヒトから逃げたのだと察した。
演技をしている時でさえ、彼女は弱みを見せるのが嫌いだった。


「今の契約が切れて、いづれあなたたちを潰そうとする主に雇われたら、その時また会えるわ。
そこの人造人間みたいに、あなたを殺しにきてあげる。」
「なあ、フウコ。」
「それは真名じゃない。」
「知っている。知っていて俺は呼ぶ。俺とお前は、もう交わることはないだろう。

敵だろうが味方だろうが、もう二度と顔を見せるんじゃない。」


激しい戦闘の中でも外れることはなかったサングラス越しに、女を見る。
濃いレンズをしているが、とてもクリアに世界が見える特殊なメガネ。
部屋を充満し始めている煙の中で、彼女の顔は落ち着いていた。


「二度と会えぬなら、来世でお前を愛することにする。さよならだ。」


煙の中に姿を消したフウコの頬に、光るものが流れたのをタカヒトは見逃さなかった。
別れの言葉に何も言わなかった彼女を追うことはせず、タカヒトは甲板へ急いだ。



 

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