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プロローグ
† スペード †
「来たな。」
口唇をつり上げたミルクティ色の髪をした青年は腰を上げ、今来た来客―浮遊し光る玉を見つめた。
空中で円を描くように回りだした玉の残像が膨らみ、巨大なウサギの姿になった。
二足歩行で立つウサギは、短いチョッキを着ており、内ポケットから金の懐中時計を取り出した。
ヒゲをピクピクさせながら、目の前に並ぶ男達―女の子が一人だけいるが―を順番に眺める。
「認識確認。スペードの皆々様、準備は宜しいか。」
「聞くまでもない。早く始めろよ、ジョーカー。」
ウサギはもう一度時計を確認するとそれを仕舞って、赤い真ん丸な目を彼等に向けた。
「それでは―、」
† クラブ †
そこは暗い緑を基調としたゴシック造りの薄暗い部屋だった。
装飾が施された長机の中央に、机と同じような装飾を施した椅子があり、艶やかな黒髪を背中に流した少女が座っていた。
机には、薄いモニターが埋め込まれており、迷路のような地図が映し出されている。
地図の四隅には、それぞれ赤、黄、青、緑の点が集まっている。
「そろそろ始まるわよ。」
後ろから、少女と同じく美しい黒髪の女性が現れ隣に並んだ。
勝気な笑みに、知的な瞳。
少女は耳に差したイヤホンに手を当てた。
「皆さん、今日もよろしくお願いします。」
『安心しろよサキ姉ちゃん。今回も賞品持ち帰るからよ。』
「気をつけてね、ヤマト。」
マイクで仲間にエールを送り、少女はモニターを見下ろした。
「待っててね、――。すぐ助けてあげるから。」
† ハート †
ブーツの紐を結んでいた彼は、隣に気配を感じ軽く顔を上げた。
暗い赤髪の男だった。
「また勝手に出てきたな、ユタカ。」
「だってー。また俺を使っわないつもりだろー。」
「今日の役目も敵の足止めだけだからな。」
紐を結び終え体を起こすと、赤髪が彼に絡み付く。
その指で、彼の右目にあるハート型の眼帯を撫でた。
「足止めなら俺も出来るよ。」
「お前の力は強大過ぎるし、力の無駄使いはしない主義だ。今日のレリックは三流品で、興味ないしな。」
「あれあれ~。俺大事にされてる感じ~?」
「当たり前だ。お前は俺の切札だ。」
「嬉しい~。」
首に絡み付く男の髪を撫でてやり、彼は立ち上がった。
「行ってらっしゃいマスター。君の願いのために。」
赤髪の声援に一瞥して、彼は部屋を出て行った。
† ダイヤ †
灰色の壁と柱に囲まれた、部屋というには質素な空間の中央に、太い柱を切り取ったみたいな大きな台があり、
斜めの切口にモニターが埋まっていた。
そこには黒い紙に白い線でデタラメになぞられたみたいな迷路が映し出されている。
モニターの前に立つ若い男は、迷路の右下に新たに現れた赤い点を見つめながら左目の眼帯を撫でた。
「もう始まっちゃった?」
「まだですよ、クイーン。」
扉が開き、入ってきた妖艶美人の顔も見ずに答える。
際どいスリットの赤いロングドレスに赤い煙管を持つ女は青年の隣に立ちモニターを見下ろす。
「相変わらず緑は少数精鋭ね。で、青はゴチャゴチャ。野蛮な連中は血の気が多いから大人しくしてられないのね。」
「・・・。」
「うずくの、それ。」
指摘され左目の眼帯から手を離す。
「問題ありません。」
「フフフ。強がりが得意なのね、アキトちゃん。」
「真名で呼ばないで下さい。・・・始まりますよ、ジョーカーです。」
モニターの中に、四隅それぞれに白い点が1つづつ現れた。
× ジョーカー
デッキに現れた四匹のウサギは同時に告げた。
「それでは、ゲーム開始!」
クアドラプル
ゲーム開始の合図と共に、彼等は動きだした。
黒い箱のような空間で、デッキと呼ばれるフィールドは黒い壁が形成した迷路になっていて、簡単にはゴールにたどり着けない。
そこで重要なのは、自分のチーム内でモニターを見ながら指示を出すナビゲーターの存在だ。
「ヤマト、二回左に曲がり<ダイヤの2>と対戦してください。」
モニターに簡略化されたデッキの戦況と道筋を照らし合わせながら、黒髪の少女は指示を出していた。
各チームカラーと役職が記された丸は、デッキにいる人間に発信機が取り付けてあるのでリアルタイムだ。
仲間のヤマトを表す<クラブマーク>に添えられた8の数字が迷路の角を曲がっていく。
「ユカリさん、次は左、右、斜め左です。」
少女が指示する緑の丸は、敵の丸と出会う事なく順調にデッキ中央の王冠マークに近づいていた。
「サキ、タキザワが<スペードの5>に追われてる。」
隣にいた知的な女性が指差す左上のデッキでは確かに、仲間が<スペードの5>に追われている。
「タキザワさんに召喚士は荷が重いですね。―――・・・タキザワさん?次の角を右、更に右。移転トラップがあるので踏んで逃げて下さい。
・・・はい。・・・そうです。移転先に<ハートのキング>が居ますが、きっと何もしてきません。
ユカリさんがもうすぐゴールなので適当に走っててください。」
その指示に隣の女性が笑い出す。
「適当に、とは素晴らしい指示ね。」
「私、間違った言葉使っちゃったかしら、ミヤコさん。」
「いいえ。タキザワも自分の実力はわかってるはずよ。それにしても、<ハートのキング>は気にしなくていいの?」
「見て。<スペードのナイト>が来てる。あの二人仲悪い・・・というより、キングは視界にナイトがいるのが許せないだろうから。」
モニターを2回タップする。
机の上にあったモニターが浮かび上がり空中に移動した。
見上げる形でモニターを見ながら、少女は椅子の背もたれに身を任せた。
王冠に近づく<クラブの6>の周りに敵もトラップもない。あとは彼女の案内をすればいい。
「今日も<スペードの6と9>はくっついて動かないし、<ハートのジャック>と<ハートの2>も手当たり次第ケンカ。
真面目に宝を狙ってるのは私達だけみたいに見える。」
「優秀なナビがいないのよ。他のスートは我らクラブより統率がとれてないしね。第一、私たちの欲しいレリックは特別だから。
武器とかがクラウンに乗ったらスペードなんかかなりやる気を出してくるわよ。」
「そうだね。」
少女はじっと中央の王冠マークを見つめた。