♥♦♠♣15
「うわ・・・。突貫工事もいいとこじゃねぇか。グレードだだ下がり。」
「サキの力が余程強力だったってことだわ。それよりヤマト、前に出すぎ。下がりなさい。」
ミヤコに言われ素直に下がる。
<ハートフェル・ティアーズ>の一同は役持ち以外も合わせフィールドへの待機場所に集合していた。
今まで役持ち以外足すら踏み入れられなかったのに、一般人のヤマト達もすんなりやってこれた。
おそらく、それもこれも巫女姫の力に<ジョーカー>が頼り過ぎてたせいだろう。。
普段通り余裕の笑みを浮かべていたグラスが手を2回叩く。
「作戦確認するよー。ヤマト君の言う通りゲームもフィールドもちゃっちくなってしまったのでモニターも役には立たないだろうから、
イヤホンマイクでの報告必須で。普段の倍混乱するが、トラップ等が無い分暴れてくれ。
我々の目的はマヒトの死守をしながらヘミフィアの剣を持つ現<スペードのクイーン>と接触させることだ。」
グラスは腰に手を当て一言一言を丁寧に紡ぐ。
「更に、スペードのフラッグを奪う。マヒトを守るタカヒト君以外はとにかく暴れて場を錯乱。オニキスはフラッグを探して。」
「クラウンの心配はしなくていいんですか?」
「ああ、問題ない。」
待合室から、ハート型眼帯をした最後の一人がやって来た。
片方の目は力強く、立ち姿は凛々しい。腰の左右一本ずつレイピアを差し、仲間達の列に並ぶと、司令塔であるグラスが柔らかく微笑んだ。
そこに、白い猫も現れた。まずマヒトを確認し、それから一同に頭を下げる。
「ごきげんよう、ハートの皆皆様。」
「やあ、ケイトちゃん。」
「まずは役移動のお知らせを。<スペードのナイト>様は<ハートのナイト>へ移動されました。」
モモナが腕組みをしているサングラスの男を見て、マヒトは首を傾げた。
「ナイトの称号はスペードだけでは?」
「ハートでも適応したほうがよいと判断いたしました。」
「ハハハ、粋な計らいじゃないか、ケイトちゃん。お願いをきいたお礼ってとこかな。」
白猫はグラスに軽く目配せをすると、面々を見渡す。
「ハートの皆様全員の出席を確認いたしました。開始まで通達事項をお伝えいたします。
まず、本日フィールドが不完全でお見苦しい点が多々ありますがご了承下さい。
そして、本日のゲームは特別ルール。クラウンの代わりにスートのフラッグを賭けて頂きます。
ナビゲーターはスートを指定された場所に設置して下さい。設置確認後、敵のフラッグを奪ったスートが最終王者となります。」
「スペードのフラッグ探す手間省けたじゃない、オニキス。」
「ああ。」
全身真っ黒の男は低く返事を返す。
「質問。フラッグの場所は双方に提示されるのかい?」
「クラウンシークとなっております。」
「じゃあオニキスの仕事変わらないな。これでマヒトの側に居られる、と安心したとこ悪いけど全力で探しだして。」
「・・・。」
小さく笑い声をもらしたフランソワーズをオッドアイで睨みつけるオニキス。
マヒトが一歩進み出て、<ジョーカー>である白猫の頭を撫でた。
「もう少し、待っててくれ。」
「・・・・・・はい。今までも、これからも、変わらずお待ち申し上げております。」
「?マヒトさん、何の話を―」
白猫の髭がピクリと揺れた。
「お時間です。役の無い三名様は退場を。ご健勝をお祈り申し上げます。
ゲーム、開始―――!」
白猫はスッと姿を消し、鉄格子のゲートがゆっくり手前に開いた。
「よし、おそらく最後のゲームだ。自分の命最優先ってのは忘れないように。行こうか。」
ミヤコ、ヤマト、タキザワに見送られ、ハーティアの戦士達はフィールドに飛び下りた。
まずオニキスがモヤとなり姿を消し、マヒト―リディアがグラスを振り返る。
「行ってきます。」
「気をつけてな。」
「兄さんも。」
フランソワーズ、アオガミ、モモナ、アイザーを連れリディアは<スペードのクイーン>を探すため走り出した。
グラスが歩きだすと、残ったクガも続く。
腕輪の通信機のボタンを押すが、小型立体映像内には何も表示されていない。
「やっぱり、フィールド内容も役達の移動も載せてない。というよりは、不可能なのかな。全てサキちゃんが補ってたんだろうね。
ん、・・・フラッグを置く場所だけは知らせてきたよ、<ジョーカー>のやつ。」
「出だしからよく喋るな。」
「僕は普段からお喋りじゃないか。」
疑似植物を這わせたついたてが続く、手作り感丸出しの迷路を曖昧に提示された場所目指し歩く。
絵本に出てくるような分厚い蔦植物パーティションで巡らされた複雑な迷路を目指したのだろうが、
壁まるだしついたてでは全てが残念な出来である。
「君にも場の錯乱頼んだはずだけど。」
「フラッグを守る人間が必要だろう。お前一人では不安だ。」
「確かに僕は非戦闘員だけど・・・。簡単にフラッグを奪われないようにしてある。
フラッグを守るより、スペードを一人でも多く気絶させてきてくれないかな。」
「俺はやりたいようにやる。」
瞳だけクガを見上げたが、グラスは通信モニターを頼りに足を進める。
ついたての道を辿ると、大理石の四角い台がポツンと置かれている場所についた。
グラスの胸辺りまで高さがある台で、ついたてに比べれば立派な装飾品だ。
アイザーはズボンのポケットからフラッグを取り出した。
それはハート型に発光する小さな石だった。
複雑な光の屈折を繰り返す表面は宝石と見間違う程美しく輝き、ほんのりピンクの色味が中心に滲む。
クガはフラッグを初めて見た。モモナの手の平で少し余るぐらいの大きさ。グラスはフラッグを白い台に乗せる。
と、ハート型の石が少しだけ浮かび上がりゆっくり回転を始めた。
「よし。―――あ、オニキス?こっちはフラッグ設置完了したけど、そっちは?・・・・・・え、まだ?
じゃあどっかに白大理石の台があるから、張ってて。――――調子はどうだい、フランソワーズ、」
腰に手を当て次々通信を入れるグラスをクガはしばらく見守っていた。
いつもながら、僅かな会話で状況を理解し判断するスピードには感心する。
最後にリディアに何か伝えたグラスが振り返る。
「まだいたの?」
「ああ。」
「スペードはまだフラッグを置いてない。条件が揃ってないんだから、まだ襲われない。
それより、近くに<スペードの10>がいるってオニキスが言ってたから相手を―――」
「全員を遠ざけて何をするつもりだ。」
「・・・。」
「アイザーすら護衛につけなかった。裏がないわけがない。」
「決めつけが過ぎない?」
「過ぎない。お前は意図的に一人になりたがっている。」
気だるげに片足に重心を移動したアイザーは腕を合わせ、クガの真っ直ぐな視線を反らした。
表情は少なからず苛立っている。
「分かってるなら一人にしてくれないかな。問掛けが無意味だと知ってるくせに、時間が勿体無いじゃないか。・・・第一、聞いてどうするんだ。」
「お前が嫌がる方を選ぶ。」
「な、」
「いつだかにお前が言ったんじゃないか。俺は甘やかすのが得意だと。」
クガに首を向けたグラスは驚きで目を開き、絶句から回復した後腕を解いて微笑んだ。
司令塔の顔でも、兄の顔でもない、彼自身の顔。黒髪の青年が張ったテリトリーを破り、近づく。
「・・・ずるい。本当ずるいよ、タツロウは。」
「お前程じゃない。白状しろ、狙いはなんだ。」
「これから来る兄を待ってようかと思って。」
「<スペードの9>か。奴が尋ねる理由でもあるのか。」
「ない。」
「・・・驚いたな。お前が勘や憶測で行動するとは。」
青年は微笑む。
「確信に近い勘さ。兄弟だからね。いつまでも寝ぼけてるバカ兄を起こすから、ちょっと席を外しててほしいんだ。
記憶が即時戻れば、クルノア家当主として仕事をしてもらわなければならない。」
「仕事とは。」
「簡単に言えば術式の強化だ。第一王子である兄さんなら、<ジョーカー>が解こうとしてる守りを強固に出来るかもしれない。
その時近くに人がいると不都合だ。丁度いい。感動の再会を邪魔する奴を牽制しててよ。」
「・・・だが、」
「ちょっと待って!」
まだ表情が晴れぬクガの言葉を中断させ、耳のインカムに集中する。
「よし来た。狙い通り。」
「もう対面か?」
「その前にお客さんだ。ツジナミ一派が仲間を引き連れてデッキに流れ込んで来た。フィールドに結界が無い証拠だ。」
「狙いとはなんだ。」
「<ジョーカー>の注意を兄から反らすために、場をとにかくめちゃくちゃにしてもらうこと。タツロウも参加してきてよね。」
実に楽しげに、狡猾で油断の無い笑みを浮かべた策士を見て、諦めのため息をつく。
「俺はお前と沿い遂げたいと思ってたんだがな。」
「そういうのって女の人に言わない?」
「お前が自分自身の心配を全くしてないせいだ。危なっかしくて見てられない。」
「ハイハイ、小言は後で聞くよ。敵を近づけさせないでよね、僕戦えないから。」
「分かった。」
クガがやっと背中を向け走り去るのを見送ったグラスは、笑うのを止め、彼が消えた暗がりをじっと見つめた。
「ありがとう、タツロウ。」
*
「リディア様、グラス様より連絡です。ツジナミ一派が大量に流れ込みました。リディア様は引き続きクイーンを探せとご命令です。」
フランソワーズは走りながら先頭を行く主に伝える。
「オニキスは?」
「フラッグを確保し待機しております。」
「早くクイーンを探さなきゃ・・・。ユタカや雪籠女ですら探知不可能だなんて、普通の人間じゃないのかも。」
ついたてが並ぶだけの道ながら、普段より横幅が狭く複雑化しているデッキの迷路。
今回はナビゲーターの指示すら得られないので、勘で隅々まで探すしかない。
駆け抜ける一同の耳に、騒音が届きだす。まだ遠いが、ツジナミ一派の荒くれ者達が暴れているのだろう。
ついたての壁はさも簡単に倒せるので愉快なのかもしれない。
「あの・・・、私達ハートのフラッグは、というより、グラスさんは大丈夫なんですか?一人ですよ?」
「問題ないよ。本物はマヒトが持ってる。」
「えええ!?」
爽やかに告げるアイザーに首ごと向く。
「あれはタキザワさんが作った偽物で、オニキスの術が掛かってるから、誰も近づけないし、偽物の近くに居る限りグラスも無事。
万が一があればクガさんが対応してくれる。」
「そ、そういえばクガさん一緒にいましたね。」
「<ジョーカー>が騒がないところを見ると、奴に本物と偽物の区別はつけられないようだ。」
「まさに大胆不適な作戦です!両スートのフラッグはこちらが握ってるなら、あとはクイーンを探すだけですね。」
「そう簡単に行けばいいがな。」
リディアの左を守っていたアオガミが口を挟むと、サングラスの奥から前方を睨みつける。
道の先に動く影がいくつかある。
「ついたてを全部倒して見晴らしよくしてもらえるなら大歓迎だけど、戦う気満々だな。」
「リディア、俺が行く。進んで。」
「頼むアイザー。気をつけて。」
力強く頷いたアイザーは周辺に雪の粉を纏いながら一同の前に出た。
道向こうから迫る男達の野蛮な顔を拝む前にリディア達は右に折れた。
怒号を含む喧騒が増えていくのを感じる。走りながら片方の目で周囲を警戒するが、ついたてはアオガミの身長より高い。
走っていると、頼りの耳も役には立たないが、警戒心の強い二人が近くにいるのは心強かった。
どうやら手作りのフィールドはみすぼらしくもちゃんとした迷路になっており、彼等は行き止まりに辿り着いてしまった。
「またか。戻るぞ。」
「ナビさんの指示がないと攻略も困難ですねぇ・・・。」
「フランソワーズは通った道を覚えてるし、空間把握能力も高いから、クイーンがいそうな場所もその内予測出来る。」
「やっぱり、オニキスさんと私変わった方がいいと思います。オニキスさんなら―」
「無駄だよ。オニキスでさえクイーンは見つけられない。目視で見つけるしかない気がするんだ。」
踵を返し、元の道からやり直す。
いきなり、炎が吹き出し彼等を囲んだ。数秒で収まる炎からユタカが現れ、主をかばうように立ち眼前を睨みつける。
右腕に色彩豊かな大きな鳥を携えた巻き毛の少女が、道を塞いでいた。
大人しく腕に止まる鳥の体から、青い粒子が落ちている。フランソワーズがリディアの耳に顔を寄せ囁く。
「<スペードの4>です、リディア様。」
「僕は初めて見る召喚獣だ。」
「カリョウビンカだよ、マスター。不死鳥は厄介だ・・・。」
「これ以上先には行かせませんわ、ハーティア。」
釣り目がちの瞳同様、勝気で高飛車な上からの物言いをする左目に眼帯をした金髪の少女。
ユタカが身構えモモナはリディアに結界を張る。
戦闘にかけてる時間が惜しいのだが、細い一本道で脇道は無い。
ついたてをアオガミかフランソワーズに倒してもらえば済むのだが、ユタカの警戒具合から言って、
そんな隙をあの少女が与えてくれるかどうかだ。
こうなったら少々手荒くも突破するしか無いか、と思案していた所、少女の後ろに人影が見えた。
「待った待ったー!!」
両者の緊張に比べれば気の抜けた声を出しながら、緑髪の少年が走ってくる。
「エミちゃん待てだよー!」
「人を犬みたいに扱わないでよ!」
少女が半身捻って少年に怒る。少女の隣にたどり着いた彼は息を整えながら喋る。
「戦っちゃダメだってばぁ。」
「足止めしろって言ったのはアナタじゃない。」
「好戦的に足止めしろとは言ってないよ!ちょっと待ってもらうように頼んで欲しかったの!」
「分かったわよ・・・。」
口を尖らせる少女は召喚獣の具現化を解き、すっかり呼吸が落ち着いた少年は一同を見やる。
「ハートの皆さん。僕は<スペードの5>リョクエンと言います。クイーンをお探しなんでしょ?」
「ああ。何故それを?」
「シベリウスが言ってました。それに、クイーンはスペードに来てからもやたら神秘的で、普通じゃなかったから。」
ユタカの警戒を解かせ、アオガミが頷いたのでリディアはスペードの二人に近付いた。
「<ハートのキング>リディアだ。早急にクイーンに会いたい。」
「ご案内します。」
リディアより少し背の高い緑髪の少年が走り出し、巻き毛の少女も続くと、リディア達もそれに習う。
「協力してくれるのはシベリウスの指示か?」
走りながらリディアが問う。
「いえ、僕たちの意思です。」
「たち、はおかしいわリョクエン。アナタ個人の意思よ。」
「ハハ。僕の我が侭聞いてくれてありがとう、エミちゃん。」
「フン。」
「一体、何故?」
「正直わかりません。ただ、アオガミさんの洗脳あたりからゲームも世界もおかしくなってしまった感じがするんです。
変化と矛盾の中心があなた方ならば、正してくれるのもあなた方だと、そう思って。」
少女が目線だけアオガミを振り向いた。睨んでいるように見える。
「この裏切り者っ。」
「ああ、感謝ならしてる。」
「この恩は倍返しですからね!」
「分かった。」
台詞とは裏腹に、少女とは仲が良さそうなアオガミの様子にリディアは少し面食った。
リョクエンは苦笑しながら、迷路を走る。
「君達のナビはクイーンの場所がわかるのか?」
「もちろんです。クイーンも役ですから。」
そう言われたらそれでおしまいなのだが、ユタカ達召喚獣やオニキスの探知でも見つけられないのに、
ナビゲーターとは繋がっているなんて不思議な話だ。
電波のやり取りすらオニキスは感知出来るし、召喚獣は生命の息吹を感知して詳しい距離を計れる。
強力なセンサーが二つもあるのに引っかからないなんて、クイーンの正体が益々わからなくなる。
「次を曲がれば・・・」
リョクエンが左に傾き、T字路を左に行く。
すると、そこにはダイヤの居住区でリディアが出会ったクイーンが白いドレスを纏って立っていた。
そびえたつ、の方がきっと正しい。道を塞ぐクイーンの背丈は3mはある。
巨人化したのか視覚トリックなのか、リディアにはわからなかったが、オニキスやユタカが発見出来なかった訳を身をもって知る。
クイーンの存在は、偉大すぎる。
纏う空気は柔らかくも神秘的で近寄り難く、息をするだけで肺がガラスを含んだように痛みだす。
指先だけでなく体の芯から震えが襲い、思考が停止する。
クイーンを知るモモナですら、別人じゃないかと疑い、無意識に結界で仲間を包んでいた。
体のラインがわかるシンプルなドレスの裾は風もないのになびき続けていた。
胸元が開いた妖艶なデザインなのに、聖なる母の面影が重なる。
神秘のヴェールをかぶり、クイーンは微笑んだ。
「ヘミフィア王家正当後継者、待っていたわ。」
最小限の動きで発した声には不思議なエコーと膜がかかり、耳ではなく肌に響いた。
切長の瞳をゆっくり開け、リディアを捉える。
「おやまあ。そなたは王の資質を失っているではないか。」
*
<スペードの9>イツキは困惑していた。
どうしたことか、先程から頭が痛むのだ。
痛覚が伴う神経系の異変とは違う、脳みその奥が圧迫されてるような痛み。痛いというより、もどかしいうずきと表現するべきか。
「兄さん!しっかりしてよ。ハートのフラッグさえ奪えば全てが終るんだから。」
最愛の弟が数歩前で叫んでいる。
弟ソウタは水のホースみたいな太めのヒモを体に巻き付けるように旋回させながら、様子がおかしい兄の顔を伺っていた。
二人の前方には、ズボンのポケットに両手をつっこみ勝気な笑みを携えた黒髪の青年が立っていた。
青年、<ハートのエース>の真後ろにはハートのフラッグが台の上で自転している。
ソウタの言う通り、アレを掴めばゲームもスートの役目も終わりスペードがこの世界を統一できる。
情報通り<ハートのエース>は非戦闘員らしく技を仕掛けてきたりはしない。
ただ、何かトラップが働いているらしく、ソウタが水のムチを伸ばしフラッグを奪おうとしたら、黒い飛来物が無数に襲ってきた。
フラッグに自己防衛機能などなかったはずだ。ならハートの誰かが仕掛けた罠か。
黒い小石のような物体だったが、触れれば体がただでは済みそうにない成分だった。
別の罠がある可能性もあり、迂濶に近づけそうにない。
「兄さん?大丈夫?」
「ああ、うん。平気さ。」
「・・・顔色悪い。一旦引こう。」
「宝を前に引き下がるわけにはいかないよ。」
ソウタの言う通り、イツキの顔色は血の気が感じられないぐらい悪い。
呼吸は浅く、頭に手を添えた姿勢で固まっている。どうしてこんなに不調なのか。
・・・・・・ああ、そうだ。
対峙する青年を見やる。先程彼が発した理解不能な言葉を聞いてからだ。
(いい加減目を覚ましてもらえませんかね。イツキ・アイン・エータ・クルノア。)
冒頭に置かれた自分の名前以外意味不明な羅列だった。
聞いたこともない。
(―――本当に?)
頭痛が増してイツキが短い唸り声を漏らす。
頭の中に不思議なビジョンが浮かび上がる。
青い天井に、綿菓子みたいな白い煙が浮かんでいる。煙にしては固体のような。
とても眩しい光景で、足元いっぱいに植物が生えている。芝生や花だ。
自分は花を沢山繋げ輪っかにすると、隣にいた人物の頭に乗せてやる。
ぼやけて顔がはっきりしない人物は、嬉しそうに笑う。
まるで、タイヨウみたいに――――
「くっ・・・!」
「兄さん!」
水の守りを解いたソウタが駆け寄りイツキの肩に手をかけ心配そうに覗き込む。
「兄さん、どうしたの?」
兄さん?
当然だ。ソウタは弟なのだから。
大切な家族、最後の家族。
最愛の――――・・・。
めまぐるしく過ぎ去る沢山のビジョン。
強烈な印象を植え付けるくせに、ぼやける謎の世界。
全てが疑問符で溢れかえり、全てが疑わしく感じる。
気分は最悪だ。
イツキは頭を抱えながら少し顔を上げた。
心配そうなソウタと、離れた場所に立つ<ハートのエース>が視界に入った。
黒髪の下から、悲しそうなくせに慈愛に満ちた笑みをイツキに向けていた。
全身に響かせるぐらい大きく、鼓動が跳ねた。
「・・・・・・・・・・・・マコト?」
ソウタが体を捻り、再び水のムチを作りだし<ハートのエース>を睨みつける。
「やはりさっさとアイツを片付ける・・・!」
「ま、待て・・・やめろ。」
ソウタが右腕を払うと、猛スピードで水の綱は突進した。地面を滑りながら<ハートのエース>に襲いかかり、体の中心を貫いた。
<ハートのエース>の体はゆっくりと後ろに倒れ、イツキは彼が笑っているのをしかと確認した。
「マコ・・・・・・マコトーーー!」
深い深い眠りから一瞬で覚める朝のように、抑えられていた記憶は沸き上がり完全に一致する。
ただ、もう既に遅かった。