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❀ 2-1

 

エンゲル県の西にあるのがアテナ女学院で、
北にあるのがクロノス学園である。
ルフェは生まれて初めて汽車という乗り物に乗って、レオン達と共にクロノス学園へ向かっていた。
窓の外を高速で流れる景色に始めは眩暈を覚えたが、目が慣れてしまえば、
普段見ることが出来なかった外の風景に釘付けになっていた。
シャフレットの大惨事。
あの日からルフェは孤児院で軟禁状態で育っている。
敷地内から出ることを許されず、外の世界を知らぬままアテナ女学院に入学した。
当然長期休暇中も外に出ることはなく、第二の家である学院で過ごした。
外界に出たいと望んでいたわけでもなかったので、興味はなかったのだがこうして見慣れぬ土地を見るのは新鮮で面白い。
約2時間後、ユースという街に到着した。
汽車を下りて、駅の出口を抜ける。
ユースはあまり人口が多くない街と聞いたが、老若男女、様々な人たちが行き来していた。
知らない土地で、知らない人々が、それぞれの生活を送っている当たり前の風景。
自分には、その当たり前を壊した前科がある。
マナを使おうとしなければ力が暴走することは無いとわかってはいたが、自然と肩に力が入ってしまう。
ルフェの様子に気づいたのか、レオンが彼女の頭に手を乗せながら微笑んだ。


「迎えがくる手筈になっている。もう少し我慢してくれ。」


素直に頷くと、リヒトが苛立たし気に足踏みを始める。
顔が心なしか青白い。
彼は乗り物酔いをするらしく、汽車の中でグランが薬を渡していたのを目撃した。

「ちゃんと到着時刻を報告したんだろうな。」
「ちゃんとしたさ。絶対支度に戸惑ってんだよ、あのひと。」

ルフェが隣にいたグランに話しかけた。

 


「あのひとって?」
「えっと…来てみてからのお楽しみ、かな。」
「そう。」


グランの言葉は抑揚がなく、目も一切合わせようとしてくれなかった。
交流会の期間中は、本の話であんなに盛り上がったのに、ルフェが力を開放しウィオプスを撃退してからグランの態度は一変した。
レオンとリヒトと違い、グランはルフェの真実を知らされずに来たのかもしれない。
彼も自分の存在に恐怖を覚えた類の人間だったようだ。
仲良くなれると思ったのに、残念だ。
レオンが声を上げた。
彼らが待つ道の真ん前に、黒い高級車が2台横付けされた。
前方車両の運転手が出てきて、後部座席の扉を開ける。
すると、女性が一人降りてきて、ルフェの前にやって来た。
腰まであるふわふわのブロンドに、ちょっぴりスリットが入ったスカートスーツ。
近づいた時に、香水のいい匂いがする。
柔らかそうな印象の女性は、ルフェににっこりと笑いかけた。

 


「初めまして。そしてようこそルフェ・イェーネ。私がクロノス学園長、アレシアです。」

 


元男子校であるマンモス魔法学園の長ならば、当然男性だと勝手に思い込んでいたのだが
アテナと同じく女性の学園長で、しかもこんなに可憐で若い女性とは考えてもいなかった。
驚きで反応が遅れてしまったが、慌ててお辞儀をして挨拶をする。
その隙に運転手がルフェ達の荷物を車に積んでくれていており、ルフェ、レオン、リヒト、学園長が前方車両。
グランと残りの生徒が後方車両に乗り込んだ。
流石高級車である。黒皮のシート、天井にボタンの沢山ついたボードが設置されている。
中は広々としており、巨躯のレオンが隣にいてもシートは窮屈ではなかった。
しかも対面する座席だったようで、ルフェの前に学園長が座り、にこにこと嬉しそうに手を合わせた。


「嬉しいわー。こんなに可愛い女の子がウチの学園に来てくれるなんて。ウチはでっかくて可愛くない問題児ばっかりだからー。」
「野郎ばっかりですからね。」


レオンがすかさずツッコミを入れると、打って変わって険しい表情になった学園長が彼に首を回す。

 

 

「聞いてますよレオン。お役目ちゃんと務めなかったそうね。」
「いやいやいや!課題は全部クリアしましたし、結果的に生徒助かりましたから!」
「結果論で評価は出来ませんよ?後で貴方達はお仕置きですね。何のための交流会だと思っているのかしら。」


ルフェに向けた笑顔とは全く違った笑顔にレオンとリヒトの顔色が悪くなった。
街中を走っていた車は坂を上りだし、やがて林の中へと入っていった。
道はコンクリートで塗装され、まだ昼前なので窓の向こうから木漏れ日が差してくる。
外に出て散歩をしたら気持ちよさそうだ。
車は坂道をどんどん登っていく。
しばらく林道を進んでいると、学園長が窓の外を指さした。

 


「ほらルフェ。あれがクロノス学園。今日からあなたの家よ。」

 


窓の外に見えたのは、山の上に建つ白くて大きな建物群。
山の中腹から上を切り取ってしまったかのように、頂点部分が平らになっており、周りはみごとに森に囲まれていた。
まだ学園までは距離があるようだが、それでも、建物の大きさがわかる。

 

 

「クロノス学園は、全生徒何人ぐらいでしょうか。」
「うーん。今は1400人ぐらいかしら。」
「アテナの倍以上!?」
「ほら、ウチは13歳から年齢制限なしで来るもの拒まずだから。ピークは2000人ぐらいになったりするのよ?」

 


感嘆の声を漏らしたルフェは、まじましとレオンの横顔を観察した。

 


「なんだい?」
「あなた、1400人のトップだったんですね。」
「お。やっと俺を尊敬してくれる気になった?」
「少し。」
「ウフフー。でもレオンですらルフェのマナには到底及びませんけどねー。今まで怠けてたせいで熟練度も低いし。」

 

1400人の頂点に立つ男は学園長からの痛い攻撃に苦い顔をし、今まで大人しくしていたリヒトは
ざまーみろとでも言いたげに口角を釣り上げて嘲笑を漏らした。
林の中をずっと走っていた車がカーブを曲がり始め、やがて大きなアーチをくぐった。
木々が途絶えた一本道を走る。
外灯などの人工物が増え始めると、今度は校門らしき建築物が現れ
車が近づくと、門番らしき制服を着た男性たちが手動で片引きゲートを開放した。
敷地内に入り、どこかの建物の前で停車した。
先にレオンが降り、学園長に続いてルフェも車内から出た。
右を見ても左を見ても、目の前に建つ建物も白壁の大きな建物だった。
全て4階建て以上で、横幅もあり渡り廊下で建物同士が繋がり、そこに立っているだけでも大小沢山の建物が伺える。
アテナ学園は校舎はコの字型で、規則正しく建物も樹木も並んでいたが
クロノスの敷地はとても複雑だということだけはわかった。
荷物は運転手さんが部屋まで運んでくれるそうなので、手ぶらで学園長の後に続いて建物の中に入った。
レオンとリヒトも当然後に続く。
中は迷路そのものだった。
廊下は何度も曲がるし、階段も多い。
一番の違和感は匂いだ。
アテナは女子高だったので、常に花のいい匂いがしていたが
此処は汗臭く、埃っぽく、なぜか焼け焦げたような臭いが漂っている。
今は授業中らしいのだが、どこからか聞こえてくる笑い声や怒号。一体治安はどうなっているのか。
建物をいくつか跨ぎ、規則性を見つけられないまま、エレベーターに乗り込む。
電光掲示板が5階に到着したのを知らせ、綺麗なフロアに出た。
通路はピカピカで絨毯が敷かれ、嫌な臭いは一切しない。
一番角にある黒に金の縁が施された部屋の扉が開く。
学園長室、と書いてあった。
招き入れられた内部もとても綺麗だった。
毛足の長い真っ白な絨毯、シックな木目調のテーブルは学園長の執務机だろう。
黒革ソファーが向かい合って置かれ、片側の壁はガラス張りで、先ほど登って来た森とユースの街が一望できた。
派手さはないのに、豪華な雰囲気が漂う室内は、とても落ち着いた。
学園長は趣味がいいようだ。
ソファーに適当に座るよう言われ、学園長は自分の椅子に腰かけた。


「女子高出身のルフェには、戸惑うことだらけだろうけど、頑張って慣れて頂戴。」
「はい。」

 


さて、と学園長は赤い爪の指を交差させ、机の上で手を組んだ。

 


「これから色々と案内する前に、いくつか話しておきましょう。」

 


綺麗にカールした長いまつげの下にある、大きな瞳が幾分鋭くなったのをルフェは見逃さなかった。
可愛らしい柔らかな女性が、突如アセットの刃を構えだしたような変貌だ。

 


「貴方がクロノスへの転校を受け入れたのは、その莫大な力を操る術を学んでもらうためです。なぜだかわかりますか?」
「私の封印が解けてしまったせいで、また爆発しないため…ですか?」
「それもあるけど、一番はウィオプス対策ね。ご存じの通り、あれを倒せる魔法使いはそう多くない。
魔法院の戦闘員が結界を張り、ウィオプスが街に侵入したりしないよう守るのが精一杯。
でも貴方の力はウィオプスを消せる。そうね、レオン。」

 


目撃者であるレオンが頷く。

 


「貴方はまだ武器の扱い方も知らない子供。子供にマナの使い方を学ばせるのが私たち教育に携わる者の役目よ。
だから魔法院には引き渡さず、クロノスに連れてきたの。
マナを学び、仲間と切磋琢磨するのにこの学園はピカイチ。私が作り上げた最高の学び舎よ。」


か弱い女性の瞳が、好戦的でギラギラした光を帯びるようになった。
僅かに微笑む口元にも、勝気な声音が滞在している。


「ルフェ・イェーネ。貴方は将来的に人類をウィオプスから守る盾になってもらいたい。
人類最強の守りとなる魔法使いにすること。
それが魔法院からあなたを引き取るために出した条件。進路を勝手に決めてしまったのは申し訳ないけれど
此処にいて、私の監視下にある限り貴方は自由よ。」

 


自由という単語に、ルフェの指先が反応した。

 


「今日からは堂々と生きなさい。そして学ぶのです。己のマナを飼い慣らし、操る術を。
鍛錬する楽しさをこの学校で学んだならば、あなたしかできない大事を行いなさい。

それが貴方の与えられた宿命よ、ルフェ・イェーネ。」

言葉の重みは凄まじく、胸の奥を直接叩かれているかのようだった。
その眼光はルフェを形成する細胞すべてを見抜いてる錯覚さえ与えた。
学園長のマナの凄みなのか、彼女の意思の力なのかはわからなかった。
ただ、とても頼もしく、今自分は歓喜しているのだと気づいた。
監獄の中で生かされている実感は今までなかった。
なぜなら自分から喜んで檻の中に潜んでいたから。
友達が出来て、普通の人間のように生活させてくれただけで十分であったが、
此処では、自分が忌み嫌っていた力を頼ってくれている。影にいた自分を、光の世界へ導こうとしてくれている。
自分のマナではなく、自分個人を見て語ってくれたこと。
生きていていいんだと、真正面から認めてくれたこと。
許されることは一生無いだろうが、肩の重荷がほんの少しだけ軽くなった。
ルフェは立ち上がって、深く深く頭を下げた。

「これから、どうぞよろしくお願いいたします。」

 


フゥと学園長が息を吐き、革の高級そうな椅子に背を預け、笑った。
ルフェがソファーに座り直した時には、もうあの凄みは無く、柔らかい可憐な女性に変わっている。
女性の二面性は慣れていたが、学園長のそれはまるで違った。
静と動、可愛い花から鋭い刃にまで顔を変えてしまうのだから恐ろしい。


「素直ないい子で嬉しいわー。難しい話はこれでおしまい。
学園の詳しい説明は午後いっぱいを使って順々にやるから、まずは自室に案内させるわね。
あとはー…遅いわね。さっき呼んだのだけど。」

学園長が備え付けられてる電話に手を伸ばしかけたとき、扉が開いた。


「いやーすいませんねー。乱闘に巻き込まれちゃってー。」

 


入ってきたのは、白衣をまとった眼鏡の男性だった。
年は20代中ごろだろうか。
藍色の髪は綺麗だが、ネクタイは緩まっていて服も皺だらけ。
白衣の裾の方は、何故か黄色や緑に汚れている。
苦笑を浮かべながらも申し訳なさそうな様子はなく、ヘラヘラと頭をかきながら学園長の前まで歩く。
学園長は困ったようなため息を漏らし、ルフェに紹介してくれた。


「この方は魔法科学科のトーマ・タテワキ先生。
タテワキ先生は見ての通りへらへらした頼りない人…、を演じているだけなので気を付けてね。」
「演じてないですってー。これが素なんですよ。いい感じに力抜けて楽なんですってば。」


白衣の男性教諭は黒縁のメガネを外して白衣のポケットにしまった。
瞳の色もわずかに藍色に輝いて、その奥にある鋭さは学園長が持つそれと似ている気がした。
言われた通り、この人にも表と裏があると本能が告げる。

 


「ルフェ。貴方には自由に過ごしてもらうと言ったけど、貴方が術を学ぶまでは
他の生徒を傷つけるわけにはいかないの。
そこで、タテワキ先生に貴方が万が一暴走した時のストッパー役を引き受けてもらいました。」
「監視役の間違いでしょ。非常時に対応できるように。」

 


大人しく口を閉ざしていたはずのリヒトが声を出した。
止めるかと思ったレオンも、首を回して男性教諭をと理事長の方を向いた。

 


「俺達じゃ役不足ですかねー、学園長。」
「そう不服そうに言わないで頂戴。残念ながら、ルフェの力は莫大なの。まだ学生自分である貴方じゃ経験不足よ。」

 

ルフェが首を傾げると、学園長が紹介の続きをしてくれる。

 


「タテワキ先生は、教員免許を持った、魔法院の高位魔導師です。」

 


アテナ学院で学んだことがある。
魔導師とは、魔法使いを統括する魔法院が認めたスペシャリストで
位を与えられる魔導師は少なく、高位ともなれば世界に20人もいないと習った。
熟練の魔法使いなので皆高齢なのかと思っていたが、こんなに若い高位魔導師も存在するんだとおとぎ話を聞いたような感覚になる。
でも確かに、ルフェの監視をするには適役である。
タテワキは、首を傾げながらルフェに微笑んだ。


「いやー普通の女の子で安心したよ。よろしくね。」
「今日からタテワキ先生が貴方の監視役兼指導係です。といっても、付きっきりで監視するわけではないので安心してね。
レオンとリヒトの監視の任は解きますが、ルフェにとって数少ない顔見知りです。しばらくは面倒見てあげて頂戴。」


レオンはよろこんで!と快諾したが、リヒトはめんどくさそうに口を歪めた。
それから2、3の連絡事項を聞いてから、自室に案内するためレオンが立ち上がり、
ルフェも立ち上がったのだが、学園長をじっと見つめだす。

 

「あの…。」
「なにかしら?」
「アテナの学院長先生とは、お知り合い、とかだったりします?」
「あらどうして?」
「先ほどの話し方が、似ていたように感じたので。」

 


赤いネイルをした指を頬に充てて、彼女はにっこり笑った。

 


「アテナ学院長フレイアは、私の娘です。」
「・・・・・・・・・む、娘!?」

 


驚くルフェの肩にレオンの手が乗り、耳元でそっと囁いてやる。


「ウチの学園長はマナで若作りしてるだけで、本当は60歳超えてるんだよ。」
「レーーーオーーーン?」
「はいすいません!なんでもないっすから!」
「親子で学園長をやられてるなんて、凄いですね。」
「まあ!ごらんなさいこの純粋な意見を!無粋で気の利かない野郎共とは違うわね!!」

 


学園長の拳が飛んでくる前に3人は退室し、ルフェが今日からクラス女子寮へと案内してくれた。
ぶつぶつと文句をいいながらもリヒトも午後の学園紹介も付き合ってくれて、
クロノス学園というマンモス校で今日から学ぶ不安が、ちょっとだけ無くなった。

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