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幕間1

 


「ごめんね、付き合わせて。こういう場所は、こんなおじさんとじゃなくて可愛い女の子と来たかったよね。」
「俺はそういうの興味ないんで。誠司さんが誘ってくれて嬉しかったですよ。」

 

 

 

暦は変わって七月になり、とある平日の午後七時。

透夜は制服姿のまま、日室誠司に誘われて東京スカイツリーに登っていた。
東京に越してきて三年になるが、タワーに登るのは初めてだった。
やっと日が落ち空が藍色の膜に抱かれ橙が名残惜しげに地平線に鎮座している。
足下に広がる民家やビル群の黄色い明かりがあちらこちらで灯り密集していく。
これだけ人がいるのかと思えば、薄ら寒くなる気分だ。
あれらのせいで頭上の星々は息を潜め身を隠してしまっている。
だが、見応えはあった。

 


「ずいぶん遠くまで見られるんですね。」
「昼間、天気のいい日は富士山や群馬の山まで見えるよ。」
「誠司さんの故郷も?長野でしたよね。」
「浅間山は見えたはず。」


あっちかなーなんて言いながら、誠司さんは円形の展望台を歩き出す。
昼間は観光客や修学旅行生でずいぶん混雑しているようだが、夜は人もまばらで歩きやすい。
家族連れよりカップルが多い気もするが。
景色の案内板を見ながら、もう闇に染まった遠くの山を誠司と共に眺めた。


「今度は上の特別展望台に行ってみよう。もっと遠くまで見える。」
「そんなに変わるものですが?」
「さすがに透夜くんの故郷は見えないけどね。」


当たり前だ、自分と夏海の故郷は近畿地方だ。
どんなに高いビルを作っても、あの山は人の目から隠されているせいで目視不可能。
あくまで気配りのジョークを言ってくれた誠司さんと並んで、ガラスに沿って付けられた手すりに肘をついて夜景を楽しむ。

 


「君がこっちに来てもう三年目だね。早いなぁ。どう?もう自分の街って感じ、するかい?」
「相変わらず人とビルだらけでゴチャゴチャして落ち着きません。
でも、此処は七星の奴らの目がないだけとても気楽で、自由です。こんな濁った空気の場所なのに、生きやすいですよ。」
「そうか・・・。」
「誠司さんこそ、田舎が恋しくなったりしないんですか?」
「たまにね。すっごい山の中にあるド田舎で不便だったけど、星が綺麗だったのは唯一の自慢かな。都内にいると、星をみる機会がなくて。」
「同感です。」
「七星は星を司るから、透夜くんも星を読んだりするんだよね。そうだ。今度天体観測に行こうよ。八月に流星群あったじゃない。」
「いいですね。ちょうど夏休みですし。」
「テント張って一晩中―・・・って、ごめん。受験生ってことを忘れてたよ」


頭を掻いて謝る誠司さんに、首を振る。


「俺、進学しないことにしました。このまま術士協会にお世話になりつつ、全国の伝承や逸話について調査したいんです。
色んな土地に伝わる民話やナバリについて調べれば、冥王について新しい情報を得られるかもしれないので。」
「そっか・・・。」

 

誠司さんも同じように手すりに肘を突いて、地平線から橙が消えて水色に変わった空を見た。
高層ビルの赤いランプが呼吸しているかのように規則的に瞬いている。

 

「早く母さんを助けてあげたいんです。氷を解いた瞬間体が枯れてしまったとしても、あのままにしておくわけにはいかない。
父さんだって、結界を守るため動けずにいる。
夫婦が離れてるってのツライでしょうから。両親をまた一緒にさせてあげるのが、僕の目標です。」


今はまだ力が無くて無理だけど、と付け加えると哀れみでも慰めでもない、純粋な笑みを向けてくれた。


「君なら出来る。僕も手伝うよ。会長だって応援してくれる。
個人的には、大学に行って、色んな人と交わって楽しく暮らして欲しい気もするけど。」
「誠司さんは、大学行ってよかったですか?」
「ああ。不真面目だったから、勉強より友達と遊んでる時の方が楽しかったけどね。
お酒の味と楽しさ、それと二日酔いで苦しむことを覚えたのも大学に入ってからさ。」
「俺は残念ながら人付き合いが上手くないので、きっとそういう楽しさは無縁です。一つ心配なのは・・・やっぱり夏海ですかね。」
「そういえば今日は?一緒に連れてきてくれてよかったのに。」
「誘ったんですが、友達とカラオケが先約、とかで。」
「夏海ちゃんは高校に上がって、凄く楽しそうだね。」
「女子高生とやらを楽しんでますよ。いっちょ前に色気づいちゃって・・・。」
「あはは。じゃあ心配だねぇ、お兄ちゃんは。何にせよ、人生に目標があるみたいで安心したよ。」

 


目尻を下げて笑いながら、透夜の肩をポンと叩く。

 


「さ、遅くなっちゃったけどご飯食べに行こうか。」
「はい。」


光の早さで地上五階まで降りたエレベーターから出て、隣接されている商業施設内で店を探す。
店決めを託され何がいいかと案内板を見て悩む綺麗な横顔を見て、誠司は本当に、真っ直ぐ育ってくれて誇らしい気持ちでいっぱいになる。
出会ったばかりの頃は、周りの大人を全て忌み嫌い、他人を悉く遠ざける子供であったのに。
今は普通の高校生として、妹と楽しそうに暮らしている。
両親のことも、前向きに捉えている。
―この子には、自分のようになってほしくはないのだ。
夢も目標もなく、ただダラダラと大人になって生きてきてしまった自分みたいには。

 


「中華、どうです?」
「いいね。行こうか。」

 


背中を軽く叩いて、歩き出す。
いい歳した大人が、この若人に夢と希望を抱いているとは気づかれないように
今日も頼りがいのある大人を演じることにしよう。

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