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第三部 夜永月の妖星闊歩2

 

「あれ!?お兄ちゃん!?」


文京区の中華店を出て上野公園に辿りついた男三人は、くだらない話をしながら不忍池周辺を歩いていた。
腹ごなしも済んだことだし、嵐オススメの喫茶店で甘い物でもと話していたところで、すれ違い様の女性二人組に声を掛けられた。
透夜の妹夏海と、その友達杏子であった。
今朝見たぼさぼさ髪の寝起き姿とは違い、髪も可愛くアレンジされ化粧バッチリである。


「なんだ、お前達も上野に来ていたのか。」
「今杏子とパンダ見てきたんだ~。可愛かったよ。頼安さんと嵐さん、こんにちは。」
「久しぶりー夏海ちゃんと杏子ちゃ・・・んんっっ!!!???」


長身の夏海の影に隠れるようにお辞儀をする乙島杏子を見て、頼安の動きと表情が固まった。
他二人も表情を引きつらせて固まる。
杏子の右肩に人間の手が乗り、次にその影がひょっこり顔を見せた。
和服を纏った中年男性なのだが、見た目がかなり派手である。
蜜柑色の着物に、蝶や花が大きく描かれた茶の羽織を重ねている
帯締めは組紐付きの紺色、下に来ている長襦袢の襟に紅白の柄がチラ見えしている。
派手な色使いとデザインの着物を纏って、襟足を長めにした金髪、白いメッシュ入り。
手首には何重にもアクセサリーが巻かれており、右手にはストラップが山ほどついた携帯を握っている。
どことなく、一昔前のギャル男を連想される。
男が杏子の肩に乗せていた左腕を持ち上げる。その時、杏子の顔や頭に腕と着物の袖が貫通した。
その様は、人間の体をすり抜ける幽霊のようである。


「あ、透夜ちん。ヤッホー。」

 


気怠げに目の横で横ピースを作って見せた男は、やや低めな声でそう言った。


「!?な、なんで菅原道真公がここに―――もごっ」
「頼安さん、静かに!」

 


透夜に口元を抑えられ、嵐に無理矢理引きずられながら夏海達から離される。
声が届かないところで、顔を寄せ合い小声で話し始めた。


「厄介なナバリに会っちゃったじゃない!ももも、もしかして・・・杏子ちゃんに憑いてる?」
「そのようです。超一級存在だから夏海にも見えていません。というか、本人がわざと存在消してますね。」
「此処、湯島天満宮と近いな。」
「冷静に言ってる場合ですか!対策を練らないと俺達今日お家に帰れな―」
「ねー。キミたち暇っしょ?オレちんと遊んでよー。あそこのギャル二人と一緒にさー。」
「ぎゃああああ!」

 


頼安が悲鳴を上げて、一歩横にずれた。
突然会話に参加した、ド派手な着物姿の男性。
東京に済んでいる術士なら大抵知っている迷惑ナバリ、菅原道真である。
平安時代、無罪の罪で都から左遷され、後に恨みで祟りを起こしたと信じられ、神にまで祀り上げられた。
現在は雷神、学問の神様として崇められ、彼を祀る天満宮は全国各所に存在する。
神でありながらも一度怨霊に落ちたせいでナバリとなり、いつの頃からか、東京内を彷徨うようになったらしい。
何故なのか、平成の時代にギャルにドハマリして、そこからギャル口調になったおじさんとして術士の間では有名である。
曲がりなりにも神様なので、祓えも封印も出来ない。
とにかく術士には厄介で迷惑な存在だ。
何が迷惑かと言うと―

 

「オレちんもたまには遊びたーい。ボーリング行こうゼ☆」


気づいたら三人のこそこそ話に加わっている和服のギャル男。
このナバリ、遊びなどに術士や霊力のある一般人を付き合わせ、文字通り“憑く”のだ。
自分が満足するまで決して離れてはくれず、ドーナツ屋で二時間自慢話と昔話を聞かされ、その後話題のラーメン屋を二件はしご、ノリで大盛り食べさせられ、引きずられるままカラオケ八時間朝までコースに付き合わされた術士の被害報告を聞いたことがある。
高いテンションに付き合わされ機嫌をとり続けなければならないプレッシャーと、一級ナバリの隣にいるせいで自分の霊力と気力はガンガン削られ、さらには、掛かる費用は彼の分も含め自己負担。
もちろん協会に被害届けを出しても、費用も時間も帰ってこない。

 

「憑くなら術士にしてくださいよ、嵐さんとか。」
「バッキャロー!野郎なんかより可愛い女の子の方がいいに決まってんじゃねぇか!ナメてんのか!」

 


力なく喋っていた男が急に図太く凄みが増した声を出した。
ヤクザかよ、と透夜は内心でツッコんだ。

 


「だからって、この子じゃなくたっていいじゃないッスか!非術士ですよ!?」
「高校生は夜更かし出来ませんからね、夕方までですよ。」
「ちょ、透夜クン!?」
「夏海の友人なら俺が相手するってわかってて憑いたんですよ、このナバリ。」
「さっすがお兄ちゃん☆話わっかるー。」

 


妹とその友人を人質に取って要望を叶えさせる気だな、と察したが誰も言わなかった。いや、言えなかった。
半分神様で半分ナバリの元怨霊。恨みを買えばどんなめんどくさいことが起きるか、想像もしたくない。

 


「お兄ちゃん達、誰と喋ってるの?」
「気にしないで夏海チャン!ところでさー、オレ達今からボウリング行くんだけど二人も一緒にどう?」

 


覚悟を決めたのか、頼安がくるりと向きを変えていつもの口調に戻る。
目尻に涙が見える気がするが、気のせいだということにしておこう。

 

「わ、私もご一緒していいんですか?」
「もちろんだとも!!さあ行こう!気が変わらないウチに!!今すぐ!」
「必死だな。」

 

夏海と杏子を引きずって、最寄りのボーリング場にやって来た一同。
一般人に姿が見えない菅原道真は透夜の番にボールを投げる。
ボールが浮いてる様を不思議がられないように、そして勝手にピンが倒れていると思われないよう、
透夜が上手く菅原道真の動きに合わせて持ってもいないボールを投げるフリをせねばならなかった。
お兄ちゃん、下手になったね。などと笑顔で言う夏海に、男三人はヤキモキして人知れず胃を痛めたが、菅原道真本人は言うねー!などと笑い飛ばし、ゲームを楽しんだ。
その後原宿に移動し現役女子高生おすすめのクレープを並んで食べる。
霊力を吸われ始め気分が悪くなってきた頼安の分を、菅原道真オーダーの生クリームマシマシ抹茶ブラウントッピング、抹茶あずきクレープにして食べさせた。
女子高生が携帯で撮影会を始めると、菅原道真もストラップが山ほどついたガラケーで真似をする。
あの携帯じゃSNSにもアクセス出来ないだろうが。
満足したのか、半分も減っていないクレープを頼安に寄越した。元々そんなに甘い物をとらない頼安だったが、完食しなければ祟ると脅され一気に食べ終えた。
そのままゲーセンでプリクラを四回も撮らされたところで、ついに菅原道真から

 


「オレっちそろそろ帰るわ~。」


の一言がでたため、男三人は深めのため息を吐いた。
解散になったのは夕日が一足先に西に帰ってしまった午後五時半。
激甘クレープを食べさせられてから体調が悪い頼安を嵐が連れて帰り、夏海と杏子はまだ買い物に行くと言うので、あまり遅くならないように注意してから、透夜は一人文京区にある湯島天満宮までやって来ていた。
社務所は営業を終了している。
御朱印もお守りの購入も終わっているため、人はもう残っていなかった。
夕日の影が濃く長く伸び、夜がそこまで迫っている。
権現造の本殿屋根を飾る金の部分が弱く細くなった夕日を僅かに反射している。
主に似てなのか、デザインは派手で華美さが際立つ神社である。


「合格祈願でもしてったらー?これから受験生で賑わうからさ。」
「ボーリング代もクレープ代も出してやったのに、小銭をせがむなよ。」
「ヒドイ!親切心からだったのにー。」
「おれは進学しない。」
「そうなん?ふーん。ま、オレちんに拝んでも御利益ないけどね。ナバリだし。本物様は今も眠ってて御利益不明~。」

 


賽銭箱の横にある柱に背を預け、着物の裾を合わせる。
夕方になって、気温が一気に下がってきた。
ナバリには関係ないだろうが。

 


「まだ秋か~。別府の梅ちゃんは元気かなー。」
「いつでも帰れるでしょ。天満宮なんて全国どこにでもあるんですから。」
「それは言わない約束っしょ。社を巡れなかったら、オレちんは菅原道真本人だと思い込んでる哀れなナバリだと確定するジャン。確かめないまま、千年以上彷徨ってる。ウケルっしょ。」
「ウケないですよ。」

 

この菅原道真は、ナバリである。それは千年前の陰陽師が証明している。
昔風に言い換えれば、妖怪だ。土地に絡みついたナバリとなって東京をうろついている。
平安時代に祟りを起こしたとされ、祭られ雷神になった本物の菅原道真かどうかは、術士達の間でも意見が分かれており、本人ですら本物かどうか確信が無いという。
記憶は確かにあり、詳細な出来事も覚えているため歴史との照合も取れているのだが、本人はやたら弱気であった。
残念ながら、術士は古代から妖怪や幽霊の類いを戦ってきた祓師。
神の存在を証明する術を持っていない。
彼を本物かどうか議論するのはいつも神社仏閣の関係者。
曰く、神は全国の自身を祀る社を巡れると言われている。つまり、東京の天満宮から別府にある天満宮に渡れるのだが、本人はそれが出来なかった時を恐れて神社巡りをしようとはしなかった。千年もの間、尻込みを続けている。
ただ存在し、毎日飽きもせず彷徨うだけ。

 

「変な世の中だよね。現代の人間は幽霊だの妖怪だのを否定するくせに、その信心や恐怖がナバリを形作ることもある。透夜ちんの切り札達みたいにね。」
「まあ、そうですね。俺もなんだかんだ言って、利用させてもらってますから。」
「透夜ちん、気をつけなよ~。最近乱れてる。」
「何が?」
「うーん。空気?」
「なんだそりゃ・・・。」
「悪い奴らが、悪巧みしてるってことさ。じゃ、遊んでくれてありがとね~。」

 

菅原道真はそのままくるりと向きを変えながら、消えていった。

 

 

 

 


「ただいま。」

 


玄関がガチャリと開いて、透夜が自宅に帰って来た。
洗面所で手洗いを済ませてから、リビングに顔を出す。


「お帰りなさいませ。夕飯召し上がります?」
「ああ、頼む。」
「まろん、アタシのも~。」
「かしこまりました。」
「なんだ、まだ食べてなかったのか。」
「あれだけ大きなクレープ食べたんだもん、すぐはお腹すかないよ。」

 


ソファーでくつろいでいた夏海もダイニングテーブルに移動してきて、まろんの手伝いをする。
兄妹色違いのランチョンマットを敷いて、お皿を並べていく。
夕飯メニューはナスと白菜の味噌汁、豚肉と玉ねぎのケチャップ炒め。副菜はほうれん草のゴマ和えとカブの漬物。
手を合わせ、食べ始める。
二人で夕飯を食べるのは何日ぶりだろうか。


「ねえ。昼間のアレ、やっぱりナバリが関係してたでしょ。」
「何でだ。」
「頼安さんならともかく、お兄ちゃんと嵐さんがノリノリでクレープ屋さんやプリクラ撮りたがるわけないじゃん!」
「男だってはしゃぎたい時ぐらいあるだろ。」
「嘘!」
「気にするな。何も問題ない。俺も久々に羽目を外せてよかったよ。プリクラなんて初めて体験した。」
「・・・なら、いいけど。」

 


絶対何か問題が起きて、自分と杏子を巻き込まないように兄と大学生コンビが対処をしてくれていたのは事実だろう。
彼らが見えない何かと話している姿を何度も目撃した。
霊力の弱い自分は探知すら出来なかった。
兄は気にするなというが、足を引っ張ってしまったのではないかと不安になる。

 

「もうすぐテストだろ。今日も遊んでいたようだが、ちゃんと勉強してるだろうな。」
「や、やってるよぉ~・・・。わからないところは杏子に教えてもらったりしてるし。」
「参考書必要なら言えよ。今から家庭教師雇ってもいい。」
「大丈夫だって!」
「お前、大学行くならもっと頑張らないとだろ。こないだの三者面談の内容、蛍火からちゃんと報告受けてるんだからな。」
「うっ・・・。」

 


高校二年生も二学期になると、三者面談だの進路相談などが増える。
夏海は勉強は嫌いだが、仲良しの杏子が大学進学するというので、一緒にキャンパスライフを楽しもうと約束した。
幸い、杏子が目指す大学は夏海の学力でも頑張れば合格出来そうなラインであった。

 

「お兄ちゃんはいいよね~。もう術士協会に内定もらってるんでしょ?卒業まで遊んでいるだけでじゃん。」
「そうでもない。書類出したり面談したり、やることは多い。実力テストもある。」
「お兄ちゃん、頭良いのにもったいない。」


兄は小学生の頃から頭が良かった。
それは、一族の大人達に舐められたり馬鹿にされたりしたくないというプライドもあったのかもしれない。
そうやって一人、次期当主としての重荷を背負ってきた。
それに比べて私は、兄の苦労を肩代わりしてあげるような実力も学力もない。
やりたい事も見つけられず友達にくっついて進学を決めただけ。
情けない限りだ。
味噌汁をすする兄を盗み見する。
特別習ったわけでもないだろうに、綺麗な作法で食事をする兄は、妹の夏海でさえ見とれてしまうぐらい美しい。
繊細な指先と、長い前髪の奥にあるまつげの長い切れ長な瞳。
この夏を終え、兄はまた一段と大人になった気がする。妹の目線から見ても、色気が上がったような。
伏せられていた目がこちらを向いて、胸がドキリと鳴る。


「今年の年末はどこか行くか。」
「え、いいの!?」
「協会に就職したら全国飛び回って忙しくなる。お前も受験生だ。ゆっくり出掛けるなら今のうちだろ。」
「そっか・・・。」


今以上に離ればなれになる未来に不安が胸にじわりと広がる。
箸を握る右手の指先に力が入ってしまう。

 

「あ!ファンタジーランド行こうよ!新しいホテル泊まってみたい。」
「ああ、テレビでやってたアレか。いいよ。予約しとくから、どの部屋がいいか考えとけ。」
「うん!お兄ちゃんの誕生日も近いから、バースデープラン頼もうか。」
「いいよ、そういうのは。」


年末に決まった旅行の予定を妄想しながら、兄妹水入らずの穏やかな夕食の時間が過ぎていった。
 

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