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第三部 夜永月の妖星闊歩3

 

夕飯を食べ終え、透夜は自室に戻り電気を点けた。
紺色のシンプルなカーテンと、白い絨毯。
クローゼットがある他は、勉強机とベッドしか置いていない質素な部屋なのだが、空いた空間の上に人があぐらを掻いて浮いていた。
観世音菩薩のような、最低限の薄手の布で上半身を覆った、露出が多い女性だった。
肩と腹部は隠されており、袖は手首に掛けて大きく広がって長さもあるのだが、豊満な胸は谷間が覗いており、丈の長いズボンの裾からも煌びやかな足釧を付けた足首がむき出しである。
肩に羽織った天衣は風も無いのに裾が揺れている。
髪は衣と同じ白なのだが、毛先は薄紫のグラデーションがかかり、軽くウェーブになっている。
透夜の気配を察したのか、閉じた瞳がゆっくりと開かれた。
水色と紫のグラデーションが美しい瞳は切なげで憂いが滲んでいた。量のあるまつげが部屋のライトを浴びて影を落としている。
妖艶を兼ね備えた儚げな美女が部屋にいても、特に驚いた様子も無く透夜はベッドに腰掛ける。

 


「また姿を変えたのか、紫破(しば)。」
「そうか。気づかなんだ。」

 


彼女は透夜の式神で、本来の名は北辰という。
七星当主の守り神でもあるのだが、北辰が認めぬ相手の前には姿も見せようとはしない。
七星の土地に住んでいたこともあったが、力が強くないと存在すら感知出来ない高貴な存在。
また、その姿は星の位置で不定期に代わり、今は女性の姿をしているが、つい数ヶ月前まで七福神の福禄寿に似た老人の姿であった。
北辰に性別はなく、なぜ姿が変わるのか本人にもよく分かっていないらしい。
噂によれば摩夜の時代には既に七星の守護神だったようだが、本人はその時の事を語りたがらないため真偽は不明だ。

 


「実体化するなんて珍しいな。何かあったか。」
「うむ。これといって何も。嫌な予感がするんじゃ。横浜で、わしが掴んでおった生田目の結界を、敵に奪い返されたことがあったろう。」


か細い女性の声で老人のような喋り方をする式神が、悲しげに瞳を伏せる。今にもその大きな瞳から涙が落ちてしまいそうな。
今年の初夏、東京都周辺を守る武蔵野国結界が狙われる事件があった。
結界の要である六之宮を、この紫破に修復させつつ、主導権を奪い取ったのだが、あと一歩というところで姿も見えぬ敵のボスに邪魔されてしまった。

 


「お前さんの力すら凌駕してみせた気配じゃ。この日の本広しといえど、そんな力を持つ術士など、限られる。」
「安心しろ。策は既に準備してある。敵が罠かかるのを待つだけだ。」

 


透夜は壁に背を預け足を伸ばすと、何もない空間から古びた本を取り出し捲り始めた。
式神は何か言いたそうに唇を動かしたが、出て来たのは当たり障りのない言葉であった。

 

「最近熱心に読んでおるのぉ。」
「此処に少しでも答えが載ってないかと思って」
「摩夜についてか?」
「冥王について。」

 


式神が、僅かに眉間を寄せ不快感を露わにしたが、本に目線を落としている透夜は気づいていない。

 


「それは己の運命を知る行為でもあるぞ、透夜。」
「俺は宇宙がどうなろうと知らないよ。普通に生きて、普通に老いる。邪魔なものは全部退ければいい。高校卒業したら、さっさと七星当主にでもなって冥王をどうにかするさ。」
「簡単に言うでない。摩夜でさえ封じるのが精一杯だったのだぞ?」
「あれは摩夜に原因がある。友達を助けるのを優先したせいだ。攻撃に全振りしてさえいれば、消し炭に出来たのに。何せ、初代天狼星なんだから。」
「知っておったか。」
「日記に全部書いてあった。興味なかったから今まで手に取らなかったけど、割と面白いよ。」
「創作物語と一緒にするでない。貴重な品ぞ。・・・そういえば、柱可は別の本を裏庭に埋めておったな。」
「師匠が??」
「大事な口伝書達ではないかと諫めたら、時がくるまで眠っててもらうとか言っておった。」
「初めて聞くな。次帰ったら探して―、」


ズボンのポケットに入れていた携帯から、けたたましいアラームが鳴った。
これは術士協会アプリからの緊急呼び出し通知音。
本を空間内にしまって携帯を確認した透夜は、ベッドから飛び降りると椅子の背に掛けていた上着をかっさらって部屋から飛び出した。
話をしていた式神は、主が消えた扉をしばらく見つめていたが、人知れず姿を消した。
玄関で靴を履き、扉を開けながら黒鳥を呼ぶ。
闇に紛れるように真っ黒な鳥の背に乗ると、羽を大きく羽ばたかせ飛び立つ。携帯を手にしながら後ろを振り返った。
低空飛行を続ける黒鳥の後を、夏海を乗せた白虎が追いかけてきている。

 


「家にいろ!」
「五位以下は一般人の誘導しろって指示きてた!」


弁明するように携帯を握って差し出してくる。
五位以下にも声を掛けるほどの緊急事態。
透夜の携帯が、再び音を立てる。通話ボタンを押して耳に当てた。

 


「本当なんでしょうね。東京に酒呑童子が現れたなんて。」

 

四斗蒔兄妹が住む川崎の自宅から多摩川を越え、田園調布に入ってすぐの辺りだった。
黒鳥で空を飛び現場に向かっていた透夜はその光景を見て、現世と幽世の境界線が消え、あちら側の世界が流れ込んできてしまったのかと内心ヒヤッとした。
閑静な住宅街やビル群が並ぶエリアが、赤く灯っていた。
地面付近には具現化した霊力が霧のように漂っている。
赤い霊気が闇から照らし出すのは、でいだらぼっちのように仁王立ちしている、巨大な影。
脇に立つ学校の三階建て校舎以上の背丈がある。
近づく内に、姿がハッキリ確認出来るようになってきた。
武士のような鎧を身に纏い、右手に握る棍棒の先端を学校の校庭に突き立てている。むき出しの腕と足は太く筋肉で膨れ、口角が下がったへの字の口からは、鋭利が牙が覗いていた。
それは、赤い肌をした鬼であった。
江戸時代の絵巻物等で見た風貌そのまま。逆立つ髪はたてがみのように顔の周りでうねり、額に立派な二本の角に、むき出しの眼。
平安時代か、それ以前。
京都の大江山を根城にしていた鬼の頭領と呼ばれた大妖怪・酒呑童子。
数多くの手下を連れ丹波国周辺で若者をさらったり喰ったりして、大暴れしていたとされる。
霊力の高いナバリが放つプレッシャーに場が支配されており、黒鳥の背が僅かに震えているのが指先から伝わるった。
眼下では、現場に駆けつけた結界術士達が大声で指示を送りながら、下級隊員がパニックになっている一般人の避難誘導をしている。怒声と悲鳴がますますこの光景を現実から遠ざけ、地獄絵図を描いている。
運悪く居合わせてしまった一般人を一箇所に集め安全確保をしてから、記憶除去でもするのだろう。
人混みの流れに逆らってポツンと立っている幼馴染みの姿を見つけて、黒鳥を急降下させ道路の真ん中に舞い降りる。
そういえば、彼の自宅は世田谷であった。

 


「奏多。」
「あの鬼、本物だね。透夜みたいな虚像召喚かと思ったけど、そんな芸当出来る術士は中々いない。プレッシャーも凄まじい。」
「武蔵野国結界があるのに、どうやって大妖怪を出現させてるんだ。」
「わからない。術士に頼光の子孫とかいないのかな?」
「君たち、会話が呑気すぎないかい?」

 


振り向くと、金髪でかなり整った顔立ちをした青年―更衣傑流が立っていた。
モデルのようなポーズで眼前の鬼を見上げている。

 


「現場にいるなんて、珍しいですね。」
「たまたま近くにいたから、借り出されちゃったよ・・・。透夜くんいるなら後方支援で―」
「聞イテイルノダロウ、術士。」
「!?」


頭上から響いた轟音に民家のガラス窓が一斉にカタカタと震えた。
それが声であり、言葉であり、酒呑童子が発したものであると気づくのに一拍の間が出来てしまった。
喋るナバリは、知性があり力が強いと言うことの証明である。
さらに、現実世界に影響を及ぼす程の霊力の持ち主、
鬼の霊力で噴出した霧が動き、赤いオーラが反射され怪しく鬼を照らし出す。
その場にいた誰もが、鬼を見上げて言葉の続きを待っていた。

 

「ホウグヲ、出セ!」

 


仁王立ちしていた鬼がゆっくりと首を動かしら眼下の人間達を睨み付ける。
強まったプレッシャーで空気がピリつき、空気に触れるむき出しの肌が傷み出す。
近くにいた女性隊員が悲鳴を上げて座り込む。
力の弱い術士ほど、此処は毒霧が満ちた牢獄。呼吸がろくに行えず苦痛が無限に続く。
鬼の視線が、透夜に向いた気がした。

 


「ホウグ出サネバ、三大怨霊ヲ連レ、武蔵ヲ粉々ニ壊シテヤロウゾ!」

 


語気を荒げながら吐き捨てると、右手に握っていた混紡をゆっくり持ち上げはじめた。

 


「宝具?どれのことを言ってるんだ。」
「更衣さん、結界術士達が張ってる防壁を強化してください。」
「いくら俺でも、あのデカブツが暴れたら割られるよ?」
「あの校庭内で構いません。現場指揮も任せました。」
「俺!?閉じ込めずとも、透夜くんなら一撃でしょ?!」
「奏多、手伝ってくれるか。」
「もちろんだよ。」


文句を言う更衣を置いて、黒鳥の背中に奏多も乗せて飛び上がる。
酒呑童子が振り上げ、今にも学校の校舎に向かって振り下ろそうとしている金棒に向かって
奏多が水の縄を投げた。
彼の腕ぐらい細い半透明な水だったが、太い金棒へ四重に、らせん状に絡まると金棒の動きが止まった。
奏多は飄々としているが、水の神と契約した人間の末裔、吏九上神社の跡取りである。
生まれてすぐ水の神と繋がり、五つになると正式に契約を行う。
次男ではあるが正当な跡取りとして期待されている奏多は相当な実力者であり、幼い頃から透夜と過ごしたおかげか、力の使い方も上達している。
左手で水の縄を握りながら、右手の人差し指で印を切り、祝詞を唱える。
鬼の頭上に渦が生まれた。渦は幾重にも重なり、やがてとぐろを巻く半透明な龍の姿になった。
透夜の位置からも龍の鱗が光り出したのがわかった。
水神の恩恵を受けた一撃が、鬼に向かって放たれる―
―――寸前。

 


「お兄ちゃん!アタシも手伝う!」

 

鬼がいる学校の門あたりで、白虎を従えた夏海が飛び回る黒鳥に向かって両手を振っていた。
今、奏多が放とうとしていた攻撃範囲内だったため、奏多は印を慌てて解き、半透明な龍が雲の向こうに消えてしまう。

 


「馬鹿!そこから離れろ!!」

 


ぶちっという音がして、鬼の混紡に絡まっていた水の縄が切られた。
素早い手首の切り返しで、頭上へと掲げられていた混紡が横凪に一閃を描く。
混紡の軌道を読み黒鳥は避けたが、一拍遅れてやって来た爆風に羽が乱され、風と一緒に乗ってきた霊力に当てられ具現化が解けてしまった。
風に吹っ飛ばされる二人の体がビルの壁面にぶつかる直前で、青い人形―タケミカヅチが透夜を、白虎が壁の間に入って奏多を守った。
続いて、パリンというガラスが割れる音が、地面に落下した透夜の耳にも届いた。
一回のフルスイングによって起きた爆風でビルや建物のガラスがほぼほぼ割られ、脆い木造小屋なんかは柱が折れて半壊した。
酒呑童子が歩を進め閉じ込めていたはずの校庭からあっさり抜け出した。
更衣が強化したはず結界術士の結界が割れ、道路を挟んで並んでいた民家が酒呑童子の土汚れた巨大な足に踏み潰されていく。
一歩踏み込む度に、衝撃で瓦礫が飛び、校舎の門付近にいた夏海にも降りかかる。

 

「夏海っ!」
「任せて、透夜。」

 


水の縄が伸び、走って逃げる夏海の腹部を掴んで引き寄せる。
縄を引き寄せる奏多の手の甲に、赤い線が走り血が流れているのに気づく。

 


「奏多、怪我してるぞ。」
「平気。瓦礫が当たって少し切っただけ。」
「お兄ちゃん、アタシ・・・。」
「実力をわきまえろバカが!お前は下がっていろ!!」


空気を震わせるほど怒気に満ちた兄の叫び声に、夏海の肩がびくりと跳ねた。
冷静な彼がこんなに声を荒げるのは珍しく、今にも泣き出しそうな顔になる。本気で怒っているようだ。
白虎にお守りをキツく申しつけ、透夜は進軍を止めない酒呑童子を睨んだ。
吹っ飛ばされた事に加え、歩き続けているせいでだいぶ距離は空いてしまった。
辺りの赤く染まった霊気がさらに濃く強くなる。可視化した霊気がどんどん霧になり、民家を飲み込んでいく。
次の手を考えこまねいている時だった。
酒呑童子の動きが突然止まった。
何事かと注視していると、腹部で上下に分断され、酒呑童子の体が霞のように消えていくではないか。
驚く一同と違って、攻撃を受けた酒呑童子はやけに落ち着いた様子で、むき出しの目をギョロリと透夜達がいるように向けてきた。

 


「ワシハマタ蘇ルゾ・・・!次コソ都ヲ落トシテミセル・・・!」


恨みが色濃く乗った叫びもまた、霞のように消えていった。
酒呑童子の巨体が現世から消えた。
しかし、濃い霊力溜まりはそう簡単に消えるわけもなく、赤いオーラや霧がその場に残り続けた。
強いプレッシャーの源が消えた事で、無意識に奏多が息を細く吐いた。

 


「どうしたの、透夜。貴方なら簡単に追い返せたでしょう。」


彼らが立つ道路に、白衣と紺の袴を履いた長身の女性が現れた。
切り揃えられた黒髪は短く、涼しげな目元で真っ直ぐと透夜を見据えている。

 


「お腹痛い?夏海にあんなに怒鳴るのも初めて聞いたわ。」
「薬師寺さん・・・。東京本部に来ていたんですね。助かりました。」
「お爺様に東京に行けと言われたのよ。夢見で。」


この女性は術士協会二位の薬師寺鏡弧(きょうこ)。
京都に拠点を置く薬師寺一族の出身で、実家も当然立派な寺である。
僧侶系術士の家系ではあるが、体術を主とした肉弾戦が得意。
クールな見た目と性格から男女問わず人気がある。
普段は京都支部や西日本を中心に仕事をしているので、本部で見掛けることは少ない。
そして、彼女の祖父は薬師寺宗家前当主で、有名な夢見である。
政治家や財閥社長の未来を夢を見て忠告する、というセレブ界隈じゃ有名な占い師。
薬師寺の後ろで影が動いたのに気づいて、ずっと小さくなっていた夏海が首を伸ばして覗き込む。

 


「ああ!君、ひきつぼし星団の!?」


薬師寺の後ろにいた影―小柄な青年は大声を上げた夏海の姿を見て、再び薬師寺の袴の影に隠れてしまった。
しかし、薬師寺に背中を押され無理矢理前に出される。
薬師寺と違って紺色の衣に紺の袴を履いている。涙を溜めた大きな瞳に、暗がりでもわかるぐらい白い肌。身長は夏海より低いので、薬師寺と並ぶと子供のようだ。
今年の夏、夏海が友人来栖比紗奈と共に長野のひきつぼし星団本拠地がある山を探っていたところ偶然居合わせ、仲間を呼ばれては困ると追いかけ回されたあげく、夏海の八つ当たりの一撃で殺されかけたことがある。
その時の恐怖が体に刻まれているのか、袴を握る手が震えている。

 


「ほら、挨拶しなさい。」
「・・・須麻、喬三郎(すまきょうざぶろう)と言います。」
「この子、弟子にしたの。ひきつぼし星団にいたけど、この子自身は小姓の仕事をしてたから犯罪歴はない。未成年で身寄りもないし、面白い能力持ってるから引き取った。」


怯えた様子で瞳を泳がせる青年の、やけに白いおでこを見て、夏海は恐る恐ると兄を盗み見した。
ひきつぼし星団の関係者を見て何を思うのか気になったが、特に反応はなかった。

 


「お揃いですね。」


後ろから声がして振り向くと、本郷会長の秘書、川村が更衣を引き連れやって来た。
いつもと同じ冷静沈着な面持ちに、酒呑童子が残した霊力の中に居ても平気なのだと察した。
雑務やスケジュール管理を行う下級術士かと勝手に決めつけていたが、そうではないらしい。
常に本郷が連れ歩いている点からみても、相当な実力者なのかもしれないが、それを知る者は恐らく本郷だけであろう。
本郷は現場に来ないようで、彼が現場の事後処理をする手筈になっているとのこと。

 


「今夜はもう遅いですから、未成年の皆さんはお帰り下さい。透夜さんは、明日学校が終わり次第本部へ寄るよう会長から言付かっております。」
「わかりました。」
「俺も帰って―。」
「更衣さんはダメですよ。」
「はい・・・。」


そんなやり取りを聞いていたら、透夜の耳にか細い声が聞こえてきた。
そちらへ顔を向けると、薬師寺の弟子・須麻が虚空を指差して薬師寺に何かを告げていた。
透夜も何気なく指の先を追う。
彼らのいる位置から見て斜め前方に立つビルに、人影があった。
とても小柄で、手には白くて長い何かを持っている。
それが白い刀で、いつだかに家を襲撃しようとやって来た人形みたいな少年であると気づいた時には、再び黒鳥を召喚し透夜は飛び立っていた。
後ろで夏海が呼びかける声がしたが、透夜の耳には入っていなかった。
白い刀を持った影も透夜の接近に気づいたのか、ビルを飛び降りて逃げ始める。

 


「追え、猿鬼!」


黒鳥の背で小猿を召喚し、後を追わせる。
入り組んだ道を利用され、透夜の目から少年は消えてしまい追跡出来なくなってしまったが、追跡を続けている猿鬼が走る方へ羽を向けさせる。
田園調布から飛び続け、酒呑童子の霊力を感じなくなった自由が丘辺りで猿鬼が止まったのを感じ、地面に降り立つ。
そこは高級住宅街であった。夜半も過ぎているため通りに人はおらず、電気が消えている家もある。
猿鬼は、とある一軒家の塀の上でちょこんとお座りをして、毛繕いをしていた。
白い壁のモダンな作りの二階建ての家で、カーテンが全て閉められ電気は点いておらず、人の気配もない。
先ほど見た少年も、当然いない。
猿鬼は気配を辿るのに長けた式神であり、間違えるはずはない。だが疑わずにはいられなかった。
途中で匂いを間違えたのか、少年がわざと匂いを残したのではないか。
なぜなら、この家の表札には、「来栖」と書いてあったからだ。

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