♥♦♠♣17
「<黒箱の世界(ブラックボックス)>とは、死者の魂を奮い分けもう一度同じ人生を送れる試練を受けさせる異質なシステム。
夢より曖昧な場所にあるの。
普通、どの次元で誰が死のうが黒箱には送られず、自然と次の転生を待つわ。
黒箱に来るのは、余程強い念を持ち生前に後悔を持つ者達。黒箱の存在を知る者も全次元を見ても数人だけ。
歴代のレファス王はその一人だった。」
そこは真白の綿毛の世界だった。
薄い桃色や薄いオレンジの影がついた綿毛の固まりが埋めつくしてる変な空間。どことなくメルヘンな雰囲気すら漂う。
綿毛のクッションに背中を預けて座るクイーンは、煙管を手遊びしながら、対面する少年に長い長い話を聞かせていた。
少年はというと、感情のない顔でただ黙って話を聞いていた。
驚いたり怖がったりもしていない。
心のどこかで、納得しながら噛み砕いているのだろう。
話し手としては、反応がないのは詰まらぬものだ。
クイーンは煙管をくわえ、紫煙を吐き出す。
喫煙など彼女にはなんの影響もないのだが、紫煙の揺らぎと煙管のデザインが気に入っていた。
ただそれだけの行為。
「事が起きたのはお前が7つになった時。何を思ったかヘミフィア自身がお前の頭に直前アクセスしてきた。
全宇宙の知識やら原理が一度に頭に流れてくるんだ、それはもうわけがわからなかったんだろう。お前は頭に架った負荷を爆発させた。
惑星一つ破壊する威力だったが、ヘミフィアが抑えこんだので被害が土地の一部で済んだ。
それでも完全に抑えこめなかったのは、ヘミフィアへの業だ。」
「いえクイーン。僕が、僕の世界を滅ぼしたんだ。」
自嘲の笑みを薄く浮かべ瞳を落としたマヒトを、クイーンはまっすぐと見つめた。
真剣な眼差しで。
「お前のせいではない。そもそも、ヘミフィアがお前に興味を持ち接触したのが悪い。」
「・・・やったのが僕なことに変わりませんから。」
うつ向いたままの青年の肩には、見えぬ重りがずっしりと乗っている。
だが不思議と、青年はその重さを受け止めていた。
クイーンはまた煙管を赤い唇に運び話を続けた。
「城の守りは魔術師により効いていたから、王や妃は無事だった。しかし、生き残った民は恐怖し至るところで反乱や暴動が起きた。
臣下やその家族は次々殺された。
王は貴方を守るため、次元の狭間に飛ばした後、死んだ民や臣下の魂を持てるだけ持ち黒箱に飛ばしやり直しの機会を与えた。」
「その後は?」
「インフィニティの言った通りよ。反乱と暴動で文明は崩壊し滅びた。気高い王族と共に。」
マヒトは薄く浮かべいた笑みを消した。
「もう一度言うけど、貴方のせいじゃない。」
「・・・。」
「しっかりお聞き。問題はここからなのだから。」
「はい、クイーン。」
「いい子ね。」
包み込むような優しい笑顔を向け、すぐに引き締める。
「この惨状を聞き付けたのが、黒箱の番人。ジョーカーよ。ジョーカーは黒箱の歯車に過ぎないくせに、
死者の強い怨念に感化され感情と自我が生まれてしまった。いつしか番人らは黒箱から独立したいという強い野望を持つようになる。
そんな所にやって来た大量の魂を利用しない手はない。
彼等を送り込んだヘミフィア王の力を無理矢理引き込み世界システムに絡ませることで、今の世界、ゲームが人生を左右する世界に組み換えた。
そして長い時間をかけ、どこかの次元をさ迷うお前を見つけ黒箱に引きずり込んだ彼等は、ヘミフィアの力を使い黒箱からの脱出を試みている。
解こうとしているのはクルノアの守りではなく、世界システムそのものなのだ。」
マヒトが口を開く。
「ヘミフィアとは、なんですか?王家の名称ってだけじゃなさそうですよね。」
「ええ、固有名詞ね。ヘミフィアとは、まぁ簡単に言えば、わからないもの。」
「わからない?」
「そう。理解できないの。思考と理に縛られた人間というちっぽけな生き物には到底理解出来ない存在。
いいように表現してしまうなら、全次元を漂う意識ある雲ね。」
「雲、ですか。」
「そこにあるのに決して掴めない。ある世界では全次元を作った始祖とも言われているけど、そもそもヘミフィアはどの次元の原子も持たないし、理にもはまらない。だから本来は透明で、あって無いようなものなのよ。
特に人間には、認識されなきゃ無いのと一緒でしょ?」
「そうですね。」
少年の反応は極めて希薄。
ただ話しは全て理解しているようなので、続ける。
「そのわからないモノであるヘミフィアと繋がれる人間が全次元で二人だけ存在した。その片方が貴方の祖先。初代レファス王。
初代はヘミフィアから、次元を好きに渡れる力を貰って、力は代々子供に引き継がれてきた。
だがいつしか、一族に力を与え過ぎて、ヘミフィア同等の力をつけてしまった。」
「自分を作ってしまったと。」
「そう。全ては因果。因果の終着点があなたとも言える。」
切長の瞳を少年に向ける。
「レファス王家は次元を渡るだけではなく、全次元を改変出来る力を得てしまった。
焦ったヘミフィアは剣を託した。
剣は戴冠式ではなく、生まれてすぐ授与され次元のバランスを乱さぬよう制約をかける。勝手に次元を渡ったり世界を変えないように。
戴冠式には別の意味合いを込めた。
その意味は、わかってるわね?」
「・・・はい。」
マヒトは突然、ふわふわの羽毛で出来たソファーに上半身を倒し転がった。
「あらあら、疲れちゃった?」
「そうみたいです・・・。頭が重くて。すみません。」
「構わないわ。此処は時空と時限の狭間。黒箱の時間とは切り放されてるから、好きなだけゆっくりしなさい。
どんなに休んでも、せいぜい10分よ。」
マヒトは上半身だけ横たわり、頬に触れる優しい感触に身を任せ瞳を閉じた。
頭のどこかで、自分は真実を知っていたのだろう。クイーンから話を聞いても驚きはなかった。真名と記憶は随分密接な仲のようだ。
ゆっくり瞳を開ける。
この不思議な空間には空があった。薄い青に、桃色が混じった可愛らしい空だ。モモナがここに来たら大喜びしそうだ。
「そういえば、ゲームで役を与えられてる人間って、大半は元の世界で僕と関わりある人たちですよね?」
「ええ、そう。まさに役者。演じさせられていたの。貴方の記憶をいい具合に安定させる為の配置なんだけどね。
身内が近くにいたほうが心は安心する。」
「じゃあモモナやタカヒトも知り合いってことですか?クガさん達もそうですが、知らない人もいます。」
「モモナ達はお前が覚えてないだけで、縁は結ばれている。ツジナミがいい例ね。だからジョーカーも役に指名した。
タカヒトは―・・・、自分で思い出しなさい。」
「意地悪ですね。」
「フフフ。」
コロコロと表情を変える妖艶美女。
厳めしいぐらい神聖な顔をしたかと思えば、愛らしい悪戯っ子のような笑顔も向ける。
マヒトはソファーから起き上がり向かい合って座ると、曲がっていた背をまっすぐと伸ばした。
「始めましょうか、戴冠式。」
「貴方、一体何をする気なのかしら?」
「教えたら、クイーンの正体教えてくれます?」
「駆け引きなんてまだ早いわよ、坊や。」
「ハハ、すみません。」
「でもまあ、いいわ、一つ教えてあげる。私の真名はレイコっていうの。」
「レイコさん・・・。」
「大昔、とても大切な人がつけてくれたのよ。」
再び紫煙を赤い唇から吐き出す。
真白の煙は空に登り、すぐ大気の中に混ざってしまうのに、彼女が吐き出した想いだけはいつまでもそこに漂っている気がした。
「いいのね?」
「はい。」
「剣が無くても、貴方は元の世界に帰れる事が出来るのよ?箱を壊すことも、箱を乗っとることも。」
「仲間が、大切な人がいなければ意味はありませんから。」
「・・・・・・そうね。」
その返事には、重さがあった。
マヒトの言葉が意味するところを、身をもってわかっているような。
クイーンは指を奮って煙管をどこかにしまうと、立ち上がった。
マヒトも続いて立ち上がると、綿毛のソファーや床、淡い色合いの空は消え、境界線も消え、ただ真っ白なだけの空間に変わった。
色は白なのに、どこか薄暗い。
いや違う。
目の前のクイーンが光だし、存在そのものが眩し過ぎて白にさえ影が差すのだ。
クイーンの体が浮かび上がり、マヒトより高い位置に頭が移動しても、ドレスの裾は床についたままだった。
どこからか吹く風はクイーンから発する不可侵のオーラなのだろう。
クイーンの腹部が黄色く光り、体の前に両手を広げると、そこに一振りの剣が現れた。
銀に輝くそれは、柄頭に青緑の宝石がくっついてる以外至って普通の剣だった。
派手な装飾は特に無く、刃も細身な直線で変わりはない。
剣の下に手を添えるように持つ、というより手を当てているだけのクイーンは、瞳を開けた。
赤茶のハズだった瞳は、黄色混じりの白に染まっていた。
「これより、ヘミフィアの剣と、祝詞を捧げよう。」
マヒトが瞳を開けると、そこは天井も床も黒い空間だった。
先程いた空間とは真逆の世界に戻った彼は、慣らすように瞬きを数回繰り返す。
彼が降り立った場所は、デッキ一体が見渡せる高台だった。高台というか、ピラミッド状に床が盛り上がった場所。
今までこんな高台、デッキ内に設置されていなかった。ジョーカーが用意した儀式の場なのだろうか。
片手を上げ、右目を確認をした。眼帯をしている。視界が半分になっているのに気づくのに少し時間が掛ってしまった。
眼帯に指先で触れながら虚空に語りかける。
「ユタカ、いるか?」
『マヒトちゃん!!』
すぐ隣に彼の召喚獣は現れた。
「良かった!契約状態のままマスターから切り放されるなんて初めてだったから―」
「現状を説明してくれ。これはどうなってる。」
マヒトは眼下に広がる惨状を見下ろしながら険しい表情になった。
デッキ内は荒れに荒れていた。既についたての道は無く、いたるところで炎が上がり、不規則に爆発音が鳴り響く。
かと思えば吹雪が吹くのが見え、氷づけにされてる箇所もある。鳥の鳴き声も絶えず聞こえ、黒いモヤが空中で飛んだり消えたりしている。
混乱を極めた混沌だ。
「みんな、ジョーカーと戦ってるんだ。」
「ジョーカーと?」
「マヒト様!!」
喧騒を縫うように遠くから名を呼ぶ声が聞こえ首を回す。
ピラミッドの下から金髪の女性―アカネが叫ぶ。
段を飛ばしながら一気に上がり頂上にいるマヒトまでたどり着くと、彼の頭を引き寄せその豊満な胸で包み込んだ。
「あぁ・・・!ご無事でようございました!」
「お待たせ。無事戴冠式を終らせたよ。クイーンと消えていた間に何があったか教えてくれ。」
「はい。」
主を離し、起こった出来事を簡潔に説明する。
目覚めたサキと魔術師シベリウスから真実を聞いている途中にジョーカーの襲撃があり、
全員散会してジョーカー二人の相手をせざるを得なくなったらしい。
「これだけ派手にやってるってことは、皆の力をもってしても倒せないということか。」
「はい。ジョーカーの二人にはマヒト様のような超回復があるようで、いくら傷つけても即座に治癒してしまいます。
ジョーカーもフラッグを血眼になって探してるようで、負傷者が増えるばかりです。」
「ハートのフラッグは僕が持ってる。スペードは?」
「シベリウス様が。」
「合流しよう。ところで、マコト兄さんはどこ?」
「・・・っ、」
堅実なメイドは言葉を詰まらせた。今までこんなに動揺する姿を見せたことはない。
口を真一文に閉ざし、明らかに同様した使用人の様子に首を傾げる。
「アカネ?」
「グラス様は・・・、戦闘中ジョーカーに・・・」
「まさか・・・、そんな・・・!ハッキリ言えアカネ!」
「・・・ジョーカーの一人に、治療したばかりの傷をえぐられ・・・延命治療も尽したのですが・・・。」
「この有り様はグラスの死が引金なんだ。雪籠女のマスターがぶちギレちゃってさ。」
アカネを助けるようにユタカが続きを受け継ぐ。
フィールドの中が怒りで溢れていたのはそのためか。空気でも現状を理解したマヒトは頭を抱え、ふらつく足でなんとか体を支える。
呼吸が止まりそうだった。だが、まだ道はある。諦め悲しむには早すぎる。
「ユタカ、シベリウスの場所はわかるか。」
「あー・・・うん、みつけた。」
「フラッグを受け取りにいく。後ろは任せたぞ、アカネ。」
「はい、マヒト様。」
「安心しろ。僕はまだ冷静だ。フラッグさえ揃えば、マコト兄さんだけじゃなく、全てが元に戻る―・・・。」
ゆっくり体を傾けたマヒトの横顔を見て、アカネの憂いは増した。
言葉でそう言ってはいるが、まだ現実を受け入れられず戸惑っている。
無理矢理頭でねじふせてるだけだ。
主が何かを隠しているのはわかってはいるが、空中に飛び上がる主に黙ってついていく。
空中に敷いた炎のレールを滑るように降下してゆき、黒いモヤが飛び交うデッキ左側に着地する。
「マヒトさん!」
結界を張りながら倒れているクガを守っていたモモナが歓喜の声を上げた。
瞳に溜めていた涙がマヒトの姿を見て今にも溢れそうだった。
一人でクガを守っていたのだろう。
マヒトに続いて着地したアカネが直ぐ様クガの治療に入る。
「戻ってくると信じてました!」
「無事か?」
「私は大丈夫です。クガさんが柄にもなく無茶しちゃって。出血は無かったんですが起きなくて。それに、その・・・。」
「グラスのことは聞いたよ。」
「すみません・・・。私が油断して結界を緩めなければ・・・。」
「モモナのせいじゃない。」
「クガさん、取り乱しちゃったんです。・・・今はオニキスさんがジョーカーの相手を。
シベリウスさんが何処かに行かないよう閉じ込めてくれてるんですが、なかなか手強いようで・・・。」
「オニキスでさえ適わないか・・・。アカネ、クガさんを―」
「すまない・・・マヒト。」
弱々しいかすれた声に続いて、クガの瞼が開いた。
マヒトは彼の側に膝をつく。
「お前の、兄を守れなかった・・・。」
「大丈夫です。僕が全て元通りにしますから。」
「アイツは・・・わかってたぞ。お前が肝心なことを隠していると・・・。覚えておけ、お前がいなきゃ、マコトは悲しむ。それは、俺も困る。」
「ごめんなさい・・・。それでも、僕は進みたいんです。・・・アカネ、任せたぞ。」
「はい。」
立ち上がったマヒトは小走りで道の先に居た老人に駆け寄った。
杖に両手を乗せていた老人はマヒトに気づくと深く頭を下げる。
「皇太子様、無事戴冠式を終えられたご様子。お慶び申しあげます。」
「喜ぶところかわかりませんが・・・。フラッグを受け取りに来ました。」
「あれはタカヒトに預けました。」
「・・・意地悪ですね。あなたも。」
「クイーン程ではありませんよ。」
厳格な表情をしていた老人がふっと力を抜き顔をマヒトに向けた。
すぐ近くでは、オニキスがジョーカーと戦っている。黒いモヤ同士のぶつかりあいだが、どちらがオニキスかなんて一目瞭然。
ジョーカーのモヤは邪悪過ぎる。
「時間を戻すのではなく、世界を変えるおつもりか。」
「変えるというより、創ります。」
「ヘミフィアも許してはくれんでしょうに。」
「対価は払います。」
「皆を悲しませるのは罪ですぞ。」
「覚えてないなら、悲しむことも出来ません。」
「心は別じゃ。一度は死者になって黒箱に捕えられたが、心は愛する者達を忘れなかった。別次元だろうがなんだろうが、魂は常に一つ。」
「・・・あのジョーカーを引き付けておいて下さい。」
「決して逃がさぬようにしましょう。」
オニキスを一瞥してから、踵を返した。
モモナとアカネに頷いて、再び炎のレールに乗り上昇。
デッキを旋回しながらタカヒトを探す。
「気配が随分薄いな・・・。げ、アイツ雪籠女のとこだ。全力出してる雪籠女の側は怖いな~。」
「最強の召喚獣が何を言ってるんだ。行くぞ。」
ユタカは具現化を解くと、薄い炎の膜で作った球体でマスターを囲みながら氷漬けにされている一帯に降りた。
ユタカの炎が近づくと床やついたてに張り付いた氷は消えたが、空気はまだ冷たい。
球体を解くと、視界の端で何かが横切った。
駆け足で氷の道を辿り左に曲がった先にあったのは、分厚い氷で出来たミニフィールドのようだった。
一体を高い氷の壁で覆い、細かい雪が常に吹雪いている。胸の中でユタカが短い悲鳴を上げるのが聞こえる。
此処だけ雪国になってしまったかのような、異様な空間で、黒いモヤが出口を探すように飛来を続けていた。
中央にそびえ立つ氷の女王のやや後方に、アイザーことアキトが宙を睨みつけながら立っていた。マヒトは駆け寄る。
「アキト兄さん!」
「・・・。」
「アキ兄!どうしたの!?アキ兄!」
反応をしないアキトの腕を掴み必死に揺さぶる。
彼の瞳は白が多い水色に染まり、怒りの表情を作ったまま固まってしまっているのだ。
マヒトが何度も何度も呼び掛けて、やっと瞳の色が茶に戻り、顔を向けた。
半分凍ってはいるが涙の跡があり、怒りを引っ込めた顔は呆然としていた。
夢から覚めたばかりのような、不安定な様子に、マヒトはアキトに抱きつく。
「マヒト・・・?」
「兄さん、しっかりして。」
「マヒト・・・マコト様が・・・。」
「聞いた。大丈夫、僕がすぐ兄さんを助けだすから。」
「それは困るな~皇子さま。」
聞き覚えのない声がした。
二人の頭ぐらいの高さまで体を浮かせた銀髪の少年が、ズボンのポケットに手を入れたまま嫌味な笑みを浮かべ見下ろしていた。
アキトから離れ、マヒトは空っぽの右手にシルバーの剣を出現させ握った。
「あ、それがヘミフィアの剣ってやつ?」
「お前がジョーカーか。」
「そう。初めまして、クルノアよりの来訪者。そしてヘミフィアの冠を頂きし片翼。僕たちは君が覚醒するのをずっと待っていた。この世界も役者達も、全部君のために作ったんだがら。」
「・・・。」
「フフフ。そんなに睨まないでよ。―――今欲しいものはこれかな?」
銀髪のジョーカー、カナメはポケットから光る石を取り出した。
スペードのフラッグだ。小さなスペード型の青い石は、広げた少年の手の上でゆっくり自転をしている。
マヒトは眉根を少し寄せ、声だけアキトに向けた。
「兄さん、タカヒトはどこ?」
「すまない・・・。今まで我を失って戦ってたから・・・。」
「アオガミなら皇子さまが来る前に片付けといたよ。」
マヒトの体が強張った。
爪先から指先まで、熱さが巡る。
「番人である僕に敵うわけないだろ?確かに彼は役者達の中では一番強かった。
世界システムに組み込むのも大分苦労したよ。本当は一番皇子様に影響を与える人だから眠らせておきたかったんだけどねー。
皇子様はアイツがいたから黒箱に来てくれたわけだし。」
「・・・。」
「あれれ?アオガミの正体、まだ分かってなかったんだ?」
「黙れ・・・。」
「また怖い顔するー。じゃあ教えてあげるね!彼は―――」
カナメがそれ以上喋る前に、跳躍したマヒトが剣を彼の眉間に振り下ろした。
しかし刃は少年が体から出した細く長い硬質なモヤに阻まれ、高い金属音が轟く。
マヒトの体から炎が吹き出し、怒りに答えるように煌々と燃え上がる。
一方カナメは涼しい顔で力が込められた剣を受け止めながら間近でマヒトに向かい笑っていた。
「皇子さまの琴線があんな男だなんて、ガッカリだよ。」
「お前にガッカリされても何とも思わない。」
「アンタが企んでることなんかお見通しさ。再転生を許可する黒箱システムの必勝法はヘミフィアの力だ。
ヘミフィア王も本当は自分で彼等の魂を転生させるつもりだったが、僕らに利用させられ黒箱システムの書き換えに使われた。」
「だが世界システムは完璧に消せなかったから、ゲームなんてややこしい術式を使わざるおえなかった。」
「あぁ、本当面倒くさかったよ。まどろっこしいしさ。でもフラッグとして凝縮させたシステムを融合し逆回転させれば、僕らは自由だ!」
「フッ、それは残念だったな、ジョーカー。いや黒箱の番人。ヘミフィアは不干渉を決めこんでいたが、
同じ人生をやり直すなんて僕はこのシステムに反対だ。」
「何!?再転生と時間の巻き戻しを狙ってたんじゃないのか!?」
「人生は一度きりでいい。だから人は誰かを愛せるんだ。そしてまた生まれ変わる―・・・。」
力を込めた剣で少年の左腕を分断する。
血しぶきではなく黒いモヤが勢い良く吹き出し少年のけたたましい叫びが響く。
左手から落ちたスペードのフラッグを掴んだマヒトは数歩後退。
傷口を押さえながら、少年は顔中に皺を寄せ残忍で凶悪な眼をマヒトに向けた。
「よくも番人に傷をつけたなっ!殺してやる!引き裂いてからお前もシステムに組み込んでやる!!」
憎悪の限りを受けたマヒトは眼帯に手を沿えた。
「ユタカ、結界解放!」
『待ってました!』
全身から炎が燃え上がり、マヒトの脇に炎の塊が生まれ、それは徐々に肥大しやがて巨大な竜の姿になった。
炎を宿した鱗は美しく、隆々と猛ける筋肉、繊細な羽、そして鋭利な牙。
炎で作ったまやかしではない、本物の竜。
召喚獣ユタカの真の姿だった。
「この世界システムの一部である召喚生物がゲームマスターである僕に敵うわけないだろ!」
『ただのシステムじゃない。人間と心を通わせてる分、俺の方が強い。元の世界で俺らは守り神だったわけだしな。』
「戯言だ!」
カナメが右手で左腕を撫でると、吹き出し続けていたモヤが固まり再び左腕が生えた。
竜の横に、真白の髪に真白の肌、真白の服を着た氷の女王が並んだ。
「釈ではあるが、共闘してやる、火トカゲ。」
『嬉しいくせに~。』
「油断するでないぞ。いつでも貴様を凍らせてやる。」
『ひぃ~。怖い怖い。マヒトちゃん、行って。』
「任せたぞ、ユタカ。」
「俺も全力を尽すよ。何をするか知らないが、必ずまた会おう。」
「アキト兄さん・・・。」
マヒトは答えず、悲しげな笑みを向けて踵を返した。
炎のレールに乗って、最強召喚生物達の戦いを背に再びピラミッドの高台に戻った。
そこから見える光景は、まさに壮絶だった。
炎と氷が間近で飛びかい、空気が冷やされたり温められたりで爆発が絶えず起こり、無事だった場所も荒れ狂う波に呑まれ始めていた。
ついたてで作られた道はもう何処にもない。
デッキ上空を飛び回っていた黒いモヤが二つ、衝突し爆発した。
姿は見えずともマヒトには気配が分かっていた。
仲間達が、次々消えていくのも、分かっていた。
離れたピラミッドの上にも届く炎の揺らめきが、手にしたヘミフィアの剣に映る。
気圧の流れで髪がはためく中、視界の端に映った人影に顔を向ける。
「ごめんね。」
「いきなりそれか。」
短いため息をついたタカヒトは両手で剣を握る青年に近付いた。
彼の足元に、影はない。
「全部、僕のせいだ。」
「ヘミフィアとやらがお前に接触したのがそもそもの原因だ。」
「だって、700年だよ?700年、母さんが作ってくれた守り手のアカネと空間をさ迷ってたせいで、
皆は転生も許されず、この世界に閉じ込められていた。」
「ああ、ずっとお前を待っていた。なのにお前は、また何処かに行こうというのか。」
「ごめんなさい。」
マヒトは燃え上がる炎をぼんやりと眺めた。
「どう償ったらいいのか、ずっと考えてた。何が正解なのか、わからなくなった。ただ、この黒箱から皆を出すことだけは絶対だと思う。」
「その剣が意味するとこは、なんだったんだ?」
「ヘミフィア家の皇子は生まれてすぐ剣に触れ、力を制御するリミッターを植え付けられるけど、戴冠式でそのリミッターが解除される。
ただ、7歳で一度力を爆発させてしまった僕は意味合いが違う。
戴冠式で再び剣に触れた瞬間、人でいられなくなるんだ。」
タカヒトの表情が目に見えて険しくなった。
そういえば今彼はサングラスをしていない。
「どういうことだ。」
「人の体じゃ力を抑えきれないらいしんだよね。人間といると宇宙に少なからず悪い影響を与えてしまう。まあ僕もよく分かってないんだけど。」
「マヒト、」
「僕を愛してくれてる皆には申し訳ないって思う。自己満足の我が侭、罪作り。でも、もう嫌なんだ・・・。
またいつ力を暴走させるかわからない。誰かを死なせるなんて・・・耐えられない。
沢山の命を死なせたのを、ヘミフィアだけのせいにも出来ないんだ・・・。」
「そうか。わかった。」
タカヒトは横から青年の細い肩を抱き締めた。
炎が一際派手に燃え上がり天井にまで火の手が及ぶ。かと思えば、雪像の大きな鳥が飛び周り口から吹雪を地面に吐いていく。
対極の力がぶつかりあい、融合し、人の感情を表現するかのように嘆き叫ぶ。
火の手はピラミッドの下層、マヒト達の足元にも到達した。
「タカヒト、元の世界の記憶戻った?」
「いや、全く。」
「タカヒトの真名はね、タカヒト・シュバル・ザメク・ヘミフィア。」
「ヘミフィア・・・?」
「タカヒトは僕のお兄さんで、クルノア国の次期皇子。ヘミフィアが入念に僕達の記憶を消したせいで、誰も思い出せなかったんだ。」
「俺が王族・・・。パッとしないな。此処で生きてきた生活と真逆ではないか。」
「フフフ。それも因果だよ。」
「ヘミフィアとやらは、何故俺の記憶を消した?」
「僕が世界を見れるように、かな。」
「わからん。」
「僕、お兄ちゃんっ子だったみたい。両親と兄さん以外あんまり興味無くて。でも、次元改変の力は陰の気である弟の僕が全部持ってたから、
私利私欲で世界を変える危険性があったんだと思う。ヘミフィアが直接アクセスするぐらい、僕の力は高かったから。」
マヒトはタカヒトの肩に頭を預ける。
ピラミッドの上だけ、切り放されたみたいに静かで、別世界に思えた。
時間はゆったりと進み、炎と氷の共演をただ眺める。
「記憶ないのにタカヒトにつっかかったり懐いたりしてた理由がようやくわかったよ。」
「俺もだ。感情すら無かった状態だったのに、お前だけが特別だった。」
「兄さん。」
「名前でいい。今更気持悪い。」
「酷いなー。」
身を任せ寄りかかる弟の髪をなでつけ、頭にかすみ始めた映像に身を任せる。
沸き上がるように、染み渡るように浮かぶこれが記憶なのだろうか。
だが今はどうでもよかった。
過ぎ去った思い出より、肌に感じる温もりが確かだ。
マヒトは預けていた体を正した。
「そろそろ時間だ。」
「必ずお前を見つける。だから、必ず会いに来い。」
「タカヒト、僕はもう人間には―――」
「なんとかしろ。ヘミフィアを脅してでも、だ。」
物騒な発言に言葉を詰まらせたが、マヒトはすぐにケラケラと笑い出した。
「全時空を統べるとも言われているヘミフィアを脅すとか、傑作。流石だね。」
「世界の真理とやらは俺には関係ない。第一、寂しがり屋のお前が我慢出来るとは思えん。」
「また子供扱いするー。それに記憶は全て破棄されちゃうよ?僕がまた人間になれたとしても―」
「いいから、約束だ。俺は諦めないし、もう二度と忘れない。」
「因果は想いでいかようにも出来る、か。」
少し前、クイーンが言ってくれた言葉を吐いて、剣を握る手に力を込めた。
顔を上げ最愛の家族に笑顔を向ける。
全てを吹っ切った、すがすがしい笑みを。
「じゃ、またね。タカヒト。」
「ああ、行ってこい。」
マヒトが片手を胸の下辺りで掲げると、手の平に仕舞っていたスートフラッグ、ハートとスペードが現れた。
手の上でクルクル旋回すると、顔の前で融合し、光の粒となって飛び散った。
すると、薄水色の眩い光が現れ一気に拡大し人型になった。
薄水色の光が収まり、裾の長い服を着た少女が宙に浮かんでいた。
「久しぶり、インフィニティ。」
少女は伏せていた目を開き真正面からマヒトを捉えた。
白い肌は細かな光沢を持って輝き、長い髪と裾がなびく。
背後の争いが別世界の光景かのように、彼女が纏う雰囲気や存在は特別だった。
少女は胸の前で水色の球体を両手で持っていた。少女の顔より一回り小さいだけのそれは、球体の中で色模様が自転していた。
「それが、ヘミフィア?」
「その一部です。欠片とも言えます。」
「綺麗だ。」
「マヒト。」
「なんだい?」
「よいのですか。」
「君まで心配してくれるなんて。僕の考えバレバレってのは悔しいけど。」
「存在を消すことは、人間には死を意味します。」
「死なないさ。ちょっと眠るだけ。また会う約束しちゃったし。」
首を回し、少し離れた場所まで後退したタカヒトに軽い微笑みを向け、インフィニティに顔を戻す。
表情筋が全く動かないはずの彼女が、少し悲しげな様子を見せた気がした。見間違いでなければ。
「ありがとう、インフィニティ。君の真名を教えて?」
「ランです。」
「ラン。無限なる者よ、始めようか。」
「はい。」
マヒトは両手で握る剣を高く高く掲げた。
炎を映していた刃が光だし、眼下でうごめく火と氷、争いや憎悪を全て照らしだすかのように明るさを増してゆく。
「始まりの女王よりの祝詞を入力する。コードはゼロ!」
マヒトの体が光の粒子に包まれた。
床から、大気から白い粒子が生まれては天井に向かい登っていく。
「星の煌めきは古の歌、第七十七の宇宙、三十の時間。
生命の楔を解き放つ。眠れ魂よ。再び目覚める日まで。
黒箱は我の支配下へ移行。全システムの停止を命ずる。」
剣が一際強く発光し、足元のピラミッドに細い緑の光が走り始めた。
「緑の守りを天空に移し、我マヒト・ヘミフィアの名においてヘミフィアの剣よ、汝の鎖を解き放つ。」
漂っていた緑の光が真白に変わった。
すると、黒箱の壁や天井全てに白いラインが走り、デッキに広がっていた炎と氷が高く舞い上がり互いに交じりあいながら
螺旋状に太い柱となる。
「時の柵よ、我の声を聞け!」
再び高く高く剣を掲げた。天に突き刺すように。
祝詞の詠唱を見守っていたインフィニティは手の球体だけ残して姿を消した。
というより、球体に体が吸い込まれた。
青混じりの緑色球体は自転をしながら発光し、光はマヒトの全身を包んだ。
突然、タカヒトの視界も端から光だす。
光っているのではない。端から白で塗り潰されていく。
じわじわと広がる染みのように視界が侵食されはじめると、急激に眠気が襲ってきて、体の力が抜ける。
真ん中だけ僅かに残った世界で、キラキラと輝くマヒトが剣を掲げながら振り返った。
「皆のことよろしくね、タカヒト。――――・・・」
最後の言葉が子守唄のように心地よく頭の中で響き、まどろみが広がり瞳を閉じると、呼吸するように彼は眠りについた。
それが、<黒箱の世界>と呼ばれた世界の最期だった。