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♥♦♠♣3

 

真っ黒な箱の中。
それがこの世界を表す最も近い言葉だ。
黒い壁と天井に囲まれた四角い空間で、人々は4つのスートと呼ばれるチームに分かれ生活していた。
ハート、スペード、クラブ、ダイヤ。
スートの住まいは箱の四隅にあり、お互い不干渉の生活を送っている。
平和ではあるが、最低限の食料と生活用品以外、設備や武器は全て自分達で調達しなければならない。
それが“ゲーム”と呼ばれる争奪戦だ。
世界のほとんどを占めるフィールド内で戦いあい、宝と総称される景品を奪いあう。
フィールドは毎回コースが違い、トラップの数や種類も変わる。
フィールド、ゲーム中はデッキと呼ぶ迷路地図は各スート司令室に配信され、ナビが参加者達に指令を送る。
参加者達にはそれぞれマークと1から13までの数字が与えられ役名として使われる。
ゲーム、いや世界を仕切るのはジョーカーと呼ばれる組織だ。
人間ではない異種ばかりで、秩序と掟を司る監視役。
と言っても、監視役はゲーム中いかなる指示も注意もしない。
ゲームは何をしようが、それこそ命を奪おうが自由なのだ。
参加者は武器を使う。主流なのは剣と銃だが、特殊な武器が二つ存在する。
一つは、“リセル”と呼ばれる異種能力。
元素を操ったり、無から有を生み出したり能力は様々で、リセル所持者は50人に1人と言われている。
もう一つは、召喚士だ。
強大な力を持つ古代種や鬼と称される霊的存在と契約し、その身に宿す。
基本的に人間に従うことを嫌がる獣や鬼を屈服させるのは至難の技で、契約前に命を落とすことがほとんど。
そのため、召喚士は貴重で、召喚士がいるスートは不定期に行われるゲーム内で有利とされていた。




 

 





 




スペード
チーム名<ブルー・ソード>の居住棟


「またクラブの勝利かー。人数少ないくせに勝率いいよね。」


ミルクティ色の髪をした美青年が青色ソファーに腰掛けながら言う。
黒い壁や床に囲まれた談話室に、黒い服の男達が何人か集まり各々好きに談笑したりミニゲームを楽しんでいた。
緑髪の気弱そうな少年もソファーに座りながら答える。


「最近力をつけてるよね、クラブ。チーム名はクロック・ワークス、だっけ。いいナビがいるのかな。」
「キサラギとソウタは?アイツらまたサボってたろ。」
「さっさと自室に帰ったよ。」
「使えない奴ばっかり・・・。アオガミ、お前もだよ。」


壁に寄りかかっていた長身でゴーグルをしている男に顔を向ける。


「また<ハートのキング>に絡まれて足止めくらってたろ。」
「まぁまぁトキヤさん。<ハートのキング>は召喚士なんだから、油断大敵じゃないですか。」
「アイツ滅多に召喚しないじゃない。」


アオガミ、と呼ばれた男は腕組みを解いて談話室を出て行った。


「シベリウスのお墨付きだからって偉そうに・・・。」
「トキヤさんだって今日は好き勝手やってたじゃないですか。」
「僕は負けるのが嫌なんだよリョクエン。景品より勝利が欲しいんだ。

絡んできた奴を吹っ飛ばして、目に入った敵が宝を手にしないように追っただけさ。」
「はあ・・・。」
「君の彼女もそうなんじゃないの?クラブの一人追い掛け回してたろ。」
「エミちゃんは真面目なんですよ。」
「フン。にしても、レリック続きで飽きたな。デカイ宝でも出てくればいいのに。」


談話室に、一人の中年男性が入ってきた。
中年というよりは初老に近く、50代初め。顔に皺が多い。
ただ、しっかりと重い足取りに、厳格な表情が年齢を寄せ付けていない。
タバコをくわえた中年男性がトキヤ達がいる長ソファーに腰掛ける。


「よう、トキ坊。またプリプリ怒って八当たりしてんのか。」
「してないよ・・・。」
「してたじゃない。アオガミに。」
「余計なこと言うな!」
「シガウラさん相手に嘘はつけないよー。ブルー・ソードのまとめ役だよ?」


シガウラ、という名の男性はふぅー、と長めに煙を吐いた。


「まとめてなんかいねーよ。お前ら若いモンに文句言って回ってんだ。」
「ハハ。ならお目付け役?」
「なんでもいい。・・・それよりお前ら、ゲーム中おかしい事無かったか。」


声が一段低く重くなったので、プリプリ文句を呟いていたトキヤもシガウラに顔を向ける。


「何かあった?」
「まだ何も。ただ、情報屋が嫌な予感がするって、いつもより多く報酬ねだって来やがった。」


情報屋と言うのは、スートには属さず、各スートのスパイをしては情報を売る人々の事で、

今までジョーカーが罰してこないので、一応認可されたシステムらしい。
噂だと、情報屋はジョーカーに所属し各スートを混乱させる役割もある、なんて話も聞く。
トキヤがうざったい虫を払うように手をバタバタさせてみせた。


「あんな胡散臭い連中の事なんて気にすんなよオッサン。」
「情報屋は鼻が効く。自分の身が一番可愛いからな。そいつらが常連である俺に、もう手を切られるの覚悟で値上げ交渉ときたら、

あいつらがビビる何かがあると見て問題ないだろ。」


くわえていたタバコが短くなり、携帯灰皿に吸い殻を押し付け、ポケットから新しいタバコを取り出し火をつけた。


「情報屋がどう懸念しようが、ゲームに危険はないだろ。ジョーカーが目を光らせてる以上不可侵だ。」
「それもそうか・・・。」
「年取って心配性になっちゃったんじゃないの~?」


ニタニタ笑う若者にフン、とだけ言い放ち立ち上がる。


「お前が好き勝手やってる以上気が休まる気がしねぇよ、悪ガキめ。・・・あー、それから、一階の水道工事手伝ってこい。」
「えー!?なんで僕が。」
「バカヤロウ。昨日テメーがケンカして暴れたせいで壊れたんだろうが。」
「絡んできたのは向こうだ。」
「いいから、ちゃんと修理してこい。」


シガウラはタバコをくわえたまま立ち去り、続いてトキヤが苛立だしげにソファーから立ち上がった。


「・・・ナビに文句言ってくる。」
「水道工事は?」
「行くわけないだろ。」
「八当たりやめなよー。ただでさえナビさんはちゃんと仕事してるのに、無視するのはトキヤさんなんだから。」
「言うようになったじゃないかリョクエン・・・。一本勝負するか?」
「遠慮します。そろそろエミちゃんも湯あみ終わったころでしょうし・・・。」
「ホント、どいつもこいつも・・・。」


呆れた視線を投げ掛け、彼も談話室を出て行った。

 

 

 

 

 

 


ダイヤ
チーム名<インモラリティ・オブ・クイーン>
談話室。

白い大理石の床に黄色掛った温かみのある壁に包まれた、高級感漂う談話室だった。
敷かれた絨毯や、ラックなども統一感がある。
サイドテーブルに乗ったお菓子をつまみながら、16,17歳ぐらいの少女がソファーの上で体育座りして本を読んでいる。
脇で腕組みして座っていた30代前半のガタイのいい男は、左目の上に傷が走っていた。
視線だけ少女に向ける。


「何を読んでいる。」
「ロミオとジュリエットです。」
「そうか。」
「キャピュレット家ってイメージカラー赤な気がするんですよ~。スートならハートですかね~。ジュリエットいるかな~。」


などと一人心地に喋るも、意識は完全に本に集中してるらしく、またお菓子に手を伸ばしている。


「クガさん知ってます?この二人、恋に落ちてから出会って3日ですれ違いから死んじゃうんですよ。」
「熱烈だな。」
「ですよねー。アイザーさんって、ロミオっぽいですよね~。」
「そうかい?」


急に声を掛けられて、少女は顔を上げた。
左目にダイヤ型眼帯をした青年が、にこやかに少女を見下ろしている。
本の世界から現実にダッシュで帰ってきた少女は、慌てて本を閉じる。


「ああああアイザーさん!!今のは深い意味はなくてですねっ!アイザーさんはかっこいいから主人公っぽいな~って!」

 

慌てて弁解する少女に優しく笑いかける。


「そうかな。ありがとうモモナ。ただは俺、愛しい人を死なせるようなことはしないよ。」
「おう!熱烈ですね。」
「アイザーならモンタギューよりキャピュレット家の人間じゃないかしら。」


談話室に、今度は妖艶美女が煙管を手にしながらやってきた。


「クイーンも本読んだりするんですか?」
「たまにね。暇だから。」
「暇ならゲーム参加してくれていいんですよ、クイーン。」
「あら、それは言わないでよアイザー。爪が矧がれたりしたら嫌じゃない。」
「それで、話とはなんだ。」


ずっと腕組みしたままだったクガが間に入り眼帯の青年に問う。


「隣に移動しようか。」


四人は談話室の壁一枚隔たれた向こうにある司令室に入った。
きらびやかな談話室と違い、灰色の壁に包まれ、モニターや機械の明かりばかりの薄暗い司令室はどこか寒々しい。
アイザーは太い柱を切り取ったような台に埋まるモニターをタップして、皆に見えるよう頭上に移す。
モニターには、昨日行われたゲームのデッキ図と、ダイヤの居住棟地図が映し出された。


「昨日のゲーム中、居住区内で緊急救助信号が発信された。場所は、此処。」


地図上で赤い丸がつけられたのは、居住棟裏側の外廊下だった。


「ゲームを続けながら、信号が発信された場所に人を送ったんだが、異変は何も無かった。誤作動だと思いその場を収めたのだが・・・

一時間前、信号を発信した人物が見つかった。」


新しくモニターに映し出されたのは、血まみれでうつ伏せに倒れる二人の男の写真だった。
どちらも目を見開いたまま絶命していて、表情には恐怖が色濃く残ったまま。
モモナが悲鳴を上げてクガの後ろに隠れる。


「ああ、すまないモモナ。一言断ってから出せば良かったね。」
「い、いえ・・・続けて下さい。」


クガの後ろで震えるモモナには悪いが、アイザーは続けた。


「一人は救護班の人間。もう一人は俺が雇っていた情報屋だ。主にクラブ周辺を探らせていた。最後に会ったのはゲーム開始直前。

ゲーム中何者かに襲われたと思われる。情報屋は何かと恨まれ疎まれる存在だが、不可解な点が多すぎる。
1、SOS信号発信の場所では痕跡一つ残っていなかった。
2、彼らが見つかったのは裏通路付近ではなく、居住区内清掃員作業部屋のシーツなんかを収納する狭いスペースだった。
3、そもそも、何故遺体をダイヤ内部に放置しわざと見つかるようにしたのか。
4、関連性のない二人が殺られたのか。」
「フフフ。ミステリー小説顔負けな事件ね。」


煙管をくわえるクイーンが愉快そうに言う。
間近で起こった事件にも関わらず、退屈を紛らわす楽しげなオモチャをみつけたみたいな瞳をしていた。
モニターに死んだ男の写真が消えたので、クガが後ろに隠れるモモナに声をかけてやると、モモナは不安そうに顔をちょこんと出した。


「この件をジョーカーに報告したが、相変わらず事後処理だけして帰って行ったよ。」
「アイザー。貴方の推理を聞こうじゃないの。わざわざアタシ達を呼んだのは、

ミステリー事件を律義に解決して犯人探しするためじゃないんでしょ?」


赤い唇がつり上がる。
彼を試すような視線を受け、アイザーは腕を組んだ。


「これは昨日のゲーム参加者の誰かによる挑戦状なんだと思う。」
「参加者が?待て。他のスート居住区には入れないはずだ。足を踏み入れた瞬間ジョーカーに罰っせられる掟だ。」
「ええ。それは誰でも知ってる当たり前の掟です。・・・しかしクガさん。掟を破って罰を受けたって話聞いたことあります?」
「・・・。」
「掟を破った人間が一人もいないなんて、有り得ません。いつの時代にも敵スートに侵入してやろうという愚か者は必ず一人はいるはずです。」
「でわ、まさか・・・。」
「俺は、掟とは表上の強迫文で、その実、罪でもなんでもない、ジョーカー公認の行為なんだと推測します。」


今だクガの腕にしがみつくモモナは、本当に小説みたいな展開が現実に起きていて驚いていた。
この世界は、ゲームよって支配されている。
宝を奪いあうことこそが最も重要で、差し迫った問題なんだと思っていた。
だが、ゲーム以外の所でこうやって異変が起きるとは。
まだ疑心暗鬼のクガが食い下がる。


「掟がハッタリで、侵入可能だったとしても、参加者は常にモニターに動きがのる。途中スート帰還も許されていない。」
「怪我人は別です。そして怪我人はデッキへ出る扉ではなく、裏口から搬入します。」
「・・・さっぱりわからんぞ。」
「つまりねクガ。変化系か目を騙すリセル所持者が、ダイヤの怪我人装って搬入されてきたってわけ。」


クイーンが紫煙を吐き出しながらアイザーの推理の核心をついた。


「参加者の位置は紋章か服につけたGPSで示してるだけだから、個人GPSさえ手にしちゃえば、

モニター上ではダイヤの人間になりすませるってわけ。ね、アイザー。」
「そんなことが・・・。」
「緊急信号を出された事は気付かなかったんだろう。救護班の彼を殺やめ、役を入れ替え、怪我人を搬送するフリで変装した犯人は見事侵入成功。救護班が意識のない人間を運んでいても怪しくないからね。そして内部で情報屋の口封じ。」
「情報屋には、クラブを探らせてたって言ったな。クラブの人間か。」
「そこで、役に立つのが昨日のゲームモニターを録画したものだ。戦術立てる勉強用に録画しておいて良かったよ。」


モニターに、昨日のゲームフィールドの映像が流れた。
映像と言っても、地図上で動き回る四色の点を表しただけのもので、大昔のゲームより作りは荒い。


「見て。<ダイヤの7>が運ばれていく。」
「あれが偽物なら、本物の<ダイヤの7>はどうした。」
「これを見ればわかるよ。」


映像が巻き戻されていく。
ゲーム開始直後、ナビの指示で迷路を進む<ダイヤの7>はやがて、仲間と共に<ハートのジャック><ハートの2>と戦闘を開始した。
が、不利とみて<ダイヤの7>は脇道に逃げた。
そして次に敵に会ったすぐ後、彼は<ハートの7>それから<ハートのキング>と対戦したすぐ後、救護を要請しダイヤの居住区に戻っている。


「犯人はハートのどっちかか。」
「むしろグルでしょう。ハートは対戦してるフリをしながらGPSを強奪し、どちらかが<ダイヤの7>として帰還し、

どちらかが本物の<ダイヤの7>をハートの人間として連れ帰った。」
「あ、あのぅ・・・。」


モモナがゆっくり手を上げる。


「<ハートのキング>さんって、いつも<スペードのナイト>さんとケンカしてますよね?昨日もしてましたよ?

しかも、いつもお一人で行動してますし。人一人を抱えてたら怪しいです。」
「彼は召喚士だ。召喚獣に運ばせたんだろう。・・・そこで<ダイヤの7>の行方を含め、モモナにはハートに侵入してきてもらいたい。」
「ええーーー!?」


彼女の半ば悲鳴に近い声が司令室に響いた。


「モニター画面はあくまで個人GPSの現在地を示してる。犯人は<ハートの7>だとして、<ハートのキング>は意図せず巻き込まれたのだろう。何せ、彼は<スペードのナイト>しか興味ないからね。だから彼に、昨日のゲームの様子を聞いてきて欲しいんだ。」
「何で私なんですかぁ~!」
「それは、アナタのリセル能力が適切だからじゃなーい。」


いつの間にかモモナの後ろに移動していたクイーンが、彼女のその歳にしては豊満な胸を掴み遊びだす。


「ヒィィ!やめて下さいクイーン・・・!」
「フフフ。また育ったんじゃない?」
「気のせいですぅ~!」


少女をからかうのを止め、クイーンは後ろから包むように抱きしめる。


「アナタの結界能力なら誰にも見られずハート内部に侵入出来るわ。」
「掟が本当だったらどうするんですか!そ、それに一人でなんて・・・」
「当然、クガも一緒よ。ね、アイザー。」
「ええ。クガさん、モモナの護衛お願いします。」
「わかった。」


半泣きになっているモモナを無理矢理言いくるめハートのスート侵入作戦は決定し、早速二人は出掛けて行った。
二人きりになった司令室では、クイーンがモニター画面を柱に戻し操作するアイザーの隣に並んだ。


「アナタ、本当にミステリー小説でも執筆したらどう?嘘の殺人事件や細かいトリックまで、よく考えたわね。」


唯一の右目でクイーンを一瞥してから、アイザーはモニターをいじる。


「モニター映像は作り物だとして、死体写真はどうしたの?」
「特殊メイクで撮影会です。」
「アハハハ!大掛りね。」
「あんな事件でもなきゃ、二人は行ってくれませんよ。特にクガさんは、勘が鋭い。

これから招くお客様を見られたくないし、二人を巻き込みたくもないので。」
「そうね、あの二人は綺麗過ぎる。ハートが一番マシな亡命先かしら。」
「ええ。彼もいますし。」
「いいのね、アイザー。」
「もちろんです。」


偽の死体画像と偽のゲーム映像を次々消去していく。


「そうそう、さっき談話室で、俺がキャピュレット家の方がふさわしいと言ったのは、キャピュレットが皇帝派だからですか。」
「どうかしらね~。」
「恐ろしい人ですね、あなたも。」


アイザーは、データの抹消も終わりモニターの電源を切った。
 


 

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