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♥♦♠♣8

 

新生ハーティアが誕生した翌日。
食堂でアカネが作った昼食を食べ終えた時、オニキスが立ち上がった。


「情報交換も済んだことだ、少しかぎまわってくる。」
「急がなくていいよ、オニキス。それにハーティアの活動目的とか色々決めてないじゃないか。」
「とりあえずは火トカゲ奪還だろ。」
「そうだけど。今ダイヤに近づくのは危ないよ。」
「俺は問題ない。事が起きた時に後手に回りたくないからな。それにあのトカゲを一発殴らなきゃ気がすまない・・・。アカネ、頼んだ。」
「承知しております。」


立ち上がったオニキスの周りに、黒いモヤが漂いだした。
モヤは裾の長いフード付きの外套になり、それをくるりと体に巻き付けたと同時、彼の体はモヤに包まれ消えてしまった。
モモナが口を開けて驚く。


「うわー。黒衣の魔術師ってあだ名はこういう意味だったのですね。」
「オニキスは体をモヤにして瞬間移動するリセルを持ってるんだ。もちろん、戦闘にも使えるリセルだ。」
「やっぱり、マヒトさんは王子様なんですね!」
「お、王子・・・?」
「メイドさんに、魔法使い。騎士も出来ました。取り巻きが一流ばっかりです。」
「ふふ。じゃあモモナは隣国から来たお姫様で、クガさんがそのナイトだ。」
「私がお姫様・・・!嬉しいです。ちょっと照れくさいですけど。」


隣のテーブルでその様子を見ていたグラスは、紅茶のカップを起き、少女のナイトと例えられたクガに語り掛ける。


「若者は呑気でいいよね~。」
「そうだな。」
「モモナちゃんって、フワフワしてる子だね。」
「本ばかり読んで育ったからな、少々現実離れした発言をたまにこぼす。だが、モモナの不思議発言を笑って応えるなんて、アイザー以来だ。」
「ウチの王子様もフワフワだからね。波長が合うんじゃないかい?」
「・・・それで、どうするんだ。」
「どう、とは?」


横目で大男を見やる。


「ハートの反乱分子がこちらに攻めてくるかもしれないと言っていただろ。」
「可能性の話だけどね。通信機内のデータベースに此処の地図が追加されてた。攻めようと思えば、足を伸ばすだろうね。

でもまぁ、たった7人の新設スートなんて相手にもしないだろ。」
「だがあんたは、ツジナミとか言う反乱者の目的を知ってるみたいじゃないか。その目的次第では危ないとも言った。」
「頭良いね。筋肉質な奴は頭悪いのが多いと思ってたけど、貴方は違うようだ。」


質問をさらりと軽く流す若者をジッと観察する。
若いのに司令官をやってるだけあり、頭の回転が早く抜け目がない。
常に余裕を纏う姿は、敵に回せば恐ろしいだろう。
フッと力を抜いて、まだ楽しげに談笑する若者二人に視線を戻した。


「まあいい。俺はよそ者だ。リーダーの命令に従うだけだ。」
「お、投げたね。」
「俺は頭悪い方の人間だからな。」
「ハハハ。こちらの事情で申し訳ないが、ハーティアは以前よりマヒトの目的の為に動いてきた。もうあの子の為のスートとなりつつある。」
「構わない。俺もモモナも身よりも目的もない。」
「これも何かの縁だよ。それに、よそ者なんて寂しい言い方しないでくれよ。マヒトが受け入れた人達は、僕達も受け入れる。」
「本当に愛されてる王子なんだな・・・。」
「すぐ分かるよ、あの子の魅力。・・・お、その魅力に気付いた新入りが来た。」


食堂に入ってきたのは、タカヒトだった。
彼の過去もマヒトからメンバーに伝わっているので、今日もサングラスを掛けていなかった。


「おかえり~。情報屋は何か掴んだ?」


緊張感の無い呑気なマヒトの声にため息をついて、隣に腰かける。
彼は食事を済ませると贔屓にしている情報屋から話を聞きに行っていたのだ。


「他のスートは予想より混乱しているようだ。ダイヤはスペードを攻め続け優勢。同時にクラブにも手を出し始めた。

ダイヤに恐怖した一般人が続々ダイヤに流れてるって話だ。」
「ツジナミさん絶好調じゃないか。」


グラスとクガが移動してきて同じテーブルにつく。
腕組みをしたタカヒトがグラスへ半ば睨むような目を向けた。


「あんた、反乱のこと知ってたらしいじゃないか。」
「暴れたいやつは勝手にさせとく主義だったんでね。僕はマヒトの案件以外興味ないし。」
「それにね、反乱しようが僕の召喚獣がいる限り無敵だったんだ。ツジナミさん側には火竜に対抗出来る召喚士もリセル持ちもいなかったから。」


マヒトがグラスをかばうように付け足した。


「でも・・・アイザーが僕から火竜を奪うと知っていてツジナミさんが行動に移した可能性はあるね。」
「過去のことはもういいだろ。それで、情報屋は他に何を売ってきたんだい?」


モモナの眉がピクリと動くのをめざとく気が付いたグラスが話題を変えさせる。


「これといって何も。情報屋もまだ混乱してるらしい。・・・そういえば、クラブ周辺をヤケに気にしてたな。」
「情報屋が?」
「ツジナミ一派を多く含んだダイヤが手当たり次第暴れてるらしいが、クラブ居住城を囲む防壁でこの混乱においても

一切情報が漏れてこないとかで、無駄に闘争心燃やしていた。」
「あの半透明防壁ね。」
「半透明?」


組んだ足に組んだ手を乗せたグラスにモモナが首を傾げた。


「見たことない?クラブの謎防壁。モモナちゃんの結界みたいなもんだよ。スートカラーと同じ緑の膜が居住城を取り囲んでて、

敵も情報屋も中に入れない力が働いてるらしい。住人の許可なく入れるのはジョーカーぐらいじゃない?」
「私と同じ透過系の結界ですか?」
「モモナちゃんが透明で守りなら、あれは拒絶かな。」
「拒絶・・・。」
「なん人たりとも足を踏み入れることなかれ、受け入れることなかれ。みたいなね。」
「その防壁もリセルなの?」


マヒトが問う。


「恐らくね。スート居住地に仕掛けを施すのは自由だけど、流石のジョーカーも特逸した力は不公平判定すると思・・・・・・あ。」
「どうしたの?」


あから様というか、いきなり間の抜けた声を出したグラスに一同の視線が集中する。
そして彼は、とんでもない事を言い出した。


「クラブと同盟組もう。」
「はあ!?」


一番大きなリアクションをしてみせたマヒトが半身をグッとグラスに寄せる。


「たった今拒絶防壁が無敵みたいな話してたじゃん!」
「ツジナミさんとダイヤだって手を組んだならこっちもマネしようよ。」
「そっちじゃなくて!」
「最強防壁を味方につけたら心強いじゃないか。何せ新生ハーティアは7人だしね。ごたごたしてる今なら受け入れて貰えそうだし。」


にっこりと笑う爽やか青年に、大男二人は深いため息を溢し、少女は目を輝かせ、脇に控えているメイドはにっこりと微笑んだ。
そしてマヒトは、お腹を抱える勢いで笑いだした。


「ハッハッハ!さすがマコト兄さん!」
「惚れ直したかい。」
「うん!」


満足そうにマヒトの髪を撫でると、ずる賢い狡猾な怪しい光を宿して一同を見渡した。


「新生ハーティア加入者諸君。異論が無ければ僕が引き続き司令塔やらせてもらうけどいいかな。」
「好きにしろ。」
「私は大賛成です!」
「ああ。」


グラスは満足げに頷きで返す。

「よし、じゃあ早速作戦を練ろうか。最少人数の僕らの第一の目的は最強召喚獣の奪還。

その為の、そしてダイヤを牽制する為にも、クラブ“クロック・ワークス”との同盟結成。」


クガとタカヒトは反論する気は元々なかったのだが、グラスの纏う雰囲気の変化に気付き、改めて司令塔に従う気になった。
瓢々とした態度の裏側に潜むカリスマ性と執念はさすが司令塔の器に足る人物と言えよう。
人を引っ張り動かす能力をこの青年は十二分に備わっている。
もし彼がマヒトばかりではなくハーティア全体に意識を向けていたら、ツジナミの反乱など起らなかったろう。
マヒトへのこだわりが唯一といえば唯一の弱点なのかもしれない。


「本来なら、特別通信でこっちから挨拶して同盟の申し出ってのが礼儀なんだろうけど、クラブは通信を全て遮断している。」
「え、じゃあどうするの?」
「門を叩くしかないだろうね。細かい所はオニキスが戻ってから決めるとして・・・モモナちゃん。」
「は、はい!」
「君には期待してるから。」


にっこり微笑む司令塔に首を傾げる。
隣にいたクガが腕を組ながら少女に助言する。


「つまり、お前がクラブ潜入の先頭だってことだ。」
「ええええ~!?」
「前のハーティア居住棟に侵入した要領で頑張って。」
「む、無理ですぅ~!あの時は目を欺けばよかったですけど、クラブの防壁に触れた瞬間どうにかなっちゃったら・・・!」
「大丈夫大丈夫。」
「その根拠は!?」
「勘?」
「ええ~・・・そんなぁ。」



泣きそうなモモナとグラスのやり取りがしばらく続き、最終的に何が起ころうがオニキスとクガがフォローすると言って

その場は収まり解散となった。
グラスは早速クラブの情報や戦歴などデータを頭に叩き込む作業に入り、皆は一先ずオニキスの帰還を待つしか無い。
食堂を出たマヒトは、先を歩いていたタカヒトを伺う。


「なぁ。」
「なんだ。」
「本当にいいの、ハーティアで。」


青髪は足を止めマヒトを振り返る。


「ジョーカーの決定は絶対だ。」
「そうだけど・・・。」
「スペードに未練もこだわりもないと言ったろ。」
「前司令塔の人に説明しなくていいの?」
「じいさんは何でもお見通しだろ。・・・そうだな、少し落ち着いたら挨拶ぐらいしに行くさ。」
「今から行ってきなよ!」
「は?」


気の乗らない声をだすタカヒトに少年が詰め寄る。
何故か、少年の方が必死に見える。


「ダイヤと交戦中の今なら目が向いてないから、タカヒトなら潜入出来るでしょ?そのおじいさんに挨拶してくればいいよ。」
「・・・別に今じゃなくてもいいだろ。クラブ潜入作戦もある。」
「マコ・・・グラスには僕から説明しとくし!」


尚も必死に説得する少年をじっと見下ろす。
親に叱られた子供みたいで、そっと髪を撫でてやる。


「マヒト。お前が責任を感じることないんだぞ。」
「・・・・・・でも、・・・。」
「ハァ・・・。わかったよ。ちゃんとケジメつけてくればいいんだな。」
「そうじゃないよ。タカヒトが、誤解されてたら、嫌だから・・・。」
「じいさんは俺が本気で裏切ろうが気にしないと思うがな・・・。まぁちょうどいい。俺も情報収集しに出掛けたかったところだ。

寄り道の一つや二つ―」
「寄り道は一つでいいからさっさと帰ってきてよね。」
「了解した、<キング>。」


拗ねたように唇を尖らせたマヒトに思わず笑ってしまい、少年は益々口を尖らせた。
感情に疎いタカヒトが察するに、マヒトなりの気遣いなのだろう。
大切な人がいるうちに言葉を交せという――・・・。
その日の内にタカヒトは新生ハーティアの居住棟を出て混乱の只中にあるスペード<ブルー・ソード>へ向かった。


 


腰にぶら下げた小さな灯篭が照らす真っ暗な通路は成人男性が通るには天井が低く、

背が比較的低い方のマヒトでさえ腰を屈めねばならない狭さであった。
さらに通路には細い管が目線の高さぐらいを走っていて、腰元のレイピアを押さえ付けなければならない。


「戦うわけじゃないから、置いてくればよかった。」
「お預かりしましょうか?」
「ダイジョーブ。・・・オニキス、あとどれぐらい?」
「すぐだ。その水道管触るなよ。」
「わかってるよ!」
「ふふふ。」
「モモナ、なに笑ってるのさ。」
「マヒトさんは愛されてるなぁって。」
「・・・コホン。仕事中は真名で呼ぶの禁止だからな。」
「ハイ、リディアさん。」


ニコニコしているモモナから視線を外し、前をゆくオニキスに続く。
細く暗い通路を、今度は下へ降りる排水口を抜ける。


「よっ、・・・と。」


手すりは使わず一気に排水口を飛んで抜けた時、オニキスが足を止めた。


「着いたぞ。」


通路の終わりの向こう側に、その城はあった。
白いレンガ作りの、まさに巨城。
高く鋭い梁が何本も建ち、暗い緑の屋根が薄気味悪さを演出している。
クラブ“クロック・ワークス”の居住城は、圧倒的存在感で建っていた。


「うわぁ・・・。眠り姫のお城みたいですね。」
『僕も見たかったなぁ。』


モモナがため息と共に感想を漏らすと、イヤホン越しにグラスの声がした。
グラスはモニターで指揮を取るためホームに戻り、念のためクガがボディーガードとしてついている。


「壮大だよ、お城。本当に絵本に出てきそうだ。」
『防壁はどうだい?』
「バッチリ覆われてる。」
『潜入の指揮は任せた、オニキス。』
「ああ。中に入ったらまた繋ぐ。」
『幸運を。』


微弱電波が防壁に引っかかってはまずいので、プツリと通信が切れる。
オニキスが振り向いて、まだ城をキラキラした目で見てるモモナを見た。


「始めるぞ。頼む。」
「は、はい・・・!」
「大丈夫。クガさんの分も僕やオニキスが守るから。」
「心強いです!」


モモナは一呼吸置いてから、一同を包む半透明な結界を張った。
これで外から彼らの姿は見えない。
今出てきた空気口から下へ降り、城へゆっくり近づいていく。
近付けば近づく程城は圧倒的存在感を増してゆく。


「この結界、音声も遮断するのか?」
「はい。クガさん曰く、私のリセルは意識を遮断させる作用があるとか。」
「なるほど。認識されなきゃ把握もされないってわけか。」
「難しい話してるー・・・。」
「こうやって話してても問題ないが、念のため防壁に接触する前後は口を閉じてろ。どんな作用があるかわからん。」
「はーい。そういえば静かだよね。ツジナミさんはクラブ侵略を完璧諦めたんだ?」
「そのようだな。」


城を囲むように続く通路を居住城の裏手目指してしばらく歩く。
通路の側壁が途絶え、最強と詠われるクラブの防壁の真隣についた。
一同口を閉ざし、オニキスはモモナに頷いてみせた。
頷き返す結界の主は、ゆっくり足を踏み出す。
モモナの透明結界の縁が、クラブの緑掛った防壁に触れた。
反発も異常も起こらない。
息を詰めたモモナだが、そのまま足を進めてゆき、結界は溶け込むように防壁を突破し無事クラブ居住城に侵入した。
そのまま、グラスが調べた裏口から内部に入ると、オニキスがイヤホンを叩く。


「入った。」
『おめでとう。第一関門突破だ。』
「問題はここからですわね。」
『無事門は潜った。無作法な奴らと叱られちゃう前にトップ会談といこうか。』
「クラブ側が連絡遮断してるんだもの。直談判するしかないよ。」
『クラブを率いてるのは恐らく<クラブのエース>。情報は一切ないが、僕が推察する通りの人物なら、きっと通信室とか司令室だ。

タカヒトくんが記憶しているクラブのマップを頼りに案内するから、後は頼むね。』


現場と違い、司令塔は呑気な声を出す。
小さくため息をついて、オニキスは指示通り居住城を進み始めた。

 





 

 



「来た―・・・。そろそろだと思ってた。」


長テーブルの前で、少女はそう呟いた。
目の前に浮かぶモニターにハートのマークが4つ、クラブ内の通路を歩いている。
ゲーム中、ジョーカーから配信されるマップではなく、独自に作った居住スペース用監視システムだ。
薄暗いゴシック調の部屋で、壁に寄りかかっていた不機嫌そうな半月眼の少年が背中を浮かせた。


「俺が行くよ。」
「ダメ。向こうの姿はこちらから見えないわ。尋ねてくるのを待ちましょう。」
「でもさ・・・」
「大丈夫。彼等は戦いにきたわけじゃない。ミヤコさん、椅子を持ってきて。」
「ええ。念のため、ユカリとタキザワも呼ぶ?」


少女が座る椅子の脇にいた黒髪の知的な女性が顔を覗き込むように尋ねる。


「ううん。皆に動かないよう伝達を。それから、私を一人にして。」
「はあ!?それは無謀過ぎるだろ!」
「ミヤコさんとヤマト、迎えに行ってくれる?“彼”と二人だけでゆっくり話したいの。他の皆さんは別室に。」
「いいの?」
「うん。」
「じゃ、行きましょう、ヤマトちゃん。」


少年はまだ不満そうに少女を見た。


「平気だよ。」
「・・・。」
「まだ時間はある。長いか短いかは私にはわからないけれど。・・・恐い?」
「俺が嫌なのは“始まり”ってやつだ。アイツはその役目を担うんだろ?」
「アルファとオメガは切っても切れない。・・・また話そう。行って。」
「わかったよ、サキ姉ちゃん。」


素直に頷いて少年は踵を返し扉を閉めた。
一人きりになった部屋で、少女は虚空に向かい呟いた。


「大丈夫だよ、ヤマト。別れは出会いの始まり。でしょ、――。」


最後に吐き出された名を知るものはいない。

 

 

 

 

 


 

腰に手をあて、オニキスは足を止めた。


「左折する道なんてないぞ。行き止まりだ。」
『えー、またー?』


不服そうな声がイヤホン越しに聞こえる。


『タカヒトくんの脳内データ古いのかなぁ。それか最近改築したのかも。』
「しっかりしてくれよ。モモナの疲労が貯まる一方だ。」
「お気遣いありがとうございますぅ。」


初めて名前を呼ばれ嬉しそうに微笑むモモナだが、顔色が悪くなってきていた。
彼女のリセルは集中力が切れれば解ける。
普段はクガと二人だけだが、一度に大人数を結界に閉じ込めているため集中力も倍。
さらに、クラブの場外防壁がモモナのリセルに若干の影響を及ぼしているらしかった。


『大まかな案内はするから、あとは君の能力でやってみてよ。』
「結界内にいるから無理だ。」
『出ればいいじゃん。』
「内部にセンサー反応があると言ったろ。」
『君なら敵に囲まれても文字通り煙に巻けるジャン。僕はマヒトとモモナちゃんが無事なら問題ないから。あとフランソワーズ。』
「まぁ、私も入れて下さり光栄ですわ。」


オニキスの眉間に皺が深く刻まれだし、マヒトが苦笑しながらなだめる。


「まぁまぁ・・・。とにかく、司令室か通信室を探せばいいんでしょ?」
「モモナ様、一度休憩いたしますか?」
「あと一時間ぐらいは大丈夫です。大分クラブの空気にも慣れてきましたから。」
「なら一時間以内に見付けよ。ね、オニキス。」
「はぁ・・・。わかった。」
『オニキスもマヒトには弱いね~。』
「帰ったら覚えてろよ不真面目司令塔め・・・。」
『お待ちしてま~す。』


マヒトは苦笑を漏らす。ニコニコと楽しそうなグラスの顔が浮かぶようである。
苛立つオニキスを再びなだめ、クラブ内の更に奥を目指し歩き出す。
暗い緑の絨毯に同じ色のカーテンがかかる廊下は華美さより気味悪さが際立つ。
通路はまるで迷路で左右の分岐はしょっちゅうで、マヒトはもう出口に戻れる自信がない。


「よろしいでしょうか、リディア様。」
「もちろん。」
「次の通路を左に曲がると、広い部屋にあたるかと。」
「アカネ、もしかして通った道全部覚えてるの?」
「ええ。アオガミ様の地図も見せて頂きました。辿った道と地図を照らし、設計から考えるとホールなどが作られている可能性が。」
「さすがアカネ・・・!オニキス、行ってみよう。」
「ああ。どっかのナビより現場のアカネの方がよっぽど役に立つ。」


毒つくオニキスを先頭に突き当たりを左に曲がる。すると、大きな両開きの扉が立ち塞がった。
アカネの推測は当たったようで、オニキスが気配を読みながら扉を開けると、そこは円形の広いホールだった。
細かい彫刻が施された調度品は端に寄せられ、タペストリーが壁を飾っている。

 


「モモナ様、一度お休み下さい。」
「でもぉ・・・。」
「このホール内にセンサーやカメラは無いようだ。安心しろ。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
「ダンスホール、かな?談話室って感じじゃないよね。」
「闘技場さ。」


見知らぬ声が放たれたとほぼ同時、オニキスに襟首を掴まれ後ろに引っ張られるマヒト。
彼が今いた虚空を、刃がやや曲がった剣で突き刺す黒髪の少年がいた。
半月眼がギロリとマヒトを捕える。
そのままオニキスに抱えられ後ろに飛ぶ。
少年の後ろに、黒髪の美しい女性が現れた。
どうやら、タペストリーの後ろに隠し扉があり、そこから出てきたようだ。


「ダメじゃないヤマトちゃん。私達が言い渡されたのはお客様のご案内―」
「うるせぇ!」


少年が地面を強く蹴り、マヒト目掛け切っ先を付き出す。
が、メイド服姿の女性が剣を握る少年の手首を払い、気付いた時には床に取り押さえられていた。
瞬きより短い、あっという間の出来事に、少年はしばし思考停止に陥る。


「ありがとう、フランソワーズ。」
「クソッ!女に守られて王様気取りかよ、気にくわない・・・イテテテ!離せ怪力女!」
「主への冒涜は許しません。」
「自業自得よ。」


黒髪の女性が近寄ってきた。
知的な雰囲気に、勝気な笑み。
赤いドレスがよく似合う女性は一同に頭を下げた。


「ようこそ<クロック・ワークス>へ。まずは、仲間の無礼お許し下さい。」
「無礼もなにも・・・不法侵入したのはコッチですよ。」
「皆様の目的は我々との同盟ではありませんか?クラブの司令塔はこうなることを予想しておりました。皆様に敵意が無い以上、お客様です。」


不法侵入を咎めるどころか歓迎とは、クラブも同盟を望んでいるのか、はたまた罠か・・・。
警戒心を際立たせすぐ動けるようにマヒトの脇に立つオニキスに、女性はにっこりと微笑んだ。


「自己紹介が遅れました。私は<クラブのクイーン>ミヤコ、その少年は<クラブの8>ヤマト。」
「俺は<ハートのキング>リディア。フランソワーズ、離してやって。」
「はい。」


メイドが拘束を解き後ろに下がる。
少年は再び襲ってくることはなかったが、剣を鞘に戻すとかなり不機嫌な顔でミヤコの後ろで腕組みをする。

「おい、<ハートのキング>。」
「俺?」
「クラブの司令官が呼んでる。トップ会談だ。ついてこい。」
「他の皆様はこちらでお待ちを。」
「何っ?」


オニキスとアカネが素早く反応し警戒を露にする。
二人を静止させるミヤコ。


「申し訳ありません。我ら司令の要望で、リディア様と一対一での対話をお望みです。」
「敵地にリディア一人を行かせられない。」
「敵じゃ無いでしょ、オニキス。大丈夫だから此処にいて。」
「リディア様・・・。」
「フランソワーズ、後を頼んだ。」
「承知いたしました。お気をつけて。」


先程自分に斬りかかってきた少年に案内され、マヒトはホールを出る。
真っ暗な廊下に、緑のライトが埋め込まれている。
靴音が響くだけで、少年は何も言わない。
少し歩いた先に現れた両開きの大きな扉を少年が開け、マヒトも中に入る。
やはり緑が基調の薄暗い豪華な部屋。
彫刻見事な長テーブルがあり、立体モニターも置かれている。
此処がクラブの司令室なのだろう。


「連れてきたぜ。」


少年が語りかけると、椅子に座り通信システムをいじっていた少女がこちらを向いた。
長い黒髪に、吸い込まれそうな黒い瞳。先程のミヤコ女史とはまた違う美しさだ。


「ありがとう。下がって。」


少年はかなり不服そうだったが、素直に退室した。
少女が床を滑るようにマヒトの前に移動してきた。
彼女は車椅子だったのだ。低い位置から、マヒトをまっすぐと見上げる。


「<クロック・ワークス>司令及びナビゲーター、<クラブのエース>サキです。」
「<ハートのキング>リディアだ。」
「掛けて。」


手近な椅子を引いて腰かけ、体を車椅子に向ける。


「まずは謝る。許可なく侵入して申し訳なかった。」
「構わない。こちら側も玄関を開けて歓迎しているわけじゃなかったし、同盟の話も予測済み。それに、きっと貴方がやって来ると思ってた。」
「俺?」
「そう。」


部屋の緑を吸収して複雑に輝く瞳をまっすぐ見つめる。
無表情な子なんだろう。言葉の起伏はなく、口元の筋肉しか動いていない。人形と話しているような気分だ。


「クラブはある目的の為に動いている。そのスタンスはハートも同じだと思う。」
「ああ、そうだ。新生ハートの目的はまだ定まってないけど、定める前に新生ダイヤに潰されるわけにはいかないんだ。」
「定まっていないということは、インフィニティから答えは聞けたのね。」


淡々とした少女の言葉に体が固まる。


「何で・・・」
「リディア。いえ、マヒト。私は貴方がこの世界の人間じゃないことを知ってる。」
「真名まで・・・。一体、君は・・・。」


表情一つ変えない少女に、うっすらと恐怖がこみ上げてくる。畏怖すら、大きな瞳を見ると沸き上がってくる。


「怖がらないで。私は貴方が、・・・いえハートの一部がインフィニティと聖杯を追っていることを知ってる。」
「聖杯・・・?金の杯のこと?」
「そう。7年前、ハーティアのグラス、―真名はマコトさんだったね―彼は聖杯を手にしたことでこの世界が書き換えられた・・・、

と思い込まされている。」
「どういうこと?」
「世界を書き換えたのは彼ではない。真の書き換えを知ってるのは私を含め4人だけ。」


7年前。
グラスことマコト・キサラギはゲーム中に手にした金の杯のせいで世界が書き換えられ、マヒトとアカネがやってきたと彼は聞いた。
元々ブルーソードにいたマコトはハート所属になっていたとも。
この事実は当人達の他にオニキスしか知らないはずだが、その記憶すら違っていたというのか。
サキは起伏のない話し方で、淡々と話始めた。


「この世界の根本はゲーム。ゲームによる奪い合いで成り立っている。でも―我々の時間軸に直して―7年前まで、

ゲームはただの娯楽だった。この世界を治めていた皇族の為に、下々の人間によるパフォーマンスで、危険は一切なかった。

ただ4つの色に別れて迷路を攻略し、宝を早く勝ち取る。ただそれだけ。平和な世界を、ゲーム中心の野蛮な世界に変えたのは<ジョーカー>。」
「あいつらが?」
「高度な魔法術式を使い世界をゲーム中心の野蛮で危険なものに変えた。召喚獣達も、元は世界の守護神。

元素を守る高貴な存在を、人が使役出来るようにしたのも<ジョーカー>。猫や兎人間もただゲームを監理監督する為だけに作られた。」
「なぜ<ジョーカー>はゲーム世界を作ったんだ?」
「ある装置を欲していたから。」


少女はマヒトから部屋の隅に視線を移し車椅子の背もたれに寄りかかった。


「書き換え前のこの世界には国が二つあった。<クルノア>と<レファス>。

レファスは地上、クルノアは地下を統治していたの。貴方はレファスに居た。」
「え!?・・・じゃあ、俺が空とか太陽を知ってるのは・・・地上に居たから?」
「その通り。7年前、レファスを<ジョーカー>が地上を切り離し別の次元へ飛ばしてしまった。

貴方は別の世界から来たと思わされているだけで、その実、上から下へ下りただけ。」
「インフィニティが言ってた・・・俺の世界の文明は滅びたって・・・。」
「<ジョーカー>が切り離しを行なったせいでバランスが崩れてしまったのでしょう。なにより、王位継承者を失ったから。」
「王様?」
「クルノアもレファスも君主制で、特にレファスを支えていた“ヘミフィア王家”には、代々受け継がれてきた力がある。

その力を使えば、“全次元改変”が可能になる。」


少女が紡ぐおとぎ話の元筋が段々とわかってきた。
つまり“悪者”が“聖なる力”を欲した結果が今だ。
なんてわかりやすくありきたりな話だろう。
その悪者のせいで、自分は家族も故郷も失ったと思うと、怒りを通りこして呆れてくる。
本の中のような展開に、マヒトは嘲笑を含み続ける。


「<ジョーカー>は歴史でも変えようってのか。」
「そう。歴史、世界、常識。ありとあらゆるものを好きに改変しようとしてる。

現に、7年前世界を変えた聖杯は前ヘミフィア王の力を使って作られた装置。

力は弱かったから、ゲーム世界は昔からあったと記憶を摩り替えるにとどまったけど。」
「なんだか混乱してきたよ。」


マヒトも椅子に深く座り背もたれに身を任せると、腕組みをする。


「第一、なぜ黒幕はこの世界をわざわざ作ったんだ?。改変の力とやらが欲しいだけなんだろ?書き換える意味がわからない。」
「ヘミフィアの王位継承者が持つ力をクルノアが守ってたからよ。その守りを解くには、複雑で幾重もある手順を踏む必要がある。

その手順を簡略化させる為にこの世界を作ったんだと思う。」


少女はテーブルに手を伸ばし、スイッチを入れモニターを起動した。
机の上に浮かぶ立体モニターには、スート一覧が写し出される。


「今は4つだけど、始めスートは無数にあった。スートには意味合いがあり、一つ一つが術式を表していて、改変に必要な手順でもある。

スートが消えるということは、術式を解き手順をクリアしたこととなる。

そしていよいよ最終段階で最強の守り4つが出揃ったところで、世界を再び動かしたんだと思う。」
「なるほど。だから現ハート居住棟である廃スートがあったり、マコト兄さんの記憶も4つのスートしかないわけか。」
「最終的に出揃った4つ、ダイヤ、ハート、スペード、クラブの術式は今までと違う。融合することで解ける。」
「スートの合併?」
「最後に一つに残った時、クルノアの守りは消えてインフィニティがヘミフィア王の力を“改変装置”に変える。」
「インフィニティが?」


ゲームの賞品として出会った“全てを知るもの”の姿を思い出す。
マヒトが見た姿は、マヒトに合わせたものらしいので、本来の姿ではないようだが。


「インフィニティは言わば世界そのもの。神様と言えば分かりやすいかしら。

神様にアクセスできるのがヘミフィア王家の継承者で、ヘミフィアを守るのがクルノア。その関係性だけは<ジョーカー>も変えられなかった。」


腕組みをしたまま考える。
全てつじつまが合うし、少女が作り話を言ってるとは思えないが、疑問だらけだ。
マヒトが抱く疑念を察知したのか、サキはモニターを消して再び彼に向き合った。


「貴方にいきなりこんな話をしたのは、貴方は知らねばならないから。」
「俺が?」
「なぜグラスさんだけ、偽りの記憶が植え付けられてたと思う?」
「それは―・・・。」
「記憶を奪った貴方とメイドさんを保護させるのに彼は丁度良かった。

だから、彼自身が杯を手にしたせいで世界が変わった、なんてまどろっこしい話を準備した。全ては、貴方を真実から遠ざけるため。」
「え・・・。」


少女の大きな瞳に宿る光が複雑に色を変えた気がした。
宝石のような黒の光沢が、どこまでも深い世界へ続いているかのような、錯覚。
美しい瞳は、真っ直ぐと、そして一際強い拘束力を持ってマヒトを捕えた。


「貴方の真名は、マヒト・アイン・ウル・ヘミフィア。レファス国皇子であり、ヘミフィアの最後の後継者。

そして“改変”の力を持つ唯一の存在。」


突きつけられた言葉は、真実という鋭利な刃となり彼の胸を貫いた。


「ゲーム世界に取り込む事に成功した<ジョーカー>は、皇子自ら進んで改変を行わせないように記憶を奪い、

グラスさんに偽りを植え込み貴方を真実から遠ざけ、スートの融合を待っている。時間がないわ、ヘミフィア王。」


急に体が震え始め、マヒトは自分の体を抱きながら椅子の上で体を丸めた。
とても心細い。
今すぐアカネやタカヒトに会いたかった。
少女の先程の話では、このゲーム世界を作るのにヘミフィア王の力を使ったと言っていた。
王ということは自分の父親その人。
マヒトは、父親の記憶は一切ないか、確信していた。
頭の記憶は消せても、体の記憶は残っているのだろう。
それに、唯一残っている断片的な記憶にある建物や衣服は、一般家庭のものではなかった。
泣き出しそうになるのを堪え、震える声で少女に尋ねる。


「何故・・・、君は、書き換えも、真実も知っている?」
「私は、人形だからです。」


伏せていた顔を上げた。


「人形?」
「7年前、ゲーム世界を維持する為にジョーカーはとある少女の意識を基盤にし地中深くに眠らせました。

それが“サキ”であり、私は本物のサキに変わって生み出された偽りの存在です。」


自己否定ともとれる台詞を、なんの痛みもなくスラスラと喋る少女の姿に、ついにマヒトの頬に涙が一筋落ちた。


「偽物の私はこの通り足が動かず不完全。」
「人形・・・、成り変わって生きてるってこと?」
「はい。私の、というよりクラブの目標は本物のサキの奪回。サキを目覚めさせるには<ジョーカー>を倒す必要があるのです。

世界のためにもサキの為にも貴方は必要不可欠。だから全てをお話しました。」


いつの間にやら敬語に変わっている少女の目を、今度はマヒトが真っ直ぐ捉えた。


「君は・・・本物が目覚めたらどうなるの。」
「消えます。」
「それで、いいの?」
「もちろん。私は人形です。意思があるように作られた偽物に過ぎません。」


濡れたマヒトの頬を、その人形はそっと撫でた。
そして儚げな笑みを向ける。


「泣かないで下さい。」
「君は人形なんかじゃない。」
「人形です。ただ人形にも願いがあります。早く、本物のサキを起こしてあげたいのです。そしてサキが大切に想っていた貴方を、守りたい。」
「僕は、彼女と面識が?」
「サキはクルノアの巫女姫。レファス皇子の貴方とは許嫁でした。」


また信じられないような話が降ってきて、面食らってしまう。
そんな様子のマヒトを見て、少女はおかしそうにクスクスと笑った。


「ヘミフィア正当王位継承者マヒト様。貴方様さえよろしければ、我がスートにご助力を。我等は全身全霊を掛け貴方様をお守りいたしましょう。巫女姫さえ目覚めればゲームは終わり、<ジョーカー>の野望も終わります。」


マヒトは袖で乱暴に涙を拭い、背筋を伸ばした。


「王様とか言われてもピンとこないし、まだ真実を上手く飲み込めてない。けど、捕われの女の子がいるなら助けるため協力するよ。」
「ありがとうございます、ヘミフィア王。」
「マヒトでいいよ。敬語もやめて欲しい。」
「そうお望みならば。」


車椅子の上で少女はお辞儀をして、やはり何処かおかしそうに、そして嬉しそうに微笑んだ。

 

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