❀ 3-11
ロードいう厄災の目撃情報が入ったのは、イニシオ国のコクリアという土地だった。
イニシオ国は他の大国に比べると新しく出来た国で、長い歴史の中でみると他の国の植民地だったり土地を奪われたりしながら
独立出来た新興国だ。
そこへ魔法院の中でも選りすぐりのメンバーで結成されている魔法騎士団のアーサー隊が派遣され。
目撃情報があった場所に急いでいた。
箒型アセットに跨がり空中転移を繰り返していく。
頭上に広がる雲は分厚く、不気味に黒ずんでいる。まるで厄災がこれから人間の世界へ足を伸ばそうとしているような不穏さがある。
先頭を飛んでいた隊長が着陸の合図を出し、箒の先を地面に向け急降下をする。
ローブをなびかせ降り立ったのは、コクリアの北西にある海岸の近くだった。
自然の岩石地帯が左手に広がり、岩と土が混ざった草木が生えていない固い地面に歩く度靴裏が音を出す。
「こんなところに目撃情報が?」
「戦闘の痕跡は見られませんね。」
隊員が辺りを見渡すが、人の姿はなく、辺りに建物すらない。
誤情報かイタズラかかと結論づけようかと杖を下ろした時、空に亀裂が走った。
狭間の世界の入り口が、口を開けた怪物のように横に広がり、魔物が次々落ちてきた。
数はおよそ30。
これが罠だと全員確信した。
魔族との戦闘が激化してから、魔法院の魔法使いが行方不明になる事件が多発しており
マナを喰らう魔物の餌となるべる浚われたという見解がある。院に所属している身分なら、マナの量も一般人を遙かにしのぐ。
そして最後に、髪をたなびかせ地面に着地した女がいた。
アッシュグレーの長い髪をしているが、左右の一部だけが真っ黒に染まっている。
他に目撃情報がある魔女より小柄で、大人より少女の方が近い体型をしていた。
世の中を恨みきったような死んだ目に、そばかすがある。
美貌の面でも他の魔女に比べると見劣りしている。
耳に入れていた小型通信機の向こうにいる司令室から、とんでもない作戦内容が伝達され、皆魔女を警戒しつつ目線を交わらせた。
「ずいぶん大胆な作戦だな・・・。」
「向こうの罠を逆に利用したってか。」
「隊長。囮は自分がやります。」
「よし。我ら誇り高きアーサー隊、魔女に臆することなかれ。行くぞ。」
新入りの魔法使いが率先して名乗り出たので、隊長が迅速にフォーメーションを指示して、作戦を開始した。
赤毛の女性魔法使いが箒で空に上がり、頭上からマナの弾丸を降らせ、左右に分かれた隊員2人も同じように弾丸を魔女へ浴びせる。
後方の隊長が地面に魔法陣を展開させ、突進してくる魔族を阻む半透明な壁を出現させた。
マナの弾丸が地面に当たり地面の岩が削れ細かい破片が飛び散り煙が上がる。
魔女は自分の周りに防壁を展開させており攻撃は一切届かず、隊員に向かっている歩みを止めようとはしない。
赤毛の女性隊員が合図を出し、空から高速で魔女に接近した新入りが黄色い閃光を魔女の防壁にぶつけた。
魔法術式を組み込んだ一撃は、魔女の防壁に呪文を刻み、外側から粉々に破壊する事に成功する。
隊員達の攻撃が再び降りかかるも、魔女は眉1つ動かさず、指を鳴らした。
魔物を阻んでいた半透明な壁が壊され、武器を手にした異形達が隊長に一斉に襲いかかろうと走り、
次に魔女が新入りに向かって指を差したと同時、後方にいる赤毛の女性魔法使いが新入りの足下に術式が浮かび上がらせた。
魔法使いを捕獲する罠を展開させようとしたとすぐに勘付き、転移魔法で新入りを魔女の後方に飛ばした。
さすが世界でも選りすぐりの魔法使いしか選ばれない魔法騎士団に配属されているだけあって、判断は冷静かつ迅速。
新入りは先輩の姿に感激しつつ、次の一手に動く。
一方、地面で魔女に弾丸を振らせていた隊員2人も箒に乗って魔物の手から逃れていた。
魔物は飛行能力を持つ個体は発見されていない。空に上がってしまえば、下で悔しそうに武器を振って怒鳴りつけてくるだけ。
魔法陣を展開させ続け魔物をけん制していた隊長から合図があった。
箒に乗った隊員2人も両手を胸の前にかざし、自分達の体より大きな魔法陣を展開させた。
一番高い位置にいる赤毛の隊員が頷いたのを確認してから、新入りは足の裏にマナを溜めて宙に浮かんだ。
高速で魔女に迫りながら杖で黄色いマナの塊を投げ続け、距離を縮める。
魔女は心底鬱陶しそうな顔をしながら攻撃を手で払い、迫る魔法使いに向かって手の平を向けた。
捕獲用の拘束魔法だ。
魔女が本気を出していれば、アーサー隊5人など瞬殺だったはずだ。そうしないのは捕獲を言い渡されているからだろう。
それが現在唯一の弱点であり、彼らの命綱でもある。
新入りは転移はせず身を翻すことで拘束魔法が体にまとわりつくのを避けた。
空中で飛びながら体を捻る様はまるでスケートリンクの上で舞うスケーターのようで、指の先端まで美しかった。
この戦場下にあっても体に無駄な力が入っていない証拠だ。
ジャンプ後、華麗に氷上を滑るが如く、繊維のような髪をなびかせ新入りの魔法使いは再び攻撃をしかける。
魔女は攻撃を全て相殺しながら、空を華麗に舞う魔法使いに魅入ってしまっていた。
若い人間の男だが顔は非常に整っており、殺風景な岩場であっても白金の髪は美しさを主張している。
儚げな美しさを持ちながらも気丈さが窺える強気な眉。堂々とした姿。
まるで、大嫌いだった末の妹のような―――
ハッとして魔女は自分の足下を見た。
人間の男に気を取られていた僅かな隙に、足下に巨大な魔法陣が展開されていた。
光源を極限まで落とし気配も上手く消していたようで気づくのに遅れを取ってしまった。
それは普通の人間より早い反応だったが、熟練の魔法使いにとっては十分な間だった。
新入り以外の全員で完成させた魔女捕獲用の特製魔法陣から、鋭利な牙が無数に生えた巨大な魚の口が現われ
足下から魔女を丸呑みした。
大魔導師であるチャールズ・W・オークウッドが一度だけ魔女を捕獲した際使用した魔獣による亜空間への強制転移。
魔法騎士団の精鋭といえどオークウッド魔導師の術には遙か及ばないため、4人で同時展開させ層を分厚くしたのだ。
魔女を飲み込んだ口が魔法陣の中へ帰って行く。
しかし、完全に亜空間へ消えるその前に、魚の口は内側から爆発し鮮血と肉片があたりに飛び散った。
血を浴びてしまった魔物の皮膚から煙が上がり、解けていく体に悲鳴を上げた。
飼い慣らしたとはいえ本物の魔獣。その体は猛毒であり血も有害であるはずなのに、そこに立つ魔女は一切血に汚れてはいなかった。
「あたしを捕獲しようなどと、良い度胸だ人間。」
初めて発した声もまた幼い少女のようであった。
ガラスが砕けるような音と共に魔女捕獲用魔法陣は壊され消えてしまった。
「この高濃度で精錬されたマナ、必ず持ち帰ってやる。体を多少傷つけることにはなるが、
マナさえ取り出せればあの方もお喜びになるだろう。」
小柄な魔女は足を大股に開き、鼻に皺を寄せながら魔法使いたちを睨み付けた。
右手を空に高く掲げ、巨大なマナの塊を生成する。
人間が作り出すマナとは比べものにならない高純度のマナだ。
避けようと思っても避けきれない。
幼い見た目にそぐわない、残忍な笑みを口元に携えたところで、魔女はふと気づいた。
金髪の魔法使いがいない。
それどころか、連れてきた魔物の数が少なくなっている。
空に浮かぶ魔法使いの足下には、小さめの魔法陣が無数展開されていた。
気配を探ろうとしたところで、背中に激痛が走った。
頭上でマナを溜めながら、顔を後ろに向ける。
金髪の魔法使いが、魔女の背中に手を当てて何やら魔法を展開していた。
背後を取られるなどありえない。
ましてや、人間ごときに触れされるなどと、あるはずがない。
「ある魔導師が残してくれたデータで、あんたの因果律を変えさせてもらった。」
「まさか、先程魔獣に食わせたのは―」
「それと、俺達の狙いは魔女ではない。退場してもらおう。」
背中に激痛が走り、魔女は甲高い悲鳴を上げながら、強制的にどこかへ転移させられた。
魔女が練っていたマナは空中で散開し、空気中に走っていた緊張感が消え魔法使い達は揃って安堵の息をこぼした。
残された魔物は指導者である女が消え、皆虚を突かれた顔をしていたが、やがて武器を構えて金髪の魔法使いの元へ走って行く。
だが、足下に紫色の魔法陣が現われると、まるでそれが底なし沼に続く流砂であるかのように
足を取られた途端陣に体を呑まれ消えて行った。
魔物達の汚い悲鳴があちらこちらで上がり、人間達への罵詈雑言を吐きながら、魔物は全て姿を消した。
空に居た隊員達が箒を降りて地面に着地する。
「作戦通り、捕獲した魔物は全て研究室に転送されました。」
「任務成功だな。それにしても、魔女捕獲作戦を囮にして、魔物を捕らえるなどと、本末転倒だな。」
「研究室は魔物のデータを欲しがってましたからね。被検体が山ほど手に入って、因果律の解明とやらもはかどるんじゃないですか?」
「例のアルバ魔導師の研究データか。俺には複雑過ぎて理解出来なかったぞ。」
「でも、司令室の新入りくんが3日で全て解明させて、魔法陣への転用呪文の基礎を構築したらしいですよ?
さっき、うちの新入りくんが魔女に打ったアレもです。」
「はー。末恐ろしいな。」
自ら囮役を買って出た新入りは、ゆったりとした足取りでこちらに向かっていた。
魔物の捕獲と転送準備を魔女にバレぬよう気を引き続けるなど、簡単にできるわけがない。
一撃でも食らえば致命傷を負うか、捕獲されてマナを抜かれてしまう。
もちろん、魔女が捕獲を目的にしており本気を出してなかったおかげだが、
対峙してるだけで力量の差に泣き出す魔法使いもいるというのに。
「何というか、魔女に対して恐怖を感じてないな。」
「いい新入りが入ってよかったッスね、隊長。」
「将来有望な若者が増えて、院の未来も明るいな。よし、帰るぞ。」
今回一番の活躍を見せた新入りの魔法使いも連れて、魔法騎士団アーサー隊は本拠地に転移した。
*
「どんな様子です?大先生。」
「騎士団の皆さんのおかげで、順調ですよ。これで、魔物の生態を理解出来れば、境界防壁の強化に役立ちます。」
「院に属さない一般魔法使いでも魔物を倒せるように、魔法呪文も構築させています。」
「人間はまた、一歩前進しましたね。」
魔法院の施設内にある研究室を訪ねたレオンは、沢山の資料に囲まれたオークウッド先生と共に
培養液につけられた魔物の水槽群を眺めていた。
「トーマくんがアルバ魔導師の研究データをハインツさんから委託され、それら全てを貸し出ししてくれたおかげです。」
「話は聞きました。不思議な邂逅でしたが、これもまた因果が作り出してくれた未来だと俺は信じていますよ。」
それに、大先生が研究室に戻ってきて下さったのも大きいです。」
「一時的な協力関係というだけ。戻ってはいません。変わり者のジジイでも、役に立ちたかっただけですよ。」
レオンの部下が、2人を呼びに来た。
バーンシュタイン国第2王子から招集が掛かったようだ。
研究室を出て、部下が用意した転移魔法でバーンシュタイン国の城内に入った。
謁見用の正装でもある伝統あるローブを纏い、王子の執務室の扉を開ける。
中は相変わらず黒い家具で統一されたシックな雰囲気だが、机には座らず近くに立っている王子は
普段と違いきっちりとした正装を身に纏っていた。
ファーで縁取られ華美な装飾が施されたローブを肩にかけているが、背が高くないので裾を引きずっている。
隣には、魔法院議員でありレオンの従兄弟ライアンも同席していた。
「急にお呼びしてすみません、大先生。」
「こんな老体でも役に立つのでしたら喜んで。」
「どうした、シュヴァルツ君。」
学生時代の愛称で呼ぶと、ちょっと文句ありげな目をしたが、そこには触れず机の上に広げた地図を指差した。
「避難地の最終選定が終わり、指示系統と指定避難道路の護衛手配は終わりました。
ただ、ストラベル国の貴族が反発し我々の勢力に下るのは嫌だと駄々をこねてまして。」
「ストラベルは、トラッド=アンジェ県が指定土地か。確かに田舎貴族が多い土地だな。」
「殿下、あまり時間がないことを考慮して、シュヴァリエかルチールに変更しては?」
いや、と首を横に振ったのは大先生だった。
「境界防壁魔具の設置箇所はマナによる共感反応があるギリギリのライン上に配置する予定です。
1つでもずれれば陣が崩れます。」
「連動はせず1つ1つが独立してると説明書にはありましたが?」
「もちろん、防壁展開には問題ありません。共感反応があることで厚みが出るとでも思って下さい。」
「それに、もう作戦は始まってます。今からリセットするには時間ロスです。
レオンさん、一緒にストラベル国へ行って説得に加わってください。」
「殿下自ら動くのか?危険すぎるぞ。俺達の勢力に反発してる貴族は多い。こっそり暗殺でもされたら・・・。」
「そうならないために同席をお願いしてるんです。クロノス学園元主席の実力は伊達じゃないでしょ。」
やれやれ、とは言いつつ嬉しそうな顔で肩を持ち上げてみせるレオン。
「魔法院の協力は?」
「とても素直に引き受けてくれましたよ。境界警備隊をこちらの傘下に回してくれるそうです。」
「元老院も、自分たちで責任取りたくないからって、我々には大人しく従う意向ですよ。」
「丸投げって奴だな。おかげで、元老院の指導力も低下して、ライアン達若手代議員が勢力図変えて来てるって話だろ。
よかったじゃねぇか。」
「まあやりやすくなったが、俺達が力を発揮するのは全てが終わった後だ。」
「全て・・・終わらせられればいいですがね。」
大先生のつぶやきに皆視線を落とした。
魔物を捕らえ解析出来ても、世界の混乱は悪化する一方だ。
魔族が好き放題に暴れるせいで物流は途絶え、マナの強い人間は浚われる。
恐怖と混乱は市民の心を乱している。
「この度の戦争で、一番歯がゆいのは人間社会は蚊帳の外ということですな。
原始の存在同士での抗争。我々がいくらあがこうが、力の差は歴然です。」
「抗争といっても、魔女側は静観だ。かつて封印した原始の人間―本人はロードと名乗ってるんだっけ?ーが
人間捕まえてマナを捕食してるだけだ。疑問なんだが、なぜ卿は直接やって来て人間を襲わない?」
「私の予想ですが、彼はずっと狭間の世界に閉じ込められ別次元と融合していたんじゃないでしょうか。
ハインツさんの接触で一時的にこちらに帰還出来たけれど、まだ不十分。」
オークウッド先生が目を細めた。
「だから魔女がせっせとマナを運んでいるわけですね。主人のご飯を運んでるわけだ。」
「完全復活したのちに、またこの世界を手に入れるとか言うのでしょうか。」
「トーマ君の報告によれば、過去、魔女が守る始まりの土地を狙って私利私欲に暴れたと言っていたそうです。」
「なら、ルフェを狙うのは・・・?」
レオンは思ったより声が強ばってしまったのを後悔した。
大先生が答える。
「野心家の男が新しい可能性を求めるのは自然なことでしょう。
ルフェさんは、長いこと封印されていた力が不思議な作用を起こし死んだ命に息吹を与えた。
私でさえ、信じられません。」
レオンは真意を探るように大先生の横顔を見つめ続けたが、いつものヘラヘラした笑顔に戻った。
「そういやさ、そろそろ俺達組織の名前決めない?もうバーンシュタイン国とか関係ないし、呼ぶとき困るだろ?」
「え、じゃあ・・・暁の十字団とか、青の夜明け団とか?」
「それ元ネタ魔術教会じゃねぇか。お前の趣味全開だなシュヴァルツ君よ。」
「こういうの苦手なんですよ。呼び名とか興味ないですし。ライアンさん、なにか案出してください。」
「私ですか?そうですね・・・円卓議会とかでよろしいのでは?」
「あ、じゃあそれで。」
「軽っ。」
「ライアンさん。説得が済み次第実行命令だしといて下さい。大先生は引き続き魔物解析と、
それから、魔具の調整に入って下さい。」
わかりました、と軽く頭を下げた大先生の横を通り過ぎ、ローブの裾を引きずりながら廊下に出た。
レオンも後に続き、外に用意してあった馬車に乗り込んだ。
「転移魔法で飛ばないの?」
「王族の人間は簡単に国境を越えてはいけないんです。国境ギリギリまで転移して、そこからは馬車の旅です。」
「長くなりそうですねー。」
「ゆっくり話すにはいいじゃないですか。」
「やっぱり気づいてた?」
レオンは窓枠に肘を掛けながら、馬車ごと転移した先ののどかな田舎道を眺めた。
ストラベル国との国境付近に魔物は来たことがないのか、どこまでも穏やかな景色が続いていた。
異形頭の敵が人間を襲ってるなんて、小説の中に出てきそうな展開が現実に起きているなんて、夢かと思ってしまう。
今はどちらが夢なのかわからない。
「大先生、絶対何か隠してるよな。ルフェの封印が解かれる件は予言にあったらしいのに、予言なんて一言も言わなかった。」
「レオンさんの案で大先生をこちらに引き入れましたが、腹を割ってはくれないようですね。どうします?」
「どうって言われても・・・魔物の件や魔具開発についても助言もらってるし、敵ってわけじゃない。」
「大先生の勢力が昔から何かを隠してるっていうのは、元老院も把握してたようですね。」
「その当たり教えてくれっていっても無駄だろうしなー。
俺が危惧してるのは、大先生側の目的のせいでルフェが傷つかないかってことだ。」
「ルフェ・イェーネは、相変わらずウィオプス退治で世界各地に派遣されてるそうですね。」
シュヴァルツも反対側の窓の外に視線を投げた。
ぶどう畑が道の脇に広がっている。ストラベルはワインが特産だった。
そういえば、これから向かうトラッド=アンジェ県はヴェルディエの実家があったはずだ。
「ウィオプスは魔族とは関係ないらしく、ランダムに出現しては人間を襲う。
異形頭と戦ってる俺達よりハードだろうよ。」
「どうして誰も、会いに行かないのですか?」
「ルフェが1人で頑張ろうとしてるからだ。ルフェのことだ。友達を守るために孤立を選んだ。
さらに、ロードなにがしがルフェを狙ってる。今会いに行けば、魔女にでも捕まって人質にされちゃ、
ルフェの頑張りが無下になる。俺も含め、誰もがルフェを守りたいし、解放してやりたい。
他の奴らは今もあがいているが、俺に至っては同じ舞台に立てない。
情けない限りだ。守ってやるなんて大見得きっといてこれだ。」
「後悔、してますか。」
声の感じが違ったので、馬車の中に視線を戻し、ぶどう畑を眺め続けるシュヴァルツの横顔を見た。
まだ年は17歳。
父親の身勝手で産み落とされた挙げ句、誰からも愛されぬまま邪魔者として余所に預けられ、
それだけでは飽き足らず、大事の際に責任を肩代わりさせるために無理矢理王族に戻された悲劇の王子。
彼にとってもまた、クロノス学園は安寧の土地だったろう。
心許せる仲間もいた。
2人はそれを手放して、今ここで馬車に揺られている。
「たまに、戻りたいと懐かしむことはあるが、不思議と後悔はしてないよ。
この道は自分自身が選んだ。一度、納得していない状態で戴冠式を迎えようとしたが、ルフェが止めてくれた。
きっと、あのまま戴冠して当主になっていたら、後悔していたに違いない。
俺を呪縛から解き放ってくれたのはルフェだ。」
「・・・僕も、後悔はしてないんです。学園に入学して、僕が王族の出だと何故か知ってたベルクさんは、僕に言ったんです。
此処では好きに生きようって。実家に戻れば自分の意思は二の次。民のために捨てなければならないものが多くある。」
「ハハ。その割に貴族の名を振りまきまくってたがな。」
「ベルク家は弱小貴族ですからね。いばれる場があそこしかなかったんですよ。」
「おかしな話だな。その弱小貴族に、本物の王族が下についてたんだから。」
「楽しかったです。好き勝手やってる会長の下で、僕は僕のままいられました。
ボネさんもおっちょこちょいだけどいつも優しくて、側にいてくれました。
何が好きで、何が嫌いか、それすらわからなかった僕に、生きる意味を教えてくれました。
彼らが守ろうとしてるものを守れるなら、僕は大嫌いな日向にだって立ちますよ。」
「そうだな。よくわかるよ。」
再び窓の外を見ると、田園風景は終わり街が見えてきた。
レンガ造りの古い街並みの向こう側には、王族がいないはずのストラベルの貴族が住まう城が見えてきた。
自分たちが出来るのは、机上での戦争だ。
持てる権力を全て使い、振りかざすことだけ。
血は流れないし、傷もあざも出来ない。
戦場で今も戦う仲間とは違う。
けれど、自分にしか出来ないことがある。
蚊帳の外で魔族に喰われるだけの立場ではないことを示さねばならない。
「俺が道を開いてやる。必ず助けてくれ。俺達のお姫様を。」
*
「精神的にかなり弱ってます。自分の存在意味まで疑いだしたんですよ。」
「そう苛立った声で責めないでちょうだい。私も胸が痛いの。」
魔法院のローブを肩に掛け、スリットの深い黒のドレスで、柱に寄りかかった女性―アレシアは赤い唇からため息をついた。
「ウィオプス退治だけは、元老院のじい様達が権利を手放そうとしないの。唯一の武器であるルフェを盾にしてね。」
「今や世界権利は円卓議会が握ってる。」
「魔法院の全権を受け継いだわけじゃないのよ。中心はバーンシュタイン国のクラウディウス家だから
他国とのパワーバランス崩さないようにあくまで国民を守る民間組織だと言い放ってる。
決定権は有してないし、修道会からも応援って名目で肩入りしてもらってるだけ。
まだ大半の権限は魔法院が握っているの。」
「そんなことわかってます・・・。」
「貴方まで荒れてどうするの、タテワキ。」
タテワキとルフェが暮らす家のリビングで、ソファに腰掛けながら頭を抱えたタテワキを見つめる。
ルフェの隣に居続け守る彼もまた、相当な疲労が見える。
出動要請がある度、ルフェが少しでも辛くないように長距離転移を繰り返しているせいだ。
「もう隠すのは止めにしたい・・・。全てあの子に話してー」
「話してどうするの。今までやって来たことは全てあの子がやったのよ?知らない方がいい真実もある。」
「こんなの辛すぎますよ。あの子は何も悪くないのに・・・。」
「全く。男はこれだから情けない。」
妖艶な彼女は柱から背を離して、タテワキの前まで行くと、無理矢理頭を起こして頬をつねった。
「いひゃいれす・・・。」
「しっかりなさい!あんたが支えないで誰があの子を支えるの。もう思い出も何もかも失って、
それでも尚他人のために動いているのよ?」
手を離すと、頬を撫でながら拗ねた顔をする。
思えば、初めて会った時もこんな顔をしていた気がする。
師匠に無理矢理付き合わされていた生意気な少年が、教え子を持ち守り支えになる大人になるとは。
「メデッサ先生は、守るために真実を教えなかったの。この事実がバレたら、あの子はもっと危ない目にあう。」
「わかってます・・・。すみません。」
「今、私の弟子がメデッサ先生を捜索中よ。痕跡は見つけた。もう少し待って頂戴。」
「え?弟子?というか、痕跡ですって?あのメデッサ先生から痕跡を見つけた?」
「優秀なのを1人弟子にしたのよ。」
驚くわよ?と妖艶に笑ったかつての上司に、タテワキは短く息を吐いた。
「大先生も含め、みんな貴方とルフェの味方よ。レオンだって動いてる。
イライジャ先生との約束がある限りまだルフェには辛い思いをさせるけど、もう少しの辛抱よ。
これは私が約束する。きっと良いことがある。」
「・・・学園長先生がたまに持ってきてくれるロールケーキ、またお願いします。
食欲なくても、あれはよく食べるんですよ。」
「ええ、任せなさい。貴方は?コーヒーでも差し入れましょうか。」
「いらないです・・・。」