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第一部 青星と夏日星 11

 

名も知らぬビルの屋上で、力なく膝をつく。
全身から力が抜けてしまい、うなだれ、体の震えのままコンクリートに手をつく。
呼吸が乱れ、肺から酸素が抜けて頭がぼんやりしてきた。
どうやって呼吸をするのか、忘れてしまったかのようだ。
頭を過ぎるのは、氷に包まれた母と、ミイラになってしまった父の姿。
あの日の炎―・・・。
背中に、温もりが触れた。


「ゆっくり息を吸うんだ。」


低音の心地よい声が自然と耳に入ってきて、素直に酸素を体内に入れ込む。
あやすように背中をさすってくれる手に合わせて深呼吸を繰り返すと、視界がやっとクリアになった。
今自分が置かれた状況を思い出せた。
顔を上げて、寄り添ってくれた声の主に顔を向ける。


「誠司さん・・・。」
「大丈夫かい?」


目尻に貯まった涙を無骨な指が拭ってくれた。
子供の時にも、こんなことがなかっただろうか。
憧れの人に情けない姿を見せてしまった恥ずかしさを誤魔化したくて、前傾だった体を起こし、その場に座り込む。

 

「すみません・・・。敵の幻術に引っかかるなんて、情けない。」
「ターゲットは透夜君だけだったみたいだ。」
「誠司さん、どうして此処に?」
「武蔵国結界の一つが壊れたんだ。此処、横浜にある社に何か異常があったんじゃないかと緊急で調査に来たんだけど、

その前に結界に捕らわれてしまって。
透夜君の気配を感じたから合流しようと飛んできたよ。駆けつけられてよかった。」

 


現れた日室誠司に手を貸してもらって立ち上がる。


「壊れたのは六之宮結界ですか。」
「そうなんだ。」
「やはり・・・。」
「君たちも横浜で何か調べてたようだね。」
「はい。夏海が手にした小石の正体がわかりました。」

 


結界のせいで空はブルースクリーンの膜に包まれ、夜の手前のように薄暗い。
二人が立つビルの向こう側で、水色の雲が発生していた。
先ほど透夜が目にした時、因縁の敵の姿であったはずの雲が次第に形を変え、さらに大きさが膨らむ。
現れたのは、巨大な髑髏の妖怪―伝説のがしゃどくろであった。
ビルの一つに手をついて、ゆっくり立ち上がる。
しゃれこうべのポッカリ空いた双眸と鼻の奥は虚無が渦巻いている。
動く度にガシャガシャと騒がしい音が鳴る。骨の重なりは芸術的で美しさすら感じるが、立ち上がれば驚異的な大きさである。
その背丈は近くにあるクイーンズスクエアの一番高いタワーと同じぐらいある。
がしゃどくろの左隣にある低めのビルの屋上に、人影があった。
長い髪を束ね、巫女装束に身を纏った女性だった。袖はたすき掛けにされ、手に薙刀を構え仁王立ちしていた。
がしゃん、と重厚な金属音が響く。
ビルの間に立つがしゃどくろの両の手首に、鎖が繋がれていた。
遠くてはっきりとは確認出来ないが、ビルの上に立つ巫女装束の女性にも、同じように鎖が伸びているように見える。

 

「驚いた。あれは滝夜叉姫だ。現世に復活して、がしゃどくろまで召喚したようだ。」
「彼女は江戸時代の創作では?」
「人々の信じる心や恐れが実態を持たせた、人が産んだ虚像ナバリだ。
滝夜叉姫のモデルとなった如蔵尼は平将門の娘。将門自身は、本当に存在する三大怨霊の一人だからね。
復讐のため滝夜叉姫が妖怪を集めて術士と戦ったという逸話も現実だと誤認、もしくは正史だとして信仰してる人が多いんだ。
語り継がれた恨み辛みが形になって、本当にがしゃどくろを従えるとは、驚いた。」


彼らの眼下、道路の上や歩行者通路にも充満した水色の雲が鎮座し、中に蠢く影が見えた。
雲の中から現れたのは、手に短い槍を持った人間サイズの骸骨達だった。数はどんどん増え進軍している。
誠司が携帯を取り出したが、表示は圏外であった。


「本部と連絡取れないのは痛いな。」
「指揮は誠司さんが。術士を閉じ込める結界なら、頼安さん達や横浜支部の術士がいるはずです。」
「わかった。僕が連絡係を務めるよ。でも、ご丁寧に結界を張ってからがしゃどくろの顕現させたのは、何故だろう。」
「武蔵国結界がある限り首都圏一帯で大型ナバリは顕現出来ません。
六之宮の結界を壊したのはこのためでしょうね。六之宮の社は横浜にあった。本殿と離れているし、結界のバランスを一時的に乱すことでナバリの顕現を許した。
わざわざ自分達で結界を張ったのは、他の社からの自動修復作業を遅らせるためでしょう。この中は現実とは別の空間に作り替えられてますから。
あのデカいのは俺がやります。誠司さんは術士達と連携して結界術師を拘束して下さい。」
「何かあったらすぐ連絡するから、無理しないで。」
「はい。誠司さんも気をつけて。」

 


誠司が自身の使いである灰色鳥を四羽召喚し、その背に乗ってビルから去った。
結界の中だというのに、風が吹いている。
がしゃどくろから出る冷気で夏とは思えぬ冷たさが頬やむき出しの腕に纏わり付く。

 

「夏海が来ておるぞ。」
「小石と一緒に連れてこられたようだな。大人しくしてるわけがないとは思っていたが・・・。」
「白虎が手を焼くわけじゃ。」
「糸は。」
「繋いである。」
「合図したら頼む。」

 


わかった、と返事をして透夜と話をしていた声は消えた。
がしゃどくろの脇に控える女性がこちらを向いた気がした。
距離があるので表情までは窺えない。
しばし睨み合った後に、黒鳥を召喚する。
大きな鳥の背中に飛び乗った時には、透夜の肩には黒い羽織が掛かっていた。
真っ黒な絹の羽織だが、うっすらと星の模様が描かれている。
宗家嫡男である透夜にしか扱えない、術式を刻んである法具の一つ。
七星の開祖が使っていた本物の羽織だ。
黒鳥は艶のある羽を左右に大きく広げて、その体積を一回り大きくさせた。
両翼を伸ばせばビルの屋上全てを覆ってしまうほどであった。
時が止まっているため、一向に進まない藍色の夜の中で、漆黒の羽は浮き上がって見える。
透夜の掛け声で、がしゃどくろを目指し羽ばたいた。

 

 

 


 

 


誰もいない道路を白虎と共に走っていた夏海は、高層ビルの間を飛ぶ黒い鳥を見つけた。
巨大な鳥の背には、黒い布がはためいている。


「あれ、お兄ちゃんだ!」
「主も結界内にいるのか。」
「あの巨大骸骨と戦う気だよ。手伝わなきゃ!」
「馬鹿者。お前が行っても足手まといだ、今は自分の身を守ることに集中しろ。状況も把握出来てないのだ。」

 


白虎が唸り声を上げ歯を覗かせたので足を止める。
道路の先に漂っていた水色の雲から、理科室にある人体模型のような骸骨達が次々姿を見せた。
骸骨は皆、手に短い槍を持っている。
大きさは人並みだが、水色の煙を纏って、いかにも黄泉の生き物のような強敵感を漂わせている。

 


「うわ、なにあれ。いっぱいいるとキモいね。」
「油断するな。結界内におかしな力が満ち満ちている。水色の雲が奴らを強化している。それに、あのがしゃどくろは相当な妖力を持っている。」
「手下をぞろぞろ連れてきたってわけね。さっさと倒してお兄ちゃんのところに行こう。石が消えたことも報告しなきゃ。」
「だから、足でまといになると言っておる!」


構えて敵と対峙する。
走り出そうと重心を落とした時、目の前を巨大な斧が通り過ぎて、前方にいた骸骨達の腰を折り、あっという間に全て倒してしまった。
斧は回転しながら、持ち主の手に戻った。
伊埜尾嵐が、投げた斧を肩に構え、その脇を宇佐美頼安が夏海に向かって駆け寄ってくる。

 


「夏海ちゃーん!」
「頼安さん!嵐さんも。」

 


術士の先輩で、兄と仲良くしてくれている顔なじみの大学生コンビだった。

 


「夏海ちゃんも横浜にいたの?」
「え!?此処横浜!?・・・ハッ、そう言われればあんなところにランドマークある・・・。」
「色々あったのだ。そちらの詳細を簡単に話せ。」

 


歯を覗かせた白虎に急かされ、頼安は短い悲鳴を上げながら頷いた。

 


「午前中からずっと都内で透夜クンと石についてとか江戸時代の東京についてとか色々調べてたんだよ。そしたら透夜クンが痕跡が云々言いながら横浜に移動したんだ。
で、お腹すいたって言い出したから近くにあった中華街で食べ歩きして―」
「お兄ちゃん、アタシより休日満喫してる!ズルイ!」
「いや夏海、そこではないぞ・・・。」
「腹ごしらえもしたし、横浜の術士協会支部に顔出して色々調査しようって言って、気づいたらこの状況。透夜クンは突然居なくなって―。」
「あそこに居るぞ。」

 


斧を地面に置いていた嵐が指を差した方に頼安と夏海が顔を向ける。
黒い鳥に乗った透夜が高速でビルの周りを回り、がしゃどくろが振り上げた腕から逃げていた、
長い骨の指がビルの窓に刺さる。透夜の上に大量のガラスが降るが、ビルの周りを沿うように飛ぶ黒鳥が器用に兄を守っている。
しかし、大きさの違いによる不利があるように見える。
透夜も攻撃する様子はなく、防戦一方だ。

 

「いつものお兄ちゃんと戦い方が違う。やっぱり苦戦しているのかも。」
「あの透夜クンが?と、言いたいところだけど・・・。ありゃ特位クラスのナバリでしょ。
伝説級のがしゃどくろだもんな。三大怨霊にも筆頭しそうだね。」
「それにしてはプレッシャーが一切無いな。自由に動ける。」
「お兄ちゃん・・・。」
「なぜ閉じ込められたかは不明だが、俺達のように結界内に閉じ込められた術士が数人いた。
合流して情報収集、可能ならば本部と連絡を取った方がいいだろう。」
「この中じゃ圏外だもんね。」
「夏海も俺達といろ。」
「嫌!アタシはお兄ちゃんのとこに行くよ。お兄ちゃんを助けなきゃ!」

 


焦って冷静さを失っている夏海に、嵐は少しだけ背を丸め目線を合わせてやる。


「落ち着け夏海。お前の位は六位。あのナバリは一位以上で確定だ。行けば透夜の足手まといになる。」
「そうやっていつもお兄ちゃんを一人にするじゃん!誰も助けてくれなくて、孤独で戦い続けてるんだよ!?」
「お前が敵に捕まれば、透夜は必ず自分から手を上げて降参する。夏海が何より大事だからだ。
透夜を困らせるな。お前が安全な場所にいれば、透夜は安心して戦える。
自分の実力を見つめ受け入れるのも強さのうちだ。」
「でも・・・。」

 

バサリと音がして顔を上げると、灰色の鳥が羽を広げながら舞い降りてきて、嵐の肩に乗った。
夏海達もよく知っている灰色鳥が嘴を開けた。

 


『夏海ちゃんも来ていたんだね。』
「誠司さん!」

 

聞こえて来たのは使い鳥の主、日室誠司の声であった。


『現時点で結界内から本部への連絡不能。僭越ながら、会長補佐役の僕が連絡係と指揮をとらせてもらうよ。』
「異論なし!」
『視認してると思うけど、一位レベルのナバリ、がしゃどくろが顕現。
特位の透夜くんが対応してくれているんだけど、彼から伝言がある。

この結界を張っている結界術師を見つけて拘束して欲しい、とのことだ。
君たちの場所はもうマーキングしたから、合図くれれば透夜クンに伝わるようにしてある。僕はこのまま他の術士とも連携を取るから、後は頼んだよ。』
「わかった!」

 


灰色鳥は忙しく羽を動かして、空の向こうに消えていった。

 

「アタシ、渋谷で一度この結界に捕らわれたから特徴覚えてるよ!リベンジ出来るし、お兄ちゃんの役にも立てる!」
「急にやる気を出しおって・・・。嵐の説教が馬に念仏ではないか。」
「夏海ちゃんらしくていいじゃないッスか。」

 


水色の雲から、再び何体もの骸骨達が現れ夏海達に向かってきた。
夏海達は表情を引き締め、構えた。
斧を構えた嵐も、夏海を守るように一歩前に出る。


「全部相手にしている時間はない。突っ切るぞ。」
「アイアイサ―!」
「嵐さんは頼りになるなぁ♪」
「術士として経験が一番長いのお前だろうが、陰陽師。」


ハハ、と軽快な笑顔声を漏らした頼安は、地面に片膝をついて、手で印を結んだ。


「式神召喚、小狐丸。複製増幅<コピー&ペースト>、六式!」


頼安の前に、黄色みが強い茶色の小狐が一匹現れ、それが六匹に増えた。
夏海の膝より体高が低く小さかったが、一斉に骸骨に飛びかかり関節を攻めたり首に噛みついたりして、あっという間に三体倒してしまった。
小さな狐だが勢いは凄まじい。
負けじと夏海も骸骨に殴りかかったり蹴り飛ばしたりして数を減らし、二人を守るように嵐が斧を振るう。
嵐は術士の家系で生まれたわけじゃない一般人だったが、子供の頃からナバリを認識できて、自然と術士になった。
伸縮可能な武具・斧は師匠の形見だと聞いた。
他人を信用しない兄が心を開き、尚且つ共に行動をすることを許す貴重な先輩達だ。
夏海にとっても、知り合いがいない協会の中で数少ない顔見知り。
おかげで、少し冷静になれた。
家を襲った少年は石を狙っていたのに、穴が開いた途端夏海を此処に飛ばした。
石は消えて、此処は渋谷と同じ中に居る人物を外に出さないための結界。
そして、特位クラスのナバリと戦わされているお兄ちゃん。
水色の霧から、骸骨達は絶え間なく湧いてくる。


「頼安さん、ビルの屋上を渡ろう。骸骨ウザイし、結界術師も高いとこにいた。」
「高いところって、まさか・・・。」

 


小狐を操りながら、頼安は視線の向こうにある横浜で一番高いビル、ランドマークタワーを見た。
ここからだとまだ距離はある。


「辺り一帯を見渡せる場所。可能性はゼロじゃないな。高所は雲も届かない。」
「ジリ貧になるのも嫌だし、賭けてみるかぁ。透夜クンみたいに転移術使えないから、地道に行くよ!」
「ラジャー!」

 

頼安の掛け声を合図に、白虎が咆哮する。
口から青いビームを噴射して骸骨達を一線に焼き払う。
出来た隙間に夏海と嵐が走る。
膝をついていた頼安が手で印をいくつも重ね、足下に別の陣が現れる。
重ねて呪文を唱えると、陣の中から札が何枚も飛び出してきた。
ただの紙であるはずの札は走る夏海と嵐が目指すビルの壁に足場を作った。
それを踏み込んで上へ上へ登っていく。
二人が無事屋上の縁を踏んだのを確認してから、乗れ、と低い声を出した白虎の背に頼安が乗る。
白虎もまた札を渡り、軽々と飛んで最寄りビルの屋上に着地した。

 


「頼安さん、そのまま白虎に乗せてもらっててよ!」
「ふぇ!?あ、うん。そうだね・・・。よ、よろしくお願いしますぅ。」
「振り落とされるなよ。」


二人と一匹は走り出し、密接したビルとビルの間を飛び越え、眼前にそびえ立つランドマークタワーを目指す。
狙い通り水色の雲は足下にしか漂っていないため、骸骨達に邪魔されることは無くなった。
隣接したビルが遠い時は後方で白虎に乗っている頼安が札で足場を作る。
夏海と嵐はパルクールを楽しんでいるような身軽さで次々と障害物を飛び越えていく。
四車線ある拾い道路の上を渡って、ランドマークの手前にある高層ビルまでたどり着いた。
あと少し、といったところで突然白虎が叫んだ。


「避けろ!」

 


一足早く反応した嵐が夏海を抱えて左に避ける。
頼安を乗せていた白虎も急ブレーキをかけた。
今二人がいた箇所のコンクリートが、お椀のような形に深くえぐれていた。
見覚えがある攻撃に夏海がハッと顔を上げた。
―・・・いる。ランドマークタワーの上に影が見える。
きっと、いや、絶対的に渋谷駅で対戦した術士だ。


「あの術士、かまいたちみたいな風の術放って近づけないようにするの!」
「地の利を得て死角なしってか。」
「どうする。此処じゃ狙われ放題だぞ。」
「アタシが囮になるから、二人は隙をついて上を取って。」
「囮なら俺が。」
「いや、アタシにリベンジさせてよ。此処なら障害物もないし、明るさも広さも十分。」

 


夏海が上を睨みながら、両腕をだらんと下に降ろした。
足下から青白い風が巻き上がり、腕と足の筋肉が目に見えて太くなり、手が二倍にも膨らんで爪が異様に伸びた。
顔を上げた夏海の瞳孔は長細くなり、口から牙のように伸びた犬歯が覗いている。
再び頭上から透明な空気の渦が襲い掛かった。
夜に解け見え辛い攻撃を夏海は本能で避け、そのまま真っ直ぐ走り出す。
頼安が空中に階段上に作った足場を伝って、三百メートル近くあるタワーの頂上目指してどんどんと上へ昇り始めた。
何度も何度もかまいたちの風は頭上から降ってきたが、後ろに続く白虎に乗った頼安が器用に新しい足場を用意してやると、夏海は右に左に避けながら更にスピードを上げる。
人影がハッキリしてきたところで、夏海は札の足場を強く蹴って飛び上がった。遅れて斧を構えた嵐も続く。
屋上のヘリポートの白ラインが見下ろせるぐらい高く飛び上がった二人が見たのは、術士と思われる人物の焦った顔だった。
慌てて頭上に現れた夏海達に手をかざすが、術士の体に紐のようなものが絡みつく。
それは屋上に到着した頼安が召喚した式神・ガマガエルの長い舌。
頭上の二人は囮だと気づいた時には、ヒィと小さい悲鳴を上げて術士はガマガエルの口に呑まれてしまった。
夏海と嵐もヘリポートに着地する。
夏海の容貌は元に戻っていた。

 

「頼安さん、ナイス♪」
「二人もナイス囮。」

 


ガマガエルが再び大きく口を開いて、飲み込んだ術士を吐き出した。
コンクリートに転がった人物を見て、三人は改めて驚きの声を上げる。
気絶している術士は、セーラー服に紺のカーディガンを重ねた若い女の子であった。
一つ縛りにされた髪色も紺色で、一部だけ緑色のラインが入っている。
外見からは、生真面目そうな学生に見える。

 


「この子が結界術師?あんな強力なかまいたち攻撃までしてきたっての?」
「夏海と歳は変わらなそうだが・・・。とにかく、拘束して日室さんに報告だ。」
「術士気絶したのに、結界解けてなくない?」

 


頭上を見上げても、辺りを囲っている藍色の膜は掛かったまま。
このタワーが高すぎて下の様子は窺えないが、がしゃどくろが動くガシャガシャという雑音は聞こえ続けている。

 

「てっきり、結界が解けてどくろも消えると思ったのに・・・。」
「あ、日室さんの鳥だ。こっちの状況把握してくれたみたい。お兄ちゃんに知らせてくれるよね。」

 


夏海が頭上を旋回する灰色鳥に手を振ったと同時、灰色鳥が真っ二つに引き裂かれた。
割れた体の間に、赤い点が見えた。点はあっという間に膨らみ、空から赤い塊が高速で落ちてきた。
落下物がヘリポートに穴を開け、足場が粉々に砕け破片が飛び散る。
落下によるの轟音のせいで白虎の唸り声がずいぶん遠くに聞こえた。
それは、むくりと起き上がった。
二足歩行の赤鬼だった。
赤い肌、髪の間から覗く二本の角。大きく避けた口からは牙が上向きに生え、涎が垂れている。
首から二の腕にかけて脈打つ程の分厚い筋肉が付いており、身長は二メートルを軽く超えている。
初めて見る鬼から放たれるプレッシャーに怖じ気づいて、無意識に一歩後退してしまう。
が、そこで夏海は、鬼がジーパンをはいているのに気づいて一気に現実が分からなくなってしまった。
上半身は立派な鬼。だが下半身はジーパンにスニーカーといった人間の出で立ち。
眼前の鬼は、近くで転がって気絶しているセーラー服の少女を見て、ニヤッと笑った。

 


「なんだよ、藍佳ちゃん。やられちゃったのー?威勢良く啖呵切った割にあっさりやられ過ぎじゃなーい?」

 


鬼の口から出たのは、人間の男の声だった。
くすんだ様子が一切ない、はっきりとした声音。
話し方もフランクで緊張感がなく、ナンパでもしてるような気軽さといやらしさがあった。
三人がプレッシャーで何も出来ずにいるなか、鬼の男は床で眠る少女を軽々と抱き上げた。

 


「今夜殺しは無しだって言われてるから、お前らは見逃してやるよ。」

 


そう言い残し、鬼が踏み込んだことで更にヘリポートの表面が粉々に割れ、上に飛んだ鬼は少女を抱えたまま、高さ三百メートル近くあるビルから飛んで消えた。
三人ほぼ同時に地面に膝をついて体制を崩した。
夏海は両手を地面につきながら、荒い呼吸を繰り返す。

 


「なにアイツ・・・あんな、ふざけた見た目のくせに・・・。」
「ああ。プレッシャーで息すら出来なかった。」
「嵐さん。こないだ調査しに行った家でさ、透夜クン、犯人は鬼だって言ってなかったっけ?」
「アイツだろうな。」
「白虎、今の何。」
「わからん。半分は確かに人間だが、放つ霊気は鬼そのものであった。しかも現代ではあまり見なくなった、霊体ではなく肉体をちゃんと保持しておる鬼だ。」
「どうしよ、結界術士逃がしちゃった・・・。お兄ちゃんが練ってる計画、邪魔しちゃったかな・・・。」

 

再び空を仰ぐと、誠司さんの灰色鳥が空に見えた。
旋回しながら、一度だけ大きく鳴いた。

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