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第一部 青星と夏日星 4

「ただいまー。」

 


玄関が開いたと同時に聞こえた声に、夏海は携帯をソファーに投げリビングから玄関に走った。

 

「お帰りお兄ちゃん!!」

 


ダルそうに靴を脱いだ兄は一瞬で現れた式神まろんに鞄を預け玄関から家に上がった。

 


「なんかほこり臭いよ。」
「土っぽいとこで仕事だったんだ。飯食ったら風呂入る。」
「すぐご用意いたします。」

 


手洗いをするため洗面所に入った兄の背中を見送り、まろんを追って台所に入る。
まろんが味噌汁を温めてくれている間に、兄専用の水色テーブルクロスと箸置きをテーブルに並べる。
まろんがお盆で運んでくれた夕飯は、夏海が食べたものと同じメニューだが、ハンバーグは1.5倍大きく、お茶碗には山盛りのご飯が盛られていた。兄は育ち盛りなのか細身なのによく食べる。
律儀にいただきますと手を合わせてから食事を始めたので、夏海の席である向かいの席に腰掛ける。
食事を取るわけではないので、ソファーから救出した携帯をいじる。
まろんはお風呂を入れに洗面所に向かった。

 


「バックは買えたのか。」
「うん、おかげ様で。」
「そうか。」
「ねぇ、次はこの仕事受けていい?」


術士協会アプリの画面を兄に向ける。
ハンバーグをもぐもぐしながら身を乗り出して画面の内容を確認する兄は、目を少し左右に振った後、背もたれに体を戻した。

 


「いいよ。」
「やった♪」
「また金が必要なのか。言ってくれれば振り込んでやる。」
「いいよ。遊ぶお金ぐらい自分で稼ぐ。」
「俺の金と、本家からの仕送りだ。遠慮することはない。」
「お金云々より、春からやっと協会入れたんだもん。仕事こなして位上げたいの。最強術士の妹が五位のままじゃ恥ずかしいよ。」
「あっそ。」
「それに、お兄ちゃん来年には高校卒業でしょ?将来のために少しでも貯金しなよ。」
「お前が心配することじゃない。」


兄は綺麗な作法で味噌汁すする。

伏せ目がちになると長いまつげが際立ち、涼しげな目元は妹の夏海から見ても美しい。

仏頂面さえなければ整った顔立ちをしているのだが、いつも眉間に皺を寄せているせいでイケメン具合が半減している。

残念ならが、自分達兄妹は顔が全く似ていない。

昔、知り合いのおじさんが言っていた。

透夜君は冬、雪景色の中凜々しく咲く上品な椿で、夏海ちゃんは真夏の太陽の下で笑う太陽みたいだねって。

つまり、真逆。

肌だって、自分は色黒なのに兄は色白。特にケアもしてないのにもちもちつや肌なのが憎らしい。

 


「俺が面倒みるって言ったろ。お前は好きに生きればいいんだ。金の心配はするな。」

 

 

彼ら兄妹に親はいない。
今は親が残してくれたお金と、身元引き受け人である七星の大人達の支援でやっている。
この一軒家も購入ではなく賃貸であるらしい。
心配ないと兄はいうが、今日だって、埃だらけになるまで働いてくれたに違いない。
兄は自分と違って術士のトップに立つ天才で、与えられる任務は命を失う可能性すらある危険なものばかりだ。
兄は涼しい顔で任務をやってのけるだろうが、妹の身からすれば、兄の安全と引き換えに得たお金はもったいなくて使えないし、恐れ多い。
といっても、今日食べたハンバーグも、いじっている携帯の通信料も、兄が稼いだお金と本家からの仕送りで手に入っている。自分はまだまだ子供で周りに頼らなきゃ食事も出来ないのだ。

 


「私も高校卒業したら一人暮らしとかしてみたいんだ。今から少しでも貯金しなきゃ。」
「お前が一人で生活出来るわけないだろ。米の炊き方すら知らないくせに。」
「家庭科の実習で習ったもん!」

 

兄がフフっと口端で微笑む。
最近難しい顔をしてばかりの兄が笑ったが嬉しくて、食事の間も短く言葉を交わす。
つけっぱなしになっていたテレビの前で白虎は伏せて眠っており、まろんはお風呂の準備を終え戻ってきた。
この家には式神が半分、人間が半分。
普通では無いけれど、普通になりたいとも思わない。
辛い思いなどしたことがない。
いつだって兄が守ってくれていたから。
夏海は兄が大好きだった。兄さえいれくれればそれでいい。
食事を終えた兄が椅子から立ち上がって風呂場に向かうので、当たり前に夏海も後ろをついていく。
が、さすがに振り向いて訝しげな顔を向けられた。

 


「お前・・・まさかついてくる気じゃないよな。」
「背中流してあげるよ~♪」
「遠慮する。それより勉強しろ。もうすぐ期末あるだろうが」


デコピンされて、洗面所兼風呂場の扉が閉められた。
子供の頃は一緒にお風呂によく入ったものだが、兄が一足先に思春期を迎えてからは別々に入るようになってしまった。
夏海は今だって一緒に入れるというのに。
それに、昔はよく一緒に寝てくれた。寝付くまで絵本を読んでくれたりお話をしてくれたというのに、自室に入れてさえくれなくなった。思春期というのは実に厄介だ。
仕方なく、夏海は二階の自室に入ってベッドに転がった。
言われた通り勉強をするわけもなく、適当に雑誌をめくる。
今年の夏コーデ特集とか、メイク特集。人気俳優のインタビューや占いコーナー。
当たり前の女子高生でいれることに感謝しながら雑誌を読んでいたが、
兄が風呂から上がった気配を察知して部屋に侵入しようとしたところ、再びデコピンをされて追い出されるのだった。

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