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1弾目

 

騒音と、銃声と、
怒声。


「コソ泥風情が!いっちょ前にチャカ持ってやがる。」
「僕が裏に回るっ。追い込んで!」
「誰に指図してんだコラ!」


迷路のように入り組んだ路地と昔ながらの石造り建築、精密さはないがモダンに配置された石畳。
歴史ある旧市街の裏路地は普段とても静かであるのに、今はとても騒がしかった。
2度目の銃声が響く。反響して天まで響きそうな音に耳鳴りがする。
家と家の間から覗く細い空はまだ眩い、真昼である。
背が低くて小太りの男が、路肩に止めてあるイエローのミニクーパーに乗り込もうとしているところだった。
背後から姿を現した少年に気づかず、運転席に大きな体を詰め込んだ。


「車泥棒も追加だな。リョクエン、よろ。」
『はーい。』


少年の左耳にあるインカムから返事か返ってきたすぐ後、ミニクーパーのタイヤがパンクした。
最初は右の前輪、次は右の後輪を。
小男がタイヤの異変に気づき、怒鳴りながらハンドルを叩く野太い声は少年の耳にも届く。

大きめの鞄を抱えたまま、小男が悪態をつきながら車から出てきた。


「そろそろ堪忍してくれないかな、おじさん。」


大人でも子供でもない声に驚いた小男は、大きなお尻をサイドミラーにぶつけていた。

白いシャツに黒いネクタイをきっちり巻いた、スーツ姿の15,6歳ぐらいの少年が仁王立ちしていた。

まだ成長途中のようで、大きめな茶色いを持つ整った顔は中性的である。

車のパンクが彼の仕業だと気づいた小男は、上着のポケットに無造作に入れたままだったらしい銃を取り出して躊躇いなく発砲した。
ー―引き金が引かれたその瞬間すら、少年は笑っていた。
少年が軽く身を左に捻ったと同時に、小男の握っていた銃が空を舞った。
小男の左脇で、黒髪で小柄の少年が右足を高く上げているところだった。下から男の手ごと蹴り上げたらしい。
黒髪の下にある赤い目が、揺らぐ前髪越しに睨みつけてくる。
黒髪の少年は蹴り上げた右足を下ろし、軸足の体重移動を素早く済ませると体を傾け、男の胸元を蹴り飛ばした。
か細い少年の蹴りとは思えぬ凄まじい一撃に、小太りの大きな体がミニクーパーの側面にぶつかり枠の骨軸が歪んだ。
男が衝撃から解放され目を開けた時には、眉間に銃口を向けられていた。


「観念しろコソ泥。後ろに控えてる狙撃手も同時にお前の頭を狙ってる。」
「まさか僕たちの縄張りで泥棒働く勇気があるとはね。他所の人?」
「なに呑気なこと言ってんだバカマヒト!さっさと撃てばいいものを、手ぶらで出て行きやがって。」
「マテバは整備中なんだもん。」
「その空っぽの頭をさらに風通し良くしてやろうか。」
『ヤマトくんは心配したんだってよ、マヒトさん。』
「黙れリョクエン…。ハァ・・・コイツ縛るの手伝え。腹減った。」
「ラジャー。」


捕まった男は大人しく少年たちのお縄につきながら、内心で震えていた。
銃撃を笑いながら避けてみせた茶髪の少年に、恐ろしく身体能力が高い黒髪の少年。
狙撃ポイントをわからせない狙撃手。
――噂に聞いたことがある。
マフィアではないが、マフィアのような組織に属する連中が、このリセルの街を守っている。
彼らは皆若く、何かしらの特異点を持った猛者であり、リセルで悪さをすれば必ず痛い目に合う。

そう聞いていたのに、男にとっては後の祭りであった。

 

 

リセル町郊外


木々が茂る静かな地域の外れに、土壁と煙突が特徴的な2階建ての家があった。
住宅地からは孤立し一軒だけポツリと建つその家は、庭が広いのだが背の高い木に囲まれ、

外から内側を覗かせないように姿を隠しているようであった。
玄関が開いて、ぞろぞろと足跡が響いた。


「ただいまー!」
「おかえり、みんな。昼飯出来てるぞ。」


キッチンで出迎えたのは、人のよさそうな20歳前後の好青年で、大皿をテーブルに運び終えエプロンを解くところだった。
6人掛けの大きなテーブルに、黒スーツを纏った少年たちが集まり、皆上着を脱ぎネクタイを解いた。


「ちゃんと手洗ったか?」
「もうアキ兄!いつまで子供扱いするのさー。」
「ハッハ。つい癖でね。強盗ごときに朝から動かして悪かったね。」
「ピンでやってる田舎モンだったぜ?チャカもどっかで盗んだんだろ。」
「ンー、アキトさんのパエリア相変わらず絶品。」
「っおい、リョクエン!手が速いな!」
「お腹空いてたんだもの。」
「ヤマトも食べなさい。君の好きなカルパッチョもあるよ。」
「やった。…って言ってるそばから俺の分取るなマヒト!」
「早いもの勝ちだよ~。」


その家は、彼らの家だった。
男ばかりの5人暮らし。
マフィアとは違うが、マフィアのような組織ガラッシアに所属している彼らは
数年前にチームを組まされ、以来同じ屋根の下で暮らすようになった。
皆身寄りがなかったこともあり、自然と集まったのかもしれない。
組織は野蛮で暴力的で、幼子にも武器の所持をさせるが、銃刀法がない無法地帯リセルでは割と当たり前なことである。

今朝は銃を使ったが、普段の仕事内容は何でも屋に近い。道路の修理とか、猫探しとか、祭の手伝いとか。
リセルの為に居る、リセルを守る組織。それがガラッシアである。
この辺り一帯を牛耳るマフィア・ブラッティマリーとも仲良くやってるし、腰に銃は下げていても
彼ら―とりわけマヒトという少年にとって、今の生活は最高で、刺激的で、満ち足りていた。
それに彼には、家族がまだ残っている。
兄のアキトだ。
孤児ばかりあつまるガラッシアで、血の繋がった肉親がいて、尚且つ一緒に住んでいる例は極めて珍しい。
兄のアキトは優秀で、とても頭がいいのであっという間に組織の中で頭角を現し
彼らのチーム“クインタ"のリーダーになると名声と地位を与えてくれた。
こんな大きな家に住んで、美味しい料理にありつけるのも、兄のおかげだ。(兄は料理上手という意味も込めて。)


「騒がしい…。飯ぐらい静かに食えんのか、お前らは。」


大皿の上に乗っていた料理の半分が無くなった頃、暗青髪で長身の男がリビングに入ってきた。

年は少年達より上で20代半ばぐらい。スーツを着ていても筋肉質な体つきがよくわかり、眉が太く端正な顔立ちをしていた。
青年達のように上着を脱いで、テーブルにつく。


「お帰りタカヒトー。」
「マヒト、チーズついてるぞ。」
「隊長は朝からどこ行ってたんです?」
「バカリョクエン。女のとこに決まってんだろ~。」


ニヤニヤしながら茶化すヤマトの頭を叩いて、隊長と呼ばれた男はテーブル上のパンを取る。
男はこのチームのサブリーダーであり、少年達の師匠である。

ヤマトとリョクエンは尊敬の意味も込め隊長と呼んでいる。
部隊ではないのだから、その呼び方はどうかと思うと苦言を呈した事もあったが、もう馴染んでしまったようだ。


「十六夜亭だ。頼んでおいた品と、世間話をな。ついでにお前のマテバ受け取ってきたぞ、マヒト。」
「ありがとー。」
「いい世間話聞けましたぁ?」
「南のカモッラ同士の抗争と、ブラッディマリーの功績が少々。」
「ハー怖い怖い。僕は美味しいご飯が食べられればそれでいいな~。」
「全くだ。」


リビングに置いてある黒電話が鳴った。
フォークを皿に戻し立ち上がったアキトが電話に出た。ピザを頬張りながら、目線だけで兄の様子を伺うマヒト。
電話は長くなかったが、受話器を置いた兄の晴れない顔で、よくない電話であるのは察した。


「タカヒト、戻ったばかりで悪いんだが、車出してくれるかい。」
「本部か。」
「ああ。上層部からの緊急の依頼だそうだ。マヒト、」
「片づけはちゃんとしとくし、タカヒトの分のご飯も取っておくよ。」
「出かける時は戸締りも頼んだよ。」


アキトはソファーにかけてあった上着を取って、タカヒトを共だって出ていった。
残された少年たちは、食べる手だけは止めなかった。


「本部が電話かけてくるほどの依頼なら、面倒くさそうだな。」
「僕らも動くのかな~。」
「武力行使が必要なら、当然リーダーは俺らを使うだろう。」
「マヒトさん、どうしたの?」
「んー。なんか…。」
「なんだよ。」
「なんでもない。」
「あ"ぁ!?」


もどかしい返事に短気なヤマトが苛立つが、マヒトは次のピザを手に取った。


「面倒な仕事で忙しくなる前に、午後はどっか遊び行こうよ。」
「…なるほど、面倒な仕事が降りかかるわけか。」
「マヒトさんの予言めいた勘当たるからね~。今のうちに羽伸ばしときましょうか。」
「それよか…お前。ちゃんと隊長の分取っとく気あんのかよ。食い過ぎだ。」


バジルソースのモッツアレラピザは、もう残り1切れとなっていた。

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