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♥♦♠♣14

 


「ホラ、飲め。」


タカヒトが差し出したカップを受け取り、力なく礼を言う。
重い空気に包まれたハーティアの談話室には、モモナとグラスが居て、先程報告を終えたばかりだ。
マヒトが座るソファーの隣にタカヒトも座り、髪を乱暴に撫でつける。


「お前は悪くないんだ。落ち込むな。」
「そうですよ、マヒトさん。」
「あのまま通信を切らなければ・・・、異変に気づいて駆けつけられたかもしれないのに、って・・・」


目頭が熱くなり、顔を伏せた。


「結果論に過ぎないさ。」
「わかってる・・・。」


現実が変わらないのは、マヒトは痛いほど知っている。知っていても、思わずにはいれないのだ。
もしも、と。
談話室にアキトが戻ってきた。


「サヤはサキの隣に安置しました。今ミヤコさん達が最後のお別れをしています。」
「火葬か埋葬か、なんて今は聞けないか。」
「サヤが安らかに眠れるようハートは全力でサポートする、とだけ伝えておきました。」
「今夜ぐらいは何も起きない事を祈ろう。」


グラスはソファーの背もたれに首を預け天井を仰いだ。


「ハーティアの反乱から始まり、ダイヤの消滅、そしてクラブ・・・。これだけの難儀を全て短期間でやってしまうとは、ツジナミさんは恐ろしい。」
「スートも残り2本です。」
「つ、次はハーティアが狙われるのでしょうか・・・。」


手を合わせ不安を口にするモモナ。


「可能性は十分ある。オニキスが最大限警戒してくれてるから急襲の心配は極小。戦闘が始まった場合総合力はこちらの方が高いが、

ケイセイ君はかなりの策士だ。小さな穴でもこじ開けてくるだろう。怖いのはどんな奇策でくるか、だ。」


天井に向かい独り言のようにブツブツ呟くグラス。
アキトは彼の向かいに腰かけた。


「そのツジナミさんとやらの目的が<ジョーカー>への復讐なら、スートを一本化させる手伝いをする必要ないのでは?」
「スート統一が世界改変の条件だとツジナミさんが知っているとしたら、彼は改変を乗っ取りたいんじゃないかな。」
「改変の力はヘミフィア王が扱えると聞きました。力を横取りした<ジョーカー>ならともかく、一般人です。」
「一般人じゃないとしたら?」
「え・・・?」


グラスが頭を元に戻し至って真面目な険しい顔を向ける。


「真名を取り戻した僕やマヒトでさえ彼を知らない。
にも関わらずマヒトがヘミフィア王家の皇子ということも、戴冠式前という事実を知っていた。

ヘミフィア王家は王と王妃以外民衆の前に姿を見せなかったし、極一部の人間しか接触出来なかった。

マヒトに至っては超トップシークレット扱いだった筈だ。
次期王の顔も名前も知ることが出来たのは、両親と護衛、宰相周辺、クルノア王と王妃、僕と兄さん、許嫁のサキ、他数名の召し使い。
この中でマヒトも僕も知らないとなると、宰相周辺の権力者か護衛兵の誰か。」
「・・・確か、ヘミフィア王家の護衛隊長は寺院で一番偉い僧侶の娘と結婚したんですよね。

武家が神仏の娘と結ばれるなんて、と貴族が噂話をしていたのを覚えてます。その護衛隊長が・・・?」
「恐らく。娘さんがリセルの根源となる力を持っていたのも母親が原因と考えれば頷ける。

あの強さも頭の良さも隊長なら納得だし、隊長と言えど王族の前に姿を表してはならないって点で、

向こうが知っていてマヒトが知らないという問題も解消する。

マヤーナの恩恵を受けた人間ならヘミフィア王の力を操れる可能性はゼロじゃない。」


グラスは再び頭をのけぞらせて、天を仰ぎながら短く唸る。


「ツジナミさんの正体わかっても問題解決はしないんだけどねー。生憎、もう王族への忠誠心は無いみたいだし。」
「あ、あの・・・話をちょっと戻してもいいですか?」


モモナが小さく挙手をする。
首を勢いよく戻すグラスが険悪さを引っ込めて少女に頷いてみせた。


「もちろん。どうぞ。」
「ツジナミさんって人は、直接<ジョーカー>を襲いにいかないのは何故ですか?<ジョーカー>の拠点は誰しもが知ってるじゃないですかぁ。」


スートの人間は、生活に必要な最低限の食料や物資を定期的に<ジョーカー>から受け取ることになっている。
その時向かうのが、世界の外れにある真っ黒な壁だ。
壁を建物3階分ぐらい切り抜いたへこみに受付があり、その横の広い倉庫から物資を運んで各自のスートに配るのだ。
そのへこみの上にガラス窓がいくつかあり、<ジョーカー>はそこに居ると考えられている。


「あそこが確かに拠点だとしても、いるのは猫とかウサギの使い魔だけ。改変を行なって世界をこんなにめちゃくちゃにした根源は人間だ。

<ジョーカー>の中枢であるそいつ、もしくはそいつらは易々と引きずり出せる存在じゃないと、僕もツジナミさんも思ってる。」
「ヘミフィア王の力を完全とは言えないが使える人間だ。拠点に住んでたとしても、ウサギ達に取り抑えられたどり着けないだろうね。」


アキトも同意する。


「じゃあ、復讐するにも相手が雲隠じゃ出来ないですよね?」
「だからツジナミさんは、<ジョーカー>の最終目標であるスート統一を自ら早めて、術式の最終点に立ち会おうとしてるんだよ。

ハートかスペードか、どちらか最後に残ったスートフラッグを<ジョーカー>が儀式に使用すると誰しも読む。

雲隠れしたままじゃフラッグは握れない。
つまり、何をするにしても奴らはどこかしらに姿を現す。その瞬間をツジナミさんは待っている。」
「うーん・・・。」


モモナは額に指を当てて、話が理解出来ないというよりまだ納得いかない、という顔をする。
眉を寄せて、考えを巡らせる。


「モモナ、なにか引っ掛かる?」
「はいー。ツジナミさんは復讐なんてしないで、世界改変を元に戻すよう<ジョーカー>に言った方がいいんじゃないでしょうか。

家族に会いたいって想いは復讐より強いはずです。」
「・・・そうだね。改変した世界ではない、二度と戻らない時間を生きてるなら失った命を諦め憎しみに走れる。

けど、改変という希望は残ってる・・・。ツジナミさんなら成功率は無視して策をいくつか練れるはずだ。」
「それと、もう一つ・・・。」


再び小さく挙手をして、半身前のめりになりながら口を挟む。
チラリと、マヒトを見ると少し声を落とした。


「<ジョーカー>が目指す改変にはヘミフィア王の力を使うんですよね?でもクルノア王家の守りのせいで書き換えしか出来なくて、

スートという術式を一つ一つ解くしかなかった、とサヤさんは言ってました。
更に、前ヘミフィア王の力は弱かったとも言ってたんですよね・・・?なら、大本命となる全次元改変はマヒトさんの方が良いのでは?」
「そう思ってたけど、戴冠式の問題が出て来ちゃったからね~。前王は亡くなったとしても、

しきたりによりレガリアを授与しないと正式な王と認められない。」
「サヤさんも、きっとそのこと知ってましたよね・・・。」
「・・・・・・矛盾してきたね、色々。」
「伝えるのを忘れていた。」


壁際のソファーでマヒトの頭を抱いて慰めていたタカヒトが、いきなり声を上げた。


「前ブルーソード司令塔シベリウスから伝言だ。“ヘミフィアの剣は女王が持っている”」


離れた場所にいても息を呑む音が届き、グラスがいきなり立ち上がった。


「剣、だと・・・?」


驚愕の表情で固まるグラスをアキトが伺う。


「どうしました?」
「詳しくは知らない・・・。多分兄さんがよく知ってるとは思うんだが―ヘミフィア王家の受け継がれしレガリアは剣だと聞いた。」
「じゃあ、その剣こそ・・・。」


急に脱力したグラスはドスンとソファーに落ち額に手を当てた。


「マヒトはまだ狙われないだろうとたかをくくり過ぎた・・・。剣をマヒトが手にすれば立派な王様だ・・・。女王とは誰のことだ・・・。」


同じ部屋にいながら、どこか遠くで行われている会話を聞きながら、マヒトはタカヒトが煎れてくれた紅茶の水面をぼんやり眺めていた。
マヒトは、剣を持つ女王が誰なのか薄々気づいていた。だがグラスに言う気力が湧かず、口も動かなかった。
女王が持つ剣を受けとれば、ヘミフィア王だけが使える世界改変の力が手に入る。
そうすればツジナミさんの家族も、記憶にうっすら残る母親を含め自分の家族と国を救える。
実に素晴らしいことじゃないか。
万事元通りの偉大な力のはずなのに、マヒトは出来ればその剣に触れたくないと思っていた。
体か心に刻まれた認識出来ない不確かな記憶が、警鐘を鳴らしている。
改変の力も、世界の真実も、何も知らないからかもしれない。
ヘミフィアの剣と聞くだけで、逃げ出したい衝動に駈られるのだ。
いやだ、逃げたい。見たくない、受け入れたくなんて―――。
マヒトの異変に気付いたタカヒトが顔を覗き込む。


「どうした?」


マヒトは答えず、タカヒトの肩に頭を預ける。
この人に触れていると、こんなにも安心するのは何故だろう。
やはり、以前の世界で兄弟か何かだったのだろうか。


「タカヒトは、過去を変えたり世界を変えたりしたいと思う?」
「さあな・・・。こんな歪んだ無秩序な世界から出れるなら喜ばしいことなんだろうが、大事なのは、大切なものをいかに守るかだ。」


タカヒトは右手でマヒトの髪を優しく撫でてやる。
幼い子供をあやすように。


「僕はもう、大切な誰かを失うのは嫌だ。」
「ああ、俺もだ。」


マヒトはそのまま瞳を閉じた。
相変わらず少し離れた場所で三人は議論を重ねているが、我感せずとばかりにマヒトは世界を切り離した。
しかし、世界は談話室に入ってきた面々によって再び繋がれる。
クラブのメンバーだった。いや、元クラブの人達。先頭にいたミヤコが真っ直ぐグラスの側まで進みでる。


「グラス様、お願いがございます。」


いつになく緊迫した様子に、グラスも姿勢を正した。


「なんだい?」
「私共を、ハートに入れて下さい。」


モモナが驚きの声を小さく漏らし、アイザーも同様にミヤコを見上げている。
元クラブの面々は深々と頭を下げた。


「サキ・・・いえ、サヤの願いを私共が継いでいきたいのです。その為には、役目が必要なのです。」
「願い?」
「サキの幸せが、あの子の望みでした・・・。あの子は、本当に他人のことばかりで、自分の願いなど考えてもおりませんでした。

だからこそ、私達はマヒト殿下とサキ本人と共に、いさせてあげたいのです・・・。支離滅裂な話だとは分かってはおりますが、どうか・・・」


美しい女性の頬に、一筋の雫が流れた。
この人達にとってサキは一人なのだ。彼女を取り戻すあがきをしたいのだろう。
グラスは首だけ回しマヒトを伺った。少年は力強い瞳で頷いた。
ミヤコに顔を戻す。


「了承した。貴女方3名、確かに引き受け―――、」


突然、談話室に巨大な白猫が現れた。



「ケ、ケイトちゃん!?」


前回のゲーム前に出席確認を行なった<ジョーカー>の使い魔は、珍しく雌型で、固有名詞を所有していた。
愛らしい姿でモモナのお気に入りとなった猫だ。
黒いモヤがマヒトの斜め前に現れ、オニキスとフランソワーズが主を守るように立ち塞がった。
警戒心を隠そうともしない二つの目線を特に気に止めず、白猫は黄色い瞳でグラス達を映しながらヒゲをピクつかせた。


「前クラブの皆皆様のハート入り、承諾出来ません。」


ソファーに座ったままのグラスが注意深く目を向ける。
彼の横では、眼帯に手を当てたアイザーが警戒をしていた。


「役の指名はナビゲーターに一任されているはずだ。お前達はスートからスートへの移動を決めるだけだろ。

クラブが消滅した今、クラブでの役は無くなり、移動ではない。彼等を受け入れたのはハートだ。」


警戒心、とまではいかずとも探るようなグラスの言葉を金色の瞳は特に感情の無い様子で受け止める。


「貴殿方に与えられた権限は正当です。ですから、役の指名をお待ちくださいと、お願いに参りました。」
「お願い、だと?」


グラスが背もたれから身を離し前屈みになる。


「この通信は全スート同時じゃないのか?」
「ハートの皆様のみです。役移動のお知らせではないので。それに通信ではありません。」


モモナが立ち上がり、アイザーの制止を聞かずに白猫に触れた。
少女の指は確かに、白猫の体毛を撫でていた。


「実態!?」


今まで<ジョーカー>が彼等の前に現れる時は立体映像通信。
淡々と要件を伝え去って行くのが常だ。
どうも様子が違うらしい。白猫を撫で続ける少女を一旦下がらせる。


「彼等を受け入れない、その理由は?」
「申し上げられません。」
「なに・・・?」
「申し上げられないのです。」


グラスは眉根をグッと寄せる。


「随分勝手な言い分じゃないか。理由が聞けないなら、こちらは拒否出来る。命令じゃないんだろ?ケイトちゃん。」


白猫の名前に幾分か嫌味を込める。猫は表情一つ変えなかった。猫自体に表情などないのだが。


「はい。<ジョーカー>である私はルールを侵すつもりはありません。」
「その<ジョーカー>からお願いとは、こちらにどんな見返りがあるというんだ。」
「時期ではないということです。」
「なんの話だ?」
「今は何も。信じていただく他ありません。」
「信じろ・・・?ハハハ。不確証な言葉をお前達が使うとはな。」


ソファーの背に腕をかける。


「交渉不成立だな、<ジョーカー>。説得材料不足だ。こちらが得する条件なりプレゼントなりもらわないと割に合わない。」


突き放すグラスの言葉に、ヒゲをピクリと動かした猫は、首をぐるりと回して離れたマヒトを目に映す。


「お願いいたします。」
「・・・。」


金色の真ん丸の瞳を真正面から捉えるマヒトの瞳も、不思議な輝きを見せていた。
交わる目線を、誰も邪魔出来ず、声も上げられず、実際には数秒でも体感的にはとても長い間見守っていた。
行き交うのは視線だけではなく、目に見えぬ威圧感が一同の口を閉ざす。
マヒトはソファーから立ち上がり、白猫の脇まで歩み寄り、間近でまた金色の双眸を見下ろした。


「わかった。君の言う通りに。」
「テメェ・・・!何を勝手なことを!」


ヤマト少年が身を乗り出したのを、今まで大人しく状況を見守っていたミヤコ女史が腕で制する。
右目が白眼の少年は白猫から目を反らさなかった。


「彼等の受け入れは認めるんだろ?」
「もちろんです。ありがとうございます、<ハートのキング>」
「マヒトだ。ケイト。」
「・・・・・・はい、マヒト様。」


白猫の使い魔はマヒトを見上げて大事そうに名を呟いた。熱心に少年を見上げる双眸を、グラスは真横でじっと観察できた。
白猫は首だけ軽く下げてお辞儀をした。


「時間です。突然失礼いたしました。」


頭を伏せたまま、あっけなく白猫は談話室から姿を消した。
<ジョーカー>が消えた事で漂っていた緊張感も一気に解け、その中でマヒトはまずミヤコを振り向いた。


「勝手にすまない。」
「殿下のその目には何かが見えておられたようです。私共は流浪の身、判断に従いましょう。」
「助かる。流石宰相の娘ですね。」
「お会いしたことは無かったはずですが・・・?」
「マコト兄さんから聞いたことあるのを思い出した。従姉妹のお姉さんは凄く頭良くて美人だって。」


少年は純粋な満面の笑顔を女性に向けた。
その笑みにはどこか気品と、自信が満ち溢れていて、もう少年というには失礼なのかもしれない。
体の内に元々存在していた血筋故の威厳が真っ直ぐな背筋一つとっても伺える。
ミヤコはスカートの裾を掴み、膝を折ってお辞儀をした。


「改めまして、マヒト殿下。クルノア王家をお支えしてきた宰相の長女、ミヤコ・アインス・フェル・クルノアでございます。」
「記憶いつから戻ってたの?」
「数日前に。サヤから真名を聞いてから徐々に取り戻しました。」


ミヤコは姿勢を戻すと、マヒトの向こうでソファーに座るグラスを見た。


「久しぶりね、マコトちゃん。」
「やあ、従姉さん。相変わらず美しい。」
「覚えてたなら言ってくれればいいのに、貴方も相変わらず意地悪ね。」
「フフ、その辺りは兄さんに似たせいです。」


特別な会話をする3人の間に、状況が全くわからぬヤマトが割って入る。


「おい!無視して違う話題で盛り上がってんじゃねえよ!俺達を役に入れろよ。サキ姉ちゃんの仇とらせてくれるんだろ!?」
「ヤマト、あの子はサヤよ。」
「サキ姉ちゃんだ!」
「強情な子ね・・・。私達は身よりのない放浪者になったの。受け入れて下さってる方々の決定に従うだけだわ。」
「このひょろいバカが勝手に決めただけじゃねぇか!」
「口を慎みなさい!」
「俺は元の世界なんて関係ねぇ!!」
「悪いね、ヤマト君。」


少年の背中に落ち着いたグラスの声が投げられた。
苛立ちだした少年は振り向く。


「我がハーティアはマヒトによって回っている。マヒトが決めたなら従う。」
「・・・あんたが司令塔だろ。情けねぇな。皇子がそんなに偉いのか。」
「君の言った通り、前の世界は関係ないさ。僕達はマヒトを心から愛している。

君がサヤちゃんに無条件で従い絶対の信頼を寄せていたのと同じに。」


思うところあったのか、少年は口を閉ざし拳に力を入れる。
俯く少年をマヒトは優しく声をかけた。


「すまない。今は大人しくしていてほしい。」
「あの<ジョーカー>を何故信じる・・・。」
「理由はまだ言えないけど、勘かな。」
「・・・理由があるならまだマシな勘だな・・・。サキ――サヤ姉ちゃんがお前を最期まで信じてたから、俺も仕方なく信じてやる。

ミヤコの言う通り、居候だしな。」


ヤマトが顔をあげ真っ直ぐマヒトを見上げた。
力強い赤味がかった瞳に、マヒトは礼を言った。

一段落した所で、モモナが小さく挙手をする。


「あ、あの・・・。巫女様であるサキさんを取り出したんだから、もうゲームは行われないんですよね?

でも、ケイトちゃんの口ぶりだと今後ゲームをやりそうな雰囲気でした、よね・・・?」
「はあ?バカだろ、乳女。ゲーム出来ないに決まってるじゃん。」
「ちち・・・!!?酷いですヤマトくん・・・!」


暴言を吐く少年の頭をタキザワが平手で殴りつけ、苦笑を漏らしたグラスが真顔に戻る。


「サキちゃんの役割はフィールドの形成だ。ゲーム自体の権利は<ジョーカー>が持ってるから、やろうと思えば行えるんじゃないかな。

今までみたいな完璧な迷路やトラップは無理だろうけど。」
「ゲームをさせない為にサヤ姉ちゃんが穴堀を考えたんだぞ?無駄じゃねぇか。」
「巫女姫奪還後のゲーム強行はサヤも予想してたはず。そうでしょ?グラスさん。」


タキザワが問う。
普段自己主張がなく影の薄い男だが、頭がよく切れることはグラスはとっくに見抜いていた。
今も、現状をよく理解し未来を見通しているようだ。


「その通り。ゲームは無理でも、ゲームという名の潰し合いはさせられる。」
「残ったスペードとハートをぶつける気か・・・。」
「しかし、巫女姫がいないからルールから自由になる。つまりだ。<ジョーカー>の監視なく好き勝手出来る状況が生まれ、

僕達がゲームを抜け出してスペードのフラッグを奪いにいける、と。サヤちゃんもそこを狙ってたハズだ。<ジョーカー>への反乱をね。」
「おお!フラッグを私達がゲットしちゃうわけですね!」
「そ。ツジナミさんの動きも一時的に止められる。一斉に攻撃の的にはなるが、時間稼ぎは出来る。」
「なんの時間稼ぎですか?」
「僕の戴冠式さ。」


グラスの隣に腰を下ろしていたマヒトが静かな声で応える。


「全く、マコト兄さんには隠し事出来ないね。」
「まあね。剣を持つ女王とやらに目星はついてるんだろ?」
「うん。前<ダイヤのクイーン>だ。」
「クイーンが?!」


かつて同じダイヤの仲間だった妖艶美女を思い出し驚くモモナ。
確かに謎だらけの人だった。
名を名乗らず、漂漂としながらも全てを見通し、ゲームには参加しない名ばかりのクイーン。
グラスは一際真面目な顔でマヒトの横顔を覗いた。
少し前、白猫の使い魔の条件を承諾した辺りから様子がおかしいことは、旧ハートメンバーにはお見通しだった。


「マヒト・・・。此処まできたらお前に全てを託すことになる。心情を正直に教えてくれ。

無責任なことはしたくないんだ。ちゃんと理解しあった上で―――」
「兄さんらしくないじゃないか。半ば強引にでも道を突き進んできたのに。」
「お前が迷ってるからだ・・・。」


グラスはマヒトの頭を抱き寄せ、一同に顔を向けた。


「すまない。話は中途半端だが解散にしよう。念のため、敵からの急襲にだけは警戒しててくれ。」


心配そうにマヒトを見たモモナを最後に皆退室し、残ったのはグラス、マヒト、フランソワーズだけだった。
抱き寄せた少年にグラスが優しく問う。


「どうした。言ってみなさい。」
「・・・。」
「戴冠式が嫌ならしなくていい。」
「でも、僕がやらなきゃ、この世界すら<ジョーカー>に消されてしまう。」
「考える。皆を守る作戦でも罠でも何でも考えてやる。マヒトのしたいようにしなさい。」
「・・・僕を、甘やかし過ぎだよ。」
「仕方ないさ。とことん甘やかしたいんだ。」


小さく笑みを漏らしたマヒトはグラスの胸から離れ座り直す。


「僕にもよくわからない。頭が混乱してるんだ。<ジョーカー>の狙い、ツジナミさんの狙い、サヤが残した可能性、サキの意味。
全てが意味があるように交わってるのに、全然関係ない場所に落とし穴があるような感覚・・・。」
「真実を見落としてると?」
「真実、じゃない・・・。なんていうか、・・・因果が隠れてる。」
「随分混乱してるな。」
「支離滅裂でごめんなさい・・・。」


ソファーに背中を預け、俯く。
いつになく泣き出しそうな、幼い表情になっている。


「他には?」
「戴冠式は、出来るならしたい。皆を死なせたくないし、元の世界に戻したい。やり方もわからないけど、力があるならやりたい。

でも・・・・・・、ヘミフィアの剣には、触れたくない。」
「どうして?」
「全くわからないんだ。剣に関して何も覚えてないのに、名前を聞くだけで怖くて仕方ない・・・。逃げ出したいぐらい・・・。」


少し前のめりになったグラスが顎に手を当てて考えだす。


「レファス家の戴冠式は僕も知らないし、剣の話もうっすら聞いたぐらい・・・・・・。やはり、兄さんに聞くしか―」
「ダメだよ。イツキ兄様は記憶を失ってる。」
「僕みたいに真名を知れば思い出すだろ。ヘミフィア第一王子、正当王位継承者がいつまでも外野に居てもらっては困る。」
「マコト兄さん・・・、今イツキ兄様の横には・・・。」
「ああ、分かってる。」
「ごめんなさい。」
「なぜお前が謝る?」


顎から手を離し、目を伏せたままの顔を振り返る。


「僕のせい。僕の力を狙って世界はこんなに歪んでしまった。」
「<ジョーカー>がお前の力を狙っているとはっきり分かってないだろう。戴冠式が成功するかなんて向こうも分かってないんだ。」
「うん・・・。」
「全く、参っちゃうよな。身分を忘れさせられてたのに、記憶を戻したら知らぬ間に責任が肩に積み重なってるんだから。」


グラスは弟の肩を抱き寄せ、頭を軽く合わせる。


「名前だの身分だの真実だの、全部忘れなさい。ただのマヒト、リディアでいた頃のお前でいい。ただ願いの為に進みなさい。」
「いいの・・・?」
「当たり前だ。僕も今まで通り、ただお前の願いの為だけに働く。結局、それが一番最適な答えだ。」


義兄の腕に抱かれ、マヒトはしばし考える。
頭をクリアにしたら、大分気分がすっきりした。名を取り戻してから、柵や責任に気をとられすぎていたようだ。
元来、このブラックボックスのような世界は自由だった。
欲望に自由、願いに自由。
ふと遠目から見れば<ジョーカー>の用意したのはそれほど悪い世界ではなかったのかもしれない。


「兄さん。」
「ん?」
「僕、また空が見たい。綺麗な青い空と雲、暖かい陽光を浴びて、芝生の綺麗な中庭でお茶をするんだ。」
「ああ。レファアス家の庭は素晴らしかった。」
「今度はモモナやアキト兄さん達、皆も一緒にあの庭で、笑っていたい。」
「その願い、一緒に叶えよう。」


肩の手に力が込められ、強く抱き寄せられ髪に頬づりされる。
マヒトは目をつむる。もう、迷うことはないのだ。
ふと、香ばしい華やかな香りが鼻孔をくすぐり、目を開ける。テーブルには、紅茶が2つ置かれていた。

盆を抱え側に控えるフランソワーズを見た。


「アールグレイでございます。」
「ありがとう、アカネ。」
「はい。アカネは常に、お側におります。」


マヒトはテーブルのカップを手に取り、赤茶の液体を喉に流した。
甘く香ばしい紅茶が、一気に体の緊張を解いてくれた。
マヒトの好みを熟知しているアカネのブレンドティーが、胸を温かく包み込む。
結局マヒトは、迷っていた一番の原因をグラスに伝えられなかった。
ヘミフィアの剣を手にした時、最も大切なモノを失う事実を。




四時間後。
<ジョーカー>から次回ゲームの案内状が届いた。



 

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