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♥♦♠♣16

 

「失ったって・・・どういうことですか!?」


自分の背丈の倍以上ある巨大化した女性に向け叫ぶ。
肌が白く光っているクイーンは唇を少しだけ尖らせ無邪気な少女のような表情を作る。


「こないだ会った時は大丈夫だったのにねー。」
「そんな・・・、冗談ならやめて下さいよクイーン・・・。僕は早く戴冠式を終えて<ジョーカー>の改変を阻止しなきゃならないんです・・・。」
「それ、本心じゃないでしょ。」
「っ・・・。」


上からの鋭い視線が胸に突き刺さる。太い杭で貫かれたような衝撃。


「お前は迷っている。戴冠式の意味も、剣を手にした代償もお前は思い出した。」


突き放すみたいな言葉はトゲだらけの薔薇のようだった。
リディアは耐えきれずクイーンから目を反らしうつ向いた。頭上からの威圧と声が幾分和らぐ。


「<ジョーカー>すら気づいてない、真の世界を、お前も思い出したのだろう?」
「・・・・・・・・・・・・はい。」
「マヒト・ヘミフィア。レファスの皇子よ。剣を手にしない道もあるわ。」


クイーンの口調は、<ダイヤのクイーン>であった時のものに戻る。
恐る恐る、顔を戻す。
妖艶でありながら、聖母のような慈しみを含んだクイーンの瞳はどこか悲しそうで、どこか諦めを含んでいた。


「僕は・・・インフィニティを呼び出します。」
「その細い肩には、重すぎる運命ね・・・。思えば、向こうでも此処でもアナタは物事の中心を任されていた。」
「それは違います。周りに大切な人がいて、愛してくれた。それだけです。」


緊張が無くなって、マヒトは片目で柔らかく微笑んだ。
どこまでも無邪気に。
応えるように、クイーンも目元を和らげた。


「資格は戻ったようね、皇子。迷い無き澄んだ眼(まなこ)でなければ王にはなれない。さあ、始めましょうか。」


クイーンが両腕を肩より上に持ち上げる。
ドレスの裾から風が起こり、なびきはゆっくりなのにリディア達の体にはかなりの風圧がかかり、

後方にいたモモナが一同を守るように結界を張る。


「おい、マヒト。」


結界から外れ前に出たタカヒトがリディアの背中に呼び掛ける。


「話がみえないぞ。」
「みる必要はないよ。」
「説明しろ。」
「予定通り剣を受け取って戴冠式をやるだけだよ。」
「だがさっきお前達は―――」
「タカヒト。」


クイーンの体から発する眩い光を受けながら、マヒトはゆっくりタカヒトを振り返る。
白い閃光が輪郭を朧にさせている。
―――ああ、行かせてはならない。
タカヒトは本能的にそう思い手を伸ばす。


「ありがとう、タカヒト。皆をお願い。」
「マヒ・・・、」
「さよなら、―――・・・。」


光は一瞬にして消えた。
クイーン、そしてマヒトと共に。
中途半端に浮かぶ伸ばした手を見つめながら、思考が停止する。


 

 

 


 

「どうなってるんですの?」


静寂が収まり元に戻ったところでエミが首を傾げた。


「僕にもさっぱり・・・。」
「た、たぶん・・・儀式の為にクイーンと転移した、んだと思います。」
「儀式?」
「クイーンが持っているレガリアをリディアさんに・・・、って、フランソワーズさん!?どこ行くんですかぁ!」


モモナが気付き叫んだ時には、金髪のメイドは遥か向こうに走り去ってしまっていた。


「で、これからどうするのよ。」
「私に聞かれてもぉ・・・。」


腰に手をあて威圧的な<スペードの4>に負け縮こまる。
残されたのは自分とアオガミだけだが、アオガミはリディアが消えた箇所を見つめたまま微動だにしない。
リディアが消える直前、彼に何を言ったのだろうか。風の音でモモナには聞き取れなかった。
自分より背は小さいが睨みつけるに等しい巻髪少女に怯えながら、インカムに手を当てる。


「グラスさん、応答を―――あれ、おかしいな。」


一度耳から取り外し通信機を確認。オンラインを示す緑のライトが消えていた。通信が遮断されている。


「もしかしたら、クイーンの影響かもよ?」
「え?」
「僕らのインカムも無音のままみたい。なんらかの電波遮断作用が働いたのかも。なんか、凄い光景だったし。」


<スペードの5>リョクエンが先程見たモノを噛み締めるように数回頷く。
確かに、神秘的ではあった。リディア以外は目にも入っていない感じだったが。
モモナはインカムをポケットにしまった。


「私はとりあえず仲間を探して合流します。」
「僕達もついていっていい?」
「ちょっとリョクエン・・・。」
「もうスートやゲームなんて関係ないんだ。それより生き残りで状況把握した方がいいでしょ?」
「・・・。」
「ヤキモチ??」
「ち、違うわよバカリョクエン!!!」


モモナはそっとアオガミの脇に寄る。


「タカヒトさん。マヒトさんはきっと戻ってきます。」
「・・・。」
「此処にいても仕方ありません。まずはグラスさんのとこへ行きましょう。」
「ダメだ、アイツはもう―――」
「貴方はナイトです。主を守らなきゃ。マヒトさんは寂しがり屋さんですから、帰りが遅ければ迎えにいけばいいんです!」
「モモナ・・・ああ、そうだな。」


アオガミがやっと顔を上げたので、モモナは愛らしい笑顔を浮かべて励ました。
そしてアオガミを先頭に来た道を戻る。フィールドの騒がしさは一段と酷くなっていた。
恐らくクイーンの周辺には野蛮な連中が入らないようにしてあったんだろう。
喧騒は一切耳に入らなかったが、クイーンが消えたことで嫌でも耳に入る。モモナは走りながら結界を広げた。


「これ、バリアか何かですの?」
「はい、そんな感じです。中に居れば外から私達の姿は見えません。」
「じゃあ今、透明人間?」
「そうです。無駄な対面や戦闘はとことん回避しましょう。」
「優柔不断の牛女と思ってましたが、意外とやりますわね。」
「牛!?ひどいですぅ・・・。」
「エミよ。」
「あ、私はモモナです。よろしくお願いします。」
『随分呑気だな。』


モモナの真横に、黒いモヤが突如現れた。
顔より少し大きな不完全な球体から男の声がして、エミはリョクエンの後ろに移動する。モモナはモヤを見た。


「オニキスさん、お疲れ様です。」
『マヒトの気が消えた。どうなってる。』
「クイーンと一緒に消えたので、剣の授与をしてるんだと思います。クイーンに敵意はありませんでした。ので、大丈夫かと。」
『フランソワーズとグラスはどうした。』
「フランソワーズさんは、マヒトさんが消えてから急に走ってどっか行っちゃって・・・。グラスさんと連絡とれないんですか?」


前方に、ライフル銃を構えた痩せこけた男が辺りをちらちら忙しそうに伺っていたが、走り去るモモナの結界に跳ね飛ばされ尻餅をついた。
目に見えぬ謎の力に悲鳴が聞こえたが、モモナは胸中で平謝り。
結界に触れても感知しないように出来るのだが、狭い道では避けるより跳ね飛ばした方が早い。


『場所はわかるのだが、インカムはおかしくなるし、俺の木霊も送れない。指示がないから此処を離れるわけにもいかない状態だ。』
「今グラスさんのとこに向かってる途中なんです。誘導お願いします。」
『任せろ。』
「クガさんは?」
『グラスの近くで<スペードの10>と交戦中だ。』


後ろのリョクエンから哀れみの声が響く。


「トキヤさんだ。あの人強くてしつこいからなぁ~・・・。」
『手助けが必要なら言うよう伝えてある。』
「大丈夫です。クガさん強いですから。」
「信頼してるんだな。」


今まで黙って走っていたアオガミが小さく溢す。
モモナは背筋を伸ばし真っ直ぐ前を見た。


「はい。私を拾って育ててくれたクガさんは、信頼した仲間を悲しませるような真似はしない人です。」
「そうか。」


オニキスの独自通信、通称木霊からの指示で道を走り続ける。
ツジナミ一派の暴動により、広いフィールドの殆どが荒らされ、中心に行くにつれついたてが倒され道すら無くなっていた。
近道出来るのは有難いが、徐々に鼻につく鉄分を含んだ血の臭いが背筋を寒くさせる。
ツジナミの手下達が地面に倒れているのは、スペードの誰かがやったのか、それとも仲間割れでもあったのだろうか。
気分が悪くなるのをこらえ、モモナはグラスを目指すことに集中する。
破壊からまだ免れてる道を辿り、左に曲がる。
広い空間に入ったようだ。
対角線上の抜け道があるだけの空間に白い大理石の台が建ち、今朝方タキザワが作った偽物のフラッグが回っている。
そのすぐ足下に倒れている人影を見て、モモナが悲鳴を上げた。


「グラスさん!!」

 

ハートの司令官にして策士グラスが、口から血を流し倒れていた。
胸の真ん中に穴が開いており、地面は血の海と化している。
彼に駆け寄ろうとしたモモナの腕を掴むアオガミ。


「待て。」
「早く手当しないと!」
「あれを見ろ。」


言われて顔を上げる。
台からかなり離れた向こうの壁側に、水色髪の若い男が立っていた。
彼の足元には、金髪の男性が座っている。水色髪の方は、真っ直ぐモモナ達を見ていた。モモナの結界があるにも関わらず。


「<スペードの6>ソウタだ。あんなに殺意剥き出しのアイツは始めて見る・・・。」
「ちょっと、キサラギのヤツ寝てるじゃない。何があったのかしら。」
「とにかく、動いたら射殺すって目が言ってるね・・・。」
「でも・・・!」


動かないグラスを見つめる。
地面に広がる血の表面が動いていない。つまり、攻撃を受けてだいぶ時間が経ってしまっている。
呼吸してる様子もないし、黙って見てるわけにもいかない。

と、頭上から何かが舞い降りた。
黒い布に白い縁取りがされたものがヒラヒラ落ちてきたかと思うと、<スペードの6>ソウタの周りに爆煙が起こる。


「フランソワーズさん!!」


頭上からやってきた彼女は、両手に鋭利な刃物を無数に持ち、それを全てソウタに投げつける。
起爆剤付き暗器は地面に触れると爆発を起こす。一層激しく舞い上がった煙に視界が奪われる。
しかし、煙の中から水色に発光する太く長いムチが現れ、フランソワーズに襲いかかる。
水で出来たムチは真っ直ぐとフランソワーズを射抜いたはずだったが、透明な壁に阻まれた。
フランソワーズの前に、モモナが両手を広げ立っていた。


「モモナ様・・・。」
「後は引き継ぎますから、早くグラスさんを!お願いします!」
「かしこまりました。我が主の為にも、必ず。」
「そうです!グラスさん居ないとリディアさん泣いちゃいますから!」


煙が止む。
ソウタの回りには、金髪の男性を守るように水のバリアが張られていた。
自分の結界より頑丈そうなバリアに、ちょっと気持が後退りする。モモナの結界の前に、人影がいくつも重なった。


「危ないじゃないのソウタ!」
「本気で殺す気だったよね、僕達全員を。」
「チームメイトだったからって手加減しないわよ。」


モモナをかばうように立ち塞がるエミ、リョクエン、アオガミ。


「ソウタさん、そこの人を本気で消したいのかな・・・。さっきから喋ってくれないし。」
「余計なこと考えるのは後になさい。治療が終わるまであのブラコン気絶させるわよ。」
「エミさん・・・!」
「状況はまったくわからないけれど、人命優先。しっかり結界張っておきなさいよ、モモナ。」
「はい!バックアップも任せて下さい。」


ソウタはジッと彼等を見据え、水のムチだけがゆらゆらと辺りを探るように漂っている。
普段の物悲しげな憂う瞳は無く、殺意で染まった鋭い眼光だけが主張をしていた。
チームメイトであった彼等は、激情を表に出すソウタを始めて見た。
事情はわからぬが、敵意を向けられている以上やるしかない。
このまま睨み合いで時間を潰すなど、許してくれそうにもない。


「アオガミ、あんた本気出してよね。」
「もちろんだ。ウチの司令塔を殺させるわけにはいかない。」
「ハッ。ウチ、ですって。すっかりハーティアの一員ね。」
「そりゃあのアオガミさんがシベリウスと別れてまで移動したハートだもの。」
「ふん。・・・じゃ、いくわよ――――カリョウビンカ!」


エミの体が閃光し、青白い光と共に大きな鳥が現れる。
少女の頭上で羽を広げた召喚獣・カリョウビンカは一つ甲高い声で無くと、翼を斜めにして低空飛行をしながらソウタに突進する。
同時、アオガミと両手にダガーを握るリョクエンも続く。
カリョウビンカのくちばしがソウタのバリアに当たると、衝撃波で水のバリアが波打つ。
視覚化した力のぶつかり合いに、辺りが青白く発光。
バリアの外にあった水のムチが体制を持ち上げ、カリョウビンカの右羽を狙う。
しかし羽を打つ前に、リョクエンがダガーが切断、こま切れにしてしまう。
主との繋がりが切れた水は一瞬で水蒸気となり気化してしまった。
更にアオガミがソウタの結界を拳のみで叩き付けると、表面が薄くなり濁りだした。
間近で、ソウタの眉間に深い皺が刻まれるのを見た。


「カリョウビンカ、咆哮!」


返事のように高い鳴き声を響かせた鳥は一度首を後ろに引くと、勢いよく口から極彩色のビームを吐いた。
咆哮はソウタの結界を砕き、粉砕。
仕方なく兄を抱え飛び出したソウタは、空中から水の弾丸を無数に発射し追尾を防ぐ。
カリョウビンカは後退して避け、タカヒトも走って避ける。
しかし、リョクエンはソウタの動き読んでいたようで、同じように高く飛んで背後からダガーを振り下ろす。
円形ダガーがソウタの肩を斬る直前、足首に何かが絡みつき地面に引っ張られた。
水のムチがリョクエンを引きずり落とし、地面に叩き付けたのだ。
その隙にソウタは自身と兄を水の球体で囲み、グラスを守るモモナの頭上にカマイタチのように鋭い水の弾丸を降らせた。


「うっ・・・。」


凄まじい水圧の攻撃に結界が波打つ。


「モモナ様!」
「大丈夫です!続けて下さい!」


背を向けているのでグラスの回復具合がわからないが、モモナはフランソワーズに託し結界を二重にしてみせる。


「よくもリョクエンを・・・!カリョウビンカ、疾風!」


再び応えた召喚獣は地面から浮きながら激しく翼を動かす。
竜巻以上の威力を持った空気圧がソウタを襲う。
球体は地面に着地したが、向こうもバリアを頑丈にしたのか、表面が波打つだけで壊れることはなかった。


「あの人・・・なんで逃げないのでしょう。」
「ハートの司令塔を必ず殺したいんじゃありませんの?」
「それにしても、分が悪すぎます。3対1、しかも召喚獣込みです。

気絶したお兄さん抱ながら戦うなら、一度撤退した方がいい・・・。何を、焦って――」


アオガミ達の戦闘を見守りながら、モモナは考える。
あの青年には、今やらねばならない理由がある。
後で、じゃ遅い。もしくは、側にいるお兄さんが目覚めてからでは―――。


「エミさん!あの人をこっちまで誘導してください。バレないように。」
「ハァ?!自分から危機的状況作り出す気?」
「考えがあります!」
「わかったわ・・・。それから、さん付けはやめてよね。」


エミは自身の召喚獣に命じる。
鳥は天井高く舞い上がり、空中を支配し逃げ場を奪う。
それからアオガミとリョクエンが上手く生い立て、水球ごと逃げるソウタを徐々にモモナに近づけさせた。
ソウタが二人と一匹に完全に気をとられた一瞬。
モモナはグラスを守っていた結界を解いて、ソウタの水球に自分のリセルをねじ込ませ、兄弟を分割するように、眠る兄の方を完全に包み込む。
油断していたソウタが何かをする前に、兄を引き抜きグラスの隣まで移動させると今度は三重の結界で守った。


「兄さん・・・!よくも兄さんを!!」


激昂した美青年の顔は見事に歪み、ありとあらゆる力と技でモモナの結界を攻撃する。
三重にしたに関わらず、カタの外れた攻撃にリセルを発動しているモモナ自身の体が痛みだす。
歯をくいしばり、結界を維持し続ける。
タカヒトがソウタの背中を、リョクエンが足を狙うも、無意識の自己防衛で発動した水のムチが無限に暴れ阻まれる。
ダガーで水を斬っても斬っても生えてくるので、近づけない。


「うう・・・!」
「モモナ様、私が・・・!」
「ダメ!フランソワーズさんは続けて!途中でやめちゃ、ダメなん、です!」


第一の層が割れ、第二の層にヒビが入る。


「グラスさんだけは・・・、死なせちゃダメ・・・!!」


既に体に感覚は無かった。
肩回りなど、痺れてマヒしてきた。
リセルの力とは、筋力よりも消費する精神作用に過ぎない。
モモナは今、意地だけで立ち向かっていた。
泣き虫な上に本ばかり読んでたせいでおかしな言動が多い自分を、優しく受け入れてくれたハーティアの仲間達。
普段は戦うことは出来ず結界を張るしか能はないが、守ることは出来る。
元の世界なんて正直どうでもいい。
今の大切な仲間を守りたい―――。
しかし、結界最後の層に穴が空いた。


「しまっ・・・、」
「モモナ様!」


水圧の増した塊が穴からモモナめがけ放たれる。
フランソワーズが振り返り治癒の手を止めようとした、一瞬。
ソウタの体が右へ吹っ飛ばされ、モモナは服を引っ張られたので一撃を食らわずにすんだ。


「クガさん・・・!オニキスさんも!」


ソウタの横頬を殴り飛ばしたクガと、モモナを引っ張りついでに抱き止めたオニキスを交互に見る。


「間一髪、だったようだな。」
「モモナ、無事か。」
「はい!」


オニキスに立たせてもらい、再び結界を張る。


「グラスはなぜ寝てる。」
「あの水色髪さんのせいみたいですが、状況はさっぱり。どうしてもグラスさんに最後の一撃くらわせたいみたいです。」
「クラブの二人は味方とみていいんだな。」
「はい、味方です。オニキスさん、実態ですよね。どうしてこちらに?」
「スペードのフラッグが突如消えた。危機を察してクガを連れてきた。」
「フラッグが?まさかスペードも偽物を?」
「あら。ハートは偽物を提示したの?度胸ありますわね。」


エミに苦笑を投げ、<スペードの6>を伺う。
敵が増え、圧倒的不利に陥ったというのに、やはり彼は逃げていない。
体を巨大な水球で包み込みながら真っ直ぐモモナの後ろ、グラスを睨んでいた。
敵だらけの窮地でも、彼にとっては不利じゃないのだろうか。
アオガミ達もモモナの近くに集まる。


「フランソワーズ、グラスを動かせそうか。」
「傷を塞ぐまで安置したほうがよいかと。今暫くお待ち下さい。」
「動けないなら、戦うしかないな。」
「辺り一体ツジナミの下っ羽達に囲まれてる。能力はこちらが有利でも数だけは無駄に揃えている。」
「第一、なんでゲーム中止にならないんでしょうか。両フラッグは出揃ってません。」
「つまり、開始にすらなってないということですわよ。」


カリョウビンカが体積を縮めエミの腕に止まり、主は綺麗な羽毛を撫でてやる。


「嫌な予感しかしないね。」
「まずはヤツを止める。」
「そうですね。でもどうやって―――」


突然、ソウタの頭上に太い氷柱が落ちてきた。
雪でコーティングされた白い直径30mはありそうな鋭い氷柱の先端がソウタが張る水に突き刺さる。
本来なら氷より水の方が暖かいので氷柱は溶けてしまうのだが、氷柱は水結界を破裂させソウタの肩に突き刺さった。
咄嗟に横に飛んだので深く刺さることは回避したが、赤い鮮血がシャツを汚していく。


「遅くなりました。」


入口から氷の女王を伴ったアイザーが掛けてきた。
仲間が勢ぞろいしてることにまず驚き、血だらけのグラスが横たわる姿を見て硬直する。


「殿下・・・!」
「一命は取り止めてます。」
「まさか、アイツが・・・?」
「アイザーさん落ち着いて!」
「大切な殿下になんてことを・・・。雪籠女!」


アイザーの体から雪が舞い始めたけとに危機感を覚えたモモナが全員を結界内に収める。
いつも物腰穏やかで優しい青年の顔は今、物騒で険悪な色に染まっている。


「オニキスさん!」
「アイザーに任せよう。どちらにしろ召喚士クラスじゃなければ<スペードの6>は止められない。」
「私も召喚士ですわ・・・。ま、最強クラスの氷の女王とはレベルが違いますが・・・。」


猛吹雪がソウタに流れ、目を開けるのも苦労するほど細かい雪の粒が視界を遮り、肩の傷は冷気でズキズキと痛む。
水球を展開し自身を守ろうとするも、水を出しただけで凍らされてしまう。
絶対零度に水が勝てるはずもなく。


「雪籠女、雪上竜巻。」
「御意。」


真っ白な服を着た召喚鬼が両腕を上げると、目の前に雪の渦が生まれ、それは徐々に大きくなり、人間の三倍は高い背丈になると真っ直ぐソウタに向かって行った。
竜巻には凄まじい風圧はもちろん、雪や小さな氷の粒が混ざっている。
巻き込まれれば斬り刻まれた箇所に氷が入り炎症を多発させ心臓は止まる。
そう冷静に判断しながら、ソウタは群衆の背後で横たわる兄の姿を見た。
柳眉を歪め、悲しみの色を混ぜた普段通りの悲哀の瞳。


「兄さん・・・ごめんなさい。」


あれだけあらがっていたにも関わらず、立ち上がった彼は、竜巻から逃げようともせず瞳を閉じた。
風で髪やシャツがなびき、それが近づくにつれ立っているのも困難になる。
竜巻の渦巻く表面がソウタの鼻を霞める。


「はい、ストーーーップ。」


パチンという指を鳴らした音が響き、竜巻は消された。
雪も風も止み、ソウタは目を開けた。
ハート達と自分のちょうど間に、少年が二人立っていた。
白いシャツに黒ズボンとジレを着た幼い少年達。
指を鳴らしたであろう銀髪の少年が口を尖らせながらソウタを睨んだ。


「ちょっとちょっとー。何勝手に全部終らせて退場しようとかしてるのさ。そんな命令してないんだけど。」
「・・・・・・<ジョーカー>。」

 

ソウタの呟きに驚く、ハートの面々。
今確かに<ジョーカー>と言った。
では、今まで世界もゲームも好き勝手しきってきた黒幕が、こんな子供だというのか。
銀髪の少年に隠れるように立っていた、気弱そうな赤紫髪の少年が顔を出す。


「君の役目はクルノア次期王の身柄確保と記憶の封印のはずだよ?<水色猫(ウォーターブルー)>」
「・・・。」
「まさか、弟役に徹っするあまり情が移っちゃったなんてないよね?それに、人間につけられた傷をいつまでぶら下げてんの。

これは罰だ、とかムカつくこと思ってないよね?浸ってないでよ。」
「すみません。」


氷柱で刺された肩に沿えていた手を放す。
破けたシャツの奥に傷口はもう無く、血も流れていなかった。
少年達の頬に、黒い針が投げられた。太い針は少年の頬に当たる前に乾いた音をたて地面に落ちる。
銀髪の少年が針を投げた張本人、オニキスを嘲笑を浮かべながら視界に入れる。


「無駄だ人間。お前達はゲームマスターであるボク達に触れることすら出来ない。」
「<ジョーカー>めっ・・・!」
「君の考えてること手にとるように分かるよ、オニキス君。ボクらを殺せば世界は元通りだと考えてるだろ?」
「無理ですよ?ボクらを万が一にでも殺せても、この<黒箱の世界(ブラックボックス)>は壊せません。」


丁寧な口ぶりのわりに冷たくいい放つ赤紫髪。目は恐ろしく無感情で、背筋が震えそうになる。
無感情の割に、どこか彼等をバカにしてるような雰囲気も感じる。


「そう身構えないでよ。ボク達はちょっと質問しに来ただけ。君達だって色々聞いておきたいだろ?自己紹介しとくね、ボクがカナメ。」
「僕はカイです。」
「で、そこに居るソウタはボクらの手下で、クルノアの監視役。記憶改竄のとき、弟への強い愛情が消えなくてさ。

穴埋めの為に用意した使い魔の猫さ。ブラコンは本当面倒だったよ~。」


アイザーが拳を握りしめ、肩に雪を散らす。
怒りを必死に抑えつけているのは、目覚めたグラスが黙って涙を流していたからだった。
主が何も言わぬなら、従者が口を出すわけにいかない。


「それから、タイチも紹介しなきゃ。おーい、タイチ。近くにいるんだろ?出てきてよ。」


銀髪のジョーカー、カナメが虚空に問うと、空間に波紋が生まれ、中からまた少年が出てきた。
黒髪で、長めの前髪の下にある瞳には悲しげな色が宿る。リョクエンが驚きの声を上げた。


「タイチさん・・・!?」
「そ。君達スペードのナビゲータータイチはボクらの仲間。使い魔じゃないからね?」


タイチは目を伏せたが、カナメ少年の視線に鋭さが増す。


「タイチ。君まで人間に情が移ったの?数々の指令無視に独断行動。」
「指令だなんて・・・冷たい言い方やめてよ、カナメ君。僕達は対等なはずだ。」
「タイチの目的はシベリウスの監視をしつつスートを統一させることだったじゃない。」


育て親の名にアオガミの中指がピクリと反応した。


「まさか、シベリウスにフラッグ託したの?」
「もうやめにしようよカナメ君!ヘミフィアの意思には逆らえないんだ!」
「・・・・・・は?」
「現にハートのフラッグは消え、彼もレガリアもクイーンと消えてしまった!僕らがあがいたって<黒箱の世界>は――――っ、」
「残念だよ、タイチ。」


カナメが指を鳴らすと、タイチの足元から吹き上げた竜巻が彼を拐い消してしまった。
リョクエンが名を叫ぶが、タイチの影すら残っていない。
半ズボンのポケットに両手を突っ込んだカナメが一同に顔を向けた。
表情は無邪気で純粋な少年そのもので、たった今人一人を消した直後とは思えない変わり目の早さ。


「短刀直入に聞くけどさ、<ハートのキング>はどこに消えたの?」
「それからフラッグも。シベリウスの居場所もね。」


問掛けられた彼等は、目の前の圧倒的な力の差を薄々感じ始めていた。
見た目はただの少年達なのだが、存在そのものが異種なのだ。
まるで巨人に睨まれたトカゲの気分。ただ押し黙り、対峙することしか出来ない。


「皇子様の居場所なら、僕も聞きたいよねー。」


張り詰めた空気を、呑気な声音が一刀両断割り込んできた。
フランソワーズに支えられながらグラスが半身起こして座っていた。
上着は血に汚れたままだが、傷は塞がったようで普段通り余裕の笑みで少年達を見つめる。


「彼がクイーンと消えたのなら、僕らが行き先知ってるわけないじゃないか。世界の始まりと言われている<ゼロ>は、

君達でも及ばない偉大な存在なんだろ?」
「アンタ、<ゼロ>知ってんだ?」
「まあね。」
「恐ろしいヤツ。抜け目ないな。」
「兄さんという悪い見本がいるからね。」


肩を軽く上げながら、傍らで眠る兄をチラリと目に写し顔を少年達に戻す。


「色々説明するために下りてきたんだろ?聞かせてくれよ。なにせ、こちらはお前達のせいで記憶が虫食いだらけだ。」
「<ハートのキング>やシベリウスの居場所を知らないなら、こちらが話す必要ないじゃんか。」
「なら、私がお話いたしましょうか。」


品はあるが感情が乗っていない女性の声が降ってきた。
ジョーカー達の後ろに、縦に細かな緑の閃光が無数走り、巨大な白猫が現れた。
ジョーカーの使い魔の一匹で名をケイト。
他の使い魔とはどこか違う白猫に体ごと振り向いたカナメは、全身から敵意を吹き出させ毛が逆立つ勢いで怒りを露にする。


「使い魔の分際ででしゃばるなっ。」
「もうお役目も終わりかと。」
「お前の真名はボクらが握っている!意識もだ!さっさと去れ。命令だぞ。」
「無駄なようですね。」
「命令だ!帰れ!」
「皆様にお伝えするのが先です。」
「やめろと言っている!」


眉根にぐっと皺を作った少年は手の平から黒い塊を3つ出し白猫に投げつけるが、その体に当たる前に煙となって消えた。
まるで、浄化された悪意のように。
カナメは悔しげに歯を食いしばる。


「わかってるだろう・・・。プレイヤーが真実を知るのはルール違反だ。世界システムが停止する。」
「あなた方も真実を全て知ってるわけではないのですよ。」
「なに・・・?」
「因果を知ることが出来るのはゼロとインフィニティ。そして戴冠式を終えたヘミフィア王だけ。」
「お前はどうだというのだ、巫女姫サキ。」
「えっ!?」


モモナが人一倍大きな声を上げた。
白猫の大きな金色の瞳は真っ直ぐジョーカーの二人だけを捉えていた。
カナメの後ろに立つカイが一同に説明する。


「その白猫の中には、君達が掘り出した巫女姫の意識が入れてあるんだー。フィールド形成には体だけあればよかったし、

良からぬ計画企てないように意識をボクらの監視下に置いてたんだけど、自我が目覚めてたなんてね。」
「なるほど。だから何をやってもサキちゃんは目覚めてくれなかったわけだ。」


グラスがそう溢すと、ジョーカーから視線を反らした白猫は丁寧に頭を下げお辞儀をする。


「そういう事情でして、手を尽くして頂いたのに申し訳ありません、殿下。」
「目覚めだしたキッカケはなんだったんだい?」
「マヒト様が悲しんでおられたから、でしょうか。」
「そういえば、君が初めて現れたのはタカヒト君奪還作戦のゲーム前だったね。」
「私はマヒト様の守り手ですから、主の悲しみに反応しないわけには参りません。使い魔の仕事を奪い皆様の前に行くまで苦労しました。」
「苦労なんて嘘だー。僕達にバレないように使い魔の統制までしてたじゃないか。」


ゆったりした喋り方に比例して、カイの体から黒いモヤが吹き出し、カナメも応じてモヤを出現させていく。
オニキスの蜃気楼のようなモヤとは違い、まがまがしく毒々しい漆黒。
白猫は憶する様子もなく、ゆっくりとした瞬きで返す。


「ここで役者を全滅させれば世界システムも止まります。」
「わかってるよ!お前の魂だけ消してやる・・・!」
「諦めなさい、ジョーカー。マヒト様がこの黒箱に辿り着いた段階であなた方の負けです。

番人として作られたあなた方がどうあがいても、自由にはなれません。」
「うるさい!ボクは、ボク達はお前ら生犠の魂を使って自由に――――、」


少年達の真後ろのついたてが突然倒れ、弾丸の雨が上から横から降ってきた。
ついたての向こう、それから二つの出入口から男達がわっと溢れ出て、少年二人に銃弾を息つく暇なく浴びせ続けた。
黒いモヤで体を覆い防ぐ二人の足元に、発光する黄色い魔法陣が浮かび上がった。
陣に捕われたと気付いた時には遅く、モヤが消滅し弾丸が体に被弾してゆく。
隣に一回り小さな陣が現れたのを合図に弾丸は止み、魔法陣から出てきた男が<ジョーカー>の額を銃で撃ち抜いた。
ツジナミだった。
少年二人の細い体が床に倒れ、辺りが静けさに包まれた。
仲間を銃弾から結界で守っていたモモナは首を巡らせる。白猫は、さっきと同じ場所ですましながら立っていた。


「ケイトちゃん!・・・じゃなくて、サキさん!大丈夫ですか?」
「ご心配ありがとうございます。私に物理攻撃は効きませんから。」
「と、とりあえずこっちに。」
「はい。」


短い足でモモナの真横に並んだ白猫まで結界を広げ覆う。
突然現れたツジナミの手下達は、恐る恐る動かない少年二人の死を確かめる為に近づいていく。白猫が最低限の動きだけで喋る。


「モモナさん、結界を決して解かないように。」
「は、はい。」
「オニキスさん、全員の足裏を結界内空間に固定して下さい。」
「一体何を・・・。」
「お早く。アキトさんは総員転移の準備を。」
「こんなに大勢は無理だ。」
「お手伝いいたしますから、合図を待って下さい。」


モモナの胸ぐらいまで背丈のある白猫は、じっと少年二人から目をはなさなかった。
黒いコートを纏ったツジナミは持っていた二丁の拳銃を床に捨て、コートの中から小降りの銃を選びなおし、

動かぬ少年の体になおも銃弾を浴びせ続ける。さすがにやり過ぎだと部下達が声をかけた。
その時。
床から三角垂の黒い槍―ランスのようなものが無数に出現し、辺り一体の男達全ての体を突き刺した。
腹を、胸を、頭を太い針で貫かれ血の雨が降る。
ただ一人、ツジナミだけは回避し銃弾を床に浴びせながら走り回る。彼を追うように針が突き上がる。
時には斜めに生え、ツジナミを挟み込むよう無尽に襲うが、驚異的な反射神経で床から襲う黒針を避け、引き金を引く。
いつの間にか、少年二人は立ち上がっていて、額を初め弾丸を受けたはずの傷は一つも残っていなかった。
二丁の引き金が空をきる。
銃弾の切れた拳銃を捨て、腰から大口径のハンドキャノンを取り出し放つ。
威力のある弾が一気に床の針を吹っ飛ばした。
しかし、背後からの一撃を交わしきれず肩を切られ、生まれた一瞬の隙に横から銃を貫かれすぐ目の前で爆発させられた。
群衆をかきわけてきたケイセイが彼の名を叫ぶが、爆発の間に床から突き出した数本の柱に彼の体は串刺しになっていた。


「マジックキャンセル応用した術式とか、古すぎ。人間ごときの技なんて効くわけないだろ、バーカ。」
「わざわざやられた振りするなんて、カナメも律儀に性格悪いよね。」
「カイも同じじゃんか。」
「貴様ら・・・よくも・・・」


体を刺されたままのツジナミから弱々しい声が少年達に届いた。
貫く柱に大量の血が伝う。


「よくも、娘を・・・。」
「ハッ。逆恨みはよしてくれよオッサン。」
「お前らが、娘を・・・娘の力を・・・奪っ、」
「違うよ?リセルの根源となる力を寺院に捧げたのは貴方じゃない。」
「そんなこと、するわけが・・・。」
「第一、奥さんと娘さんを死なせたのは貴方のせいじゃないか。」
「え・・・、」
「護衛隊長の貴方を苦しめる為にどっかの悪党が家族を殺したんだ。貴方の変わりに、家族は死んだの。

勝手に記憶を摩り替えて悪人にされても、困っちゃうよ。」


淡々と告げるカイの言葉に、ツジナミの目は見開かれ痛みとは別に指先が震えだす。
白猫の鼻がピクリと動いた。


「今です、アキトさん。」


アキトは訳がわからぬままだったが、言われるまま転移術を発動した。
グラスは、視界が雪に覆われる直前に、ケイセイが上着の中に仕込ませた爆弾のピンを解くのを見た。
少し肌寒い吹雪が止み視界が開けると、そこはデッキ外の小規模な広場だった。
薄暗く、これといって何も無い。かわりに、明かりが届かぬそこには、人影がいくつかあった。
白猫―サキはモモナに結界を解かせると、人影に歩み寄り、一番手前にいた杖をついた白髪の老人の前にゆく。


「ほぉ。孫娘がずいぶんな姿になってしまったのぉ。」
「お久しぶりです、お祖父様。白猫はお嫌いですか。」
「愛らしいが、トワコに良く似た姿の方がいい。」
「シベリウス・・・!」


アオガミも白猫に続き老人に近づき、リョクエンとエミも同じく老人に歩み寄る。
眉間に皺を寄せた難しい顔が元の顔らしく、威厳ある姿勢のまま顔をタカヒトに向けた。


「おお、タカヒト。しぶとさは変わらぬようじゃな。」
「何故こんなところに・・・。それに―」
「彼女らはわしが呼んだ。」


タカヒトが顔を向けたのは、シベリウスのやや後ろにいる元クラブのミヤコ達。
それから、巫女姫の体が眠る棺だった。


「これからお祖父様に箱を壊してもらい体に戻ります。」
「シベリウスさん、お孫さんいたんですか!?お子さんいないからアオガミさんを養子にしたってシガウラさんが・・・。」
「この世界では子はタカヒトのみじゃ。」
「この世界って、どういうことですの?」
「お前さん達には説明してやらんとな。」


グラスが進み出てタカヒトの後ろまで来たので、杖に手を置いたまま老人は頭を下げた。


「殿下。御身がご無事で安心いたしました。」
「頭を下げるのはこちらの方ですよ、偉大なる魔術師様。本来なら兄が挨拶しなきゃいけないんでしょうけど、あの通りのびてまして。」
「いやいや、しがない老人にクルノア次期王自らお言葉を頂くとは勿体無い。」
「クルノアの巫女姫が貴方のお孫さんだったとは、初耳です。どおりで箱に傷一つつかないはずだ。」


シベリウスは軽く頭を下げ、断りを入れてから棺の側へ白猫姿の娘とゆき、ミヤコ達が一同と合流する。


「ご苦労様、ミヤコ姉さん。」
「驚いたわ。ハート居住区にいきなりお爺さんが現れたかと思ったら伝説の魔術師様で、サキの箱を運ぶ手伝いをしろっていうんだもの。」
「姉さん会ったことなかったっけ?」
「分家の娘がお目にかかれるわけないわ。本家で、王位継承者のイツキくんとは違うんだから。」


オニキスとクガも会話にくわわる。


「おい、説明しろ。」
「あのご老人こそ、スペードの前司令塔シベリウス。僕らがいた世界では賢人とまで呼ばれる魔術師様だ。
森羅万象を統べ、世の理まで到達したと言われている伝説級の人。クルノア、レファス両王と友好があったみたいで

たまに城内で見かけたけど、まさか寺院に属する巫女姫と血縁とは。」
「その偉大な魔術師とやらまでこの世界に引き込まれたってわけか。」
「ジョーカーの力が魔術師様より上とは考えたくないけどね。サキちゃんは意識体だけだったのに

ジョーカーに気付かれないよう行動出来てたし。」


話している間に、シベリウスは棺の脇で祝詞を唱え始めていた。
棺周辺が細かい粒子の光で包まれ、白猫の体も粒子で光だす。
まず、棺を覆っていた透明な板が粒子となって消えた。
クガが力で殴っても、アイザーが凍らせても傷一つつけられなかったものが、いとも簡単に取り除かれた。
眠るサキの周りに敷き詰められた白い花が一際明るく発光を始め、白猫の体が爪先から順に粒子に変わり、

川のような道を作りながら本体にたどり着く。
美しい、幻想的な光景だった。
そしてついに、巫女姫の固く閉ざされていた瞳が開いた。モモナが声をもらし、アイザーは息を呑む。
起き上がった本物のサキは、クラブのサヤより幾分大人びて見えた。
流れる髪は美しく、こちらに向けられた漆黒の瞳は先程の粒子を含んだみたいに複雑に輝いている。
祝詞を唱えるのを止めたシベリウスが手を伸ばし、孫娘が棺から出るのを手伝ってやる。
長い間眠っていたとは思えぬしっかりした足取りで数歩歩いた巫女姫は、一同にお辞儀をした。


「改めましてご挨拶を。サキ・ウジョウです。フィールドに埋められていた私を掘り出して下さいまして、

また、箱から出す為の皆様のご助力、ありがとうございました。」


サキが顔を上げると、不安そうな眼差しを向ける少年と目があった。


「ヤマト。」


信用し守ってきた少女と同じ声、同じ顔。
しかし別人であることを認識してしまい、少年の瞳が濡れだす。


「サヤを守ってくれてありがとう。」
「サヤのことはご存知でしたの?」
「もちろん。」


ミヤコが問うとサキは力強く頷いた。


「私も役者の一人でした。しかし私の力を恐れたジョーカーがコピーを作り代用したのがサヤです。

あの子はよくやってくれました。意識は別でも、サヤと私はいつも繋がっていました。」


すると、一番後方にいたアカネが前列までやってきた。
使用人という立場上、相手に不快な印象を与えぬよう普段から微かに笑みを携えている美女の表情は暗く、晴れぬ。


「サキ様。使用人の分際でお声をかけるなど失礼だと重々承知しておりますが、どうかお聞かせ下さい。我が主は・・・、マヒト様はどちらに?」


今までに無いぐらい動揺し混乱した様子のメイドに仲間達は驚いたが、彼女と同じ事を一番尋ねたかった。
疑問だらけの状況でも、気にかかるのは、輪の中心にいた少年のこと。
サキは一旦後ろを向き祖父と頷きあい何かを確認してから、アカネ達に向き直る。


「ご安心を。マヒト様は時空の狭間にて<ゼロ>と呼ばれるお方と対面中です。
それよりも、マヒト様の事を含め、全ての真実をお話しなければなりません。真実の核は因果律によって定められており、

私やお祖父様でさえ推測の領域ですが、皆様にはまだ選択する権利があります。」


グラスやアカネ、真名を取り戻した者は、これから語られる真実を心のどこかで恐れていた。
記憶がないだけで、きっと体は覚えているのだろう。
それでも、聞かねばならない。
この狂った黒の世界から、元の青空の広がる世界に帰りたいと願う。
各々、近くにいる愛する者の手を取り、巫女姫が紡ぐ真実の話に耳を、体を、意識を委ねた。


「我々はジョーカーにより記憶を改竄され真名を取り上げられた別世界の人間。
ジョーカーがマヒト様にかけられたクルノアの守りを解くためこんな世界を作った、となっていますが、真実は違います。
私たちは前ヘミフィア王によりこの<黒箱の世界>に送られました。
この<黒箱の世界>は死者の魂が集まる場所。
―――我々は、死者なのです。」


 

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