top of page

♥♦♠♣18

 


タカヒトが次に目覚めた時、そこは眩い世界の中だった。
強いライトが青い天井を照らし続ける、眩しく温かい世界。
後に、ライトは太陽という名前で、青天井は空という大気の膜だと、彼は学んだ。
タカヒトはとある大国の皇子として生まれ変わっていた。
国の名前は聞き覚えのあるレイエファンス国。
だが家の名前はレデントーリスで、ヘミフィアという名前すら存在しない。
流石に子供からやり直させられるとは思っていなかった。
幼少期は簡単な計算や語学の勉強ばかりさせられていたかなり退屈な日々だった。
まぁただ、黒箱世界の記憶と更に前の記憶が中途半端に混ざってしまい混乱していたので、記憶整理にはちょうど良かった。
彼は黒箱時代の記憶を全て覚えていた。
なので身近に見慣れた顔が現れた時は結婚驚いた。
例えば、ドジな女中見習いはエミ、騎士団長にクガ、騎士団作戦参謀はマコトだった。彼はこの世界では王族じゃないらしい。
シベリウスは優秀な王の補佐官を勤め、双子の孫娘サキとサヤは巫女として勤めている。
他にも沢山黒箱での知り合いを見掛けたが、誰も以前の記憶を持っていなかった。
一方通行の親しみは少し寂しかったが、なにより、一番大切な存在はまだ見つけられていない事の方が彼の孤独を強めていた。
まだ彼は17歳で、独立出来ない身の上のため世界中探したわけではない。もしかしたら、これから生まれてくるかもしれない。
彼は決して望みを捨てなかった。無駄な行為だとしても。


「タカヒトちゃーん!」


庭の東屋で書き物をしていた彼を、柔らかな声が呼んだ。
羽ペンを置き、東屋から顔を出す。
渡り廊下の中程で茶色の髪をした女性が、手を大きく振りながら彼を呼んでいる。
レデントーリス家の王妃で、彼の母親だ。かつても、今も。
駆け足で渡り廊下の側までゆく。
母に付き添っていた女中達が王子であるタカヒトに頭を下げ一歩下がる。


「お勉強中ごめんなさいね。」
「大丈夫です。どうかしましたか?」
「お父様がクルノアからお戻りになったの。今夜晩餐会が開かれる事になったから、礼服を手入れさせておきなさい。」
「はい。予定より随分早いですね。」
「クルノア国のイツキ殿下とカズちゃん・・・じゃなくてお父様は仲良しでしょ?早くお話し合いがまとまったのよ。

そうだ、午後からお友達が来るのだったわよね?」
「はい。もう到着するかと。」
「丁度いいわ。お友達も晩餐会にお招きしたらどうかしら。」
「彼も喜びます。」
「じゃ、夜にね。」


王妃は自分より遥かに背が高くなってしまったタカヒトの頬を軽く撫で、召し使いを引き連れ城に帰って行った。
東屋に戻る途中で、メイドが近づいてきた。
タカヒトより背が高く、ながい金髪を三編みにしている。


「タカヒト様、カウス国のアキト様がいらっしゃいました。」
「わかった。此処に呼んでくれ。」
「すぐに。」
「アカネ。」
「はい。」
「・・・いや、何でもない。」


メイドを見送り、広げていた羊皮紙や羽ペンを片付けいると、来客が到着した。
タカヒトより2つ下で隣国の王子となったアキトだ。
彼もやはり記憶は無い。


「やあ。また一人で勉強か。」
「一人の方が落ち着く。」
「本当、君は王子らしくないよ。知識も教養も一流なのに、肝心な部分が欠けてる。わかるかい?」
「他者への興味と愛想だろ。・・・俺は上に立つよりキングに仕える方が向いてる。」
「何を寝言言ってるんだ。それとも、また巨大猫や兎が出てくるゲーム世界とやらの話か?」
「その話は忘れてくれ。」
「印象深くてね。初対面で訳もわからない話をされてたからね。
極めつけは“マヒトはどこだ”だもんな。そんなに似てるのか?」
「ああ、似てる。名前も、顔も。」


アカネがお茶やお菓子の乗ったトレイを運んできて、二人はしばしカップを傾け雑談を交わす。
ついでに先程聞いた晩餐会にも誘った。


「イツキ殿下には先週僕も会ったよ。近々ミヤコ様と婚約するとか。」
「従姉妹の?」
「違う。ミヤコ様はギルデガン宰相のお嬢様だ。タカヒト、寝惚けるのか?」
「すまない。ソウタは元気か?」


気をつけていないと、記憶が混乱してしまうのは困者だった。
カップを傾けながら慌てて話題を反らす。
水色猫としてジョーカーの手下だったソウタは、この世界で本当にイツキの弟となった。
アキトとは歳が同じなので仲が良いらしい。


「お兄さんの婚約凄く喜んでたよ。ミヤコ様とも馬が合うみたいで。」
「そうか。よかった。」
「他人事だな。」
「これでも喜んでいる。無表情は昔からだ。」
「嘘をつけ。6歳のころから一緒なんだ、多少は君の表情は読める。」


脇に控えるアカネが少なくなったカップに紅茶を継ぎ足す。
赤茶の水色に映る自分の顔をじっと見下ろした。
前の世界や黒箱にいた頃と違い、大分幼い自分の顔。


「探し物は見つかりそうか。」
「さあな。ただ・・・必ず見つける。」
「ならば一刻も早く見つかることを祈るよ。連合の中心であるレデントーリス家に跡取りが途絶えてはいけない。」
「俺はその役目無理そうだ。跡取りは妹のモモナに任せた。」
「摘男がふざけたことを・・・。今夜の晩餐会だってその辺の企みあってのことだろ。
というか、お前の探し物は男だろ?結婚してたって問題ないじゃないか。」
「あいつが幸せじゃなきゃ意味がない。この人生を、あいつの幸せの為に使うと決めてある。」


文句を言おうと口を開いたアキトだが、タカヒトの落ち着いた横顔を見て諦めたのか、細く長く息を吐いた。
彼はある一部において物凄く頑固なのだ。
陽光を受け輝く庭の緑の穏やかな眩さ浮かぶ端正な顔。国中の姫君がこがれているというのに、罪作りな友人だ。


「一途というかなんというか・・・。ま、君が昔から現実に無関心なのは知ってたよ。夢の世界ばかり追い掛けてる。」
「王子としての責任は分かっている。アイツを見つけさえすれば、地に足もつくのだがな。」
「君の人生はまだスタートラインにもたってないということか。」
「ああ。その通りだ。相変わらず簡潔な説明が上手いな。」
「親友だからね。君の心配をしていることは覚えていてほしいかな。」
「・・・ありがとう。」


アキトがまた上品にカップを傾けた。

それからまたしばらく雑談を続け、友人は晩餐会準備の為一旦帰って行った。
タカヒトはまだ城に帰る気分ではなかったので、使用人達を全員下がらせ、一人で中庭の奥を散策する。
小高い丘の上に建てられた城なので、中庭は直接丘の草原に繋がっている。
もう魔術や結界は無いが、治安が非常にいいので王子が一人で城外に出ても問題はない。
念のため騎士団は敷地内に隈無く配置されているし、簡単な塀もある。

レンガを重ねただけで成人男性なら乗り越えられる塀だが、それで十分だ。
少しだけ高くなった丘に立ち、連なる山脈と裾に広がる森、そしてどこまでも続く青い空を眺める。
黒箱の世界にいるとき、元の世界がどんなに美しいか、話してくれた遠い日を思い出す。
元の世界で見ていたはずなのに、彼が瞳を輝かせながら表現した世界が目の前に広がっていることに感動を覚える。
空はどこまでも澄み渡り、天と地の境界線はとても遠い。
ここには天井も壁もない。果てしなく、自由な世界だ。
ほどよく頬を撫でる風を感じるこの瞬間が、タカヒトは好きだった。
出来れば城下町でパン屋を営むリョクエンのように、普通の市民に生まれ変われたら良かったと、時たま思う。


「・・・?」


何かに呼ばれた気がして、タカヒトは振り返った。
丘には背の低い花が一面に咲き誇り、その向こうには林が広がっているだけ。誰もいない。
鈴の音を聞いた時のような、澄んだ音に無意識に引き寄せられたタカヒトは丘を降りた。
木の密度が高くないので、日差しが十分に入る林を辿る。普段人は出入りしないので、当然道などない。
軽やかな鳥のさえずり、葉の擦れる心地よいざわめき。
森も土も、タカヒトは好きだった。なので進む足も軽い。
しかし鬱蒼とした森じゃないにしろ、道がないので迷っても困る。そろそろ城に戻らねばと考えていたら、急に森を抜けた。
手入れの行き届いていない芝生が広がる空き地に出た。名も知らぬ小さな花や、雑草が無秩序に生えているが、背丈は無い。
鹿でもいて食べているのだろうか。
空き地の隣には、壊れたレンガ作りの廃虚があった。色褪せ表面にはヒビが入り、蔦が張ってしまっているが、随分立派な建物だ。
建物の隅は円柱の作りで、城の一部にも見える。
はて、とタカヒトは首を傾げた。こんな建物あっただろうか。
貴族の別邸跡だろうか。そうだとすればとっくに壊されてる気もする。
第一、レデントーリス家の近くに貴族が舘を建てるなど許されない話だ。
ならばやはり王室の持ち物だったのだろうか。そんな話聞いたこともない。
崩壊の危険性はなさそうなので、タカヒトは周りを散策することにした。
レンガの一枚壁を超えると、廃虚らしく中はボロボロで壁はほとんど残ってなかったが、渡り廊下があった。
等感覚で並ぶ円柱支えの間を歩く。
左右にまたレンガの壁が立っていて、壁を過ぎると庭らしき場所についた。
色とりどりの花や草が好き勝手に生えているのだが、それでも美しい庭だった。
この庭だけ廃れた気配はなく、息吹すら感じた。
廊下から芝生に直に下りる。


「――・・・、」


首を思いっきり左に降る。
今辿ってきた渡り廊下は左に折れる作りらしく、その廊下から鑑賞出来るよう作られたであろう生け垣の前に、小さな男の子が立っていた。
5歳か6歳ぐらいで、大人用の麻のシャツを一枚纏い、裸足だった。
少年の姿を捉えた瞬間、タカヒトの血が歓喜の声を上げたのを確かに聞いた。
心臓は一回一回痛いぐらいに強く鳴り響き、その度体が震えた。


「タカ、ヒト・・・。」


泣き出しそうに顔を歪めた男の子は、か弱い声で確かにそう発した。


「タカヒト・・・。」
「マヒト・・・!」


タカヒトは駆け出し少年の前でしゃがむと、彼を力いっぱい抱き締めた。
触れた温もりは確かで、存在は夢ではないことが分かると、目頭が熱くなってゆくのを感じた。
胸にゆっくり広がるのは安堵感なのかもしれない。


「マヒト・・・、やっと、見つけた・・・。」
「ごめんなさい、タカヒト。時間、かかっちゃった。」
「いい・・・!ずっと探していた・・・。ずっと・・・!」
「会いたかったよぉ・・・。」


少年はタカヒトの腕に抱かれながら喚くように、だがか細く泣き出した。
タカヒトもまた、泣く少年を抱き締めながら胸中歓喜の涙で溢れていた。
鳥だけが立ち寄る秘密の庭で、二つの過去が混ざりあった記憶がようやく思い出に変わろうとしていた。
彼等は、新しい世界でようやく宝物を手にしたのだった。
天井が青く、光輝く眩い美しい世界で。

 

 

 




end.

 

bottom of page