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♥♦♠♣2

黒い壁に囲まれた迷路のどこかで、ハートの眼帯をした、青年というにはまだ幼い若者が足を止め腕組みをし、ジッと立っていた。
耳に差したインカムから声が届いた。


『ちょっとリディア。動きなさいよ。』
「俺の仕事は敵の足止めだ。」
『さっきクラブの一人通り過ぎただろ。』
「・・・気付かなかった。」
『棒読みやめなさい。』


インカムの向こうの声、ハートのナビである若い男のため息が聞こえてくる。


『今回の宝も君が探してるやつじゃないんだね。』
「ああ。」
『ま、部品詰め合わせなんて僕もいらないけどね。』
「ならサボって問題ないじゃんか、グラス。」
『あ、サボり認めた。・・・そんな君に朗報、もしくはお仕置きだ。右手の通路を左に曲がると、<スペードのナイト>がいるよ。』


その声に、少年の様子が一変した。
気だるげだったのに、左目を見開きいきなり走りだすと、角を左に曲がる。
そこにいた男を確認するなり、左右の腰に差していた短いレイピアを抜き地面を蹴り、更に真横の壁を蹴って斜め上から襲いかかる。


「アオガミィィィィ!!!」


怒りの雄叫びと共に降りかかった一撃を、男は軽々と避けた。
コートを纏う長身の男で、髪はほとんど黒に近い青色。
シャープなゴーグルのようなサングラスの下から少年を見る。


「またお前か、<ハートのキング>」
「くたばれアオガミ!!」


凄まじい形相で地面を蹴り、右のレイピアを構え突き刺す。
が、やはり青髪男はひらりと交わす。
交した所を、左手のレイピアで横から刺すが、見かけの割に素早く器用な体重移動で後ろに飛ぶ。


「お前の相手をしてる暇は―」
「うるさい!」


繰り返しレイピアを突き刺す少年。
隙をつき逃げようとした男だったが、足元に水色の波紋が広がったのに気づく。


「対戦フィールドを展開したか・・・。」
「これで、どっちかが気絶するか死ぬまで回避不能だ、アオガミ。」
「俺に気付かれずフィールド展開成功させたのは誉めてやる。避ける暇すら無かった。」
「その上から目線止めろって言ってんだ!」


二本のレイピアをクロスさせ距離を詰める。
間合いの手間でクロスを引き、相手の肩を同時に斬りつける。
息がかかるぐらい近くにいたアオガミが消えたと気付いたと同時、少年は腹部を強く撃たれ後ろの壁に激突した。
壁はへこみ、亀裂がクモの巣のように広がった。


「ぐはっ・・・!」
「レイピアは突き特化の武器だろう。両刃とはいえ、その短さじゃ俺は切れない。」


壁にめりこんだ体が床に落ち、破片がパラパラと降る。
口内に血の味がした。
背中の痛みに体がジンジンと唸るが、無視して立ち上がる。
その間、十二分に隙はあったはずなのに、アオガミは攻撃を仕掛けるようなことはしない。


「ムカつくんだよ、あんたのそういうとこ・・・。俺がガキだからって手抜きしやがって・・・!」
「敵を殺すよう指示を受けていない。」
「クッ・・・!」


その返答はまるで、目の前にいる自分が見えていないような発言に聞こえて、怒りで胸が熱くなった。
指示をされなければ殺す必要もない。いや、相手をする価値すらないと言われてるみたいじゃないか。
再び地面を蹴ってレイピアを突き出す。
今度は左右同時に、交互に突きを繰り返す。
隙を作らぬ連続攻撃だったが、左手首を掴まれ、あっさり近くの壁に投げられる。


「まだ気絶しないか。早くフィールドを解け。」
「・・・やだね。」
「はぁ・・・。」


ため息と同時、風より早くアオガミが壁寄りかかる少年に迫った。
瞬きよりも早い移動で、拳が目の前に迫り、少年の脳裏に敗北の文字がよぎる。
あと少しで拳が少年に叩きつけられようというところで、デッキ全体にブザーが鳴った。
けたたましい野太い音に、鼻先数センチ手前で拳が止まる。
無意識に、息を止めていた事に気づく。


「・・・宝を誰かが手にしたか。ゲーム終了だ。」
「・・・。」


拳を引いて、アオガミは踵を返し、ゲーム終了でフィールドも解除されたので何も言わず去って行った。
残された少年は、顔を歪め壁を殴りつけた。
彼は、進もうと思えば彼を瞬殺出来たのだ。
実力の差をわざわざ見せつけられたのは、これが初めてではない。


「お怪我は。」


少年の横に、音もなくメイドが現れた。
女性の割に長身で、ロングスカートにエプロン、アッシュブロンドの長い髪を三編みにして肩にかけている。
タレ目の碧眼で少年を伺う。
少年は苛立ちを収め、立ち上がった。


「治療いたします。」
「いらない。ユタカの治癒がある。」


無愛想に歩きだした少年に、メイドも後に続いた。

 

 

 

 

ハーティア司令室

ハート、正式チーム名<ハートフェル・ティアーズ>
通称ハーティアの司令室に先程ゲームに出ていたメンバーが集められていた。
司令室と言うより、お洒落なラウンジで、白い壁に赤いソファーと暗い茶色のテーブル。
高級カップが並ぶティータイムセットまである。
やや壁際に配置された赤い5人掛けソファーに座り足を組んだ黒髪の青年は、膝の上に手を乗せて顔を上げた。


「ま、そんな感じで、僕から言うことはいつも通りだよ。ツジナミさんとケイセイ君、勝手に動き過ぎです。

ケンカしていいゲームの時は前もって知らせるからって言ったじゃないですか。」
「今日の景品がレリックな時点で捨て試合かなーて思ってさー。」


デザイン性の高い椅子を反対にして、跨ぐように座るガタイの良い男がヘラヘラと笑いながら答える。
男は30代半ばか後半で、捲った袖からたくましい筋肉が覗く。
ソファーに座る生真面目そうな黒髪青年の眉間に一本皺が寄った。


「勝手に判断しないでください。あなた方の武器代だってタダじゃないんですから、今回の製品は必要でしたよ。」
「最初からそう言ってくれよリーダー。」
「言いました・・・!」


ふう、と諦めのため息をついた彼は、一層ソファーに身を沈め、壁に寄りかかっているハート型眼帯を
した若者に目を移す。


「リディア。君は動かな過ぎ。次回はちゃんと働くんだよ?」
「わかった。」
「はい。定例反省会終了ー。解散。」
「ちょっと宜しいですか、リーダー・グラス。」


銀の長髪で眼鏡をかけた痩せ気味の若い男が、リーダーの解散命令が下されたと同時に問掛ける。


「なんだい、ケイセイ君。」
「リーダーはリディアに甘すぎじゃないですか。デッキに降りるだけで、仕事もしない。」
「おや、君が言うかい?」
「召喚のことです。召喚士のくせに、今まで二回しか召喚していません。

アレの力があれば毎回トラップを避けたり戦いあったりせずとも、宝は我々のものです。」
「リディアの召喚獣が特殊なのは話しただろう?一回召喚するだけでかなりの疲労感に襲われる。

彼が寝込んでいる間に次のゲームが始まったり、彼を警戒して敵が罠を仕掛けてきたらどうする。

切札ってのは、いざという時にだけ使うものさ。リディア、もう帰っていいよ。」


眼帯の青年は壁から背を離し、銀髪男の睨みを無視して部屋を出て行った。


「仲良くやってもらわないと困るよ、ケイセイ。その歳で贔屓だなんだって妬いたりしないでさ。」
「妬いてません。」
「ハッハッハ!安心しろせーちゃん。俺がたっぷり誉めてやるからさぁ。」
「せーちゃんって呼ばないでください。」


ケイセイは眼鏡を中指の腹で押し上げた。
椅子に座っていたガタイのいい男は、椅子の背もたれがカーブした上に肘を置く。


「でもよーグラス。リディアとオメーさん何か隠してるだろ。」
「これと言って何も。個人的な相談はされましたが、ゲームやチームに関わる事じゃないですよ。」
「ならいいけど。」
「彼も思春期入って気難しくなっちゃったんです。昔は懐いてきて可愛かったんですけどねー。」
「お二人は昔からの付き合いでしたね。」
「ああ、まぁね。・・・じゃ、僕も失礼します。お腹すいちゃったんで。」


ソファーから立ち上がった青年は、扉を開けながら振り返る。


「ああ、そうそう。隠し事ならツジナミさんもしてるでしょ?」
「あ、俺とせーちゃんが怪しい関係だってバレてた?」
「怪しいってなんですか!!?気持悪い冗談止めてください!」


噛みつくケイセイに笑いながら、グラスは妖しく瞳を細めた。


「お互い、チームに迷惑かかる隠し事はナシにしましょうね。」


扉が閉まりグラスは出て行った。
一拍置いて、ツジナミは椅子からソファーに移り勢い良く座り込む。


「流石ハーティアのリーダー・グラス。俺達のヒミツ、バレちゃってるかね~。」
「人員には情報漏洩せぬよう徹底させてますし、ラボの存在すら知らないかと。

放任主義のグラスさんに付き従う人間もあまりいません。勘で言ってるだけとは思いますが、恐ろしい人ですね。」
「鼻がきくんだろう。・・・うーん。少なくともリディアはグラスの味方だろうしなー。

召喚士はやっかいだ。此処から少し慎重にやって、時期をみるか。」
「はい。」
「グラスに恨みはねぇが、仕方ないよな。うん。」


独りごごちに呟き、天井をぼんやり見つめたツジナミは、静かに瞳を閉じた。

 

 






 

 


自室に戻ったリディアは、ベッドの上に座りメイド姿の女性の胸に顔を埋めていた。
抱き合っているというより、母に抱かれる子供のように見える。


「また、欲しい宝じゃなかった・・・。」


司令室にした時とは違う、か細い声が漏れる。


「ここしばらくずっとだ・・・。もう出てこないのかもしれない。」
「希望を捨ててはなりません。一等品は出現率こそ低いですが、必ず出品されます。」
「でもアカネ・・・。」
「大丈夫です。今は辛抱の時です。」


メイド服の女性は優しく諭しながら、彼の柔らかい茶の髪を撫でた。
今にも泣き出しそうな子供みたいな彼を、あやすように。


「僕は、彼女に会わなくちゃ・・・。間に合わないかもしれない。」
「きっとご無事です。」
「・・・・さっさ、反省会でケイセイに文句言われた。ユタカを使えって。皆、僕のこと嫌いなんだ。グラスだって、そろそろ愛想をつかすよ。」
「グラス様はお優しい方。それに、アカネがおります。アカネだけは、何があろうとも貴方様の味方です。」
「うん。」


リディアは瞳を閉じて、額を彼女の肩に預ける。


「お体の方は?」
「もう治ってる。アオガミめ・・・殴るのも手抜きしやがって・・・。僕、アイツ嫌いだよ。」
「あらあら、他人に感情を示すなんて珍しいではありませんか。」
「召喚しない僕は弱いただの子供とでも思ってるんだ・・・。見下されるのは嫌だ。」
「貴方はとてもお強いですよ、マヒト様。」


少年はしばらくそのまま、世話係であり姉のように慕う女性の温もりに抱かれ続けた。

 

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