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♥♦♠♣9

 


「あー、だからマヒトには最強メイドがくっついてたのかぁ。」


ハート居住棟に戻り、クラブリーダーのサキから伝えられた真実をマヒトから聞き終えたグラスの反応は、こうであった。


「リセルも無いのにやたら戦闘能力高いだろ?教養もあるし、忠実だし。王子様の護衛を兼ねてたんだろうね~。」
「グググ、グラスさん!そんな呑気な!」
「あ、マコトでいいよ、モモナちゃん。そういえば、モモナちゃんがマヒトが王子で~・・・って言ってたアレ、見事正解だったね。」


世界が覆る重大事実を聞かされても、瓢々とした態度を崩さないグラスにモモナは握り拳を作りながら煮えきらない様子で前屈みになる。


「マヒトさんは世界の鍵なんですよ?!」
「らしいね。」
「なんでそんなに冷静なんですか。」
「それは当然さ。真実がどうであれ、マヒトが大切なのに変わりなく、マヒトを守るのは全く同じだ。」


椅子の上で足を組み当たり前に答える新生ハーティアの司令塔に、モモナは握り拳を解き目を輝かせた。


「カッコイイ~!」
「フッフ。もっと誉めなさい。」
『仲がいいのね。』


モニターの中にいる黒髪少女が物珍しそうにこぼす。
正式にハートとクラブの同盟が決まり、両スートの通信が繋がった。
同盟というより、クラブが傘下に入ったようなものだ。
クラブはハートの指示に従う事を誓い、たった一つの条件、“マヒトと世界の真実を口外しない”という約束のみで全面協力を受諾したのだ。


「さて、同盟も決まり目標も定まったが、具体的にはどうすればいいんだい?」
『一番はスートを消滅させないこと。』


スートの消滅は、つまり役持ちと呼ばれるゲーム参加資格を持つ人間が全滅した時に下される。
実際スートの消滅を体験したことはないが、ルールブックにはそう記載されていた。


『第二に、ゲームによって成り立つ世界を形成している巫女姫を救出すること。』
「本物のサキちゃんかい。」
『はい。』


デリカシーに欠けたグラスの台詞に、何の反応も示さず、モニターの向こうにいる少女は頷いた。


『巫女姫はデッキ中央に埋められている事が分かっています。』
「掘り起こすの?いやまさかね。重機も無いし―」
『あります。』
「え。」
『今までクラブがゲームで得た賞品はギミック類。部品は山ほど手に入れました。』


グラスは顎に手を当て今までのゲーム戦歴を記憶から呼び起こしスライドさせる。
確かに、クラブは三流賞品のゲームでも確実に勝利を狙っていた。
ハートはマヒトが狙うインフィニティ関連以外不真面目だったが。


「部品だけあっても、地面を実際掘れる重機は無理だろう?デッキはコンクリート製だ。」
『調査済みです。デッキの地面は厚さ40cmのコンクリート。しかしその下はただの土。

確かハーティアの皆様はマヒトを探す為穴堀をなさったはず。』
「そうだった!既に経験済みだったよ。ウチには壁をぶち壊せるのが二人いる。」


グラスは目線だけで、壁に寄り掛って目を閉じ話を黙って聞いているクガを見た。


『コンクリートだけ皆さんで砕いて貰えれば、土をひたすら堀り進めます。

クラブには造形リセルを持った人間がおり、少ない部品でも本物と変わりない立派なショベルを作り出します。』
「凄い大胆な作戦だよね。」
『ルールブックにデッキの破壊は禁止など記されてません。ただ、問題なのはゲーム時間内に全てを終わらせねばならないということ。』
「あ、そうですよねぇ~。ゲーム終了ブザーが鳴ったら、デッキから降りなきゃいけませんもんね。」


グラスの脇に立つモモナが言う。


「てことは、穴堀が終わるまでの間、誰より早く宝を見つけて守らなきゃならないわけだ。」
『はい。宝を手にした瞬間がゲームの終了。』
「ま、そっちは任せてよ。ハーティアには魔術師がいるからね、時間稼ぎにはもってこいだ。」
「僕も手伝うよ。」


司令室に、メイドを連れだってマヒトがやってきた。
マヒトの姿を確認すると、サキがモニター越しにお辞儀をした。


「王子様は大人しくしてた方がいいんじゃなーい?」


椅子をクルリと回して茶化すようにニヤニヤと笑うグラスに苦笑をもらす。


「そうですよ!マヒトさんは狙われてます!」
「いや、大丈夫だよ。な、サキ。」
『はい。マヒトはこのゲーム世界の一人で、役持ちです。<ジョーカー>もゲームのルールを無視してプレイヤーに手出ししないでしょうし、

まずはスートの融合を行わないことには、“ヘミフィアの力”は使えません。』
「王子様を守る騎士もいることだし、問題ないでしょ。次のゲームが開催されるまでは、ダイヤの侵略に警戒しよう。

野蛮な人達ばっかりだからね。」
『はい。でわまた。』


クラブとの通信が終了し、薄暗かった司令室に明かりが灯る。


「ダイヤに襲われないように、やっぱりクラブに避難した方がいいんじゃないですか?

同盟のきっかけだって、あの最強防御結界だったわけですし。」
「ダイヤから身を守ることより、新しい目標が無事出来ちゃったから仕方ないよ。ゲーム開始時にホームにいないわけにはいかないからね。」
「しばらくはツジナミさんも僕達にかまってられないだろうけど、本当に彼の目的が“スートの一本化”だったら危ないよ。

<ジョーカー>の目的とも一致してる。」
「確かに。ゲーム外なら<ジョーカー>もルール無用ですからぁ。」


再び顎に手を当て考える仕草を見せるグラス。
しばし沈黙が落ちる。
マヒトが切り出した。


「僕、やっぱりユタカを取り返してくるよ。」


グラスがマヒトを見上げた。


「火竜がいればツジナミさんだって迂濶に手は出せない。」
「お前が捕まれば元も子もないだろ。契約解除を迫られ、今度こそ眼球潰されるぞ。」
「早く助けてあげたいんだ。」
「ユタカを?それとも―。」
「両方だよ。」
「私が行きます!!」


大人しい少女の大きな声が割って入ってきて、一同少女の顔を見る。


「ダイヤの、アイザーさんの所に行くんですよね?お供します!」
「でも、モモナ―・・・。」
「私の結界があればすんなり侵入出来ますし、見取図も完璧ですから!」
「君を裏切ったスートだよ?アイザーだって・・・。」
「アイザーさんはとても優しいお兄さんでしたし、私とクガさんを亡命させて下さいました。でも、今のダイヤに未練なんてありませんから。」


グラスが、モモナの保護者であるクガに視線を投げた。
それに気付いた大男は、壁から離れモモナの後ろに移動すると、彼女の頭を軽く掴みぐるぐると回しながらマヒトを見た。


「連れて行ってやってくれ。コイツの目的は、談話室にある本だ。」
「本?」
「ヒャアー、さすがクガさんです!」
「コイツは本が生き甲斐でな、今はシェイクスピアが読みかけなんだ。」


恥ずかしそうに頬に手を当てる少女に、マヒトは声を出して笑った。
アイザーに会いたくて危険な進言をしたのかと危惧したか、そうではなかったようだ。
彼の予想通りなら、今のアイザーを兄と慕う彼女に見せるわけにはいかない。


「なるほど!いいよ、一緒に行こう。」
「ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


翌日。
マヒトとモモナは早速ダイヤに侵入すべく、デッキ外周を歩いていた。


「今朝もアオガミさん帰ってきませんでしたねー。」
「ああ。何か面倒なことになってなきゃいいけど・・・。」


ライトが埋め込まれた黒い道を並んで歩く。
結界をまだ張っていないのは、誰ともすれ違わないからだ。


「<ジョーカー>ってどんな人達なんでしょうね。」
「サキが言うには、黒幕は1人から3人。彼、もしくは彼女かもな。」
「ふぇえ!?」
「モモナ、声大きい。」
「す、すいません。」


両手で口元を覆う。
そろそろダイヤの居住城が見えてくるころだ。結界を張る前に接近がバレたらまずい。


「とりあえず今はアイザーに集中しよう。あとシェイクスピア。」
「はい!」


二人は笑い合ってどこまでも続く道をひたすら辿り、そびえ建つ梁が見えてきた辺りでモモナが結界を張る。
城と呼ぶにふさわしい。いや、城そのものであるダイヤの住処に近づくにつれ、火薬の匂いが濃くなり、話し声も幾つか届くようになった。
以前のダイヤとはかなり違った雰囲気に戸惑っているのだろう。モモナは胸の前で手を組み合わせ肩に力が入ってしまっている。
さりげなく、マヒトがモモナの手を取った。


「うわぁ・・・!」
「クガさん居なくて不安だろうけど、僕が守るから。」
「ありがとうございます!」


力強く握り返された手を引きながら、柵の門をくぐる。
城の玄関まで芝生が植えられており、ただっぴろい庭に傷付いた兵士が幾人か横たわっていた。
消毒液の匂いもする。


「ブルーソードとケンカして負傷した奴らかもな。」
「あの人達、非リセル所持者ですよね?」
「リセルなんてなくとも、武器は十分あるんだろ。野蛮な武器がね。」


庭の怪我人に怪しまれないよう、城の脇にある隠し扉から中に侵入する。
石を組み上げた壁はまさに城内。
白い石も垂れ下がるカーテンもきらびやかだが、そこを通る連中がいただけない。
皆、ギラギラと光る血走った目をした兵士達で、肌や服は汚れ、歩く度絨毯を土色に変えてしまっている。
ただ、野生動物みたいに肩を張り辺りを警戒する兵士も、結界に守られた若者二人に気づくことはなく、モモナの案内で城内を三階まで上がる。
汚れた兵が立ち入りを許可されてるのは一階だけのようで、誰ともすれ違わない。


「ダイヤって居住区域はどこなの?」
「役持ちは五階、一般人は地下です。地下と言っても内装は全く同じで。」
「なるほど。ハートの人間がかなり取り込まれた割に静かなわけだ。」
「リディアさん、あの扉が談話室です。」


白い廊下の先に、茶色い重厚な扉が埋め込まれているみたいにそびえる


金の装飾が施された両開き扉で、天井と高さは同じ。


「あそこに本が?」
「はい。」
「じゃあ、シェイクスピアを積めてる間に、アイザーに会ってくるよ。」
「えええ!?」


今度の悲鳴は結界を張っているので誰にも聞かれなかった。


「さっきから、僕の召喚獣が呼んでるんだ。」
「危険です!誰かに見つかったら・・・。私も行きますから。」
「人の気配ないから大丈夫だよ。」
「でもぉ・・・。」
「結界解いちゃダメだよ。何かあったらすぐ呼んで。」


通信機を叩きながら微笑むと、マヒトの意図を察したのか、モモナが力強く頷いた。


「わかりました!終わったら此処にいますから。」
「うん。」


繋いでいた手を離し、石の階段を上がる。
四階渡り廊下の端まで行くと、今度は螺旋階段を上がる。
外から見たとき、一番外側にポツリと建っていた棟に、アイザーはいるらしかった。
塔内は下層と違い薄暗く、石壁は老朽し始めている。
屋根裏部屋みたいな雰囲気だ。
先程見た談話室の扉とはえらく違う、みすぼらしい木の扉をノックもせず押す。
一応部屋らしいのだが、際立って肌寒く、最低限の家具と寸法が合っていない絨毯しかない。
壁に寄せられた天蓋付きベッドに、彼は眠っていた。モモナを連れてこなくて正解だったと、マヒトはベッドに近づく。
ダイヤの司令塔だったアイザーの目には、痛々しく包帯が巻かれ、顔色は包帯と同じ色だ。
見るからに頬は痩け、シーツの上に乗る手は骨が浮かび上がってしまっている。
人形の方が、まだ健康的であろう。


「いらっしゃい。来ると思ってた。」


紫に変色した唇が動き、か細い声がマヒトを歓迎した。
首を傾けるが、見えてないので顔は天井を向いている。


「火竜が騒ぎ始めてね。君なんだろ、リディア。」
「ああ。」
「こんな場所までわざわざすまないが、火竜を返すつもりはないよ。」


感情の無い目で、アイザーを見下ろす。
彼は薄く笑っている。
その笑みが、痛々しさを際立たせてしまっている。


「そんな状態になってもか。」
「もう少しで、融合出来るんだ。」
「無理だろ。僕は契約を解いてない。」
「なら解いてくれると、助かるんだが。」
「・・・火と氷。対極にありながら最強同士の召喚種を人間の体一つで融合させ御するなんて無謀すぎる。」
「無茶も無謀も、飛び越えて可能にしなければならないんだ・・・。」


両の目は包帯の下だが、きっと力強い目をしているのだろう。
マヒトはベッドに腰掛け、断りもなくアイザーの包帯を解き出した。
何十にも巻かれたそれを床に落とす。
アイザーの目は、真っ白であった。
召喚士は、召喚種と契約し体に宿すため対価を払う。
それは視力だ。
人間にとって最も大事な機能の一つを捧げなくてはならない。
ついこないだまでマヒトも片目は白眼で視力はなかった。
今のアイザーは、2つの召喚種を体に宿して、両目の視力を失っている。
相性や能力にもよるが、召喚士は召喚種を体に入れているだけで自然と力や気力を奪われ供給している。
マヒトとユタカは相性が良く疲労は感じたことはなかったが、氷と火を同時に体内に収めるということは、

じっとしてるだけで相当量の精力をもっていかれているはずだ。
しかも炎は言うこと聞かず暴れているときた。


「アイザー、ユタカを返して。」
「できない。」
「君が死んでしまう。」
「死なないさ。目的を果たすまで、決して――」


彼がまだ生きているのは、その強い願いのおかげだろう。
アイザーは自力で半身を持ち上げ、枕を重ねクッションのようにして座る。
彼が起き上がるのを手伝ったマヒトは、伸ばした手をそのまま彼の肩に沿えた。


「いくら最強召喚獣でも、<ジョーカー>が作った世界をリセットなんか出来ないよ。」
「知っていたのか?世界の姿を。」
「つい昨日聞いたんだ。貴方と同じく、改変を免れた人から。」
「そうか・・・。やはり俺以外にもいたか。」
「アイザー・・・、貴方は、クルノア王家の関係者なんですよね・・・?」


アイザーは眉をピクリと動かした。
もし今目が見えていたら、マヒトの泣き出しそうな顔を不思議に思っただろう。


「・・・そうだ。我がアイザー家はクルノア王家に代々お仕えしてきた。」
「ジョーカーの書き換えにより主を失った貴方は、この世界で最強となった召喚獣の力を使い<ジョーカー>を倒そうとした。」
「ああ。よく気付いたね。」
「ユタカが教えてくれたんですよ。」
「本当、君達の絆は強くて困ってしまうよ。火竜は全然ひれ伏してくれないんだから。」


アイザーは嘲笑を口元に宿しながら、クッションに身を預けた。


「抹殺された王家の方々を取り戻すのは今や不可能。だが、俺がお仕いしていた王子に託されたんだ。レファス皇子を守ってくれと。」
「・・・っ。」
「俺はお姿を拝見したことはないが、王子はまだおさないレファス皇子―確か名前はマヒト様だ―を大変可愛がっておられた。

王子は書き換えで消されてしまったが、<ジョーカー>はきっと、ヘミフィアの力を狙っている。

ならばこの世界のどこかにいるレファス皇子をお守りしなければならない。」
「・・・アイザー。貴方も、記憶をいじられている人間だったのですね。」


マヒトは、骨と皮だけで作られたかのような、痩せたアイザーの手を取った。


「クルノア第二王子マコト殿下はご健在です。」
「え・・・。」
「そして僕の真名は、マヒト・アイン・ウル・ヘミフィア。」

「そんな・・・!」


両の白眼が見開かれ、停止の後、透明な涙が溢れてきて、痩けた頬に流れた。
死に近付いていた顔に、生きてる証である温かな水が通る。


「ジョーカーに消された記憶を、つい今朝方思い出したんだ。きっと、真実と真名を知ったからだと思う。」
「で、でわ私は・・・ヘミフィア皇子に傷をつけ、眼球を貫くところだったのか・・・。」
「お互い正体は知らなかったし、僕の為にやってくれたことだ。気にしないで、アイザー。いや、アキトさん。」
「私の真名・・・。」
「マコト兄さんがそう呼んでいたの思い出した。」


涙で顔を濡らし続ける男の頭を抱き寄せる。


「マコト兄さんが待ってる。彼はまだ記憶を取り戻してないし、自分が王族だったことも、兄様のことも諦めてる。

アキトさんの顔みたら、思い出すよ。」
「マヒト様・・・。」
「呼び捨てでいい。マコト兄さんとは両国の関係上本当の兄弟みたいに育ったんだ。貴方がマコト兄さんの義兄弟なら、僕にとっても兄さんだ。」
「勿体無いお言葉でございます・・・!」
「さあ、行こう。此処は寒い。」


ベッドの下で折り畳まれていた車椅子にアイザーを乗せていると、ユタカと氷の女王が現れた。
アイザーの顔色がみるみる良くなっていく。


「マヒトちゃああああん!会いたかったよぉ!」
「ユタカ!・・・悪いけど、感動の再会は後。今は早く脱出しなきゃ。」
「冷たっ!雪籠女並に冷たいじゃない!」
「黙れ火トカゲめ。貴様と同居なんぞ息ぐるしくて仕方なかったわ。」
「そんなこと言って~。オレと離れるの嫌なんだろ。」
「戯言をぬかすでない!」
「と、とりあえずさ。アキトさんを下に運ぶの手伝ってよ。」


氷の女王の転移術により、一瞬でモモナとの待ち合わせ場所に飛んだ。
そこには既に、パンパンに膨れたショルダーバックを下げた少女がいた。


「ひゃあああ!・・・って、マヒトさん。・・・アイザーさんも!」
「やあモモナ。元気そうでよかった。」
「アイザーさん、その目・・・。」
「説明は後だ。脱出しよう。」
「はい!」
「雪籠女、城外に転移出来るかい?」
「すまぬ主。この建物の回りには相入れぬ結界が張りめぐらされておって、無理じゃ。」
「なら正攻法で出るとしよう。頼んだよモモナ。」
「お任せ下さい!」


車椅子をマヒトが押し、階段はユタカにも手伝ってもらい一階に戻る。
相変わらず汚れた兵士がうろうろしている。


「モモナ、大丈夫?」
「うぅ・・・、結界内に召喚獣さんが2体もいるのは初めてなもんで~。」
「なら一回体に入ってもらおう。」
「ダメだよアキト兄さん。」
「少しの間なら平気さ。」
「ユタカ、順応してくれ。アキト兄さんに負担かけさせないように。」
「はーい♪」


召喚種二体は大人しくアキトの体に収まる。
また顔色に影がさすが、ベッドの上にいた時ほど青白くはなからなかった。


「火竜は本当にマヒト様が好きなんだね。全然辛くない。」
「様はいらないよ、兄さん。」
「やっぱりお二人はご兄弟だったんですね!名前もお姿もそっくりです。」
「うーん、血は繋がってないんだけどね。」
「ねぇモモナ。あの扉なに?」


一階廊下脇から伸びる薄暗く短い通路の向こうに、先程の談話室と同じような立派な扉が鎮座していた。
眠っているみたいに静かで冷たいのに、重厚な扉の奥から何かを感じる。


「謁見の間です。実際は役持ち以外の方との作戦会議とか、クイーンが使ってたり。」
「<ダイヤのクイーン>?」
「はい。」
「・・・そう。」
「何か感じるのかい?」
「うん。呼ばれてるような、行かなきゃいけないような。黙って通り過ぎるのは後ろ髪引かれるだろうね。・・・モモナ、そのまま兄さんを頼むよ。」
「マヒトさん!?ま、まさかまたお一人で?さすがに此処は人がいっぱいなので・・・。」
「大丈夫、だと思う。」
「ならば火竜を。精霊核の譲渡がまだでもマヒトの言うことは聞く。」
「平気。すぐ合流するから、外で会おう。」


何かに導かれるまま、モモナの結界から出て一人、木製ながら重厚な扉を押して中に入った。
謁見の間と呼ぶにはふさわしいアーチ状の神秘的な空間。
城内のレンガより美しく煌めきを含んだ白壁と、天井まで届く四枚のステンドグラス。
まっすぐ伸びる黄色い絨毯の先に、王座の椅子が厳かに置かれている。
絨毯を進み、マヒトは王座に座る人物に近付いた。


「あらまぁ、随分成長したわね、ヘミフィア皇子。」


煙管をくわえた、金髪の妖艶美女は赤茶の目を細め数段高い王座からマヒトを捉えた。
肘かけに身を任せ、だらしなく椅子におさまっている。
割れたドレスのスリットから、長い足が覗くのも気にせず足を組むと、赤い唇で笑う。


「可愛らしいのはそのままでよかったわ。」
「貴女が<ダイヤのクイーン>」
「私はただのクイーンよ。全てにおいて。」
「なら貴女も、書き換えを逃れた一人?」
「逃れた、は正しくない。アタシは<ジョーカー>ごときの影響は受けない。このゲーム世界にいるのも、ただの暇つぶし。」


クイーンは煙管を指で回して手悪さするが、煙は出ていない。


「お人形さんから真実を聞いたらしいわね、皇子。」


マヒトがグッと眉根を寄せ腰のレイピアに手を沿える。


「フフフ、無駄よ。」


瞬きより短い時間。
気付いたら、クイーンは王座の上ではなく、マヒトの真後ろに移動し、体を密着させながら赤い爪がついた指で彼の頬を撫でていた。


「ッ・・・!?」
「そんな針金みたいな武器じゃアタシは傷つけられないわよ。それに、アタシは敵じゃない。どちらかと言えば味方よ。」
「貴女は、一体・・・。」
「ささ、おすわりなさいな。アナタが座るのがふさわしいわ。本物じゃないけどね、その椅子。」


背中をグイグイ押され、先程クイーンがいた王座にマヒトが収まり、クイーンは肘かけに腰を下ろす。


「いずれ本物の玉座に座り、宝石携えた王冠を乗っける日がくるかもしれないわね。」
「クイーン、教えて下さい。貴方は何者です?何故僕の事情を―」


クイーンがぐっと体を寄せマヒトの唇に人差し指を乗せる。
息がかかりそうなほど間近で微笑む美女は、ステンドグラスからの淡い光を受けて、肌も髪もまつ毛さえも神秘的に、そして曖昧に輝く。


「またの機会にしましょう。ここは対談には不適切。見た目だけなら完璧かもしれないけど、王たるアナタがいるには空気が濁り過ぎている。」
「・・・僕は、貴女を知っている・・・。」
「ええ、そうね。でも今は忘れなさい。今日は顔合わせをしたかっただけ。」


人差し指が離れ、マヒトの髪を優しく撫でつけるクイーンの指。


「いづれ全てを話す日がくる。それよりも、アナタの騎士が大変なことになってるわよ。タカヒトちゃん、だったかしら。」
「タカヒトが!?」


背もたれから離れ肘掛をグッと掴む。
嫌な予感が的中してしまった。
タカヒトは帰る時間を誤ったりしないはずだ。


「言っておきますけど、<ブルーソード>に向かおうなんて考えちゃダメよ。今あそこが一番危険なの。」
「でもタカヒト、危ないんでしょ!?」
「身の危険と言う意味なら大丈夫。彼の頑丈さも強さも、アナタが一番分かってるはず。」
「・・・。」
「今は、大人しく帰り、次のゲームまで彼を待ちなさい。」


俯いていた顔をあげ、クイーンを下から見つめる。
妖艶な雰囲気の中に、聖母のような清らかで神聖な空気を匂わせる。
不思議な女性だ。


「刃が鋭くなったようなアナタの心を溶かした存在だもの、大切なのはわかるけど、言うこと聞いて頂戴。」
「…わかりました。」
「いい子ね、さあ、お帰り、可愛い皇子様。」


マヒトの前髪を軽くかき上げ、額にキスを落とし、クイーンは姿を消した。
夢の中にいる気分だ。
王座に深く座り直し、ステンドグラスを見上げる。


「馬鹿タカヒト…なにやってるんだよ。」


出来ればこのまま<ブルーソード>を訪ねたいところだが、まずはアキトをハーティアに連れ帰ることが先決だ。
クイーンとも約束してしまったし。
彼はもう一度、深いため息を謁見の間に落とした。
 

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