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赤、オレンジ、黄色、ピンク。
色とりどりの紙ふぶきが舞う。
澄み渡る青に、明瞭な折り紙のカラーがよく映える。

空をパレットにして彩られた贅沢な絵画のようだ。
本当に切り取って1枚の絵にして飾りたいほど、偶然が生んだ刹那の景色に彼女は目と心を奪われていた。
しかし。

どこかしこからか沸き起こる黄色い歓声が、たった数瞬の奇蹟の絵画をぶち壊す。
一気に現実へ引き戻されてしまう。
深く深く、鬱陶しさと呆れを存分に混ぜ込んだため息をこぼし、止めていた足を動かした。

 

 

 

 

▲▽ シニフィエの輪郭線 ▽▲

 

 

 

 

 

 

 

本日、此処アテナ女学院にクロノス学園の生徒数名が2校の交流のためやってくる予定になっていた。
姉妹校というわけではないのだが、特別な学校であるのは共通している。
2校は、マナを学ぶ専門学校の中でもトップクラスの教育機関である。
マナとは、誰しも生まれた時から体に宿している生命エネルギーのようなもので
魔法と呼ぶこともあるが、もっと生活に近く、人体にとっては酸素と同じく欠かせないものだ。
マナによって人は生きており、マナがエネルギーや体内組織を循環させ、感情さえ左右させると言われている。
生活の中にもマナは活用されており、例えばマナを魔法石に溜めておきその動力で洗濯機を動かしたり、馬車を走らせたりする。
昔は発明がマナに追いついておらず電気というエネルギーに頼っていたが、今はマナが生活機能の中心。
貯蓄ができ、枯渇することがないマナは人々を豊かにした。
誰しも持っているマナだが、力の大きさ、貯蓄量は個人差がある。
手のひらサイズの魔法石1つだけの者もいれば、バケツいっぱいの魔法石にマナを溜められるものもいる。
極めて稀だが、建物いっぱいに魔法石を詰め込めるほど莫大なマナを持って生まれてくる子供もいる。
その若者を導きマナの正しい使い方を教えるのが、魔法学校だ。
アテナ女学院は女子校としては世界トップクラスの教育を施している。
魔法についての知識や実用法はもちろん、淑女としてのマナーや作法も一流の教育を受けられる
クロノス学園は歴史が古く、優勝な魔法使いを多く輩出している。
年に1度開かれる2校の交流会は、共に精進しようという場なのだが
クロノスが元々男子校で男子生徒が多いため、代表でやってくる生徒は男性が多い。
よって、女子校の寮暮らしで滅多に学院外に出られぬ年頃の乙女達は、同世代の男子生徒がやってくると聞いて明らかに浮ついていた。

アテナ学院3年のルフェ・イェーネは、左翼棟の外廊下を歩いて友人を探していた。
生徒達が頑張って作った紙ふぶきが魔法により空を舞い、

周りには黄色い歓声といつもよりボリュームの大きい話し声が興奮気味に行き交っている。
左翼棟だけではない、右翼等の外廊下も、中央棟のベランダにも女生徒が押し寄せ
エントラスから入ってきたであろうクロノスの男子生徒を物色するため躍起になっている。
男なんて学院を出ればそこらじゅうにあるいているだろうに。
男を見たこともないわけじゃあるまい、とルフェだけは冷めた目で群集を眺めていた。
石畳で作られた外廊下の冷たい影に包まれながら、同じ制服の中からやっと暗い赤毛の友人を探し当てた。
人をなんとか掻き分け、アンナの肩を叩く。

 


「アンナ、委員会の時間だよ。」
「えー!もうちょっとだけ!!」


ルフェもアンナも、普段より声を大きして話す。でないと、声が歓声にかき消されてしまいそうなのだ。
アンナがいる最前列にいると、熱気が肌にじんじん伝わってくる。
その時初めて、ルフェはエントランスの綺麗に手入れされた庭園の道をやってくる集団を見た。
見慣れぬ人影達が、生徒会と教員に引率され表玄関に向かって歩いている。
当然だが、男達だ。
ルフェがいる場所からは彼らの顔すら確認できず、周りが騒ぐ理由がどこにあるのか全く理解できない。

 


「あ!あの先頭の方、こっち見たわよ!?」
「ずいぶん体の大きな方ね。褐色の肌だし。」
「あの人10代じゃないわよね・・・。それより、後ろの金髪の人、超イケメン!」

 


掻き分けたはずの女生徒が後ろから押し寄せてきた。
ルフェはうんざりして、もうこっちを向いてないアンナの耳に叫んだ。

 


「先行ってるからね!顔だけでも見せないとルーマス先生に怒られるよ!」
「わかったー!遅れてい・・・キャーーー!私に投げキッスしてくれた!」
「違うわ、私によ!!」
「私だって!」

 

人の隙間の隙間を通ってなんとか群衆から脱出。
乱れた髪を直して、ルフェは一人で来た道を戻っていった。
庭園にいた一人の男性が、ルフェだけに送る熱い視線に一切気付かずに。

 

 

 

アテナ女学院は全生徒500人近くいる。
教員もたくさんいるし、庭師や用務員、貴族出身の生徒には御付きの使用人までおり、沢山の人間が校内に出入りしている。
―廊下を歩いていて誰ともすれ違わないということは、私を除き全生徒がバルコニーや外廊下に集合しているのかしら。
とルフェは呆れる。
ルフェという少女は、恋愛事や男性に興味ないというより、人間そのものに興味ないのだ。
周りの同級生が男子生徒が現れただけで騒ぐ心理は理解出来ない。
あれほどエネルギーを無駄に消費する行為はどうかと思う。
煩いし。
まだ17歳のくせに、冷めた心を持つルフェは、恐らく学院内で唯一真面目に職務を果たそうとしていた。
彼女が所属する委員会は美化委員。
学校内の備品を補充したり掃除をしたり、花壇の手入れもたまに手伝わされる。
やりたいわけじゃなかったのだが、無理やり押し付けられた形でやるはめになったのだ。
今日はクロノスの生徒もくるから、校内の一斉点検が予定されてるのに、この調子だと他に何人集まるやら。
もし一人でこの広い校内のチェックポイントを調べるはめになったらどうしよう。
面倒くさいな・・・。

 


「ねぇ、君。」


声を掛けられ、更に肩も叩かれた。
一瞬体を強張らせて、振り向く。
声がかなり低かったことと、足音に全然気付かなかった事に驚いたのだ。
そこにいたのは、真夏に日焼けしたかのような褐色肌の大男だった。
身長は2m近くありそうで、小柄なルフェからしたら男性を見上げなければならない。
首と、まくり上げた袖から覗く筋肉は太く、体格差からの威圧感が半端ない。
顎には短いひげが切りそろえられていて、金の瞳が興味深そうにルフェを見下ろしていた。

 


「議会室って、どこかな?さっそく迷っちまってさ。」

 


アハハ、と軽い笑みを漏らす男性。
アテナ女学院の教諭ではないし、用務員や使用人というわけではなさそうな服装をしている。
クロノスの引率教師だろうか。
だとしても、なぜここに?
クロノス生徒は今頃エントランス前で女生徒の歓声を浴びているので、教師は裏口から入ったのだろうか。
先生方も、客人を案内せずに何をしているのやら。

 


「この廊下を左に曲がってー」
「あー、いや。俺方向音痴だからさ、よかったら案内してくんない?」

 


胡散臭いいちらつく笑顔に正面向かって嫌とは言えず、仕方なくルフェは先導を始めた。
客人を無碍にも出来ない。
相変わらず静かな廊下を巨人みたいな男性を案内して進む。
生徒たちはまだエントランス前でギャーギャーワーワーやってるのだろうか。

 


「君は出迎えいかないの?」

 


後ろから声を掛けられ、振り向かずにルフェは答える。

 


「はい。これから委員会があるので。」
「そっかー。何年生?」
「3年です。」
「名前は?」
「・・・ルフェ・イェーネです。」

 


初対面の相手に名乗りたくなどないのだが、礼儀として一応名乗る。

 


「ルフェか。素敵な響きだね。」
「どうも。」


面倒くさいなーと声に出さぬように、でもさっぱりとした返事をする。
この客人は世間話をしたい派と見た。
目的地まで受け答えしなきゃならないのだろうな、と気が重くなる。
なぜ議会室なんてさっきいた場所から一番遠いところへ案内せねばならんのか。
裏口からきたなら議会室なんて目の鼻の先じゃないか。
方向音痴にも限度というものがーーー

 


「俺、クロノス学園6年主席、レオン。よろしくね、ルフェ。」
「どうも・・・え?」

 


足を止めて、巨人のような男性を振り返る。

 


「生徒、だったんですか?」
「先生かと思った?」
「はい。」
「今回引率は来てないよ。生徒だけ。」
「老けてますね。」
「アハハ!はっきり言うねー。」

 


ルフェは割と思ったことをすぐ口に出してしまう。
このクセが友達が少ない原因の一つなのだが、男性ーレオンは豪快に笑った。

 


「俺、他の奴らと違って23歳なんだわ。」
「クロノスは入学受け入れ年齢に上限ありませんでしたね。」
「そうそう。80のジジィでもマナさえあれば入学オッケー。」

 


クロノスとアテナの大きな違いはそこだ。
アテナは15歳になった女子が4年間できっちりマナを学び卒業するカリキュラムになっていて
進学テストに合格しなければ即退学となる。
一方クロノスは13歳以上なら誰でも入学できる。
3年間の必修授業さえ受ければ3ヶ月ごとに行われる進学テストを受けられて、合格すれば1年経たずとも即進学。
全部で6学年まであるが、最短4年で卒業できるシステムと聞く。
が、アテナ生徒のルフェからすれば、年齢バラバラの学校がカオスに感じた。

 


「今まで独学でマナ使ってきたけど、ちゃんと学んでみようかなーと思ってさ。」
「そうですか。」
「俺いくつに見えた?」
「35歳。」
「げ。プラス12歳?」
「23というのも無理がありますね。」
「・・・・・・ハハハハ!気に入った!」

 


突然、後ろから手首を掴まれたと思ったら、体の向きを変えられ壁に押しやられていた。
壁と、巨躯に挟まれ身動きとれなくなる。
ずっと上のほうにあった顔が近づいて、初めてルフェは男性の顔をちゃんと見た。
老け顔でヒゲが不衛生に見えるが、そこそこ整った顔…なのだと思う。基準がわからないので推測だが。
褐色の肌に似合った金の瞳が、おもしろそうに細まって、強い眼光を放つルフェの黒い瞳を覗き返す。

 


「いいね、その強気な目。ますます気に入った。」

 


声が先ほどより幾分艶めいていて、低い音色に不思議な和音と振るえを加えた。
物怖じすることなく、ルフェは掴まれた腕を振るう。

 


「どいて。」
「いや。」
「手、離して。」
「それも嫌。」

 


どこか楽しげな声に苛立って、ルフェは彼を睨みつける。
その睨みさえも楽しそうで、不愉快だった。
ルフェは足を思いっきり蹴り上げた。
突然、レオンが低いうめきを一つもらし、背を丸め蹲る。
大きな肩を押して、ルフェはその場から脱出に成功した。
涙目になった顔を向けるレオンの顔は、引きつっておかしな色になっていた。

 


「と、年頃の女の子が・・・男の股間思いっきり蹴り上げるとは・・・おそるべし。」
「自業自得です。さよなら、ロリコン主席。」
「俺まだ23・・・って、ちょっと待ってよ・・・!」

 


蹲り回復できない男を見捨てて、ルフェは早歩きにその場を去って
今しがた起こった忌々しい記憶を早速忘却の炎にくべた。

 

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