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「本当に私も出なきゃダメなの?一人ぐらい欠席でもバレない・・・。」
「全員出席が義務なんだから、文句言わないの。」
「しかもこんなヒラヒラした服・・・。」
「たまにはいいじゃない、ルフェ、普段制服しか着てくれないんだもの!」
鏡の中に写る、淡い黄色のドレスをまとった自分にウンザリして、鏡の中の自分が苦い顔をした。
膝より少しだけ短いふんわりスカートに、腰周りにリボンがあり、胸元は大きく開いている。
アンナいわく、大した露出ではなく普通だというのだが、ルフェにとっては肩周りが出てるだけで十分な露出であった。
ドレッサーの椅子に座らせたルフェの後ろで、アンナは気合の入った赤いマーメードラインドレスを身にまとっている。
「もういいよ。行こう。」
「ルフェ、ヘアもまだじゃない。」
「このままでいい。」
「えー!せっかくなんだからお洒落しなさいよ!化粧は?」
「しないよ。」
「もー!」
苛だたし気に唸り声を上げたアンナは、自分のドレッサーの引き出しをあれこれ漁って
イエローゴールドのネックレスをルフェの首元にかけ、嫌がるルフェの唇に無理やりルージュを差す。
ファンデーションもしてないスッピン肌だが、ルージュを引いただけでも良くなった。
「ほら、イヤリングも。」
「痛いから嫌。」
「あんたね、素材はいいんだから、もっと飾りなさいよ。せっかくのドレスが台無しじゃない。」
「なら制服で・・・、」
「ダメ。あー、もう時間!いくわよ!」
「腹痛で欠席、」
「それもだめ!!!」
昼間は結局委員会をさぼったくせに、意気込みが凄まじいアンナに引き釣られるように、ルフェは大ホールに向かった。
学園には、校舎がある棟の後ろに円形ホールがあった。
入学してから数回しか入った事が無いそこは、滅多に使われることがなく、
結婚式でも出来そうなぐらい豪華で大きなホールは学校に必要なのかとずっと思ってきた。
ルフェはホールに詰め込まれた800人近くの生徒や教師、関係者を眺めて憂鬱さが一層増したのを感じた。
豪華なシャンデリアがいくつも天井にぶらさがり、上品なサテンの布で壁を飾り、
立食パーティー用に円形テーブルがいくつも並んでいた。
豪華な食事が並び、メイドやボーイが忙しく会場を動き回っている。
思い思いに着飾った女生徒達は、昼間となんら変わりない高いテンションで、それぞれの服や化粧を褒めあい、高揚している。
人込みが嫌いなルフェは、うんざり顔を隠そうとはせず群衆を遠巻きに眺めた。
「学院長先生の挨拶が終わるまでは帰っちゃダメだからね。」
「はいはい・・・。」
アンナは仲の良い生徒の方へ消えていき、この有象無象の檻の中に一人残されてしまったルフェ。
ホールの一番後ろの壁に張り付いて、外部から雇ったウェイターからノンアルコールシャンパンを受け取って時間をやり過ごす。
これから、交流にやってきたクロノス生徒の歓迎会があるのだ。
たった数人を全生徒で、パーティーをしてまで歓迎する意味があるのかと疑問には思うのだが
そこにはルフェには見えない大人の政治や取引が関わっているのだろう。多分。
現に、貴族出身生徒の両親が来てたり、魔法院の役人の姿が見える。
この期に乗じて娘と縁談させたり、将来スカウトしたりしたいのだろう。多分。
女の黄色い歓声に耳を傷め、狩りをするかの如くギラギラした女達を見る羽目になるのか、
と今日何度目かのうんざりをシャンパンで飲み込んだ。
ルフェが会場入りしてから約5分後、会場の照明がゆっくり落ちた。
スッポトライトがホール奥のステージに立つ、司会役の誰かを照らした。
一番離れた場所にいるルフェからは、ステージに立つ人の顔までは見えなかった。
司会の挨拶には拍手も起きなかったのに、ステージにクロノスの生徒が登場した途端歓声が上がり、
女生徒がステージにどっと近づいていく。
後ろのスぺースに隙間が出来て、ルフェは一息つくことが出来た。
司会の人が、一番左にいた人にマイクを渡した。
「クロノス学園主席、レオン・フォン・コルネリウスです。」
歓声。歓声。
歓声の間で、ルフェはすっかり忘却の炎で焼いてしまった昼間の出来事を思い出す。
ルフェは忘れるのは得意なので、昼間の出来事が遠い遠い昔の出来事のように感じていた。
ああ、昼間のナンパ男か―…ホントに主席だったのか。
「本日は我々の為にすばらしい歓迎会を開いていただき、感謝いたします。
アテナ女学院の学院長を始め先生方、生徒の皆様におきましては、温かい歓迎ありがとうございました。
マナを使い学ぶ者同士、切磋琢磨し、刺激しあえるいい機会かと思います。
多くを学び、共に笑い、将来社会のため、己のための経験を得たいと私個人は望んでおります。
在校中に多くの思い出を作りましょう。」
歓声と、今度は拍手が起きた。
昼間のレオンという人はずんぶん適当そうに見えたが、主席だけあってしっかりした演説であった。
続いて、マイクが隣に渡る。
やはりルフェがいる場所からは顔が見えないが、細身の白っぽい金髪の人だ。
服も白。
細身に見えるのは、右隣がやけにでかいから、という意見もある。
「リヒト・キルンベルガー。よろしく。」
マイクはすぐ隣に渡る。
随分短い挨拶だ。
それから何人か挨拶があって、クロノス生徒が退場し、学院長の挨拶となった。
イケメン(見えないがそうらしい)軍団が去り残念そうにしていた女生徒だが、
パンツスーツ姿の凛とした女性がステージに立った途端、と静まりかえり背筋を正した。
離れているルフェまでも、壁から背中を正した。
あの鋭い目が、生徒一人ひとりの顔を見ているような、そんな恐怖があるのだ。
「えー、コルネリウスくんの話した通り、この交流会はマナを学び
世界のために、社会のために精進しようと闘争心を刺激しあうために始まりました。
ずいぶん浮かれている生徒が多いようですが、これからの7日間、彼らの力を見てしっかり学びなさい。」
今しがた浮かれまくっていた生徒は汗をかいてるに違いない。
学院長はまだ若いが、魔法使いとして超一流。
自分にも周りにも厳しく、学院長がふさわしくないと思った生徒はテストを受ける前に辞めされられてしまう。
尊敬より畏怖を集めるアテナのボスだ。
それから少し話をして、学院長がステージを下りると照明が戻り、交流会が本格的に始まった。
音楽が流れ、おしゃべりと食器とフォークがぶつかる軽やかな音が聞こえだす。
ステージ脇に控えていたクロノス生徒が会場の内部に入ると、あっという間に囲まれてしまったようだ。
ルフェは手に持っていたグラスをテーブルに置き、そこから離れた。
アンナに言われたポイントはクリアした。
先ほど学院長に睨まれたばかりだというのに、再び浮き足だした女性徒の熱に当てられる前にルフェは会場を後にした。
*
アテナ学院にクロノスの生徒が来てから3日目。
本日は、実践授業のためジャージに着替え、2年生全員とクロノス生徒がグラウンドに集合していた。
体育座りをしながら先生の話を真面目に聞いていたルフェだが
グラウンドより段々と高くなっている観客席の外野にウンザリといった目線を投げた。
そこには、本来授業中であるはずのアテナ生徒、関係ないはずの教員たち、そして明らかな部外者が
これから行われる実践訓練を見学するため集まっていた。
2校交流が始まって3日、女性徒達はある変化を見せていた。
派閥割れだ。
今回交流に来たクロノス男子生徒計6人から本命を決め、その生徒の後ろを付いてまわる軍団が出来た。
実に滑稽であった。
中でも1番人気を誇り取り巻き数の多いのが主席のレオン。
あんなおじさん(23歳だけど)のどこがいいのか全くわからない。
大人の魅力に惹かれるお年頃なんだろうか・・・。ルームメイトのアンナが彼の取り巻きじゃなくて本当によかった。
アンナは成績4番目のなんとかという生徒の話をルフェに毎晩聞かせていた。
毎晩毎晩あのナンパ男の話をされても困る。
「次、ルフェ・イェーネ。」
「はい。」
名前を呼ばれ前に出る。
先生に手渡された、白い棒を手に握る。
棒には複雑な切り目というか、切り替え線が入っていて、やや湾曲している。
それは変形魔法武具・アセットと呼ばれる代物、の試験用だ。
このアセットにマナをこめると、術士の意のままに変形し武器になる。
アセットは武器になるのはもちろん、僅かなマナで最高出力を出せる補助の役目をしてくれるのだ。
ルフェは集中し、アセットに力を込める。
ただの棒だったそれは青白い電気を発しながら、徐々に膨張し長さを変え
構えた時には細長い銃に変化していた。
グラウンドの中に浮かべた的を狙い、銃のトリガーを押す。
放出されたエネルギー弾-弾も己のマナを圧縮したもの-は的の中心からやや左にずれ、空中に35、と数字が浮かぶ。
さらに4発撃ちこむが、中心の円にあたることは無かった。
「威力上がったわね、ルフェ。次は中心を射止めるよう精度を上げなさい」
「はい。」
アセットはもう元の形に戻っており、教師に返却してからルフェは元の場所に戻った。
マナ放出訓練授業も終わり、的の片付けを言い付かったルフェは、残って空中のルフェを釣っている糸を巻き取る。
あれだけいた取り巻き生徒もすっかり消えている。
「マナを使えばいいじゃないか。すぐ片付くぞ?」
鼓膜を震わせる低い声の後に、糸の先にいた的が勝手にルフェの前まで降りてきた。
マナを使って落とされた的を受け取って、振り向く。
もう退場していたはずのクロノス主席・レオンが、にっこり笑っていた。
残りの糸を巻きながらルフェは歩き出す。
レオンも後に付いてきた。
「マナの使用を制限されてるわけじゃないんだろ?この学校。アナログな手で片付けなくたって。」
「そうですね。」
「なぁルフェ。」
「なんです。」
「君の実力、あんなもんじゃないでしょ。」
歩くスピードを変えないまま、視線だけで隣に並ぶレオンをちらりと見る。
「あんなもんです。」
「余力あったんじゃない?」
「ないですよ。むしろ、だいぶ成長しました。1年生の頃はずっと最下位の劣等生だったので。」
「ふーん。」
「着替えるので。」
的を持った更衣室に逃げ込む。
何か知ってるようなあの瞳、あの台詞。
一体彼は何を見抜いたのか、この落第生に・・・。