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❀ 3-12

各国を巻き込み新たな仕組みを生み出した円卓議会の統制は順調であった。
世界各地に避難地を作り、国民をそこへ誘導。魔法院の境界警備隊と防壁展開する魔具で避難地を守っている。
魔物対もされており、避難地が襲撃されても防壁が壊れることはいまだ起こってないらしい。
それもこれも、魔女が姿を現さなくなったおかげだった。
狭間の切れ間から魔物が落ちてくることはあっても、魔女は沈黙を貫いている。
ただ、魔法使いの行方不明は続いている。
ウィオプスの襲撃もまた、無くなることはなかった。
境界警備隊が避難地の守護に回ったことで、今まである程度の出現を抑えていたウィオプスも、あちらこちらで出現するようになった。
大半の国民は避難地に逃げたが、生まれた土地を捨てられず残った民もいる。
人民の大半がいなくなろうが、死んだ土地だろうが、俺達は派遣されれば行かないわけにはいかない。
白いマフラーを巻いて風に吹かれているルフェに、コルネリウス家当主がまた避難地を増やして民を守ったと伝えたら
久々に笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 


 

 


雪の降る季節となった。
木々の葉は全て落ち、世界から色が無くなり、世界は落ち始めた雪で白一色に染まっていく。
吸い込む空気が肺に入る度、その冷たさで指先の痛みが際立ってくる。


私がいつ感情というものが胸の内に存在していると気づいたのか、今もよく覚えていない。
最初は何も無かった。
心は無で、思考は停止。
それでも、メデッサ先生の孤児院にいるうちに
花が綺麗で、水は冷たくて、ご飯は美味しいと知った。
当たり前のことを沢山教えてくれた。
5歳の時に失ったものを、取り戻してくれた。
そしてアテナ女学院。
知らない他人と同じ時間を過ごす怖さを知った。
ビクビクしながらも、同室になったアンナのおかげで、年頃の女の子が何を好み何をするのか、教えてもらった。
普通の女の子に囲まれて、自分も普通になれたと勘違いしていたんだ。
レオン達クロノス学園の交流会で、自分の運命を向き合った。
逃げていた過去から、正面から立ち向かうことを教わった。
クロノス学園での日々は毎日がキラキラしていた。
アテナの頃と違って、周りが自分の正体も罪も知っている中で
それでも一緒にいてくれる人たちと共に笑っていられた。
自分の力とも、そこで初めて向き合えた。
タテワキ先生のおかげで力を大分使いこなせるようになったし、怖いと思わなくなった。
自分の力で、助けられる命があることが嬉しかった。

 

今は、何もわからない。

 

出動要請があった場所は、どこかの国の、知らない土地だった。
教科書で勉強していたときはちゃんと世界地図を覚えていたけれど
こうやってランダムに派遣されてるうちに、もう境界線は無くなった。
どこであろうとやることは変わらない。
火の煙や、焦げた悪臭に悩まされることも
市民からの野次も聞かなくてよくなったのはありがたい。
ここ数日気温が低下していたので、降り積もった雪のせいで屋根が崩れ、半壊した建物が増えた名も知らぬ街。
誰かが住んでいた街も、憩いの場であったであろう公園も人の気配はなく、静寂に飲み込まれていた。
佇むウィオプスは、私を見て体内の渦を巻いた。
黒いモヤのような渦に、きらめく星のような輝きが巣くっていると気づいたのはいつの頃からだったか。
睨み合いながら、眼前のウィオプスは攻撃をしかけてくる様子は無かった。
属性が無い個体なのだろうか。わからない。
かつて言葉を交わしたハインツさんによれば、あれは狭間の世界に迷い込んだ魂の集合体だという。
なら今から私がする行動は、魂を2度殺すことではないのだろうか。
そう思うようになっても、やることは変わらない。
私は魔法院の指示に従って、戦うしかないのだ。そう約束をした。
全身にマナを込める。
タテワキ先生がいなくても、マナを好きに放てるようになった。密度も量も調節出来る。
私のマナに触れたウィオプスは、一度その身を震わせてから、空気に解けるように消えて行く。
静寂が降る。
音はなく、気配もない。
灰色の空と、白い雪。
側で控えていたタテワキ先生が、次の要請先を告げる。
ウィオプスは、無限に沸き続ける。
相変わらず、ウィオプスを退治出来るのは私だけだった。
心のどこかで、全て終わったら友達と会えるんじゃないかと期待していた。
ゆっくり休めるんじゃないかと、甘えた考えを持っていた。
終わりなんてない。
無限に続くのではないかという不安と、絶望。
疲労は溜まる一方でも、ウィオプスは、湧き続ける。
一度色を得た心が、死んでいく。
それでも、私は罪人なんだから、わがままも贅沢も言えない。
これは罰なのだ。
私に相応しい罰。

私は、何故生まれてきた?
何故、此処にいるんだっけ?
罪を償うために生まれてきたというのなら
なぜ楽しい時間を与えたのですか、
救いを与えてから取り上げるなんて、酷すぎます神様
私は、私はシャフレットを滅ぼしたくてやったわけではないのに―

ああ。
きっともう会えない。
あの笑顔達を見ることも無く、私はこの力が尽きるまでウィオプスを退治し続けるのだ。
こんな私でも、一緒にいてくれてありがとう。
一緒に笑ってくれてありがとう。
またいつか会えたらと、叶うはずもない儚い希望を胸に次の場所へ移動した。

 

 

雪が降ってきた。
北に近い地方でしか雪は揺らなかったはずなのに、南にあるバーンシュタイン国にいても、雪は当たり前に降るようになってしまった。
これも戦いによる大気汚染と魔女が出現したせいでマナの流れが変わったせいだ。
マナは自然から発生し、自然に影響をもたらすという説を唱えた魔導師は正しかったようだ。
津々と降る白い塊に音が吸われ、気味が悪いほどの静寂に包まれる。

 


「指、氷みたいだぞ。俺があげた手袋は?」
「此処にいたら汚れちゃうし、マナも使いづらくて。」
「一度家に帰ろう。」
「帰ってもすぐ呼び出しがあります。」


先生、と呼ぶ声も俺を見ず真っ直ぐとどこかを見つめる瞳も、冷え切っている。
ルフェが心を手放してしまったことには気づいていた。
その方が彼女にとって辛くない選択ならと見て見ぬふりをした。
今となっては、不器用な微笑みを見られないのが寂しいだなんて、我が儘なことを思ってしまう。


「私は、莫大なマナを持って生まれたというのは理解してますが
なぜウィオプスが倒せるのですか。
なぜ、私のマナで死んだ人が生き返ったのですか。
どうして、魔女の人たちは私を知って、敵になったり味方をしてくれたりするのですか。」
「すまない、俺は何も・・・。」
「メデッサ先生は、全て知ってるんですか。先生自身も・・・」

 

言葉の途中で、すみませんと謝ってマフラーを引き上げ口元を覆った。


「私はただ、奪った命に償うため、戦うだけでした。」


そう言って歩き出すルフェの背中に何も言う事が出来ず、感覚が鈍くなった拳を握って後に続いた。
指定された場所に辿り着いたとき、そこは吹雪になっていた。
目の前は真っ白で、モヤに包まれ何も見えない。
タテワキが防壁を張ったことでようやく目を開けて普通に呼吸出来るようになったが
肌を刺す寒さからは逃げられない。

 


「この吹雪じゃ何も見えないな。ウィオプスの気配感じるかい?」
「いえ、何も。」
「目撃された場所から動いたのか、この吹雪がウィオプスによるものか・・・。」

 


視覚情報からは何も得られないため、少し辺りを探ることにする。
見えないまでも、ウィオプスが本当にいたら、この辺りに残った市民に被害が出てしまう。
そんなことになれば、またルフェの傷が増える。
防壁を貫通して吹き抜ける凍てついた風が、むき出しの耳を痛めつける。
ルフェが勢いよく顔を上に上げたので、タテワキも続けて真上を見上げた。
2人のすぐ頭上に、ウィオプスが浮遊していた。
視界が悪すぎたせいもあるが、ここまで接近しても気配すら気づけなかった。
吹雪の合間から、ウィオプスの黒い渦が辛うじて確認出来た。


「真下はマズイ。移動するぞ。」
「待って先生、あそこ。」

 


手袋をしていないむき出しの指で、ルフェが前方を指差した。
吹雪の中へ目を凝らすと、ぼんやりと輪郭だけが浮かんでくる。
灰色のドレスを着て、長い灰色の髪をなびかせた美し女が、かすかに笑みを携えこちらに向かってくる。
この寒さの中、薄着のドレスで歩いてくる様が非現実さに拍車をかけていた。
一度クロノス学園に在籍している時に見たことがある魔女だ。
肩に灰色のカラスを連れていた。カラスの羽に雪が積もっていたが、魔女の体に雪は張り付いていなかった。
タテワキはルフェを自分の背中に隠す。

 


「こんにちは、人間。そしてマナの塊の娘さん。こうして話すのは初めてですね。
話をするときは目を見てするものですよ。隠れていてはいけません。」
「すまないね。この子の窓口は俺なんで、まず俺を通してもらおうか。」
「そうでしたか。でも、人間に用はないのです。娘さん、まずは名前を教えて下さい。
私は6番目の姉妹、ロノエです。さあ、私は名乗りました。次はそちらの番ですよ。」

 


ルフェが身動きしても、タテワキは決してルフェを自分の前に出そうとはしなかった。
その様子に、魔女はやれやれとため息をついた。


「礼儀がなっていませんね。一から教えて差し上げるべきでしょうか。」

 

タテワキが一瞬の隙をついて転移魔法を足下に展開したが、目を離していたはずの魔女が
針のようなものを魔法陣に刺して強制解除してしまう。
針は魔法で作った代物らしく、すぐに解けて消えた。
心中の焦りを見せないように、余裕の笑みを口元に無理矢理宿して、問う。


「そちらの目的はなんですかね。魔女の皆さんは、最近静観してたはずだ。
卿からの命令無視による単独行動ってことでいいですか?」
「そうなりますかね。といっても、私はあの男に従ってるわけではありません。
可愛い妹達が心配でついていっただけ。人間がどうなろうと、この世界が滅びようと関係ありません。」
「なら、この子を狙う理由は何ですか。」
「見定めに来ました。その娘が生きるに値するのか。」
「どういう・・・。」
「聞いているのでしょう?女神さえ関与せぬ運命の子。」


魔女が両手を広げると、肩に止まっていたカラスが羽を広げ空に飛び立った。
強風吹き荒れる中でもしっかりと風を読み魔女の上で旋回する。
魔女の灰色のドレスが風に煽られ、次第に広がっていく。
袖が羽になり、裾が尾になった。口に鋭いクチバシが生え、鳥の顔に変形した。
大きな灰色カラスに変化した魔女は、2人を一瞥してから大きく羽ばたいて空に舞い上がった。
大きなカラスと小さなカラスは吹雪に紛れて見えなくなってしまった。
転移魔法を再展開するも、どこからか飛んできたカラスの大きな羽に強制解除された。

 


「逃がさない気だ。」
「先生、マナを放出させてウィオプスごと消します。魔女も近づいてこないし、吹雪も止むはず。」
「いい案だが向こうには目がある。力を込めた途端襲ってくる。足にマナを込めろ。」

 


ルフェの手を引いてタテワキが走り出したので、ルフェも加速を付けてついてゆく。
何も見えない一色の世界でタテワキが掴んでくれる手だけが頼りだった。
鳥の大きな羽ばたきの音が吹雪に混じって聞こえてくる。
近くにいるのはわかるのだが、吹雪の中に気配を消して位置を特定させないようにしている。
タテワキがルフェの腕を思いっきり引いて左に避けた。
地面にカラスの羽が刺さっているのを見た。続けて、真横から小さい方のカラスが突進してきた。
タテワキが再びルフェを抱えギリギリで避けると、周りに探索用の小さな球体を展開する。
魔女相手に意味はないかもしれないが、球体に敵が触れれば直撃は避けられる。
ルフェを抱え大股で走りながら杖でマナを投げる。せめてもの抵抗だ。
吹雪の中に、ぼんやりと影が見えた。建物だ。
崩れかけたどこかの建物の外壁裏に身を滑らせて、ルフェを匿う。


「ウィオプスからは少し離れてしまったか。」
「ここからでもやってみます。」
「ルフェはここにいろ。俺が目を引きつけて―」
「そう。ルフェというのね。綺麗な名前だわ。」


ハッと顔を前に上げると、すぐ目の前に魔女の女がいた。カラスから、人間の姿に戻っている。
間近で見る灰色の魔女は、鼻筋が通った美しい顔をしていた。
だが、目元はどこか憂鬱そうで、退屈そうだった。

 


「誰がつけたのかしら。」
「え?」

 


ルフェと魔女の間に青白い魔法陣が現われた。
今まで勉強した中でも、一際複雑な呪文が刻み込まれ、3重に展開され自転する。

 


「ルフェ!」
「はい!」

 


タテワキの魔法陣から巨大な狼が現われ、むき出しの鋭利な牙で魔女に向かって咆哮し飛びついた。
その隙に、ルフェは全身に力を込める。
ウィオプスの詳しい位置はわからないが、広範囲への大放出ならきっと届くはずだ。
ルフェの様子に気づいた魔女が手を引く動作を見せたが、狼が肩に噛みついた。
捕らえた、とタテワキが別の魔法陣を展開し無理矢理挟み込む。

 


「バカの1つ覚え、とはこの事を言うのですね。ネアを魔獣で退けたからって―」
「因果律はあんたらにも有効だって、俺の元生徒が実証済みなんでね。」

 


魔女が表情を強ばらせ、前後を挟む魔法陣が振りほどけないことに気づいたようだった。
体にまとわりつく呪縛が肌に染みこむ不快感が喉の奥から湧き上がる。
こんな感情、久しぶりだ。
吹雪が止んだ。
空からマナの弾丸が降ってきた。タテワキのものではないが、魔女の頭上に降りかかる。
地面に積もった雪が砕けたことによる白い煙幕で視界を遮り、これは好機とルフェを抱えて塀から走り出た。
マナの弾丸は止まないが、あれしきの攻撃が魔女に有効とも思えない。
タテワキが背後に防壁を展開する。
ルフェの耳に、声が届いた。タテワキのものではないが、聞き慣れた声―


「先生、私を抱えて右上に飛んで下さい。」


困惑が眉頭に現われていたが、タテワキは言われた通りルフェを抱え地面を強く蹴って空に飛んだ。
ルフェは、宙に右腕を大きく伸ばした。
来る。きっと、表れる。そんな予感がした。
吹雪が晴れたばかりの灰色の空中に、見慣れない魔法陣が浮かび上がり、ルフェはためらうことなくそれに触れ、マナを込めた。
ルフェのマナを得た自立型の魔法陣から、大量の水が噴き出して地面にいる魔女に向かって落ちた。
滝のような水圧に、普通の人間なら押しつぶされるか、溺れ死ぬ。
だが水が止んだ時、そこに魔女はいなかった。
気配は辺りにない。諦めてどこかへ消えたのだろう。
タテワキの魔法陣はかなり効いたようだ。
空から、ゆっくりと地面に下ろしてもらう。
吹雪が止んだことで見知らぬ街が一望できた。
崩壊が大分進んだ石造りの建物と、かなり雪が降り積もった白い地面が広がっている。
ウィオプスも無事居なくなったようで、嘘みたいな静けさにゆったりと息を吐いて、肩に入っていた力を抜いた。
声が聞こえた。
先程とは違う声が、かなり遠くから、やまびこのように響いてくる。
音がした方に顔を向けた。
雪が舞い上がってぼやけた先に、影がいくつか見えた。
敵だろうかと警戒したが、人影がまとっているのが魔法院のローブだと気づいた。
内2つの影が、こちらに走ってくる。
先程よりずいぶん弱くなった風が、細かい雪を巻き上げる。
―――雪煙が見せる幻かと思った。
自分の願望が投影された、都合のいい白昼夢かと。
けれど、自分に向かって走ってくる必死な顔が、声が、現実だと告げている。


「うそ、なんで・・・。」


ルフェがつま先をそちらに向けると、必死に走り寄ってきた2人―ジノとマリーがルフェに抱きついた。


「「やっと追いついたー!!」」

 


突然の出来事に固まってしまったルフェは目を見開いて息を詰まらせた。
抱きしめられている腕も、温もりも、本物。
懐かしくて、会いたくて、欲しては見ないようにしていた、あの温もり。
真っ白と灰色しかない世界が、急に色づいた。

 

「お待たせルフェ!」
「これで一緒ですよ!」

 

胸が苦しくなって、いっぱいになって、今まで必死に押さえていたものがあっという間に溢れてしまった。
目の前が涙で歪んで、何も見えなくなってしまったが、構わず温もりにしがみつく。
これが夢じゃないんだと、理解したかった。
これは罰だなんて諦めて自暴自棄にまでなっておいて、都合がいいとは思うが、もう止められない。
涙が止まらないルフェの頭をジノが撫でて、マリーは背中をさすってあげた。

 


「ずいぶん待たせてしまったねルフェ。」
「もう大丈夫です!1人じゃないですよ。」
「ジノ、マリー・・・、私、私本当は・・・!会いたかった!」

 


膝から崩れ落ちたルフェを2人は支えて一緒に泣いた。
ゆっくり合流してくるリヒトが軽く会釈をして、サジが大げさなぐらい手を振っている。
タテワキも細く息を吐いて、体の奥が久しぶりに安堵感で包まれた。
タテワキはサジに手を挙げながら、ルフェの中に感情が帰ってきたことを喜ばしく思った。

 


*   *   *

 

 

 

 


「じゃあ、皆も卒業して魔法院に就職したってこと?」

 


再会した一同は、とりあえずタテワキとルフェの家に移動することになった。
一軒家とはいえ、一度に6人も家に招いた事がないので、リビングが窮屈に見えたが、今はそれすら嬉しく思う。
タテワキがお茶を用意してくれた暖かいお茶を飲みながら、3人組とリヒトがテーブルに座り、
サジはタテワキを手伝う為キッチンに入っている。
ローブを脱いで椅子の背に掛けたジノがにっこりと頷いた。
ルフェがクロノス学園を去って2ヶ月。ずいぶん長い2ヶ月であったので、体感では1年以上経った気分である。
2ヶ月ぶりのジノは、かなり身長が伸びて体も逞しくなっていた。
出会った時は隣に座っているリヒトより背が低くてひょろっとした印象だったが、表情も引き締まって大人になった印象を受けた。


「魔法院の人員不足は深刻でね。最高学年で学園長の許可が出た生徒は卒業扱いにするってお達しが出たんだよ。
僕は担任の先生が作戦司令室への推薦を取ってくれたんで、すぐ配属。
リヒトなんて、精鋭部隊の魔法騎士団にスカウトされたんだよ?凄くない?」
「どうせ働くなら、面白い方がいいからな。警備部でちんたら働かされるよりいい。」
「そんなこと言って、騎士団から声が掛かったとき凄く嬉しそうだったじゃないか、リヒト。」


うるさい、と睨み付けるリヒトは変わった様子はなく、優雅な仕草で紅茶を飲む。

 


「ジノがリヒトを呼び捨てにしてる・・・。」
「フフ。ルフェがいなくなって、色々あったのですよ。」

 


マリーの様子に変わりは無いが、ルフェに会えて嬉しくてしかたないのか、終始ニコニコと笑っていた。

 


「マリーも魔法院に入ったの?」
「はい。私は治安維持部隊の所属だったのですが、この度ルフェと同じ特別対策班に配属となりました?」
「そうなの?」
「大先生と学園長先生が裏で手を回してくれたんだよ。」

 


お茶菓子をのせたお盆を運びながら、サジがウィンクをする。

 


「ルフェちゃん1人じゃ心細いだろうからって。あ、ちなみに俺は警備隊だったよ。」
「サジ先輩、騎士団の誘い断るからですよ。」
「楽だったからいいのー。」

 

ルフェの頭に重みが乗った。
タテワキがルフェの頭を撫でていた。

 


「よかったな。」
「はい。」
「俺はトーマ兄ちゃんがルフェちゃんと同棲してることの方が驚きなんだけど。詳しく聞きたい。」
「話す事なんてない。それより、お前達が特別対策班に配属って、俺聞いてないんだけど?」
「今朝配属命令が出たばっかりだもん。2人は朝から任務で飛んでたから届いてないんじゃない?
それか、大先生のお茶目心によるサプライズ演出。」
「そっちの方がありそうな話だな・・・。俺としては、面倒くさがりのお前が魔法院にいる方が驚きなんだが?」
「皆と居た方が退屈しないだろうと思ってね。」
「レオンの補佐が出来ないから、とりあえずこちら側に来ただけじゃないですか。」
「うるさいぞリヒト。」

 


フフフ、とマリーが嬉しそうに笑うので、ルフェも釣られて笑った。
テーブルは4人しか吸われないので、タテワキとサジは隣のソファーに腰を下ろす。


「それにしても、よく元老院が許したな。特別対策班はルフェにウィオプスを退治させる為だけの部署だ。」
「大先生、それに円卓議会のおかげで、今や元老院の発言権は無いに等しいです。
魔女に対する歴史改ざんの件が公表されたことで、市民からの不満も爆発。
全ての不満や八つ当たりは魔法院に向いていますから。」
「大先生達も我が儘言い放題ってとこか。」
「でも、まだ実験は魔法院にあります。

円卓議会も、権力を持たない支援団体に止まっているからこそ世界をまとめられている状態です。」
「ま、利権が絡んだら武力を行使しない世界統一なんて不可能だからな。
だが、お前達、別に魔法院に入らずとも大先生側についてルフェに合流すればよかったんじゃないか?後々面倒くさいだろ。」
「ルフェが元老院と約束を交わしたのは聞いてますから。」
「僕たちもルフェと同じがよかったんです。」

 

マリーがルフェの手を握る。元老院と約束を交わしたことで目に見えぬ証が刻まれた手を優しく撫でてくれるので
ルフェは胸が熱くなってまた視界が涙で歪んでしまう。
ルフェの不自由をわかった上で、隣に並んでくれたのだ。
マリーの手を握り返し、ジノに感謝の気持ちを込めて笑いかける。
サジが続けた。

 


「それに、俺達の魔法院への就職を支援してくれたのは大先生と、レオンだ。」
「レオンが?」
「元老院は確かに腐ってるが、世界の中枢機構が崩れれば今まで辛うじて取れてた均衡も崩れる。
社会が崩れるのは今得策ではないからね。若い世代の議員が頑張ってるから、魔法院に身を置くのは悪いことじゃないんだよね。」
「たしか、レオンの従兄弟さんが議会にいましたね。」
「そうそう!ライアンさんが戦闘で老害を追い出すために頑張ってるから、もう少し我慢してくれって、レオンから伝言。」

 


アテナ女学院で自分の封印解除を促し、側で支えてくれた年上の大男は今元気にやっているのだろうか。
彼本来の居場所に戻り、ずいぶん遠い人になってしまったが、目指す場所は同じであると信じている。
サジがキッチンへ戻っていき、今度はリヒトが口を開いた。

 


「俺達が特別対策班へ集められたのはそれだけではない。」
「僕はルフェに会いに来ただけだけど?」
「違うだろジノ・・・。」
「ふふ。私達が会えたのも、ジノくんの功績があったからなんですよ?」
「そうなの?」
「ハインツ魔導師の研究データを解析し実用化への魔法陣に組み込んだのはコイツだ。
他にも、ウィオプスや狭間の入り口に対する対策案も考えた。
それを見て大先生が、現場での運用と実験を許可してくれて、俺達を特別対策班へ配属する辞令を出すよう働いてくれたんだ。」
「ジノ、本当に凄いのね。地味だったあの頃が嘘のよう。」


やめてよ、と頬を掻いて苦笑いを浮かべるジノ。
彼の才能を生かせる場所に行けて、友人として素直に誇らしい。


「俺達に課せられたのは、ルフェにくっついてウィオプスと狭間の世界を更に解析すること。
それによって、ロードと名乗った厄災への対策が取れるかもしれない。」
「まだ、目撃情報は入ってないのでしょ?」
「ルフェの前に出て来てから、姿は見せてないようだ。だが、魔女が警戒する存在が沈黙を守っているのは何かあるに違いない。」
「存在が不完全ってことじゃないの?ハインツさんだって、完全体ではなかったわ。」
「魔法使いの誘拐は十中八九魔族が犯人。マナをどれだけ吸収して、どれくらいの量があれば完全体なのかわかってないのが怖いんだ。」
「当時の詳細は不明だけど、魔女9と互角の戦いを繰り広げて世界の中心を海に変えてしまったとしたら、人間に勝ち目はない。
勝負は、ロードが復活するのを止めることだけ。」

 


表情を引き締めたジノとリヒト両人にそう告げられ、自分が自分勝手にいじけて世界からどれだけ目を背けていたか思い知る。
同時に、恥ずかしくもなった。
自分を思って追ってきてくれた友人達は、こんなに世界の危機に対して考えて動いているというのに。
テーブルに座って難しい顔をする彼らの間に、サラダの大皿が運ばれた。
次に、ミートソースにチーズがたっぷり載ったドリアと、鶏肉料理が並ぶ。

 


「難しい話は飯食ってからでいいだろ。」
「美味しそうですー!」
「タテワキ先生がこんなに料理上手とは、驚きました。」

 


食べ盛りの少女達は、色とりどりの料理に一気に笑顔になり、年相応の顔に戻った。
リヒトは無表情ながら、瞳をキラキラさせて料理を凝視している。
このところ食欲を無くしていたルフェも、久しぶりの友人達との食事にいつもより沢山食べた。
経った2ヶ月。
でも世界と彼らにとっては長く、濃く、根本から常識が変わってしまったかのような日々だった。
それでも、リビングを包む穏やかな雰囲気は何も変わっていなかったことにルフェは安心して
一度は手放そうとしていた自分を恥じた。
その後は、おしゃべりは止まること無く、タテワキが手料理に舌鼓を打ちながら談笑を続けた。
大量にこしらえた料理はあっという間に無くなり、タテワキ邸の冷蔵庫を一瞬で空にした。
食事を終えても話は尽きる事はなく、彼らはタテワキ邸に泊まることにして、順番にお風呂に入ってから、

3人組は外に出て屋根に上がった。
昼間行った国では曇って雪が降っていたが、今夜はよく晴れていた。
冬の冷たさがしんみりと広がる中、不浄なものが雪で落とされ、洗練された三日月と星々が輝いている。


「寒くない?毛布持ってこようか?」
「平気ですよ。」
「星空なんて久しぶりに見たなー。司令室って、結構人使い荒くってね、夜勤ばっかりで監禁状態。外の空気が美味しいよ。」
「ジノが一番立派に働いてるね。」
「フフ。ジノくん、司令室で期待のホープって呼ばれてて、もう誰も地味だなんて言われないのよ?
若い女性魔法使いにも人気あるのよ。」
「え、あのジノが!?」
「その驚きはなに・・・?いや、人気なんてないよ。僕を通じてリヒトと近づきたいだけだよ。」
「リヒトとジノ、前から仲良しだったけど、呼び捨てするぐらい仲良くなったのね。」
「ルフェがいなくなってちょっと荒れててね。マリーにも迷惑かけたんだけど、リヒトが目を覚ましてくれた。」
「ジノくん、グレちゃったのよ?」
「グレてはないよ。ちょっと・・・昔に戻っちゃっただけで。」
「ごめんね・・・私の身勝手のせいね。」
「フフフ。もう元通りですから大丈夫ですよ。また一緒にいれて嬉しいです。」

 


そうだ、とジノはズボンのポケットから白い何かをルフェに差し出した。
白い便せんだった。女の子らしいピンクの花が描かれていて、封をしてあるシールも可愛らしい。
首を傾げると、ジノも、隣のマリーも三日月の柔らかい光を浴びて優しく微笑んだ。


「アテナ女学院のアンナさんから、手紙を預かってるんだ。」
「え・・・。」
「ルフェが文通が終わりにしてしまったから、アンナさんも心配だったみたいですよ。
代わりに、私達が何度か文通させてもらいました。
ルフェだって、アンナさんのこと忘れてないじゃないですか。お返事、書いてあげて下さい。」


ルフェは上着の上から左手首を撫でた。
そこには、アンナがくれたブレスレットを常に付けている。
忘れるわけがない。初めての友達。世間知らずのルフェに、根気強く外の世界を教えてくれた人。
震える手でジノから手紙を受け取り、割れ物でも扱うかのように慎重に中を開いた。
やがて、一度止まったはずの涙が再び溢れ出し止まらなくなってしまった。
手紙の内容は聞かず、ジノがそっと髪を撫でてやった。

 


「1人でよく頑張ったね、ルフェ。沢山の戦場を強制的に見せられて、辛かったろう。」
「・・・私、罪人だから・・・これが償いだって、信じてたの。幸せになる資格もない。
不毛な戦いを強いられてるって、途中から気づいてたけど、それでも・・・。皆の住む場所を守れるならって・・・。」
「なんでもかんでも1人で抱え込むのは悪いクセだよ、ルフェ。僕たちが役立たずなのは知ってるけどさ。」

 


違う!と、手紙を握りしめながら首を左右に振った。


「2人が何より大切だったの。頼めば、絶対一緒にいてくれるって信じてたけど、それは私の勝手。
それに、私と違って2人にはご家族いるでしょ?家族が心配する。」
「私が魔法院に入ると言ったら、家族はそれはもう反対しました。けど、私が、私の意思で決めたことに、家族は
折れてくれました。もし2ヶ月前、ルフェが声をかけてくれても、同じ事ですよ。」
「君が僕たちを見つけて、友達になってくれたんだ。君が罪人だというなら、その罪も一緒に、僕たちも付き合うよ。」
「ジノ、マリー・・・。」

 


ルフェを挟むように2人は寄り添って、マリーはギュッとルフェを抱きしめた。


「私達は友達です。仲間で、家族でもあります。ルフェが悩んでること全て、一緒に背負わせて下さい。」
「一緒なら、もう怖くないよ。」

 


再会したとき、あれだけ泣いたのに、また涙が止まらなくなってしまった。
とっくに枯れてしまったと思っていた涙が、絶え間なく、止めどなく流れていく。
友を守るために自ら孤立したのに、自分も意思が弱い。
この温もりを、もう手放せない。


「どこへ逃げても無理そうね。」
「当たり前です!世界中追いかけます!」
「ルフェに嫌われてもついて行っちゃうから、僕たち。」

もう寒いから中に入れとタテワキ先生が呼びにくるまで、3人は月夜の下で泣きながら笑い合った。
今までの時間を埋めるように。

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