❀ 3-4
ウィオプスの襲撃から僅か3日後。
ルフェ達5学年Ⅱは課外授業のため山の中にいた。
山といっても、クロノス学園が所有する私有地内。
土地の管理者がいるのか、人の手によって整備された山で体力アップと持久力の特訓。
それから、チームに分かれヒントを見つけながら、どこかもわからぬゴールを目指すという、
適応力、判断力、それから観察力を問われるサバイバルゲームが1日かけて開催される。
スタート位置はそれぞれランダムで、ルフェ達のチームは山の中腹辺りに転移させられた。
遠くから、スタートの合図が聞こえる。
「範囲内に結界が張ってあるらしいから、本当に遭難することもないし、安心だね。」
「それに、こっちにはジノがいる。きっとすぐゴール出来るよ。」
「期待に応えられるように頑張るよ。君も、よろしくね、モレル君」
ジノに呼びかけられた黒髪の小柄な少年は、特に挨拶も無く、うっとうしそうな目はやめなかった。
今回のチーム編成は4人なので、彼ら3人に加えて別のクラスメイトと一緒に訓練を行うことになった。
それが不機嫌そうな顔をやめないジョシュア・モレル。
クラスが違うので今日が初対面なのだが、彼が生徒会書記であることは開始前にジノから聞いている。
先日、生徒会から嫌がらせのようなトラップを仕掛けられた事もあり、警戒だけはしようということになった。
「名前で呼ばないで。嫌いなんだ。」
「じゃあなんて?」
「シュヴァルツ。それがあだ名。」
「わかったよ、シュヴァルツ君。じゃ、まずはどうしようか?避難訓練なら川を探したりするんだけど、
ゴール地点へのヒントを見つけなきゃだもんね。」
「闇雲に歩くと時間ロスになりますよね。」
「ヒントだって、どんな風にあるの?地図とかが置いてあるとか?」
「・・・そんなことあるわけないでしょ。」
ボソッとシュヴァルツがトゲのある声で吐き捨てる。
「ゴール地点を目指せ、ってだけで、そこが上なのか下なのか
はたまたゲートなのかも不明。親切丁寧な道案内や標識があるわけじゃないんだ。
・・・この訓練、上位者には高得点がもらえる。あんたらお気楽3人組に足を引っ張られたくないんだけど。」
「シュヴァルツ君も進級狙ってるんだ。」
「当然だ。」
「なら協力しよう。」
ルフェがシュヴァルツの前まで進み出て俯きがちな彼の顔を覗き込む。
「私もマリーも頭良くないから、従うよ。もし力が必要な時は使ってくれて構わない。」
「ボクが裏切って1人でゴールを目指すって選択肢もあるんだけど。」
「このゲームは必ず4人編成。意味はあると思うな。」
ジノがにっこり笑いながら言うので、シュヴァルツはさらに面白くなさそうな顔をして舌打ちをした。
気づいていたのは自分だけではなかったようだ。
シュヴァルツは手にアセットの箒を握ると、何も言わず空に飛んだ。
「いきなり空から?」
「使っちゃダメってルールなかったから大丈夫だと思うよ。」
3人も彼の後を追ってアセットで上昇する。
シュヴァルツ君はどこに行くわけではなく、空中に浮かんでただ山を見下ろしていた。
と、山間から爆発音がして、細く煙が上がりだした。
「どこかのチームがトラップ引いたみたいだね。」
「フン。このままザコ共がデコイになってくれればいいさ。」
「漁夫の利を狙ってたら出遅れるよ?トラップを踏んででもヒントをつかみ取らないと進めない。」
「なら他の奴らから奪えば良い。ヒントの強奪はルール違反に記載されていない。」
「それは確実かもしれないけど、時間が掛かる。
ヒントはいくつかつなぎ合わせなきゃいけない推理の要素があるだろうからね。」
「お前・・・ことごとく俺の意見に反論したいようだが、何の解決になってないぞ。」
「アハハ。ごめんごめん。でもほら、あそことあそこ見てよ。」
ジノが2カ所指を差す。
ルフェとマリーにはただの森にしか見えなかったが、シュヴァルツが低くうなり声を上げた。
「カロッツ戦法か。爆発箇所から言って200m圏内・・・。」
「定説通りなら痕跡が隠されてる。計算が得意なシュヴァルツ君なら位置予測早いんじゃないかな。」
「あそこだ。」
シュヴァルツが指を差して箒の先を下に向け降下しだしたので、ジノも、訳がわかってない女子二人も後に続く。
森の中に舞い降りたシュヴァルツは辺りをキョロキョロ見渡して、とある木の枝に向かって杖の先を向けた。
「ねえマリー。2人の会話理解出来た?」
「いえ、全く。」
何もない空間に虹色の膜が現われ、杖でぐるぐる空間を回すと膜も回転を始め、白い紙を吐き出して消えた。
舞い落ちる紙をジノが掴んで広げた。
マリーが紙を覗き込む。
「記号?」
「アハト文字だろ、勉強してないのか単細胞。」
「単・・・っ!?」
「普通はしないよ。必修科目じゃないからね。」
「ジノ、なんて書いてあるの?」
「黄昏は西、憂いは北、躊躇いは南。」
ヒントを聞いてマリーが顎に手を当てた。
「残る東を解読すればいいのでしょうか?」
「東は永眠だろ。」
「どうして?」
シュヴァルツの言葉を聞いても首を捻る女子2人に、シュヴァルツはあからさまなため息をついてジノを見上げた。
「ねぇ、僕と知能は同じぐらいあるのに、コイツらといてイライラしないの?」
「しないよ。大事な友達だ。君だってそうだろ。何故生徒会にいるんだい?
僕にとって、この2人は君と同じ意味を持つ。それに、僕らじゃ出来ないことをこの2人は出来るから必ず補える。」
何もかも見抜いてる、とでも言いたげなジノの視線から逃げるように視線をそらし俯いたシュヴァルツ。
ジノが2人に解説を始める。
「この記述は有名な魔法解剖全集に載ってる、キャベンディッシュ魔導師が解明した自然史由来の魔法学倫理論文の一説。
魔法を形成するのも人間の感情であり、四方を負のベクトルに例えて、マナの発動起源を説明したものでね。
東をあえてぼかしたってことは、そこにヒントがあるのかもしれないね。」
「永眠っていうのは、どういう感情が起因してるの?」
「別れ。特に死別。魔法使いが唯一扱えないモノ、それが死。」
「うーん・・・さっぱりわかりません・・・。」
シュヴァルツも黙って思考を巡らせていたようだが、ふと顔を上げた。
「ミルトン、現時点でこの近辺にある扱えないものと言えば、校舎だ。」
「校舎を東においたとして、どっちに進むんだい?」
「もう1つある。太陽だ。校舎を東において太陽の位置を計算した場所に次のヒントがあるんじゃないか?」
「いいと思う!行ってみよう。」
天才2人の推理を信じて、4人は森の中を歩き始めた。
シュヴァルツの計算だけを頼りに木々の合間を縫って、山道から外れ登っていく。
濃い土の匂いに包まれた森を登り続けながら、ルフェがそっとジノに近づいた。
「ねえジノ。そのアハト文字とか倫理論とか、どれくらいの生徒が知ってる?」
「うーん、どうだろ。古典好きがアハト文字を見る機会はあるけど、解剖全集をわざわざ勉強する人は少ないんじゃないかな。」
「なら、此処に読める人が2人もいてそのヒントが出るって、偶然?」
「この世に偶然はないってことわざだね。進級前の5学年授業には相応しい難易度だとは思うよ?
授業以上の知識を求められることもある。もしこのヒントを知らない生徒が手にしたら
ただの紙切れでヒントにすらならないって事だ。」
「考え過ぎね。」
「これもまた必然なら、シュヴァルツ君がいる僕たちはゴールに近づいたはずさ。嫌な予感がした?」
首を横に振りながら、本当はその予感を感じていたのを口には出さず黙っていた。
傾斜を登り続けているうちに、シュヴァルツの息が上がってきた。
ちらりと他の3人を見ると、息1つ乱さず談笑を楽しんでいる。
一番か弱そうなマリーでさえ笑って山を登ってることに驚く。
シュヴァルツは頭は良いが運動はさっぱりで体力もほとんど無かった。
貧弱者と思われバカにされたくないので、表面上はいつも通りを装った。本当はふくらはぎが痛くなってきていたけど。
時折他の生徒の気配は感じたが、すれ違うことはなく、遠くから爆発音は届くものの、被害被ることもなかった。
ヒントを奪われる事態も起こらなかった。
山登りを初めて30分経った頃。ここだ、とシュヴァルツが足を止め、杖を宙に掲げた。
頭上に虹色の膜が現われ、杖でかき回すと、また白い紙がひらひらと落ちてきた。
シュヴァルツの計算は合っていたようだ。
彼が次のヒントを手にした時、警告音が響いた。
『15秒以内に答えを提示してください。』
「シュヴァルツ君開いて!」
機械的なアナウンスに急かされ、慌てて紙を開く。
中には、計算式が書かれているだけだった。
此処に来て普通の数学が出されるとは予想すらしてなかったので、頭の回転が上手くいかずパニックに陥ってしまう。
しかも、蓄積した疲労。乱れた呼吸もまだ完全に戻っていない。
鳴り響く警告音と、時計の秒針音が一層焦りを煽ってくる。
あっという間に15秒が過ぎた。
『15秒経過。ペナルティです。』
「はぁ!?」
地面から半透明の壁が起き上がり、彼らを正方形の空間に閉じ込めた。
薄い壁から、ランダムに弾丸が発射される。
シュヴァルツは反撃すら出来ず、頭を抱えて身を守った。
痛みはなかった。体に当たった感覚もない。
顔を上げれば、ルフェとマリーがアセットを構えて今も打ち込まれ続ける弾丸を弾き落としていた。
「ペナルティとやらはアタシらが抑えてやる。」
「2人は答えを!」
『30秒以内に答えを提示して下さい。』
次のアナウンスに、シュヴァルツもジノも紙に向き直った。
体をかすめようとする気配に嫌でも集中力をそがれてしまう。
手の中に記された数式は、そう簡単に解ける問題ではない。
途中の計算式が複雑で、紙とペンが必要なレベルを暗算で行わなければならない。
「こんなの時間が足りないじゃないか!」
「落ち着いてシュヴァルツ君!途中式、上から5、アルファ、78!」
「なら最終回答は・・・X=6!」
攻撃が止んで、ゆっくりと壁が崩れていき正方形の空間が消えて行った。
そして空からゆらゆらと紙が降ってきて、ジノが指で掴む。
緊張を解いたシュヴァルツが土の上に座り込み額の汗を拭った。
お見事、と目線を合わせながら微笑むジノを睨み付ける。
「ミルトン・・・最後は僕に任せたな。」
「実はさ、僕暗算苦手なんだよ。数学テストはいつも君に負けてたんだ。
シュヴァルツ君が同じチームで良かった。僕1人だったらあと2回はペナルティくらってた。」
「途中式は完璧だったろ。」
それはほら、と地面を指さす。
ジノの足下の土に、計算式がゴチャゴチャとなぞられている。
指で直接地面に書いていたようだ。焦りすぎてて気づかなかった。
「それより、ヴェルディエの様子が変わらなかった?」
ペナルティとやらが発動したとき、彼女は口調が荒々しくなり、棍棒に変形させたアセットによる力任せなスイング姿を見せていた。
計算を解くので頭がいっぱいになっていたが、冷静になった今思い返すと、まるで別人だった。
などと考えていたら、当人が目の前にやって来た。
瞳の色は紫に変わり、引っ込み思案な少女がしないであろうニヒルな笑いを向けてくる。
「あんたも気弱そうなナリしてるわりに、よくやったじゃないか。ジノのアシストがなきゃ大分パニックになってただろうけどね。」
「な、なんだと!?」
「こらこら、ヴァイオレット。私達じゃ絶対解けない問題だったでしょ?感謝しないと。」
「説明すると長くなるから、マリーの第二人格とでも思ってよ。」
「・・・僕のトラップ装置破壊したのもヴェルディエだったよね・・・。
ずいぶんらしくない動きだと思ったら、そういうことか。」
数日前、生徒会会長による本校舎B棟でのトラップ攻撃。
あの仕掛けを作ったのは全てシュヴァルツだ。
カメラ越しに監視もしていたので、彼らの様子は見ていた。
場を切り替えるために、ジノが次のヒント発表するよ、と手にした紙を開く。
シュヴァルツもよろよろと立ち上がって中を覗き込んだ。
紙には、“以下を唱えよ”という一文と、魔法呪文が記されていた。
「召喚魔法っぽいね、これ。」
「簡易文だから、大した生物は出てこなそうだけど・・・。」
「どうする?」
「唱えよって指示なんだから、唱えないことには始まらないんじゃないかな。」
「ルフェだと何が起きるかわからないから、僕が。」
呪文の効き目もまたマナの量が左右する。
小さなネズミの召喚呪文だったとして、ルフェが唱えれば体長3m以上の巨大ネズミが召喚されかねない。
マナの量が少ないジノが、紙を手にしたまま少し離れて、呪文を唱えた。
が、何も現われる様子は無かった。
言い間違えたのかと色々考えていると、遠くの方から、足音が聞こえだした。
足音は四足歩行の動物のものらしく、どんどんとこちらに近づいてくる。
地面も僅かに震えだし、木が倒れる音までしてきた。
「嫌な予感がする・・・。」
「ルフェに唱えさせなくて良かったかもね。」
「あれを見ろ!」
ヴァイオレットが前方を指さした。
すると、体が半透明に透けている、緑色の牛がこちらに突進してくるのが見えた。
1体ではない。計6体の牛が角を怒らせ大地を揺らしている。
召喚されてるとはいえ、筋肉の盛り上がりや鼻息は遠くからでも見て取れる。闘牛だろう。
本能的に、4人は走って逃げ始めた。
「待て待て待て!逃げたってはじまらないだろ!」
「ならヴァイオレットが相手してきてよ!」
ルフェが走りながら振り返る。
闘牛は徐々にこちらとの距離を詰めており、頭に生えた立派な角で太い木の幹を次々なぎ倒しながら、ただ直線に進んでいる。
その目は獲物を狙う野生の鋭さでギンギンに光っている。
度胸があるルフェですら、本能で逃げてしまう程。
一同、足の裏にマナを込め加速していく。
「どーすんだ!?逃げ回っててもラチがあかない。それに次のヒントが無い!」
「倒せってことなかなー。」
「僕のマナでさえあの迫力なんだよ?二級レベルの生物っぽいから、簡単にいくかな?」
「グダグダ言ってる場合じゃないぞ参謀。シュヴァルツが限界だ。」
ジノが後ろを振り向くと、シュヴァルツがわずかに遅れだしていた。
走ってはいるが、息が上がり集中力が乱れたことで、足の加速用マナも威力がどんどん落ちている。
先ほどの山登りですでに体力を消耗していたのも原因だろう。
「シュヴァルツ君!何か作戦あるー?」
「ぼ、僕に・・・聞くんじゃ、ない!」
「やるしかないね。ヴァイオレット、止められるかやってみて。」
「あいよ!」
ヴァイオレットが急停止し、アセットの棍棒を構える。
その隙にジノは今にも倒れそうなシュヴァルツの体を支えて牛の軌道から外れる。
野球選手のように構えたアセットを、先頭で猛突進してくる牛の鼻先に狙いをつけて振りかぶる。
が、牛は一切スピードを緩めなかったため、巨大な弾丸を受けたような衝撃がヴァイオレットの腕に走り
アセットは形を維持できず割れて消えた。
ヴァイオレットが叫ぶと、すでにハルバードを構え防壁展開していたルフェが左端の牛と対峙する。
スピードを上げ牛がルフェに頭突きをする。
ハルバードを体の前で構えていたルフェの体が、防壁ごと後ろに押され足が土にめりこむ。
そこでやっと、牛の足を止める事が出来た。
すると、他5体の牛が消えた。
どうやらルフェが相手をしているのが本体で後は影分身のようなコピーだったようだ。
マリー、ジノが咄嗟にアセットを弓に変え矢を打ち込む。
しかし、牛の表面はとても頑丈で、まるで鉄に打ち込んでいる感触に手応えは一切無かった。
「表面固すぎ!」
「おいシュヴァルツ、伸びてないで手伝え!あの装置出してみろよ!」
矢を打ち続けながら、煽るように叫ぶヴァイオレットに舌打ちしながら
シュヴァルツはよろよろと立ち上がって、魔法技工で作った発射装置を出現させた。
まさに、先日ルフェ達を襲ったマナの矢がランダムで発射され続ける装置だ。
シュヴァルツが軌道させると、20程の矢が一斉に牛めがけて降る。
マリーは矢が当たらぬように後ろに飛んだが、ルフェは体の周りに防壁を展開させ、そのまま牛を留め続ける。
絶え間なくふるマナの矢だが、牛の体に傷が付いている様子はない。
「ミルトン、僕をあそこまで飛ばして。」
「オッケー!」
ジノが円形の盾のようなものを腕に付け、両足で踏ん張ると頭の前に盾を斜めに構える。
少し後ろに下がったシュヴァルツが助走を付けながら駆け出し、地面を蹴って、ジノの盾を踏む。
足が離れる寸前にジノが強く押してやり、シュヴァルツを宙高く飛ばす。
指定した木の上に着地したシュヴァルツは、幹にトラップ装置を仕掛ける。
さらに身軽な動きで枝を伝い反対側の木へ移動すると、また装置を仕掛け始めた。
それを何度か繰り返し、一同にその場から離れるよう指示した。
牛の動きを止めていたルフェが大きく後ろに飛んで逃げると、6方から丸太が飛んできて、同時に牛の体を叩きつけた。
本物と同じ質量が乗った攻撃は牛の体を潰し、軽く鳴いた牛は初めて顔を上へ向け隙を見せた。
その隙を見逃さず、ルフェがハルバードの斧の部分で牛の首めがけ一閃。
具現化は解かれ、上から紙が降ってきた。
ルフェがそれを掴み、シュヴァルツは仕掛けた装置を律儀に回収してから地面へ降りてきた。
「あれ、普通の丸太じゃなかったよね。」
「反魔法術式を書き込んである。アンチ魔法みたいなもので、発動したマナを質量を利用して封じ込めるんだ。
ヴェルディエに煽られてイラッときた。」
拗ねた顔をしたシュヴァルツに、フンとヴァイオレットは笑ってみせた。
ルフェが次のヒントを開けた。
今度は、ルフェにも読める現代文字で書かれてあった。
「扉を開けばそこにいる、だって。」
「次こそゴールかな?」
「それっぽい指示ではないけどな。僕たちが辿ってきたヒント、外れくさいし。」
「強制計算トラップと、牛に導かれただけだもんなー。」
「他に何も書かれてないみたいだし、扉を開くにも、場所がわからないね。」
「待って。」
ルフェが静かに告げると、紙が彼女の手から勝手に離れ、ゆっくりと飛び始めた。
まるで蝶のように紙を羽ばたかせ、木々の間を進み出す。
「今、少しだけマナを吸われる感覚がしたの。」
「ヒントが道案内とは、驚きだな。」
とりあえずついて行ってみようということになり、森の中を歩き出した。
先ほど、牛に追いかけられ大分体力を削ってしまい足がガクガクのシュヴァルツだが、彼らに遅れないよう歩き続けた。
この訓練が開始され、おそらく1時間が経とうとしている。
森の中は静かだった。爆発音もしないし、他の生徒と出会うこともない。
そろそろどこかのチームと顔合わせてもおかしくないと思うのだが。
紙の蝶はゆっくりと、山頂を目指して飛んでいた。
疲労感もあって、シュヴァルツは内心焦り始めた。
高得点を狙うなら急ぎたいが、今追っているヒントが正解の道筋を辿っているかどうかもわからない。
蝶を追いながらも、のんきに雑談をしている3人組の様子にイライラし始める。
真面目にやれと文句を言ってやろうかと思い口を開き掛けたとき、ふとルフェが足を止めた。
アセットのハルバードを構え、後ろを振り返った。
いつの間にか、辺りには水色の半透明な体を持つ四足歩行の獸に囲まれていた。
金色に光る双眸で、音も無くゆっくりと4人に近づいてくる。
「今度はヒョウ?」
「ピューマじゃないかなー。」
「どっちでもいい。片付ければいいのね。」
先導していた紙の蝶が、その場に止まり消えてしまった。
どうやら次はピューマと戦えということらしい。
また戦闘訓練か、とシュヴァルツは頭をかいた。
半透明なピューマが同時に飛びかかってきた。
ルフェが前に飛び出しハルバードで応戦する。
長い爪と太い腕で襲い掛かってくる獣の肢体を斧で殴り、先端で差す。
ヴァイオレットは棍棒で大きく口を開いて襲い掛かってきた1体をなぎ払い、足下を狙う個体に足蹴りをくらわせる。
まじまじと観察していると、なんとも壮絶な光景である。
か弱そうな小柄の女性達が勇ましく戦い、男2人は傍観している。
またトラップ装置でも出してやるかとポケットに手を入れた時、地面に膝をついたジノがシュヴァルツを呼ぶ。
「シュヴァルツ君、これ見てよ。」
落ち葉をジノが手でかき分ける。
隠されていたが、地面に、鉄の杭が刺さっていた。
「封印柱の一種だよね。魔法具で反転結界を作ってる。」
「足を踏み入れたら閉じ込められる可能性もある。此処は回避が妥当だろう。時間を取られる可能性の方が大きい。」
「でもシュヴァルツ君。紙の蝶は此処で消えた。これがヒントの意味する所じゃないかな?」
「扉を開けばってやつか。」
「牛の時みたいに、倒せそうにないし。」
ほら、と女2人に目を戻すと、獸の数が増えていた。
加えて、ピューマは打撃もマナの打ち込みも効果が無いようでダメージを一切与えられず防戦一方になっている。
群れで狩りをするようなチームワークで確実に2人を追い込み退路を絶っている。
かと言って、この先は内側から出られないようになっている空間があると推測される。
ずっと難易度があがったトラップが待ち受けていても不思議ではない。
「明らかな罠・・・。だが僕たちに選択肢はないようだな。」
「行ってみよう。大丈夫。僕たちチームなら何が起きても切り抜けられるよ。」
ジノが杖で目の前にマナを放つ。
すると、何もなかった場所に同じ虹色の膜が現われた。
膜は長方形の扉のような形になり、新たなゲートが立ち塞がる。
ジノが2人の名を叫び、彼らは走りながらゲートの向こうへ走り抜けた。
シュヴァルツも一拍遅れて後を追う。
森の中にいたはずの彼らだったが、小高い丘の中腹に立っていた。
振り返ると、通ったはずのゲートは無く、虹色の歪みも消えていた。
「次のステージ到着ってことかな。2人とも、大丈夫かい?」
「平気よ。」
「アタシらが戦って、2人が謎を解く。いいチームになってきたじゃないか。なあ、シュヴァルツ。」
「フン。」
「素直じゃないねぇ。ちょっと楽しくなってきたんだろ?」
「そんなわけないだろ。これで高難易度の問題でも出されたら、恨むからな。」
プリプリ怒りながら丘を登り始めたシュヴァルツの背中に笑いつつ、3人も後に続く。
マナで作られた異空間なのだろう。
青い空に一面の草原。
クロノス学園の敷地内には存在しない場所だ。
風もどこか清らかで、春の柔らかさに包まれているような雰囲気がある。
新緑のような美しい緑で覆われた丘を登っていくと、頂上に立派な樹木が植わっているのが見えてきた。
ずいぶん立派な幹を持ち、茂る葉で覆われた巨木の前に、見たことがある人物が立っていた。
生徒会長のベルクだった。
上着を肩に掛け、腕組みをして4人の到着を上から睨み付けている。
彼に気づいたシュヴァルツが小走りで近づきながら、声を掛ける。
「会長?なぜこちらに。」
「フン。会長であるボク自らが、ゴールした後輩達を出迎えてやる役目を仰せつかった。」
「ゴール?此処が、ゴールですか?」
「そうだ。1位でゴールするとは、生徒会の名に恥じない動きであったぞ、シュヴァルツ。褒めてやる。」
「はぁ、ありがとうございます。これで終わりとは、呆気なさ過ぎますね。」
小言を言いながら、ぱっとしない顔のシュヴァルツが丘の頂点に辿り着く。
―そのすぐ真横をマナの弾が高速で飛んでいき、会長の腹部に直撃。会長は後ろに吹っ飛んだ。
驚いて振り向くと、ルフェが険しい顔で杖を構えていた。
「お前・・・!会長に何をしたんだ!!」
「シュヴァルツ君、そいつ、会長じゃないわ。」
シュヴァルツが顔を戻すと、丘の上いっぱいに白い蝶が飛んでいた。
蝶はわずかに発光しており、数は十数匹。いや、20以上いるかもしれない。
下がって、と丘を登り切きったルフェがシュヴァルツの前に進み出る。
「お前の潜在意識は蝶なんだな。面白いじゃないか。」
丘に少女に近い女の声が響いた。
蝶が全て粒子となって消えると、一本だけ植えられた巨木の前に、宙に浮いた女が現われた。
空中であぐらを掻いた短髪の女は、小柄で、黒い服を着てはいるが露出が多く、頭にとぐろを巻いた角が生えていた。
顔も幼く、ニヤリと笑う顔もやんちゃないたずらっ子という印象だ。
突然現われた謎の角付き女に3人は唖然とするしかなかったが、ルフェだけは体にマナを溜め警戒態勢を取る。
強く睨みつけるルフェの双眸を見て、女は満足げに一度頷いてから歯を見せて笑った。
「とっくに気づいてるみたいだから、特別に自己紹介してやるよ。
アタシは三番目の姉妹、ゾエ。他の姉妹と違って、アタシはお前を認めていない。」
「学園に何度も攻撃してきたのは貴女ですね。」
「おお、その通りだ。どんなもんかと探っていたが、もう飽きたんでな。此処らで、消し去りに来た。」
勝ち気な笑みを貼り付けたまま、男勝りなしゃべり方をする魔女は左手を高く掲げた。
その手の中に、僅かに紫がかった超高圧のマナが集中する。
ヴァイオレットが棍棒を構えたのを横目で見たルフェが、いきなり左へ走り出した。
後ろでヴァイオレットとジノが叫ぶ気配がしたが、マナで更に加速して丘を駆け下りる。
魔女がルフェ向かって、左手に溜めていたマナを投げつけてきた。
質量も大きさもあるにも関わらずかなりのスピードで迫るそれを視界の端で捕らえたルフェは
背中にシールドを三重にしてから飛んで避けたが、わずかに遅れ直撃してしまい、体が丘を転げ落ちる。
姿勢を立て直し顔を上げた時には、次の攻撃が鼻先にあり、防ぐ間もなく2度目の直撃。
今度はシールドを張って衝撃を吸収出来なかったので、モロに体で受けてしまった。
なんて重い攻撃だろうか。肌もピリついて瞬間的ながらも高圧な痛みで脳がシャットダウンするかと思った。
気絶しないで済んだのは、タテワキ先生に猛特訓を付き合ってもらったからだ。
握りしめていた木の杖を解除して、マナを瞬時に高める。
ルフェの足下に白い魔法陣が現われ自転を始めると、風が下から吹き出した。
魔法陣に手を置くと、模様の中から巨大な鳥が飛び出してきた。
いきなり翼を畳んだまま最高速度で魔女に突進し、魔女が攻撃の動作を見せた途端身を翻し、後ろを取る。
今度は翼を大きく広げ、くちばしを開けて吠えた。
口からマナを発射する。
眩い閃光で辺りが一瞬ホワイトアウトし、地面がえぐれたが魔女はその場には居なかった。
「ずいぶん危ないペット飼ってるじゃねぇの。」
魔女は鳥よりも遙か上を取っており、あぐらをかいたまま手に溜めたマナを降らせる。
雨のように高速で降るマナの細い攻撃を大きな鳥は華麗に避けてルフェの真上まで戻りルフェを攻撃から守る。
ルフェは足下の魔法陣に、別の魔法陣を重ねる。
下の陣とは反対に自転する魔法陣から、植物の蔦が無数に伸び魔女を狙う。
空から降る雨に何本も折られて行くが、魔女の体を拘束しようと触手を伸ばし続ける。
「小賢しい真似を。」
それは蔦ではなく、蔦と鳥に隠れて真後ろに転移したルフェに放たれた言葉だった。
ハルバードを構え魔女の背中を狙っていたルフェだが、見えない何かに背中を叩かれ地面に落とされた。
口内に血の味が広がる。
鳥の甲高い悲鳴が聞こえ、召喚した鳥は魔女に腹部を貫かれ具現化を解かれ消えてしまい、
無限増殖を続けるはずだった蔦は燃やされ魔法陣は破壊される。
万が一魔女に襲われた時の対策として授けられた手が一瞬で崩されてしまった。
力量は明らかだった。
でも次の手を考えなくてはならない。
この空間に友人が閉じ込められている。いつ気が変わって人質にされるかわからない。
魔女の目をこちらに引きつけなくては。
落ちた衝撃で痛む体を無理矢理起こしていると、魔女に向かい無数の矢が放たれるのを見た。
マナで作った簡易的な矢。
丘の向こう側を覗くと、魔法技工で作った発射台から矢が絶え間なく発射されている。
数はあるが攻撃力はルフェより遙かに劣るため、魔女は顔の周りを飛ぶ煩わしい小虫を払うように手を払って装置を壊した。
が、次の瞬間。
装置が爆発し中からピンク色の何かが飛び出し、魔女の右腕に張り付いた。
マナ製ではない粘着性の強いスライム弾だ。
人間の子供が悪戯で使うような手も魔女の隙虚を衝くには十分だったようで、
嫌悪感が走る感触と簡単にははがれないスライムに魔女が空中で悪態をつき始めた。
「いまだイェーネ!こっち!」
丘の下、固有結界のギリギリの場所で、シュヴァルツが手招きをしている。
後ろにはジノが魔法陣を大急ぎで描いており、ヴァイオレットモードのマリーが
次のスライム弾を棍棒を野球バッドのようにして魔女に向かって打ち付けている。
ルフェはアセットの箒で3人の元へ降り、ジノが描いた魔法陣に手を当てた。
すると、魔法陣から噴出したマナの光の柱で結界の壁が壊され、向こう側にクロノス学園の森が見えた。
空いた穴からこちら側へ飛び込んできたのは、タテワキ先生とエメル保険医。
タテワキ先生は即座に魔女の元へ移動し、鎌を構えたエメルが生徒をかばうように立ち塞がる。
「あなたたち、無事?!」
「エメルちゃん、どうして?」
「魔女の結界は外から破れなかったけど、モレル君が機転利かせてくれて侵入出来たの。」
僕はシュヴァルツです、とこの場においても修正を入れる彼は、
ぐったりと息を切らしているジノを指さした。
「結界の特性に気づいたのはミルトン。で、外にあった魔法具を媒介にして道を作った。糸でも通せれば先生達を呼べるからって。」
「いやいや・・・シュヴァルツ君が計算手伝ってくれて助かったよ。僕1人じゃ到底間に合わなかったし、
スライム弾で気を引くなんて戦法思いつかなかった。先生達も外で持っててくれて助かった。」
「それよりルフェ・・・。」
ヴァイオレットが怖い顔で近づいてきて、いきなり両手の拳でルフェの頭をぐりぐりしだした。
「いたたた!!」
「またアタシらを残して1人犠牲になろうとしたねアンタ!」
「だ、だって・・・!」
「僕達3人で1つだろ。力はルフェには及ばないけど、そう簡単に見捨てないでよ。」
疲れ切ったジノに微笑まれ、ルフェは頭をこするヴァイオレットの手を握った。
2人を守りたかっただけ、そう告げようとした所、丘の上からものすごい爆発音が聞こえた。
エメルが彼らの体を押して外に逃げるよう指示をする。
ルフェも素直に従おうとしたが、突然体が浮いたかと思ったら、瞬きをする間もなく丘の上部に転移させられていた。
「お前を逃がすわけないだろうが。」
すぐ近くで魔女の声がする。
体が虹色に光る蔦に拘束され、空中に吊されていた。
足下で、タテワキ先生が怒りの形相のまま攻撃を繰り出しているが
魔女は相変わらず空中であぐらを掻きながら全ての攻撃を相殺している。
タテワキの相手をしながら、魔女がルフェの隣まで浮上してきた。
近くで見る魔女は、顔は幼いが愛らしい顔をしていた。
頭に付いた角も飾りではないようだ。
「なかなかの腕だがな、人間。アタシらには到底及ばんよ。」
タテワキは何も言葉には出さず、マナを打ち込み続ける。
まずはルフェを自由にしようと虹色の蔦を狙うも、魔女が前方にシールド張っているようで一切攻撃が届かない。
ならば転移して別の角度から、とタテワキが身構えた所でルフェの拘束が解け、彼女の体が落下する。
初めてタテワキが声を出し、叫んだ。
「いい加減になさいな、ゾエ。」
ルフェの体は何者かに抱きかかえられて、ゆっくりと地面に運ばれていた。
いわゆる御姫様抱っこでルフェを丁重に扱うのは、男性とそう変わらぬほど長身で、凜々しい女性だった。
綺麗な黒髪で短髪、パンツ姿。背中に止めている布が虹色に光りながら揺らめいている。
新たに現われたその女性もまた美しく、魔女だとすぐに気づいたが、敵意を全く感じなかったのでルフェは大人しく腕の中にいた。
地面に降り立つと、ゆっくり丁寧にルフェを地面に下ろし、ジャージに付いた土を手で払ってくれた。
痛むところがあれば治しますと告げた瞳の奥には、まるで星空が広がっているようにきらめいていた。
彫刻のように芸術的で美しいフェイスライン、高い鼻筋、凜々しい眉、薄い唇。
柔らかい微笑みを向けられ、女性とわかっていても見惚れてしまう。
「モロノエ姉ぇ!邪魔しないでよー!」
急に駄々をこねる子供のような声をだした角のある魔女を、新たに現われた魔女が睨み付けて
静かに叱りだした。
「邪魔とはずいぶんな物言いではないですか、ゾエ。お前まで騒ぎを大きくしてどうするのです。
聞けば、何度もこの子にちょっかいを掛けてはアレシアさんを困らせたそうじゃないですか。」
「むぅ・・・。あ、アタシは!そいつ認めてないっ!」
「お前の言い分は知りませんよ。姉さんにきっちり報告しますからね。」
「ええ!それだけは勘弁してよモロノエ姉さん!」
「今更何を言っても遅いです。帰ったらきっちりお仕置きしてもらいます。」
空中であぐらをかいたまま肩をすぼめた魔女は口を閉じた。
まだ訝しむ表情をしたタテワキが警戒しながら2人に近づいた。
「安心してください。私はメデッサの味方です。事情は聞いています。」
まさかメデッサ先生の名前が出るとは思わず
ルフェは驚いて顔を上げたが、タテワキ先生は特にリアクションはせず武装解除をした。
改めて、長身の女性はルフェに向き合い軽くお辞儀をした。
「私はモロノエ。二番目の姉妹です。妹ゾエがご迷惑をおかけしました。」
「私を・・・捕まえに来たのではないのですか?あの方、って人に合わせるとか聞きましたけど。」
「少なくとも、私は貴女をどうこうしようなどと考えていません。
本当です。あの子にはちょっとした事情があるだけで、誤解が絡まってるだけなのです。」
心の底から申し訳なさそうに言われてしまい、ルフェはどうしたらいいかわからなくなった。
夏合宿中、ライム島では赤髪の魔女に殺されかけ、魔族を引き連れる謎の人物の元につれて行かれそうになった。
どうやら魔女は巨大なマナを持つ自分に興味を持っているらしいというのはオークウッド先生から聞いていたのだが、
目の前で手を合わせて眉尻を下げる魔女を見ていたら、警戒を持ち直すのが難しくなってしまった。
困惑したままタテワキ先生を見ると、もう警戒をしていないようで、そっとルフェを自分の方に引き寄せてから口を開いた。
「この子にはまだ事情を説明していないが、こちらはあらかた話は聞いている。
何番目が反乱を起こしているんだ。」
「6,7,8番目の妹達です。」
「魔族を率いているのか、それとも手を組んでいるのか?」
「非常に残念なことです。巫女の尊厳をあの子達は捨てて、魔の王たる男に膝をついてしまいました。
私達は傍観せざるおえないのです。可愛い妹達です。それに、土地の主が未だ行方知らずなのです。」
「そうか・・・。わかった。今回の訪問は手違いということでいいんだな。」
「はい。ゾエには、二度とその子と学園に手を出さないようにキツく叱りつけておきます。本当に申し訳ないです。
時間さえあれば、ゆっくりとアレシアさんを加えて話をしたいところではありますが、今は帰ることにしましょう。」
叱る、という単語に大人しくしていた三番目の魔女が気まずそうな顔をした。
ずっと申し訳なさそうな顔をしていた二番目の魔女は、凜々しい表情に戻ってタテワキに忠告した。
「時間は無いですよ。あの子が告げた予言の時は間もなくです。」
「忠告痛み入ります。ですが、今はモラトリアムを得ている状態なので、今しばらくこのままでお願いしたい。」
「・・・わかりました。」
名前を、と聞かれルフェは自分の名前を告げた。
すると、辺りに白い蝶が再び現われた。
羽ばたきながら空を気持ちよさそうに飛びはじめる。
「フフフ。貴女も蝶が好きなのですね。そういう所もよく似ています。」
「どういう意味ですか?この蝶はあなた方がマナで作ったものではないのですか?」
「言葉で説明するのは難しいのですが・・・。これは、繋がりの形です。私達の力に触れた、ルフェの心が形を作った姿です。
本当は目に映らないのですよ、我々の力は。また会いましょう。」
二番目の魔女はトン、と軽く地面を蹴っただけで高く空に飛んだ。
三番目の魔女もそれに続き、白い蝶と共にどこかに消えてしまった。
すると、小高い丘が消え、元いたクロノス学園の敷地内である森の中にいた。
結界が消えて元の場所に戻って来られたのだろう。
頭が混乱しているルフェは、答えを求めてタテワキの横顔を見上げたが、彼は魔女が消えた空を見上げていた。
しばらくして、先生がルフェに顔を戻した。
先ほどの魔女と同じ、申し訳なさそうな顔をしているので、ルフェは全てを悟った。
「大丈夫ですよ、先生。覚悟を決めて私は戻ってきたんです。」
タテワキの不安を払拭出来るように、できるだけ明るく告げて、ルフェは笑った。
タテワキの転移でルフェは保健室に飛ばされ、ジノ達3人と合流した。
相変わらず2人には単独行動しすぎだと怒られたが、ルフェは苦笑するしかなかった。
今回の課外授業は初めから魔女に仕組まれたヒントを辿ってしまっていたらしく、出されたヒントは偽物。
4人は棄権という事になってしまいポイントはもらえなかったが、シュヴァルツから文句を言われる事はなく、
事情を知らないシュヴァルツが先生からどういった説明をされ、どう口止めをされたかはルフェにはわからなかった。
ただ、もうお前らとは関わりたくはないと嫌味を残して保健室を出て行った。
それから一週間後。
3人は無事、6学年への進級試験を合格した。