top of page

❀ 3-3

夏合宿中の出来事について、聞きたい事は山ほどあるし、整理したい問題もあったが
6学年へ上がるための試験は最難関であるため、今は試験対策に集中してもらうことにした。
特にルフェは、休学していたので遅れがある。
こなす課題の量も、出席しなければならない授業の数もかなりあった。
一分一秒が惜しい状態だ。
仲良し3人組は、お互いを励まし、苦手な部分は教え合いながら、今日も仲良く勉強に励んでいた。
特にジノとマリーは、ルフェが隣にいて一緒に勉強出来るのが楽しくて仕方が無い様子だった。

 


「ルフェがこのまま帰って来なかったらどうしようかと思ったわ。」
「二度と会えないとか、寂しすぎるもんね。」
「お待たせしました。」
「詳しい話は無事進級したら、サジ先輩達と一緒に聞くよ。」
「ええ。まずは勉強です。難しい話は後回しです!」
「フフ。世界の混乱より進級とか、笑っちゃう。」

 

図書館で勉強していた彼らだが、ルフェが帰って来たことにより声を掛けてくる男子生徒が増え
落ち着いて勉強出来なくなってしまったので、本校舎B棟の第1学習室で勉強するため移動していた。
特別教室棟を抜け、本校舎C棟の2階にある渡り廊下を使えば最短だ。

 


「今度、技工室借りて魔法具制作の自主練させてくれないかな。」
「さすがにマナ石は貸し出し不可だと思うけど。」
「呪文の掘りがどうも苦手で・・・。」
「先生に一度交渉してみましょう。」

 


技工室の脇を通り、渡り廊下に出る。
渡り廊下の下では生徒が何やらバカ騒ぎをしており、楽しげな笑い声が響く。
校舎内に人はいないのか、誰ともすれ違うことなく本校舎B棟2階に足を踏み入れた。
その瞬間、ルフェは反射的に右側にシールドを張った。
何かがシールドにぶつかる重厚音が響いて、マリーが短く悲鳴を挙げた。
シールドにぶち当たったのは、ロープで吊された丸太だ。

 


「ずいぶん古典的なトラップだね。」
「凄いねルフェ。気配呼んだんだ。」
「うぅ・・・誰がこんなことをぉ・・・。」

 

こんな太い丸太、体に当たれば吹っ飛ばされるだけじゃ済まない。
イタズラにしては度が過ぎている。
ルフェは笑みを引っ込め、手に杖を握った。
ジノが今潜った渡り廊下への出入り口に手を伸ばす。
見えない壁がある。

 


「出られないみたいだよ。」
「狙いは私。2人は此処でー」
「「却下」」

 


声を揃えた2人も、杖を構えた。
マリーは今にも泣き出しそうな不安な顔をしているにも関わらず。


「私達3人で、突破しますよ。」
「僕たちセットだから、すぐ1人になるの禁止だよ。」
「・・・ありがとう。」

 


ルフェはほんの少しだけ表情を柔らかくしたが、すぐ引き締めて廊下の先を睨んだ。
人の気配はない。生徒は誰もいないのだろう。外の音も遮断しているのか、
たった今聞こえていた笑い声も届かない。
奇妙なほど静かだった。

 


「ブロールじゃなさそうね。誰がこんな真似を。」
「わからない。」

 


出口がわからない以上進むしか無い。
周りを警戒しながら、ルフェを先頭に3人はゆっくり歩き始める。
本校舎B棟2階には生徒用の資料室や家庭科室、授業で使う教材の倉庫などがあるが、
各教室には鍵が掛けられており、進めるのは廊下と階段だけ。
しかし、1階へ降りる階段の途中にまた見えない壁が立ち塞がっていたので、上に進めという事らしい。
階段を上る。半分程上り折り返した所で、上から岩が落ちてきた。
本物では無く張りぼてだったが、音からして重みはあるようで3人はマナを当て壊していく。

 


「ギミックが遊園地並みだね。」
「ただのアトラクションなら気分も楽なんだけど。」

 


3階に上がる。
左に進むと、今度は前方から矢が無数に飛んできた。
ルフェがシールドを張って防ごうとしたが、背後からも矢が飛んでくるのが見えた。
一瞬対処に遅れたルフェだが、マリーが咄嗟にアセットを棍棒にして構え矢を力技で叩き落とし始めた。
飛んで来る矢を落とすなど、凄まじい反射神経と体さばき。
ちらりと見えた瞳の色は、ヴァイオレットだった。
ルフェは前方からの矢をシールドで防ぎ、後ろはマリーが落としジノも手伝う。

 


「これは装置で自動攻撃されてるみたいだね。」
「どうする?」
「ゴールを目指すだけだわ。」
「そうだねヴァイオレット。大先生の夏合宿でトラップレースは経験済みだからね。」

 


背後の攻撃を対処する2人には、余裕すら見える。
頭はいいけどマナが少なく非戦闘員だったジノと、いつも弱気で怯えていたマリーがとても逞しく見える。
夏合宿は、悪いことだけではなかったということだ。
ジノが合図を出すと、ルフェはシールドを後方に回し二重にすると、3人は走り出した。
前方からの矢はマナで叩き落としながら走っていくと、第1学習室のドアが開いているのが見えた。
どう考えても罠だろうが、あえて罠に飛び込もうとジノが提案したので滑り込むように教室に入った。
生徒が集中出来るように仕切りが付いた机が規則正しく並び、友人同士で勉強出来るように円形机もいくつか置かれている。
矢が飛んでくるようなことは無かったが、辺りを警戒する。
誰も居ない静かな教室内に、突然植物の蔦が床から生えてきた。
太い緑の蔦がうねりながら天上高くまで触手を伸ばし、天井や机を覆いだし、室内をどんどん緑色に染めていく。
ジノが叫んだ。

 


「マズイ!魔法植物の一種で、胞子から毒ガスを出すって本に書いてあった。」

 


後ろを振り返れば、もうとっくに扉は蔦に覆われ隠されている。
どんどんと床や天井が無くなっていき、蔦から花のつぼみが見えるようになった。

 

「あの花が咲いて実になると胞子が出来て外に毒を放出する。高速で成長させてるようだ。」
「火の魔法で焼く?」
「駄目だ。ガスは可燃性。大爆発で僕たちも巻き込まれる。」
「早くしないと、あっという間にジャングルになってるわよ。」

 


ヴァイオレットが目線を向ける先、入ってきた扉とは反対側の壁は、もう何重にも蔦が絡まり鬱蒼としたジャングルそのものだった。
毒でやられる前に、成長が止まらない蔦で圧迫される可能性もありそうだ。

 


「どうやらただのお遊びじゃないようだから、こっちも本気だしていいよね。」

 


ルフェの足下から風が吹き上がり、彼女の髪がふわりと踊ったかと思えば、特大のマナの弾を植物に向かって放った。
マナに当たった蔦は切断されちぎれて無くなったが、破損箇所からまた蔦が生えてくる。今度は倍の成長スピードで。
直接的な攻撃は無意味ということらしい。
ギシギシと軋む嫌な音と、天井が崩れだしたであろう埃や破片が降り出す。
彼らの足下もどんどんと蔦が迫っている。
ジノがしゃがみ込んで、僅かに残った床に、ジャケットのポケットから出したチョークで魔法陣を描き始めた。
何か策があるとふんで、ルフェとマリーが魔法陣を描くスペースを確保するために足下に迫る蔦を攻撃して進行を食い止める。

 


「ルフェ、水を大放出する魔法陣だ。質力最大で構わないから、扉にぶつけてみてくれ。」
「やってみる。」

 


魔法陣に作用するマナは触れた人間のマナ量に左右される。
効果を最大発揮させたいなら、ジノより莫大なマナを持つルフェだ。
ルフェがジノが描いた魔法陣に手を触れてマナを込める。
と、魔法陣から太い水の柱が吹き出した。
凄まじい水圧の柱を難しい顔をしながらルフェがコントロールをすると、直角に方向を変え、入ってきた扉を囲む蔦に直撃させる。
大量の水を押しつけられた蔦の表面がじわじわと茶色に変色していく。
蔦の成長速度が早いのならば、大量の水分摂取による枯れも早くなる。
ジノがヴァイオレットの名を叫ぶと、意図を理解した彼女が手にしていたアセットで枯れた蔦を引きちぎるかのように
勢いよく横に殴りつけた。
隠されていた扉が顔を出し、ジノが押し開け、3人は再び廊下に戻った。
廊下に戻った途端、再開される矢のトラップ。
息つく間もない。
ルフェが四角い防壁を展開し、2人ごと包んで攻撃から守る。
シールドに矢が当たるカツンという音が絶え間なく響いてくる。
矢はマナで増産されているようで、防壁に当たると消えてなくなる。

 


「今度は後方からの攻撃ないね。」
「後ろに誘い込もうとしてるってこと?」
「もう面倒になってきた。壊してきていいか?」

 


ヴァイオレットが苛立たし気にアセットを握る。
廊下の端に、矢を飛ばす装置が置かれているはずだ。もしくは、術者が姿を消してそこにいる。
ジノは顎に手を当てて思案する。知将の顔だ。

 


「わざと乗ってみるのも手か。よし。やってくれるかい、2人とも。」
「「もちろん。」」

 


ジノがアセットを弓型にして、構えた。
ルフェが防壁を解除し、ヴァイオレットが走り出す。
飛んで来る矢をジノが的確に落としルフェもマナで対処していき、身を低くしたままヴァイオレットは更に加速。
廊下の奥に、矢を自動で飛ばす装置があった。
技工室で作れそうな簡単な装置だが、発射口が20もありランダム設定だから厄介だったようだ。
ヴァイオレットがアセットの棍棒を振り上げ、装置を真っ二つにたたき割る。
その彼女の脇に、レイピア型アセットを構えた人物が攻撃を仕掛けようとしていた。
気配を消していたその人物は、ヴァイオレットの攻撃の一瞬の隙を狙い、

絶対に防げないタイミングで一撃を繰り出そうと鋭利な刃を突き出す。
金属同士がぶつかる甲高い音が響く。
ヴァイオレットの脇腹を狙っていたレイピアの切っ先を、ハルバードの槍先で弾いたのはルフェだった。
ヴァイオレットの落ち着いた横顔を見て、全て見抜かれていたんだとその人物―生徒会副会長アンジュ・ガブリエル・ボネは理解した。
男子制服を纏った彼女はレイピアをいったん引いて、長い足でルフェの足を払おうと伸ばす。
が、狭い廊下で器用にハルバードを回転させたルフェが、足払いを利用して上に飛びながら、石突きで副会長の肩を叩いた。
バランスを崩した所をヴァイオレットが手刀で後頭部を叩き気絶させた。
金の綺麗な髪をした副会長が廊下に倒れると、本校舎C棟を囲んでいたマナの気配が消え、外からの喧噪も聞こえるようになった。
どうやら、閉じ込められて居た空間から抜け出せたようだ。
ジノも2人の元にやってきて、3人はハイタッチを交わす。
生徒会室の扉が開き、中から生徒会長が姿を出した。
そういえば以前もこの廊下で一悶着あったな、とジノは思い出す。

 

「見事だった、ルフェ・イェーネくん。」

 


廊下に出て来た生徒会長は、軽く拍手しながらニヒルで嫌味な笑みを貼り付けて彼らを見た。
ルフェはアセットを解除し、件の犯人を睨み付けた。

 


「まずは自己紹介させてもらうよ。ボクはこのクロノス学園生徒会会長クリスティアーノ・ファン・デル・ベルク。
6学年Ⅱでナンバー3だ。
今日は君の実力を見させてもらったんだ。ほらボネくん。いつまでも寝てないで挨拶しなさい。」
「はい、会長。」

 


廊下で気絶していたはずの副会長がむくりと起き上がってルフェに軽く一礼をした。
女性なのだが、横に並ぶとかなり長身でスタイルがいい。
男装の麗人といったところか。

 


「手荒な真似をしてすまなかった。私は副会長のアンジュ・ガブリエル・ボネ。」

 


副会長は名乗りが終わると生徒会長の元に戻りやや後ろに立って控えた。
ルフェがしびれを切らして問いかける。

 


「どうしてこんな真似を。下手したら怪我をした。」
「これしきでリタイアするようなら我々の期待外れだったというだけのこと。」
「怪我をしようと構わなかったってこと?」
「そうだ。ボクは君に興味があった。」

 


ルフェの苛立ちに気づかないのか、気づいてても重要視していないのか、ルフェに数歩近づいて、生徒会長が手を差し伸べた。

 


「君のマナは莫大だ。選ばれし人間は選ばれた者と一緒にいるべきだ。」
「何が言いたいの。ハッキリ言って。」
「フフフ。つまりだ、君の生徒会入りを許可しよう。」
「・・・は?」
「ぐーたら貴族のぼんくらや貧乏人と一緒にいたら、君の実力が発揮できないだろ?
優秀な我々と付き合いたまえ。」
「レオンやリヒトの事言ってるのね。」
「そうだとも。貴族を統べるコルネリウス家の嫡男があんないい加減で人格失格者だなんて、同じ貴族として恥ずかしいよ。
もう20歳を超えているのに、戴冠もせずフラフラと遊んでばかり。情けない・・・。
ボクはこの学園を変えたいんだ。あんなバカ息子が主席だなんておかしいだろ?
選ばれた家の、選ばれた人間がトップに立ちこの学園と生徒を導いてやらねばならん。」

 


まずい、とジノが止めるより早く
ルフェが杖ではなく手でマナの高圧弾を作り出し、生徒会長の腹に叩き込んだ。
圧縮されたマナの攻撃を直接受けた会長の体はくの字に曲がったまま廊下の中程まで吹っ飛んだ。
今まで凜々しく控えていた副会長が、あからさまにおどおどして、会長の元へ駆けていき様子を伺う。
意識はかろうじてあるようだが、顔がずいぶんと情けない表情になっている。
おろおろとする副会長の手を弾いて、復活した生徒会長が半身を起こし、抗議の声を上げようと拳を作ったが
顎に直接小さな弾丸を叩かれて、今度こそ意識を手放して伸びてしまった。

 

「私の仲間達をバカにしたら、許さない。」
「ルフェ、もう伸びちゃってて聞いてないよ。」
「フン。」

 


3人組は階段を降りてどこかへ行ってしまった。
残された副会長は泣きそうな顔で治癒魔法で生徒会長を手当てする。

 


「もうどうしよぉ・・・。」
「ボネさん。」
「あ、シュヴァルツ君・・・!」

 


そこに、黒髪でかなりの猫背の小柄な男子生徒が立っていた。
見た目からして暗そうで負のオーラを背負った生徒は、生徒会書記で5学年Ⅱのジョシュア・モレル。
彼も立派な貴族の嫡男なのだが、本名で呼ばれる事を嫌っており、周囲にはシュヴァルツと呼ぶように徹底している。
今し方発動していたトラップや植物を仕込んだ人物でもある。

 

「ごめんね・・・私が最後決めきらなかったから、装置壊されちゃった・・・。」
「あんなおもちゃ、いつでも作れますから。」

 


これ、と小瓶を副会長に渡す。
気付け薬だ。書記のシュヴァルツ君は魔法薬が得意だったんだ、と面白い形に半開きしている会長の口に薬を流し込む。
すると、顔が黄色くなったり紫になった後、絶叫しながら生徒会長が起き上がった。

 


「うわああああ!ミッシェルおばあさまが三途の川で手招きしている!!」
「ひぃぃぃ!」

 


引きつった悲鳴を上げたボネを見て、これが現実であり、先ほど起きた出来事を思い出した様子の生徒会長は
スッと立ち上がって、歩き出した。
慌てて2人も後に続く。

 


「か、会長、大丈夫ですか?」
「問題ない!クソ、シャフレットの大罪人が明るい未来を歩けるようにこの俺様自ら手を差し伸べてやったというのに、

なんたる仕打ち!コルネリウスのバカとつるんでる奴はやはり最低だ!」

 


肩を怒らせずんずん歩く会長は、校舎から外に出た。
お気に入りのテラスに向かっているのだろう。
大人しく後ろをついて行くシュヴァルツがボネを見上げる。
ボネは女性ながらかなり長身なので小柄な彼は見上げなければならない。

 


「ボネさんは、痛みないですか。」
「うん、平気だよ。かなり手加減してくれたみたい、あの子。」

 


歩きながら、突然ハァ~と変なため息をこぼしたボネが、両手を頬に添え
至福そうな笑みを浮かべだした。

 


「あの金髪の子、お人形さんみたいですごい可愛いのに、棍棒なんて振り回してワイルドだったなー。
ギャップがあって素敵ー。」
「ヴェルディエ家のお嬢さんですよ。二重人格らしくて、普段はおっとりしたお嬢様って感じですね。」
「へ~~!二重人格、いい!」

 


自分の世界に入ってしまったボネにため息をつく。
彼女は見た目はかっこよく凜々しいので、男女問わず人気がある。
加えて、実家が貿易に強い貴族なので彼女自身も会社を1つ任せてもらい社長として活躍している。
にも関わらず、本当の彼女はかなりのおっとりした性格で、可愛いモノが大好き。
雑貨、ぬいぐるみ、人。可愛ければなんでも。
破顔したボネは普段の凜々しさはない。
会長は会長で、実力がないのにプライドだけは誰よりも高いので面倒くさい。
かといって、ファン・デル・ベルク家の推薦が無ければこの学園に通えなかったので、そこは感謝しているが。

 


「覚えてろよルフェ・イェーネ!ボクを侮辱した罪は必ず―――」

 


空から大量の水が降ってきた。
会長は全身ずぶ濡れになり、少し後ろを歩いていた2人は無事だったが足下の土は色が変わっている。

 


「ずいぶん物騒な単語が聞こえた気がするなぁ。」
「侮辱したら、どうするのか是非聞かせて欲しいもんだねー。」

 


目の前に現われたのは、主席と次席だった。
水をかぶり髪をかき上げた会長は文句を言おうと口を開いたが、笑顔の主席達を見た途端動きを止めた。

 


「ようクリスティアーノ。久しぶりじゃねぇか。学園の治安は守れてんのかい?」
「無許可でマナによるフィールド展開に生徒数人の軟禁及び過度な攻撃。守れてるわけないだろ。」
「万が一が起きたら俺達も突入しようかと見てたが、さすがルフェ達だったな。」
「後輩達が優秀で助かったな、田舎貴族。」

 


リヒト・キルンベルガーが右手に雷を蓄える。
水浸しの会長に当たれば、結果は目に見えるより遙か。
怒ってる怒ってるー、とシュヴァルツはこれといったリアクションは見せず
ボネはあわあわと手を合わせていたが勇敢に間に入る勇気はないようだ。
当の会長は部下2人からは見えなかったが、リヒトの本気の怒りを感じてまた面白い顔になっていた。
焦りと屈辱と、怒りと後悔。こんないったところか、とレオンは苦笑いをした。
貴族の力なんて使わず、自分の実力だけで頑張れば素直にナンバー入りしていただろうに。
人望はそこそこあるのだから、勿体ない。
つまらない対抗意識も、古くからある貴族同士のいがみ合いを見て育った環境のせいだと思えば、可哀想ではある。 
リヒトが手の雷を強め、走る稲妻の線が伸びてゆく。

 


「あいつらは今試験対策で忙しいんだ。次おかしなことをしてみろ。
俺達ガーディアンメンバーも治安と風紀を守る権利を与えられている。
消し炭にして実家に送り届けてやる。」

 


真顔でキレているリヒトの迫力に、会長がヒィと小さく悲鳴を上げて肩を振るわせた。
何か反論するかと思ったが、踵を返し部下2人を引き連れ校舎の中に戻っていった。
リヒトは雷を解いて手を引っ込めた。

 


「フン。これでしばらくは大人しくなるだろ。」
「珍しいな、お前がそこまでやるなんて。」
「いい加減目障りだったからな。というか・・・主席のお前の仕事だろうが。コルネリウスのお前が脅せば一発だろうが。」
「学園とは関係ない権力は使わないって決めてんだよ。さて、ルフェ達のとこ行こうぜ。」
「まったく・・・。そんなんだから田舎貴族なんかにナメられるんだよ。」

 

そのやりとりを、白い蝶が見ていたのを、2人は気づかなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 


ルフェが学園に帰ってきた。
夏合宿中の出来事については何もわからなかったが、彼はそれでいいと思っていた。
世界の混乱とは関係ない、この山奥の学校で、楽しそうに友達と暮らしてる方がいいに決まっている。
窓の向こうで、友達と語り合いながら池の畔に向かうルフェの背中が林の中に消えていく。
誰もいない廊下で、グランはずっと外を見つめ続けていた。
残暑の強い日差しに照らされ、林の緑がまぶしい。
アテナ女学院で会ったルフェは、友達も1人しかおらず、学院内でも孤立していた。
今より地味な生徒で、自分に似たものを感じたから、あの大きな図書館で声を掛けた。
本が好きだというのは見ててすぐわかったので、一緒に本を読むようになった。
短い交換留学の日々だったが、楽しかった。
似た存在だと思っていたのに、太陽の下でキラキラしている彼女はいつも人に囲まれている。
孤独で、根暗で、いつも独りの自分とは違う。
この学園に来たのは間違いだったのかもしれない。
グランは男子寮の自分の部屋に戻った。
制服を脱ぎながら、机の上に乗ったままの四角い包みを見る。
夏合宿中に、ルフェに渡せなかったハンカチ。
学校に戻ってきたなら、渡せる機会もあるかもしれないと思ったのだが、まだ自分の手元にある。
――フラッシュバックする、灰色の世界に佇む黒髪の女性。
倒れ込むようにベッドに座り込み、頭を抱える。
ライム島で魔女を見てから、あの時の記憶が頻繁に蘇るようになった。
現実か幻覚かもわからない、黒髪の美しい女性。
魔物を引きつれた赤髪の魔女と、どこか似ていた気がする。
顔が、というより、憂鬱そうな雰囲気そのものがそっくりだった。
恐怖心とトラウマが合わさってそう思わせるのかもしれない。
今となっては、もう何もわからない。
わかっているのは、魔女という存在に、心が強く動かされている自分がいるということ。


心臓はずっと早鐘を打っていた。

 


授業中。
真面目にノートを取っていたグランだが、緊急の呼び出しが入り転移魔法を許可され、教室から飛んだ。
移動した先は、どこかの草原地帯だった。
一面の緑色が風に揺れており、晴天の空の下には、ウィオプスが3体。
レオンとリヒトはすでに到着しており、一拍遅れて、タテワキ先生に付き添われルフェが転移してきた。
お前は後ろだ、と指示されウィオプス群の後ろに回り、放出されるルフェのマナが外に逃げないよう防壁を張る。
レオンはグランの右、リヒトは左。
遠くの方で対面しているルフェは、タテワキ先生に守られながらマナの放出を始める。
彼女も、最初はおっかなびっくりマナを使っていたが、今は敵に対して凜々しく対峙している。
あの細くて小さな体いっぱいに力を込めて、マナを体外へ爆発させていく。
真ん中の一体に異変を感じた。
黒いモヤの中に、星のような輝きが生まれ始めた。
他の2人もそれに気づいたようで、タテワキ先生の名を叫ぶ。
先生がルフェの額に手を当てると、彼女の体に溜まっていたマナがかき消された。吸収でもしたのだろう。
異変があるウィオプスの真下、グラン達が囲む中央の空間に黒い線が生まれた。
空間の亀裂がどんどんと膨らみ、開いた穴の中から、見たことも無い異形の者達が次々草原に降り立った。
タテワキ先生が指を鳴らすと、グラン達3人は先生の後ろに移動させられた。
更に先生の足下に巨大な魔法陣が浮かび、草原に制服を纏った魔法使いが何人も現われた。
大人数を同時に呼ぶ転移魔法だ。
呼ばれた人たちは、きっと魔法院の魔法使い達。
いきなり見知らぬ場所に呼ばれて皆驚いた顔をしていたが、魔物の姿を確認してすぐに表情を引き締めそれぞれ身構える。

 


「ルフェ、俺がいいと言うまでマナを放出するな。」
「はい、先生。」
「お前達はとにかくルフェを守れ。」

 


先生が黒縁眼鏡を外して前方を睨み付けた。
異形の群れの中に、嘘のように美しい女性が立っている。
絵画の中から飛び出してきたせいで現実に馴染めないような、違和感があった。
女性は長く真っ直ぐな灰色の髪を持っており、灰色の服を着て草原の上をゆっくり歩いてくる。
グランは全身が総毛立つのがわかった。
内臓と眉間が震える。
あれも魔女だ。
シャフレットで見た黒髪の女とも、ライム島で会った赤髪の女とは全く違うが
憂鬱そうな美しさは共通している。
先生がルフェをかばうように立ち塞がる。
灰色の魔女はこちらには何も言わず、異形の魔物に指示を出して進軍させた。
大人の魔法使いは辺りにフィールドを展開した。魔女を外に逃がさないようにだろうが、果たして効果はあるのだろうか。
攻撃が始まった。
空に飛んだ魔法使い達が魔物に向かってマナを投げ、当たった異形の体は粒子となって消えてしまう。
しかし、空間の狭間からまたぞろぞろと異形の魔物が現われる。
さらに、沈黙していたウィオプスが動き出した。
ゆったりとした速度で移動しながら、左側の個体の内部が白く染まった。
渦が巻き、草原に白い塊を吐き出した。
雪だ。雪の塊。

 


「ねえレオン。アテナ女学院で、雷を落とすウィオプスがいたわよね。」
「ああ。あいつらにも属性があるらしいな。他2体がどんな攻撃してくるかがわかんねぇ。」
「やっぱり、私が先にウィオプス退治した方が・・・。」
「先生の指示だ。何かあるんだろ。今は大人しくしとけ。」
「レオン、来たぞ。」


リヒトが外側を睨み付ける。
魔法使いの猛攻をくぐり抜けた魔物達が、ルフェの方にもやって来ていた。

 


「お前はルフェの隣を離れるな。露払いは俺がやる。」

 


フォロー頼めるか、とリヒトに言われグランはアセットの二丁拳銃を構えた。
リヒトは剣のアセットを握りながら走り出す。
走りながら、やってくる敵を次々切りつけていき、剣を握って居ない手にはマナを込め敵の腹部に直接叩きつける。
死角から遅いかかろうとする敵は、グランがマナの弾で射貫く。
異形の魔物達はマナに極端に弱いようで、アセットで切りつけられても形状破壊はしないが
マナに触れば感嘆に粒子になる。
この調子ならば、ルフェがマナを周辺に大爆発させれば一掃出来ると思うのだが。
トカゲ頭の一回り体が大きい個体がやって来た。
リヒトがいち早く存在に気づきマナを腹部に打ち込むがトカゲ頭はビクともせず、木製の棍棒を振り上げる。
グランがマナ弾を撃ち込むがやはり効果はなく、リヒトは地面に転がって攻撃を避けながら、剣を振り上げた。
すると、トカゲ頭の片腕が両断される。
次いで腹部に切っ先を差して口の中にマナを直接打ち込めば、やっと内部から形状破壊を起こし崩れた。

 


「マナ耐性があって皮膚が硬い奴がいるんだ。アセットなら有効だが、留めはマナじゃなきゃならないって、手間だな。」
「僕のアセットじゃ効かないってことだね。」
「変わるか?」
「大丈夫。離れるけど、いい?」
「よろしく頼んだ。」
「リヒト!交代。」

 


グランは銃を下ろしてリヒトに向かって叫んだ。
その手の中にあったのは、死神が持っていそうな黒い大鎌―サイスだった。
下端を下げながら走りだし、雑魚敵やトカゲ頭のように皮膚が硬い敵を次々切断していき
杖を握ったリヒトが切断箇所にマナを打ち込んでいく。
まるで舞うようにサイスを振るうグランは、本当に死神のようだった。
他の魔法使い達も敵を次々退治していき、あちらこちらで爆音や煙が上がる。
だが、魔物の数は減らない。
空間を割って現われたゲートを閉じない限り、無限に敵は現われる。
魔法院の転移による応援はもう出来ないようで、次の魔法使い達が到着するまで持久戦になってしまう。
そうなれば数の上でこちらが不利。
立っているだけで何もしてこないが、魔女もいる。
ルフェをさっさと学園に戻した方が安全なのではないかと考えていたグランは、辺り一面霧で包まれたことに気づいた。
敵の気配がない。
戦闘の音はするが、身近にいた魔物が消えている。
一面灰色の世界に寒気がした。
サイスを握る指が震える。

 


「怯えることはありませんよ。」

 


耳元で、女性の声がして素早く振り向いた。
灰色の魔女が、すぐ後ろに立っていた。
間近で見れば見るほど魔女は美しく、魂まで奪われそうであった。
原始の存在と言われているだけあり、人間とは気配から何からまるで違う。
神聖な神の使いと言われれば信じてしまうほどに清らかで、神秘的だ。
ただ、その双眸だけは恐ろしいと思った。
世界の全てを恨み憎んだせいで濁ったような、鈍い輝きが渦巻く憂鬱の瞳。
霧の中から一羽のカラスがやって来て、魔女の肩に乗った。
カラスもまた灰色で、魔女に何かささやくように1度鳴くと、魔女の長い爪が乗った指で頭を撫でられ気持ちよさげに目を閉じた。

 


「この子は私の目であり分身です。名前を付けたこともありましたが、遠い昔のことで、忘れてしまったのです。」

 


カラスは撫でてもらえて満足したのか、また霧の中へ飛んでいった。
魔女が、真っ直ぐとグランを捕らえる。

 


「名に意味はありません。ですが、個体を見分ける暗号としては優秀ですね。」

 


静かに、抑揚もなく話しかけられ、グランの頭はパニックを起こし掛けていた。
大先生クラスの魔法ついでなければ太刀打ち出来ないはずの魔女が、なぜ自分に話しかけているのだろうか。
殺されるのだろうか。
絵本やおとぎ話で出てくる魔女が犯す、数々の残忍な仕打ちが頭をよぎる。

 


「そうでした。こういう時は先に名乗るのが礼儀でしたね。久々なので忘れていました。本当に久々なのです。
私の名前はロノエ。六番目の姉妹です。さあ、次は貴方です。」
「あ、あぁ・・・。」
「おや。震えて声が出ませんか。」

 


魔女が長い人差し指で空中に不思議な模様を描く。
すると、グランの体内を巡っていた緊張と恐怖がみるみる消えていき、自室に居るときのような穏やかな気分になった。
アセットも解除する。

 


「グラン・グライナーです。」
「よく出来ましたグラン。」


言葉では褒めても、灰色の魔女は表情を一切変えず、グランに近づいた。
わずか2歩ほどの距離まで迫る。
手を伸ばせば触れられる距離で、魔女はグランを見下ろした。
平均より身長が高いグランより、魔女は頭1つ分背が大きい。存在感が見せる幻覚なのかもしれない。
そしてグランの目線に合わせるように背を曲げると、さらさらと音がしそうな程繊細な髪がこすれ、顔が近づいた。


「そなたは、いい魂の音がします。」
「魂の、音?」
「適度な恐怖と、夜に埋もれそうな弱さを持っている。そなたは、とっくにこちら側ですね。」
「っ!?」

 


息が掛かりそうなほど近くにある魔女の双眸も、また灰色だった。
だがその奥にある星空のような輝きに気づいたら、もう目が離せなかった。
そうだ、僕は魅入られていたんだ。
シャフレットで見たあの黒髪の女性に。
ずっと、魅入られていた。
夜寝ない悪い子は魔女が魂を吸いにやってくるとよく聞かされたが、とっくに魂は吸われていたのかも知れない。

 


「一緒に来ませんか、グラン。」
「え・・・。」
「我らの存在を肯定し、心から恐怖する人間は貴重です。私と一緒に、世界を変えてみましょう。」

 


魔女がゆっくり両手を伸ばしグランの頬に添えようとしてくる。
が、触れる直前で魔女が瞳だけで左を見て、どこかへ消えた。
霧は一瞬で吹き飛ばされ、元の草原に戻ってきた。

 

「グラン!」


ルフェが駆けてきて、魂を抜かれたように動かなくなったグランを心配する。
辺りでは、魔法使いと魔物が戦い続け、ウィオプスは雪や雷、雨を降らせており空は曇り始めている。

 


「グラン!ねえ大丈夫!?」
「・・・ルフェ、」
「お前さん、いきなり姿が消えるからどっかに飛ばされたんじゃないかと心配したぜ。」

 


先ほどの邂逅は誰も見ていなかったようだ。
そもそも、自分は此処からいなくなっていたようだ。
大きな目を潤ませて見上げてくるルフェの双眸。瞳の奥に、星空は見えない。
細く息を吐いて、サイスを構え直す。

 


「ごめん、大丈夫。変な幻覚トラップに引っかかっただけみたい。」
「いけるか?リヒトが1人で頑張ってくれてるが、さすがに辛そうだ。」
「うん、平気。ごめん。」


数分後、魔法院からの応援で100人程の魔法使いが駆けつけ、魔女はすんなり撤退し、魔物達も空間の裂け目も消えた。
残されたのがウィオプスだけだったので、ルフェがマナを放出して無事退けた。
心臓はまだ早鐘を打っている。
魔女との邂逅を、グランは誰にも言わなかった。
言えなかった、という表現が正しいかもしれない。
それを人に告げれば、自分が魔女に惹かれて
あのまま魔女の言葉に乗せられついて行きそうになったなどと、知られたくはなかった。
この弱さも、何もかも黙って飲み込むことにした。

bottom of page