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神宿りの木    吉良編 4

高い天井を持った縦に長い空間内で、炎が勢いよく燃えていた。
建物を包み、逃げ遅れた命を逃がさぬように勢いを増し、そして次の獲物はないかとゆっくりと手足を伸ばしている。
空気がどんどんと消費され焦げた臭いが肺を侵し、焼けた悪臭が鼻を刺激する。
炎が燃えさかる中、吉良は半歩だけ後ろを向いた。


「何か用かい?黙って背後に立たれていると、背筋がぞわぞわするね。」

 


いまだくすぶる炎の明かりが届く場所まで進み出てきたのは、桑染色の外套を纏った女だった。
スラリとした体に伏せ目がちの瞳、薄い唇を物つ女は憂いた目を向けてくるだけであった。
魔術師と共にいた無色所属の女だ。清野の口伝書騒ぎの際には吉良自身も痛い目を合わされた。

もうあの一件は片付いているので特に恨みはないし、辺りに魔術師の気配は無い。
敵意は見受けられないが、じっとこちらを見つめてくる目に、反らされる雰囲気がない。

 


「お前達が欲しがるような物を俺は持ってないよ。」
「綴守に行くのね。」
「欲しいものがそこにある。」
「シンを起こすことは、あなたの望みではないはずよ。」
「何を言っている?」
「今ならまだ引き返せる。まだやり直せるはずよ。」
「気に入らないな。俺の何を知っているというんだ。」
「ねえ、一人称変えたの?」
「あれ、・・・どうだったかな。というか、俺は、僕は―・・・誰だっけ?」

 


上手く微笑んだつもりだったが、頬は引きつっていた。筋肉がどんどんと自由に、上手く動かせなくなっている。
自分が削れていく。
不要なものは処分だと、鋭い彫刻刀で剥がされていく。

 

「声のままに動いてはダメよ。貴方が貴方じゃなくなる。」
「よくわからないけど、止めたいなら力尽くで止めたらいいじゃないか。どうやら君はかなりの実力者みたいだし。
でも俺にばっかに構ってていいの?此処は出入り口が狭いせいで空気が通りにくい。酸素が無い場所じゃ死ぬよ。」

 

ほら、と指を差した先に、炎から逃れたものの、一人で泣いている幼い女の子の姿があった。
泣きながら親の名を叫んでいる。親がやってくると信じているのか、動こうとはしない。
炎は弱まっているが、吉良が言ったとおり酸素が無くなって倒れてしまう。
少女を見つめ口を一文字に閉じながら、しばし思案した後、女はつま先をそちらに向けた。


「綴守に行ってはだめよ、斗鬼。」

 

女は駆け出し、少女を抱えてその場から消えた。
どうしてあの女は僕の真名を知っているのだろうか。身内しか知らないはずなのに。
そういえば、昔真名で呼んでくれる誰かがいたような気がするのだが、思い出せない。
急に興味を失って、ずっと手に持っていた刀についた血を拭い、鞘に収める。
燃えて朽ちる家が崩れ乾いた音を立てて耳障りだった。朽ちるその瞬間ぐらい、静かにしていられないのだろうか。
燃えるものも酸素も無くなり、いずれ炎は治まるだろう。
全部燃やしてしまえばいいと、そう思うのは何故だっただろうか。どこか恨みの根源があったはずだ。
頭が痛かった。
けれど、もう激痛でうずくまるようなことはなかった。
最後の引き継ぎは終了し、全て一つの脳みそにおさまって静かに居座った。
そもそも、脳みそはあるのだろうか、人間の形や機能は一緒なのか。
僕たちは、なんのために・・・ー
―もうどうでもいいか。
暗がりから、鬼妖が4体現れた。のっそのそと近寄って、吉良の合図を待っているのか大人しくそこで待機している。
白濁した瞳が、じっと此方を見つめていた。意思は確かに、そこにあった。
吉良が手を上げると、近くにいた赤畿の民も次々鬼妖になっていく。
死体を漁りに来た十杜やエキでさえ、炎を嫌って後ずさりするはずなのに、闇の奥からぞろぞろと集まってきた。
合図を出すと、鬼妖と十杜達は同じ方向を目指していく。
炎で燃えた集に簡単に背を向け、吉良も後に続く。


呼んでいる。
声が聞こえるのだ。鬼妖にも、十杜達にも。
それに名前があるとすれば、運命だと愚かな人間達は呼ぶのだろう。
諦めて他者のせいにするために生まれた言葉で。
だが、絶対的に逃げられないものがあると生物は本能的に理解している。
超えられない力の差。生まれながらに組み敷かれる生き物としての強弱。
そして、神と呼ばれる創造主の存在。
空想上の存在でないと、全ての生物は命として落とされた瞬間から知っていた。
鬼妖として作られたのが始まりであるはずのこの命も。
これがシンと呼ばれる神が暇潰しに遊んだパズルの延長線だとしたら
初めから俺達の命に意味などあったのだろうか。
そう思っても、湧き上がる声は同じ事をいう。

―もうどうでもいい。
―成スベキ事ヲナセ。

 

人型のまま留めた赤畿の民を数人引き連れ、通路を進む。
吉良の前を長い足で歩いていた十杜達が飛び上がり、天井に埋め込まれた電球を破壊していく。
指示したつもりはないが、十杜は吉良のやらんとしてることがわかっているようだった。
そういえば、彼らもシンの悪戯によって姿形を変えられた存在であると思い出す。
後ろでついてくる鬼妖の足音が響く以外は、静かである。
此処はもう水縹の領域。カメラは活かしたままなのに、警報や隊員が押し寄せてくる気配は無かった。
脇道もなく真っ直ぐと続く細長い道を進む。彼らは皆暗闇の中に居ても目が見える。
道の先にフェンスが見えてきた。あれが電気柵とやらだろう。
普段なら何も考えず突進する十杜達が、足を止め吉良の次の行動を待っていた。
フェンスの手前、右側に電圧ボックスと装置がいくつかついている。
部下に預けていたまだ生暖かい人間の人差し指をと目玉を受け取る。指の主は先ほど炎に焼かれて消し炭になっている。
指を指紋認証に押し当て、目玉をカメラの前に突き出す。
電気が流れるジジ、という音が消えて、フェンスが空く音がした。
門が開いた事にいち早く気づいた十杜達が柵を乗り越えて廊下を進む。
吉良も扉を開けて、歩き出した。
フェンスを越えたのに、静かであった。警報音も、人間の隊員が現れる様子もない。
あまりに簡単に侵入できたので、どこか落胆してしまう。
誰かが手を加えているのだ。
運命とかいうくだらないロジックが手招いているのだ。
やがて、通路の天井がどんどん高くなり、全長3mはありそうな門が現れた。
これが聞いていた正門というやつであろう。
まだ人型である部下が進み出てきて、運んでいた箱を扉に取り付けていく。
数分後、耳をつんざく爆発音がして、爆風で肩を押された。
十杜数体が巻き込まれたが、木造の扉に人が余裕で通れるだけの穴が出来た。
一斉に十杜やエキ、遅れて鬼妖が内部に侵入する。
初めて足を踏み入れる水縹一族で最大の集、綴守は左右に並んだシンメトリーな建物が特徴的な、かなり発展した場所であった。
天井は岩肌である以外、人工物に囲まれている。今まで侵入した人間の集で、間違いなく一番高度な技術が寄せ集められている。
此処がいかに重要な施設か物語っているようだと吉良は感じた。
断末魔に、呆けている顔を前に戻す。
見張りの人間達が野太い悲鳴を上げながら喉を噛まれ、近くにいた一般人の腹が食われる。
相当飢えていたのだろうか、十杜が人間の臭いを求め猛攻を開始し、隠れている影もあますことなく見つけ出していく。
十杜より動きが鈍い鬼妖も後に続き、八つ当たりと言わんばかりに壁を殴り始めた。
黒い点が人間の気配を探し猛進するなか、吉良は気配を感じて顔を上げた。
2階廊下の先に見慣れた顔があった。九郎だ。
彼は赤畿ではなく零鬼であったのだが、魂が弱っていたため、呪をかけて服従させていた。赤畿の民以外の戦力がちょうど欲しかったのだ。
九郎は茶髪の人間を連れて吉良に背を向け去って行く。まだ呪は掛かっているはずだ。ならば放っておいても主が望む通りに動き奔走してくれるであろう。
指を鳴らし、まだ人型であった民も鬼妖化させた。変化が出来ない個体は銃を構え特攻する。
実行部隊の奴らがわらわらと出てきては十杜の相手をするが、数が多く次々犠牲になり自分たちの住処の床を汚していく。
鬼妖の相手を出来る人間も限られている。
指揮が執れていない今がチャンスだろう。
悲鳴と騒乱を聞きながら、吉良は足の裏に何かを感じていた。
それは、彼がよく知る何かだった。いや、彼の中に入り込んだ誰かが知っている。
今入ってきた正門の対局にある裏門の付近で、青く揺らめく陽炎が見えた。
炎だ、青い炎。
なぜか、あの炎を見ると心が不安になる。
ざわざわし始めた胸をシャツの上から押さえた。


「葛ノ葉。」
「はい。」
「鬼妖の指揮権を一時的に譲渡してやる。頭が激しく痛むだろうが、とにかく耐えて場を混乱させろ。俺が用事を終えるまで、絶対に気絶するなよ。
人間は群れて鬼妖を対処しようとしてくるから、こちらも数で動かせ。」
「必ずお役目を遂行いたします。お任せ下さい。」

 


葛ノ葉は力強く頷いた。知性がある個体がもう1,2体いてくれれば良かったのだが、
今は彼女がいるだけマシだろう。彼女なら精神力で襲いかかる激しい痛みにも耐えてくれるはずだ。
ぞろぞろと沸いて出てきた水縹の隊員を刀で切り伏せながら、足を動かした。
1階には店が並んでいたが、1カ所、シルバーの扉が目に入り、走り回る十杜を避けながら押してみた。下へ続く階段があった。
素直に降りてみると、地下層は研究室らしく、白衣を着た人物や非戦闘員が逃げ惑っていたので、吉良が階段を降りていても気にしていないようだ。
逃げ惑う研究員があらかた引いた後で、実行部隊員らしき男女が出てきたが、吉良に首と腹を切られ床に倒れる。
悲鳴と混乱が味方して、立ち入り禁止のヒモが張られた先に入っても、誰にもとがめられる事は無かった。
薄暗い廊下に入ると、急に人の気配が無くなり、喧噪が遠くなる。
肌寒さが増したが、吉良の肌に走る悪寒の方が強かった。
ずっと感じていた違和感がどんどん濃厚になり輪郭をはっきりさせているが、まだそれが何かは掴めない。
通路の先に、扉が現れた。見たことがある。人間が使うエレベーターというやつだ。
あれで物資を運ぶのを見たことがあるし、かつでの長の誰かが襲っていたこともある。
ボタンを押すと、灰色の扉が口を開けた。
やけに明るい内部に入り、一つしかないボタンを押すと扉がしまり、地面が下に落ちていく感覚がした。
初めて感じる下降の体感。内臓が浮き上がるような不快感の後、音を立てて扉が開いた。
視界が開けて、鋭い切っ先が目の前に迫った。
それらを軽く避けて、抜いた刀で突っ込んできた男二人の腹を切った。落ちる肢体の横をすり抜けてエレベーターを出た。
自動で開閉する扉が、閉まることが出来ず何度も死体を挟んでは開くを繰り返す。
次に立ち塞がったのは、黒ずくめの布を身に纏った男達4人。狭い通路で前後に分かれ小刀を構えている。
赤畿の戦闘部隊と似た格好であるが、より厳重に肌を隠している。闇に身を潜めるためであろう。
前方右にいた男が身を低くして小刀を構え、交わる直前で腕を引いて見せるが、刃が吉良の頬を切るより早く、腕を落とされた。
死角からやってきた男をしたから切り裂き、残り2体の腹を切る。まだ浅いとみえて、胸を長い刀で貫く。
なるほど、狭い通路では小刀の方が動きやすいと気づいた時には、吉良は刀を下に下ろしていた。
あっという間に死体が4つ重なるが、それ以上の追っ手は出てこない。
倒れた男の服で血を拭い、刀を鞘に収め歩き出す。
エレベーターの先は一本道しかなかった。脇道や扉はなく、緩く右にカーブしている。
廊下を優雅に歩く靴音だけが乾いた音を鳴らし、体の右側が反応していた。
拒絶反応に近い。
激情を抑え込み、足を動かし続ける。
右にカーブし続けるのは、右側に円形の建物があったからなのだろう。
両開きの冷たい扉が現れた。
近づくと、扉は勝手に開いた。
中にあったのは、初めてみる木という植物だった。
本や写真で見たことはあったが、実物を目にするのは、吉良も、頭の中にいる長たちも初めてであった。
薄暗い内部でも青々と茂るもじゃもじゃとした群生、太くしっかりとした幹。
窮屈そうに何本も植えられた樹木達を見上げながら、内部に侵入する。
中で風が吹いているので、葉が揺れて擦れる度、ガサガサと不快な音がする。気味が悪い。
やがて、道が行き着く先で、人間の形をした、人間でも零鬼でもない者が空中であぐらを掻いていた。
少年の見た目で、長い黒髪を三つ編みにして背中に流しながら、吉良を見てにやりと笑った。

 

「よく来た。久しいのぉ。」
「初めて会うと思うんだけど。」
「その体ではそうであろう。」
「俺の中身に言ってるな。」
「その奥にあるものとな。ちと血の匂いが濃いな。何人殺して此処に来た。」
「忘れた。」

 


黒い大きな眼がおかしそうに微笑み、明らかな敵を前にしてもどこか楽しそうであった。
綴守の深層部にいる程の存在だ。油断ならないのはもとより、頭の中が騒がしくなった。

 

「サカキはどこに居る。」
「そこにたんさん生えておろう。」
「俺が探しているサカキは人型の方だ。」
「あれはシンの体にはならん。」
「ヤツがご所望なだけだ。体にならずとも、魂が戻らずとも関係ない。」
「サカキを捧げ、シンを起こし、そなたはどうしたいのだ。」
「解放されたいだけさ。ずっと頭が痛かったんだ。次は、俺が俺じゃなくなってしまう。」


宙に浮いた少年が笑みを引っ込めた。
急に真面目な顔になり、瞳に哀れみの色が見えた。
代わりに、吉良が薄い笑みを浮かべてズボンのポケットに手を入れた。
建物内に吹く柔らかい風が金糸の髪を踊らせる。

 

「そうか・・・そうであったな。そなたは、産みの親が誰か知ったようじゃ。」
「おや。全てを知っていながら人間側についてるとは驚きだ。」
「儂はただ静観するだけだからのぉ。」
「何者?」
「そこはさして問題ではないぞ。成すべき事を成すために此処に来たからには、運命がどちらに傾くか、お主は瀬戸際に立っておる。まず自分を見つめよ。」
「人間と居すぎたね。退屈な言葉を使うじゃないか。」

 

吹く風が強くなり、少年の瞳が金色に発光し始めた。
背中に流した長い三つ編みが風が強くなるにつれ激しく揺さぶられ、枝からはがされた葉が舞う。

 

「一つ聞きたい。鬼妖とは人間が名付けたあだ名だ。本来の名はなんというのだ、神使よ。」
「さあ、何だったんだろうね。元の形すら忘れてしまったよ。神にも見放された、不要なシステムさ。」
「汝の名は無常なりや。ジョウの字は常の方だぞ。」
「お気遣いドウモ。」

 

舞った葉が床に落ちるより早く、鞘から抜かれた刃が少年を袈裟斬りに斬りつけた。
予想通り鮮血が噴き出す事はなく、少年の体はかげろうのように歪み空気の中にすぅっと溶けていく。
風が止み、そこに一本の若木が現れる。
吉良より背が少し高いだけの小さな木は幹も枝も細く、身に纏った葉も僅か。
吉良は刀を握ってない方の手を伸ばし、枝に触れようとした。
指が重なる直前、見えない壁に弾かれ指先に強い電流が走り咄嗟に腕を引っ込める。
それがシノノメによる境界の防壁だと気づいた時には、天井から黒い闇が落ちてきた。
頭上から振り下ろされる一撃を刀で防ぎ、彼女の長い髪が背中に落ちる音を聞いてから、力でそれを弾いた。

 


「やはり君が来るか、沙希。」

 


地面に着地した綴守の守姫は若木を守るように立ちながら、警戒で埋めた漆黒の瞳を向けてくる。
彼女の大事な家を襲ったのだ。怒りを向けられるのは当然だろうが、彼女の苛立ちはそれだけではないと見抜く。

 


「上にいかなくていいのかい。鬼妖を倒せる人間は多くない。」

 

何も言ってくれぬ彼女の、刀を握る手が震えていた。
彼女は怒りで刀を振るわない。感情で敵と戦わない。
ただ、家や仲間を守るために戦っていた。何度も刀を交えてそれを知った。
けど、今は。
湧き上がる怒りをどう扱っていいかわからないのだろう。
喉から湧き上がる熱い感情を必死に押し込めているであろう沙希が、かすれた声を出した。

 


「あなただったのね、仕掛けたの。」


綴守への襲撃だと思ったが、すぐ考えを改めた。


「そうだよ。僕が吉田くん使ってけしかけさせた。こんなに上手くいくとはね。」
「地上など、貴方には関係の無い領域だったはず。」
「関係あるさ。」
「地上の人たちを地下に落としてどうするつもり。」
「人たち、じゃない。彼を、だろ?」


微笑みながら、少し首を傾けた。
もう知らないフリも駆け引きも不要だ。


「君たちが必死に隠したあの人間。彼がサカキだな。」


言い終わる前に、沙希が地面を蹴り鼻先まで迫っていた。普段のスピードより速く、切っ先に迷いがない。
気づいた時には、二人はどこか別の場所に飛ばされていた。
シノノメが外にはじき出したのだろう。
コンクリートに囲まれた薄暗い四角い場所だ。そこがどのあたりであるかはもう興味はない。
僅かに生き残っている電球の弱い明かりが、沙希の怒りで塗れたつややかな瞳を浮き彫りにする。
刀で彼女の刀を防いだが、次の一手が斜め下から浴びせられ、右にステップを踏みながら手首をひねり横に一閃。
象徴的な白いマフラーを降らしながら最低限の動きで身をよじった彼女は、次々に斬撃を降らせてくる。


「あの少年と君、幼馴染みなんだって?」
「どこで知った!!」
「せっかく地上に逃がしたのに、徒労を水の泡にしてごめんよ。サカキ・・・いや、ヒモロギにはシンの近くにいてもらわないとね。」
「どこで情報を仕入れたと聞いている!」
「君にそんな強い口調似合わないと思うけどな~。」
「貴様っ・・・!」
「ヒモロギは、結界を行き来出来るなんてね。さすが神に選ばれた生け贄なだけある。」


苛立ちを刀に乗せぶつけてくる。
本気で繰り出す沙希の攻撃は、全てが重く鋭かった。
隙を必ずついてくる。だんだん交わすのも受けるのも必死になってくる。
余裕の笑みを浮かべていた吉良も、さすがに焦りが強くなったのか笑みを引っ込めた。
沙希が身を低くしたまま突進し、下から上にすくい上げる一撃を体を反らして避けたのに、刀の具現化を解いて身軽になると、

腕を下ろしながらまた刀を出現させ突きを繰り出す。刀を引く、手首をひねるなどの動作を省略することで、次の攻撃に迅速に移れる。
それが実態を持たぬ刀の強みだった。
ただでさえ重い鉄を振り回す吉良は動きはやや不利。しかも彼の刀は刃長が80cm程ある太刀。長さもある。
彼の体はみるみる後退していく。背中が壁に当たるのも時間の問題なのかもしれない。
頭の中も沸騰しそうになっていた。
早く殺せとせき立てる。
今は静かにしていてほしいものだ。
一度刀を引いて、構え直してから、斜めの斬りつけを避けつつ右に体重を掛けて額に突きを繰り出す。
体重もスピードも乗せたのに一撃はあっさり避けられ、しゃがんだ沙希による振り上げた攻撃で頬を切った。
刃は避けたと思ったのに。
飛び上がった沙希の顔が、間近に迫る。
鬼気とした迫力に睨まれ、意を決す。
突き出したままだった腕の先にある刀を逆手持ちに変え、背中から沙希を狙う。
自分の腹ごと突き刺そうとしたのだが、寸でで手が止まる。
吉良の脇腹に、沙希の刀が刺さった。
目視で確認せずとも、背中を貫く刀がわかる。
沙希の気配がすぐ近くにあったので、頭に頬ずりをして、左手で背中を抱きしめる。
体に一瞬力が入ったが、逃げられる前に口を動かす。

 


「よく聞いて。ヒモロギを下ろしたのは、地上に時が無いからだ。」
「どういうこと・・・?」
「シンが目覚める。それは阻止出来ない。でも、未来は決まってなんかいないよ。」
「さっぱりわからないわ。貴方はシンを起こして世界を壊したいって言ってたじゃない。」
「僕が壊したいのは、僕自身だよ。」


沙希を話し肩を押しながら、自分から後ろに下がって刀を抜いていく。
血がどっと溢れだし、慌てて沙希が刀の具現化が解いたが、こちらに足を出した沙希を手で静止させる。


「早く彼の元に行った方がいい。今頃接触を企んでいる。君たちには悪いことをしたね。
人間を大分道連れにするけど、魂が至る場所は皆同じなら問題ないさ。勝手な話しに聞こえるだろうけどね。
僕はもうお役ごめんだから、舞台から降りないと。」
「待って、あなた、一体何を知って・・・。」
「さよなら沙希。僕にとって、君は憧れだったよ。」


刀を握ったまま、背を向けて走り出す。背中で何か言われた気がするけど、よく聞こえなかった。
脇腹から血が止めどなく流れるが、気にしている場合では無い。

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