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第三部 夜永月の妖星闊歩7

 

すじ雲が美しい秋晴れ空が広がっている、日曜日の午前九時。
文京区にある湯島天満宮の境内は、午前の早い時間のため参拝客も通行人も少なかった。
辺りを探るように見渡しながら本殿を通り過ぎ、北側にある裏門、夫婦坂の階段に腰掛け切通坂を眺めている菅原道真公を見つけた。
木造の堂々たる佇まいの登竜門の表裏には、立派な龍のレリーフが参拝客を待ちわびている。
今日も派手な黄色の着物を纏って、頬杖をついている道真公の横、手すりに背を預けて立つ。
退屈そうな横顔は、ダルそうで陰鬱な雰囲気を滲ませていた。

 


「オレちんのとこに来ても、何も知らないぜー?三大怨霊だって括られても、会ったことねぇもん。」
「酒呑童子は、三大怨霊を引き連れてまた現れると脅してきました。」
「本物だった?透夜ちんがやる虚像じゃなくて?」
「霊力が土地に影響していた点から、虚像ではないと思う。最近、あなたをスカウトしてくる輩とか、魂をつつかれる感覚はありましたか?」
「無いよー。いつも通り。本物さんにアプローチしてんじゃないのぉ?」
「自虐的ですね。」


腰がやや曲がったご婦人が、よいしょよいしょと言いながら斜面がきつめの石段坂を登っていく。
透夜の方に顔を向けておはようと挨拶してくれるので軽く頭を下げたが、石段に腰掛ける派手な男はスルーして行ってしまった。
今から祈りを捧げる社の主が此処にいると、誰も思ってすらいないだろう。
神がこんな、憂鬱そうに街を眺めているなどと。


「このオレ様は形を得た虚像なのかもしれないし、本当に神様なのかもしれないし、所詮お前らがいうナバリ―妖怪なのかもしれん。もう自分でもわからんのよ。てか、どーでもいいかなって。」
「それを知るのが怖くて、社を巡って太宰府に戻ろうとしないのか。」
「連れてきてくれんなら、本物を是非拝みたいもんだよ。そしたらこんなモヤモヤした気持ち捨てて毎日ハッピーに過ごせんのにさ。だってそうっしょ?自分が菅原道真本人だと思い込んでたただのナバリだと割り切れたら―・・・。透夜ちん、呼び出してみてよ。」
「無理です。神様は専門外なので。」


フフッ、と乾いた笑いを短くこぼしたが、その表情は固いまま。


「俺なんかより、適任がいるじゃん。早良親王とかどうよ。」
「知名度が違いますよ。」
「そっかー。ま、それに。あの人は恨みなんて持ってない人だったわ~。
前も話した気がすんだけどさ、人間の無意識の信仰がナバリを産むこともある。
勝手に恨んで都を滅ぼしたと指差され、勝手に怨霊にされて、たまったもんじゃない。
かつての怨霊は恨みを手放して現代に馴染みだしてるのに、現代人の方がねちっこく恨み辛みを重ねて吐き出して・・・ハハ。ウケル~。・・・あれ、ウケないですよってツッコミは?」
「今回は同意します。」


透夜の言葉に再び乾いた笑い声を漏らした道真公が、深いため息を吐きながら頬杖を解いた。


「菅原道真公は神様になったおかげで印象は良くなってるっしょ?崇徳天皇が出て来たら、考えるだけで恐ろしいことになりそうだ。」
「他人事ですね。」
「他人事だもの。オレ様とちがって、崇徳天皇は本物だかんね。何企んでるか知らないけど、気をつけな透夜ちん。」
「手伝ってくださいよ。」
「ハ~?オレちんが?無理っしょ。オレはただ彷徨ってる幽霊に同じ。」
「何もかも面倒くさがってるだけでしょ。」

 


その問いには答えず、立ち上がって汚れてもいない着物の裾をはたく。


「じゃ、オレっちもう帰るから。また遊ぼうね。」
「話、終わってないですよ。」

 


道真公が石段の下を指差した。


「お客さん。」


そう言いながら道真公の姿が薄くなって消えていく、
階段下に顔を向けると、金髪に青い瞳を持ったフランス人形のような愛らしい風貌の少年が立っていた。
まだ肌寒い朝、生まれて間もない陽光を浴びる小さな影は、自分の背丈とそう変わらぬ白い刀を持っているせいで、この土地とアンバランスに見えた。
透夜が体を向けるより早く、鋭い風が体の横を通り過ぎ金属同士がぶつかる耳障りな音が響いた。
青白く半透明な体を持つ透夜の召喚式神タケミカヅチが、刀を構え、少年の一撃を防いでくれていた。
しかし、上半身がぐらりと歪み、腹部辺りで真っ二つに斬られた体が石段に落ちながら消えていく。
崩れる式神の向こうで、間近に迫った可憐な美少年。
瞳を縁取るまつげまで愛らしいのに、その口元は残忍な笑みを浮かべていた。

 


「やっぱり!ここのところ術を使わないなと思って見てたけど、お兄ちゃん、今戦えないんでしょ?」

 


上擦った声は心底楽しげで、覗く歯が牙にも見えてきた。
透夜は後ろに飛びながら黒鳥を呼んでその背に飛び乗った。


「ねえ!何企んでるの!?全力のお兄ちゃんと戦いたいんだよ!」


黒鳥が嘴から掠れた悲鳴を上げた。
上昇しかけていた高度ががくんと落ち、後ろを確認する。
黒鳥の尾にしがみついて、少年がぶら下がっていた。


「一般人の目もあるのにアイツ・・・!黒鳥、あのビルまで頑張ってくれ。」


前方やや左に見えた建物を指差す。
右手側には旧岩崎邸屋敷と庭園、小さな林が広がるが、左側には四階建てのビルと四角形の屋根が見える。
重りのせいでバランスを崩しふらふらしながらも、黒鳥は指定されたビルまで主を運んで、少年を振り払うように上下しながら消えた。
名も知らぬビルの屋上で姿勢を直し振り向くと、先ほどと同じように刀を脇に構えて立っている少年が、ニヤニヤした笑みを浮かべていた。

 


「名前、教えてなかったよね。平川のおじさんだけズルいからさ。僕の名前はノエル。よろしくね、透夜お兄ちゃん。」
「・・・お前も隠士とかいう組織の一員か。何が目的だ。」
「平川やボスは色々企んでるみたいだけど、僕はただ、強い奴と戦って―」

 


少年が白鞘から刀をゆっくり抜く。
細められた瞳に残忍な光が妖しく灯っていた。
刀に反射する光が青い瞳の奥にある醜い欲を浮き彫りにさせる。


「―そして切り刻みたいだけ。お兄ちゃん、僕を楽しませてよ・・・。
僕が人間じゃないと見破ったお兄ちゃんなら、きっと満足させてくれる!」

 

透夜の前から少年が消え、一拍後に透夜の背後で防壁が発動し、キーンという高い音が鳴った。
顔だけ振り向いて少年を睨み付ける。

 


「フルオートの防壁があっても、反撃出来ないんじゃ意味ないよねっ!」


背丈の半分より長い刀身を振り上げ、体重を乗せた一撃を透明な壁に叩き込む。
ミシッと音がして防壁にヒビが入る。霊力では無く腕力のみのごり押しだ。
小さな体で野蛮な攻撃を繰り出してくる。


「ねえ!なんで力使わないの?お兄ちゃんこそ何企んでるの?教えてくれたら僕も―っ、」

 


少年が笑みを消して右に大きく飛んだ。
頭上から何かが飛来し、屋上に着地した衝撃で土煙が舞い上がった。
片膝を立て、脇に構えた刀。夏服のままのセーラー服の少女。
来栖比紗奈が顔を上げ、目の前の敵を睨み付ると、強く地面を蹴った。
低姿勢のまま神速で少年の前に移動した比紗奈が刀を横から斬りつける。
ぶつかり重なり合う、二振りの白拵えの刀。
長さ、波紋、鍔の作りまで全く同じ。
眉間に獣のような皺を寄せ、鼻先がぶつかる程近くで比紗奈が唸る。

 


「その刀をどこで手に入れた!!」
「ああ、これは面倒くさい・・・。」


反対に少年は先ほどまでの威勢が全て削がれ、どこか大人びた冷めた表情で比紗奈の激情を受け止めていた。

 


「答えろ!!両親を殺したのは貴様か!」

 

少年が手首をひねって刀を持ち直してから比紗奈の刀を弾いて逃げの姿勢を見せた。
比紗奈が許すわけなく、長い足で少年の脇腹を蹴って細い体を吹っ飛ばす。
転がる少年が立ち直る前に、高く飛び上がり頭上から体重を乗せた刀を振り下ろす。
屋上のコンクリートが抉られ。大小の破片が飛び散った。

 


「君が考えている通りだよ、来栖比紗奈。この刀は君の両親が所持していた双刀の片方。」

 


比紗奈の左手側に移動していた少年が、後ろ手に刀を構えながら立っていた。

 


「僕達はいわば姉弟じゃないか。仲良くしよう。」
「ふざけるな・・・!父さんはお前達の言うとおり仕事をこなした!何故殺した!」
「そうなんだよねー。魂の定着さえしてくれれば殺さない約束だったんだけどさぁ・・・。」

 


刀を前に出し、刀身を立て面を指で愛おしそうに撫でる様は、中学生ぐらいの少年には出せぬはずの色香と無慈悲で邪悪な殺意を放ち、恍惚の表情に溺れている。


「僕の元々の魂が現世に現れた瞬間、反応しちゃったんだよね。
血の匂いを探知して、殺人鬼の魂が大人しくしてるわけないよね。
暖かい肉体を手に入れられた高揚感の中、血を浴び肉を切り裂く感覚、たまらなかったなぁ。」

 

喉を潰すぐらいの太い雄叫びを発した比紗奈が、少年に斬りかかる。
先程よりずっと重く、ずっと殺意の乗った攻撃は鋭さを増していた。
刀がぶつかり合う音が反響する。一打一打が重いはずなのに、少年は軽く交わしながら笑っていた。
この状況を楽しむことに方向転換したようで、比紗奈の猛攻の隙を狙って攻撃の一撃を繰り出すようになってきた。
何手か刀を合わせた後、比紗奈は左足に重心を置いて少年の足を払い、崩れた体の背中を右腕で打ち付けてから、首根っこを掴んで地面に転がす。
端から見れば女子高生が子供に暴行を与えているように映るが、少年もただ転ぶだけでなく、地面に刀を突き刺し破片を比紗奈に向かって投げつけた。
破片を避けた隙を狙って逃げそうとしていた少年だったが、予想を大きく外れ、比紗奈は破片を避けることはせずそのまま突っ込んできた。
大きめの欠片が額にぶつかって血がすぐ流れ出したが、気にもしていない様子で霊力を込めた突きの一撃を少年の肩に突き刺す。
が、少年が地面を蹴ってその場でバク転宙返りをしてみせると、そのままビルの縁から飛び降りて行ってしまった。
後を追おうとして足を踏み出した比紗奈の肩を、透夜が止めた。

 

「お前が戦っている間に俺の式神を付けた。次は払わせないようにしてあるから、敵の拠点も割れる。」

 


ポケットからハンカチを取り出して差し出す。

 


「まずは手当を。その後話を聞かせろ。」

 

比紗奈は肩の力をゆっくり抜きながら、腰に差していた鞘に刀を収めた。

 

 

 

 

 

 

「私の両親は、依り代に魂を定着させる研究をしていました。」


術士協会本部、本郷会長の執務室に比紗奈を連れて透夜はやって来ていた。
ソファに会長と共に座り、向かいに比紗奈が座っているのだが、刀を抱きしめるように座り首をもたげて俯いている。

 


「きっかけは、高校入学寸前で娘が死んだ事。
深く悲しんだ両親は、娘を生き返らせようと危ない儀式や禁術に手を出すようになりました。
器となる肉体は人体錬成から、魂の媒体はナバリを使ったそうです。詳しくは、知りません。ただ、私は実験の途中に生まれた失敗作。
神具であったこの刀に魂を宿し、肉体を得た事で受肉のような現象が起こり自我が生まれた。やがて生命として起動するようになりました。」
「つまり、お前は・・・。」
「人間の皮を被ったナバリです。ナバリだった頃の記憶はありませんが、体を動かせるし喋り方を知っていたから、元々は人間であったか堕ちた魂だろうと、お父さんが言っていました。」

 

強気で高飛車なキャラクターであった少女は今、萎れ小さくなって、それでもすがりつくように大切に刀を抱えていた。

 


「私は、年を取りません。寒さも暑さも感じません。魂が繋がっているこの刀が折れた瞬間死にます。
両親は、失敗作の私も慈しみ育ててくれました。もう娘のことを諦め普通に暮らそうと決めた時でした。
やつらが家に乗り込んできて、私を人質に取って脅してきたんです。
刀を折られたくなければ、もう一度禁術を使え。呼び出してほしいナバリがいる、と。」
「それが、あの少年か。」

 


力弱く、小さく頷く。


「元々は、江戸時代に鬼に落ちた人斬りの武士らしいです。依り代の少年は奴らがさらってきた無関係な少年です。理由はわからないけど、見た目が綺麗じゃないと魂が選り好みするとか言ってました。その後のことは・・・わかりません。
敵の術で魂を握られた状態だったので眠ってしまって、起きたら両親が・・・。
この刀と対になっていた刀も消えていました。その後すぐ敵を追ったんですけど、気配が途切れて探せず・・・。どうしようもなくて、此処に来ました。両親の仇を取りたくて。」


真っ直ぐと比紗奈を見つめ黙って話を聞いていた本郷会長が、口を開く。

 

「何故もっと話してくれなかった。早急な対応で事態は良くなっていたかもしれないんだぞ。」
「それはどうでしょうね、会長。奴らは痕跡を残さない。来栖夫妻の事件が起きた時は隠士の存在すら知らなかったわけですから、奴らが動かない限り今と変わりないでしょう。」

 


淡々と話す透夜が、比紗奈を気遣って発言していると気づいている本郷は何も返さなかった。


「あっちには元七星も人鬼もいる。今更ナバリの受肉体がいると言われても驚きませんよ。
それより来栖。お前の両親が行っていた禁術の詳細が知りたい。」
「それなら、両親が儀式で使っていた地下室は当時のまま保存してあるから、好きに調べてよ。」

 


ポケットから鍵を取り出して、透夜に投げつける。


「勝手に入ってどうぞ。その代わり、何かわかったら教えて。
私が必ずアイツの刀を折って、奴らを殲滅する。絶対よ。」


声は弱々しいままだったが、軽く上げたその瞳には復讐の炎がくすぶっていた。

 

 

 


呼び出した黒鳥で田園調布にある来栖の家に到着すると、閉ざされた門の横で
ねずみ色のパーカーを着て、フードを深く被った中肉中背の男が待っていた。


「早いですね。」
「ちょうどこの辺にいたんだよ。報告は中で話そうか。」

 

門を開け、情報屋逆を連れ来栖邸に侵入する。
玄関横には小さな庭があった。常緑樹が二本植えられてる以外草花は植わってはなかったが、雑草も無くよく手入れされていた。
茶色い玄関ドアに鍵を差し込み、中に入る。
玄関は至って普通。生き物の気配はない。
興味津々で中を探索しだしそうな逆の腕を引っ張って、あらかじめ教えてもらった玄関近くの扉から地下に入る。
コンクリート作りの冷たくひんやりした階段を下りて、二十帖ほどの吹き抜けの一室に出た。
窓はなく全面灰色の壁に覆われ、電気を付けたのに薄暗い。
まず感じたのは、空間にこびりついた血の濃厚な匂い。
目に飛び込んでくるのは、床に直接描かれた陣。一見したところ、西洋魔術も混じっている。
そしてあちこちに飛び散り、こびりついている血痕。黒く変色しているものもあり、かなり時間が経っていることがわかる。
血だまりが陣を消していたり、飛散した細かな筋は壁に模様を描いている。

 


「当時の警察と術士共同調査書によれば、来栖寛仁とその妻来栖梓苑は三年前の十一月某日にこの地下室で死亡が確認されている。死亡推定時刻は午前零時ちょうど。死因は出血死。夫の腕は肘から上切断されて、妻は両足と首を切断されていた。凶器は鋭い刃物と推定される。」

 


透夜は目線だけ陣に掛かる血だまりを確認した。あの血の海はその時のものかもしれない。
逆が続ける。

 


「事件が発覚したのは一人娘による通報。この娘は夫妻の一人娘である比紗奈であると誰しも思ってたけど、俺達が知る来栖比紗奈ではなく、亡くなって夫妻が復活させようとした比紗奈だと警察は信じて疑わなかった。どうやら、死亡届を出していなかったみたいなんだ。」
「警察を始め、娘本人が死んでいることを誰も知らないから、禁術で生み出した方の娘を見てそのまま保護したわけか。」

 


次に、部屋の隅にある祭壇を観察する。
木造の簡易的な台に紫色の布を掛け、榊と白い小皿が置かれ、一冊の古びた本が中央に添えられていた。
指紋が付くのも気にせず、手に取って中をぱらぱらとめくる。

 


「なんだこれ・・・。素人が適当に妄想で作った魔道書みたいな痛さがある。」
「素人、ってわけでもないかもね。来栖寛仁は一心零業会の元会長。妻梓苑は日本道教の清白教代表の娘。」
「一心零業会って、、演出過多な儀式演出と細かい規律でノイローゼ信者続出させてるって噂の新興宗教でしたよね。たしかキリスト教ベース。日本道教の娘とどうやって結ばれるんですか。」
「人の馴れ初めはどこでも起きるから。幼い頃から儀式慣れしている二人が出会って恋に落ちるなんて想像に難い。ま、興味ないけど。」
「西洋錬金術や東洋医学も混じってる。先ほど来栖が言っていた発言からも、人体錬成をベースにしたんでしょうね。この妄想みたいな術で、本当に来栖やあの子供を産みだしたなんて、信じたくはないですね。」
「人体錬成なんて、四次元ポケットと同義だよ?透夜くん、信じてるの?」
「禁術は眉唾ですが、あの子供は違和感しかなかった。ナバリだと言われれば、納得はできる。」

 


逆がポケットから小さな手帳を取り出して読み上げる。

 


「もう一つ報告するね。透夜くんの猿鬼が辿り付いたのは、海外貿易で有名な貞許カンパニーの自宅だったよ。
一人息子は貞許乃英留(さだもとのえる)。中学一年生だが病弱のため小学生の時から不登校。
お手伝いさんや子煩悩な両親に大切に育てられているらしい。
基本的に部屋に引きこもりのため、時折部屋を抜け出してるの知らないみたいだね。」
「両親は一般人?」
「ああ。術士は混じってない。母親がフランス人のハーフで超説美人だった。本当に見た目で選ばれたみたいだね。」
「ノエルの体に入っているナバリの検討はつきましたか。」
「江戸時代に鬼に落ちた人殺しなんて、ゴロゴロ居るからねー。」

 

本を祭壇に戻した透夜が、しゃがみ込んで床の陣を観察する。

 


「いささか信じがたいけどなー。ナバリの魂を呼び出して定着させるなんて。」
「清白教の起源はイタコの巫女だったはず。妻がイタコの能力を引き継いでいたなら、可能性はゼロじゃない。
それにこの陣、式神契約の応用ですね。宿る場所を契約主の体では無く用意した器に指定したんでしょう。めちゃくちゃだけど、二度奇跡を起こしたことになる。」
「生きてこれを公表して術士の役に立ててたら、功労賞も夢じゃ無かったってわけか。」

 

もう満足したのか、逆を連れ地下室から退室。そのまま玄関の鍵を閉め門を出た。
日曜の夕方になり、人の気配が多い住宅街を並んで歩く。
さすがに高級住宅街の中をフードを被った怪しい男の姿で歩くわけないはいかず、逆の姿を捨て素顔に戻る更衣。
すれちがう主婦が、更衣の顔をまじまじと眺める様子を見て、変装を解いても目立つではないかと内心で思う。

 


「問題は、隠士達がどうやって来栖夫妻の所業を知って、コンタクトを取ったかですね。」
「透夜くんに言われて来栖夫妻の交友関係とか足取り辿ってはみてるんだけど、死亡が三年前だからね。限界がある。

元々交友関係は広くなかったし、目処は立っていない。影に潜んでるやつらなんか、特に痕跡を残さないだろうし。」
「ノエルという少年に張り付いて動くのを待った方がいいですね。」
「今も猿鬼付けてるんでしょ?」
「ええ、一応。今も自宅で大人しくしてますよ。」
「自宅に乗り込んで身元抑えればいいじゃない。」
「宿主とその家族に罪はないでしょ。悪いのは殺人鬼のナバリです。」
「そんな甘いこと言ってていいのかねぇ~。自分の首を絞めることにならないといいけど。」
「ご忠告どうも。」


角を曲がり建物の影に入ったところで、黒鳥を呼び出して背に跨がる。


「追加で、来栖とノエルが持っている刀について調べてもらっていいですか。」
「了解。」
「乗っていきます?」
「いや、明るいところは苦手なんでね。」


来栖の体に渦が巻き付き、再び逆の姿に戻ったが、氷が溶けるように体が液体になり、影に吸い込まれて消えてしまった。

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