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* 1

 

初めて目にしたのは、光。

 


瞼を閉じていも感じる目映さは、眼球を刺すような痛み。
眉間を震わせ、重たい瞼をそっと開く。
新緑の美しい翠を背景に立つその人は、柔らかな陽光を纏っていた。
こちらが目覚めた事に気がつくと、微笑みを向けてきた。

 


「おはよう、―――。」

 

 

 


Re:アビテーション

 


ならず者という奴らは、どこにでも居るものだ。

 

「よぉ、お嬢ちゃん。おじさん達といいことしようぜ。」
「痛いことは何もしないからよぉ。」


道を塞ぐ2人の男達は、下品な笑顔を作って一歩こちらに近づいてくる。
垂れた目尻には醜悪な欲を隠そうとはせず怪しい光を宿している。半開きになった口から今にも涎が垂れてきそうなほど情けない顔だ。
一方、道を塞がれたピンク髪の少女は怯えた様子も無く、腕組みをして心底面倒くさそうな表情を浮かべた。

 


「大きい街だから治安はいいのかと思えば、そうでもねーな。」
「おやおや、口が悪いねぇ。顔はこんなに可愛いのに、男の子みたいじゃないか。」
「お胸もペッタンコだし、もしかして男の子かい?まあおじさんはどっちでも構わないけど。」
「ひゃっひゃ。お前さんも物好きだね~。」
「ああ・・・キショいしウザい。黙って見てないで助けろよ、セウレラ。」

 


心底うんざりした様子で頭を傾けてから、少女が虚空に向かって話しかける。
近くに誰かいるのかと男達がキョロキョロと辺りを探るが、人影はない。

 


『わざわざ私が出なくても、ベルちゃんで相手出来るでしょ?』

 


どこか色気を帯びた女性の声が聞こえてきたと思ったら、少女の右隣に手の平サイズの水の球が出現した。
球は高速で自転しながら膨張し、あっという間に人の形になった。
ほぼ透明な、水で作られた人型―しかも豊満な胸を持ち体のラインも美しい女性型が宙に浮かんでいた。
水で作られているため内側で気泡が小さく動き、髪らしき部位が波打った。
顔の作りは簡単な凹凸しかないが、高い鼻が通るラインははっきりわかる。
突如現れた水の人型は、優雅に浮かびながら腰に手を当てる。
男達は情けない悲鳴を上げて、その場で腰を抜かし地面に倒れ込んだ。

 


「おおおま、なな、なんだよ、それっ!」
「まさか、精霊・・・?大地の適合者か!?」
「頭悪そうなおっさんでも知ってんのか。って、当たり前か・・・。セウレラ、頼む。」
「いいわ。汚い手でベルちゃんに触ろうとしたした罰よ。」

 

水の人型が人差し指を男達に向け、下に向かってひょいと振る。
すると、どこからともなく現れた水の塊が、すっぽりと男二人の体を包み込んでしまった。
頭からつま先まで水に包まれた彼らは、当然呼吸など出来ず水の中で手足をバタつかせ藻掻き苦しむが、やがて力尽き動かなくなった。
二人を覆っていた水の膜が破け地面に溢れるが、跡も残さず消えてしまう。

 


「ギリギリで酸素送って気絶させただけだから、安心してね。」
「行こうぜ~。腹減った。」
「もうベルちゃん。女の子なんだから、乱暴な言葉遣いしちゃダメだって言ってるじゃない。」
「へいへい。」

 


重なりながら白目をむいて気絶する男二人の隣を通り過ぎて、小道から大通りに戻る。
現在時刻は昼過ぎあたり。
大通りは老若男女、沢山の人々が行き交い、四車線の広い道路には車やバスが忙しそうに通り過ぎる。
重なる幾数もの話し声、商店街から流れる食欲をそそる香ばしい香り。
どれもが全て騒がしく、どれもが興味を引くものばかりだった。
こんなに沢山の人と物を見たのは生まれて初めてだった。

 


「人探しの前に、どっかで腹ごしらえして―・・・って、セウレラ。お前も行くの?」
「私だって、久々に人間の街を見たいわ。」
「えー・・・その姿の方がお前目立つから嫌なんだよー。」
「固いこと言わないでよ。ささ、行きましょう~♪」

 


いつの間にか少女の隣に立って腕を取り歩き出したのは、白く透き通った肌に水色の長い髪、胸元が大きく開いた水色ドレスを纏った、妖艶な人間の美女であった。
肩や腕もむき出しの露出の多い美女に、すれ違う人々は男女関係なく振り返る。

 


「金無いから、飯屋では姿消しとけよ?」
「ハーイ。」

 


大きなチョコレートブラウンの瞳に、ピンク髪の可愛らしい外見に反して、乱暴な言葉遣いをする少女―名をアルベルという―を引っ張るように、水色の美女は通りを歩き出す。

 

 


人間が住む世界には、裏側の世界が存在する。
そこは精霊が住む、精霊界。
人間界と精霊界は隣り合わせで、この世界が生まれた時から共にあったという。
何千年前のことだろうか。
人間界に精霊界の王が訪ねてきて、人間界の王と交流を深め、親友となった。
そのころ人間界は人間が生まれたばかりで、世界の輪郭はおぼろげで色も乏しかったという。
精霊王は人間の為に空に色を与え、水で海を作り、木々を生やした。
お返しに人間王は精霊に言葉を教え、名前を与え、個という概念を理解させた。
二人の王は、友情の証に、ある約束をした。

精霊は、人間に力を貸す代わりに知恵をもらう。
人間は、精霊の力を借りる代わりに知恵を与える。

それから精霊達は、自分と波長が合った人間に付き従いパートナーとして人間界にやってくるようになった。
精霊に選ばれた人間を、大地の適合者と呼ぶようになった。

 


 

ラティス国の南南東に位置する街・ヴォルク


山奥にある人口100人にも満たない小さな村で育った少女には、こんなに沢山の人が行き交う様は初めてみる光景であり、どこか現実離れしているとも感じてしまう。
食事を済ませたアルベルは、たまたま見つけた広場にあった大きな噴水の縁で食休みをしながら、通り過ぎる人々を眺めていた。
野生じゃない犬が紐で繋がれ優雅に散歩して、子供達がボールを持って楽しげに駆け回っている。
石畳の整った道も、噴水なんて洒落たオブジェも田舎では無縁であった。

 


「無駄に水垂れ流してどうすんだ?もったいねぇだろ。これだけあれば風呂にも下水にも使えるのに。」
「都会では資源豊富で水道設備も整ってるから、娯楽でも使うのよ。他者との関係性に疲れた人間は、こうやって水音を聞いて癒やされたりね。」
「ふーん、贅沢だな。それより、バジルの気配マジでないのか。」
「私の探知は完璧よ?」
「どっち行った。」
「此処は、人が多くてバジルくんの気配途絶えちゃったのよ。」
「もー!肝心なとこで使えねぇなぁ!」
「ベルちゃんがバスに乗ってみたいとか言って、寄り道するからじゃないのぉ!
シータの痕跡だってまだ残ってたのに、消えちゃったじゃない!」

 


自分より背の高い水色髪の美女とギャアギャアと言い争い、さらに人目を引いていることに気づかないアルベル。
彼女は、突然消えた幼馴染みのバジルを探しに街にまでやってきた。
いつものように朝起きたら、「ヴォルクという街に行ってくる」としか書かれていない置き手紙だけ残して、突然消えてしまったのだ。
大人しく静かな幼馴染みが、突然村を飛び出して街に行くなど絶対何かがあるのだと心配して、後を追ってきた。
アルベルが契約している精霊は、水の精霊。
人間の体内にたっぷり含まれる水分を辿って人を探知することが出来る。生まれてからずっと一緒に育ってきた幼馴染みの少年なら容易に見つけることはたやすいと思って一緒に街まで連れてきたというのに。―まあ連れてこなくても契約してるため必然的に隣にはいるのだが。

 


「しゃーない。この街にいるのは確かだろうから、しらみつぶしに探すか。」
「これだけ大きな街、1日じゃ無理よ。それに泊まるお金なんて残ってないでしょ?一旦ルカに戻って―。」
「うるさい!バジルとっ捕まえるまで村には帰らない!アタシに何も言わず出てくなんて、生意気な真似しやがって。」

 

頬を膨らませて歩き出した主に続いて、精霊も後ろを付いていく。
アルベルとバジルは生まれた時から一緒に育ち、家族同然。
お互い支え合って生きてきたのに、兄妹同然の相手が自分に何も相談せず家から居なくなったことが相当ショックなのだろう。
置いて行かれた焦燥感と、取り残された孤独をどう扱っていいか分からず、外の世界を知らなかった主がこんな大きな街までやってきたのだ。
素直じゃない主を愛おしく思いながら、黙って隣を歩く。
特に目的はないのだが、小柄なアルベルが人通りが多い道を歩くのに疲れたのか、角を曲がり大通りから反れ小道に入る。
小道といっても田舎と違って大人二人が余裕ですれ違える幅があり、左右に並ぶ住宅の壁は色とりどりのレンガが積まれ、ベランダには花まで飾ってある。干してある洗濯物すらガーランドや飾り布のような装飾に見えてくる。
しかしだんだんと、日差しが遠のき通路の端々にゴミや汚れが目立ち始める。
角を曲がろうとしたところで、女性の甲高い悲鳴が聞こえた。

 


「どっちだ!?」
「右!」

 


アルベルが走りだし、精霊の女も後を追いながら行く先の指示をだす。
小道は細く、入り組んでいく。整備されてない深部に向かっていると本能的に察する。
左に曲がったところで、中年の男が二人、女性を抱えようとしゃがみ込んだところだった。
女性はぐったりして動かない。

 


「何してんだテメーら!」


アルベルが叫ぶと、驚いた様子の男二人がサッと目線を合わせた。
女性の足を掴んでいた方の男が立ち上がり、アルベルに寄ってくる。手には小型のナイフを握っている。

 


「セウレラ、スフィアブレット。」
「了解よ。」

 


人間の姿をしていた精霊の白い肌がすぅっと透明に変わり、半透明な水の人型に変化する。
地面からやや浮かび上がると、体の周りに手の平サイズの水の球を4つ作り出し、男に向かって発射する。
スピードに乗って重みも増した球は、水とはいえ相当なダメージを受ける筈だった。
しかし、球は男の体に当たる前に内側から爆発し、消えた。

 


「今のは・・・。」
「何っ、アイツも適合者か!?」
「この街で正規適合者がいるとは、珍しい。ヤバい場面も見られちまったし。コイツも捕らえて売っぱらうぞ。」

 


男が、右腕に巻いた腕時計を見せつけるように掲げた。
それは時刻を知るための腕時計ではなかった。白いベルトに、重たそうな装置を付けており、時計でいう文字盤の辺りに、黒い光沢のある何かが埋め込まれていた。

 


「来い、樹木の精霊スダナ。」

 


男の声に応えるように、地面のコンクリートが割れ一本の木が生えた。
アルベルの腰より太い幹を持ち、青々と茂った葉を持つ、立派な樹木。

 


「スダナ?でも、違うわ。精霊じゃ―」
「行けスダナ!捕らえろ!」

 


生えた木が枝を揺らし、幹をくねらせる仕草をすると、少女に向かって枝を触手のように何本も伸ばし、葉を飛ばしてきた。
主を守るように精霊が立ち塞がるが、その半透明な体を枝と葉が突き抜け、アルベルの体に当たる。
枝がアルベルの腹部を叩き、体が後ろに吹っ飛ばされる。
地面に倒れる主の名を精霊が叫んだ気がしたが、アルベルの意識は遠のいていく。
霞みながらブラックアウトしていく視界の中で、燃えさかる炎と、白い服を着たシルエットを見た気がした。

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