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*3


「私はディアナ・ネスタ。ネスタ家の当主でございます。」

 


椅子に座る少女は威厳と気品を携えた王妃のようであった。
容姿と違い、可愛らしい唇から紡がれる声は甲高くも重厚である。
通された屋敷の応接間は木目調の家具が暖かな雰囲気をだし、赤い模様の入ったソファーも可愛らしく女性的だ。
ソファーと同じ素材の一人掛けソファーなのに、玉座にすら見えてくる。
アルベルは大人しくソファーに腰かけ自己紹介を聞いたのだが、反応したのは精霊の方であった。


「ネスタ!懐かしい響きだわ。貴方が今の所持者ってわけね。」
「左様でございます。」
「知ってんのか?」
「ああそうね…。ベルちゃんには教えてなかったわ。」
「水の主様なのに?」

 


蚊帳の内側で自分を差し置いて会話が進み、最後には馬鹿にされたようでアルベルの表情が硬くなる。


「事情があって、この子はルカの田舎で自由に育ってきたの。それもウィリアム君の望みよ。」
「勝手に話進めてるとこ悪いんだけど、ウィルの話聞きにしたんだ。」

 


不機嫌そうな声音で告げると、少女が頷いた。

 


「失礼いたしました。ですが、事情を知らないとなると、どこから説明すればよいのやら…。」
「ウィルが此処に来たって?」
「はい。二日前のことでした。我が屋敷に突然起こしになり、ケルベロスのボスがダークの適合者だと教えて下さいました。
ダークの脅威はもはや国中に広がっており、ウィリアム様は―…」
「待て待て待て!ケルベロスって何だよ。」
「先程アルベル様が戦っていらっしゃった方々です。」
「黒鉄の精霊従えたガリガリの奴と、肉弾戦しかけてきたあいつら?」
「ええ。」

 

 

つい数十分前だ。
執事姿の蔦を出す男に助けられ、ディアナに屋敷に来るよう告げられた後
セウレラが女性を飲み込んだ黒鉄を抑え込んでくれていたおかげで女性は助けられたが
ガリガリ男には逃げられた。


「表向きは人員の派遣会社なのですが、裏では柄の悪い方々や大地の適合者を勧誘し国中に派遣。
人さらい、恐喝、違法薬物の売買など悪事という悪事に手を染めてる組織です。
決して証拠を残さない為国や警察も踏み込むことが出来ず仕舞い。
私達も武力行使で殲滅を考えましたが、無実の市民や無理やり従わされている適合者が沢山いるため手出しができていません。」
「そのヤバイ組織のボスがダークの主?」
「ウィリアム様が仰るには。」
「あいつは光の適合者だ。闇と対なす存在だって言ってたから、わかるんだろ。」

 


アルベルの幼馴染・ウィリアムは精霊界の元素トップである光の適合者だった。
光と闇が始めに生まれ、世界は作られたと精霊界の歴史書に記されているらしい。
人がほとんどいない田舎の村で暮らしていたアルベルは、光の適合者がどんなに大変で名誉なことなのか
セウレラに力説されたがよくわからずにいた。
彼女の世界は、森と土と幼馴染だけなのだ。
ディアナも、アルベルがさらっと重要な事を語るのでやや拍子抜けした心境だったが
表情にはおくびにも出さず、続けた。

「ネスタの領地であるこのヴォルクにもケルベロスは土足で侵入しております。
私の許可なく足を踏み入れた者は捉えると警告しておりますが、彼らは気にも留めないようで。」
「狙いはやっぱり…。」
「ええ、宝具でしょう。」

 


また聞きなれぬ単語が出てきて、アルベルは隣に座るセウレラの方を向いた。
先程はちゃんとソファーに腰かけていたはずなのだが、足を組んだまま宙に浮いてしまっている。
精霊は重力に支配されないので、気を抜くと彼女は浮いてしまうクセがある。
顎に手を当て難しい顔をした精霊に、当主がお伺いを立てる。

「どうやら宝具の話もご存じない様子。私から説明いたしますか?」
「いえ。それは私が。」

 

 

セウレラが浮かんだまま組んだ足を解き、アルベルの前に移動した。

 


「精霊王と人間王のおとぎ話、昔ウィリアム君と読んだの覚えてる?」
「ああ。」

 


幼児向けに簡潔に挿絵付きで描かれた話は誰でも知っているノンフィクションのお話。
昔、精霊王と人間王が契約してそれぞれの世界を繋いだ。

精霊が人間界で適合者―絵本の中では精霊の友達となっていた―と共に暮らすようになったというもの。


「人間王のお葬式の場面思い出して。」


精霊に時間は関係ないが、人間には寿命があり、人間王も死んでしまった。
悲しんだ精霊王は、精霊界に帰ることにするが、契約を継続する証として、人間王の家臣や友達に宝石を与えることにした。
もし、人間の力ではどうにもならないくらいの困ったことがおきたら宝石全てを一か所に集め私を呼びなさい―
そう言い残して精霊王は人間界を去った。

 


「あの宝石も実在すんの?」
「そう。物語や歴史書には宝石だとか祝詞だとか曖昧に書かれているけど、精霊王が与えたのは

宝具と呼ばれる精霊界の力を込めたアイテム。数は5つ。そしてー」


セウレラは浮遊したまま優雅に移動し、ディアナの横に座りなおした。もちろん浮いたまま。


「人間王が最も信頼していたネスタという少女に与えたのが宝具・鍵。その末裔であるネスタ家が代々宝具を守ってるのよ。」


当主は胸を張って、頷いた。


「おとぎ話が現実だったとは…。夢見てる感覚だな。」
「あら、反応薄いわね。」
「ネスタ家がすごいのと宝があるってのがわかったけど、それがどう関係してんだよ。」
「ダークが宝具狙ってるってことよ。」
「なんで精霊が宝を?」
「精霊も王様に会いたいんじゃないかな~。」

 


気の抜ける、男の声がして、扉が開かれた。
入ってきたのは数十分前に会った炎を使う赤髪の男と、紅茶のセットを運んできた執事姿の美青年だった。

赤髪の方は軍服のようなデザインの白い服を纏っていた。


「あ!さっきの!」
「やあ。その節はありがとう。君と君の精霊のおかげで無垢な乙女を攫わらずにすんだよ。
お邪魔いたしますディアナ様。ご一緒しても?」
「もちろんです。」

 


赤髪がアルベルと対面するソファーに腰かけ、執事は丁寧な作法で紅茶を淹れ始める。

 


「俺はヴァン・オッド。」
「アルベルだ。」
「?それ男の名前じゃない。」
「そうなのか?」
「名付け親が変わった人でね。私はベルちゃんって呼んでる。」

 

一応納得の声を漏らし、ディアナに向き直る。


「それで、ダークのお話ですか?この子が光の彼が言ってた幼馴染なんでしょ?」
「ええ。」

執事がまずディアナの前に紅茶のカップを置いた。
少女は座っていた椅子から少し前に移動してカップを取ると、とても綺麗な動作で口に運ぶ。

 


「ウィル、何て言ってたんだよ。アタシはヴォルクに行けとしか言われてないんだ。」
「自分を追って水の適合者である幼馴染が来るから保護してほしいと。
彼女は田舎で何も知らせずに育てたから戦い方も世界も知らないので、教えてやってくれ、とのことです。」
「まるで自分が育てたみたいな言い方しやがってアイツ!!同い年のくせに!」
「俺も立ち会ってたけど、君のこと大層大事にしてたみたいだよ?本当は巻き込みたくなかったけど、
そうはいかないだろうからって。」
「アタシに何も言わず出てったんだぞ?」
「光の主が動き出したということは、事態は重いということです。此処に長居することなく、旅立たれました。」

セウレラがアルベルの横に戻った。

「ベルちゃん。あなたにとっては世界の情勢よりウィリアム君に置いていかれた方が問題なのはわかるわ。腹立たしいのも。

でも私もベルちゃんも、そろそろ適合者として責任を負う時が来たみたいよ。」
「ああ…。ウィルも言ってたな。適合者は世界のために精霊を導く義務がある…。」

 


アルベルは真っすぐとディアナに向いた。
チョコレートブラウンの瞳の輝きが変わったのをディアナは見抜いた。
世間知らずの口が悪い田舎者なのかと思いきや、現実をすぐ受け入れる冷静さがある。
適合者に選ばれるだけはある、ということか。

 


「教えてくれ。ダークはなんで宝具とやらを狙うんだ。」
「ウィリアム様が仰るには、精霊王は長い眠りに入り、精霊でさえ王には会えないそうです。
ですが精霊王はとても純粋な御方、宝具により目覚めたとき人間が何かを願えばすぐ叶えてくれる。
ダークはそれを狙ってるそうです。宝具5つ自ら集め、王に願うつもりだろうと。
ダークは昔から人間が嫌いで、人間を壊滅させようと心を操り世界大戦を引き起こした前科があります。」
「西の大陸を半分消してしまった戦争の話したでしょ?アレはダークのせいだったの。」


100年前だったか、大陸全てを巻き込んで勃発した戦争。
領土争いと精霊の力の独占が引き金だったと教科書には書いてあったが、その実、人間の野心ではなく精霊の仕業だったとは。
ディアナは続けた。

「すべては推測の域を出ませんが、数年前からケルベロスがヴォルクを襲うようになりました。
宝具を狙ってかと憶測を出てはいませんでしたが、光の主から直接警鐘を鳴らされた以上、警戒を強めるつもりです。
アルベル様さえよろしければ、ヴォルクを守る手伝いをしていただけませんか?」

 


一度、セウレラの了承を得るため顔を向けると、力強くうなずいたので、アルベルもディアナに頷いてみせた。

 


「まだよくわからない事だらけだが、ヴォルクを守ることがアタシの役割ってことらしい。
こちらこそよろしくお願いしたい。此処にいればいずれウィルとも会えるだろう。」
「ようございました。正規の適合者さんが味方につくのは心強いです。」

ディアナが初めて微笑んだ。
勇ましく話していた当主の顔とは別人のように、可憐な少女の姿になった。
どうやら警戒心や壁を解いたようで、とっつきにくさが一気に消えてアルベルも肩の力を抜いて、始めてカップに手を伸ばした。
今まで飲んだ紅茶とは比べ物にならないぐらい、深くて美味しかった。

 


「気になってたんだけど、その正規ってのなに?」
「中途半端なマグニと関係あるのかしら?」

 


セウレラが赤髪のヴァンに問いかけると、くつろいでいたヴァンがソファーの背もたれから身を乗り出してきた。

 


「やっぱりわかるんだ。さすがー。」
「当り前よ。」
「アルベルちゃんのためにも見せた方が早いかな。」

 


カップを戻した彼が、左腕を高く上げた。
その手首には白いブレスレットがあった。

黒い石が埋め込まれた装飾があり、マグニの名を呼んだ時、黒い石が赤く光り彼の横に燃え盛る炎が出現した。
それは一瞬で、筋肉質の男性の形になったが、なぜか上半身のみで、腰から下は絵本でみたランプの魔人のように曖昧だった。
表面は炎のオレンジで、逆立つ毛はメラメラと燃えていた。
凹凸があるだけの表情で、セウレラを見てニヤリと笑った。


「よう!セウレラ。相変わらず色っぽいね~。」

 


低い魅力的な声なのに、吐き出したセリフは低俗なのでセウレラが軽蔑を含んだ眼差しを向けた。

 


「人間界で会うのは300年ぶりぐらいかしらマグニ。なんなのその中途半端な姿は。」
「カッカッカ。相変わらず冷てぇな!さすが水!」
「マグニ、お嬢様方引いてるじゃないか。」
「こりゃ失礼、ヴァンの旦那。」

 


ヴァンが良く見えるように腕輪をアルベルに差し出した。

 


「これは俺が所属してる組織グアルガンが開発した疑似召喚装置。

黒曜石を使い、精霊界の祝詞を唱えて精霊と契約して力を貸してもらう装置だ。

君のようにちゃんとした契約じゃないから、本来の力は引き出せないし人間界での姿もこれが限界。

マグニは四大元素の強い精霊だからこうやって話せるけど、普通の疑似召喚じゃ話すまでいかないんだ。」
「それでアタシのことを正規って…。こんなことして、怒られないのか?
確か、人間が私利私欲で精霊の力を使うと大地が歪むんだろ?」
「よく知ってるね~。でも大丈夫。もともと疑似召喚を始めたのはダークなんだ。」

 


ディアナが話を引き継ぐ。

 


「先程お話した世界大戦時、ダークの適合者は生まれませんでした。
でも人間界で悪さをするために黒曜石を使って無理やり人間と契約したのです。これはその手法を真似て作ったものですの。」
「すべてはダークと戦うため。疑似召喚装置を使ってこのヴォルクを守ってるのが俺たちグアルガン。よろしくね。
ちなみにグアルガン創設者は前ネスタ当主様で、今はディアナ様が統括してる。」
「凄いな…色々手を尽くしてんだな。」
「グアルガンに関しては資金提供だけで、指揮は別の方に任せてますから。」
「ってことは、そこの執事も疑似召喚?」

 


部屋の片隅で気配を消して待機していた執事を振り返る。
美しい立ち姿は、黙って立っていると非現実感が増す。


「いえ、リカルドはアルベル様と同じ正規適合者です。」


名を呼ばれ、執事は会釈してから手を上げ蔦を腕に絡ませて見せた。
それから、隣に白いコートを着た緑髪の、執事とはまた別の意味合いで顔の整った美青年が現れた。

 


「あら、ユリウスじゃない。緑系の最上位にいる精霊よ。久しぶりね。」

 


ユリウスはにっこり笑うだけで、何も喋ろうとはしなかった。
そこでセウレラは、ユリウスの異変にすぐに気が付いた。

 

 

「ユリウス、貴方…。どうして彼と契約を?声が出せてないじゃない。」
「確かにリカルドは執事という身分ではございますが、立派に適合者として力になってくれております。」
「そうではなくて、―」
「水の精霊さん、察してやってくれ。感情のない人間と契約すると不完全な精霊になってしまうのは周知の事実でしょ?」

 


セウレラはじっと執事を見つめたが、ユリウスがもう触れてくれるなと言わんばかりに首を横に振ったので
この話は切り上げることにした。

 


「話が長くなってしまいましたが、これからいくらでもお話できますから、まずはお部屋にご案内いたしましょう。
ヴォルクの為に戦って下さるならネスタのお客様。どうぞこの屋敷を自由に使って下さいませ。」
「いいのか?」
「もちろんです。私と使用人達しかいない寂しいところですが、ご自分の家と思って。」
「助かる。もう一つ頼みがあるんだが。」
「なんなりと。」

 


アルベルは、斜め後ろに立つ執事を指さした。

 


「そこの執事に色々教わりたい。」
「リカルドに?」
「アタシは精霊の戦い方を何も知らない。ウィル以外で正規適合者に会ったのは初めてだ。この屋敷にいるなら都合いいだろ?」
「承知いたしました。リカルド、いいわね。アルベル様にご指導を。」

 


執事は何も言わず、ただ頭を下げた。

 


「あー、それとさ。そのアルベル様ってのやめてくれない?なんだかむずかゆい。」
「そうですね。これからは家族同然。では、アルベルさんと。」
「呼び捨てでいいって。」
「私の癖ですので、そこはご了承を。」
「ディアナ様、嬉しそうですね。」
「このお屋敷にお客様をお招きするのは久々です。しかも歳が近い女性の方。嬉しいですわ。」

 


無邪気に笑うその姿に、アルベルは内心ホッとしていた。
幼馴染に言われるまま何も知らない土地に留まることを選んでしまったのには不安があった。
同じ村の大人は何人かいたが物資交換にたまに会う程度で、他人と関わった事がほとんどない。
いきなり適合者として責務を果たせといわれても、幼馴染に会うために村を出たに過ぎない。
本心を言えばダークだの宝具だのどうでもいい。
けれど、一人立ちをしている高揚感をこの時感じていたのも事実。
幼馴染のウィリアムが光の主として動き出したなら、自分も…。
アルベルはこの街で、幼馴染が再び戻ってくるのを待つことにした。

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