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その日は普段より気温が高く暖かな日だった。
朝から気持ちよい快晴。穏やかで騒がしい、いつものヴォルク。
アルベルはメートル探偵事務所の雑用を終えネスタ邸に戻る途中であった。
小腹も空いてきたことだし、途中中央区の市場にでも寄って何か買って帰ろうかとセウレラと話しながら人混みを避けて路地に入る。
昼時を少し過ぎても、大通りの活気は健在だったが、一本脇に入ればすれ違う人も少なくなる。
と、見知った顔が前方で通り過ぎるのが見えた。白い制服を着たヴァンだ。
グアルガンとして街の見回りでもしているのだろう、表情と雰囲気がネスタ邸で修行している時より固く見える。
両隣に同じグアルガンの制服を纏った若い男女を共だっていた。
片方は褐色肌でかなり長身、がたいのいい若い男。
赤い髪を短く刈っており制服の着こなしもだらしないのに、真面目そうな形の丸眼鏡をかけている。
ヴァンと話している間も眉は八の字で不安そうな表情を浮かべている。どこかチグハグな印象を与える男だった。
片方は若い女。新緑よりも薄く鮮やかな黄緑色の髪を高い位置でまとめ、制服の上着を短く切って腹を出している。
化粧も濃くネイルは赤。高いヒールを鳴らして歩いているが、つまらなそうな表情を浮かべる顔はとても童顔。
体つきは女性そのものなのに、子供が無理して背伸びをしているような印象を受ける。こちらもチグハグな女だった。
真ん中に挟まれていたヴァンだったが、アルベルに気づき足を止めた。
ほんの一瞬で、雰囲気が柔らかいものに変わった。
「ベル!今日も探偵事務所の手伝いかい?」
「終わって帰るとこだよ。」
「そっかー。じゃあ一緒に飯でも―」
「ちょっとヴァン。これから任務でしょうが。」
黄緑色の髪を持った女が熟したさくらんぼみたいな赤い唇を突き出して不機嫌そうに言った。
声も甲高く、ミドルスクールの生徒のようであるため、成熟したその体との違和感が益々強くなる。
「そうだけどさー。あ、この2人会ったことないよね?オレと同じグアルガン幹部。
彼女がキアラで、こっちのでっかいのがマリオ。アクセントは”オ”。こんな図体して厳つい顔の割に気が弱いイイヤツだから安心して。」
「どんな紹介だよ・・・。水の正規適合者だよね。グアルガンのマリオです、よろしく。」
申し訳なさそうにおずおずと出された手を、反射的に掴んで握手を交わす。
アルベルの小さな手より2倍はありそうな肉厚でがっちりした指に包まれ、まるで己の手が赤子のように錯覚してしまう。
「ヴァンがネスタ様に迷惑掛けてるんでしょ?無礼働いたら蹴っ飛ばしてくれていいから。」
「ひどいなぁキアラ。」
「アンタが貴族のお屋敷に出入りしてるなんて、スラムやつらが聞いたら―・・・ムグッ」
「シーッ!昔の話は内緒にしてってば!」
「あら、じゃあ私がお話して差し上げましょうか。」
刺すような鋭い女の声が割り込んできた。
振り向けば、3人の人物が横並びでそこにいた。
真ん中には、袖とスカートに沢山のフリルが服を纏った女の子。服と同じような小さな傘を手にしている。
アルベルも街に来て知った。あれはロリ服という首都で流行っている格好だ。
先程の声は彼女なのだろうが、声と見た目がチグハグに感じた。見た目はアルベルより下に見えるのに、刃物で刺すように強い恨みのこもった声だった。
女の子の右手には、スキンヘッドの巨漢男。
そして左手には、黒い衣服を纏っているが、骸骨のようにガリガリの痩躯男性。肩より長いウェーブした髪、へこんだ眼球。
―隣町トゥーリヤの研究施設で対面した、鋼の適合者であった。
面識があるアルベルとヴァンが一気に警戒度を上げ身構えた。
「さすがに、彼と出会ったことを忘れるようなおバカさんではなかったようですね。」
「君たち、ケルベロスか?どうやってヴォルクに入った?まあいいや。大人しく出て行ってくれないかな。」
「気安く声を掛けるな、人殺しのヴァン・デストルガ。」
聞き慣れぬ姓に反応したのはアルベルのみで、横目でヴァンの様子をちらと見た。
目を見開いて、固まっている。まるで、見てはいけないものを目撃して恐怖しているかのようであった。
「君・・・まさか、」
「ずいぶん腑抜けたようですね。生ぬるい生活を送っているようですが、お前が犯した罪が消えるわけないでしょう。」
やはりだ。
見た目と声のギャップが激しい。
決して声が野太いとか低いとかではない。可憐な少女の声なのに、その年齢の子供が出していい声音をしていなのだ。
そう、鋭利な棘を含んでいる。その鋭さは、刃に似ていた。
「よくもエンリケを殺したわね!!!」
少女の怒号が狭い路地に響き、コンクリートの地面を緑色の何かがこちらに襲い掛かってきた。
各々が攻撃を避けるために飛ぶが、ヴァンだけは、ピンク色のドレスを纏った少女から目を離せず固まっていた。
アルベルが反応はしたのだが、セウレラとヴァンが契約するマグニの相性が悪く、代わりに褐色肌の大男マリオがヴァンの腕を無理矢理引いて
一撃を避けさせた。
彼等がいた地面を突進したのは、緑色の太い蔦。その頭にはピンク色のつぼみをつけている。
「ベルちゃん、花の精霊フローラよ。でも、ヴァンくん達と同じく疑似召喚。」
「疑似召喚でこのパワーかよ!」
ヴァンを伺う。立っているのがやっとなのか、目を見開き、開いた両手は情けないほど震えている。
地面がメリッという音を立てたので目線を戻すと、アルベルの太ももより太い緑の蔦が体をうねらせているところだった。
「グアルガンに刃向かうのは敵!マリオ!」
「わ、わかった!」
まだ起こった出来事にためらっているらしい大男だったが、キアラの喝を受けてヴァンの前に一歩踏み出して両腕を上げた。
彼の右隣でオレンジ色の光が産まれ、やがて集結して大きな狐の姿になった。体は薄いオレンジ色。
精霊だ。アルベルにはすぐにわかった。
「サングルス、咆哮!」
オレンジ色の狐が首を捻って。上下に大きく開いた口からオレンジ色のオーラを纏った光線を発射した。
頂点の花が開花したばかりの蔦に光線が当たると、大きな穴が開き、穴の回りは焼け焦げて花はみるみる枯れていった。
ガシャンと音がした。
キアラが手にしていたのは、か細い女性が持つにはあまりにも大きく重量がありそうな機関銃。ベルトを肩に掛け、両腕で支える。
どこから出したのだろうか。彼女の肩には、白いまんじゅうに短い手足が生えた謎の生き物が乗っかっていた。
あれも精霊だろう。銃も、あの精霊が出したのだろうか。
回りに誰も居ないのをいいことに遠慮無く引き金を引いて連射する。
地面のコンクリートが砕かれ砂煙が舞う。
しかし、放たれた弾丸が全て弾かれた。両手を広げていたのは、黒い不格好な人形。鋼の精霊だった。
「気をつけろ、あれは鋼の精霊で、オニキスの研究所にいた奴だ。」
「まさか、正規適合者!?」
「アタシも手を貸す。」
一歩前へ出た、その時だった。
頭の上から大きな手に体を押さえつけられるような強い圧を感じた。
手足の動きが封じられ、痺れが背中を走る。嫌な汗が噴き出した。
呼吸すら自分の意思で行うことを禁止されたよで、目眩がした。漏れる吐息と気配で、動けないのはグアルガンの2人も同じであると分かる。
視線の端で黒い何かが動いた。鈍いなりに唯一動く頭を捻ると、ヴァンが足元から湧き上がった黒い靄2本に絡め取られ、一瞬でその場から姿を消してしまった。
ヴァンが消えたと同時に、アルベルの全身を襲っていた謎の拘束力が解かれ、緊張が緩んだ筋肉が一気に脱力する。
「何だ今のは、スキンヘッドの力か?」
「違うわ、今のは―・・・っ、」
アルベルよりかなり差し迫った声をセウレラが出したところで、ピンクの少女を始めスキンヘッドの男と鋼の主が踵を返して走り出した。
反射的にアルベルも走り出し、ケルベロスの2人も後に続いた。
彼等は路地の更に奥へ奥へと入り、複雑に入り組んだ分岐を、それぞれ別々の道を選んで散っていく。
「マリオはスキンヘッド!アタシは鋼、水のアンタには花の主を任せる!」
「了解!」
後ろから素早く指示を受けて、アルベルはピンクの少女を追って左に曲がった。
小柄な少女が走るのもやっとの細い道は、ゴミが散乱しているせいで走り辛く、整理されていない路地は迷路のようであった。
それでも花の少女を見失わないのは、セウレラが位置を探知し続けてくれるおかげだ。
走っても撒けないと分かった少女が、今度は緑の細い蔦を何本も後ろの追っ手に目掛けて放つ。
「セウレラ、円盤浮かせといて!」
『了解よ。』
アルベルの前方、そして後方に水の塊が産まれた。円形だったそれが押しつぶされフリスビーのような形になると高速で回転し、前方から襲ってくる蔦を切断した。
それから壁の隙間からも蔦が襲ってきたが、円盤が不意打ちの一撃を全て防ぎ、煉瓦の欠片も丁寧に弾いてみせた。
反撃とばかりに、アルベルの指示で少女の体を包もうと水を送るが、花の蔦に弾かれた。
少女は観念して、狭い路地から抜けてどこかの空き地にでた。幸いにも、そこにも人の気配は無かった。
「観念しろ!こっちは緑系精霊との戦いは慣れてるんだ。対処法は山ほどある。」
「フン。四大精霊と契約してるからって偉そうに。」
「ヴァンをさらうためにこの街に来たのか!?」
「・・・ッ、こっちだって・・・さらうなんてせず、本当は殺したかったのよ!!!」
少女の激高は、人相を変えてしまう程だった。
鼻先と眉間に皺を寄せて口を上けた顔は、酷く醜く見えた。フリルが沢山ついた服装とは不釣り合いに。
少女が左腕を上げると、再び地面から緑の蔦が生える。
それは蔦ではなく、巨大な花であった。交互に葉が生え、頂点の蕾が咲くと、ピンク色の花を咲かせ同時に黄色の花粉を撒いた。辺りが一気に靄かかったように視界が悪くなった。
指示してないのに、セウレラが水の膜を張って花粉から主を守った。
『まずいわベルちゃん。水に花粉が付着しちゃう。溶け込まれたらバリアが消えるわ。』
「高速回転で吹っ飛ばせば―」
突然、巨大な花の幹が切断され、花が落とされた。花粉の飛散が終わり靄が晴れる。
アルベルは落ちる花に目線がいっていたので気づかなかったが、花の主である少女も地面に倒れていた。
花の幻覚が解けると、先程ヴァンを囲んだ黒い靄が再び現れ、少女の体もどこかへ消し去ってしまった。
先程まで花粉が舞っていたのが嘘かのように元通りになった空き地に、黒い影が舞い降りた。
小柄な人影は、黒いもったりした布を重ねた服を纏い、顔を白い紙で隠していた。
目の代わりに紙に描かれた不可思議な模様が此方を向く。顔も体格も読めないので、少女か少年かわからなかった。ただ、大人ではないだろう。
突如現れた黒づくめの人物は手にしていた刀を背中に背負った鞘に戻して、アルベルに背を向け歩きだそうとする。
「待て!お前がヴァンをさらったのか!?」
去ろうとする背中を負って、アルベルがその肩に手を掛けようとする。
が、指が服に触れる前に人影が目の前から消えた。
気配が右の方からして顔を向けると、再び背中から抜かれた刀の刃が眼前に迫るところだった。
――間に合わない。
刃がアルベルの鼻に触れる寸前で、動きが止まった。目の前の光景が歪んだ。
水だ。薄い水の膜がアルベルの前に張られていた。
気がつくと、具現化したセウレラが後ろから主を右腕で抱きしめ、左腕で刀を押さえていた。
「ふむ。主思いの良い精霊だな。殺意を引っ込めてくれ精霊。私の主がお前達を連れてこいと言っている。案内しよう。」
声は少女とも少年ともわからなかったが、大人しく背中に刀を納め、セウレラも主から離れた。
「ベルちゃん、この人がヴァンくんをさらったわけじゃないわよ。」
「あ、そうなの?」
「貴方の主、カフね。」
「知っていたか。」
「この街全体を囲っていたのだもの。嫌でも気づくわ。でも、先程のは・・・。」
「私に発言権は無い。聞きたければついて来い。」
顔を紙で隠した人物が歩き出す。アルベルが人型のセウレラを見上げた。
「おい、何の話だ。」
「・・・さっき、ヴァンくんと花の主を連れ去ったのはダークよ。気配がした。」
「は!?こないだの侵入がバレたのか!?」
「多分ね。でも、この街はダークが入れないように結界が張ってあるはず・・・。とにかく、ついていった方がいいわ。そんな予感がする。」
先を行く人物の背中がかなり小さくなってしまったので、アルベルは慌てて走り出した。
