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ヴォルクのずっと西に、カレントという港街がある。
同じ港街ながら、首都と近いこともあり人口も観光客も数が多くとても栄えていた。
ヴォルクはまだ古い町並みを残す歴史ある街だが、ここはどの建物を見ても現代的でスタイリッシュ。
流行りの服を纏い、有名ブランドのテイクアウトドリンクを持つ女性達は、通り過ぎる男性2人組を振り返って頬を染めた。
港が見える公園にやって来たリカルドとヴァンであった。
私服に身を包む二人はとても見栄えがいいため、此処に来る間に何度も女性に声を掛けられかなり時間をくってしまった。
噴水を囲むように置かれたベンチで思い思いの時間を過ごす人々の横を早足で通り過ぎ、なんとか集合場所である公園横の空き地に辿り着いた。
右手は壁、左手には公園に植えられた背の高い広葉樹が壁となり、目の前は海。
ベンチも置いていないので公園の施設内ではなく、店か何かが撤退した空き地なのだろう。
緑の精霊ユリウスが具現化してリカルドの隣に立つ。

 


「5分前集合ってとこか。間に合って良かった。で、どうするんだ?」
「僕の気配を察知して、向こうから顔を出してくれるはずだよ。リカルドくん、精霊核を。」
「わかった。」
「感謝しろよな。ルチアーノに大きな借りを作っちまったんだから。」

​

 

カバンの中から取りだした包みを解いて、手の平に乗せる。
数㎝の小さな黒い石板。石といっても、輝きを宿す程磨き上げられた鉱石で作られている。
表面は太陽光を反射して煌めいているが、奥は光すら飲み込む闇が巣くっているようである。
ヴァンも所属していたグアルガンが使う疑似契約の中核を担う精霊核。
本来は血を捧げ祝詞を唱えたりと手順が必要なのだが、契約を目的としていないのでただ見つめることしか出来ない。
と、突然強風が吹き荒れ、空き地の砂を巻き込んで小さな竜巻が空へ伸びる。
ヴァンが警戒してリカルドの前に出た。

 


「へぇ~。ホントに攻撃しようって気を起きさせないんだな、その葉っぱ。」

​

 

内側から竜巻が掻き消され、あぐらを掻いた人物が宙に浮いていた。
華美な格好をしたまだ幼い子供の姿がそこにはあった。人間で言えば、10代前半か半ばか。
水色に緑のグラデーションがかかった長い髪をツインテールにし、砂漠の民の踊り子みたいな服装をしていた。
服に袖は無く最低限の部分だけ隠されて、ズボンは黄緑色の薄い布。
手首と足首には沢山の輪飾りが重ねられ、浮かぶ体が上下する度に金属がぶつかる清涼な音が響く。
非現実な服装と宙に浮く姿。そしてこちらを値踏みするような鋭い視線が、人ではないと物語っていた。
まるで絵本に出てくるランプの魔神のようである。
警戒を緩めないヴァンを安心させるように肩を叩いてから
ユリウスも少しだけ地面に浮いて、あぐらを掻いた人物に微笑みを向けた。

​


「人間界で会うのは久しぶりだね、ゼピンティ。」
「よう、ユリウス。葉の刻印持ちの人間とどうやって契約したのか教えろよ。」
「緑の僕と相性が良かったんだ。」
「ケッケ。ダークが消えた今、お前が最強かもしれねぇな。」

​


ずいぶん口の悪い精霊だった。
女型の精霊かと思ったが、胸の膨らみが一切ないのと喉仏があるのをヴァンは目ざとく気づいた。
風の精霊はやや高度を落としてリカルドと目を合わせると、口角をくいっと天につり上げた。

​


「オレは風の精霊。名をゼピンティ。マグニは人間に甘すぎるんでな、オレが来た。」
「一番適役はノノンだと思うんだけど。」
「ウルセーなぁ。ノノンは精霊界まとめるんで忙しいんだよ。葉を持つ人間と―、ははっ。
王子サマの護衛を気取ってる新しいカフか。マグニが大層気に入ってるからどんなヤツかと思ったが、パッとしねぇな。」

 

​

人を小馬鹿にしたニヤニヤした笑みを浮かべたまま人差し指を立て、クルクルと回す。
そして人差し指を右から左に倒すと、ヴァンの耳に風が唸る音が聞こえ瞬きの間に左耳のすぐ近くに迫った。
これはかまいたち―。気づいたが反応が全く追いつかなかった。
防壁を作る間もなく、頬肉が切れるのを覚悟した。

​


「そういうの、僕は好きじゃないよ。」

​


左手側に生えた太もも程の太さがある樹木の幹が、切断され派手な音を立てて地面に落ちた。
木が身代わりになってくれていなかったら、自分の体も綺麗に真っ二つにされていたかと思うと、冷や汗がと吹き出してくる。
庇うように立つユリウスの体に緑の蔦が茂る。

 

​

「わーったよ!お前怒らせるとこえーっての忘れてたぜ。」
「話し合いに来たのだろ?自分から印象悪くしてどうするのさ。」
「人質も立派な交渉術だろうが。」
「その必要はない。こちらの要求はセウレラに会わせて欲しいだけだ。それが可能ならば、要求を聞いてもいい。」

 


今まで黙っていたリカルドが口を開いた。
その凜々しい整った顔に感情はなく、王族故の気品とただ責務を全うしようという決意、それだけ。
この揺らぎの無さが、葉の刻印がある人間故なのか。はたまた。
風の精霊から嘲笑が消え、心底面倒くさげに頭を掻いた。

​


「俺達が人間なんぞに頼らなきゃならなくなった一番の理由は、ダークが精霊界に戻ってないことだ。
知ってるとは思うが、適合者がいない精霊は精霊界で生活する。
ダークやライトの存在感は絶大だからな。居るだけで気分悪くなるってのに、精霊界は穏やかなままだ。」
「今も精霊核による疑似契約で現世に居ると?」
「そう思って人間界を調べたが、痕跡も気配も見つからねぇのよ。隠れて悪巧みしてるのは間違いねぇだろうが、気配がなさ過ぎて精霊界はピリついててな。」
「光と闇のは精霊にとっても特別だと聞いているが、何をそんなに緊張する必要がある。」
「支配だよ。」
「支配?」

​


リカルドの横でヴァンは口を挟まず黙っていたが、不穏な言葉につい反応してしまった。
ヴァンに目もくれず、風の精霊が続ける。

 

​

「親父殿―精霊王が眠りこけてる間、精霊界を牛耳っているのはあいつらだ。
二つの世界のありとあらゆるものは光と闇から生まれている。オレ達精霊は、あの2人に逆らえないんだよ。
口ではいくらでも文句言えるんだけどな?お前の葉の刻印と同じようなもんだ。攻撃した所で効きやしない。」
「でもさ、今まで光と闇が精霊界をどうこうしたことなんて無いでしょ?」
「宝具の一つを光の契約者が奪ったらしいじゃねぇか。ここ数十年に及ぶダークの悪巧みも下準備で、この後とんでもねぇ悪さを両世界でやろうって企んでるなら、その前に止めなきゃならねぇ。ノノンが、嫌な予感が消えないってずっと憂いてやがるんだよ。」
「ノノンが・・・。」

 


精霊同士の会話に、ユリウスが珍しく苦みを耐えるような表情を浮かべて俯いてしまった。
海に浮かぶブイのように、ゆったりと上下を繰り返す風の精霊が腕を組むとき、手首に無数はめられている金のブレスレットが綺麗な音を立てた。

 


「葉の刻印を持ち、大地の適合者でもある人間は激レアだ。これは運命の示し合わせ。光と闇に対抗する唯一の手であると
オレ達は判断した。で、こっからが本題だ。オレ達フリーの精霊が全面的にお前に協力する。代わりに光と闇の悪行を止める手伝いをしてくれ。」
「光と闇を止めたいのはこちらも同じだが、些か大雑把な話に聞こえるな。子細は教えてくれないのか。」
「計画はお前の協力が得られてから明かそう。」
「そちらの手伝いはいくらでもしよう。先にセウレラと話をさせてくれれば。」

 


力強くこちらを見上げてくる黒い双眸に再び目線を合わせる。
迷いも怒りもなく、戸惑いも移ろいも深淵に飲み込まれたかのような黒い瞳は、強固な意志の力だけ渦巻いている。
感情は感じられないのに、不思議な人間である。

​


「セウレラは呼べないな。アイツは特別だからな、こっちにとっても切り札だ。」
「切り札?俺は話を聞きたいだけだ。」
「人間界に来た瞬間ライトに捕らわれでもしたら困る。」
「それでは交渉にならない。セウレラと話が出来ないなら、交渉は―」
「ダメダメ。リカルドくんには手伝ってもらわないといけないんだから。」

 


空から一筋の光が差した。
それは太陽の光を反射し吸収しながら輝く、水の半透明な柱であった。
水色の裾をはためかせながら鳥のように両腕を広げ地面に舞い降りたのは、水の精霊セウレラだった。
風の精霊ゼピンティが大きな瞳をさらに大きく見開かせ、驚きで肩を振るわせた。

 


「ハァ!?お前何勝手に来てんだよ!?」
「勝手はこっちのセリフよ。ちょっと目を離した隙に1人で人間界に行っちゃうんだから。私も行くって言ったじゃない。」
「切り札であるお前が光に捕まりでもしたらどうすんだよ!」
「心配し過ぎよ。もう制約は切れたから大丈夫だってば。」
「セウレラ・・・。」

 

​

切なげな声でリカルドに名を呼ばれ、顔を向けたセウレラは居住まいを正して、優しく微笑んだ。

 


「久しぶりね、リカルドくん、ヴァンくん。長い話になるわ。場所を移動しましょうか」

 

​

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*   *    *

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​

​


人間界の空は元々青くはなかったのだ。
そのことを覚えている人間は、もういないだろう。


お父様が世界の裏側に、新しい世界を見付けたというので遊びに行ってみた。
光と闇は、お父様に最初に招かれていたようで既に昼と夜があった。
地の精霊が地面を作って、水の精霊である私が海を作った。
緑の精霊によって木々が生え空気が生まれ、風の精霊が動かして大気の流れが出来た。
昼の空、地平線近くはピンクで、大半はイエローだった。
夜の空に、星が沢山張り付いていた。
気づいた時には、人間という有機生物が大地の上にウヨウヨと溢れかえっていた。
彼等は道具を作って、集団で生活をし、言葉を紡ぎ、知恵を使ってどんどん増えていった。
精霊に形は無かった。
大気を漂う空気に似ていた。
面白がって人間の姿を真似る精霊が出て来て、私も水で手足を生やし頭をくっつけてみた。
自分で作った湖で遊んでいた時だった。

 


「娘よ、そなたの色を貸しておくれ。」
「ええお父様。喜んで。」

​


父に呼ばれそう答えると、空が青と水色のグラデーションを得た。
水である私に色はない。水を通り抜ける光がそう見せるだけ。
でもその空を見て、父の隣にいた人間は大層嬉しそうに笑って、父も嬉しそうであった。
その人間は人間を統べる王であり、父の初めての友であった。

​


「せっかくだ、水の娘よ。空に色をくれたお礼にお前と人間を結ぼう。」

​


それから、人間の体の半分以上は水で支配され、水が無いと生きていけない体になった。

 

 

 


*   *   *

​

​

 


海が見える公園の側から、高層ビルの屋上に移動してきていた。
人から見られる心配はないが、幾分か肌寒く吹き抜ける風が強い。
なんでも、風は高いところが好きらしい。
ヴァンとリカルドは、アルベルという少女が光の精霊によって作られた、宝具の器と呼ぶ人形であると聞いたところであった。

 


「チェルダーニ家で魂が抜けたアルベルに会ってなかったら、その話信じられなかったろうな。」
「君は、どうして人形の少女と契約ごっこに興じてたんだい?」

 


風に流される長い水色の髪を撫でつけながら、水の精霊は辛そうに眉を歪めた。

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「光の精霊が人間界に降りた後、胸騒ぎがしたの。私は精霊核なんてなくとも人間界に行き来が出来る。人間の体は半分以上水だから。様子見をしに降りたら、人間そっくりな人形を作っていた。精霊の力を蓄えた人形の創造なんて許されるはずがない。
だから注意しようと声を掛けたの。それが間違いだった。あっという間に光の支配下に置かれ、私も悪巧みのシナリオに巻き込まれた。ただ・・・。」

 


風の精霊は退屈なのか、相変わらずあぐらを掻いた姿勢で宙に浮きながら、吹き抜ける風を捕まえては指でくるくる回して遊んでいた。
話しづらいので風を止めて欲しいところではある。

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「お人形の子が動いて喋りだすと、どうにも愛おしくなってしまったのよ。この子は人間じゃない、プログラム通りに動いてるだけだってわかっているのに。同時に、こんな罪深いことをしてしまっていいのかしらとも思ったの。命への冒涜よ。偶然生まれた世界を整え、今の人間界を作ったのはお父様である精霊王。それを支えるのが私達精霊。
だからせめて、近くで行く末を見守りたかった。お人形のこの子が、本当に自我を得て笑ったり食べたりしないかしらって。」
「ありえねぇ夢見物語だけどな。だが、人間そっくりに動く人形を作り出すって手腕も中々に夢見物語な話だ。」

 


会話に入ってきた風の精霊が指を鳴らすと、彼等を薄緑の渦で包み込んだ。
風が止むことはなかったが、大分弱まりそよ風程度に収まった。
気まぐれな性格なようだ。

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「オレ達精霊は親父殿が作った宝具に触れることは出来ねぇのに、収納出来る器を作りやがった。レシピを教えて欲しいぐらいだ。」
「君たち精霊が慌ててリカルドの元に来たのも、精霊が宝具を得たという事実に騒然としたからってところかい?」
「ええ。宝具は人間のもの。宝具は・・・レヌス王との約束を守りたくても守れなかったお父様の、贖罪の証。私達には関係のない品なの。」
「贖罪?」

​


リカルドの問いに、セウレラがより一層辛そうな顔をして、自分を抱きかかえるように腕を組んだ。

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「レヌス王は死の間際、人間界をずっと見守るよう精霊王にお願いをして、精霊王も了承し固く約束をした。
でもレヌス王が亡くなると、死という永遠の別れに悲しんだお父様は、悲しみに耐えられず眠りにつくことを決めた。
守るという約束から宝具を預け、何かあったら起こせと無責任な言葉を残した。お父様は、本当にレヌス王を・・・。彼女を愛していたのです。」
「そういうことか・・・。」
「ライトとダークは特にお父様を愛していたから、人間にだけ宝具を託して自分達には言葉すら掛けず眠りについたお父様に怒ってた。宝具を集めて、起こしてしまいたいのかも。本当の狙いは、私にもわからないけれど。」
「親父殿に心を与え、最期に奪った女の世界を壊したいとかそんなとこだろ。」
「宝具をあと2つ、器であるベルちゃんの体に埋め扉を開く算段というのは変わらないでしょうね。リカルドくん。」

​


名前を呼んで、組んでいた腕を解き真っ直ぐ見つめ合う。
水色の、水面の底のような瞳は揺れていた。いつも傍らの少女を諫め守ってきた穏やかな女性は、今とてもか弱く見える。

 


「私は、ライトとダークを止めたい。お父様が愛した、レヌス王の子達も守りたい。でも一番は・・・。ベルちゃんを助けたい。」
「だが―・・・。」
「わかってる。望みはない。あの子は偽物の体と、偽りの記憶、事前に組み込まれた人格設定で動いているだけのお人形。
せめて、モデルでもあり名付け親でもある、薔薇を愛した1人の少女の側で眠らせてあげたいの。」

 


リカルドは斜め後ろにいたヴァンを伺ったが、好きにしろと肩をすくめられた。

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「光と闇を止めたいのは俺も同じ。喜んで協力しよう。俺の葉が使いたいなら好きに使ってくれ。その代わり、君たち精霊が持っている情報を全て教えてほしい。」

 


風がピタリと止んだ。
風の精霊は何も言わなかった。精霊界を代表する者が、セウレラに変わったのだと気づいた。

 


「では、ライトの支配下にあったからこそ知れた事実をお教えします。
この人間界は既に2度滅び、今は3回目の世界。その過程で、宝具本と杖の効力が消えたのです。」

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