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襲撃

 

宿舎に戻ると直ぐ様タカヒトが雇っている諜報達を各所に派遣したり、より詳細な情報を求めた。
しかしバシュデラは夜間しか姿を露さない種族で、詳しい動きを把握する方が難しい。
執務室で慌ただしくしていると、トキヤがノックもそこそこに部屋に入ってきた。
仕草は慌ただしく、優雅で余裕を顔に刻んでいるいつもの様子は無い。
タカヒトは状況をすぐに察した。


「何があった。」
「北港警備が破られました。バシュデラ族が侵入、既に3000人程の兵がレファスになだれ込みました。」
「三重の警備をしていたんだぞ!?」
「はい。生き残った兵士がファーンで飛んで報告を入れてきたのですが、やや混乱が見られ正確かはわかりません。」
「構わん。」
「魔導師の結界が何らかの方法で破られ奴らは翼のある生き物に乗って侵入したそうです。降り立つや否や見たこともない悪魔を呼び出し兵士達を倒して行き、こちらのウィザード達の術は悉く破られ成す術なく、ただ数を減らしていったと。」


数時間前、マヒトから受けた忠告が頭によぎった。
準備万全とはいかないが、重厚な守りは敷いていたつもりだ。
ただでさえ大陸には悪しき魂を寄せ付けない術が掛ってるはずなのに。
バシュデラが手にしたカイラ神の力を無効化する何かが余程強力なのだろうか。


「バシュデラが昼間に動けるという推測をしておけば良かった。今すぐ出陣の用意だ。」
「我々は残った方が良いのでは?都市の守りに重きを置いた方がよろしいかと。バシュデラも結局は城が目当てです。隊長が動いては思う壺ですよ。」
「奴らに神聖な土を踏まれただけでも屈辱なんだ。此処は早期決着つけて一掃する。」
「なりません。ウロボロスもまだレファスに忍んでいるのです。」
「ならウロボロスも一掃してしまえばいい。」


隊長らしからぬ感情的発言に、トキヤは隊長が怒りを今必死に抑えているのだと気付いた。
こういう時、参謀としてもっと上手く手を打ち事態への対応を用意しておけば良かったと後悔する。
マヤーナの加護を持つ騎士団隊長にとってこの混乱は耐えがたいのだろう。
この短期間で2度も敵に侵入されたのだ。
ウロボロスがレファスに踏み入れた後、さらなる警備と防壁強化をしっかりしていたに関わらず、だ。


「落ち着いていただきたい、タカヒト隊長。バシュデラの侵入も王宮にいる裏切り者の仕業でしょう。少し猶予を与え過ぎました。今徹底して裏切り者を選別してます。まずは事態の収集、それから兵の派遣と都市の守りを強めましょう。」
「・・・ああ、すまない。頭に血が昇った。」
「招集をかけておきました。軍議室に皆揃っているかと。」


細く息を吐いた隊長は革の椅子から立ち上がり歩きだした。トキヤも後ろに続く。


「都市周辺に近づけさせぬよう兵1万を送ってはいかがでしょう。」
「いや、敵が扱う悪魔の攻略方が無くては無駄死にさせてしまう。」
「生き残った兵に絵を描かせているところです。ウィザードがその悪魔について知ってるといいのですが」


騎士団宿舎の一階北翼棟にある軍議室に辿りつくと、番をしていた兵士が隊長の姿を確認して扉を開いた。
部屋にはリセルとクサナギ、ウィザードやプリーストの長が集まっていた。
円卓にて騎士団隊長席に腰かけると皆も後に続いた。
まずタカヒトが口を開く。


「皆に謝らねばならん。数刻前、俺はある情報筋からバシュデラがカイラ神の力を無効化する魔法石を手にしていると耳にしていた。通常より強化した防壁や陣で一応の満足をしていた俺の甘さでこの事態を招いてしまった。」
「私共が例えその忠告を聞いていたとしても、事態はやはり変わらなかったでしょう、隊長。我々の力全てがカイラ神の恩恵ではございませんから。」


ウィザードの代表が相変わらず落ち着いた声で言う。
紺のローブにフードを被った女性ウィザードは感情というものを表に出さない訓練を積んでいる。


「ありがとうミレイナ。だが、実際ウィザードの術はバシュデラに防がれたと聞いた。」
「はい。命を取りとめた同士が精霊に伝言を残し私に届けてくれました。四元素魔法、異空間魔法、更に北港にいらした魔導師様の術ですら効かなかったと。いえ、届かなかった、が正しいようです。まるで僧侶様がお使いになる防壁に阻まれたようだと言っておりました。防壁を作り出していた原因もその魔法石なのでしょう。」
「奴らの現在地は。」
「北港から一旦東に引き、現在ムルタの森の向こうにいると精霊は言ってます。バシュデラの邪気に精霊もそろそろ消えてしまうため通信は途絶えましょう。」
「隊長、ムルタの森には強力な森の精霊がおります。進軍しなかったのも森に拒否されたからかと。」


白いローブを纏う精霊召喚士の言葉にトキヤがなるほど、と手を叩いた。
北港から都市に向かうにはムルタの森を通らねばならぬのだが、そうしなかったのはまだレファスの神聖な守りはバシュデラの防壁に牙を向いてくれていたからだ。


「特殊な力を得てもレファスの土地は奴らを歓迎しなかったというわけか。」
「ムルタの森を迂回してくるとすれば、ラヴィガル平野に向かうでしょうね。」
「よし。ラヴィガルに兵を敷く。しかし対戦前に魔法石を破壊したいところだな。」
「アクリラを使いますか?」


背筋を伸ばしたリセルが発言する。聞いた事ない名前に首を傾げたウィザード達にリセルがアクリラについて説明したが、タカヒトはまたマヒトからの忠告を思い出した。


「・・・いや、まだ早いだろう。もうしばらく手なずけて数を増やしてからのほうがいい。聖属性の精霊はいないのか、バッサム。」
「おります。ですが彼等にとってもバシュデラの邪気は毒なのですよ。」
「敵の秘策を破壊するだけでいいのだが。」
「・・・説得してみましょう。」
「頼む。奴らが動く前にいくつか手を打とう。ダメならマヤーナの加護がある俺が自ら動く。」


その発言に副官二人が複雑な顔をしたが何も口には出さなかった。


「ウロボロスは現在どこにいるんだ?」
「アリョサムの谷に。」
「バシュデラと連携しようと思えば出来る距離だな・・・。」
「ウロボロスの悪魔召喚士が使う悪魔とバシュデラは相性がよくありません、隊長。手を組むなら悪魔召喚士がたんまりやって来た意味はないかと。」
「だといいがな・・・。」
「失礼します!バシュデラが召喚した悪魔の似顔絵持って参りました。」


兵士が一人丸めた紙を持ち入ってきた。
タカヒトはその紙を受け取りテーブルの中央で広げてみせた。
描かれていたのは、羽のある白骨の亡霊のようであった。
コオモリのような黒い羽を広げたガイコツは手に槍を持っている。


「これは、スケルトン族の一級眷属ですわね。名前は確か・・・」
「ケスド=アスラだよ、ミレイナ。」
「そうでしたわ、バッサム。強力な闇の生き物で、打撃はまず当たりません。炎系魔法か、タカヒト様達上級騎士様の攻撃なら・・・。」
「プリーストの聖魔法や僧侶様の祈りも有効でしょう。北港警備の中に聖魔法が使える者がいなかったのでしょうね。」
「これで対策は取れたな。各自準備に取り掛かれ。敵に気付かれぬよう進軍しムルタの森に陣を取り、魔法石を破壊次第バシュデラ殲滅の戦いを開始する。」


クサナギを除いた部下達は頭を下げ早速部屋を出て戦の準備へと向かった。
タカヒトがどさりと椅子に座り込むと、クサナギが隣にやって来た。
かつての騎士団隊長も、現役隊長の作戦に口を出すような事はしない。
むしろ、タカヒトの的確な指示に満足そうでもある。
上司に遠慮して席を立とうとするタカヒトを手で制し自分は机に軽く寄りかかる。


「いつもより表情が硬いな。」
「騎士団設立以来最大の汚点を敷いてしまいました。・・・私は隊長失格です。」
「何を言う。俺が直々に育て、任命したのだぞ。それに、お前以外の隊長だったら状況は更に悪化していた。先先代のカーチス隊長なら今頃出陣を終え敵の情報も分からぬまま戦闘開始してたろうな。」
「ですが・・・」
「前準備は完璧だった。バシュデラが秘密兵器を手にしてたなんて知らなかったのだから、今お前を責めても結果論にしかならない。隊長たる者、刻を無駄にしてはならん。」
「ありがとうございます、将軍。」
「よし。・・・今ここにお前の諜報はいるか。」
「いませんが、」


将軍が険しい顔になる。
何かを睨みつけるような顔に左目の傷が存在感を出してきた。
部隊長が集まる会議を開く時は、隣の部屋か天井に諜報員を忍ばせ敵のスパイに機密情報を盗まれぬよう指示をするのだが、警備が厳重なカウス内においてスパイの心配はほとんど無い上に、今はバシュデラとウロボロスを警戒し些細な情報が欲しい時なのでタカヒトやトキヤが雇う諜報は皆出払っている。


「まだ確実な裏付けはない私個人の意見として聞いてくれ。」
「はい。」
「王宮の重臣、レイコ女史を知っているな。裏切り者は彼女ではないかと私は疑っている。」
「まさかっ!?彼女はリョクエン様を次期王に推薦する一人で、何よりミヤコ様の世話係だった方ですよ。」
「わかっている・・・邪心ある者は王族に近づく事さえ出来ない。だがミヤコ様がカウスを出られて5年になるし、彼女から何か嫌なものを感じるのだ。」


腕を組み憂いをみせる上司を見て、タカヒトは立ち上がった。
人を滅多に疑う事をしない穏やかな将軍が、崇高な臣下に対して疑念を持つのはよっぽどの事なのだろう。


「わかりました。トキヤに調べさせましょう。」
「頼む。個人的には嫌ってなどいないからこそ、疑いたくはないのだがな・・・。今の私には何も出来んし、何より陛下をお守りするのが急務である。」
「お任せを。」


かつての、いや現在においても師である将軍に頭を下げ、会議室を出た。
事態は悪くなる一方で、レイエファンス崩壊のシナリオでも始まってしまったのかと不安になる。
しかし、自分は自分の仕事をするしかないと、騎士団隊長は鎧の準備に取り掛かることにした。

 

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