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従兄弟

 

真紅の生地に金の細かな刺繍が施された絨毯が敷かれる広い通路で、黒髪の青年が大きな窓から空を見上げていた。
ドラゴンの仲間ではあるが肉も草も食べず清らかな空気のみで生きる有翼竜ヒューラが惑星ルナの前を横切る風景を眺める。


「いかがなさいましたか、マコト兄様。」


幼い少年の声に首を回すと、隣に緑髪の従兄弟が立っていた。


「相変わらずリョクエンは気配がないね。」
「はい、驚かすのは得意です。」
「次期王となる人がそのようでは困るな~。廊下の向こうにいても平伏してしまうような威厳を出さなきゃ。」
「僕には無理ですよ。上に立てる人間なんかじゃないのです。」
「何言ってるんだい。君には器がある。」
「王位継承順でいえはマコト兄様の方が上では?」
「僕はチャランポランだし、現王の直子が優先だよ。」
「マコト兄様の方がよっぽど王様らしいのに・・・」


斜め下を向いてため息まで溢した従兄弟の髪を撫でる。
王の息子であるに関わらず、リョクエンは傲慢を知らぬ優しさの塊みたいな王子であった。
自分を主張するより他者を気遣い控え目で大人しくところは、確かに王様には不向きかもしれないが、今のセレノア王家にリョクエンを差し引いて王になる器を持つ人間は居ない。
悪いことに、リョクエンの父は数年前から体を壊し余り快調というわけにはいかない状態が続き、明日王位継承がリョクエンに降りかかってもおかしくはないのだ。
リョクエンは器量もよく頭もいい。本人にやる気がないのが唯一の問題ではある。
赤絨毯を並んで歩き出す。


「ミヤコ姉様はお元気で?」
「ああ。相変わらず楽しそうだよ。お転婆娘には王宮暮らしより庶民の居酒屋がお似合いみたいだ。」
「マリンちゃんに一度会ってみたいです。ミヤコ姉様に似て美人さんに違いありません。」
「それは保証するよ。僕の姪っ子は将来有望だ。髪は義兄さんに似て金髪だけどね。」
「羨ましいな~。僕は城下に出たことないのです。この間、戦へ遠征した時に通ったのですが、馬車に押し込まれてしまいました。」
「それは仕方ないよ。その瞳は王家特有だし、次期王の姿を民衆に晒すのは良くない。」


そのままマコトに招かれ、住まいがある棟のマコトの自室に入る。
現王の甥っ子という高い身分故か部屋は広く青で統一されたカーテンや壁紙は美しく、調度品はどれも皆ピカピカに磨かれている。
黒髪の部屋主は上着を適当に放り、模様が複雑に掘られた銀のカップにオレンジジュースを注ぎ従弟に差し出す。
リョクエンの前の一人掛けソファーに座ると表情をやや引き締めた。


「騎士団が戦の準備を始めたと聞いた。なにやら騒がしいが、何があったんだい?」
「・・・混乱を招きますので、他言はしないでいただきたいです。」
「もちろん。」
「レファスにバシュデラ族の部隊が侵入したそうです。」


滅多な事では驚かず余裕な態度を崩さない従兄も、流石に目を見開いて持っていたグラスを落としそうになりテーブルにそれを置いた。


「まさか・・・どうやって?」
「詳しくはまだわからないのですが、カイラ神の力を無効化する何かを持っていたらしくて。」
「だから侵入出来たわけか・・・。リョクエンは同行するのかい?」
「いえ、タカヒト隊長に断られました・・・。14を過ぎた王家の男子が戦場に赴くのは責務なのに。」
「それを聞いて僕は安心したよ。相手がバシュデラ族なら仕方ないよ、リョクエン。騎士団にも迷惑がかかる。」
「はい、そうですね。」


その後、ミヤコの近況やレファスの情勢など様々な事を話していると、やがて扉にノックがあった。
入って、と声を掛けると暗い水色を基調としたワンピースに白いエプロンをした世話係の少女が扉をすり抜け顔を見せた。
金の巻髪が耳の後ろで結われ、姿勢からも気高さが見え隠れしている。


「お邪魔して申し訳ありません、マコト様。そろそろ食事会のお時間ですので、リョクエン様をお迎えに上がりました。」
「あ、そうか。つい忘れてしまうところだった。マコト兄様、またお話しましょう。」
「ああ。何かあったらいつでもおいでよ。」


世話係の少女と共にマコトの部屋を出て、棟の上部にある王子の自室に入り着替を始める。


「リョクエンったら、私が迎えに行かなかったらどうするつもりだったのよ!?」
「ご、ごめんよエミちゃん・・・。マコト兄様との話はとても実りあるものなんだよ。」
「公爵達との食事会に遅れていい理由にはならないわ。」


公の場用の礼服をクローゼットから出しながらプリプリと起こりだした世話係の少女は、先程マコトの前で見せたおしとやかさや控え目さが無くなっていた。
リョクエンですら二人きりになった途端弱気な少年になってしまった。
リョクエンと世話係エミは生まれた時より幼なじみである。
エミは王子の相談役や友人の代わりとなるように選ばれ一緒に育った。
表では主従関係を重視してお互い接しているが、二人きりの時は仲の良い姉弟のようである。
しかし、姉弟というよりエミの方が身分は上でありリョクエンは尻に敷かれている。
押し付けられた服を持ち間仕切りの向こうで着替え始めたリョクエン。
脱いだ服はパーテーションに引っ掛け、それをエミがせっせと回収していく。


「騎士団の皆さんは明朝出発だそうよ。既に隊長率いる部隊は発たれたとか。」
「流石エミちゃん。情報が早いね。でも何故タカヒト隊長自らが?」
「バシュデラはマジックキャンセラーのような防壁を展開しているらしくてね、それを各部隊長が破壊しに行くんだって。」
「エミちゃん・・・それって機密情報じゃないのかい?また軍議を盗み聞きしたね。」
「バレっこないから平気よ。」


リネンのシャツに腕を通しながら、緑のパーテーションに顔を向けた。きっと仕切りの向こうで金髪少女が澄ました顔をしてるのだろう。


「エミちゃんはこの戦どう思う?」
「バシュデラ族の部隊アルグル=フラヴァについて記述されてるのは200年前、大陸で最後の領土戦争となったガガタの戦い。それからバシュデラは地下に潜って目立った争いは起こしてないから、彼等の勢力や戦法なんてのは謎のままよ。無敵な騎士団とは言え相性最悪なのは目に見えてるし、彼等がまだ何か隠してるとしたら、長引くでしょうね。」


スカーフを巻いていた手を止めた。
彼女はいつもハッキリとした物言いで、現実を誤魔化すような事はしない。
着替えを終えたリョクエンは間仕切りから出て、鏡の前に腰かける。
ブラシを持ったエミが慣れた手つきで彼の緑髪をとかしてゆく。


「僕は平穏なレイエファンスが好きなんだけどな・・・。」
「情けない事言わないの、リョクエン。あなたが宝石を宿してるのも、きっと意味があるのよ。」


エミは、リョクエンの襟足を持ち上げた。
露になった少年の首の後ろには、小さな青い石が埋まっていた。
加工されていないその石は、生まれた時に既に埋まっていて、この事実は現王とその妃、そして世話係数人しか知らない事実である。
セレノア王家には、王のみ読むことが許される古文書があり、そこには王家には数世紀に一度首の後ろに石を持つ子供が生まれ、セレノアの、またはレイエファンスの危機を救うとされている。
それがどんな危機で、どんな役目を担っているのかまでは聞かされていない。
それにリョクエン自身、ひ弱で出来損ないの自分が名誉ある石を受け継いだ事自体が、かなりの重荷だった。
周りは高く評価してくれてるし、次期王にと推している勢力もあると聞くが、自分の知識は全てエミから与えられたものだ。
エミが王族だったら初めての女帝になれただろうに。
うつ向いたリョクエンの様子を鏡越しに眺め、またブラシで髪を整える。


「ねえリョクエン。私は何度だって言うわよ。貴方は王にたる人物なの。器量良く底無しの優しさがある。知識なら私が幾らでも与えてあげる。王になりなさい、リョクエン。」
「・・・エミちゃん。」


情けない顔をして鏡の中の少女を見つめる。



「そうね、まず私を呼び捨てにしてみることから始めましょうか。」
「む、無理だよエミちゃん!」
「フフフ、まだ王様は遠いわね。教える事も沢山ありそうだわ。」


大人びた笑みを浮かべてブラシで髪を撫でる少女を、次期王とされる王子は鏡越しに見つめ、いくら僕が最高権力を握っても彼女には一生勝てないんだろうな、と予見していた。
でもそれは、とても素晴らしい事だと思う。
不変の物など、この世で数える程しかないのだから。

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