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森の精霊とお酒と竜の話

 


惑星ルナの白い輝きが黄色に変わり始めた頃、森の湖付近に早々にテントを張った。
森の精霊達が火を嫌う為、ごく少量の、しかもウィザードが出す炎で夕食を終えた。焚き火は禁じられてるので兵士達は酒で気持良く酔う事もなくテントに入っていった。
自分のテント脇でランプ―火ではなく魔法の光を閉じ込めたもの―を足元に置いたタカヒトは地図を睨みつけていた。
現在地はちょうど森の中腹。
明日の昼過ぎには森の外れにたどり着けるだろう。
しかし、身を隠しての作戦のハズがこちらが森に逃げ込んだ事が敵にバレてしまった。つまり不意を打つ事は難しくなった。夕食前の報告によると、バシュデラは森の脇に置いた陣は以前動かしていないらしい。
騎士団が迫っているというのに微動だにしないのは、魔法石がある余裕なのか、騎士団を舐めきっているのか、はたまた罠が仕掛けられているのか・・・。
手の中の地図上に、羽根の生えた小さな女の子が現れ紙の上を滑りだした。
頭に羊のような角を持つ森の妖精はクスクスと笑って悪戯を楽しんでいるようだ。
もちろん精霊はしゃらべらないので、笑うたび羽がカタカタと揺れる。


「どいてくれないか。」


困った顔をしながらタカヒトが言うが、また羽をカタカタ言わせて肩を突き出す勿体ぶった歩き方で地図を辿る。



「流石隊長さん。召喚士が介入してないのに精霊が見えるんか。」


首をぐるりと回すと、樹の幹に片腕をついてサキョウが立っていた。
今は正装である着物は着ておらずチェニックとズボンというラフな格好だった。
その姿だと何処にも居そうな若者のようだ。実際年齢は若いのだが役職が高尚なのだ。
普段着の僧正はタカヒトが腰かける倒木の隣に並ぶ。
と、精霊はタカヒトの額に口付けて何処かへ行ってしまった。


「あらら、お邪魔さんやったかね~。」


苦い顔をしたタカヒトに笑いながら酒の小瓶を渡し、自分の小瓶を煽る。


「タカヒトはんが格好いいのもあるやろけど、精霊に好かれるなんてよっぽどや。清らかな心に澄みきった瞳・・・。」
「私はそんな素晴らしい物を所持してはいません。隊長になった事も不本意なのです。」
「ほお?」
「もちろん、責務はしっかりと果たしています。ですが、元々孤独な俺を育ててくれた家族に恩返ししたくて騎士団に入ったんです。レファスで一番優遇される職だったので。少しでも稼いで仕送り出来れば良かったのに、クサナギ将軍が俺を任命してさっさと退官してしまうからこんなことに・・・」


タカヒトも酒をぐいっと煽った。


「アハハ。そうやったんか。真面目な人やから喜んではるのかと。」
「家族は喜んでくれました・・・。ただ自分にはふさわしくないような気が・・・・・・サキョウ様、俺に術を掛けましたね。」
「おお!流石隊長!もう気付かれてしまったわ~」


タカヒトの睨みもなんのその。サキョウはヘラヘラと笑った。
自分の心情を、しかも高位な僧侶に語るなどありえない話だった。
あるとすれば、僧侶の術だ。
術の中には人の心を操るものがあると聞いたことがあった。



「悪気は無かったんよ~。ただタカヒトはんいつも眉間に皺寄せてるやろ?平穏な夜ぐらい全部忘れて酒でも楽しんで貰おう思ったんやけど・・・失敗してもうたな。」
「・・・お気遣い感謝します。」
「わいの術を解くぐらいのお人や。クサナギ将軍の判断に間違いは無い。自信持って隊長やりなはれ。次期隊長候補が見付かるまで、せいぜい家族に仕送してやるとええわ。」


訝みを捨て、素直に微笑み頷く。
この僧侶には壁は作れないようだ。同い年だからだろうか。
親しみが湧いてきたところで、タカヒトは真面目な顔に戻った。


「バシュデラ族が動かないのが気掛かりなんです。サキョウ様はどう思われます?」
「ま、わいらが魔法石破壊したがってるのはバレバレやろね。狡猾な種族や、何かしらしでかすのは間違いない。せやかて、こちらも超一流揃いやし、知恵を絞ればなんとかなるて。わいも尽力しますえ~」
「貴方がそうおっしゃると平気そうな気がしてきましたよ。」


アハハ、とサキョウはいい感じに穏やかになったタカヒトの表情に満足したのかうんうん、と頷いてまた酒を煽る。


「わいが心配しとんのはバシュデラよりウロボロスなんよ?」
「ウロボロス、ですか。」
「大陸を制覇しつつある実力がある。にも関わらず前回の戦はずいぶん簡単に引いたやろ。野心に溢れる国の軍隊にしては大人し過ぎる。」
「はい、私も懸念はしてます。増員だけは防ぐため警戒は続け沿岸の見張りも強化していますが、あれから動きは一切ありませんね。」
「これはわいの推測やけど、ウロボロスの目的は竜やないかって。」


流石のタカヒトも考えつかなかった話であった。
レイファンスには、確かに竜はいる。
都市ガムールとは正反対に位置する大陸最東端の山脈地帯。
山肌が露になった険しい山々が連なる一体で竜は眠っているとされる。
かつて、古代史の時代には竜は当たり前に空と大陸を牛耳っていたが、人型の生き物が生まれ魔法を使いだすと、竜は人に土地を譲り自分達は山の洞窟に身を隠したと言われている。
もちろんこれは言い伝えに過ぎず、人との戦争に負けたから、だの、神々が竜の横暴に起こったからだの言われている。
ここ数百年は竜の姿を見た者は居ないが、抜けた牙や鱗などは高額で取引されている。
だが、もし生きた竜を手に入れ操れば地上を我ものにするのは容易い。
また、地上において、竜がレファスの山岳で大人しくしてるのはセレノアの謎の力だと噂されてるとも聞く。


「タカヒトはんも気にしとったレファスの魔法の力は竜を使役する一種の特権だと奴らは考え狙っとるんやないやろか。大陸の半分を手に入れた国がレファスを欲するわけない。此処は神秘の力が無ければただの穏やかな空中大陸や。」
「・・・納得いきますね。でわ、奴らは竜を探しにいくつもりでしょうか。はたまた、魔法の力を求めガムールを襲いに?」
「さあな。まあ仮定に過ぎん話や。・・・ってあかん、気晴らしさせるはずがわいまで小難しい話をしてしもた。タカヒトはんの真面目移ってもうたかな~。」
「フフ、それはすいません・・・・・・また来たのか、お前達。」


女の子型の精霊がまたフラフラとやって来てタカヒトの肩に腰かけた。
サキョウには見向きもせず、精霊は熱心にタカヒトを見つめている光景に、サキョウは大げさにため息をついてダラリと倒木に手をついた。


「面構えがええ人はそれだけで得やな~!うらやましい!」
「サキョウ様・・・、お、おいコラ!」


さらに2体表れ地図を奪うなどの悪戯を始めてしまったため、タカヒトは明日の作戦を考える時間を無くしてしまい、サキョウと酒を交した後、精霊は流石に入らないテントに戻った。

 

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