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王族騎士団


斥候より知らせが届いたのは、惑星ルナの衛星アルテミスが顔を出した頃だった。
天辺は限りなく透明な空色なのに、地平線にいくにつれ瑠璃色になるレイエファンスの空には白く美しい惑星ルナが影ることなく佇んでいる。
やや東に位置するルナの、75日周期でうち3日間だけ姿を現す衛星は、彼等レイエファンスを守護する人間にとっては吉兆とされている。
筆を走らせていた騎士団長タカヒトは、ペンを置き斥候の情報を聞いてからテントを出て副官と部下数人を呼びつけ作戦本部テントへ移動した。
寝食は必要としないため、会議用テントは絨毯を敷きつめ木材のテーブルを置いているだけだった。


「やっと出陣ですか、隊長。」


テントに顔を出したのは、砂色の長い髪をした美しい女性だった。
目鼻立ちハッキリとした整った顔にウェーブの掛った髪は上品さの中に無邪気さを思わせたが、女性が纏うのは白銀の軽装鎧。
彼女はタカヒトの副官でリセル。
スラリとした体と細腕では想像するに難しいが、魔剣の使い手である。
今は剣を携えてない彼女はテーブルを挟んでタカヒトの前に立つ。テーブルには羊皮紙に描かれた巨大な地図か乗っている。
レイエファンスの都市から東南東にある岩盤地帯に今彼等がいる拠点があり、地図上では馬と剣の模型がいくつか置かれていた。


「揃ったら話す。」
「じゃあもう始めて下さいよ、隊長。」


テントの布を捲って最後の一人がやって来た。
ミルクティ色の髪で中世的な顔をした青年はニコニコと微笑みながらテーブルにつく。
タカヒトの隊に所属する作戦参謀トキヤにとって笑顔は最早顔の形そのものと言っていい。彼が真面目な顔になるのは年に数回だけだ。
遅い、と横目で睨むリセルの視線にも笑って返すトキヤにため息を一つ溢し、タカヒトは口を開いた。


「ウロボロスの本隊が西へ進んだと報告が入った。前進していた尖兵隊もこちらに近づいている。」
「前進部隊を囮にしてる間に我々を抜くつもりでしょうか。」
「かもしれないが、地理的に道は此処だけだ。岩肌ばかりで道などない崖を通っている間俺達に狙い撃ちされてもいいと思ってるなら別だがな。」
「飛行生物、例えばファーンやラルゴを手なずけていたら?」
「斥候からそんな報告は無い。それに上空は僧侶殿が防壁を広げているし、腕がたつウィザードがこちらにいるのも知っているだろう。」
「わかりませんよ~。なにせ悪魔召喚士が半数を占めるような部隊ですからね。油断させるだけさせて翼のある悪魔を呼ぶのかもしれません。ま、そうなっても僧侶殿がいるから安心ですね。問題は、本隊ですか。」


ヘラヘラとした作戦参謀だが、顎に指をあてて地図を睨みだした。
策士、と呼ばれてるだけあってトキヤの作戦には毎度驚かされている。タカヒトが望む勝利をいつも与え、抜け目ない視野で何もかも見通してしまう。
彼を隊に入れて暫くは、トキヤは人間ではなく言魂を操るエルフやミュン族の混血なんじゃないかと疑った程だ。
トキヤは敵にみたてた赤い悪魔の造形物を動かしていく。


「もしかしたら奴らは持久戦に持ち込ませたいのかもしれません。我々がこれ以上西へ下がれないと踏み防壁を叩き続け、僧侶殿が弱った所で悪魔を呼ぶんですよ。現に我等がわざわざ遠征してるのはウロボロスを更にレイエファンスの端へ押し込むか大陸からザーガの海に送り届けてやるためですからね。」


宙高く浮かんでいる大陸からザーガの海へ、というのは崖から遥か彼方の地へ突き落とすという事に等しい。
残忍な事を声音も変えずさらりと言ってしまう若き参謀にやれやれと呆れて首を降るリセルを無視してトキヤは続ける。


「残念ながら我等は長期戦には不向きです。隊長は平気かもしれませんがね?魔術部隊の魔力も限界がありますから、さっさと片付けるに限ります。」
「どうするんだ?」


赤い悪魔像を剣像の前に置いた参謀は、馬の模型を掴み悪魔の真後ろに置いた。
赤い模型が青い模型に挟まれた格好になる。


「挟みうちをするにも道がないわ。私たちが崖を渡るのは嫌よ。」
「君なら見事に渡ってくれそうだけど。」


一際厳しい彼女の睨みにニコッと笑ってみせる。


「まず前進部隊を片付ける。本隊が合流し次第、もしくはそれより前に僧侶殿の防壁で奴らを囲んでしまうんだよ。」


今テント内に姿は無いが、僧侶とは神殿や寺院に所属し厳しい修行を経てレイエファンスの神の加護を受けた聖人同等の存在である。
祝詞を唱える事によって味方を守る術を掛けたり、悪魔を寄せ付けない防壁を作り出したりする。
騎士団には15人程所属しており、今回の遠征には一人凄腕の僧侶に同伴してもらっていた。


「僧侶様の防壁を敵に使うなんて。」
「やつらは殆どが悪魔召喚士や邪悪なダークエルフだ。悪魔と契約する堕落した心は清い防壁に触れない。これで数は半分に減らせる。残った奴らを相手しながら隊長達は突進。本隊後ろに周りこみリーダーを叩くかかなりの深手を負わせればいい。」
「そんな簡単なことかしら。リーダーの周りこそ危険よ。」
「本隊後方につき次第防壁解除。今度は隊長達に防壁と加護を貰えれば勝てない相手などいないでしょ。」
「易々と言ってくれる・・・。実力の評価は素直に受けとるが、僧侶殿に負担じゃないか?それに身の危険が増す。」
「僕から僧侶様に頼んでみましょう。」


少年の声がして一同は一斉に顔を向けた。
そこには、小綺麗な服を纏った緑髪の、見るからに武器より本が好きそうな15歳くらいの少年がいた。
いつテント内に入ったのか全く気付かなかった。タカヒトはその場で頭を下げた。


「これはリョクエン様。軍議に集中する余り礼儀を欠いて申し訳ありません。」
「お気になさらず。こっそり入ったし、僕は体が小さいですから余計気づかれませんよ。」


物腰柔らかなこの少年こそ、騎士団が仕えるセレノア王家の第一王子、リョクエンである。
タカヒトが気付かぬぐらい自分を主張せず控えめだが、叔父達を差し置いて次期王になると兼ねてから噂されている。
王子は一定の教育を終え、一定の年齢に達すると戦場へ赴き軍議並びに国の現状を学べというのがセレノア一族の代々の教えであった為、彼はこの度の遠征に同行していた。
もちろん敵にバレて命の危機を増やさぬよう同行は内密。周りも感付かれぬよう外では細心の注意を払って接している。
虫をも殺せなさそうな王子だが、王家に絶対の服従を誓っているタカヒトは同行について面倒だとは思ってなかった。
それに王子はその歳にしては博識で戦いにおいてもよく勉強しており彼等の足を引っ張るような事はない。
むしろ、適応力が高すぎて存在を忘れてしまう程である。
タカヒトは紫と水色のグラデーションが効いた王族特有の瞳を見ながら話す。


「あのお方ならきっと頷いて下さいましょう。ですがそのお体をお守りするのが我等の役名。大聖堂より遣わせていただいた方に一番の負担を負わせるのは・・・」
「都市を一歩出たときより此処は戦場です。勝利への手段は講じるべきです。マヤーナの神に仕えし僧侶様ならそう言いましょう。それに、僧侶様の後ろにプリーストを連れては如何でしょう。僧侶様のお力を回復しながらなら負担も減ります。」
「・・・流石陛下。若き陛下に教わるなんて私もまだまだです。」


騎士団隊長のタカヒトに誉められ素直に微笑む王子は、僧侶に話をする為に退室した。


「大したお方ですわね。あのお年で戦場の何たるかを知り人を使う術もご存知とは。」
「ああ。セレノア王家は次代も安泰だな。」
「ま、プリーストを置くなんて当たり前の事過ぎて誰も言わなかった事柄だけどね。」


タカヒトの鋭い睨みに負けてトキヤは生意気な口を閉ざした。
細かい部隊分けや作戦指示をして本部テントに集まっていた面々は解散した。
装備を整える前に、タカヒトも僧侶の元へ足を運んだ。


「失礼します。」
「おー隊長さん。いよいよですな~。」


訛りが強い短いブラウンの髪の男がタカヒトを迎えた。
既にリョクエンはおらず、椅子は使わず絨毯に座ってあぐらをかいている男は着物という僧侶ならではの正装を纏い、首から数珠と呼ばれる丸い玉の連なりを下げている。
20代前半、まだ若くトキヤと違う意味でヘラヘラしてる男が、古きよりセレノア王家と共にレイエファンスを支えてきた大聖堂より配属された僧侶。
位は僧正。長年修行した高齢僧がたどり着く位を若くして与えられており、神の申し子と一部で呼ばれていた。
性格にややクセはあるが、今まで一緒に隊を組んだ僧侶の中では飛び抜けて実力があるのはタカヒトも認めている。
今回の作戦を決行出来るのも若くて力がある僧侶だからだ。


「この度の作戦では、僧侶殿に一番の負担をかけてしまい・・・」
「ええって!コッチはかましませんえ。どんなに長引いても維持させてみせましょうや。隊長さん達は好きに動いて下さいな。」
「心強い。」


数秒考え、タカヒトも僧侶の前に腰を下ろしあぐらをかいた。
甲冑をまとったままなので不格好な座り方になったが気にせず真面目な顔になる。


「僧侶殿はウロボロスの侵略目的について何かご存知ありませんか。」
「セレノア王家が持つ魔法の力というやつですか。」
「はい。ウロボロスだけで無く他の敵もそれを狙ってるとか。ですが王はそのような存在を否定されてますし、如何なる古文書にも明記されていません。」
「神秘の大陸に夢を見た地上の学者がそんな噂を流し、事実として伝わってしまったんでしょうな。」
「事実確認もしてない宝の為に態々レイエファンスまでやって来たと?」
「地上人や野心に囚われた者は大概そんなもんですよ。頭に血が登り目先の現実しか見えず足元の穴に気付かない。宝が無いと知った時、奴らには絶望しかないでしょうな」


膝下にある香壺をいじりながら話す姿は、年下ながら悟りを開いているようで、タカヒトは更に続けた。


「懸念しているのは、そんな品が本当に存在した場合です。王家が隠している事実を敵が知り我等が知らないなどあってはなりません。主に信頼されぬ騎士など・・・。」
「ご安心なされよ、隊長さん。魔法の力があり、王家が知っとったとしても、言えぬ訳がおありなんでしょう。レイエファンスを守り続けてきた騎士を無下になど、いくら王家でもできませんて。」


高尚な笑みを向けた時、テントの外でタカヒトを呼ぶ声がした。


「まずは目の前の戦いに集中しようやないか。ガムールに帰ったらまずリョクエン様にお聞きなさい。あの方は聡明で賢い。歴史に名を残す偉大な王になると、このサキョウは思っとります。リョクエン様が何か知ってるなら正直に話して下さるやろ。」
「はい。出陣前の貴重なお時間にお邪魔し申し訳ありませんでした。」


頭を下げ僧侶のテントを出ると斥候が敵前進部隊が5マイルに迫った事を知らせた。
一度自分のテントに戻り装備を整え、歴戦を共に乗り越えてきたロングソードを腰に携える。
本陣の横には騎士団が整列していた。
馬に跨る騎士と魔剣士の列が前方にあり、中央にプリーストと僧侶サキョウ。徒歩のウィザード達が最後尾についていた。
総勢200人程。
さらに50人編成の部隊が3つ林の中に紛れている。
王国騎士団はもっと数があるのだが、地理の問題で今回は少数遠征。
彼等を統括するタカヒトには一人一人が大切な命である。
自分の愛馬に乗る前に僧侶の横で肩を並べるリョクエン王子に声を掛けた。


「私は前線にいるためお守り出来ませんが、お気をつけて。」
「自分の身ぐらいは守れます。貴方に、そして騎士達にマヤーナの加護があらんことを。」


頭を下げ、隊の最前列に行き真っ白な体に水色掛った灰のたてがみをした愛馬に跨りたずなを握った。


「前進!」


隊はゆっくりと進み出した。


 

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