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王族騎士団


都市の南東にあるイグアス台地。
木が生えているのはごく一部で、このまま前進すれば林を抜け岩盤の荒んだ土地が続く。
整備されてない場所故に、左手には岩稜が伸び、道の脇を少し外れれば崖になっている。
レイエファンスの端が崩れた時に出来た崖で
、台地が一段低くなっいて人や馬が渡航するには不向きな場所である。
しかし、都市より遠いこの地帯で王家を脅かす敵を叩くには丁度いいと騎士団は考えた。
都市付近で戦闘を行うわけにもいかないし、なにより遠征は若い兵士達にはいい刺激になる。
かと言って、無傷で勝てる相手でもない。
長い歴史の中で、レイエファンスの土に足を踏み入れた侵略者は多くない。全くいないわけではないが、浮遊するレイエファンスの周りには肉食の有翼生物が往き渡しているし、正規ルートであるロープで渡す航路以外で、天候の乱れが激しいこの浮遊大陸の下をくぐるのも至難の技。
しかも船に邪心ある者は乗れないよう高位魔導師が掛けた呪が掛っている。
以上の事から、王国騎士団が相手をするのは数々の試練を乗り越えてやって来た強者ばかり。
この度の敵であるウロボロスは、大陸ザーガにおいて勢力拡大をしている独裁国家ギルデガンの魔術師達による集団であると聞く。
油断は出来ないし、如何なる事態も想定しておかねばなるまい。
しかしながら、王国騎士団は誕生してから一度も破れた事はない。
つまり、やっとの思いでレイエファンスにやって来ても、最後は騎士団に捕まる運命にあるのだ。
浮遊大陸の神秘の力に守られし騎士団こそ、世界最強を名乗れるのだ。


「隊長、敵前衛部隊が目の前に迫ったようです。」
「よし。僧侶殿に始めてもらうよう伝えてくれ。」


伝達の兵士が轡を真後ろに回し僧侶のいる中間部隊に馬を走らせ、タカヒトは左後ろにいる策士を振り返る。


「まだ林は抜けきれてないが、どう思う。」
「視界も戦場も不自由なのは危険ですね。狭い道で悪魔を呼ばれたらパニックになり隊は乱れます。本隊はいまどこに?」
「2マイル後ろらしい。」
「なら急いで抜けてしまいましょう。林の先に罠があっても本隊到着前に収拾させれば問題ありません。作戦通り敵前衛部隊を僧侶殿に囲んでもらい前・中隊で叩きます。数が半数以下になったら後方部隊に任せ林を抜けましょう。」
「よし。」


作戦はまた別の兵士が馬で伝えに轡を回す。
木と木の間に空いた6.7m程しか無道の向こうに、敵が見えた。
赤いラインの入った真っ黒な鎧に、前列の兵は槍と黒い盾を持っていた。
ほとんどは人間のようだが、耳が長いダークエルフの姿も伺える。
騎士団の姿を見付けると、敵部隊から野生の動物が威嚇をする時のような、いや動物の声より耳障りな笛の音が響いた。
それが決戦の合図らしく、前列から敵が走り出す。
だが騎士団は動かなかった。
前方に半透明な黄色掛かったシールドが出現し、半円のシールドは敵部隊を丸々覆ってしまった。
盾を持つ兵士達が一瞬驚いて足を止めたが突進を続ける。
だが、ほとんどの敵はシールドより外に出ることはかなわなかった。
シールドから抜けられた兵士も、騎士団の歩兵剣士に斬られ次々に地面に倒れている。


「相変わらずサキョウ様のシールドは完璧ですわね。予想より多くシールドに捕えられたみたいです。」
「隊長、僕達は突破しましょう。あれだけ多くシールドに捕まるということは、予想より多く悪魔召喚士や呪術士がいるのかもしれません。僧侶殿には負担が増える可能性が。」
「なら、中・後隊を置いてさっさと奴らを片す。僧侶殿には数が半分になる前に合流してもらおう。此処の指揮はリセルに任せる。」
「御意に。」


タカヒトは手綱を持ったまま右手で腰に指したロングソードを抜き馬の腹を蹴った。
味方には牙をむかないシールドの中を走り、混乱する敵を斬り付けながら林を抜ける。
タカヒト率いる前方部隊30人程は、すぐに林を抜けた。土道は林と共に終わり、蹄は岩肌を蹴る。
馬の歩を緩め辺りを見渡した。


「罠らしきものはありそうか。」
「試しに辺りを歩いてみては?」
「その役お前に譲る。」
「ご冗談を、隊長。」


トキヤの減らず口を聞きながら首を巡らす。
岩で盛り上がった凹凸の激しい土地で、ところどころ見える緑はコケなのだろう。
一人の兵士が、隊長!と叫んだので振り返り、指を差す方向を見ると、人影が徒歩でこちらに向かってきていた。
黒いフード付き外套を纏っているため種族はわからないが、背丈と肩幅があるため遠くからでも男であるとわかる。
騎士達は体を緊張させ、ウィザードが防御の術を一同に掛けた。
ただ一人緊張感の無いトキヤがヘラヘラした声音で喋る。


「たった一人でお出ましとは、どういう了見でしょうね?あんなに殺気を放出させちゃって。」
「それを探るのがお前だろうが。本隊到着はまだなのに、あれが厄介な相手じゃないのを祈る。」
「どう見たって悪魔召喚士ですよ。単独で現れて厄介じゃなかったら拍子抜けもいいとこです。」
「お前な・・・。」


フードの男が視界から消えた。
刹那、タカヒトの右側に現れ隊長は長年の勘で打撃を剣で受ける。
剣を伝わる攻撃で二の腕が痺れた。
重い打撃もさることながら、男の気配は真横に現れるまで全く無かった。転移の術でも心得ているのだろうか。
隊のウィザードがフードの男に炎の攻撃をしかけた。
王国騎士団の、特にタカヒト率いる小隊は凄腕揃いで、タカヒトを狙った拳が引かれる前に各々襲撃者へ反撃をしている。
しかし、攻撃は全て男の前に現れた赤い魔法陣によって阻まれた。


「召喚士ではありません、魔導師ですわ!」


ウィザードの一人が叫び、男が後方に飛ぶのを追うようにタカヒトは馬から飛び下り男に切っ先を向けた。
手を広げた男の両手の平に赤い陣が現れ赤黒いモヤを纏うと、それをタカヒトに向かって放つ。
しかしウィザードが掛けた守りの陣が彼を守っていたためモヤは当たらず、剣を横に一閃。
男はタカヒトの剣を避けたが、目深く被っていたフードが後ろに落ち男の顔が露になった。
黒髪の普通の人間なのだが、瞳の色が左右で違う。
右は赤で左が緑。それだけで顔の印象が異なる。
その瞳を見られたからだろうか、男は後ろに大きく飛び崖の下に消えて行った。
同時、本隊到着とトキヤが叫んだのでタカヒトは男を負うのを止め馬に戻る。
たずなを握った時、後ろから僧侶と中・後方部隊を連れたリセルが合流する。
隊全体が僧侶の防壁に守られた。
リセルが轡を並べる。


「遅くなり申し訳ありません。」
「予想より遥かに早い。」
「何かあったのですか?」
「後で話す。まずは奴らを叩くぞ。」


大回りをしてタカヒトの隣にやって来た斥候から本隊の情報を聞きトキヤが最終的な部隊編成を考え、敵と対峙した。


「隊長、リーダーらしき人間はいないと情報が。」
「本隊言ってもウロボロスの中核というわけではないのか。ならば遠慮はいらないな。」


前進する敵の中央に集まっていた悪魔召喚士の魔法陣が光り、赤黒い光源から悪魔が現れた。
背丈は人間の半分だが体躯は大きく手が長い。赤い肌に、涎が垂れる程残忍に割けた口から牙が見える。
タカヒトはウィザードに話しかける。


「あれはなんて悪魔だ。」
「オーガですわ。人を喰う上級悪魔です。数は多い種族ですが余程力が無いと召喚士の魂が逆に食われてしまう程邪心に溢れております。あれは魔法防御が高いので騎士にお任せして、我々はダークエルフの相手を致しましょう。」
「並の召喚士ではないのか。リセル、悪魔は俺達が相手するぞ。」
「はい。」


タカヒトに続き馬に跨った剣士が突進する。
敵の前衛を通り過ぎ、真っ先に悪魔の相手をする。
オーガの周りは酷い悪臭がした。近くで見ると表面はにわかにテカテカと光り、汚れた腰布を纏っているだけ。
どんな悪魔も好きにはなれない、と改めて思いながらオーガを斬りつける。
赤い皮膚を切ると黒いガスが切口から噴出し、悪魔は闇の世界に亡骸ごと帰っていく。
レイエファンスの地が汚れないのは召喚のいい所ではあるが、愛刀で汚い悪魔の体を刺さねばならないのでリセルは悪態をつきながら剣を奮っていた。
リセルの魔剣は刃が淡い紅色魔法石が練り込まれた鉄で作られており、彼女の魔力によって刀芯が震え敵を粉砕する。
男性剣士より劣る腕力を魔剣によって補う事で、女性ながらも騎士団の副官にまでなったのだ。
ウロボロスとの戦いは、予想より遥かに早く終わり、逃げた兵士以外は捕虜となるか命を落としていた。
ロングソードを鞘に収め戦場を見渡すタカヒト。


「遺体は火葬してやれ。」
「御意」
「こちらの負傷者は?」
「大きな傷を追った者はおりません。皆プリーストの治癒を受けております。」
「そうか。傷が癒えた者から列を組むよう伝えろ。帰還する。」


兵士達は、不動の強さを誇る騎士団の勝利を喜び、やはり騎士団が負ける事などありえないと確信を得たことで興奮状態に陥っていた。
しかし、タカヒトは府に落ちない。それはトキヤも同じらしく、年に数回しか見せないあの真面目な顔で何やらブツブツと唱えていた。
参謀が杞憂しているなら奈落に落ちるような罠には掛らないだろうと一先ず区切りをつけ、僧侶の隣にいる緑髪の王子の元へ足を向けた。


「お怪我はありませんか、陛下。」
「はい。問題ありません。この度も見事な戦い振りでした。貴方とリセルさんの剣捌きは戦場にありながら見惚れてしまう程でした。」
「ありがとうございます。」
「ですが隊長。些か簡単過ぎやしませんか?ウロボロスとはギルデガンの精鋭部隊。今回の情報ではその本隊と聞いていたのに、大陸で力を奮う国の実力とは思い難いです。もちろん、騎士団が強いというのは重々承知なのですが。」


隣の僧侶サキョウが満足げに頷いたのを見た。
この王子、やはり見た目より遥かに賢い。


「私もそう考えておりました。ザーガを侵略する敵ならもっと力があるはずです。奴らは此方の戦力を探るために下っ端兵を当ててきたのやもしれませんし、これから定期的に一個小隊を向けじわじわ戦力を削ぐのやも。何にせよ一度撤退を致しましょう。カウスに帰り敵の情報を集めます。」
「それが良いですな。此処は地理が悪すぎるさかい。」


騎士団の兵士は、そのまま踵を返すように帰路を辿った。
夜はまたテントを張り、翌日の昼前にはレイエファンスの都市ガムールの外壁にたどり着いた。
白く高い外壁は都市の周りをぐるりと囲んで外敵や野生動物から住民を守っている。
都市の南側には3つ巨大な扉があり、その内中央門に騎士団の列が近づくと重たい扉は開かれた。
アーチをくぐると、都市ガムールに住む人々が騎士団を出迎えた。
歓喜の叫びや歓声溢れる街はまるでお祭り騒ぎだった。
特に列の先頭にいるタカヒトやリセルには一際大きな歓声が送られる。
リセルは笑顔で人々に手を振って笑いかけてやる。


「隊長も手を振ってあげてはどうですの?」
「俺は軍人だぞ。毎回戦から帰る度この歓声は嫌になる。次からは裏門から入るとしよう。」
「ダメです。騎士団は人々の、レイエファンスの誇りであり強さの象徴なのですよ。こうやって姿を見せ、我等が居る限り安泰だと教えて差上げなくては。騎士団は王家だけではなく市民を守る責があります。」
「上部だけを飾り付けるのは好かん。」
「飾ってなどいないじゃないですか。ただ隊長が騒がしいのがお嫌いなのでしょ?」
「フン。」
「フフフ。」


口元に手をあてリセルはおかしげに笑った。
やがて街を抜けた先に芸術的な城が見えてきた。
レイエファンスの中心である白壁の城は、セレノア王家が住むカウス城。
場内は小さな都市といって言いぐらい広く、王族はもちろん貴族や重臣など様々な者たちが住んでいる。
中心にある王族の連なる塔は実に美しく、佇まいだけでも高貴を漂わせている。
あの城こそ、騎士団が生まれ、そして一番に忠誠を誓う場所である。
騎士団の帰還に、城の隣にある大聖堂の鐘まで彼等を迎えるように鳴りだし、タカヒトはまたため息をついた。


 

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