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ヘミフィアの剣





幾年月が流れ、あまたの命が生まれては天に登るを繰り返して
国の争いが起こり歴史が変わっても
神秘の浮遊大陸レイエファンスだけは清らかなまま惑星ルナの近くに浮かび続けていた。
人々は知らない。
レイエファンスを守る剣(つるぎ)が、常にレイエファンスを悪から守り続けていたことを。
人々は知らない。
長く続くセレノア王家の始祖が交した約束がレイエファンスを保っていることを。
そして、レイエファンスが崩壊する時、その時こそがイシュトリの終りだということを―――




 

 

 

 






ああ、迷った。
馬上で彼は困惑しながら森の中を見渡した。
地図も持たずたった一人でムルタの森に入るのは間違いだったのだ。
普段人間は立入禁止の神聖な場所は、草木が生い茂り道らしい道は無くなっていた。
葉が重なって星を頼りに進むことも出来ない。
今夜は諦めて野宿した方がいいのだろうが、彼には急がねばならぬ理由があった。
眠たげな馬の首を撫でてから、たずなを引き歩かせる。
その時―。葉が擦れる音に肩がピクリと震えた。
風のせいではない。ムルタの森に動物は居ないはずだ。
まさか、追っ手にバレたのか。
ムルタの森に奴ら―バシュデラ族は入れぬはずなのに。
彼は思考を巡らせる。
道なき道で馬を走らせることはできないし、バシュデラは夜目が利くから走って逃げるのは捕まえてくれと言ってるようなものだ。
こういう時の為に剣術か魔術を真面目に習っておけばよかったと後悔するが、彼はどちらも不得意なのだ。
たずなをぐっと握り、家に伝わる呪文を小さく呟く。


「レイエファンスを守りし剣よ・・・。水色の君との約束まで、どうか私をお助け下さい。私は清らかさを持ってあなたに応えます。」


突然、何の前触れもなく空から黒い固まりが降ってきた。
短い悲鳴を上げた彼は驚いて鞍から落ちてしまった。
衝撃と痛みは一向にやってこない。それどころか、温もりに包まれている。
つむった瞳を開けると、青髪の20代後半ぐらいの整った顔の男が馬から落ちた彼を抱きかかえていた。


「ナイスキャッチ、タカヒト。」


声がして首を回す。
馬の目の前に、外套を纏った茶髪の青年が立っていた。いきなり人が二人も現れたのに、何故か馬は落ち着いていた。
男性が丁寧に彼を地面に立たせ、光の魔法で辺りを少しだけ闇から照らした。


「お前がいきなり驚かすからだろうが。」
「えー。後ろから声かけるよりいいじゃん。それより見て見てタカヒト。こいつちょっとリョクエンに似てない?」
「リョクエン・・・?それって200年前の―」
「全く・・・。」


青髪の男性が、改めて彼に向いた。


「セレノア王家第8王子、トオル・ツバァイ・ウル・セレノア様ですね。」
「は、はい。」


威圧感のある男性だが、いきなりその場に膝をついて頭を下げた。


「助けを呼ぶ声を聞き急ぎ参りました、タカヒトでございます。私は貴方の剣。貴方の盾。契約により、約束の時まで必ずや貴方をお守りいたします。」
「じゃあ貴方が・・・セレノアに伝わる守護の剣(つるぎ)?」
「はい。」
「人だったなんて・・・ど、どうぞお立ち下さい!」


慌て戸惑うトオルの様子に、もう一方の青年はケラケラと笑いだした。
男は再びむっつりとした顔で立ち上がる。


「タカヒトの忠犬っぷり久々~!」
「黙れマヒト。お前にとっても大事なお方だ。」
「まあね。タカヒトみたいにひれ伏す関係性はないけど。」


マヒト、と呼ばれた青年は急に真顔になりトオルに歩みよると断りもなく彼の襟足の髪をかき上げた。


「お、こいつのレガリア、ピンク色だ。初めてだな。」
「その手を放せ!・・・などと言ってる場合ではないな。」
「白オーガ経由で進化したバシュデラだね。面倒くさいなー。」
「つべこべ言わず行くぞ。馬はアキトに任せよう。」
「はいはい。」
「トオル様、失礼いたします。」


大男は一言断りを入れてから彼を抱えて強く地面を蹴った。
あっという間に、森の木々より高く飛び上がる。
惑星ルナの輝きが、一気に近くなる。
その後も地面には着地せず、空中を蹴りながら森の上を跳ねていく。
不思議な光景に声も出ない。
並走していた青年が呑気に話だす。


「セレノア王家の血を飲めば千年生きられるなんてデマ、なんで広まったんだろうね。信じる方もどうかと思うけど。」
「知るか。」
「おかげで侵入者増えて、大変だよ。」
「お前がサボらなきゃバシュデラもレファスにこなかった。」
「僕じゃないよ!騎士団の緩みだよ!」


二人の会話を、なんとなく聞いていたトオル。
名前から言って、兄弟だろうか。ずいぶん似てない兄弟だ。
トオルを抱えた大男は、森を抜けた先の大地に着地した。
そこには、ファーンが一匹眠っていた。


「うわぁ・・・大きい。」
「このファーンは原種に最も近いので、今王家で飼育されているものより数段力強いのです。元は野生でしたから。」
「剣様のファーンですか?」
「タカヒト、とお呼び下さい。さぁ、ファーンにお乗り下さい。カウス城までお送りします。」


ファーンの背に乗せるため手を差し出したタカヒトに首をふり、一歩下がるトオル。


「なりません。カウスには、もう戻れません。」
「何か理由が?」
「信じていただける話ではないのです」
「私は剣です、王子。いかなる言葉もあなた様の口から出るなら、信じましょう。」
「あの・・・・・・・・・、昨晩夢に、赤い竜が現れ僕に助けを求めてきました。声は僕にしか聞こえないとかで、瀕死でしたから、その・・・。」


口ごもる彼の様子に、剣と名乗る男は眉根をぐっと寄せた。


「真名を教えたのですね。」
「は、はい・・・。竜に名を取られ、マヤーナの守りも消えました。このままでは汚れを吸い込み陛下や兄様達に悪影響と思い、家出を・・・。」
「アハハハ!王子が家出!しかも竜と通じちゃったなんて!」
「バカな事をしたと思ってる!だから、直接竜の巣へ行って名を取り返そうとした。そうしたら、ガムールを出た途端バシュデラに見つかって・・・」


大男はキッと青年を睨みつけてから、剣は片膝をついて今にも泣きそうな王子の顔を覗いた。


「竜は眠っているとはいえ大変危険な生き物。惨事になる前に呼んで頂きよかった。」
「一緒に、行ってくれるの?」
「もちろんです。私は貴方をお守りするために存在しているのです。必ずや赤竜との繋りを切り、カウスへお送りしましょう。」
「簡単にはいかないと思うぞー。」


頬を膨らませて、立ち上がった剣の腕にくっつく青年。


「きっとヘミフィアの悪戯だ。これをきっかけに惨事とやらが滝のように降ってくるね。」
「ヘミフィアめ・・・。とにかく、アキトを呼ぶ。守人に事情を聞かねば。」
「はいはい。また騒がして、忙しくなるね。」
「隠居生活は一旦終了だな。」


どこか嬉しそうな二人の様子に首を傾げ、少し不安になった彼は聞いた。


「あなた達は、一体何者なの?」
「うーん。簡単に言うと、レイエファンスの番人だ。敵ではないから安心しろ。僕はマヒト。君は大事なレガリアを持つ者だからね、必ず守るよ。」
「さぁ、参りましょう。我が君。」


不思議な二人の後ろには、惑星ルナが真白の光を放ち空に浮かんでいた。
まるで、惑星ルナに守られている風にすら見える。
更に、逆光する二人の瞳はうっすら水色に光っていた。
銀河が渦巻くような光に引き寄せられたみたいに、
彼は、差し出された手を取った。




 

 

 

 

 

 

 




end



 

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