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結婚式、それから―――




リョクエンがセレノアの王となり四年が経った、雨海亭。

店は本日貸し切りで、中も外も白い花やレースで飾られている。
店内はフォーマルな格好をした客で溢れていた。
その一番奥のテーブル。
儀式用よりは数段ラフではあるが、騎士団の正装を纏ったタカヒトがこの上なく不機嫌な様子で腕を組み扉を睨んでいた。


「めでたい日なんだからにこやかな顔してなよー。一睨みでオーガすら倒せそうだ。」
「・・・。」
「クック。覚悟してたくせに、いざ当日となると可愛い妹が他人のモノになるのが許せないんだろ。」
「黙れマヒト・・・。」
「怖い怖い♪ま、サキのじーちゃんの方が数段怖いけどな・・・。」


マヒトが壁に寄りかかるサキの祖父をチラリと盗み見た。
タカヒトと同じく腕組みをして扉を睨みつけている。
オーガどころか、竜すら仕留めかねない。
この祖父にして、この兄である。
サキも今日を迎えるのに苦労したであろう。
――店の扉が開いた。
眩い港の反射光の中から、真っ白な礼服を着た若い男と、真っ白なドレスを着たサキが入ってきた。
招待客が盛大な拍手で迎える。
今日は、サキの結婚式だ。
ヘミフィアの選定から5年経ち、美しい女性になったサキは、客の呼び声に笑顔で応えながら新郎と腕を組み店の中を歩く。
店の中央に設置された祭壇で、結婚の誓いや指輪交換、誓いのキスなどを終える。
儀式はすぐ終わり、新郎新婦を交えての立食パーティーに変わった。


「タカヒトもじーちゃんも、よく乱入しないで耐えたね。」
「当たり前だ。」
「嘘つき。」
「サキが選んだ男だ。」
「タカヒトも選んだけどね。」


群衆の間から、男性客に囲まれもてはやされている新郎を見た。
黒髪で誠実そうな新郎は、騎士団の一人であり、今現在タカヒトが鍛えている隊長候補であった。
育てている部下を雨海亭に連れてきたのがきっかけで妹との仲を深めていったとかで、結果的にタカヒトが可愛い妹を嫁がせるに至ったキューピッドになってしまったらしい。


「サキ、綺麗だね。」
「・・・。」
「お祝い言いにいってあげれば?」
「披露宴で家族はひっそりとしとくもんだ。」
「そうなの?」


もう腕組みをやめた兄は、じっとサキを見つめていた。
まるで、瞳に焼き写しておこうとしているような熱い視線。
パーティーは時期に終わり、新郎新婦が外に出て客人を見送る。
タカヒトとマヒトは客人ではないが、一応外に出る。
サキは港の人気者なので、直接招待されなかった常連客や、騎士団の若い兵達が集まっていて、サキの花嫁姿に歓声を上げる。
惑星ルナの明かりを受けたサキの笑顔は、キラキラしていて、幸せいっぱいに輝いていた。
新郎が同僚達にからかわれ胴上げが始まった時、サキが初めてタカヒトとマヒトの前にやって来た。


「やあサキ。とても綺麗だ。」
「ありがとうマヒト。来てくれて嬉しいわ。」
「当たり前じゃないか。」


出会った時は同じ歳の位だったのに、すっかり大人の女性になってしまったサキの笑顔。
成長しない少年のままの自分が少し恥ずかしくなった。
彼の気持ちに気付いたのか、サキはマヒトの頬にそっと口付けた。
新郎が見ていないのが幸いだ。
そして、兄を愛おしげに見上げる。


「タカヒトに、花嫁姿見せるのが夢だったのよ。騎士団の仕事はいつも危険で、心配だった。」
「俺はお前と共にいると誓った。約束は守る。」
「ええ。・・・ありがとう、お兄ちゃん。愛してるわ。ずっと、ずっと。」
「おめでとう、ディア。」


タカヒトの首に抱きついたサキは、新郎に呼ばれ群衆の中に帰っていった。


「もう、いいだろう。」
「本当にいいの?」
「潮時だ。後継者は見つかったし、サキの花嫁姿もこの目で見れた。」
「でも、もう少し・・・」
「いいんだ。幸せな光景が焼き付いているうちに、俺は去る。」


今だ妹を眺め続けるタカヒトの横顔を見上げてから、マヒトは腕を胸の高さまで持ち上げ、横に払った。
その動作だけで何も起こらない。
ただ、一週間も前から準備してきたので、一瞬のきっかけのみで術は確かに発動し、タカヒトの存在はレイエファンスから消えた。
タカヒトが向きを変え歩き出す。マヒトも続く。


「バイバイ、サキ。」


部下であったリセルとトキヤの脇を通っても、二人はタカヒトに気付かない。
幸せな雰囲気が広がる脇を歩くタカヒトの気持ちを思うと、涙が出そうだ。
友人も家族もすぐそこにいるのに、たった今からタカヒトを他人としか思わないようになった。
愛しい妹サキも、今度こそ記憶を取り戻すことはないだろう。
親しい人間との永遠の別れを経験したことがないマヒトには、想像するしか出来ないのだ。
いつか来ると知っていた、彼の体を切り裂くその痛みを。
振り返ることはなく、タカヒトは港に背を向け歩き続け、あっという間にガムールの門を過ぎた。
黙ってついていたマヒトが、そっとタカヒトの手を握る。


「これからは、僕と兄さんがタカヒトの家族だよ。」


返事は無かったが、力強くマヒトの手は握り返された。



















柔らかな風がカーテンを揺らした。
窓際の椅子に座る老婆の側に、若い娘が寄ってきた。
黒髪の美しい娘だ。


「おばあちゃん、何か欲しいものある?」
「大丈夫。仕事の時間でしょう。行っておいで。」


孫娘を見送り、一人になった老婆は、ドアの方にゆっくり顔を向けた。


「会いに来てくれると思ってたわ。」


そう語りかけると、誰もいなかった室内に、暗青髪の若い男が現れ、老婆の脇に立った。
男は、今にも泣きそうな顔を浮かべていたので、老婆は笑ってしまった。


「そんな顔をして・・・。久しぶりね、タカヒト。昔のままね。」
「サキ・・・。」
「久しぶりは間違いね。タカヒトがずっと見守ってくれていたの、知ってたのよ。」


皺だらけになった手で、タカヒトの手をすくい上げ握る。
もう力の入らない指先で。


「私の息子に、こっそり剣を教えてくれてたの知ってたわ。約束守ってくれたのね。」
「俺が、約束を破ったこと、あるか。」
「フフフ。一度も無かったわね。顔をよく見せて。」


若い男は膝をつき、顔を老婆―サキに近づけた。


「マヒトは元気?」
「相変わらずだ。ガキのまんま。」
「タカヒトとずっと一緒で羨ましい。私はもうマヤーナのお近くへ行くわ。だから、会いに来てくれたのでしょう?」
「ああ・・・。」
「素敵な人生だった。タカヒトがお兄ちゃんになって、マヒトとお友達になれて、結婚して子供も出来た。」
「サキ・・・!」


サキの体が、一段と深く椅子のクッションに埋もれていくのを感じて小さく叫ぶ。


「夫や両親のところに行くわ。久しぶりに会えるから、楽しみ。」
「ああ、サキ!何も言わず消えた俺を叱ってくれ!俺はいつも自分勝手だ!お前を守ると言ったのに!」
「叱ることなんて、何もないわ。分かっていたもの。・・・だけど、お願いを聞いてくれる?」
「もちろんだ。」


皺の中に埋もれてしまっても、昔と変わらぬ黒曜石のように深く輝く瞳を見つめる。


「もう私の子供や孫のことは気にしないで。私が死んだら、もう終りにしていいの。子孫をずっと見守るようなことは止めて、マヒトと幸せに過ごして。」
「俺から、生き甲斐を奪うというのか?」
「約束よ、タカヒト。私の子供達の事は忘れて。」
「・・・・・・分かった。」


渋々出た返事に、サキは満足したのか、にっこりと微笑んで力を抜いてゆく。


「でも、これは忘れないで。私はいつもタカヒトを見守っている。きっと、別の世界でまた会えるから。」
「サキっ、行くな!」
「大丈夫・・・。悲しくなんてないわ。辛いなんて思わないで。タカヒトは、タカヒトの人生を生きて、ね・・・。すぐに、また会える・・・から。」
「サキ。」
「・・・。」
「サキ・・・サキ・・・。」


笑顔のまま、サキは天に召されて行った。
タカヒトはしばらくその手を握っていた。
夕刻。孫娘がやって来る音がして、家から、ガムールから彼は消えた。
サキの葬儀は身内のみで行われた。
式の途中、サキの孫娘は、不思議な光景を見た。
祖母の亡骸の上に、青白い光が降ったのだ。
そして見知らぬ青髪の若い男性と茶髪の少年が祖母の亡骸に花を添えて去って行くのも見た。
葬儀から数日後、港街で長年繁盛していた雨海亭は、祖母の遺言により取り壊され、孫娘が祖母より受け継いだパン屋になった。
くるみパンは、その店の看板メニューになった。








 

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