零
淡い花弁が風に揺れる。
幾数枚と重なるか弱い花びらが上下に踊るたび、それらはゆっくりと諦めのまま瞼を閉じるかの如く一枚、また一枚と雄しべに別れを告げる。
潔いまでにその身を風に委ね散っていく花弁の光景だけは、何度見ても切り取れないのだ。
風に揺れる花も、流れる水も、細かく切り取ればほんの刹那に描かれた絵に過ぎないのに
この花たちが織りなす作品は儚すぎる。
儚すぎて、記憶に強く焼き付けられないまま瞬きの間に輪郭線は掠れてしまう。
「桜ノ宮様、そろそろお支度を。」
踊らされるままに花弁を脱ぎ捨てる乙女のような花から意識を声がした後ろに移す。
近すぎず、かといって遠すぎない絶妙な距離を知っている男女が地面に片膝を立て頭を軽く下げていた。
どちらともまだ幼く、声をかけた金色の髪を二つに結った少女は、まだ十三か十四。
けれど敬礼の姿勢は実に洗練され高貴で凜々しくある。
従者二人のつむじを見つつ、その人はほんのりと冗談を交えたため息を吐いた。
「まだ早いじゃない。」
「一ノ宮様がご到着されました。」
緑の鮮やかな髪をした少年と青年の間にいる従者は、主がこう言えば素直に足を動かすと熟知していた。
従者でありながら、実に狡猾で頭がいい。
「負けたわ、緑延。」
「貴方様に勝つなどと、恐れ多いことにございます。」
「ならば貴方が授かった天命の一つなのでしょうね。絵美、かさねは花山吹を用意して頂戴。緑延は彼を神楽殿へ。」
「本殿ではなく?」
少女の方が顔を上げて聞き返す。
この国には珍しい青い瞳が不思議そうな色を混ぜ軽く首を傾げる。
が、隣の少年に名を呼ばれ慌てて頭を下げ直し承知しました、と揃って告げた。
主の着物を強めの風が背後から巻き上げ、腰まで伸びた長い髪が絡まり、また桜を見上げた。
幾重にも重なる花弁と、幾月もない命が細く長い息を吐き続けている。
それは一時の情緒だと錯覚させられるが、桜は永劫に咲き続け、永劫に散り続ける定め。
残酷で気味の悪い終演が毎日繰り返されているが、その人はまた今日もこの桜が散らなければいいのにと
散り際の美しさに心を切なくさせるのだった。