一、鬼斬りの娘
鬱蒼とした竹林の中を走る影有り。
日差しが届かぬ薄暗い竹林の中を、落ちて枯れた竹の葉を踏む軽やかな音を奏でながら無造作に生えた竹の間をすり抜ける。
地面は冷たく、重なる葉は無情である。
影が走るたび響く音を頼りにして、追っ手は徐々に距離をつめてきた。
まるで尾を引く影のように漆黒の長い髪をした少女は、左手に握っていた刀を振り上げた。
背中を狙っていた暗器が二本、冷たい葉の絨毯に落ちた。
少女が足を止めぬまま目線だけ追っ手を確認する。
三、四…六体。先ほどより二体増えたか。
追っ手は網代笠を被った僧侶の格好をしているが、黒い衣から手も足も除く事がなく、体格の個差すらない。
気味が悪い風貌に加え、気味が悪い程統率された動きで少女を追い詰めていき、走る少女の行く手を阻むように二体が目の前に移動していた。
少女は足を止めないわけにはいかず、だから式神は嫌いなのだと心中で悪態をつく。
追っ手である笠僧侶達は円を描くように少女を取り囲んでいた。
油断のない鋭い眸で敵を確認するも、少女の顔に焦りも苛立ちもなく、澄ましたままの美しい顔を真正面にいる一体に向けた。
「風間の使い魔か。それとも尾花?」
「宝玉を返せ、娘。」
「赤の玉のことか。とっくに斬った。」
「あれは人には斬れん。」
「ならば鬼とでも思え。」
少女が剣を横に構えたのと、眼前に迫ったのはほぼ同時に思えた。
直線の早さに驚く間も与えられず、少女の真ん前にいた一体が横に真っ二つに斬られた。
笠が傾き闇に消えるより早く、左手側にいた二体も似たように着られ、右手側にいた三体が飛び上がって少女を狙う。
一体は地面を蹴りさらに竹を蹴って天井から迫り、一体は身を低くして地面から迫る。
少女は振り返りながら刀を横に凪ぎ、暗器を跳ね返しつつ、上から短剣を向けてくる僧侶の首辺りを切断。
地面からやって来た僧侶の短剣が届く前に、袈裟斬りにして地面に落とす。
黒い衣の端がはらりと優雅に落ちる間に、少女の左脇腹を短剣が鈍く光りながら刺さった。
かと思いきや、仕留めたのは残像で、最後の一体は背中を切られ地面に倒れた。
計六体の式神の死骸はそこにはない。すべてあるべきところに帰ってしまい、暗い竹林にいるのは少女だけになる。
あっさりと追っ手を片づけた少女は剣を鞘に収めることなく、柄を握り直す。
はなから少女の腰に刀の鞘はなかった。
もうそこにない死骸を見下ろしてから、少女は尾のように長い髪を翻し再び竹の中を走り出す。
竹が杉に変わり、森の中を抜けやや開けた丘に出たのは、もう夜半をだいぶ過ぎた頃合いだった。
だが星とは違う明かりの集まりが丘から緩やかに続く下り坂の向こうに見えた時、少女は安堵と興奮が入り交じった歓喜を味わった。
「やっとついた・・・あれが、煉央村。」
赤や黄色の揺らぎが、そこに人が密集しているのだと教えてくれる。
星明かりすら掠めるぐらい熱気と欲が渦巻いている。噂通り下品な村らしい。
少女は左手に握っていた刀を顔の近くまで持ち上げると、刀に向かって話し始めた。
「もう戻っていいよ、斗紀弥」
『やっとご到着かい?もうクタクタだよ、誰かさんは扱いが荒くて。』
刀から人の声が返ってきた。
刀全体が青白く発色し少女の手から地面に跳ねると、それはあっという間に人間の男になった。
白に近い金髪の若い男は、どこか裏がありそうな油断ならない笑顔を浮かべ、わざとらしく手首を振ってみせる。
「扱いが荒くて悪かったわね。文句あるなら手伝ってよ。」
「僕は使い手がいて初めてなりたつ存在だからね。」
「なら文句言わない。」
「へぇー。あれが例の盗賊が拠点にしてるって村かぁ。思ってたより小さいね。」
少女の言葉をあえて無視して、刀であった青年は回れ右をし額に手を当て遠くを見る仕草をしながら楽しげにほほえんだ。
この人を小馬鹿にした態度と台詞を正そうなどと時間と労力の無駄だと知っている少女は、僅かに寄っていた眉根の皺を戻し、村への坂を下りた。
待ってよ沙希、と自分の名を呼ぶ青年を連れその村ー煉央の入り口にたどり着いた時、丘の上からと足を踏み入れてからとでは
大分印象が違うことに驚いた。
煉央の村は思ってた以上に堕落していた。
道というより不規則に建っている建物の間にはゴミと吐瀉物と酔っ払いが散乱しており、露出しすぎの化粧の濃い女が今宵の相手を探し歩き、
その相手を見つけた女は人目も気にせず男に肌を触らせている。
淫らな笑い声がどこかしこからも聞こえてくる。
男といえば、酒瓶片手に千鳥足でさまよっているか、喧嘩をしているかどっちかに別れている。
どの建物からも陽気な話し声か豪快な怒声が響き、ごく一般的な夜を過ごしている家はこの村にはないようだ。
無表情のままだが目の前の光景に押され気味になっている少女の隣で、斗紀弥が顎に手を当て僅かに怪訝そうな顔を作る。
「沙希にこの村は刺激が強すぎると思うんだ。教育的にも悪いから、ここからは僕がー」
「馬鹿いわないで。行くわよ。」
足取りに迷いはなく、少女に続いて刀青年も煉央村の汚れた地面を歩き出した。