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十二.虹色の魚を夢見る桜


昔々。
神様がこの世界から去って間もない頃。
神が残した神樹から生まれた娘ー桜姫は人間の男と交わり、人間を産みました。
神に近い桜姫の子供は、やはり人間ではなく。
その子の周囲だけ春が終わらないのです。
どんな木々も桜に変わってしまい、花を咲かせ風に散らされてもまた花を咲かす始末。
加えて、その子は六つの外見のまま年を取らなくなりました。
我が子が人間のように成長する様を望んだ桜姫は、人間だけが持っていた時間という柵の糸を探しちょんっといじりました。
その時から、世界の時間は捻れてこんがらがってしまったのです。
過去と未来が反転したり、男の子だった桜姫の子が女の子になったり、三神達まで不死になってしまったり。
元に戻そうともがく桜姫まで時間の糸に巻き取られ世界の一部に溶け込んでしまいました。
桜姫は、自身の不死の力と引き替えに世界を在った姿に戻そうと試みましたが、今度は人間の死に絡め取られ、世界から消えてしまいました。
しばらくして。
時を唯一視ることが出来る雨条家の娘が、まだ十にも届かぬ齢で夢を通じて絡まった時の中心を見つけました。
降りたったその場所は、一面桜景色。
とある桜の木の前で、小さな男の子が手毬で遊んでいます。
男の子は雨条の娘を見ると大喜び。


「僕は真人、君は?」
「沙希。」
「さすが時を司る雨条家。未来(さき)なんて素敵な名前だ。」


沙希より小さな男の子でしたが、沙希よりずっと大人びた話し方をします。
沙希は真人からいろんな話を聞きました。
彼の母親が世界の中心だった桜姫だったけれど、世界の理に巻き込まれ死んでしまったこと。
絡まったままの世界で彼だけが全ての記憶を持っていられること。


「世界が生まれ変わり回るごとに記憶があるのは不便でね。ある時間で僕、女の子で本当に姫様だったりしたんだよ。中身は男の子なのに。
あとは、兄さんが生まれたり生まれなかったり、桜姫の設定が微妙に変わったり、順応するのに大忙しさ。」
「元に戻すにはどうしたらいいの?」
「桜姫はもういない。だからその息子である僕ー桜ノ宮が世界から消えるしかない。」
「死ぬの?」
「花はいずれ枯れるものだよ。でも困ったことがあってね。僕は誰にも殺せない。唯一可能性があるのは“何もないもの”に散らされることだけ。」
「鬼のこと?」
「正しいけどちょっと違う。鬼は確かに“あるはずもない者”の仲間だけど、もう世界の一部だ。殺される事が出来る。
神様が去った直後にいた“あるはずもない者”はもっと曖昧でね。もう世界にはいない。消えてしまった。羨ましいことに。」


大人びた顔をする幼子は、手にした毬に憂いの視線を落とします。


「真人は消えてしまいたいの?お兄さんや一ノ宮様のこと大好きなんでしょ?」
「好きだからこそ、これ以上絡まる度におかしくなっていく世界を体験したくないんだよ。
桜だって、たった一度咲いて散るんだ。一度だけ、思い切り生きるからこそ意味があるんだ。
大切な人たちとの思い出も、命も。」
「つらいのね。」
「別れというのは何度体験しても胸を引き裂いていくからね。」


真人はまた、手毬を叩いて遊びだした。
小さな手でつくたび跳ねる手毬の幾何学模様まで、桜を模していると気づいた沙希は、彼の前に立った。


「私が真人を助けてあげる。」
「君が?人間には無理だ。」
「“あるはずもない者”になる。」
「なれないさ。」
「なれる。私は時を統べる雨条の娘。繰り返す世界のなかで人間が鬼になる構図を作って、限りなく“あるはずもない者”に近い妖怪になればいい。」
「改変を逆手にとるというの?」
「そう。ちょっとずつ世界の基礎を変えて鬼の妖怪ー鬼妖になるわ。」



手毬を両手で掴んで止めた真人は、風に長い前髪を揺らしながら切なげに微笑む。



「途方もない時間がかかる。それに君は僕と違って記憶を持ったまま輪廻を巡れない。」
「忘れてても問題ない。術式に全て仕込んでおく。」
「・・・上手くいくとは思えないな。僕の母さんでさえ解くどころか絡め取られたんだ。」
「お祖父ちゃんが言ってた。時は人が作り出すものだって。人がいなきゃ成り立たない。
その人との絆もまた変えるのは難しい。真人を思う人達もまた、きっと真人を助けたいと思ってる。何度世界が変わろうとも。」


風が強く二人の間を吹き抜けた。
沢山の桜の花びらが舞い踊り、二人を優しく見守っていた。


「私が柵を解いて、真人を助けてあげる。桜姫の運命からも、時間の呪いからも。」
「どうして、君が・・・」
「わかるの。貴方は私にとってとても大事な人だって。」
「以前の輪廻でも君とは会ったことがない。ちゃんと覚えてる。」
「なら未来で。貴方は私のかけがえのない者になる。ならば、必ず助けなきゃ。」


風が止む。
手毬を持った少年は、その外見の割に大人びた、しかし満面の無邪気な笑顔を作った。


「未来か!いいね。さすがその名を示す者。気に入ったよ、沙希。」


視界が白みだした。
夢が終わろうとしているのだ。
輪郭が曖昧になり、桜の木に包まれている少年の笑顔が遠くなる。
これだから夢の魚は好きになれないのだ。
無意識を司るくせに、意地が悪い。


「時は巡る。巡るたび常識も理も意味すら変わる。それでも僕は君を待とう。」
「どんな邪魔が入ろうとも、必ず貴方を助けます。」
「いや違う・・・。僕を殺して、沙希。」
「約束する。私が貴方を殺してあげる。」


虹色に光る鱗が目の前で身を翻した。















 

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