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❀  3

 

根暗で友達が少なくやる気も情熱もないルフェだが、唯一熱中出来ることがある。
読書だ。
アテネ学院内には私立図書館が併設されており、ルフェはそこで司書のアルバイトをさせてもらっていた。
といっても正式な資格を持っているわけでも専門知識があるわけでもないので
図書委員会とそう変わりはないが、お小遣い程度に報酬はもらっている。
国立図書館にも引けを取らない其処は小説、哲学書、専門書、娯楽雑誌に至るまでなんでも揃っている。
無い本はわざわざ学院外から取り寄せてくれる程だ。
テニスコート6面程の図書館には司書が6人おり、本の説明や管理を行い
アルバイトのルフェは貸し出しの手続きをしたり、返却図書を元に戻したりする。
分厚い本を数冊抱えながら、広い館内を辿る。
ルフェはもうどこにどのジャンルの本が並んでいるか熟知しているし、
本と本に挟まれているのも幸せだったので、返却作業は全然苦ではなかった。
むしろ、紙媒体特有の匂いを腕に抱けて至福だと思う。
腕の中に積んだ本をとって、目的の場所に差し込もうと手を伸ばす。
が、棚の一番上へは身長が届かない。
脚立を取ってこようと手を引いたとき、すぅと本が手から取られ、本は元の棚に納まった。
後ろから伸びてきた腕を辿ると、そこにはホワイトゴールドの綺麗な髪をした、綺麗な顔の男性がいた。
あの歓迎会でおそろしくシンプルで短い挨拶をした人だ。

 


「あの…ありがとうございました。」
「お前、司書か。」
「バイトです。」
「ずいぶん効率の悪い作業法だな。マナを使えばいいだろう。」

 


昼間の授業で主席に同じ事を言われた気がする。

 


「紙に触れるのが好きなんです。マナじゃ味気なさすぎます。」
「ふーん。」

 


不機嫌なのか元からなのか、鋭い目線を向けられる。

 


「光栄に思え、女。お前に俺の仕事を手伝わせてやる。」
「今仕事中なのでお断りします。」
「・・・。」

 


即答で返すと、今度は不服そうに口をへの字に曲げる。
目も細くなった気がする。

 


「返却だけだろう。」
「仕事が増えたんです。主に、グランせいで。」
「ああ、あいつか・・・。」

 


思い当たるところがあるのか、鋭い目が緩んで外される。

 


「クロノスにはこんな立派な図書館はないからな、珍しいものが多くて目移りしてるんだろう。」
「あなたもですよね、本の虫なの。ここ3日で6冊も貸し出ししてます」
「人の個人情報盗み見るな。」
「私貸し出し管理もやってるもので。」

 


軽くお辞儀をして、ルフェは次の本の返却に向かため
彼の横を通り過ぎようとする。

 


「俺はリヒト・キルンベルガー。クロノス成績第2位。」
「知ってます。」
「お前も名乗れ。礼儀だろう。」
「・・・ルフェ・イェーネ。成績は・・・学年で中の下といったところですかね。」
「仕事が終わったら俺の本を探す手伝いをしろ。リストアップはしといてやる。」

 


西側の椅子で座っているから、2番目の彼は行ってしまった。
クロノス学園は自由すぎて、あんな自分勝手な人ばかり育ってしまうのだろうか。

 

 


クロノス生徒が来て4日目


ルフェに新しい友達が出来た。
今までちゃんと会話をしてくれるのはルームメイトのアンナだけだった。
大抵のクラスメイトは暗くてやや毒舌気味のルフェを気味悪がって遠ざけるし
ルフェ自身も友達はいなくていい(アンナを覗く)派だった。
昼休み、ルフェは一冊の本を抱えてその友人の元に急いでいた。
学園の中に林の公園があり、木造で手作り感満載の高見台がある。
机や椅子も備え付けてあるので、ちょっとした談話スペースなのだが
校舎を離れ虫がウロチョロしている林を抜けなければならないので、生徒は滅多に立ち寄らないため
ルフェは読書スペースとして使っていた。
誰もこないし静かだし、快適。
その木造談話スペースにつくと、すでに人が椅子に座って本を読んでいた。

 


「グラン。」

 


声を掛けると、その男性は振り向いた。
茶の髪をしたクロノスの生徒は、ルフェの姿を見つけるとにっこりと微笑んで体を彼女に向けた。

 


「走ってきたの?」
「これ、見つけたの。」

 


ルフェは息を整えながら、彼に胸に抱えていた本を差し出した。
見るからに古そうな掠れたオレンジの表紙のそれを受け取って、彼は感嘆のため息を漏らす。

 


「まさか・・・また手に出来る日がくるとは思ってなかったよ。子供の頃、一度読んだきりだったから。」
「司書室の整理棚にあったの。古い本は整備対象になるから。」
「ありがとうルフェ!」

 


満面の笑みに、ルフェは微笑で返した。
太陽のように笑う彼のようには笑えないが、滅多に笑わないルフェなりの精一杯。
クロノス学園成績6位のグラン・グライナーは、ルフェを凌駕する本好きの生徒であった。
毎日何冊もの本を借りては、わずか一日で読んですぐ返却。また新しい本を借りていくのだ。
読破にはマナを多少使っているそうだが、本への情熱がなければ読み続けるなんてできない。
彼らクロノス勢が来た初日に本の場所を聞かれたのが縁で、その後、本の話で盛り上がった二人は仲良くなっていた。
グラン程ではないにしろ、ルフェもかなりの読書量だったので、息があったようだ。

 


「アテナはいいね。あんなに立派な図書館があって。僕にとっては宝箱だよ。」
「前の理事長さんが本好きで。個人的に集めたものを提供したのが最初なんだって。
だからレアな本とか、マイナーな本も沢山ある。」
「僕、今すぐ女の子に生まれ変わってアテナに転校したいよ。」
「フフフ。」

 


会話をしながらも、グランの手はページをめくり、目は文字を追っていた。
その眼光が僅かに青白く光っているので、マナを使っているのだとわかる。

 


「そういえば、昨日リヒトと一緒にいたね。彼とも仲良し?」
「ううん。パシりにされてたの。自力で本を探すの面倒くさいからって。」
「珍しいね。リヒト、滅多に人を寄せ付けないんだけど。」
「2番目の人も本好きなのね。」
「僕らと違って、物語より写実的なものを好むけどね。」
「そう?モブランとか、ミランダとかの本持って行ったよ。」
「ルフェ、気に入られたんだよ。」

 


グランの顔が上がる。
文字を追ってないのに、目が青白い。

 


「どうしてそうなるの?」
「うーん。それは内緒にしておこうか。」
「えー。」
「敵に塩を送るわけにはいかないからね。」
「それ、なんの記述だっけ。」
「ジパンの武将。」
「そうだ。さすがグランね。」
「お褒めに預かりまして。」

 


またグランは文字を辿りだし、ルフェもポケットに入れていたミニ文庫を読み始める。
この場所でずっと一人で本を読んできたが、誰かと知識を共有するのもわるくない。
穏やかな時間が、とても優しく過ぎていく実感に胸が温かくなる。
こんなに平和な気分になるのは、いつぶりだろうか。遠い昔のように思う。
いきなり、頭を大きな手に包まれた。

 


「ココにいたか小娘。」

 


現実に意識を戻されて、掴まれた頭をゆっくり後ろに向けた。

 


「痛いです。あと同い年に小娘というのはどうかと。」
「煩い。本がみつからない。手伝え。」
「わざわざ私を探しにこなくても、司書さんに頼めばマナで一発ですよ。時間の無駄使いです。」
「リヒトは人見知りなんだよ。」
「お前も煩いグラン。」
「ところで、」

 


頭を掴むリヒトの手をはらって、黒い瞳をグランに向ける。

 


「二人は交流が目的でココにきてるのですから、それなりの授業組んでるはずですよね。ちゃんと仕事してくださいよ。」
「レオンの奴がやってるからいいだろ、別に。」

 


冷たく言い放って、腕を組むリヒト。

 


「それに、俺達に課せられた任務はクリアした。」
「任務?」

 


風に消えてしまいそうな呟きを、ルフェはしっかりキャッチする。
独り言だったのかもしれないが、弱々しく棘の有る言葉だった。
リヒトは切れ長で鋭い瞳でルフェを見下ろしたが、きびすを返して階段へ歩き出してしまった。

 


「あの、」
「もうすぐ予鈴時間だ。俺様のパシリは放課後にしといてやる。」

 


木造階段を軽やかに下りて、リヒトは林の中に消えてしまう。

 


「なんだったの・・・。」
「ルフェ。リトの言った通りもう授業始まっちゃうよ。此処ははチャイム聞こえずらいから。」
「グランも、ちゃんと交流義務果たさないと。」
「はいはい。この本を読んだらね。」

 


今日もサボる気だとルフェは悟った。

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