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クロノス学院生徒滞在6日目。


明日を最終日に控え、交流授業もクライマックスに迫ってきた。
クロノス生徒6人+アテナ全校生徒は、授業に使うグラウンドよりもっと広い競技場に集まっていた。
本日は2校の代表たちによる闘技大会。
時に反発し時に交じり合うマナの仕組みを学ぶ時間で、このイベントには全教員、その他諸々も集まっていた。
全生徒は客席ではなく競技場内に集められ、ぐるりと群集に囲まれた中央には
クロノス主席レオンと、アテナ主席の生徒会長が対峙していた。
トップ同士のデモンストレーションということらしい。

 


「レオン様の妙技をこの目で見れるなんてー!楽しみっ。」
「様って…。別の意味でもしっかり見てたほうがいいよ。クロノスの主席ってことは、将来魔法院入り確実の実力者なんだから」
「わかってるって!」

 

わかってなさそうなミーハーなアンナ。
でもどこか憎めないのが彼女である。
審判を務める学院長がやってきた。
今日も今日とて、凛々しいパンツスーツ姿だ。場所にあわせたりはしないらしい。

 


「代表同士の技をよく観ておきなさい。それから、生徒会とクロノス生徒は散会し、
生徒達に欠片が飛ばぬよう結界を張ってください。」

 


群集から抜けてきた5人が、適当に散らばって各々結界を張る。
珍しく行事に参加しているグランがルフェのすぐ近くに立って結界を張りながら、彼女に微笑んだ。

 


「ねぇちょっと。今の人ルフェに笑いかけなかった?」
「気のせいじゃない?」
「うっそー。このアンナ様の目はごまかせないわよー。いつの間に仲良くなったの?」
「ほら、はじまるよ。」

 


グラウンド中心に顔を戻す。
アテナ生徒会長がアセットを構える。
学校用ではなく、個人でカスタマイズした本物アセットは赤い弓の形だった。
一方、レオンが手を前にかざす。
風が湧き上がり、土煙を上げるグラウンド。何もなかった彼の手の下に、黒い柄の大薙刀が現れた。
石突から切先まで全長2mちょいといったところか。大男が持つとあまり大きくは見えない。
柄に取り付けられた刃は横幅もあり反りが深く、不思議な形に作られていたが、刃先は鋭くアセットとは思えぬ鋭利な輝きをしていた。
軽々と持ち上げ構える。
学院長が腕を上げ、模擬試合開始の合図を出した。
先手を打ったのは生徒会長。マナで作った矢をレオン向けて放った。
レオンは余裕の表情で、大薙刀でそれを軽々と払い落してしまった。
矢を刃で払うその瞬間、マナの矢が内側から弾けて消えるのを全校生徒が目撃した。
あれがマナの反発というやつか。ルフェは関心した。
再生と創造を根源にもつマナは、弱いマナを吸収してしまうことがあると授業で習ったことがある。
どうやら会長はレオンより力が弱いようだ。

 


「本気でやってきていいぜ!」

 


レオンがそう叫ぶと、幾分遠慮していたらしい会長の顔が引き締まった。
アテナの代表としてそこに立っているのだ、簡単に負けることなど許されない。
弓を引いた会長の手には、3本のマナの矢がセットされていた。
会長は矢をレオンではなく、宙に向けて放った。
的外れな、と大多数の生徒は思っただろうが、矢は空中で突然方向を変え
レオン目掛け落下する。
落下を始めた時には、矢は10倍に増えており、加速もくわわった矢がレオンの上に雨のように降った。
土煙でレオンの姿が見えなくなる。女性徒から悲鳴と心配そうな声が上がった。
土煙が止んだそこには、薙刀を地面に置いて立つレオンが、体の前にマナで作った半透明な盾が浮いていた。

 


「コルネリウス君。次は君から仕掛けなさい。」
「え、いいんすか。俺近距離型で、彼女狙撃型っすよ。」
「かまいません。」

 


学院長突然の申し出だったが、会長は凛々しくもう矢を構えていた。

 


「いいねぇ~。じゃ、遠慮なく。」

 


レオンが強く地面を蹴った。
2人の間は30mはあったのに、彼はもう会長に迫っていた。
加速にマナを使ったのだろうか。
会長は距離をつめられるまえに、レオンの真正面に矢を次々放っていく。
走り寄りながら大薙刀で矢を払っていくレオンは、会長の僅か3m先で地面を踏みこんで高く上がった。
後ろに回り込もうとする彼の動きを読んで、会長は体を捻りながら前に避けつつ、矢を放った。
会長がなにやら叫ぶと、矢は真っ直ぐではなく、飛びながら曲がって、まだ空中にいるレオンのわき腹を狙う。
今度こそ確実に矢は標的に当たったと思った。
しかし、矢が当たる前にレオンが大薙刀の柄で会長の胸辺りを払い吹っ飛ばした直後、身を捻って矢を回避する。
大男が魅せる細やかな動きに、女性徒達も黄色い歓声ではなく驚きの反応をみせた。
レオンに武器で体を打たれた会長は、着地に失敗し地面を転がりながら、

ジャージが土で汚れるのも気にせずに、レオンにまた矢を放つ。
また矢は空中で曲がり、曲がりながら数を10倍にする。
レオンが会長に迫る。
追尾機能もある矢はレオンの背中を狙うが、彼は会長だけを狙い大薙刀を振るい上げた。
体制が整っていない上に死角に入られた会長はマナの防壁で一撃を待ち構える。
――――――その時、けたたましい警報音が響き渡った。
その警報音は、災害級の何かが起きた時にしか鳴らないはずの音だった。
会長の放った矢は、操縦士の集中が切れたことで空中で散開。レオンも動きを止めた。
生徒、職員、その場にいた全員が空を仰ぐ。
其処には、禍々しい渦を巻いた黒い巨大な玉が浮かんでいた。この競技場半分を飲み込んでしまうほど大きな玉は
半透明のオーラを纏っていて、そのオーラがアテナ学院を覆っている結界に触れた途端、結界が弾けて消えた。
誰かが叫んだ。

 


「ウィオプスだわ!!!!!」

 


何故マナを学ぶ学校で、魔法武具の授業があるのか。
なぜ生活にしか使わないマナを放出する訓練をするのか。
答えは一つ。
人類には、マナで倒さねばならない敵がいるからだ。
ウィオプスと呼ばれるその不思議な浮遊物は、この世の狭間と呼ばれる場所からやってくる謎の来訪者だった。
生命かどうかもわからぬそれは、時に人間を飲み込み、時に攻撃を仕掛けてくる。
その莫大な力で滅ぼされた町や村は数え切れない程ある。
霊のように漂うだけのその敵に対抗すべく、魔法院という世界の中心機構はウィオプスと戦う術を考え、学生達に教えることにした。
その一つがアセットだ。
マナの高い生徒は優先的に魔法院へ配属され、ウィオプスと戦う戦闘員となる。
普段はその戦闘員がウィオプスが街に入らぬよう結界を張って守っているのだが、

グラウンドには既に5体のウィオプスが集まっていた。
守られている一般人は目にするはずのない敵が、5体も同時に現れたことを理解できず
生徒はぼんやりその玉を見ていたのだが、手前にいた一体から黒い稲妻が発射され、グラウンドに落ちた。
稲妻落下地点の土やコンクリートがえぐれ破片が舞い、爆発する。
巻き込まれた生徒の体が吹き飛ぶ光景を見て、呆けていた生徒も現実に帰った。

 


「いやあああああああ!!!」
「助けて!!!」

 


一気に混乱が生徒達を襲い、パニックが引き起こる。
立ち上がった生徒たちは出口に向かって右往左往するが、ランダムで雷が落ちてくる。

 


「落ち着きなさい!今すぐ校舎の中に避難するのです!!」

 


学院長が叫び、先生達が誘導するも、頭上に迫っている敵に恐怖してグラウンドは無秩序が支配する混沌と化していた。
押し合いへし合い、我先にと逃げる生徒。誰かに押され倒れたことで、下敷きにされてしまう生徒。
どこからか強風が吹きだし、いつの間にか空は曇天に変わり薄暗くなる。

 


「ルフェ、行くわよ…!」

 


パニックにまでは至っていないが、もう涙で頬を濡らしているアンナに腕を掴まれ、

群衆を遠巻きに眺めていたルフェは現実に戻ってきた。
アンナはルフェの手をしっかり握って、走り出した。
序列も整列もない人の波に押されながら、二人はお互いの手だけは離さず校舎へ走る。


「ルフェ、今は校舎だけ見て!」
「う、うん。」
「大丈夫、私が守るから!」


大声で激励してルフェを振り返った時だった。
近くに浮遊していたウィオプスの1体が視界に入る。
黒い球体の渦が、生き物のように動いたのを見た。
避ける間も与えてはくれずに、電光石火の稲妻がルフェ達のすぐ近くに落ちた。
地面に落ちた稲妻のエネルギーが爆発して、ルフェを含め近くにいた生徒が吹っ飛ばされる。
ルフェは咄嗟にマナを展開して爆風の影響を減らし、爆風で体が押されても、決してアンナの手は離さなかった。
土煙を浴びながら、彼女を振り返る。
マナで防壁を張ったにも関わらず、アンナの口から鮮血ながれた。

 


「アンナ・・・!!!」

 


グラウンドに崩れた彼女の体を抱き上げる。
体が小刻みに震えていて、眼球まで細かく震えてしまっている。

 


「感電・・・!?地面から?」

 


だが足を地面につけアンナと手をつないでいた自分は無傷である。
張ったのは風除け防壁だけだったのに。
アンナが震える眼球のままルフェのほうに顔を向ける。

 


「る、、、ふぇ…」
「喋らないで!今電気抜いてみるから!」
「わ…たし、の…つく、えの、引き出しに…」
「喋っちゃダメだってば!」
「プレゼント…ルフェの、今度の誕生び、に、あげ…う、と」
「アンナ…ダメ!ダメよ!諦めないでよ!」
「ちゃんと、おしゃれ、しな、さいよ…」
「…!」

 


アンナというルフェのたった一人の友人は、口から血を垂らしながら
笑顔で事切れた。
息吹がなくなった空虚な目が、そこに何もないことをルフェに教える。

 


「アン、ナ・・・アンナーー!」
「ルフェ!!」


彼女に駆け寄ってきたのは、グランだった。
ルフェから涙こそ流れていないものの、横たわり動かない女生徒を見て現状を理解したグランは傍に膝をつく。

 


「その子が、ルフェの親友?」
「グラン…アンナ…。」

 


ルフェよりも痛そうなつらそうな顔をしたグランは、目を開けたままのアンナの目に手を添えて、目を閉じさせる。

 


「逃げて、ルフェ。」
「だめ、アンナを置いていけない。」
「彼女はもうー」
「お友達はお前が運べ、グラン。」

 


いつも、どこかから聞こえていたあの低くて心地よい声が、頭上で聞こえた。
大薙刀を持ったレオンが、すぐ横にいた。

 


「誰か教師にでも預けてすぐ戻れ。」
「まさか、やるの?ルフェはまだ・・・!」
「やるしかねぇだろ。見ろよこの数を。」

 


下唇を噛んだグランだったが、素早くアンナを抱き上げ、走ってどこかへ行ってしまった。
地面にへたりと座り込みながら、ルフェはどこか遠撒きにこの惨状を眺めた。
5体のウィオプスが次々放つ稲妻で生徒の死骸は重なりつづけ、

直撃を避けた生徒も、感電してアンナと同じように口から血を流して倒れた。
残っているのは、戦っている教員数人と、クロノスのメンバーだけだ。

 


「ルフェ、立て。」
「…。」
「お前が奴らを倒すんだ。」
「無理、です…。」
「お前なら出来る。それを、お前自身が一番知ってるはずだ。」

 


悲しいのに、涙が流れぬ双眸で、遥か上にあるレオンの顔を見上げた。
初めて会ったときより、彼の顔はずっと遠くて、ずっと険しい顔をしていた。

 


「レオンさんたちが、倒せばいい。」
「それこそ無理だと知ってるだろ。人間はアレを防げても倒せない。」
「私は……。」
「大丈夫だ。俺が抑えててやるから。」

 

レオンは優しくルフェの腕を掴むとそっと立たせて
腕の中に囲うように大薙刀をルフェの前で横に構えた。
触れてないのに、包まれているかのような妙な安心感が、思考を停止していたルフェの頭をゆっくりかき混ぜる。

 


「俺達はお前の力を抑えるためにやってきた。」
「え…。」
「俺達は防御のスペシャリストなんだ。ルフェの力を相殺できる。」
「防御…。」
「盾っつーか、防波堤みたいな感じだ。わかるだろ?」
「…押さえ、きれる保障なんてないじゃない…私、また…、」

 


あの残像が、脳裏をよぎった。
そこには自分以外何もなかった。
家も、人も、木も。
あるのは呆然と座り込む自分と、空と、えぐれた地面だけ。
全てが一瞬で消えた、あの忌まわしい記憶は後悔と懺悔の始まり。
また苦しみに飲まれてしまいそうに胸の前で手を握り肩を震わせると、すぐ後ろから、あの心地のいいテノールが聞こえた。

 


「ルフェ。大丈夫だ。やってみろ。俺がこうして守っててやる。」
「守るべきは、私じゃないはず。」
「いやルフェだ。もうお前が傷つかないようにしてやる。」

 


気付けば、目の前にいるのはクロノスのメンバー2人と学院長のみだった。
リヒトは左に、戻ってきたグレンは右に、ずっと向こうの正面に学院長が立っている。
それぞれ、白い魔方陣を体の前に展開させていた。
頭上で、ウィオプスの渦が、また動くのを見た。
ルフェは、己に宿るマナを放出させた。
反射的だったのだ。
あの渦が動けば稲妻が振ってきて、アンナが傷ついてしまう。
それは嫌だったのだ。
せっかく出来た居場所。
せっかく出来た趣味。
せっかく出来た友達。
全て失うのは、もう二度とごめんだった。
真っ白に染まる世界の中で、ウィオプス5体すべてが消滅するのを
レオンの腕の中でルフェはしっかりと確認した。
 

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