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❀ 3-2

9月に入って、クロノス学園も2学期が始まった。
標高高い山の中とはいえ、まだまだ残暑は厳しく、セミが最後のあがきとばかりに鳴いている。
学園生活はいつも通りに始まっていくが、ルフェの姿は無かった。
先生に聞いたところ、しばらく休校ということになっているらしい。
魔女との邂逅がどこまで知らされているかわからないので、担任には詳しく詰め寄ることは出来なかった。
夏休みボケが直らず気だるそうな生徒の憂鬱そうな空気。
いつもと同じ始業のベル。
何も知らないクラスメイトに囲まれ授業を受けるのがこんなに苦痛だなんて知らなかった。
後ろにいるはずの友達は、今後ろに座っていないのが、こんなに不安だと知らなかった。
2学期の初日とあって授業やHRは午前で終わり、食堂でお昼を食べ終えたジノとマリーは、

自然と林の奥にある池の畔に足を運んでいた。
綺麗な水面に映る青い空が美しいが、雑草が夏休みの間にだいぶ伸びてしまっている。
手入れも此処まで手が回らないらしい。
しかし、いつも使っている木製のテーブルの周りは綺麗になっており、すでに先客が2人腰掛けていた。
近づくと、テーブルの上に大量のパンや菓子が広がっている。

 


「先輩達は食堂行かなかったんですね。」
「そんな気分になれなくてね。」

 


ジノがリヒトの隣に座り、マリーは申し訳なさそうにサジの隣にちょこんと腰掛けた。

 


「マリーちゃんには?」
「今朝全て話してあります。」
「あ、あの・・・すみません。私、何も出来なくて・・・。」
「ヴェルディエ家も立派な貴族の家だもの。こんなに可愛い女の子が危ない目にあったんだ、仕方ないよ。
転校しろとか言われなかった?」
「言われました・・・・。けど、ちゃんと卒業したいって説得したら許してくれました。
私、昔から意見したことないから、両親も驚いたみたいで。」
「マリーちゃんも戦ったんだねー。」

 


えらいえらい、とサジがマリーの頭を撫でると、嬉しそうに頬を染めてマリーは微笑んだ。
リヒトが話の軌道を戻す。

 


「お前達、タテワキ先生の姿を見たか。」
「いえ。」
「先生も休んでるってことだな。」
「ルフェと一緒ですよね?」
「おそらく。というかそれを願うよ。」

 

ところで、と次のパンの袋を開けながらリヒトがサジに問う。
いったい何個のパンなのだろうか。途中合流したジノにはわからない。

 


「あの虹色に見える膜、特殊防壁か何かですかね。」
「魔女避けじゃないかなー?ほら、元々あった学園の結界簡単に破られたんでしょ?」

 


サジの言葉にジノは空を見た。
目を細めてよく見ると、時折虹色の反射光が確認出来る。
生活に支障ないように限りなく透明にしてはあるようだが、強い魔法は痕跡が残る。

 


「すごい・・・よく気づきましたねリヒトさん。」
「当然だ。」
「わわ、私、学園に結界が張られてることすら知りませんでした・・・。」
「ルフェがいないのに防壁ですか。」
「いつか戻る予定があるのか、とっくにルフェちゃんを隠してあるから、魔女が学園に探しにきても防げるように、かな。」
「ルフェ・・・元気でしょうか。ひどいことされてないといいですが。」
「そうだね。」
「きっと戻ってくるよー。それまで俺達で出来ることしよう。レオンも中々不自由だ。
自由に動き回れて、真面目にやってるの俺達4人だけみたいだしね。」
「でもお前ら、進級試験受けるんだろ?」

 


9月末に6学年に上がる試験がある。
長い夏休みを挟んでの9月は本当に忙しく、授業に出席し単位を取得するのはもちろん、
他にも課題がてんこ盛り。
この9月に進級出来る生徒は3割しかいない。

 


「俺とリヒトは日数も足りてるし単位も取り終わって、いつでも卒業出来るから時間あるけど、
2人は必修科目多いから、そっちに集中した方がいいかもねー。」
「はい。でも、ルフェもいないのに・・・。」
「戻ってきたとき、遅れてたら困るだろ?ルフェちゃん、こんな状況だからさっさと卒業するように言われてるかもしれないし。」

 


そうですね、と頷く2人だが、いまいち集中出来ないでいる。
大事な友人の安全も確認出来ていないのに、自分の進級の心配なんてしてられない。
サジ達と調べ事をしている方が安心出来る。
だが、サジの言うとおり、進級の用意もしておいた方がいいだろう。
何もわからない状況なら、あらゆる可能性を残しておいた方が良い。
ルフェが明日にでも帰って来て、一緒に進級を目指すことが出来ればそれが一番最高の未来なんだが。
リヒトが大量のパンを食べ終えた頃、サジの提案で保健室に行ってみることになった。
あの合宿に出た大人で唯一、エメルは朝から学校に来ているらしいのだ。
何か聞けるかもしれない。
林を抜け校舎に戻ってくると、早速生徒同士の抗争が始まっていた。

 


「これを見ると学園に戻ってきた懐かしい感じがするよね~」

 


などとサジがのんきな声を上げていると、廊下で騒いでいた生徒達が、一斉にカエルになってしまった。
その場でピョンピョンと跳びはねたり、水かきのある手に自分でビックリしてるカエルもいる。

 


「2学期初日から暴れる悪い子にはお仕置きよっ!」
「あ、エメルちゃん。」

 


杖を構えて仁王立ちをするエメルにサジが手をひらひら振ると、
あからさまにヤバい、という顔をしたエメルが踵を返したが、そこはサジも予想していたのだろう。
向きを変えたエメルの顔面にわざと当たるように大きめの折り紙を配置し、イテ、と足を止めたエメルの手首を掴む。

 


「リヒトがエメルちゃんのカップケーキ食べたいってー。お邪魔してもいいよね?」
「これだからサジサジ、モテないのよ・・・。」

 


諦めたエメルと共に保健室に場所を移動する。
大量のカエルが元に戻して欲しそうにゲコゲコ鳴いていたが、その場を立ち去る。
エメルはいつ生徒がお茶に来てもいいようにお菓子を常に用意している。
リヒトは先ほどあれだけのパンを食べたというのに、出されたカップケーキを涼しい顔で食べ始める。
その細身の体のどこに入るのか。
お茶を出し終えたエメルが、椅子に座りながら先制した。

 


「悪いけど、何も喋るなってきつく言われちゃってるから、話せることないわよ。」
「ゼロではないでしょ?エメルちゃんの迷惑にならないよう、上手く―」
「ルフェは無事でしょうかっ!怪我とか、ひどいことされてませんか!?」

 


突然マリーが大声を上げてそう問い詰めた。
大きな瞳は、僅かに潤んでいる。
友人を思う純粋で必死な訴えに、エメルは迷ったような仕草を見せてから、真顔になって頷いた。

 


「大丈夫。私の知る限り、ルフェちゃんは無事よ。魔法院が酷いことしないように、タテワキ先生がそばにいる。」

 


力強い言葉に安心したのか、肩の力を抜いたマリーの頬に涙が流れた。
隣にいたサジが頭を撫でてやりながら、口をとがらせる。

 


「話せないんじゃなかったのー?」
「これぐらいだったら構わないでしょ。大事な友達を安心させるためよ。」
「それにタテワキ先生が一緒とわかれば、かなり安心です。」
「あの先生、魔法院から派遣された監視役兼ストッパーなんでしょー?それにしてはルフェにずいぶん肩入れしてるように見えるけど。」

 


そうそう、とエメルが思い出したように話す。
夏合宿の最後の夜。
魔女の襲撃で大人3人は本コテージの中に捕らえられた。
酷く複雑な結界で、大先生が紐解くのにかなり時間が掛かっていたらしい。

 


「あの時のタテワッキー超怖かったわよ・・・。ルフェを助けないととかなんとか呟きながら
分厚い魔法結界を素手でぶん殴り続けてるの。理性壊れちゃったのかと思ったわ!
タテワッキーて大分ルフェちゃんにこだわってると思うし・・・ロリコンかしら。」
「名誉毀損で訴えられるぞ。」

 


2つ目のカップケーキに手を伸ばしながらリヒトが突っ込んだ。

 


「ところでエメルちゃん、占星術詳しい?」
「雑誌の占い見るぐらいよ。専門的な勉強はしてこなかったわ。」
「俺さ、暇潰しで占星術学科選んだら結構面白くってさー。」
「あら、意外ね。サジサジ、現実主義の堅実派だと思ってたのに。」
「そこでさ、予言者についての記述があったんだよね。未来って確定されてない事案なのに、予言って可能だと思う?」
「うーん、そうねぇ。アタシが学生の時の先生は、宿命とか運命とか、通過点として存在してるなんて言ってた気がするわー。
興味無かったから詳しくは聞いてなかったんだけど。」
「教科書に載ってたんだけど、魔法院に凄腕の予言者がいたって本当?」
「ああ、マヤーナ教の巫女様ね。修道会に所属してたわけじゃないのに、必ず未来が見えるって話題になって
魔法議会に招かれてた事があるって聞いたわ。
最初は世界の危機について協力してたのに、議会が私利私欲に巫女様の予言を使おうとしたんで
愛想尽かしてどっか消えたらしいわよ?どこまで本当の話で、本当に未来を予言してたかなんて今となってはわからないけどねー。」
「魔法院に占星術師の部署なんてあったっけ?」
「知らないわー。あら、そういえば当時の高位魔導師がいきなり連れてきたって噂あったわね。」
「名前、わかるかなー?」
「えっとー・・・・・・ちょっと待って。教科書に魔法院の事が載るわけないわよね。」

 


エメルにキツく睨まれてサジは舌を出しておどけてみせた。
ずっと黙って聞いていたジノは、サジの話の運びや誘導の上手さに感嘆しつつ、本当に底の知れない恐ろしい先輩だと畏怖も感じた。
まんまと話に引っ張られたエメル先生が素直なおかげでもあるが。

 


「もう!今度は何を調べてるわけー。」
「色々。」
「全く・・・。大人しく学生生活送ってなさいよ。」
「この目で見て体験した後では、無理な話だよ。大事な後輩ちゃんの存在が掛かってるしね。」

 

それもそうね、と一度納得した上で、エメルはコーヒーカップをソーサーに戻した。

 


「気持ちはわかるし、アタシは生徒の味方でいたい。でも、今は大人しく、あまり目立たないようにしなさい。
あんまり目が余るようなら・・・。」
「ありがとエメルちゃん。それぐらいでいいよ。エメルちゃんが怒られちゃう。」
「わかってるならもう困らせないでよねー。次は普通にお茶しに来なさいな。」

 


大量にカップケーキを食べ終えたリヒトを連れ、一同は保健室を出た。
校舎を一度出て、男子寮の近くまでなんとなく歩くサジに続いた。

 


「最悪、記憶消されるかもね。」
「こうして覚えていられるのも、学園長先生の恩情でしょう。」
「記憶野にマナを入れられると、最悪キチガイになって社会復帰出来なくなるらしいからねー怖い怖い。痕跡は?」
「ありました。わずかに学園長先生のマナを感じました。」
「ああああの、どういうことです?」
「リヒトに、エメルちゃんに何かマナの呪縛掛かってるか調べてもらってたわけよ。
エメルちゃんは話したくても、話せない術が掛けられてる。学園長先生自らね。」
「リヒトさん、いつの間に。」
「あまり派手に動くと、夏合宿中の記憶は消される恐れあり。で、予言者を連れてきた魔導師は――」

 


サジが手の平を開く。
そこに一枚の小さな紙が握られており、紙には、小さくメデッサと書かれていた。

 


「アテナの前学院長?」
「エメルちゃん、言葉は無理だったけど文字はいけたみたい。」
「ルフェを助けてくれて封印を施した人ですよね。」

 


よし、とサジは一同を振り返った。

 


「この件は俺とリヒトが調べて、レオンとも連携とる。2人は進級試験に集中しなよ。
6学年になれば今より時間が自由になる。まずは同じ舞台に来てくれ。」
「はい。」

 


そう返事はしてみたものの、置いてけぼりにされた気分になり、釈然とはしない。
何より、ルフェが居ない上に、大人達が勝手に動いて真実を隠している。
これでは魔法院と同じではないか―。

 

 

 

ルフェが学校に来ないまま、1週間が過ぎた。

サジに進級しろと言われ大人しく授業を受け続ける日々。
本当に5学年になってからはスケジュールがいっぱいで、サジの手伝いをする余裕すら無い。
同時に、ルフェが帰って来たとして必修科目の単位が取れるギリギリの日数になってきた。
そろそろ復帰してこないと、9月末の進級試験が受けられなくなる。
午後、選択授業も終え珍しく1人で校舎を歩いていたジノは渡り廊下でリヒトとばったり出くわした。
リヒトは色白で髪も白っぽいブロンドのため、目の下に出来たクマが一際目立つ。

 


「どうやら、手がかり見つからないみたいですね。」
「何1つ拾えていない。不自然なぐらいに徹底されている。」

 


立ち話だと怪しまれるので、適当に校舎を歩く。
ふと、リヒトが隣を歩くジノをじっと見つめだした。

 


「お前・・・身長伸びてないか。」
「9月に入ってまた伸びたみたいです。」

 


出会った当初、リヒトの方が身長が高かったのだが、今目線は一緒。
ひょろっとした地味で目立たぬ見た目も、夏合宿中に鍛えたせいか少し逞しくなっている気がする。

 


「それと、夏の間に17歳になりました。」
「だからなんだ。俺は冬に18になる。」
「じゃあその前に身長を抜きますね。」
「生意気な。お前本当に俺のこと先輩だと思ってないな。」

 


ジノが笑って誤魔化している前を、虫網を持ったココロが通り過ぎていった。
此処は本校舎B棟3階の廊下。
室内の、しかも狭い廊下で堂々と白い蝶を追って虫網を振り回している。

 


「今日は10歳の姿ですね。ココロさんって、本当は何歳なのですか?」
「15歳、のはずだ。俺達もだんだんわからなくなってきたが、本人が一番わかってないだろうな。」
「というと?」
「精神的に不安定なんだ。精神が子供のままなせいで外と中のバランスが崩れてる。
それに加え、戦闘時便利なように18歳の姿も生み出したせいで更にバランスがおかしくなってる。」
「でもココロさんって、優秀だから特別に飛び級で6学年なんですよね?」
「アルトマン家の圧力だよ。あいつの生家、昔から魔法議会の常連議員だ。」
「政治ですか・・・。上の世界ではまだ貴族の権力が強いですよね。」

 

くだらん、と吐き捨てたリヒトの前で、蝶が向きを変え2人に向かって飛んできた。
それを追うココロもくるりと向きを変えて網を構え直す。
純粋な真ん丸の瞳は好奇心でキラキラしていた。

 


「待ってー。」
「おいココロ、校舎内で虫取りするな。」
「あ、リッキー!この蝶捕まえてよー。」
「断る。」
「この蝶、ルーちゃん襲ってきた時も見たんだよー。絶対敵の索敵だよー。」

 


2人の顔色が一気に変わった。
過去2回、ルフェは学園内で何者かに襲撃されており、現時点で魔女だと断定されている。
そのどちらも、ココロが敵の気配を探知している。
リヒトは手に杖を握り、蝶に向かいマナを放った。
ひらりひらりと軽やかに飛んでいるのに、身軽に攻撃を避けていく。

 


「ジノ!」
「はい!」

 


ジノが窓に手を当てた。
そこから紫色の膜が窓側全体に広がり、蝶が窓からすり抜けようとするとマナで捕縛するトラップを仕掛ける。

 


「ココロ!その蝶捕まえたら、レオンが本気で対戦するよう場を用意してやる!」
「本当!?やったぁ!」

 


ココロが虫網を手放して、瞬時に15歳の姿になった。
両手を胸の前で合わせ、手の中で何かを練る仕草をすると、蝶に向かってピンク色の網を投げた。
漁業で使うような網をマナで作りだし、空中に投げ一気に捕獲してしまおうとするが、
驚くことに、蝶は網の僅かな穴をひらりと抜け天上高く飛び立った。
この蝶は自立している上に回避能力が異常に高い。
リヒトは足の裏にマナを込めて空中を走って高く飛び直接蝶にマナを叩き込もうと腕を伸ばす。
杖先が蝶に当たる寸でで、横から粘着性のある弾が伸ばした腕に当たり、足に込めたマナも強制的に解けてしまった。
床に着地して、攻撃してきた人物を見てリヒトは舌打ちをした。
こんな時に厄介な奴が出てきてしまった。
そうか、此処は3階―――

 


「こんなところで何をしているんだい、君たちは。」

 


嫌味な笑いを顔に貼り付けた男子生徒は、クロノス学園生徒会会長クリスティアーノ・ファン・デル・ベルク。
今いる本校舎C棟3階にはちょうど生徒会室があり、タイミングが悪かった。
よりによってこいつがいる時に暴れる羽目になるとはー。
しかし考えている場合ではない。早く蝶を捕まえなくては、手がかりがまた1つ消えてしまう。
ココロは生徒会長の姿など気にしてないようで、アセットを鎌の形に変形させていた。
蝶を殺す気かと注意しようとしたら、今度はココロの鎌に粘着性のマナが付着しアセットの変形が解けた。

 


「生徒会近くの廊下で正々堂々暴れるとは、君たち何をしてるか――」
「ジノ頼む!」

 


言葉を遮って残るジノに託す。
この粘着性のマナがいかに厄介かリヒトはよく知っている。
ジノは杖を蝶に向けた。
―どこからともなくスーツ姿の男性が現われ、蝶を丸い網カゴに捕獲し廊下の上に着地した。
手の中にしっかり丸カゴを抱え、リヒトを一瞥することもなくその場から消えてしまった。
学園長先生の秘書だ。
盛大に舌打ちをして、腕に付着したスライムのような塊を自身のマナで乾燥させ排除すると、立ち上がった。
突然現われた男性に驚いた顔をしていた生徒会長だったが、すぐに調子を取り戻し杖を構えた。

 


「次席に第4位のアルトマンくん。生徒の手本となるべき2人が許可も無く廊下で虫取り遊びかい?
無許可のマナの使用は―」
「リッキー。ボクもう帰っていいー?」
「いいぞ。またあの蝶が出たら教えてくれ。絶対だぞ。」
「わかったー。」

 


10歳の姿に戻ったココロは、駆け足でその場を去っていった。
再び言葉を遮られた会長はリヒトに向けマナを放ったが、今度はきっちりリヒトに弾かれた。

 


「余計なことをしてくれたな。」
「うるさい!廊下で騒いでるお前達が悪いんだろうが!生徒会室の前で堂々と暴れやがって!」

 

急に血が上ったように怒りだした会長だったが、咳払いを1つして冷静さを取り戻す。

 


「コルネリウス家の主席と仲良くしてるからってお前も学園で闊歩出来ると思うなよ貧乏人。
貧しい出のお前は顔はいいからな。一流貴族に尻尾でも振って、次席にでもしてもらえたんだろう。」

 


血相を変えたジノが一歩踏み出したが、リヒトが手で制する。

 


「田舎の貴族ごときが大きな口を聞く。」
「何だと・・・?」
「お前、今成績第3位とそこらじゅうで大口叩いてるようだがな、ココロやグランはいつも本気を出してないし
サジ先輩も本気を出せばお前はもっと下位だろう。
会長の就任も、いくら金を使ったんだ?」
「うるさいぞ貧乏人が!家のバックアップのない一般人なんて俺が本気を出せば―――。」

 


三度、言葉は途中で途切れた。
会長の姿が消え、そこに居たのはイタチだった。
茶色のイタチは、状況がわからず固まって居たが、自分の手足を確認して絶望したのか、その場で気絶し廊下に倒れてしまった。
廊下の向こうから現われたのは、杖を構えたマリーだった。

 


「まったく。うるさい男だねぇ。下の階にも声が届いてたよ。」
「あ、ヴァイオレットモードだ。」

 


惨めに倒れたイタチ―に変えられた会長―の横をすり抜けて、ヴァイオレットがリヒトを見上げた。
その目つきは鋭く、瞳は紫に染まっている。
夏合宿中の特訓と大先生の助言により、マリーはヴァイオレットと意識の統合に成功し
体はヴァイオレットが使ってはいるが、マリーの意識もそこに乗っている状態。
ただ人格はヴァイオレットに引っ張られているので、やや言動は荒っぽいままだ。

 


「ウチも弱小貴族だから、こういう家の名前を盾にする奴は大っ嫌いでね。」
「ありがとうヴァイオレット。マリーもな。俺は気にしてない。」

 


リヒトが頭を撫でてやると、瞳から紫の色素が抜け綺麗な水色に変わる。
もうマリーに戻ったようで、眉も下がり全身から迫力が抜けた。
いつもなら此処で自分のやったことに驚いて泣きそうになってるのだが、

どうやら2人で合意した行動のようで、嬉しそうににっこりと微笑んだ。
他の生徒会役員が出てきては面倒なので、3人は校舎を抜け外に出た。
リヒトが苛立たしげに言葉を吐いた。

 


「あのバカのせいでせっかくの手がかりを横取りされた。」
「学園長先生の秘書さん、やっぱりただ者じゃなかったですね。魔導師でしょうか?」
「知らん!また学園長先生にしてやられた。俺達に調べさせないように。」
「生徒会長さん、自信家な方だとは思ってましたけど・・・あんなにイヤな人だったなんてショックですぅ・・・。」
「典型的な貴族の嫡子だ。田舎の貴族のくせにコルネリウス家を敵とでも思ってるらしくてな。

俺にまで嫌味を言ってくるからうざったいたらない!」

 


ずいぶん嫌な思い出があるようで、歩きながらリヒトは苛立ちを募らせ歩く足が一歩ずつ音を立てうるさくなっていく。

 


「ジノ、サジ先輩に連絡しろ。今の出来事を報告したい。」

 


はい、とポケットから小さな紙切れを取り出す。
サジに預かっていた連絡用の折り紙だ。
僅かにマナを込めただけでサジの元に飛んでいく仕組みで、連絡手段として何枚か託されていた品だ。
折り紙はマナを込めるとツルの形になり、空を飛んでいった。
彼らの集合場所となっている池の畔を目指して歩き続けると、
木製テーブルに到着した時、そこに居た先客は、レオンだった。

 


「よお、お前ら。どうしたリヒト。イライラした顔久しぶりじゃねーか。」
「ベルクのバカのせいで手がかりを逃がした!」

 


自分がバカにされたことよりも、蝶を逃がした事がよほど悔しいようで
ドッスンと音がしそうな程乱暴に椅子に腰掛け、先ほど起きた出来事をレオンに説明する。
というか、イライラしてたので吐き出したかったのだろう。

 


「その蝶なら俺も見たぜ。ルフェを見つけた時なんて増殖して気持ち悪かった。」
「ルフェを探してるんでしょうか。」
「魔法院が上手く隠してるのかもな。」
「索敵を侵入させてる時点で警備体制は相変わらずなようだな。」
「ハハ。怒ってる怒ってる。」

 


ジノが苦笑すると、空から高速でこちらに近づいてくる白い物体が見えた。
アセットに乗ったサジだった。
サジは猛スピードで近づいたと思ったら、地面がまだ遠い場所から飛び降りて、いきなりレオンの胸ぐらを掴んだ。

 


「今日で退学ってどういうことだよ!」
「あらら。バレちまったか。」
「事前に教えろつったろうが!」

 


レオンに詰め寄るサジの剣幕は凄まじく、普段の穏やかで柔らかい物言いをする先輩と同一とは思えない程怒っている。
顔は歪み、怒りのオーラがにじみ出て視認できるような気さえする。

 


「やっぱ性に合わねぇからよ、こっそり出て行きたかったんだわ。」
「バカが!俺が許すと思ってんのか!約束破って先に去ろうとしるのも黙って許してやったのに、お前ってやつは―!」
「皆!大変よ・・・って、ひゃああ、喧嘩は駄目よ!?」

 


走ってやって来たエメルが、サジが今にも殴りかかりそうな剣幕で詰め寄ってる光景に驚いて足を止めたが
緊急事態を思い出して叫んだ。

 


「正門にルフェちゃんがいる!」
「何?」

 


校舎の窓からルフェの姿を確認したエメルが一同を呼びに来てくれたようで、サジがレオンの襟首を離した。
エメルを置いて、全員アセットで正門まで飛ぶ。
林を抜け正門前の花壇を超える。
ルフェ、とマリーが同じ名を叫んだ。
正門の真下で、制服を纏ったルフェが仁王立ちしていた。
彼女の元へ駆け付けようとアセットから降りたジノとマリーだったが、見えない壁にぶつかって阻まれた。

 


「バリア?」
「違う、これ、ブロール宣言時のフィールドだ!」

 


アセットから降りたリヒトも見えない壁に手を添えた。
マリーがルフェの名前を叫び続けるが、ルフェは真剣な顔で、ただ1人―レオンを睨み付けていた。

 


「サジに殴られる覚悟はしてたが、こう来たか・・・。」

 


そう独り言を吐いて、レオンが歩き出す。
他のメンバーは見えない壁に阻まれるのに、レオンだけは見えない壁を抜けて、ルフェの前に立った。

 


「元気そうだな。」
「レオン。貴方にブロールを申し入れます。」
「俺とお前は除外されてる。」
「学園長先生に頼んで、1対1で戦えるようにしてもらった。フィールドはこの正門前広場のみ。」

 


いつになく真剣な眼差しをした、張り詰めた雰囲気のルフェが、杖の先をレオンに向けた。

 


「私が勝ったら、退学を取りやめてもらう。」
「は!?つか、なんで知ってんだよ。」
「勝利条件は、どちらかが負けを認めること。ブロール!」

 


ルフェが叫ぶと、紫色の閃光が地面から生まれ、フィールドを展開する見えない壁を通り空に突き抜けた。
闘技場の整備は整った。
いまいち状況が掴めていないレオンを置き去りにして、先制はルフェが取った。
杖の先にマナを圧縮した弾を作り、開幕一番で大弾をぶっ放す。
フィールドの外に居た仲間達に攻撃は当たらなかったが、爆風が吹き抜け、高圧縮されたマナの凄まじさを肌で体感した。
今までの彼女と全く異なる、敵意を込めた攻撃。
これがルフェの本気だというのか。
レオンはもちろん避けたが、避けた先に次の弾丸が放たれ、壁に当たって砕けるその威力もまた凄まじく
フィールド内で直に爆風に当たり巨漢の体が押し出されそうになってしまう。
ひとまず体の前にバリアを張ったが、頭上から細かい散弾が降ってきたのに勘付き、床を転がって避ける。
外側で観戦していたマリーは、ジノの袖を引っ張った。

 


「ジノくん・・・ルフェ、本気よ。本気でレオンさんに攻撃してる。止めなきゃ。」
「ブロール宣言は外野では止められないよ。条件が満たされるまで。」
「でも、あんなの・・・!」
「きっとルフェに考えがあるんだ。今は黙って見守ろう。」

 


裾を引っ張るマリーの手を取って握ってやり、サジの横顔を伺った。
悔しそうに唇をかむサジ先輩は、きっと自分も中に居たかったんだろうと察する。
だが今、サジの役を何故かルフェが代行していた。
フィールド内の攻撃は更に激しくなった。
ルフェが生み出すマナは白いので、弾ける度中がホワイトアウトするのが更に激しさを演出する。
間髪入れず放たれる猛攻は遠慮が一切ない。本気で殺そうと思えば殺せそうな、初めて見るルフェの本気だった。
彼女は、その莫大なマナと過去のトラウマから本気でマナをぶつけることが出来なかった。
いくら威力や操作性を上げても、攻撃としてはずっと弱い。彼女の過去を知ってる仲間はそれを理解し受け入れていたが、
弱みは今、この場には無かった。
莫大なマナを持つ少女の本気を、一同は間近で目撃していた。
彼女が放つ本気の一撃は、こんなにも重く鋭いのか、と。
夏休み中、もしかしたらタテワキに猛特訓を受けていたのかもしれない。
技のキレも出力方法も学生の力量を軽く凌駕していた。
一方、レオンは防戦の構えを崩さず、動きにまだ戸惑いが見られた。
ルフェの本気の攻撃にも、出された条件にも戸惑ってかみ砕けない様子だった。
ただただ、放たれる攻撃を避けるか打ち返すのみで攻撃を一切しようとはしない。
いい加減、ルフェもしびれを切らしたのか、攻撃を繰り出しながら、急に走り出した。
マナの弾を撃ち込みながら、その手にアセットのハルバードを握る。
地面を軽く蹴って、真上から脳天を狙ってハルバードの刃を振り下ろす。
レオンも反応し瞬時にアセットを展開、彼の武器である大薙刀に変形させ柄で一撃を防いだ。
軽く髪をなびかせたルフェは、空中で体を捻って手首を回転させながらレオンの首を狙って横に一閃した。
刃が当たるギリギリでレオンはしゃがんで一撃を防ぎ、ハルバードを大薙刀で払った。
ルフェが後ろに飛んで避ける。
地面に着地しながら、左腕を振るうと、体の横に作って置いたマナを投げつける。
曲線を描いて落ちるそれらを横に飛んで避けるレオンだったが、前方から別の軌道が見えた。
初めて、レオンの体にマナが被弾した。
マリーが悲鳴を上げたが、ブロール宣言中は建物も人物も守られているので怪我は無い。
無いはずなのに、レオンの額は赤く腫れていた。

 


「衝撃は殺してないようだな。」
「レオンさん、遠慮して反撃しないつもりですかね。」
「そんなの、俺もルフェちゃんも許さないよ・・・。」

 


サジのつぶやきが聞こえたのか、レオンがやっと大薙刀を構え対戦の意思を示した。
またルフェが走り出し、低姿勢のままハルバードを構え、今度は切っ先の槍で射貫くようだ。
足下をマナで加速させており、常人の目では捕らえられないスピードでレオンに迫る。
突きの一撃を大薙刀で弾き、柄の上部でルフェの肩を叩くため振り下ろす。
が、ルフェは素早く右に避け、アセットを器用に手の中で回転させ、斧部分でがら空きになった脇腹を叩いた。
今までのルフェではあり得ないスピードに、咄嗟に攻撃箇所にだけ小さなシールドを3重に展開するも、
ハルバードの一撃で大男が吹っ飛んでフィールドの壁に当たった。
衝撃で呻いたレオンの体が地面に落ちたと同時、ルフェが体の周りに作った小さな弾丸を撃ち込む。
弾丸は小さいが、スピードがかなり乗った重いものだった。
爆煙が上がり、数秒の間、外からは中の様子が窺えなかった。
煙が止んだ時、そこには、横たわるレオンの首根っこをつかみ杖の先を眉間に向けるルフェの姿があった。
巨漢の主席が、小柄な少女に身動きを奪われる姿はかなり衝撃的なものだった。
意識が朦朧としているのか、痙攣している瞼を必死に開こうとするレオンが、口を開いた。

 


「ルフェ・・・こんなことして、何になる。」
「レオンにはまだ学園にいてもらう。」
「無駄だ・・・。もう戴冠式の日取りも決まってる。」
「知らないよ、そんなの。」
「俺は、俺が出来ることをする。」
「逃げる理由に私を使わないで。」

 


レオンが息をのんだ気配は、リヒト達にまで届いた。

 


「ずっと逃げてたくせに、もう逃げられないと悟って、運命を飲んだふりをするのに、私を使ったでしょ。」
「そんなことは・・・。」
「今の迷ったレオンのまま貴族の世界に挑んだって、レオンは潰されちゃうもの。
私、レオンの弱いとこ、ちゃんと知ってる。」

 


杖の先に集まったマナの気配を察して、レオンは頭を捻って眉間への直撃を避けながらルフェの手をほどいた。
一度地面に転がって大薙刀を構え直すと、ルフェに向かって地面を蹴る。
だが、大薙刀はレオンの手の中で綺麗に真っ二つにされていた。
瞬間移動したルフェのハルバードによって。
レオンが狙っていたのがルフェの残像だと気づいた時には、背中にマナの散弾を受けて地面にたたき落とされる。

 


「さあレオン。そろそろ本気出さないと、退学取り消しだよ。せっかく当主になるって決めたのに、本家の人たちが怒るんじゃ無い?」

 


煽るような台詞に、ジノでさえルフェがどうしたいのかわからなくなってきた。
ルフェの背後で太陽が沈み出している。
強くなってきたオレンジ色の陽光が、ルフェの白いハルバードを輝かせている。
薄く笑ったその顔は、まるで絵本に出てくる魔女だ――
レオンが、いきなりうなり声を上げて叫んだ。
雄叫びに近い野太い声を出して、立ち上がる。
アセットにまた力を入れ、大薙刀を作り直すといきなり走り出しルフェの脳天に柄をたたき込もうと構える。
ルフェはハルバードで対抗はせず、体の前に弾を一列作り、打ち込んだ。
レオンは地面を蹴って飛び攻撃を避けると、空中をもう一度蹴って、斜め上の角度から大薙刀を構えたまま急降下。
マナの弾を放ちながら、ルフェもハルバードを構えた。
力と力のぶつかり合いで、再び凄まじい爆風がフィールドの外に吹き抜けた。
悲鳴を上げるマリーの肩を支えながら、ジノは、大薙刀のやや湾曲した刀身がルフェの肩に食い込んだのを見た。
咄嗟にマリーの目を塞ぐ。
ブロール宣言中なので出血することはなかったが、痛みはあるだろうに、ルフェは構わず手の平に込めたマナをレオンの腹部に直接叩き込んだ。
レオンの体がくの字に曲がり後ろに押されるが、足を地面に付けて踏ん張ると、再び大薙刀を振り下ろす。
ハルバードが横に一回転して大薙刀の柄を弾き、自身も右に避け、槍部分を顔面に向かって突き刺す。
レオンは、その刃を手で直接握ってハルバードの動きを封じた。
刃が肉に食い込み、ブロール宣言中にも関わらず、鮮血が伝って地面に滴れた。
両者は至近距離で睨み合った。

 


「本家にぐだぐだ言われるの、怖いんだ。」
「せっかく決意を固めたってのに、一体どうしてくれるつもりだい?
だいたい、お前とはこの春会ったばかり。交流会を期に守れと言われただけの仲だ。
あれやこれや言われる筋合いはないね。」
「それは私も同じ。レオンなんかに、救って欲しいなんて思ってない。」

 


ルフェはハルバードの変形を解くと、急に力のやりどころを失い生まれた隙に向かって、壁のようなマナを体全体に打ち付けた。
分厚いコンクリートに体全身を叩きつけられた衝撃に、レオンの足取りがフラフラになり、
意識が飛びかけた所をルフェがその小さな体全体でタックルして馬乗りになった。
肩を押さえつけながら、杖の切っ先をまた眉間に向け、叫んだ。

 


「私は囚われの御姫様なんかじゃない。私のためなんかに、当主にさせたくない。
どうせ当主になるなら、自分から望んでなってよ!」
「ル・・・ルフェ・・・?」

 


山間に沈み始めた夕日の、最後のあがきのような強い光が生み出す反射で
初めてルフェの頬に涙が流れているのにジノ達も気づいた。ジノの手を振り払ったマリーもしっかりと確認する。

 


「レオンは本当は誰よりも優しくて、誰よりも心配性な普通の人なの知ってる!
本当は、貴族の家から逃げ出したいのも知ってる!でも逃げられないというなら、せめて私と関係ない理由で家督を継いでよ。」

 


ルフェが握る杖の先が震えていた。
もはや、彼女に戦意は無く、悔しげに泣き続けて顔はぐちゃぐちゃだった。

 


「レオンがいたから!レオンの言葉で私は、私の封印を解いたの!自分の意思で!
此処にいるのも、全部レオンのおかげ!だから・・・私は、こんな私のためにレオンを、当主になんてさせたくないの・・・。」

 


地面に横倒しにされていたレオンが、ゆっくり肢体を持ち上げ、
自分の上で泣き崩れるルフェを、呆けた顔で見つめていた。
レオンもまた、なんと言ったらいいかわからない戸惑いに染まっていた。

 


「まだ居てよ・・・。もう少しだけ、此処で、学生生活楽しもうよ・・・。私、皆に協力してもらって、やっと帰ってこれたの・・・。」
「そうか。そりゃよかった。」
「レオン、普段学園にいないから、あんまり話せてないじゃない。側にいるとか、守ってやるって言ったくせに、嘘つき!」
「アハハ、そういや、言ったな。そうだよなー。アテナから連れ出したの、俺だもんなぁ。」

 


涙が溢れて止まらないルフェを、そっと抱きしめる。

 


「友達も沢山増えたのに、ルフェは欲張りだねー。俺の負けだよ。」

 


フィールドを形成していた見えない壁が、紫の閃光と共に消えた。
阻む壁が無くなっても、仲間達はその場で動けず見守っていた。

 


「ごめんな、ルフェ。ありがとな。」

 


嗚咽を挙げて泣き続けるルフェの頭を、レオンは撫で続ける。
やがて、サジがゆっくり歩き出し、レオンの元にしゃがみ込むと、拳を握ってレオンに向けた。
ルフェを撫でていない、血が付いた拳で、サジの拳と合わせる。

 


「女の子にここまでやってもらって、情けない奴。」
「全くだ。」
「今度は俺との約束守れそうだな、相棒。」

 


夕日が完全に沈み、辺りが一気に夜に飲まれ出していく。
ルフェの帰還とレオンの退学取り消しは同時に遂行され、やっと彼らの2学期は始まりを告げた。

 

翌日。
朝、本校舎A棟食堂。

 


「もうあんな無茶な戦い方やめて下さいねルフェ!私、心臓止まるかと思うぐらい心配したんだから!」
「ごめんね、マリー。ああでもしないとレオンは引き留められないと思って。」
「それにしても、ルフェかなり強くなったね。どんな特訓したの?」
「後でじっくり話すよ。話したいことはいっぱいあるしね。」

 


いつもの3人組は無事復活し、他の生徒に囲まれながら朝食を取っていた。
昨日の騒ぎは多くの生徒が見ていたのだが、ブロールの壁に阻まれていたのと距離が遠かった事が幸いし
主席と転校生が何か戦ってる、ぐらいにしか取られなかったようで、大きな騒ぎにはならなかった。
もし近くで観戦されていたら、主席を圧倒していたルフェが畏怖の対象として、また別の意味で目立ってしまうところだった。
無事再会した3人組だったのだが、言葉を交わす暇もなく復学手続きやら学園長先生への出頭やらで
満足には話せっていない状態だ。

 


「まあとにかく、帰ってきてくれて安心したよ。話はあとにして、まずは今日の授業をこなさないとね。」
「学園長先生がカリキュラムを組んでくれたの。だいぶぎっしりとしたスケジュールだけど、これで遅れは取り戻せる。」
「よかったー!また一緒に進級試験頑張りましょうね。」


うん、とマリーに返事をしたところで
1人の男子生徒が食事の乗ったトレイを持って現われた。
褐色肌のかなり長身大柄の生徒で、ジャージ姿だ。


「隣、いいかい?」
「はいどうぞ・・・って、レオン!?」


声を聞いてルフェが椅子の上で飛び跳ねた。
今横に座ったのは、紛れもなくレオン・フォン・コルネリウスだが、ライオンのようにもっさりした髪がかなり短くカットされ
無精ひげは綺麗になり、ピアスやアクセサリーの類いは外されている。
おまけに、大魔法運動会の時以来に見るジャージ姿。

 


「誰ですか。そんな爽やかスポーツマンみたいな人。私知りませんけど。」
「ヒドイなー。俺なりにけじめをつけて来たんだぜ?」
「別人にも程があります。というか、今なら年相応に見えます。」
「俺がバリカン入れたんだよ~。」

 


トレイを持ったサジとリヒトが同じテーブルに着いた。

 

「チャラいイメージを綺麗さっぱり捨て去ってみました。」
「短くし過ぎじゃねぇか?囚人になった気分なんだが。」
「同じようなもんだろ。ルフェに負けたのはお前だ。」
「力で負けたわけじゃないぞ。俺はまだ全力出してない。」
「その割には力入ってたじゃないですか、レオン。」
「なんだー?また俺と対戦すっか?」
「望むところです。」


嬉しそうに口角を上げながら食事をするルフェを見て、ジノとマリーは良かった、と胸をなで下ろした。
ルフェの突然の行動に戸惑ったが、一番良い結末に落ち着いたようだ。

 


「それにしてもルフェちゃんかっこよかったなー。バカの目を覚ますには拳に限るね。
俺がやりたかったことやってくれて、スッキリしたよ。
積もる話は、放課後にしようか。まずは、お帰りなさい。」
「ありがとうございます、サジ先輩。」

 


ルフェはにっこりと微笑んだ。
それから、夏合宿中に作った花火の話で盛り上がり、一同は夏休み前と変わらぬ雰囲気で和やかに食事を取った。
今度は、レオンも一緒に。
 

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