❀ 4-3
翌朝。
朝食を取ってから、用意してもらった馬車に乗った。
「落ち着いたら、また来てもいいですか?この街をちゃんと見てみたいです。」
「フン。好きにしろ。」
「お世話になりました。どうか、お気を付けて。」
「俺を誰だと思っている。ベルク家の当主だぞ。お前らこそ、簡単に捕まってくれるなよ。」
神妙な顔つきのベルクに見送られ、港へ向かった。
魔女の無限回廊の膜内では常に吹雪に襲われ雪も高く積もっていたが外は気持ちよく晴れていた。
雪は残っているが、街道は雪かきが済まされ馬も軽快に進んでいく。
「馬車なんて初めて乗った。」
「僕も。今の時代、公道で馬車を使えるのは貴族ぐらいだからね。マリーは慣れたもんだろ?」
「私も子供の頃何度か使ったきりですよ。ルフェ、これから船に乗りますけど?」
「そうだ、船も初めて!」
「フフフ。」
無表情なことが多いルフェが、瞳をキラキラさせて子供のように馬車を楽しんでいるので、二人も釣られて気分が上がる。
流れる街並みも、馬蹄の軽やかな音もルフェには物珍しく、初めての体験だった。
窓から見える街並みに、建物が増えてきて、人の姿も確認出来るようになった。
海の匂いが届いてきた。
カラフルな瓦屋根の向こうに、青い境界線が輝いている。
朝の眩い太陽に水面が煌めき、その上に船が5隻浮かんでいた。
「貿易船はこの戦争下でも、物流の要だ。」
「ボネさんは、ご実家が貿易を営んでらっしゃるんですか?」
「世界で2番目に大きな会社で、長女のボネさん自身も子会社を任せてもらってるって聞いたよ?
学園に居るときすでに経営してたしね。」
綺麗な石畳の道を馬のスロットで進んでいたが、港の入り口に着くで下ろしてもらうようお願いした。
ベルク邸の使者さんに礼を言って、辺りを探る。
逞しい二の腕をむき出しにした男達が荷物を運んだり、マナ石を埋め込んだ機械のアームでコンテナを積んでいる。
今ちょうど港に着水している大型船は、かなり年期があるのか塗装が剥がれたり薄くなっているが、それでもまだまだ現役。
近づくたびに船の大きさに感嘆の声が漏れる。
と、水夫が汗水垂らして働く場に響くには、ずいぶん甲高い黄色い声がした。
「皆~!久しぶり!」
「ボネせんぱ・・・うぎゃ!」
「マリーちゃん相変わらず可愛いー!ルフェちゃんも美人になったし、ジノくんすっごく大人になったねー!」
「先輩・・・くるしいっ!」
長身美女に3人まとめて抱きしめられ、一番端にいたジノの首がジャストに絞まる。
クロノス学園時代、生徒会副会長だったアンジュ・ガブリエル・ボネ。
ショートカットで手足も長く、女生徒ながらズボンを履いて通っていたせいか、男装の麗人として男女共に憧れの的であった。
常に生徒会長の脇に控え影の実力者であると噂され、実家が有名な貿易会社であるのも憧憬の念を集める理由である。
が、実際は違う。
可愛いモノが好きで、パニックになりがち。
常にほわほわしている性格は、会長ベルクから頭に花畑が出来ている、と比喩されていた。
本当の影の実力者は書記のシュヴァルツであるというのは、極一部の人間しか知らない事実だ。
ジノは意識が途絶える寸前でボネの腕から逃れ、息を整える。
「ご、ご無沙汰しております・・・。お元気そうで、なによりです。」
「会長から話は聞いたわ。ストラベル国まで私の船で送るね。ちょうど、港に物資を届けるところだったの。
心配しないで。中はとっても綺麗だし、快適よ。」
あの、と腕に捕らわれたままのルフェが話が出来るように顔を上げた。
髪はもうボサボサである。
「船、大丈夫でしょうか。私達、魔女に狙われてるかもしれないのに。」
「任せて!ボネ商会がいまだに現役なのはマナによる防御が完璧だからなのよ。実際に説明するから、さ、乗って乗って。」
ボネに背中を押されながら乗船した内部は、確かに綺麗であった。
壁は白のペンキで塗り直されており、汚れや臭いは気にならない。
さらに通された客室は、ボネの乙女趣味全開のファンシーな内装になっていた。水夫達はきっと立ち入らないだろう。
全体的にピンクを基調としており、フリルが付いたカバーを掛けられたソファー、アンティーク家具にティーセット。
コンテナ船の一室だとは思えない。
「此処は特別なお客様用の一等客室。皆の個室も用意したから、後で案内するわ。
これから船で2日かけてストラベル国に入国。魔族側が狙ってくる可能性もあるから、船外へは出ないようにしてね。
貴方達は来賓だから、1階から4階は好きに使って。図書館や食堂、ジムなんかもあるわ。」
ハイテンションなボネから船内等の説明を一通り受け、操舵室を見てくると一時退室していった。
数分後、船にエンジンがかかったのか、力強い振動を体に感じる。
船内アナウンスの後、船は出港し前進する。
部屋にいくつかある円形の窓から、先程いた港の風景がゆっくりと右から左へ流れていくのが見えた。
陸が徐々に遠ざかり、青い海と空しか窓の中に存在しなくなる。
「さて。難しい顔をしてる理由を話してくれるかな、ルフェ。」
「・・・顔に出てた?」
「私達はルフェの専門家みたいなものですから。船に乗った後から様子がおかしかったです。」
さすがね、とルフェは魔法院のローブを脱いでピンク色のソファーに掛け、窓際に立った。
「このまま戻れば、魔法院の特別対策班として動かなきゃ行けなくなる。その前に、ハッキリさせたい事があるの。」
「予言のことかい?」
「それもある。
私は、自分の意思なんてなくて、言われた通りただ生きてきた。罪を背負った人間に望みなんてなかった。
でも、もし・・・本当にロードさんが言った通り、背負わなくていい罪だったとしたら、私は私の思うまま生きてみたいと思うの。
罪人の現実逃避かもしれないけれど。」
窓の外を眺めていたルフェは、椅子に腰掛ける友人2人を振り返った。
その瞳の漆黒はどこまでも輝いて、そして熱量を帯びていた。
今までに無く、力のこもった双眸は剣のように鋭く、空と大地のように逞しい。
「私は、私の大切なものを守りたい。私にその力があるなら、予言とか女神とか、関係ない。
降りかかる全てから守り切ってみせる。
けれど、糸が絡まりすぎていると思うし、知らなきゃいけない真実も沢山ある。
全部知った上で、動き方を考えたい。
それには魔法院の下にいては叶わない。
ごめん。私、我が儘言うね―――、一緒に付いてきて。」
2人は柔らかく微笑んで同時に立ち上がると、歩み寄ってルフェをそっと抱きしめた。
「よかった。また1人で行くって言い出すんじゃないかと思ったよ。」
「我が儘なんかじゃありません。私達は一緒です。返事は決まってます。」
「ごめん・・・。2人には、家族も帰る家もある。これは立派な謀反だ・・・。」
「ヴェルディエ家はそこまで軟弱ではございませんよ。なにしろ、私の生まれた家ですのよ?最後まであらがい続けましょう。」
「僕の両親はただの一般市民で、避難地へ退避済みだし、魔法院が何かしようとは思わないぐらい地味だから大丈夫さ。」
それより、と2人はルフェを包む腕に力を込めた。
「今度は一緒にいられる。それだけで嬉しいです。私は弱くて、足手まといかもしれませんが、ルフェがやろうとしてること、
成し遂げたいことを全力で助けます。」
「ルフェが共にと言ってくれて、ちょっと泣きそうだ。」
・
・
・
航海士や船長と話を終え、客室に戻ったボネが見たのは
綺麗に畳まれた3着のローブと、謝罪が記された一枚の紙だった。
3人はどこかへ消えてしまった。
船内を探してももう無駄だろう。彼らはもう此処には居ない。
ジャケットの裏ポケットから携帯を取り出して、耳に当てる。
「あ、シュヴァルツ君?ごめんねー。3人、逃がしちゃった。・・・・ハハ、そうだね。ベルク会長の予想通りだったみたい。」
もう少し思い出話に花を咲かせ、同世代のたわいない会話を楽しみたかったが
世界を相手にする彼らを引き留めるには、自分は役不足だったようだ。
手紙を大事そうにポケットにしまってから、耳に携帯をあてたままそっと客室を出た。
*
ルフェたち3人が魔法院の指示を無視して逃亡中だとトーマ兄ちゃんに伝えたら、そうか、と短く答えただけだった。
トーマ兄ちゃんは昔から感情が薄い。表に出さないだけなんだろうけど、凄く淡泊で素っ気ない人だった。
子供の頃は泣き虫だった俺に、ぶっきらぼうながら魔法を教えてくれて、一緒に遊んでくれたけど
ある日突然、名前を捨てどこぞの魔導師の弟子になると言って家を出て行った。
そんな兄ちゃんと久々に再会したのはクロノス学園だった。
タテワキ先生として日々を送る兄ちゃんは、とても自由で、楽しそうに見えた。
今は、昔の兄ちゃんに戻ったみたいだった。
「グリモワールなんて、どこで手に入れたんでしょうか。」
頬に付いた魔物の返り血を袖で拭いながら、だらしなく座るオレの隣にリヒトがやって来た。
魔物の群れ退治はもう終わったらしい。数は相当数与えられたはずだが、さすが優等生。
リヒトも、学園を卒業してから大分雰囲気が変わった。
彼を縛り付けていたものが無くなって、やっと年相応に生きていけたおかげだろう。
もちろん、気難しい彼の相棒になってくれたジノくんの功績はでかい。
「トーマ兄ちゃんの師匠は、伝説級の大魔導師に命じられて世界に散ったグリモワールの回収任務をこなしてたんだってよ。
その途中で、契約出来たんじゃない?」
「失われた書物とですか?噂によれば、グリモワールは神域まで達してしまったため、魔法院が危険視して書物狩りまで行い、
世界から消し去ったと聞きました。」
「消せるわけないさー。過去の大魔導師達が魂をつぎ込んでまで作り出した至高の傑作。しかも現代と違ってマナが濃かった時代の品だ。
あれはただの手引き書じゃないらしいからねー。」
「魔法院だけじゃなく、魔導師協会もざわついてるらしいですよ。
グリモワールの使用者となったタテワキ先生を今すぐ大魔導師にしろって話も聞きました。」
「ならないさ、あの人は。高位魔導師だって、特権を使うために嫌々なったんだから。」
瓦礫の上から腰を上げて、ローブに付いた汚れを払う。
憂鬱だ。
こんな憂鬱なのは、バカレオンが学園を去ると言い出した時以来だろうか。
胸がざわついてしかたがない。嫌な予感がするのに、オレはいつも蚊帳の外。
事が動いてから、それを知るのだ。
獣の雄叫びが聞こえた。トーマ兄ちゃんが召喚したグリフォンが今日も魔物相手に牙と爪を振るっているのだろう。
「ルフェちゃん達はきっと、予言について調べるつもりだ。」
「ええ・・・。ジノはずっと、ロードと2度目の邂逅をしてからルフェの様子がおかしいと言っていました。何か卿から聞いたのでしょう。」
「大人達は何も教える気は無い。帰って来たメデッサ魔導師だって、ずっとこもって密談中。
魔族側の魔女は急にやる気を出して暴れてるし、此処に来て円卓議会が押され気味だ。」
「サジ先輩も動くつもりですか?タテワキ先生を1人に出来ないからって、院に残ったのでは?」
「もう飽きた!」
ポケットから勝手に飛び出してきた白い折り紙達がオレの周りを飛び回り、ジャンプをしただけで体が重力から解き放たれる。
浮かび出す体のように、心がわずかに軽くなった気がした。
そうだ、この魔法を教えてくれたのは―。
「リヒトも行こうぜー?ジノくん、心配だろ?オレも愛しのマリーちゃんが危ない目に遭ってないか心配で心配で。」
「サジ先輩、そんなにマリーにご執心でしたっけ?」
「フッフ。メデッサ魔導師を探す旅路は満ち足りたものだったのだよ。
どちらかというと、ヴァイオレットちゃんにお世話になったんだけど。」
わざとらしく語るオレにリヒトは綺麗に微笑んで、アセットを箒型にして手に握った。
オレはアセットは使わず折り紙の鳥を体の周りに纏わせることで浮力を増加させ高く飛んだ。
木々を追い越して、林の向こう側の荒野でグリモワールを手にして必死に戦うトーマ兄ちゃんに手を振った。
「ちょっと行ってくるね~!後よろしくー!!」
こちらを振り向いた兄ちゃんは驚いた顔をしていたが、すぐに伊達眼鏡の縁を中指で上げると
あっちいけと手でジェスチャーをした。
アハハと笑って返して、オレはリヒトを連れ戦線を離脱した。
「おっと、忘れてた。これ捨てていこう。追跡されちゃ面倒くさい。」
「マナに埋め込まれた契約書は破棄しましたか?」
「そんなの、とっくの昔に取り出して捨ててるよ。」
魔法院の証であるローブを空から落とす。
下級隊員の俺らと違って、トーマ兄ちゃんは動けない。
高位魔導師の証であるオリーブのブローチを授与されたその瞬間に、魔法院に忠誠の証として魔法使い同士の約束を交わしている。
魔王ロードによって契約を強制破棄されたルフェちゃんは運が良かった。
いや、ロードがわざと破棄してみせたのだろう。彼女が動きやすいように。
グリモワールは、兄ちゃんにとって師匠の形見。
今の今まで人目に触れさせることは無かったのに、使わざるをえない程の状況。
そして、守りたい存在。
――待ってて兄ちゃん。オレが代わりに、謎を解いてルフェちゃんを解放してあげるから。
「先に寄り道しよう。予言について探る。」
「まずはどちらへ?」
「修道会の大魔法図書館。」
「正面から堂々と?」
「もちろん、裏からこっそり♪」
「ハハ。お供しますよ、先輩」
*
飛び去るサジとキルンベルガー君の背中を、箒に腰掛けながらアレシアさんは影がなくなるまで見つめていた。
「まったく勝手な弟子ねー。私から知識だけ引き出しといて、用がなくなれば挨拶も無しなんだから。」
広いツバ付き帽子で表情は窺えないが、声には哀愁が見え隠れしている。
この人は、周りが言うほど非道ではない。幼少期から付き合いのある俺もそれはよく知っている。
「ちゃんと聞いてませんでしたね。どうしてサジを弟子に?」
「卒業前に、珍しく真面目な顔してやって来たのよ、あの子。
昔から能力が高く応用力もあり頭も良かったみたいだけど、生まれて初めての向上心をどう扱ったらいいかわからなかったんでしょ。
正直、最初は新しい駒として使おうとしか考えてなかったわ。レオンともルフェとも仲がいいから、
今後の世界情勢次第では他の魔法使いより動かしやすいだろうって。
でもだめね。弟子1人まともに操れないわ。」
召喚したグリフォンは命令せずとも、眼前の敵を一掃していく。
口から吐く圧縮されたマナはまるで炎、大きな翼は巨体の俊敏な動きを可能にしている。
古の魔法使いが記した召喚魔法で、現代にいるはずのない幻獸が空を飛び、魔物の肉を爪で切り裂いている。
「貴方の学園は、良い所でした。誰もが、本来の自分でいられる。煩わしいものを全て忘れて。」
「フフ。それは貴方もでしょ?」
「かもしれません。サジを引き受けて下さってありがとうございました。
俺はあいつの指導者になってやれません。家を捨てた身ですし、他のことで手一杯だった。」
空の彼方に2人の影が消えたのを確認してから、アレシアさんは首を元に戻して、指を鳴らした。
グリフォンの爪と炎から免れ溢れた魔物が内側から爆発し肉片となって散った。
「ルフェがキルシェに飛ばされてから、ウィオプスの目撃情報が一切ない。どういうことかわかる?」
「ウィオプスの出現を操作できるんですかね、ロードとやらは。」
「違うわ。嵐の前の静けさ、凪ぎのようなものよ。予言によれば、ウィオプスで世界は滅びる。
さすがのルフェでも全世界同時攻撃は防げない。
今までは次元の狭間から水漏れのように出没していたとして、今度はダムが決壊したように溢れれば・・・。」
こちらを向いたアレシアさんの双眸は、恐ろしい程冷静で、歴戦をくぐり抜けてきた戦士のような圧があった。
その先の言葉は言われなくても理解出来た。
俺達が回避しようとあがいてきた、名を付けられぬ恐怖。
あえて俺は目線を反らさなかった。
今まで反らしてきたものと、もう向き合わねばならない。
「第3の予言は未完成だとメデッサ先生は言っていました。ルフェの今後の動き次第で改変もありえる。
最後の時まであがきますよ。俺は隣にはいられないらしいですけどね。」
「貴方は運命の子を導くのが仕事だからね。貴方のことといい、ルフェといい、明確に記載されてることもあるのに
未来はまだ未確定なんて歯がゆいけど、もう何十年も味わってきたことだわ。
もう大詰め。大団円にしてやりましょう、タテワキ。」
「そうですね。」
グリモワールを手を使わずめくると、足下に魔法陣を展開させ、吹き上がる風がアレシアさんのドレスの裾を揺らした。
あの日。
幼い自分に、居場所をくれた師匠。
親であり、兄であるあの人は、運命の子を導く役割を俺に譲って死んだ。
本当は、ルフェの先生はあの人だったのに、俺が役割を奪ってしまったんだ。
もう悔いはない。
あの子に出会うため俺は生まれ、あの人が紡いでくれたおかげで此処にいる。
寄り添うことはもう不可能かもしれないけれど。
空が割れ、割れた漆黒のひずみから魔物が再び降りてくる。
武器を持ったトカゲ頭や牛頭が増えた。あの異形達は他の個体と違って少々手強い。
といっても、俺とアレシアさんの敵ではないだろう。
「ねぇタテワキ。そのグリモワール、他にも召喚生物とか禁術が記されてたりしないの?」
「ありますけど、空間歪みますよ。院がうるさそうなんでグリフォンぐらいに留めてるんですが。」
「いいじゃない。何か見せてよ。」
演芸でもしてみせろという手軽さと有無を言わせぬ笑みに、大げさなため息をついて本をめくる。
青色掛かった閃光の後に出て来たのは、空を半分覆ってしまうほど大きな竜。
うろこに覆われた黒い体に、鋭い爪とむき出しの牙。双眸は鋭く光り、大地を蠢く魔物を睨み付けている。
その背中には、コウモリに似た巨大な翼が付いている。
付近に居た魔法使い達の目に嫌でも入っているだろう。
遠慮の無い召喚にアレシアさんは笑い声を上げて大喜びだ。
グリフォンとドラゴンが並んでいる光景は、絵本の中でも描写はされないだろう。
濃いマナが空気中に漂いだしたおかげで弱い魔物は次々消えて行く。
グリモワールを通じてドラゴンに命じると、長い首を少し後ろに反ってから、口から炎を吐いた。
露出した肌が火傷しそうな程に高温な炎と、同時に放たれた咆哮に大地が揺れた。
グリモワールに記された魔物は疑似召喚とは訳が違う。
古の魔法使いが刻んだ最強の獸。生物学的に本物かどうかは、今はどうでもいい。
「世界に見せてあげればいいわ、貴方の憤怒。」
魔物は燃え、大地は震え、大気はピリついていく。
これは怒りなのだろうか。
きっと違う。
再びドラゴンが吠えた。
それは、俺の想いを乗せた切なる咆哮。