top of page

❀ 4-4

「未成年魔法使いが無許可で長距離転移・・・バレたら捕まるな。」
「安心してジノ。もうすでに私達お尋ね者よ。」
「はは。それもそうだったね。」
「それにしてもすごいですジノくん!転移魔法をマスターするなんて。」
「マスターはしてないよ。万が一に備えてリヒトに習っておいたんだけど・・・正直に白状すると、成功したのが今日が初めてだ。」
「体は粉々になってないし、結果オーライ。さ、まずはここがどこか調べよう。」

 

 

海の上だったボネ社の貨物船内から脱出することがが出来たのは、ジノによる転移魔法。
未成年魔法使いが使用を禁止されているのは、その複雑な術式と、失敗した時の反動が大きいためだ。
物質と命をそのまま運ぶことになるので、失敗すれば体が欠けてしまったり、次元の隙間や異空間に閉じ込められて
戻ってこれなくなるという。
よって術式や使用方法は成人するまで一切教えられないのだが、ジノの隣に優秀な先生がいてくれて助かった。
ただ、細やかな転移先の指定までは不完全だったようで、どこかの街中、という情報しかない。
海の上に落ちなかっただけ、かなりマシであるが、ジノは申し訳なさそうな顔をしていた。
建物の間にある小さな広場のような場所から出て、小道を進む。
塗装されてない土の道には、ゴミが落ち建物の壁は剥がれたり汚れたり、落書きまでされている。
治安はあまりよくない場所のようだ。
迷路のような小道をジノの勘を頼りに進み続けると、やっと広い場所に出た。


「あ、海が見えますよ!」
「坂の街なんだね、港とは結構な高低差がある。人もいないから、避難地から離れているってのはわかるんだけど・・・。」
「はい。ではジノ先生、推理をどうぞー。」

 


人がいないおかげで警戒しなくていいからか、探検してるみたいで楽しいらしいマリーが上機嫌に
バトンをジノに渡す。ジノは顎に手を当てるいつものポーズを見せた。


「黄色い石壁に小窓、ベランダに掛けられた花壇の花・・・。それに此処から見える海。
おそらく、セレーノ国だね。それも西側。港が小さいし避難地があるフィオーレじゃないだろうから
ジランドラかノーチェだね。」
「私、ノーチェなら言ったことあるわ。街で買い物をしたこともあるけど、家の形がちょっと違うし、木造が多かった気がする。」
「じゃあジランドラの海沿いかな。」
「東のバイロンかロッソ=ビアンコという可能性は?」
「東側は気温が低いから石造りの家が主流だし、土地の人柄的に、派手な色は使わないはずだよ。」

 

2人はそろって小さく拍手をする。

 


「さすがジノ。まるで目で見たかのような解説。」
「世界の写真集も好きで読んでたからね。旅行目的以外で役に立つ日が来るとは。
それにしても、バーンシュタインの外れからセレーノまで飛ぶとは・・・。位置の調整って難しいね。
僕的には、イニシオ国辺りに飛べたらいいと思ったんだけど、真逆だった。」
「避難地から離れて人が居ないならクリアだわ。これからのこと会議しよう。」

 

気配がないとはいえ、避難を拒否して街に残っている市民や魔法院の追っ手がいる可能性もあるので、
もう一度小道に戻って裏側から街を探索する。


「ねえ、さっきイニシオ辺りに飛べたらって言ってたでしょ?何か理由が?」
「イニシオ国は比較的新しい民主主義の国だ。院の影響も大国ほどではないし、被害も比較的少ない。
それに此処は避難地であり、円卓議会の支部があるトラッド=アンジェ県が近い。
ベルク会長も言ってたろ?シュヴァルツ君も今そこにいて、指示通りなら彼と合流する予定だった。
ちょっと近すぎる。」
「では北を目指しますか?クルノア国のガムールなら知り合いがおります。」
「僕たちの目的は逃亡じゃない。情報収集だ。がむしゃらな移動は得策ではない。」
「ジノ、私に転移魔法教えて。世界中飛んだから、ポイントはわかる。」
「ルフェはしばらくマナを使わない方がいい。魔女に探知される。時期に僕のマナも回復する。
情報を整理してから次の目的地を決めて移動しよう。」

 

小道から、内側の通りに出た。シャッターの降りていないカフェを見つけて、少しの間お邪魔することにした。
木製のお洒落なテーブルに腰掛けて、一息つく。


「どこから責めるべきか、さっぱりわからないわね。」
「予言の事を一番知っているとなると、予言の巫女と呼ばれた9番目の魔女・・・。でもメデッサ魔導師と一緒にいたから
近づけそうにないね。」
「ルフェ、2番目の魔女さんの連絡先知ってると言ってませんでした?」
「モロノエさんは、きっと本当のことを教えてくれない。そんな気がするの。」
「大先生も全容を知ってるか疑問だしね。知ってとして、きっと教えてくれない。
予言は口伝でどこかの書物に記されてる、なんてこともなさそうだ。
といっても、アプローチするなら予言について調べるのが一番だよね・・・。」


あ、とルフェが声を上げて顔を上げた。

 


「1人居た。教えてくれるかも知れない人。」
「誰ですの?」
「ロードさん。」
「いまや魔王と呼ばれている敵の大将だよ?いくらルフェの味方の意思を示したからって、現状危険だよ。
丸め込まれて人質にさせられる可能性もある。そもそも、何か目的があってルフェを騙してるかもしれないし。」
「そうです!100%信用は出来ません!」
「そうかな・・・。」

 


ルフェは、ロードに向けられた悲しそうな双眸を思い出す。
金の瞳が、憂いて胸が痛くなるほどだった。
あの色は、どこかで―――ー。


「あの、私もお1人思い浮かんだのですが・・・。」
「言ってみて?」
「1番目の魔女さんです。確か、予言のことをメデッサ魔導師に教えて一緒に対策しようと申し出たのですよね?
2番目の魔女さんと違って、人間の味方に感じます。」
「それ、いいかもしれない。モロノエさんの話だと、1番目の魔女さんの願いは、女神を作ったものを守る事。
でも・・・場所までは知らないの。」


再び考えるポーズをしたジノが、突然図書館を探そうと言い出した。
薄暗いカフェを出て、通りを歩く。
マリーが携帯でマップを見てはどうかと提案したが、携帯は魔法院が監視している恐れがあるので

電源を切っておくように指示されてしまった。
市街地から中心部目指して進み、住宅地から抜けたところで、運良く本屋を見つけた。
個人経営の小さな見せだったが、ジノが魔法で扉のカギを明け、謝りながら中に入る。
人がいない密室空間は、埃臭さと紙の匂いが凝縮されていた。
杖の先に光を宿してジノはすでに集中した様子で本棚を探り出した。
何も言わずガンガン進んでいたジノに何も聞けず、とりあえずルフェとマリーは近くに人がいないか警戒をする。
これだ、と小さく叫んだジノが取り出した本をレジ台で広げだした。
見やすいようにマリーも光の魔法を使って明るさを上げる。
ジノが見ていたのは、文字がぎっしり書かれた本だったが、ページをめくると地図が出て来た。


「イルの大地・・・。クルノアの北西にある死んだ土地?」
「昔読んだ記憶があったんだ。此処にあって助かった。さすがに詳細までは覚えてなかったんだ。」
「この本はなんですの?」
「イルの大地を始め、ザナドゥ島、ジパン国の諸島、クレセントの湖とか、人があまり立ち入らない未開発土地マニアの著者が
実際の取材や紙媒体のデータを元に考察するっていう、ちょっとマニアックな本なんだけどね。」


そのマニアックな本まで読んでるジノも凄いよ、とは口には出さず
マナで速読しながらページをめくるジノの話を黙って聞くルフェ。


「あった、このページ見て。イルの大地はどの国の所有地でもない。100年前の冷戦時代ですら、
この土地に踏み入ろうとする者はいなかったらしい。その理由を著者はクルノア国で見つけた古い書物から引用してる
“イルとは、古の時代に繁栄した都市国家で使用されていた言語で神を差すという。
神はこの世界とは別の場所に居るため、神に仕えるかんなぎが祈りを捧げる場所であった。
当時の権力者達は、国も言語も超えて、その土地を崇敬していたので、子孫にはあの土地を汚してはならぬときつく言い伝えた。
その子孫達が作った修道会の前身である黄昏の魔術協会は
世界的な影響力を利用して、かの土地に対する支配権、所有権、領有権を永久に破棄するよう全世界に宣誓させた。
いくら国の名前が変わろうが、支配者が後退しようがこの密約は永久に存在する。そういう呪いに似た魔法が掛かっていると聞く“」

 


読み終えたジノは顔を上げて、じっとルフェの顔を見た。


「かんなぎっていうのは、巫女の古語。此処に出てくる古の都市国家は、魔女が消した大陸の中心にあったと言われている。
その時代、世界の八割は支配していた一族が作った国家で、バーンシュタイン国王家はその都市の生き残りという噂がある。
しかも、その一族姓はコルネリウス。」
「え?レオンの家?」
「ロードって人は、その昔魔女姉妹と戦って次元の狭間に閉じ込められたって言ってたよね。」
「う、うん。モロノエさんからそう聞いた。」
「現在ある国家群とは全く違う言語が存在した形跡は沢山ある。長い歴史と侵略で自然消滅したっていうのが定説だけど
それは、ほとんどの人が大陸の中心があったことを知らないからだ。どの教科書も世界はドーナツ型だと示している。
加えて、思い出した。その話によると、聖なる土地に辿り着いた原始存在の人間は2人だとモロノエさんは言ったんだよね?」


ジノの迫力に負けて、声も出ずただ縦に頷くことしか出来なかった。
ルフェの頭の中でも、ピースがはまりはじめている音がするのだ。
知りたいと思ってた絵は、全く知らないものになりそうな予感がして、指先が冷たくなっていく。


「どうして気づかなかったんだ・・・。考える時間は沢山あったのに。
といってもあくまでこれは僕の推理だけど、消えた土地にあった都市国家は、

原始存在、もしくはその子孫が築き上げた国だとすれば、魔女ー当時でいう巫女の存在も知っていたことになる。
原始存在であるロードとの戦争で大陸の中心が滅ぼされる前に子孫が無事逃げ出して、黄昏の魔術協会を作ったとしよう。
巫女に対する崇敬精神を受け継いだ子孫達は先祖の教えを守るだろう。」
「つまり、巫女のことを直接知ってる人たちがイルの大地を守るようにお告げを出した。

なぜならあの土地は祈りの土地。・・・始まりの土地だからってこと?」
「可能性はあるよ。歴史書では、原始の人間は海を何日も渡って辿り着いたとある。今みたいに地図もない時代で
円形の大陸があるだけなら、川を進んで海をさまよった末にイルの大地に辿り着いたかもしれない。
あそこは、四角く出っ張った形をしているから、大陸との接触面は僅かだし。」
「第1の巫女がそこにいる・・・?でも、モロノエさん達ですら滅多に会えないって言ってた。
思念体みたいなものと話すだけだって。巫女達は普段始まりの土地にいるはずなんだけど・・・。」
「陸続きの場所でも、侵入出来ない聖なる場所があるとか。」


ルフェは勝手に、始まりの土地は大陸から遠く離れた海の上の孤島だと想像していた。
でも今思えば、誰もそんなこと言ってなかったし、本にも書かれてなかった気がする。
逆にイルの大地は、どの書物にも、人間が足を踏み入れてはならない未開発の土地とだけ記されている。
珍しい植物や生物、はたまた精霊が住んでるから侵入してはならないのだとほとんどの人が納得し、何の疑問も持たないで生活している。
それほどイルの大地は日常生活で名すら出てこない忘れ去られた大陸の一部なのだ。
ジノは熱弁を続ける。

 


「滅びた都市国家が大陸消滅直後に、権力を利用してお触れをだし、不可侵の約束をさせたなら全てが繋がるんだ。
あともう1つ。コルネリウス家の噂。今はバーンシュタイン国王家の側近として絶大な信頼を受けている筆頭貴族だけど
その昔はコルネリウス家こそが王家の血筋だったことがあるって噂だ。
戦争か、相続問題かで主導権が分家に移り今の形になったとすれば、レオンさんの肌の色は納得出来る。」
「肌?」
「レオンさん、日焼けだと思ってたんだけど、あの褐色肌は生まれつきだ。
この著者が別の書物に記した滅びた都市国家に対しての情報によれば、その国の人は肌が褐色で、金の瞳を持っていたとか。」


ルフェは、口元に両手を当てながら無意識に数歩後退して、後ろの棚にぶつかった。
心配して顔を覗き込むマリーの声すら耳に入らない。
頭の中で、綺麗にピースがはまる音がした。
それはある意味、恐ろしい事実。
かつて魔女達と戦い次元の狭間に閉じ込められたロードの金の瞳を見ると、何かを思い出すようなもどかしい感覚があった。
今それが痛いほどわかった。


「レオンだ・・・。ロードさんの瞳、レオンと同じ・・・。」
「ああ。肌の色も同じ。」
「じゃあ、ロードさんは、魔女との戦いで自分の一族を、滅ぼしたの・・・?」
「起きた事実は当人達しか知らないから、全て推測だけどね。でも、有名なマナの誕生について書いた書には
聖なる土地に辿り着いた人間は1人になっている。これは、ロードという存在を歴史から消したせいだと思う。
彼が土地を滅ぼした犯人なら、巫女達にとっては自分の弟子が粗相を起こしたことになるし
人間にとっては、自分の祖が大罪を犯したことになる。
双方納得の上、歴史を歪めたのかもしれない。」


ロードは、自分の意思ではなく、宇宙意思に乗っ取られたせいで世界を壊そうとしたと言っていた。
魔女が次元の狭間においやったおかげで半分にすんだ、というような言い方もしていた気がする。
もし、ジノの推測が当たっていたとすれば
ロードは自分の家族や親族、国や土地を自分で破滅させたことになる。
それが自分の意思ではなく、宇宙意思による暴挙だとしたら―――。
膝から急に力が抜けて、倒れるように座り込んだルフェをマリーが慌てて支えた。
ジノも難しい顔をやめてルフェの側に寄る。

 


「どうしたの!?震えてるわ。」
「ご、ごめん。僕が無遠慮にペラペラと―」
「違う、違うのよ・・・。」


感情の起伏があまりないルフェも、震えが強くなると共に涙が勝手に溢れてきて止まらなくなってしまった。
指先が冷たく、心臓がバクバクとなって治まらない。
パニックになっていると頭の片隅で理解出来ても、どうにもできなかった。


「もしロードさんが自分の意思じゃないところで、宇宙意思に乗っ取られたとして・・・。
それが予言の効力によるものだとしたら、わ、私も・・・私も―」
「そんなことはさせないよルフェ!」
「ルフェは予言の中に置いてウィオプスと戦う唯一の存在です!」
「マリーの言う通りだ。落ち着いてくれ。」
「だとしても、ロードさんは・・・ロードさんは、自分の手で・・・。」


耐えきれなくなってマリーに抱きついて泣き出した。
震える背中をジノが、髪をマリーが撫でて落ち着かせようとするが、震えは止まらない。
こんな暗い場所にいては、とマリーがルフェを立たせ店の外に連れ出した。
ジノは本を元に戻し、無理矢理開けた扉もしっかり施錠してから、先程のカフェに戻ることにした。


数十分後。
目と鼻を真っ赤にしながら、なんとかルフェの涙は止まったが、まだ鼻をすすっている。
電気も水道も、まだ生きていたおかげで、カフェの中に残っていたポットと粉末でココアを作ってルフェに飲ませている。
ちゃんと代金はレジの横に置いてある。


「ごめんね・・・。急に感極まった。」
「ルフェの子供みたいな無き姿が見れてちょっと嬉しいですよ。子供をあやすってあんな感じなのですね。」
「マリー、ひどい・・・。」
「ごめんよルフェ。僕が悪い。」
「ジノは全然悪くない・・・。それに、ロードさんがコルネリウス家の祖だって当たってると思う。
近くで見た私の直感。」

 


そっか、とジノはココアではなくコーヒーを飲んだ。


「話、続けて欲しい。」
「いいの?」
「もう大丈夫。それより、何かわかりそうな気配がする。糸口が、見えてくるかもしれない。」
「わかったよ。さっきは慌ててまくしたてるように話しちゃったから、少し纏めよう。
全部推測って前提で聞いてね。
滅びた都市国家の生き残りであり、修道会の前身である黄昏の魔術協会が
強力な密約魔法で、イルの大地には手を出さないように世界全体に約束させた。
曰く、イルの大地は神がいる場所で有り、巫女が祈りを捧げる聖なる土地。
今現在、女神が降り立った聖なる土地の有力候補。
予言を阻止して大陸を守ろうとしてくれてる第一の巫女がいる可能性が高い土地だ。」
「なら、次はイルの大地に行ってみよう。」
「侵入させないトラップが盛りだくさんかもしれないよ?」
「平気よ。ジノの頭脳と、私とマリーのアセットがある。」
「ふふ。正しくはヴァイオレットの馬鹿力ですわ。」


1ついいかい?とジノが遠慮がちに口を挟む。


「イルの大地行は反対じゃない。けど、さっきふと新しい疑問が出て来たんだ。
もし第1の予言実行のために宇宙意思がロードさんを乗っ取ったとして、
第3の予言はウィオプスが相手なんだろ?宇宙意思はどこで登場するんだろうか。
それに、ルフェの存在が予言書に記されているならば、やっぱり規模が小さくなっているというか
宇宙意思という敵が明確になってない気がするんだ。」
「その理由を、教えてあげようか。」


3人同時に席から立って、声がした方を振り向いた。
カフェの出入り口に、灰色の外套を纏う人物が立っていた。
フードを目深くかぶっているのと、暗い店内側だと逆光になってしまい顔は見えない。
会話にすんなり入ってきたことと、落ち着いた立ち姿。
此処の市民ではないことは確かだ。


「緊急事態。アセット、使うからね。」
「あたしが補佐してやるから、安心しな。」


狭い店内なので、いつものハルバードではなく弓を構え、隣でヴァイオレットが棍棒アセットを握る。
ジノは2人の影に隠れて魔法陣の術式を詠唱し即時対応出来る用備える。
真冬とはいえ、昼過ぎの太陽が注ぐ路地の眩さは灰色の外套をより明るく見せ、フードの奥の闇を更に深くした。
声は男性だった。それ以外、視覚情報からはわからない。

 


「そんなに警戒しないでくれよ。久しぶりの再会だっていうのに。」


フードの男が顔をあげ、ルフェは確かにその奥にある双眸を見たが
叫び声を上げたジノがルフェの体をさらって左に大きく飛んだ。
板張りの床やテーブルが、一直線に放たれたなんらかの攻撃により粉々にされていた。
動揺して反応が遅れてしまった。ジノが助けてくれなかったら、自分も真っ二つだった。
ヴァイオレットが突進して、アセットを横に構え男の腹部に打ち込みながら店外に押し出した。
だが男はヴァイオレットの攻撃を受けたわけではなく、自ら後ろに飛んで出て行っただけのようで
はためくフードの切れ間から口元に宿った笑みが見えた。
2人も後を追って外に出る。
フードの男がヴァイオレットの攻撃を華麗にかわしながら、通りの左手側に高く飛んだ。
着地したその場に、魔物が控えていた。
牛頭やトカゲ頭といった、中級クラスの魔物だ。あれらは、簡単なマナでは倒せない。

 


「君を迎えに来たんだ。」
「魔族側についたの?」
「弟子入りしたんだ、6番目の魔女に。」
「どうして・・・どうしてなの。」


男がフードを外し背中に流した。
茶色髪に茶色の瞳。至極一般的な顔をした優しげな青年。
アテナ女学院で友になった、グラン・グライナーだった。

 


「さあ、一緒に行こう。ロード様が待ってる。」
予言のことを探ってるんだろ?ロード様に聞けばいい。いじわるな大人と違って、全て教えてくれるよ。」
「グランは・・・、全部、聞いたの。」
「ああ。実に、」


滑稽な内容だったよ――ー。
そう言って笑ったグランの顔は、見たことがない残忍で非道の色を帯びていた。
人を見下し、バカにしている。そこには、他人の命などなんとも思ってないと如実に表れていた。
穏やかな性格でいつも穏やか。他人を避ける傾向にあったルフェにとって、2番目に出来た友達。
崩れそうな体をジノが支え、ヴァイオレットが2人をかばうように前に出た。

 


「あんたまでキャラ変かい?ま、何でもいいから、どいとくれ。」
「退くのは君らだよ。ルフェの腰巾着さん達。マナの少ない奴に興味はない。」
「精神の弱い奴は魔女の洗脳に掛かりやすいと聞くが、これほどまでとは、哀れだね。元ガーディアンメンバー。」

 

ジノ!とヴァイオレットが叫び、仕組んでおいたジノの魔法陣が発動する。
同時にヴァイオレットは地面を蹴ってグランへ突進。
下から上へ棍棒を振り上げ顎を狙う。グランは首を捻って軽く避けたが、足の裏が地面に接着されていた。
ジノのではなく、彼自身のマナで縫い付けられていたので反応が遅れた。
手首を器用にひねり棍棒の端でグランの額を狙って打ち付ける。
が、その一撃は両隣にいた魔物に防がれてしまった。
魔物が稼いだ時間でグランはトラップを解除して攻撃態勢に入ったので、ヴァイオレットは後ろに高く飛んだ。
マナの足場で空中を蹴ると、さらに高く上に飛び住宅の屋根を伝って逃げた。
ルフェとジノは姿を消していた。
魔物に近くを探すよう命令し、グランはヴァイオレットを追う。きっと3人は合流する。
それに、人質を取れば必ずルフェはこちらに来る。そういう子だ。
灰色のフードを再び被って掛けだした。

 

一足先に離脱したジノとルフェは、街の裏路地を走っていた。


「早くヴァイオレットと合流して転移しよう。術式は展開済みだから、発動させればすぐだ。
それにしても、なぜ場所がバレた?たまたま近くにいたとすれば、凄い確率だけど。」
「ジノ、あれは、グラン本人だった?私の見間違い?それか―」
「高度な変身術だとしても、ルフェの目は誤魔化せない。魔族を連れていたのが何よりの証拠。そうだろ?」
「うん・・・。」
「今は集中してくれ、ルフェ。捕まっては自由はない。謎を解くヒントを見つけたんだ。」


凜々しい横顔は逞しく、ルフェの焦りを鎮めてくれた。
ヴァイオレットを見つけやすいようにマナの足場で上に飛び屋根に上がる。
ハルバードにしたアセットを握り直したちょうどその時、下から影が飛び上がってきた。
小ぶりなバトルアックスを手にしたトカゲ頭の魔物だ。
円卓議会の報告によれば、元の交配生物が本当にトカゲらしく、足が速い上に跳躍力に長けているのがこの型の特徴だ。
獲物を見つけた、とにやついた笑みが残忍さを物語っている。
ルフェは急停止し、振り上げられたバトルアックスの一撃をハルバードの柄で防ぐ。
遅れて足を止めたジノが脇腹にマナを打ち込むが、着込んだ鎧が僅かに焼けただけで本体にダメージは与えられなかった。
ルフェやリヒトなら貫けたが、ジノのマナではそれが限界である。
向きだしの肌を狙うようルフェが指示をするも、トカゲはジノとの間にルフェがくるよう上手く立ち位置を変更する。
直線に並ぶの屋根上では、敵に狙いが定められない。
トカゲのくせに機転が利くようだ。
跳躍力はない牛頭とザコ魔物が、近場ではしごを見つけたらしく壁に掛けて登ってくる姿が見えた。
数が増えては不利。ヴァイオレットの場所はまだわからない。
どうする。どうすればー。

 

「お前は俺がいないとダメみたいだな。」


空から黄色のマナ弾が降り注いだ。
トカゲ頭の腕や足に着弾し、悲鳴を上げ後退。
はしごを伝っていた牛頭達も攻撃を浴びてはしごごと地面に倒れた。
ジノの後ろに舞い降りたのは、勝ち誇った笑みを浮かべたリヒトとサジであった。


「リヒト!」
「すまない。遅くなった。」
「フッフー。ジノくんがいなくてダメなのはリヒトの方だよねー。転移先判明してから動きが速くって。」
「黙ってて下さい、サジ先輩。早くヴァイオレットの方へ。」

 


はいよ、と軽い返事をしてジノはマナによる高速移動で街のどこかへ去って行く。
ルフェは再会の挨拶をする前に、好機を逃さずハルバードでトカゲ頭を切りつけ具現化を強制解除して倒した。
足下の魔物達は、リヒトが追い打ちとばかりにマナを打ち込み爆発させる。

 


「まだまだ実戦には弱いな。お前なら10通りぐらいの対策思いついただろ。」
「それは戦力が揃ってる場合だよ。僕だけじゃ・・・。」
「マナが弱くとも打てる手はごまんとある。一緒に手を考えたろ。全く。」
「リヒト、どうやって此処へ?」
「ジノのマナと俺のマナを繋いであるんだ。センサー代わりだな。」
「それ、私につけられてるのかな・・・。グランもそれで私を見つけたのかもしれない。」
「グランだと?」

 


ヴァイオレットの安否確認が先だと、屋根の上を走りながらリヒトに状況説明をする。
同じガーディアンメンバーで比較的仲が良かったリヒトも、グランの裏切りには驚いていた。


「グランは、俺達が卒業する前から学園を休学してたんだ。
魔女との邂逅で精神が不安定になったんだと思っていたが、まさか魔女につくとは・・・。」
「学園にいたとき、授業中に呼び出されて灰色の魔女と戦ったことあるでしょ?あの時、やっぱり何かされたんじゃないかな。」
「そこまで弱い奴だとは思いたくないが・・・。」


ジノが指差した先で、サジの折紙が空を舞ってるのが見えた。
港のすぐ横にあるレンガが敷き詰められた遊歩道の上で、ヴァイオレットがグランに拘束され、
サジが左腕を押さえながらグランを睨み付けていた。
左腕から、血がしたたり落ちている。
ジノはすぐ治療を開始し、2人もグランと対峙する。
ヴァイオレットは意識がハッキリしないのか、震える瞼を閉じないように必死に目を開けているが、足は震え息が荒い。

 


「待ってたよ、ルフェ。」
「ヴァイオレットに何をしたの?」
「ちょっと大人しくしてもらってただけさ。君が一緒に来てくれるなら、すぐ解放する。」
「何の真似だグラン。らしくないことはよせ。」
「僕らしいとは何だろうね、リヒト。君が僕の何を知ってると言うんだ。」

 

パチッと弾ける音がして、グランの周りを漂っていた白い紙がレンガの上に落ちた。


「無駄ですよ、サジ先輩。気配をいくら消しても、あなたの手遊びごときじゃ僕に届きません。」
「あらまぁ。ずいぶん生意気になっちゃって。」


リヒトが表情を更に引き締め、杖を握りしめた。


「グラン。お前は魔女の弟子になったらしいな。つまり、俺らの敵になったということでいいんだな。」
「君たちが抗うなら、そうなるね。」
「そうか。なら仕方が無い。」
「大人しくしてないとこの子がどうなっても知らないよ?」


やめろ、と後ろで治療を受けながらサジが叫ぶ。
彼も、普段の温厚な姿と打って変わって殺気立っている。
ルフェはヴァイオレットの弱った様子にどうしたらいいかわからず、リヒトの横顔をちらりと伺うことしか出来なかった。
あのグランなら、本気でヴァイオレットを傷つけるだろう。
リヒトの攻撃が当たる前に、胸を貫く事だって出来る。
リヒトが体重を落とす気配がして、止めるべきが迷った。
その時、昏睡状態に近かったヴァイオレットがアセットの棍棒を出現させ、隙を突いてグランの頭を突く。
グランは彼女を手放すようなことはしなかったが、よく出来ました、と違う声が褒める。


「よいしょー!」

 


大鎌の鋭い切っ先がグランの頭上に現われ、拘束が緩んだ隙にヴァイオレットとの間を切り裂くように振りかぶる。
人質と分断されて舌打ちをしたグランを、大鎌は容赦なく追い続け、ヴァイオレットをリヒトが引き寄せた。


「遊ぼうよーグラン。」
「僕に構うな、ココロ!」

 


黒い衣装を纏い、楽しげにしかし狡猾にグランを追い詰めるのは、
クロノス学園でリヒト達と同じガーディアンメンバーであったココロ・アルトマンだった。
相変わらずオレンジのフワフワした髪で、遊んでいるように戦っている。
グランは防戦一方になり、苛立たしげに顔を歪め、隙をついてどこかへ転移し消えてしまった。

 

「ちぇー。また逃げられちった。」
「ココロ・・・。お前、」
「あ、皆久しぶりー!元気だった?」
「挨拶の前に説明しろ。それ、グランのアセットだろ。」


ココロが手にしている黒い大鎌は、グランが使用していたアセットと大きさデザインに至るまで全て同じ。
彼は他人の持ち物に憧れて模倣するような人間ではない。
それにその格好、とリヒトが指摘したところでサジが立ち上がった。
まずはヴァイオレットを安静な場所へ、と言われリヒトの腕の中で気を失っているヴァイオレットを心配そうに伺う。
強い意地で意識を保っていたが、緊張の糸が切れたのだろう。

 


「ちょうどこの街に僕の家があるんだ。狭いけど、案内するね。」

 


徒歩で向かい辿り着いたのは、坂になっている街の中腹辺りにあるアパートの5階。
狭いと家主は言ったが、1人で住むには十分過ぎる広さがあった。
設備が整ったキッチンにリビング。L字型に置かれたソファーは何人用だろうか。
マリーを寝かせた寝室にはキングサイズのベッドがあり、ベランダには植物まである。
ルフェは寝室でマリーの手当を行い、
リビングのソファーでサジの手当を終えたジノが、改めて部屋を見渡した。


「ココロさん、1人でここに住んでいるんですか?」
「そ。お茶とクッキーどうぞー。」
「実家がよく許したな。」
「魔法院に招集されたって嘘ついて家出してきたんだー。人材派遣も忙しいみたいで、追っ手もなし。」

 

ガラステーブルに人数分の紅茶とお皿に広げたお菓子を差し出しながら、キッチンの椅子を持ってきてココロも腰掛けた。
ルフェはマリーに付き添って寝室にいるため席を外している。


「オレとしては、お前が紅茶を淹れられることにビックリだよ・・・。」
「アハハー。最初は苦労したけど、お隣さんが気の良いおじいさんで、色々教えてくれたんだ。それはもう根気強く。
おかげでやっと人間になれた感じさ。」


ココロの実家アルトマン家は、昔から優秀な人材を育成派遣する家業を営んでいる。
元々貴族でもあるので厳格で、現代では疎まれているような古い風習も残っているような家だとか。
一人息子であるココロも厳しく育てられ、クロノス学園にも特例で中等部を飛ばして高等部に入学させた程だ。
学園の寮に住んではいたが、定期的に使用人が洗濯をしに来たりと親の過保護と監視の厳しさを
同級生の2人は目にしてきた。
ココロが変身魔法を得意としており、精神の不安定さから見た目がコロコロ変わる姿も同じく目撃している。
入学してきた頃はもっと落ち着いた印象だったが、実家から解放された楽しさで
押さえ込んでいた子供らしさが爆発した結果、実年齢よりかなり幼い人格に変貌していったその様も知っている。
ただ今は、実年齢通りの背丈になっている。


「そろそろ説明しろ。」
「めんどくさー・・・睨まないでよリッキー。」

 


リヒトの無言の圧に、ココロは降参のポーズをとった。
その仕草もまた、子供姿の彼では見せなかった余裕だ。


「ボクね、学園にいる時見ちゃったんだよ、グランが灰色の魔女に付いて行っちゃうとこ。
あのまま連れていかせちゃダメだと思って戦ったんだけど、グランのアセット奪うぐらいしか出来なかった。
それからずっと後悔しててね。
グランは、あっち側にいちゃダメな奴だ。このままじゃいけないと思って、世界を転々としながら追いかけてるんだ。
ま、さっきみたいに逃げられちゃうんだけど。
灰色の魔女は、グランに何か術でも掛けたんだ。じゃなきゃ、人を平気で傷つける人たちと一緒になって
酷い事なんてしない。」
「卒業してから、ずっと追ってたのか?」


ココロはそっと頷く。
彼もリヒト達と同じ時期に学園を卒業している。
ということは、約二ヶ月グランを追い続けていることになる。
グラン自身も魔族と同じように残虐行為を行っていたとすれば、必然的にココロも目撃していたのだろう。
ココロの表情から、グランの変わり具合が安易に想像出来る。


「その格好はなんだ。腕の紋章、エニシダ商会のだろ。」
「さすがーよく知ってるね。お小遣い稼ぎで、たまに商会の傭兵やってるの。
特に今陸路は危険だから、荷運びにくっついてって護衛とかやってる。」
「ココロも逞しくなってー。」


サジが関心しながら紅茶を飲むが、傷が痛むのか慌ててカップをテーブルに戻した。


「リッキー達こそ、この街で何してたの?皆魔法院に就職したんじゃなかったっけ?」
「全員退職した。」
「早っ!魔法院って一度入ったら中々辞められないんじゃなかったっけ?」
「聞くな。知らない方がお前のためだ。」
「えー寂しいこと言わないでよー。予言の阻止のため動いてるんでしょ?ボクも力になるよ?」


全員が驚いた顔をココロに向けた。
当の本人は自分で用意したクッキーをつまんで口に放り込み、満足そうに笑っている。


「たしか第3の予言でウィオプスが大量に攻めて来て世界が崩壊する。
ってことは、現状から推測するにルーちゃんが世界の命運を握ってるから、

皆はそれを阻止するために魔法院を抜けた。どう?ボクの推理。」
「ウソでしょ・・・。ココロの口から現状とか推測とか聞くなんて思ってなかった!」
「まともに言葉をしゃべれるようになったんだな。小学生以下の脳みそだったのに。」
「真面目に話してるのに、2人とも酷い!!」

 


茶化してるというより、本気でココロの成長に驚いてる2人をなだめて、代表してジノが聞く。


「ココロさん、どうして予言のことをご存じなのですか?」
「グランのことを追ってるときに、魔女同士が話してるのを聞いたんだ。」
「魔女から盗み聞きだと?気配読まれなかったのか?」
「ボクが誰よりも変身魔法得意だって知ってるだろ?距離を十二分に取って、聴力強化して聞いたから、気づかれてなかったはずだよ。
どうやって阻止するの?ウィオプスの襲撃が現実になるならルーちゃんは絶対出ていくよ?」
「僕たちはその前に、予言について不明瞭な点や矛盾点が気になったので、詳細を話してくれそうな人物にあたるところでした。」
「さすがジノ知将ー。実はオレとリヒトも気になってどっかに情報ないかと世界の図書館回ろうとしてたんだよ。
途中で危険を察知したリヒトが転移したから何も得られてないけど。」


腕組みをしていたリヒトは仕方ないだろ、と無言の主張をしながらフンとだけ漏らす。
ジノはつい数時間前に降り立ったこの街で辿り着いた推測を、3人にも聞かせた。


「イルの大地か・・・。確かに未開拓の地だからこそ何か眠ってるかもしれないが、

あの広い土地をくまなく探していては時間が掛かりすぎる。その前に第3の予言が実行されては困る。」
「もっと確信がつける情報が欲しいね。かと言って書物系は無理っぽいし・・・。」
「レオンに直接聞けばいいんじゃないのー?ジノくんの話だと、コルネリウス家はその滅びた都市国家の子孫かもしれないんでしょ。」
「あいつが何か知ってたらとっくに教えてくるって。ルフェちゃんの安否が関わってるんだ。」

 


堂々巡りだった。
全ては推測で、確信は何も無い。時間を無駄に消費してるんじゃないかという焦りも感じてくる。
クロノス学園でもトップクラスの頭脳を持った人間が集まっても、これといった対策や妙案は出てこない。
一番後輩のジノが急に手を挙げた。

 


「そういえば、先程グランさんが登場したときに、ちょうど宇宙意思の話をしてたんですよ。
宇宙意思という敵が明確になってない気がすると言ったら、その理由を教えてあげようか、と。」
「グラン何か知ってるかもな。捕まえて吐かせた方が早いか。」
「吐きますかね。洗脳状態なのかもしれないんですよね。」
「誰か、催眠系魔法得意じゃないの?」
「ボク捕獲役やりたい!」
「散々逃げられてたんだろ?」
「皆がいるなら今度こそ大丈夫だよ!」
「野蛮な話をしてますね。」


ルフェが寝室から出て来た。
腕まくりをほどきながら、ソファーの空いている所に腰掛ける。

 


「マリーちゃんは?」
「外傷はありませんでした。マナが回復すれば目覚めると思います。」


差し出された紅茶を受け取りながら、真っ直ぐとココロを見つめる。
全てを見透かすその大きな眼を、ちゃんと正面から受け止めるココロは、やはり大人になったとサジは思う。


「グランを捕まえて、どうするの?」
「正気に戻す。」
「あれが洗脳ではなく、グランの意思でやってる事だったら?」
「殴ってでも止めるさ。ルフェちゃん達が世界を元に戻してくれるっていうなら、それまで閉じ込めておいてもいいかもね。」
「笑顔で怖いこと言うんじゃない・・・。」
「リッキーだって、ジノくんが悪に墜ちたら同じ事するだでしょー?」


そうかもしれない、と納得して頷いたリヒトへジノが訝しげな目を向ける。
ルフェは満足そうに微笑んだ。

 


「ココロのおかげで吹っ切れた。そうだよね。友達なら戸惑っちゃいけない。ありがとう。私も迷わないよ。」
「お礼を言われるようなことはしてないと思うけど・・・。あ!ルーちゃんの顔みたら思い出した。」

 


ココロがポンと手を叩いて、急に神妙な顔になって前屈みになった。

 

「大先生の合宿で、ボクとグラン同じコテージだったでしょ?
毎晩うなされてたんだよ、グラン。
本当に苦しそうでうなりながら、繰り返し聞こえてくる単語は、“魔女が来る”って。
魔女と会ったのは最終日で、あの時はまだ魔女は架空の存在だったでしょ?
絵本の魔女にトラウマがあるのかなーと起こしてあげながら、どんな夢を見たのか聞いたんだよ。
寝ぼけたグランが言うにはね、シャフレットが消える前に、見たらしいんだよ。
この世のものとは思えないぐらい、綺麗な黒髪の女の人。
傍らには、グランが親しくしてたおじさんも倒れてて、多分死んでたんだろうって。
女の人は空から落ちてきた男の人と何か話して、その後男の人が女性を殺しちゃったらしいんだ。」


空気が一瞬止まった。
グランはシャフレットの隣町出身で、シャフレットの消滅を間近で目撃して助かったという過去を持っていると聞いてはいた。
シャフレットは幼かったルフェがマナの暴走を起こして消えたというのが通説だが、
その直前に、殺人が起きていたというのか。


「ルーちゃんと似てたらしんだよ。その女の人。」
「私?」
「だからルーちゃんがシャフレットと関係してるって聞いて、怖くなったとか。」
「どうして?」
「そこまでは教えてくれなかったよ。」
「夢の話だろ?目の前で街が消えた体感がトラウマとなってるだけだと、エメルも言っていた。」
「ボクは本当だと思うなぁ。強烈がトラウマがなければ、グランが親しくなった子を突き放すような態度どらない。」
「その男の人、ロードさんかもしれない。一度だけ地上に降りたせいでシャフレットを滅ぼしてしまったって言ってた。」
「それが本当なら、魔王がその女性を殺したことになるぞ。」

 

しかもだ、と低い声でずっと大人しくしていたサジが口を挟んだ。
彼も前屈みになって顔の前で手を合わせている。いつになく真剣な眼差しはもはや別人のようだ。

 

「ルフェちゃんとその女の人、似てるってことは、親族の可能性は?」
「え・・・?」
「シャフレットの出身なんでしょ?例えば、母親とか。」

 

頭に衝撃が走った。
生まれた時から孤児だったせいで、家族の事など考えたこともなかった。
親代わりはメデッサ先生。それだけで十分だった。
生まれた以上私にも、親がいたはずだ。
一度も考えなかった。本当に。
シャフレットに一緒に住んでいたならば、親も一緒に死んでしまったということだ。
しかし、一番古い記憶は、更地になったシャフレットの地面とウソみたいに晴れた青空。
親らしき人の記憶はおろか、断片的な思い出は何も持っていない。

 

「魔王は、ルフェの母親を殺しておいて、娘を味方につけようとしている?」
「可能性はあるよ。100%ロードを信じる材料はない。あくまで口から出た台詞のみだ。」
「待って下さい。グランさんの戯言も材料にはなりませんよ。夢の出来事である可能性のほうが高い。」
「ここに来て、繋がり始めてると思わないかい?ジノくん。
グランが現われ、ココロが現われ今の話を聞く。
ジノくんが滅びた都市国家の事を紐付けたのも、何か作為的なものを感じる。」
「誰が、そんな・・・。」
「それが予言だとしたら?予言とは、起こると確定した事項を記してある。
本物の予言が存在してるとして、ルフェの魔法院離脱も、グランとの再会も記されてるとしたらどうだ。
オレ達の意思は―――ー、」


突然、下から突き上げる大きな揺れが遅いかかった。
逃げることを考えるより早く、天井が崩れて落ちてきた。
振り幅が大きすぎる縦揺れに視界が役に立たず、ひたすら頭が揺さぶられた。
全員が寝室にいるマリーの身を案じたが、激しい縦揺れと天井の落下、家具の崩壊にまともに立つ事が出来ず
体の周りに防壁を張るのが精一杯だった。
マリーが、と必死に叫ぶ声も轟音に飲み込まれ、床が斜めになっていく。
天井から空が見えるようになり、隣のビルの壁面が近づく。傾いているのだ。
リヒトがジノを抱えてアセットで飛び、マリーの元へ張って行こうとするルフェの腕を

ココロが無理矢理引っ張って空へ逃がそうとするも、本気の抵抗を見せるルフェはマナでココロを弾いてしまった。
どんどん傾斜が高くなっていく床と重力、滑り落ちてくる家具と格闘しながら寝室の扉をマナと吹っ飛ばす。
と、ベッドで眠っていたマリーを抱き上げているサジが宙に浮いていた。体の周りで紙の鳥が旋回している。
サジが頷いたので、ルフェも箒型にしたアセットに跨がり崩れる建物から避難した。
崩れる瓦礫の合間を縫って上へ上へと逃げると、コウモリのような黒い羽を持った飛行型の魔物が空を覆っていた。
ルフェ達の背後で、アパートが崩壊していき、土煙がアセットまで届いてくる。
灰色の外套を纏ったグランがアセットを使わず空中に浮いていた。
フードは背中に落としているので、冷めた双眸がよく見える。

 


「ちょっとグラン!ボクのお家どうしてくれるの!」
「瓦礫の下敷きになってくれれば静かになると思ったのに。」
「な・・・そ、そこまでボクのこと嫌いになっちゃったの?」
「もういい加減うんざりだよ、ココロ。」


グランが左手を肩の高さまで上げた。
その手に握っていたのは、木製の長杖だった。彼の身長より長さがあり、つなぎ目のない立派な一本の木から作られた物だとわかる。
アレは魔法具。古代の魔導師は自分の杖をいつも持ち歩き、自分の術式を刻んでいたという。
近代で使う短いものと性質が全く違い、若い魔法使いが扱うには熟練が足りないため、
魔法院の高位魔導師でさえあまり持っているのを見かけない。
杖の先に光が集まり、発射された。
光速で飛んだ一撃に誰も反応出来ず、背後で崩れている途中だったビルが粉々に吹っ飛んで跡形も無くなってしまった。
背後からの爆風に箒が激しく揺れた。
次は当てると言いたげに、杖の先をココロに向けた。
跨がっていた箒をボード型に変えて、ココロは真っ向から立ち向かう。
覚悟を決めてしまった彼の代わりに、ルフェが叫ぶ。

 


「やめてグラン!こんなことして何の意味があるというの!」
「僕の世界は静かになる。君が今すぐ僕と一緒に来るというなら見逃すが?」


魔物達が獲物を逃がさぬように周りを包囲する。
コウモリに似た羽が大きく横に広がっていく。
リヒトの背負われたジノは、瓦礫が当たったのか額に血を流しぐったりとしている。
サジはマリーを抱き抱えたままで、まともに動けるのはルフェしかしなかった。
杖を構えるルフェを、ココロが手で制した。

 


「大丈夫、ルーちゃん。行って。」
「ダメよ!私は残って―。」


任せて、とココロの屈託ない綺麗な笑みを最後に、全員が爆風で体が押し出された。
威力とスピードはあるが、攻撃性のない柔らかい風船に包まれたような風の流れで、魔物の包囲から抜け遙か遠くに飛ばされた。
ココロの魔法だと気づいた時には、遠くでグランの攻撃が弾ける閃光が見えるのみだった。
戻ろうとするルフェの腕をリヒトが掴んだ。

 

「ココロがくれたチャンスだ。俺達の場所はバレている。すぐ長距離転移しないと、動けなくなるぞ!」

 


奥歯をかみしめながら、ジノとマリーを交互に見た。
2人とも負傷した。早くジノの手当もしなければならない。
アセットで、サジは折り紙で飛び続けながらリヒトは転移魔法を発動させ、魔法陣を潜るようにして彼らは別の土地に飛んだ。

​​

bottom of page