top of page

第三部 夜永月の妖星闊歩9

 


午後八時十三分。
新宿御苑内、酒呑童子の顕現を確認。
前回顕現時と同じ姿、手には混紡を所持。新宿一帯が霊気により赤く染まる現象確認。


同時刻。
渋谷区代々木公園内、特位クラスの霊気を放つナバリを確認。
背丈二メートル余り。和服を纏い、黒い髪を乱した大柄な男性型。
天候にも影響が見られ、代々木公園上空に黒い雲と雷鳴が出現。
現地にいた術士により、崇徳天皇のナバリであると断定される。


特位クラスナバリ出現により下級ナバリが大量に出現する事態に発展。


これを受け午後八時二十四分。
結界術士達総動員で封鎖を試みるも失敗。
術士教会本部より新宿区と渋谷区を危険地域に指定。

本部、並びに関東在住四位以上は、速やかに出動すること。

尚、都内には特殊な結界を張り別領域を展開中。
一般人が巻き込まれる心配は不要。

 


以上。

 

 

 

*   *   *

 

「生きてるウチにこんな光景目の当たりにする日が来るなんて、田舎のじぃちゃんに言っても絶対信じてくれないッスよ。」
「こんな地獄絵図、遭遇しない方が幸せだろう。」

 

明治神宮野球場のグラウンド内。
バッターの位置に立って、上空を見上げる頼安と嵐。
空は暗く、赤く染まり、龍のような生き物と、口が裂けた巨大コウモリ、骨で形作られたカラスらしき鳥が横切っている。
各塁の付近には、首の無い落ち武者、提灯お化け。
人面犬といったメジャー妖怪から、名は無く、思念が形になったカラフルに発光している半透明な個体もウヨウヨしている。
観客席に現れた、四角い石の巨人みたいなナバリが、人間の気配を察して階段を駆け下りる様が見えて陰鬱な気分になる。
呑気な会話を続けていたが、今危機的状況に陥っているのは、二人がよく分かっていた。
都内外にいる四位以上術士は全て派遣されナバリ討伐を言い渡された。
これ以上土地の歪みを強めないためだ。
だが、自分達に爆心地に近い明治神宮付近を与えたのは、身分不相応というものだ。
嵐が肩に構えていた斧を下ろし、柄をしっかりと握り構える。
頼安は懐から人形の紙を取り出して、敵に備える。

 


「やる気満々の所、水差してすみません。」


突然、頭上からそう声が聞こえてきたと思ったら、目の前にいたナバリ達が内側から弾けて消えた。
ギリギリ目で確認出来たのは、半透明の矢が地面に無数に発射されたこと。
呆気にとられる二人の前に、黒い大きな鳥の背に跨がった透夜と、その友人吏九上奏多が現れ人工芝の上に降り立った。

 


「奏多くん・・・やっぱり三位って嘘でしょ。」
「見せ場、奪っちゃっいました?」
「そうだね!これから大活躍するところだったかもね!」


ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべた透夜に噛みついて、手にしていた人形を再び仕舞う。


「今どういう状態なんだ?下位の俺達には情報が下りてこない。」
「崇徳天皇が顕現ってのも、ホント?そんなことあり得る?」
「残念ながら事実です。ただあれらは俺の虚像召喚みたいなものだと判明しました。」
「虚像でこのプレッシャー!?」
「事前に酒呑童子を召喚させて、術士や一般人に三大怨霊を出すと宣言したことで、恐怖心が増し効果が倍増したんでしょう。
簡単に説明します。武蔵野国結界を狙った敵が今回の黒幕です。」
「横浜で遭遇したっていう奴らか。」


透夜が頷く。


「彼らは隠士と名乗り、相変わらず武蔵野国結界を狙っています。今回の騒動も奴らが霊気による結界の緩みを狙った所業。だが、いい感じに罠にはまって尻尾を出してくれた。」
「もしかして透夜くん、何か企んでた?」
「人聞きの悪い言い方しないでください。夏の終わり辺りから、武蔵野国結界に被せるように俺の結界を張り、幻術を発動する術を仕込み敵を閉じ込めました。」
「今、一般人が此処にいないのもそのせいか。横浜の時も別空間に閉じ込められたな。」
「はい。あの時の生田目結界を真似してます。此処は東京の中ですが、言うなれば鏡の世界。
現実とうり二つの異空間。
彼らはこれから武蔵野国結界を壊す算段でしょうが、俺の結界の中に居る限り現実世界は安全です。」
「そ、そんなこと出来るの透夜くん・・・?末恐ろしいねホント。」
「最近戦わないからおかしいなと思ってはいた。奏多が常に隣にいたのもそのためか。」

 


彼らから一歩離れたところで話を黙って聞いていた奏多が頷く。


「結界を維持するため力をほとんど注いでいました。
これから、二重構造だった結界を融合させるので、結界を独立状態にさせてから別の術士に譲渡をします。フリーになれば俺も敵と戦えます。そちらに集中する間、お二人は酒呑童子の方を頼みます。」
「オレ達が!?さっきの雑魚ナバリにさえピリついてたんだよ?」
「手は打ってあります。この作戦、信じられる人達にしか頼めないんです。」
「・・・つまり、頼れるのはオレ達だけと。」
「ええ、まあ・・・。そうですね。」

 


口をとがらせ眉を寄せた透夜の様子に、不安そうだった頼安の顔が満面の笑みに変わる。


「そーか、そ-か!」
「な、なんですかっ。」
「いやいやいや!この緊急事態に透夜くんが頼ってくれて嬉しいなって。ね、嵐さん。」
「ああ。俺達でも役に立てるなら、喜んで協力するぞ。」


暗いのでわからないが、きっと頬を赤くしているであろう透夜が子供っぽい表情をするので、
嵐も先程の緊張を解いて微笑んだ。


「透夜くんより実力はかなり劣るけどさ、信頼に応えるためにも頑張るよ!」
「よろしくお願いします。あとは―」
「こっちは準備出来たよ~。」


声が足元から響いてきた。
野球場の芝に楕円形の影が生まれ、そこから泥人形のように影が盛り上がり、人の形となった。
ネズミ色のパーカーを着て、深くフードを被った中肉中背の男、情報屋逆。
腹部のポケットに両手を突っ込んでいたが、左手を取り出して大学生コンビに手を降る。

 


「よ、二人とも。久しぶり。」
「先輩!?」
「うっす。」
「皆さん知り合いだったんですか。」
「この二人大学の後輩。ちなみに俺、この姿で大学通ってたから―。」


フードを自ら払う。
すると体のラインがすっと細くなり、さらりと音を立てそうな程繊細な金髪が外に出る。

 


「素顔で会うのは初めてかな。」
「え!!!?あっ!?術士一位の更衣傑流!?」
「お前、本当リアクションは百点だな。さて、言われた通り配置は完了。
薬師寺さんもちょうど本部に居てくれたおかげで、崇徳天皇側任せてあるよ。」
「助かりました。」
「私も仲間に入れてくれないかしら。」


上品な女性の声がした。
赤に染まった世界で、足元に水色の霧が流れ始めた。
グラウンド内の気温が急速に下がり、冷たい風が頬を掠める。
明治神宮野球場のスタンドの向こう。壁面に手を添えている巨大な骸骨―がしゃどくろがそこに出現していた。
彼らの前には、赤の袴に白衣を着て、袖をたすき掛けにした女性が立っていた。
片手に薙刀を持ち、勝ち気な微笑みを向けている。
後ろに結った長い髪を揺らしながら、跳ねるように歩いて透夜の前に並んだ。


「滝夜叉姫!」
「困った時は呼びなさいと言ったじゃない、透夜。水くさいわね。」
「まさか・・・自ら出て来てくれるなんて。」
「ナバリにはナバリを。がしゃどくろと共に私も戦うわ。」
「助かります。」

 

本当に嬉しいのか、口元が緩んで眉間の皺が伸びた透夜を見ながら
頼安がこっそり嵐に囁く。

 


「がしゃどくろが味方側なのは嬉しいけど、一気に妖怪大戦争みたいになりましたね。」
「百鬼夜行だろ。」

 


 

 

新宿御苑、代々木公園、明治神宮球場のほぼ中心点にある二十階建てのオフィスビル屋上。
霊気に満ちた風に吹かれながら、二つの影がビルの縁で眼下を見下ろしていた。

 


「あれ?ノエルは?」
「知らん。お前だけでもちゃんと働け。その四肢が体とくっついているのは、ご慈悲のおかげと心得よ。」
「へーい。見逃してもらったんだ、働かせてもらいますよ。」

 


夜であるはずの空は赤く、眼下のビル群も赤い霧に覆われていた。
地表には虫が蠢いてるかのように黒い点が無数に飛び回っている。下級のナバリだ。
一般人が暮らす生ぬるい現実が術士の現実と混ざり、常世とも黄泉とも言える異様な世界が広がっている。
満ち足りた霊気が巌沢には心地よく思えた。
このままこの世界に成り代われば―――。
気づいた時には、彼らの右手側に巨大な影が現れ急接近してきた。
それが巨大な骸骨の手で、自分達を吹き飛ばそうとしていたと理解出来たのは、ギリギリで骸骨の手を避けた後だった。
ビルの屋上には霧もないため見晴らしもいい。にもかかわらず、気配も殺気も一切無く、突然現れた。
巌沢は後ろに大きく飛んで避けたが、平川はビルの縁に立ったまま透明なシールドを張って一撃を弾いていた。
見えない壁を破ろうと骸骨の手に力が入るが、まるでコンクリートのように分厚く固いシールドに諦めたのか、手を引きながらすっと消えていく。
次は強い殺気を感じて、巌沢は慌てて平川の隣に戻って下を確認する。
ビルの側面を、猛スピードで駆け上がってくる影がある。
走っているというより、氷上を滑っているようなその影は、手に薙刀を持ち、赤い袴を履いた女性。

 


「魂を鎖で縛った恨みを晴らしにきたか。」

 


隣の平川が忌々しげに吐き捨てた直後、迫ってきていた女性―かつて隠士のボスが無理矢理魂を支配し従えていた滝夜叉姫の姿が消える。
一呼吸の間を置いて、平川の頭上に突如現れ薙刀を喉元狙って突き刺す。
一歩後ろに足を引いた平川が、手にしていた杖で切っ先を受け止める。
滝夜叉姫が後ろに束ねた髪先が遅れて背中に落ちる音がする。

 


「お前は此処で、私が足止めする!」


平川は滝夜叉姫の敵意を受けたまま冷静な声で告げた。


「巌沢、お前は卵を割ってこい。」

 

左から右へ杖を払い薙刀をはじき、合わせた手から黒い閃光を放つ。
滝夜叉姫がつま先をコンクリートにちょんとつけただけで軽やかに身を翻しそれを避ける。
意識がずれたその隙に、巌沢は変化する。
来ていたシャツが破け赤く膨らんだ筋肉が上半身を包む。
額から二本の角が生え、細い目は白濁し、牙が何本も生え口からはみ出て鼻につくぐらい伸びた。
現れたのは上半身だけの鬼。下半身は巌沢のままのため、ジーパン姿にスニーカーという異様な姿だった。
巌沢は平川の脇をすり抜けビルの屋上から飛び降りた。
脇に黒い塊を抱えて。

 

 

 

 

渋谷区代々木公園内。
噴水池を眺めながら休める木製デッキの上で、薬師寺とその弟子須麻がそれと睨み合っていた。
代々木公園一帯は黒い雲に覆われ、時折雷鳴が鳴り稲妻が頭上に走る。
まるで暗黒が形を成して降り注ごうとしているようであった。
闇の中心にいるのは、銀色の衣を纏い、黒く長い髪を乱した大男。
裾の長い着物の裾は汚れ所々破けている。
ボサボサの長い髪は腰ほど伸び顔は窺えず、今は頭を抱え唸り続けている。
頭を掻きむしる爪は異常なほど長い。
空から黒い雲が落ちて、らせん状にその男―崇徳天皇を取り囲む。

 


「場が支配されています。」
「ええ、わかっているわ。あれはナバリよ。間違いなく。」

 


やがて空気が電気を帯びる。
結界内とはいえ、此処は現世。
霊気が影響を及ぼせるのは、間違いなく強いナバリの証だ。
背筋を伸ばし立っていた薬師寺が後ろ足を引いて身を低くした。
弟子の須麻が両手を伸ばし手の平を崇徳天皇に向ける。

 

 

 

新宿御苑の横。
電気通信会社が所有する東京では珍しい尖塔を持つビル。
頼安、嵐、そして更衣はその壁面に立っていた。
決して十分といえない足場で、吹き荒れる霊気の風に耐えながら、眼前で仁王立ちしている酒呑童子を観察する。
むき出しの目は、ギロリと自分達を睨んでいる。

 

「やだやだ。あんなデカブツ相手にするなんて。俺は情報収集と後方支援担当なんだけどなー。」
「一位が何を言ってるんスか。」
「更衣傑流と言えば、透夜が来るまで術士協会のトップ。赤城山を根城にした一級ナバリを一撃で仕留めるのを見たことありますよ。まさか先輩だったとは。」
「それもこんなイケメンで・・・!あとで話聞かせてもらいますからね!?モテない同盟だって信じてたのに!!」
「へいへい・・・。」

 

ダルそうにポケットから手を出した更衣が、右手の人差し指を拳銃のように向ける。
指先から発射された紫色の閃光弾は、振り上げられた酒呑童子の混紡に防がれた。
頼安が召喚した白い狐が空を掛け、その背に嵐が乗り、更衣によって強化された斧を振り下ろす。

 

 


 


そして、皇居外苑の北。
上半身だけ鬼の男が、静かに丁重に、その卵を綺麗な石畳の上に置いた。
卵は勝手にヒビ割れ、中から黒い煙がゆっくりと流れ出る。
人鬼の前には、将門塚。

bottom of page