第四部 消えゆく流れ星10
「降神合体術“逆しま”。」
夏海の髪が風で舞い上がり、背中に落ちる間にその見た目は変貌する。
爪が伸び、太ももの筋肉は膨れ上がり、頬に黒い縞が三本描かた。
獣のように背を曲げ、手を床―と思われる白くおぼろげな光―につける。
姿勢を低くし後ろ足で地面を強く蹴り、目にも止まらぬ早さで黒い影に迫る。
「七ツ星秘術<北斗星君>。二星、紫光星霧の舞。」
印を結ぶ透夜が夏海の能力を底上げさせ、普段の白虎との合体技の威力とスピードが圧倒的に上昇。
青い稲妻を纏った拳が冥王の左頬を狙う。
拳を思いっきり引いてから振り下ろすが、攻撃が当たる前に体が吹っ飛ばされ大きく後ろに飛ぶ。
冥王が体をよじらせると、纏っている衣服ごと体長が倍に伸びた。
裾が地面の上で激しく波打ち広がり出す。
「目覚めよ、地の底で渦巻く憎悪よ!嫌悪され存在を否定されし闇の子らよ!
我の元に集え。地上と天を牛耳る者どもを蹴落とし、汝らの恨み、今果たしに行こうぞ!」
伸びた裾の下から、紫掛かった黒い靄が生まれ、次々に冥王の体の中に吸収されていく。
それは床だけじゃなく、大気中にも現れ、時に震えた様子を見せながら冥王の呼びかけに答える。
人の形をしていた冥王の体は、二足歩行の化け物へと成り果てた。
だらりと伸びた腕は床につき、三メートルに迫りそうな背丈ではあるが、背は曲がり、気味悪く伸びた首が前屈みにくっついている。
肌は黒く余俺、双眸は赤黒く光り、裂けた口から涎が垂れる。
痩せ細った廃人のような見た目からは、理性も知性も感じられない。
ただ纏う黒いオーラは圧倒的な霊力がこもっている。
冥王が一歩踏み出すと、天狼星の間であり星の力で出来ているはずの床が侵食され、黒く染まってしまった。
吹き出したのはもやではなく、どろりと不快感を覚える粘着性の液体。
「夏海、あの泥触るなよ。」
「はーい!」
冥王の見えぬ攻撃に飛ばされた夏海だったが、再び立ち上がって威嚇のポーズを取る。
透夜は両手で再び印を結ぶ。
足元に青白い線で描かれた陣が三重に現れ自転し、吹き上げた霊力によって透夜の髪と着物の裾が舞い上がる。
「お前の独占欲に他人を巻き込むな迷惑野郎。だが、これも先祖の尻拭い。七星当主である俺が責任を持って取り払う。
星廻交降術・辰星波弾!」
体の前に現れた陣から、青白いビームが放たれる。
凄まじいエネルギー弾が冥王の体に直撃し、左肩を抉った。
筋と皮しかないような左腕が吹っ飛び宙を舞う。
透夜の攻撃が止む。首を僅かに上げたその動作だけで、今失った左腕が、地中を這いずり回る虫のような気味悪い動きで再び生えてきた。
攻撃の合間に距離を詰めていた夏海が、雄叫びを上げながら長く伸びた爪で胴体を袈裟斬りに傷付けるも、その傷も即座に癒え、生えたばかりの左腕で払うように夏海の腹を叩き落とした。
冥王が動く度広がる黒い泥を上手く避けながら、地面に手を置いて下から顎を狙って蹴り上げる。
「三星、魁標斗宿の結い。」
気怠そうに地面に垂らしていた冥王の右腕が、夏海の胴体を貫いた。
かと思えば、その体は揺らぎながらかき消え、本物の夏海が右後方から殴りかかる。
拳は青白い炎を纏っていた。
「結界操術・鼓星、並びに一星、七星剣。」
拳が迫る僅かな間に、空から実態の無い青白い剣が六本降り注ぎ、冥王の足元を囲うように突き刺さった。
冥王の動きが一瞬止まり、体重と威力が十分に乗った夏海の拳が側頭部を叩き潰した。
「白虎分離!」
夏海の体から飛び出した白虎は牙をむき出しにし、鼻に皺を寄せた獰猛な姿で、冥王の首に噛みついた。
「六星、留計止操。」
噛みついたまま喉元から右肩辺りを噛み千切る。
冥王は掠れた苛立ちの声を上げて両腕を振り回し白虎を払いのける。
しかし、先程左腕を生やした時と違い、喉元の復元が不可能であった。
赤黒く光る両目でやや遠くに立つ透夜を睨み付ける。
夏海と白虎も一度下がり、透夜の前に立つ。
摩夜が生み出した七星の術を上手く組み合わせ、妹と式神を補助し強化しながら、しかも場も支配されている。
此処は天狼星の間。それに、儀式の後戦った時より力が洗練され研ぎ澄まされている気がする。
「摩夜ァ・・・!貴様ガ手ヲ加エタナァ!!!」
人間の姿であった頃の声を失い、怪物が出すに相応しい汚らしい声で喚く。
苛立ちを抑える術も失ったのか、長い両腕で地面を乱暴に叩く。
子供のような癇癪を起こして、地面の泥みたいな液体を増幅させ大気中の淀みも濃く侵食スピードを上げていく。
「コノ世界デ一番強イノハ俺ダァ!摩夜ジャナイ!ドウシテダレモ俺ヲ見ナイ!」
冥王の怒りに答えるように、大気が、地面が揺れ出した。
下から吹き出したのは、黒い泥。いや、霊力そのものであった。
それは現世から落ち、常世との間に落ちた人々の無念、恨み、辛み、悲しさ。
浄化されず残ってしまった思念が形を成してしまったもの。
ナバリが発生する根源そのもの。
昔、柱可師匠が言っていたことが透夜の頭を過ぎる。
人の思いは、人が思っているより強い。目に見えずとも、必ずそこにあって、影響を及ぼす。
ナバリを産んだのも、また人である―。
その言葉を体現したような物体が、目の前で生まれていた。
痩せ細った冥王の体が再び膨れ更に巨大化し、君臨している。
その出で立ちは、まさにナバリの王と呼ぶに相応しかった。
床まで伸びる長い髪、漆黒の衣に、銀を編み込んだ黒い絛帯で黒い袴を履き、手には杓、頭には冠が乗っていた。
肩にかけた領巾は、黄泉にも行けず常世にも追い出された悲しき闇そのもの。
目はつり上がり、口はきつく一文字を描いている。
地獄を統治する閻魔も、きっとこんな顔をしているに違いない。
星空を突き抜けてしまうぐらい巨大な姿になった冥王から見れば、兄妹は豆粒以下。
さらに、体から吹きだし続ける闇の霊力のせいで、星が一つ一つ消えてしまっている。
星の並びが変われば、七星の技はどんどん弱体化してしまう。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん!摩夜様が力を貸してくれる。」
夏海の体の周りを、摩夜の五鈷杵がくるくると回っていた。
まるで、自分も一緒に戦うと意気込んでいるようであった。
「―そうだな。そろそろケリをつけようか。」
透夜が再び、両手で印を作る。
白虎と共に夏海が走り出す。駆けながら白虎と一体化し、今度は四足歩行で冥王に迫る。
五鈷杵は、夏海と共にあった。
それを目で確認してから、祝詞を唱えた。
「我は天狼星。災いを睨む者。」
足元で三重に張ってあった陣が融合し、一つの巨大な円陣に変化した。
円陣の中に、三つの縁がそれぞれ自転しやがて消え、北斗七星の図が浮かび上がった。
「七つの星を辿り、無を越えし者。しずしずと語り賜え。天の随に許し給え。」
北斗七星を形作る七つの星が目映く光ったかと思えば、次に現れたのは、おおいぬ座。
そして一際輝く天狼星から光が生まれ陣から離れ、上に落ちる雫のように、透夜の胸の中に納まった。
透夜の体から青白い光がもれ、体の輪郭がはっきりと灯り始める。
「八星、新星。」
七星開祖摩夜が生み出した秘術は七つまでしかない。
終わりの七つ目は全てを無へと誘う、言うなればブラックホール。
八つめは、透夜が生み出した秘術である。
七つ目とは反対に、無から有を生み出す技。
透夜が右手の平を下に向ける。何も無かったそこに白い光が生まれ、ねじれるように身をひねらせる。
それは、一輪の花となった。
花は全て開ききるとあっさり花びらを落とし、落ちながら雪の結晶に変わり、足元の円陣に吸い込まれていった。
透夜が勢いよく顔を上げ、叫ぶ。
「行け夏海!!」
白虎と一体化した夏海の体が、パチパチと音を立てて電気を帯びる。
体の周りを青白い光が覆う。
夏海の瞳孔は猫のように細長くなり、肩と太ももの筋肉は膨れ、鼻先と眉間に皺を寄せる。
動物のように地面を蹴って、高く飛び上がり、空中に出来た雪の結晶の形をした足場をまた蹴って、冥王の頭より飛び上がる。
つり上がった冥王の目が、ギロリと夏海を睨み付ける。
向けられた敵意が形となり、黒い触手が伸びてくる。
しかし、夏海の前に立ち塞がった五鈷杵が放ったオーラが、触手を全て焼き切った。
「もうこの星から消えろ!」
振り上げた右の拳に力を貯める。
大気中の、いや、宇宙の力が可視化され幾本もの青い線を生み出して渦のように周りながら集結する。
冥王が纏う闇が黒い濁流となって夏海に遅い掛かるが、青白い光に全て消されてしまい、夏海が振り下ろした一撃は、見事冥王に直撃した。
冥王に触れた途端、青白い球体は一気に膨れ上がり冥王を飲み込むぐらい巨大化すると爆発を起こした。
激しい轟音と視界が捉えられなくなるほどの縦揺れ。ホワイトアウトする世界の中で、夏海の真横で五鈷杵が割れた。
(ありがとう、摩夜様―――。)
音が止み、再び静寂が訪れたのを確認してから、目を開けた。
二人は相変わらず天狼星の間に立っていた。
頭上には満点の星が瞬き、歓喜しているかのように明減を繰り返す。
地面はおぼろげな光で出来ていて、下から二人を優しく照らしていた。
空気はどこか張り詰めていて、冬の朝ににた清々しさがあった。
夏海の姿は元に戻っていて、自分で手の平をひっくり返しながら具合を確かめる。
「アタシ、生きてる・・・。体、消えなかったっけ?」
「全部元通りだ。」
「冥王倒したらまた消えるんだと思ってた・・・。まさか、お兄ちゃん―」
「俺じゃない。摩夜が対価を払っていった。俺達が払う筈だった代償も全て。」
世界が白くなる前に、五鈷杵が割れた光景を思い出す。
ハァと息を吐きながら、気怠げに腰に手を当てる兄は、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
「帰る前に一仕事して行かなきゃなー。武蔵国結界解いたから、新しいの結界用意しないと。」
「え。そんな簡単にできるものなの?」
「俺を誰だと思っている。」
「アハハ!そうでした。アタシのお兄ちゃんは史上最強術士でした!」
嬉しそうに兄の腕に抱きついて、二人は光が漏れる地面を歩き出す。
「そうだ。お前の代わりに人形を学校に通わせたから出席日数は問題ないが、勉強の後れは自分で取り戻せよ」
「えー!?人形の記憶と融合とかさせてよぉ!」
「大学行くなら自力で勉強しろ。」
「もーいじわる!」
呑気な会話を繰り広げる二人の姿を、無数の星が見下ろしていた。
だれそららが、流れ星となって消えてゆく。
一つ、また一つと。
やがて天狼星の間も光で包まれ、粒子となって消えていった。
* * *
エピローグ
冥王復活の夜から、二年と三ヶ月後。
桜も散ってしまい、すっかり気温も上がり夏の気配さえ感じ始めた四月中旬。
本日も空は清々しいほどの晴天で、目的はなくても足を動かしてどこかへ出掛けたくなるような陽気であった。
茶色い皮ベルトの、華奢なデザインの腕時計を確認する。
そろそろ約束の時間だ。
大学のキャンパスを出て、お洒落な階段を降りながら正門に向かう。
講義を追えた生徒達が楽しげに交わす話し声の間を縫う。
前庭に置かれた噴水が、柔らかな春の日を受けてキラキラと輝いていた。
「あれー、夏海ちゃん!?」
ちょうど正門を抜けて左に曲がったところで、声を掛けられた。
路上に停めた緑色のミニクーパーから出て来た男性が、ちょうど助手席の扉を閉めながら声を上げた。
白い細身のズボンを履いて、アクセサリーを沢山つけた茶髪の男性―宇佐美頼安だった。
運転席から相棒の嵐も出て来たところであった。
「お久しぶりです~。」
「髪、ずいぶん大胆に切ったね。ショートヘアも可愛いよ♪」
「ありがとうございます。」
「オレがもう一歳若かったら、夏海ちゃんや杏子ちゃんと一緒にキャンパスライフ送れたのにな~。」
「留年すればよかっただろ。」
「やっと卒業出来たのに、やめてよ嵐さん!」
今夏海が出て来た大学は、頼安が一年前、嵐が二年前まで通っていた。
二人は無事―頼安は最後まで卒業論文が完成しないと泣いていたが―卒業し、今は術士協会に就職し晴れて会社員となっている。
「お二人は今日どうしたんです??」
「さっそくお仕事♪研究棟に地縛霊かナバリが住み着いて悪さしてるって依頼があったからさ。母校に恩返しってわけ。夏海ちゃん、通ってて違和感感じたり―・・・あ、そっか。ごめん、つい。。」
「ううん。お役に立てなくてごめんね。」
夏海がにっこり笑い返すが、二人は微妙な反応を見せる。
二年と少し前。冥王が透夜により討伐された何日か後、二人も透夜から話を全て聞いていた。
夏海は本当はナバリの類いを感じられない一般人で、四斗蒔家の血は当然入っていない赤の他人。
今まで霊力があったのは、体内に埋められた七星宝具と、宝具を繋げるために透夜が送ったピアスのおかげであった。
それら全てを無くしてから、夏海はもうナバリが見えなくなってしまった。
高校二年に上がって、夏海は術士協会を辞めて一般人になった。
夏海を守るように隣でお座りをしている巨大な白虎―式神白虎も、家に居るときは問題ないのだが、外では人目に付かぬよう力を抑えているため姿が見えないようであった。
空気を変えるように、嵐が口を開く。
「大学はどうだ。」
「すっごく楽しいよ!勉強は・・・まあ、なんとかって感じだけど。」
「杏子ちゃんは医学部入ったんでしょ?凄いよね~。今日は一緒じゃないの?というか、ずいぶんオシャレしてるじゃない。化粧もバッチリよ?」
ベージュのロングスカートに白シャツ、小さめのショルダーバッグを肩に掛けて、見た目はすっかり女子大生だ。
「これからデートなの。」
「「デート!!!?」」
「あ、来た来た。」
夏海が通りの向こうに手を振ると、こちらに小さく振る青年の姿がある。
「ままま待って、彼氏!?いつ出来たの!?紹介してよ!」
「うん。今度ね。あー、でもお兄ちゃんには内緒にして、この通り!」
顔の前で手を合わせ懇願する。
「話してないのか?」
「シスコンお兄ちゃんにバレたら殺されるよ!彼が!」
「ん??ちょっと待って、アイツどっかで・・・。」
「じゃあまたね、二人とも~!」
軽やかな足取りで駆けだした夏海は、こちらに手を振っていた青年と共に人混みに消えていった。
「確かに、透夜クンが知ったら怒り狂って東京滅亡再びかもしれないッスね・・・。」
「相変わらず全国飛び回って忙しそうだからな、妹の変化に気づかなくて良かったのかもしれない。」
「透夜クンだって、星爾さんと仲良くやってるからいいじゃないッスか!ささ、パパッと後輩の悩みを解決して飯でも行きましょ~。てか、透夜クン次いつ帰ってくるんスかね~。今度は俺達と一緒にファンタジーランド行こうって約束したのにー。」
夏海に彼氏が出来たと聞いて、てっきり悔しがって母校で彼女を見つける!などと喚き始めるかと思いきや、あっさり仕事の話に切り替えた頼安の成長に内心関心する。このまま落ちつきを覚えてくれるといいのだが。
嵐も二年前まで通っていた母校に、早くも懐かしさを感じながら足を踏み入れた。
*
群馬県赤城山。
山頂付近に大沼という湖があった。
湖の畔には、赤い本殿と鳥居が美しい神社が浮かぶように建っている。
四月も半ばになったとはいえ、標高約千八百メートルもある山頂付近はまだまだ肌寒く、
雪こそ残ってはいないものの、吹き抜ける風は凍てつく寒さであった。
冬のダウンジャケットに身を包んで、携帯カイロを手でもみながらそれを見上げていた。
山の傾斜に立ち羽を広げる、巨大な赤い鳥。
鋭利な曲線を描く嘴まで赤く、目はくぼんでおり影となっている。
両の羽を広げれば、湖をすっぽり包んでしまい濃い影が落ちる。
貴重な陽光を遮られて苛立たしげに指を立てると、鳥が悲鳴を上げて羽を畳んだ。
「いじめるな。」
「これから封じる鳥に情けかけてどうするの。寒さに震えながらもここまで来た俺を褒めて。」
「仕事だろう。」
「はいはい・・・。」
重たい腰を上げて、カイロを握ったまま立ち上がる。
湖の縁で見上げると、先程の一撃ですっかり警戒態勢を強めた赤い鳥が喉を潰したような耳障りな声を上げ、羽を広げるというよりは上に引き上げて威嚇をする。
「ここはお前がいていい場所じゃない。帰れ。」
カイロを握った左手をポケットにしまい、右手で拳銃に見立てたポーズをとり、人差し指を向けた。
すると、人差し指から細く青白い光線が放たれた。
光線は鳥の嘴に当たる直前で八方に飛び散り、籠で鳥を閉じ込めるように拘束する。
遅れて鳥を包む程大きな魔方陣が生まれると、赤い鳥ごとどこかへ消えてしまった。
「退治依頼だったと思うが。」
「いなくなるなら、どこでもいいでしょ。」
「報告書、お前がちゃんと書くんだぞ。」
「わかってるよ・・・。ん?」
ズボンのポケットに入れていた携帯から短い通知音が鳴って、画面を確かめる。
夏海からのライムだった。
まろんが商店街の福引きで松阪牛を当てたから、今夜はすき焼きパーティーをするとの連絡だった。
「夏海が今夜はすき焼きするから早く帰って来いってさ。」
「なら、俺が事後処理を―。」
「何言ってるの。星爾さんも当然招待されてるよ。さっさと依頼人に報告して帰ろう。寒いから黒鳥じゃなくて、転移使っていいよね。」
携帯を再びポケットに入れながら踵を返す透夜の口元は嬉しそうにしていたので、星爾は短く返事をして後を付いていく。
すれ違う透夜の右目には、幾万の光が宿り、山頂に降り注ぐ陽光に輝いた。
それは一般人には見えない、宇宙の光であった。
宇宙の門は、永続的に開かれている。透夜が居る限り。
それが透夜が存在を許され、再び人として生活を送る代償であった。
死ぬまで宇宙の門として存在しなければいけない役目を負ったが、透夜は後悔していなかった。
こうして生きている。それだけで幸せだった。
今はまだ、やりたいことが見つけられず、協会の依頼で全国飛び回りナバリ退治にいそしんでいるが、そう悪いものではない。
知らない土地で見たことないものを沢山見て、食べて、仕事のついでに遊んで、色んな経験を積めた。
冥王が一時とはいえ覚醒し、地下深くに眠っていたナバリを産む根源を刺激したせいで、二年経った今でも全国ナバリ被害が絶えず、大物妖怪達は好き勝手暴れている。
以前にも増して神奈川の家に帰る頻度は減ってしまったが、一段と世話を焼いてくれる式神まろんのおかげで家は安泰だった。
それに、どこにいようと家族とは繋がっているし、いつだって帰れる。
帰る場所がある。
デザートに何を買ってやろうか。そんなことを考えながら、透夜は依頼主の元へ向かうのだった。
第四部 完