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♥♦♠♣4

 

等感覚で壁際に埋め込まれた電球しかない薄暗い廊下をモモナは半泣きで嫌々歩いていた。


「本当に大丈夫ですかねー・・・。ハートの内部に入った途端にジョーカーが捕まえにきたりしないですかぁ?」
「少しでもリスクがあればアイザーはお前を派遣したりしないだろう。妹のように可愛がってきたんだ。」
「私もアイザーさんのことは信頼してますけど・・・他所のスートなんて初めてで・・・。」
「俺だってそうだ。」
「<ハートのキング>さんに会う前にバレて囲まれちゃったらどうしましょう。」
「その時はお前を抱えて逃げてやるから安心しろ。」
「クガさん・・・!!」


潜入前から泣き出しそうな彼女は、父…というには若いので歳の離れたお兄さんみたいな存在の励ましに、ちょっとだけ気持ちが回復する。
フィールドはゲームが行われてない時は封鎖されているので、外周をぐるりと囲む通路のみ使用可能。
しかし、自分の家を出る物好きな人間など滅多にいないし、そもそも目的もない。
誰ともすれ違うことなく10分ほど歩くと、ハート居住棟が見えてきた。
細長い棟が四隅にくっついた四角い建物で、屋根はスートカラー通り赤い。


「そろそろ結界張れ。」
「はい・・・。」
「此処まできたら腹をくくって進むしかあるまい。」
「そう、ですね・・・。」


眉は八の字のままだが、顔を引き締めた彼女は片手を水平に掲げた。
すると、ほとんど透明の結界が二人を半円状に包み込んだ。


「私から離れちゃダメですからね。」
「分かっている。」


モモナが足を進め、クガも後に続く。
ハート居住棟前にはクガよりも背の高い黒鉄格子の門がかなりの存在感を醸し出しながら道を閉ざしていた。
しかし、二人が門の前に立つと自然と門が開いた。
玄関口から人が二人やって来たからだ。
門は仲間が近づいてるだけで勝手に開閉されてくれるようだ。
ハートの二人が門をくぐるのに合わせ、モモナとクガも敷地内に侵入する。
もちろん、外の光景に溶け込んでいる透明な結界内の侵入者には気づいていない。
二人の背後で重々しい門は閉ざされる。


「ふぅ。アイザーさんの情報は流石ですね。」


今出て行ったのは、物資受け取り係員。この時間にハートはジョーカーから食材や最低限の生活用品をもらいに行く。
ダイヤは不定期なのだが、ハートはその辺きっきりしているらしい。
敷地に入っても警報やジョーカーのウサギやネコは飛んでこないので少し気が軽くなる。
正面玄関は避け、棟をグルリと周り裏口の錆びた扉からそっと建物内部入る。
気配は無い。


「あとは<ハートのキング>さんを見つけるだけですね。」
「此処からが難題だ。自室にいないでフラフラしててくれればいいがな。」

侵入した裏口はボイラー室や電気系統の機械が並ぶ薄汚れた場所だったが、1階ロビーは広くて綺麗な場所だった。
ダイヤの華美とはまた違う美しさやお洒落さがある。
ハートはダイヤよりシンプルで、基本的に赤と白でまとめてある。
大理石の床は白、その上に敷かれた絨毯やタペストリーは赤。
壁は灰色の石造りだが、余計な飾りはほとんどない。
一番の特長は、建物内部はシンメトリーになっていて
2階から4階は左右同じ廊下が伸び、それぞれを渡り廊下が繋いでいる。
ロビーはハートの人間で賑わっていた。理由はすぐに分かった。
1階に食堂や散髪室など生活に必要な場所が入っている。


「此処は人が多い。ぶつかって結界が壊れたら大問題だ。上に行くぞ。」
「でも、キングさんもご飯食べてたりするかも。」
「あいつはシングルプレイが主だ。人が多い場所に足を運ぶとも思えん。」
「それもそうですね。」


二人はロビー中央あたりの壁際に左右別れて作られた横幅の広い階段を登る。
堂々とロビーを抜けて行っても、もちろん誰も気付かない。
2階と3階は居住区になっていて、等感覚に扉がずらり並んでいた。
明らかに住人より部屋数の方が多そうだ。
もちろん部屋に表札なんてあるわけなく、全部屋のチェックは最後の手段に回し、4階に上がる。
4階だけ、他と明らかに雰囲気が違っていた。
扉の数が少ないのもあるが、人の気配や暖かみが少ないのだ。


「この階は会議室とかがあるんですかね。大きい扉がちらほら。」
「みたいだな。」
「アイザーさん司令室とかにいたりしそうですね!此処は人が居なさそうなので助かります。」


潜入前は泣きそうになっていたのに、今はかくれんぼをしている感覚になっているようで、

俄然やる気を出したモモナはガッツポーズまで見せる。
まぁやる気になったのはいいことか、とクガは間近の扉に向かうモモナについていく。
第一の部屋は残念ながら給湯室だった。やる気を維持して、次の部屋をあけると談話室のような広々としたところだったが、誰もいなかった。
そんな具合に次から次に部屋を見て回るが、キングどころか人は誰もいない。
司令室らしき部屋にも当たったのだが、誰も仕事はしていなかった。
左右の通路全ての部屋を見ても、成果ゼロ。
この棟は左右に並ぶ廊下と一階ロビー意外部屋は無さそうなのだが。


「はぁ・・・やっぱり個室一つ一つ当たるしかないんですかねー。プライバシーを覗き見するのは気が進みません・・・。」
「仕方あるまい。キングに話を聞かねば帰れない。」
「むぅ~・・・ん?あれ、なんでしょう。」


モモナが指指したのは、右側通路の行き止まり。
壁があるだけなのだが、モモナは歩きだす。


「どうしたというんだ。」
「隙間を感じるんです。」


ペチペチ、と壁を叩くモモナ。
彼女のリセルはただ単に結界を作るだけではない。結界が触れる物質なんかを探知出来たりするので、

暗闇に取り残されようが、結界を伸ばしただけで身近にある家具などの形状や場所が把握出来るのだ。


「この向こう側、空洞です。」
「ただの隙間じゃないのか?」
「いえ・・・階段があって、下に続いてるんです。秘密基地が隠れてるんでしょうか。ちょっとワクワクします!」
「ワクワクしてるとこ悪いけど、詮索はやめた方がいい。」


若い男の声に、壁を凝視していた二人は慌てて振り返る。
右目にハート眼帯をした少年、探し求めていた<ハートのキング>がじっとモモナを見ていた。
近づく気配は一切感じなかった。
モモナは首を巡らせ結界をチェックした。
綻びや不備はない。にも関わらず、彼はこちらに気づいている――


「私達が、見えてる・・・?」
「ああ。ハッキリ。」
「そんな・・・。私の結界はあらゆるもの―視覚なんかを拒絶出来るのに。」
「俺、そういうの効かないんだ。コイツのおかげでね。」


キングは右目の眼帯を指差した。


「俺の召喚獣はリセルの力を無効化する。・・・で、ダイヤの人が何の用?」


クガが結界の中で身構えた。
目的の人物が向こうからやって来てくれたのはありがたいが、此処が敵の居住区であるのにかわりはない。

今仲間を呼ばれては困る。叫ぶ前に意識を飛ばしてしまえば―――


「安心しろよ、そこのデカイの。あんたらが何をしようが興味無い。皆殺しに来たなら話は別だが。」
「わ、私達、キングさんにお話があって来ました!」
「俺?」
「昨日のゲームの事です。<ハートの7>さんと<ダイヤの7>に会ったでしょ?」
「・・・。」


ダルそうに立っていたキングだが、急に表情を引き締めたと思ったら、踵を返しだした。


「あ、あの・・・!」
「此処じゃ話づらいだろ。ついてこい。」


キングはすたすたと歩き出し、二人は顔を見合わせた。
罠の可能性はある。しかし、話を聞かないわけにもいかず、後に続いた。

彼について行くと、3階左側のとある一室に招かれた。
外から扉を見た限り狭い部屋なのかと思ったが、奥に部屋が4つも連なっていた。
家具は最低限の物しか無いが、趣味がいい。
応接室のような部屋に案内され、ソファーにつくよう指示される。

キング自身はデッキとセットになっていたイスを引っ張ってきて背もたれを前にして腰かけた。


「此処、キングさんのお部屋ですか?」
「ああ。此処なら盗み聞きされないし、アンタも結界張ってなくていいだろ。」


敵意は感じない。それに気遣いを受けたみたいで嬉しくなったので、ハートに侵入して初めて結界を解いた。


「私、<ダイヤの2>モモナと言います。こちらは<ダイヤのジャック>クガさん。」
「俺はリディアだ。あだ名だがな。とりあえず、話を聞こうか。」


モモナは、彼女自身数時間前に聞いたばかりであるダイヤで起きた事件と、危険を侵してまでハートに侵入したわけを話した。


「・・・というわけで、ダイヤはアナタは無実だと思ってますので、昨日のゲーム中あったことと、

<ハートの7>さんについて、それから<ダイヤの7>の現状を教えて下さい。」
「ふーん。ダイヤは結構仲間想いなんだな。」


長い話を大人しく聞いていたリディアは、そんな感想をもらし、背もたれの上にアゴを乗せた。


「わざわざ仲間のために敵陣にやって来てきたアンタらにまず伝えなきゃいけないことがある・・・。今ハーティアに<ハートの7>はいない。」
「・・・・・・・・・え?」
「現在空席の配列番号だよ。」
「そんな!ゲーム映像では確かに―・・・」
「俺が推測するに、」


強めの声音でモモナの言葉を遮る。


「アンタらのボスがした話は全てデタラメだ。細かいとこまで構成された作り話。」
「アイザーさんがそんなことするわけありません!第一、何故そんな手の込んだ嘘をつかねばならないんです?」
「知らないよ。ただ・・・アイツが俺の知る通りの人間なら、アンタ達をハートに亡命させたんだろ。」
「亡、命・・・?」


話が上手く飲み込めず困惑する少女は、リディアの一見地味な茶の瞳を見つめた。
その瞳には、不思議と引き込まれてしまう気がした。無数の輝きを閉じ込め、神秘の力で蓋をしたような・・・。


「もう一つ。ハーティアには変化系リセルを持ってる奴が確かにいる。そいつは今、仲間達と密会に夢中だ。」
「先程の扉の先か。」


今まで黙っていたクガが初めて彼に問う。
リディアは頷いた。


「あの先は奴らの秘密基地。危ない武器や頭おかしくなった連中がうじゃうじゃいる。関わらない方がいいと、アイザーは考えたんだろ。」
「?何故そこでアイザーさんの名前が―」


突然、リディアの隣に赤い炎が噴出した。
炎は縦に伸びるとあっという間に人の形になり、赤髪の若い男の姿になった。


「マスター。オニキスが呼んでるぜ。」


突然現れた赤髪は、客人に目もくれずリディアの首に腕を絡ませ眼帯にキスをした。
特に反応はせず、リディアは右手で赤髪の顔を押し退ける。


「驚かせてごめん。コイツは俺の召喚獣で名をユタカ。」
「ふぇえ!?リディアさんの召喚獣は、竜だって聞いたことあるんですが。」
「オレ、竜だよ~。火竜。」


赤髪男、ユタカは平然と答え、左手に炎を灯す。


「おい、絨毯が燃える。」
「ごめんごめん。」
「ユタカは普段動きやすいように人の姿をしているんだ。竜は姿も力もでかすぎるから。」


淡々と説明したリディアが椅子から立ち上がる。


「急用が出来たので失礼する。話は後でまた聞こう。此処を出るならユタカに外まで案内させる。ま、帰還はお勧めしないね。」
「あ、あの・・・まだ話が掴めてないんですが。」
「隣のやつはもう理解したみたいだよ。」
「・・・。」
「クガ、さん?」
「この部屋を好きに使って話合ってよ。アカネ。」


リディアが隣の部屋にそう呼びかけると、扉が開き長い三編みを肩に流したメイド姿の女性が現れた。


「戻るまでお客様のお世話を。」
「はい、マヒト様。」
「マヒト・・・?」
「あ、しまった・・・。まあいいか。マヒトは俺の真名だよ。じゃ、俺は行くから。もちろん君達の事は口外しないから安心して。」


リディアは部屋を出て行き、メイド女性と、人間の姿ではあるが最強古代種竜と残されてしまった二人。
これって逃げられないように仕掛けられた罠なのでは・・・と今更気づくモモナ。
従来なら、結界さえあればどうにでもなったのだが、先程竜にはリセルが聞かないと聞かされてしまった。
再び泣き出しそうに眉を八の字に歪めたモモナの前に、高級そうなカップが差し出された。中には湯気立つ紅茶が注がれている。
メイド女性が優しげな笑みをモモナに向けていた。


「どうぞ、ダージリンです。」
「あ・・・ありがとう、ございます・・・。」
「お茶菓子もよろしければ。」
「お構いなく!」


そのやりとりに、リディアが座っていた椅子に腰かけていたユタカが吹き出した。


「敵陣の一室で、もてなされてるよー!罠かも知れないのに~!」


モモナの顔が引きつる。が、メイド―確かアカネといった―が再びにっこりと笑う。


「ご安心を。マヒト様のお客様なら、我々にとってもお客様。決して危害はくわえません。でしょう?ユタカ様。」
「まあね。マヒトちゃんが自分の部屋に他人を連れ込むなんて初めてだしね~。」


そんな会話から、この竜とメイドさんはリディア―マヒトさんの事を話す時は優しい目をするなぁ、と気づくモモナ。
手にした紅茶を口にした。とても美味しい。


「クガさん、まずは話を聞かせて下さい。」
「・・・。」
「でわ私共は失礼いたします。ご用の際はお呼び下さい。」


アカネはお辞儀をして隣の扉に帰っていき、ユタカは炎に包まれた後消えた。
紅茶のカップをテーブルに置いて、体ごと長年ペアを組んで仕事をしてきたクガに向く。


「どういうことなんです?リディア・・・マヒトさんが言ったことは本当なんですか?アイザーさんの話は全部嘘だったんですか?」
「恐らくな・・・。<ハートの7>がいないとなれば、全てのつじつまが合わなくなる。」
「マヒトさんが嘘を言った可能性は?」
「無い。それはお前も分かっただろう。」


クガと共に色んな場面をくぐりぬけてきた彼女は、人間が嘘をつく際の微かな変化にだって気付ける目を持っている。
さっきまでいた少年は、一度だってそんな素振りは見せなかった。


「もちろん、リセルが効かないような相手だ。未知のトリックがあったのかもしれないがな。」
「じゃあ、アイザーさんは、わざわざあんな大芝居をうって私達をダイヤから追い出したっていうんですね・・・。」


うなだれた少女の頭を撫でる。


「リディアの話から推測するに、ハート内部に怪しい動きがあり、アイザーはその動きと関わりがある。

そして、お前が危なくないようハートに亡命させたんだ。ハートというより、リディアに預けたという方が正しい。」
「マヒトさんに?」
「古代竜を宿す人間の近くにいれば、何があろうと安全だからだろう。」
「アイザーさんは・・・危ない事をしようとしてるの?なら、止めなきゃ!」


耐えきれなくなった雫が、モモナの頬に流れた。
兄のように慕っていた人物に半ば見捨てられた気分なのだろう。
モモナをそっと抱き寄せてやる。


「俺達じゃ何も出来ないだろう。」
「もしこの後大きな変動が起きたら・・・もうダイヤには戻れないの?」
「ああ。」
「そっかぁ・・・。残念・・・。読んでないシェークスピア沢山あったのに。」
「俺が買ってやる。」
「クガさんは、一緒にいてくれるよね。」
「捨てられたお前を見つけ、連れ帰る時約束したろう。」
「うん。良かった・・・。」


本格的に泣き出したモモナをあやしていたら、室内にブザーが鳴り響いた。
 

 

 

 

 


 

自室に客人を残してきたリディアは、4階の左側会議室の一つに入った。
余り広くなく、個室を気持ち大きくした小会議室に、影よりも暗い影がたたずんでいた。
全身黒づくめの男だった。


「ご苦労様、オニキス。」


体に巻き付けたコートを解き、顔を覆っていた布をとり男は暗闇からリディアの前まで進んだ。
オニキスと呼ばれた男の目は、左右で色が違っていた。
右は黒み掛った赤、左は青み掛った緑。


「ユタカに伝令飛ばして呼び出すなんて初めてじゃない?」
「お前の部屋に客がいたから。」
「あ、そっか。流石~、気づいてた?」
「グラス以外を招くなど珍しいな、マヒト。」
「あの二人は、なんていうかー・・・、俺とグラスみたいだったから。親近感。ユタカが全く警戒してないから大丈夫だよ。で、用件は?」
「次回のゲームに、パンドラの箱が出品される。」


静かな言葉に、リディアは僅かに息を吸って大きな目を見開いた。
しばらく微動だにしなかったのだが、ふと体の力が抜け膝から崩れる。
傾く少年を黒衣の男が受け止める。


「ごめん、動揺した・・・。」
「無理もない・・・3年も待ったのだ。」
「ああ、これでやっと・・・やっと・・・。」
「泣くには早い、マヒト。まずは宝を手にしなければ。」


少年の頬に落ちた涙を掬い椅子に座らせてやる。


「そうだね・・・。せっかくのチャンスを棒にふりたくない。グラスには、次回は真面目に作戦をたててもらおう。きっとクラブも狙ってくる。」
「次回は俺も参加する。」
「それは心強いよ。」
「俺とアカネがバックアップする。必ずお前に宝を、そしてインフィニティに会わせてやる。」
「コノエ・・・、」


嬉しそうなのに、泣き出しそうな笑顔を向けた時。
棟全域にけたたましいブザーが鳴り響いた。
座っていた椅子から瞬時に立ち上がる。


「まさか・・・もう次のゲーム開始合図!?まだ1日しか経ってないじゃないか。」
「司令室に急ぐぞ。合図が鳴った以上、猶予は一時間しかない。」
「クソッ・・・!ゆっくり作戦を立てたかったのに。」


叩き弾くように扉を押し開け、同じ階にある司令室に入った。
既にグラスと、アカネが待機していた。
リディアは直ぐ様グラスに歩み寄る。


「どうなってる!もう次のゲームなんて。」
「僕も驚いてる。・・・どうした?何かあったのかい?」


ただの苛立ちだけではない様子のリディアに気付いたグラスが、顔を覗き込む。


「・・・アレが出品される。一時間後の宝だ。」
「パンドラの箱が!?」


重々しく頷くリディア。


「ついに巡ってきたのに、時間が無さすぎる!他のスートには渡したくない!」
「落ち着きなさい、リディア・・・いやマヒト。必ず、宝の元へナビしてやる。

今回他の札は君の為に避雷針になってもらう。・・・・・・他のメンバーがこないな。」


ガランとした司令室に視線を巡らせる。
ゲームが行われる合図は聞こえたはずだ。


「グラス、ツジナミ達は、秘密基地なのかも。」
「アイツらまさか・・・このタイミングで事を起こそうとしてるんじゃないだろうな。

何をするか知らないが、昨日脅しかけたし、まだ猶予はあると思ってたよ。」
「・・・。」
「大丈夫だって。ゲームは予告された以上何があっても開催される。フランソワーズと、オニキスが戻ってきたなら何とかなるだろう。

いざとなれば、召喚して竜を解放しなさい。」
「いいの?」
「許可する。こうなったら三人で強行突破しよう。トラップ無視の最短ルートを案内する。

二人とも、何が来ようが盾になってマヒトを守りなさい。」
「言われずとも。」
「私もです。マヒト様をお守りする為にいるのですから。」
「待って、そんなの―」


立ち上がったグラスはリディアの頬に手を添え、額同士をくっつけた。


「迷ってる暇はないよマヒト。君は何を犠牲にしても、パンドラの箱を手にしなければならない。この時の為に僕も、二人もやってきた。」
「・・・マコト兄さん。」
「選んだなら、迷わず、ただ走りなさい。分かったね、ディア。」
「はい。」


マカボニーの落ち着いた色の瞳に力強い意思が戻ってきたので、グラスは満足げに微笑み軽く頬を叩いてやる。


「事前の作戦会議は以上。さ、控室に移動して集中しなさい。」
「マコト兄さん、ツジナミさん達のこと・・・。」
「余計な事を考えない。悪巧みしてる連中に僕が負けるわけないでしょ?何が起ころうが、君達を導く。約束。行ってらっしゃい。」
「うん、行ってきます。」



司令室を出て、デッキへ下りる途中で付き人二人を振り返る。


「オニキス、グラスにバレない程度でいいから、司令室に防壁かけといて。ツジナミさんの動向も調べて。」
「大事な時だろ。」
「だからこそだ。邪魔されたくない。内容はオニキスとアカネが知っててくれればいいから。

嫌な予感ばかりする。二日後のゲーム開始、ツジナミさんの反応・・・。ダイヤからの来客もね。

あ、アカネはあの二人を司令室に連れて行ってグラスに預けてくれ。念のため。」
「承知いたしました。」
「グラスの気遣いを素直に受け取って、俺は先に控室で瞑想でもしてよう。」
「それがよろしいかと。」
「仕事ばかり押し付けてすまない。よろしくね、二人とも。」


リディアは一人で、一階ロビー左端にある大きな扉を開けた。
その扉の先はゲーム参加者が、ゲーム開始前のみ出入り可能で、ハート待機スペースに直通している。
外に出る一歩手前にある控室のソファーに腰かける。
絨毯や華美な家具こそないが、普通の部屋と変わりはない。


「嫌なニオイがするね~。まったくもって面倒くさいニオイだ。」


突如現れた赤い炎の中から、召喚獣ユタカが現れた。


「それって、どんなニオイ?」
「罠と裏切りのニオイ。」
「フフフ。凄いなユタカは、そんなニオイもわかっちゃうのか。」
「契約してるマスターが凄いからね。」


彼もリディアの隣に腰かけた。


「結構落ち着いてる?」
「まあね。」
「震えてるかと思ってたのに。」
「怖いのは、彼女に会った後だけ。ゲーム中はアカネも、コノエも、マコトも側にいてくれる。

もちろんユタカもね。だから集中することにする。」
「うん。頑張っちゃうからね~。」


ユタカは、手を伸ばしリディアの髪をガシガシと撫で回す。
主と従者の関係には見えない。


「マヒトちゃんと会ってからもう7年か。早いね~。」
「遅いぐらいだよ・・・。今までありがとう、ユタカ。」
「お別れみたいな言い方やめてよ。」
「一度、ちゃんと伝えておこうと思って。インフィニティの答え次第では、僕は―・・・」
「マヒトちゃん。僕のマスターはマヒトちゃんだけだ。長い間独りで引き込もってたけど、君の魂に惚れて契約した。

何があろうが、マヒトちゃんと共にいる。」
「・・・僕は、人に恵まれたよ。」
「君の人柄故さ。」


やがて、アカネとオニキスも控室にやって来た。


「今日は本当に3人だけだね。」
「4人だよー!」
「お前は引っ込んでろ。」
「なんだとオニキスー!」
「俺とフランソワーズが前後を守るが、盾が無くなった時、お前が最後の盾だ。なんとしてでもマヒトを守れ。」
「言われなくとも!」
「合図ですわ、皆様。」


再び館内にブザーが鳴り、控室奥の大きな扉に掛っていた鍵がカチッと音を立て解除された。
リディアが立ち上がり、両手で重厚な扉を押す。
腰ぐらいの高さしかない黒い壁に囲まれた狭いスペースに出る。
スペースの先は黒いゲートが行く手を遮っていた。
ユタカが右目に帰ったので、3人が揃って待機スペースに下りると、どこからか白い光が飛んできて、

タキシードを着た後ろ足で立つ黒猫の姿になった。
黄色い目で3人を順番に確認する。


「本日は、<ハートのキング>様、<ハートの2>様、<ハートの10>様。三名でよろしいですか?」
「ああ。」


黒猫はスーツの内ポケットから金の懐中時計を取り出した。


「あと1分お待ちを。」
「なぁジョーカー。」
「なんでございましょう、<ハートのキング>様。」
「ゲーム前の査定って、いつもウサギじゃなかった?」
「役は決まってはおりません。ただ、時計と言ったら白ウサギ。

そんなジョークだったのですが、本日は品が品ですので、ランクが高い私が参りました。」
「ジョーカーも色々あるんだな。」
「いえいえ。・・・それでは皆々様、準備は宜しいですかな?」
「ああ。」


黒猫が瞳孔を細くさせ、リディアを捉えた。
彼にだけ、告げるように。


「ハートの皆様に幸あらんことを。・・・・・・ゲーム開始!」


デッキに入るゲートが開き、黒猫が姿を消した。

 


 

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