侵略者達
木漏れ日が漏れる森林の奥に透明度が高い泉があった。
湖というには小さく、風で葉が揺れる度柔らかな日差しがキラキラと水面を照らしている。
清らかな泉で水浴びをしていた若い―といっても24.5ぐらい―男はそっと水中から顔を出す。
木漏れ日を受ける男の瞳は左右で色が異なっていた。その瞳で、黒髪から垂れる滴を気にせず透明な水面を伺う。
泉の畔に白い外套を纏いフードを目深く被った人物がタオルを持って立つ姿が映っている。
「お前も水浴びしたらどうだ、タイチ。」
「遠慮します。」
男が白外套の人物に声を掛ける。
背も高くないし体も小さくて少女のような体格だが、返ってきた声は少年のもの。
「清い水はお前には神聖なものだろ。俺のあとじゃ嫌か。」
「そんなことはありません。ただ・・・」
「ああ、そうか。耳を見られたくないのか。此処は人の気配は無い。安心しろ。」
「はい・・・」
「まだ何か心配事が?」
男は水の中で足を進め少年に歩み寄り、浸かりながら少年を見上げた。
顔を覗くと、顔色の悪さに気づく。
元々色白に関わらず、紫を含んだ真っ青な顔には不安などの精神的な要素が大半を占めていた。
「どうした。」
「・・・この森はとても清く気高いのです。神聖レイエファンスの精霊は、僕を嫌っています・・・。」
水から上がった男はタオルを少年の手から奪いながら、複雑で美しい刺繍で縁取られたフードを取り除いた。
中からは毛先の長い銀の髪がこぼれ、木漏れ日を受けた事で輝き、顔の脇には長い耳がついている。
それはエルフ族の特徴だった。
古代、種族も少なく魔法もより身近でより強大だった時代に栄えていた聖なる森の種族。
精霊と心を交わし自然の声を聞くとされていたが、人間種が増え彼等が栄えると、エルフは何処かに身を隠してしまった。
今召喚魔法を使う者達は、エルフから召喚方法を直接習った人間が残した魔法書の写しで勉強している。
大陸ザーガにはまだエルフは住んでいるらしいが、それも一握り。
「俺といるせいか。」
「アキラ様のせいではありません。アキラ様と共にいる僕のせいです。」
「・・・結局俺のせいだな。」
オッドアイの男は背を向けて体を拭き出す。
フィットする黒いズボンを履き、やはり黒いチュニックに手を伸ばす。
「違います。僕は僕の意思でアキラ様にお仕えしているのです。」
少年エルフは、向けられた男の背に手を伸ばし、赤い跡にそっと指で触れた。
骨張った筋肉質の背中には、堅甲骨の丁度真上に赤い傷が左右二本あった。
火傷の跡というより、切り傷に近いが、跡は幅があって刃物傷とも違う。
少年の指を払う事なく、首だけ後ろを向く。
「俺は堕落した忌々しい存在だぞ。その傷が証だ。」
「エルフが嫌う悪の道でも、僕は喜んでついていきましょう。」
「・・・森に嫌われるのはエルフにとっては―」
「いいのです。・・・僕、やっぱり水浴びします。」
「人が来たら知らせてやる。」
少年はエルフ族が作った外套を脱ぎぱさりと地面に落とす。
チュニックを着た男はブーツを履かずに芝生に直接腰掛け、エルフの水浴びを眺めた。
どうやら、水の精霊には嫌われていなかったらしく、少年は満足げに水浴びを楽しんだ。